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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)12703号 判決 1974年9月30日

原告 亡三田庄太郎訴訟承継人 三田伸乃助 外一名

被告 中野旻 外一名

主文

一  被告中野旻は、原告らに対し、原告らから金一〇〇〇万円の支払を受けるのと引換に、別紙物件目録(二)記載の建物を引渡して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和四四年一一月一日から右明渡に至るまで一か月金三五三六円の割合による金員を支払え。

二  被告中根保株式会社は、原告らに対し、原告らから金二〇〇万円の支払を受けるのと引換に、同目録(二)記載の建物を明渡せ。

三  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

四  訴訟費用はこれを二分し、その一を原告ら、その余を被告らの負担とする。

事実

第一申立

一  原告ら

1  被告中野旻は原告らに対し、別紙物件目録(二)記載の建物を収去して同目録(一)記載の土地を明渡し、かつ昭和四四年一一月一日から右明渡に至るまで一か月金三五三六円の割合による金員を支払え。

2  被告中根保株式会社は原告らに対し、同目録(二)記載の建物から退去して同目録(一)記載の土地を明渡せ。

3  (被告中根保株式会社に対する予備的請求)

被告中根保株式会社は原告らに対し、同目録(二)記載の建物を明渡せ。

4  訴訟費用は被告らの負担とする。

5  仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二主張

一  請求原因

1  訴訟承継前の原告亡三田庄太郎はその所有にかかる別紙物件目録(一)記載の土地(以下、本件土地という。)を笹倉正平に対し、期間を昭和四四年一〇月末日までと定めて賃貸し、同人は本件土地上に別紙物件目録(二)記載の建物(以下、本件建物という。)を所有していたところ、被告中野は昭和三四年一二月四日庄太郎の承諾を受けて笹倉から本件建物とともに本件土地の賃借権の譲渡を受けた。

2  被告中根保株式会社は昭和四一年三月一五日被告中野から本件建物を賃借して使用し、本件土地を占有している。

3  庄太郎は、昭和四四年七月二七日被告中野に対し予め本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する旨を通知し、同年一一月二〇日に本訴を提起したものであるから、被告中野が期間満了後本件土地の使用を継続するについて遅滞なく異議を述べたものというべきである。

庄太郎は昭和四七年三月一七日死亡し、原告らが相続によりその法律上の地位を承継した。

4  右異議を述べるについては次のとおり正当事由がある。

(一) 被告中野が笹倉から本件土地賃借権の譲渡を受けたのは庄太郎に無断でしたものであるが、被告中野が承諾方を懇請したため庄太郎は止むを得ず、賃貸期間が満了した時には明渡す旨確約させたうえ、承諾を与えたものである。

(二) 原告ら所有の本件土地を含む別紙物件目録(一)記載の東京都千代田区岩本町八三番の土地と周辺土地の位置関係および利用状況は別紙図面表示のとおりであつて、原告ら所有の八三番の土地は南北に細長く、右土地のうち本件土地の部分と、藤本衣料株式会社に賃貸している建物の敷地との部分は公道に面するけれども、原告らが居住する部分(別紙図面の原告居住家屋と表示した部分)は、八三番の土地上に公道に至る通路を持たない土地である。もつとも、庄太郎は藤本衣料株式会社に賃貸している建物にかつて居住し、製菓業を営んでいたのであるが、被告中野の賃借権譲受を承諾した後に病気となつたため右営業を廃し、右建物を藤本衣料株式会社に賃貸するに至つたものである。そして、右賃貸当時は西隣地所有者の辻井貫一がその所有地を庄太郎において通行することを黙認しており、また前記のとおり被告中野が賃貸期間満了とともに本件土地を明渡すことを確約していたため、庄太郎は通路の確保ができるものと考えていたのであるが、その後、辻井がその所有地全面にわたつてビル(別紙図面表示の七瀬ビル)を建設したため、従来使用を黙認してもらつていた通路部分は人一人がようやく通行できる程度の狭隘なものとなり、通路として不充分で非常の場合の安全を保し難いものであるのみならず、辻井からはこれ以上使用を継続させることはできないとの申入を受け、被告らから本件土地の返還を受けるまでの間の猶予を得て暫定的に使用を許されている状況である。

(三) 他方、被告中野は当初本件建物を自ら使用して営業していたが倒産し、その後被告会社にこれを賃貸しているのであるから、被告中野としては本件建物の賃料を得るために本件土地を必要とするに過ぎないものであつて、そうとすれば、本件土地を明渡しても、その損失は金銭的補償をもつて填補され得るものである。

原告らは、被告中野に対する立退料および後記本件建物買取請求代金、被告会社に対する後記本件建物賃貸借契約解約申入に関する立退料として合計金一二〇〇万円を被告らに対し提供する用意がある。

以上、原告らおよび被告中野の諸事情を対比すると、原告らの異議は正当事由を具備しているというべく、本件土地賃貸借契約は昭和四四年一〇月末日限り、期間満了により終了したものである。

5  被告中野の本件建物買取請求が認められるときは、原告らは被告中野から同被告の被告会社に対する本件建物賃貸借契約の賃貸人の地位を承継したものというべきところ、原告らは、昭和四八年九月二八日被告会社に対し、右賃貸借契約を解約する旨の意思表示をした。

右解約申入については次のとおりの正当事由がある。

(一) 原告らが本件建物を収去して本件土地を公道への通路として使用する必要のあることは前記のとおりである。

(二) 被告会社は本件建物を店舗として衣料品問屋を営んでいるのであるが、他にも店舗と倉庫を有しており、右倉庫は店舗として利用することのできるものであるから、狭隘な本件建物を店舗として維持する必要性に乏しいのみならず、本件建物前の道路は一方通行となつたため営業用自動車の乗入にも不便であつて、建物の効用も低下している。

(三) 原告らは前記のとおり被告会社に対し立退料として金一二〇〇万円の一部を提供する用意がある。

以上原告らおよび被告会社の諸事情を対比すると、原告らが本件建物賃貸借契約の解約を申入れるについて正当事由を具備しているというべく、本件建物賃貸借契約は右解約申入から六か月後の昭和四九年三月二八日の経過とともに終了したものである。

6  よつて、原告は被告中野に対し、本件建物収去、本件土地明渡と本件土地賃貸借契約終了の翌日である昭和四四年一一月一日から右明渡に至るまでの損害金として(但し、被告中野の建物買取請求およびそれに基づく買取代金支払との同時履行の主張が認められるときは、右買取請求の日から本件建物引渡、本件土地明渡に至るまでの不当利得の返還として本件土地の賃料相当額一か月金三五三六円の割合による金員の支払、被告会社に対し、主位的に本件建物退去、本件土地明渡を、被告中野の建物買取請求の主張が認められたときの予備的請求として本件建物明渡を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1ないし3は認める。

2  同4(一)は否認する。

同(二)、(三)は争う。

被告中野は被告会社との間の本件賃貸借契約の期間が満了した時には本件建物の明渡を受けてここに居住し、衣料品卸業を再開する予定である。

3  同5の冒頭の事実は認める。

同5(一)ないし(三)は争う。

本件土地の周辺一帯は衣料問屋街であつて、仕入れ、販売等についての地域上の利点があり、本件建物を明渡すことは被告会社にとつて致命的な損失を生ずるものである。

4  同6の賃料相当額は認める。

三  抗弁

1  庄太郎および原告らは、真実は賃料の増額と権利金ないし更新料の取得を意図して、本件土地賃貸借契約の更新につき異議を述べるとの態度をとり、本訴請求をなすに至つたものであるから、かかる請求は、信義誠実の原則に反するか、権利を濫用するものであつて許されない。

2  仮に、本件土地賃貸借契約が期間の満了によつて終了したものとすると、

(一) 被告中野は本訴(昭和四八年一月二〇日の口頭弁論期日)において原告らに対し本件建物を時価金七八四万二〇〇〇円で買取ることを請求し、原告らが右買取代金の支払義務を履行するまで本件建物引渡、本件土地明渡を拒絶する。

(二) 被告会社は前記のとおり被告中野から本件建物を賃借して占有しているから、被告中野の本件建物買取請求権の行使によつて本件建物の所有権を取得した原告らに対し、右賃借権を対抗することができる。

四  抗弁に対する認否

1  抗弁1は否認する。

2  同2(一)は争い、(二)は認める。

第三証拠関係<省略>

理由

一1  訴訟承継前の原告亡三田庄太郎がその所有にかかる本件土地を笹倉正平に対し、期間を昭和四四年一〇月末日と定めて賃貸し、同人が本件土地上に本件建物を所有していたところ、被告中野が昭和三四年一二月四日、庄太郎の承諾を得て笹倉から本件建物とともに本件土地の賃借権の譲渡を受けたことは当事者間に争いがない。

2  庄太郎が昭和四四年七月二七日予め被告中野に対し、本件土地賃貸借契約の更新を拒絶する旨の通知をしたことは当事者間に争いがなく、また本訴が賃貸借期間満了直後の同年一一月二〇日提起されたものであることは本件記録上明らかであるから、庄太郎は被告中野が賃貸期間満了後本件土地の使用を継続するについて遅滞なく異議を述べたものということができる。

庄太郎が昭和四七年三月一七日死亡し、原告らが相続によりその法律上の地位を承継したことは当事者間に争いがない。

二  そこで、右異議申出についての正当事由の有無について検討する。

1  訴訟承継前の証人三田十久子の証言、検証の結果、弁論の全趣旨を総合すると次の事実を認めることができ、これに反する証拠はない。

本件土地を含む原告ら所有の東京都千代田区岩本町八三番の土地(ほぼ別紙図面表示のAEFGA点を順次直線で結んだ範囲内に該当する。)と付近の現況は別紙図面表示のとおりであつて、八三番の土地は、北側においてのみ公道に面し、他の三方は他人所有地に囲まれて、いずれも建物ないしコンクリート壁で遮断されている南北に細長い地形をなし、その北東隅の部分に本件土地が位置し、北西隅の部分(藤本衣料株式会社と表示してある部分)は原告らの所有する建物の敷地となつており、原告らの住居はこれらの土地の南側に隣接して存在し、更にその南側に原告ら所有の木造アパートがある。

ところで、庄太郎は被告中野の本件土地の賃借権の譲受けについて承諾した昭和三四年よりも前から、北西隅の部分にある前示建物において製菓業を営んでいたところ、まもなく健康を害して営業を廃したため、昭和三六年右建物を藤本衣料株式会社に賃貸し、前示南側建物に専ら居住するようになつたのであるが、その北側には前示のとおり建物が存在するので、右居宅から公道に至る通路を八三番の土地上に開設する余地は全くなかつた。

しかし、当時は辻井貫一所有の西側隣地に別紙図面表示の「七瀬ビル」が未だ建築されていなかつたので、同土地を従前から事実上通路として利用していたものであり、その方が便宜でもあつたところから、八三番の土地上にとくに通路を確保しておくことを念頭におくことなく、前示のとおり藤本衣料株式会社に所有建物を賃貸したものであり、現にその後も西側隣地の一部(藤本衣料株式会社の西側から南側を通つて居宅に至る部分)を通路として利用してきた。ところが、昭和四四年に至り辻井が右土地上に別紙図面表示のとおり「七瀬ビル」を建設したため、右通路のうち、「七瀬ビル」の北東角と藤本衣料株式会社南側との間の部分は、最も狭いところにおいては六八センチメートルの幅員(現実に利用できる幅員は約五〇センチメートル)しかなくなり、右の幅員では通路として使用するには狭すぎるので、庄太郎および原告らは辻井の承諾を得て「七瀬ビル」北東隅の柱の南側の階下ビロテイー部分を通り抜けて北側公道へ出ているのであるが、右の承諾は原告らが被告中野から本件土地の返還を受けるまでの間、しかも原告らの家族のみが使用する場合に限るという条件付のもので、他の者が利用したりする場合には通路全体の使用を禁止するため法的手段に訴えても異議がないとの了解のもとで与えられた不安定なものであるところから、庄太郎および原告らは南側アパートを他に賃貸することもできない状態である。そして、原告らとしては右居宅およびアパートはその生活の本拠として、または生計を維持するため確保しておかなければならないものである。

2  以上の認定事実によると、原告らが今後とも別紙図面表示の原告ら居住家屋および木造アパートないしその敷地を利用するとすれば、本件土地部分もしくは藤本衣料株式会社に賃貸している建物の敷地部分のいずれかに北側公道に至る通路を設けることが必須であるといわなければならない。

3  被告中野旻本人尋問の結果によると、被告中野は本件建物を当初は自ら使用していたのであるが、昭和三五年以降は他に賃貸し、昭和四一年からは被告会社に賃貸しているものであり、被告中野としては将来再び自ら使用して衣料品卸業を営む希望をもつてはいるが、未だ具体的な計画はたてるまでには至つていないことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右認定事実のとおり、被告中野が本件建物を自ら使用するということは単なる希望に止まり計画が具体化しているものでないのみならず、本件建物は現に被告会社において賃借使用中である事実を斟酌すると、被告中野が、近い将来自ら本件建物を使用することが事実であるとは到底いい得ないものというべきである。そうとすると、被告中野の本件土地利用の必要性は、自ら使用するためのものではなくして、本件建物賃貸による賃料収入を得るための必要という限度で存するに過ぎないものといわざるを得ない。

他方、藤本衣料株式会社に賃貸している建物は、前掲証言、弁論の全趣旨によれば、同社において隣接建物と一体として店舗として使用しているものである。

4  以上、原告ら所有の八三番の土地についての原告ら、被告中野、右会社のそれぞれの利用状況および検証の結果によつて認められる右の三者の各使用部分の位置、面積、形状等から判断すると、原告らが現に使用している部分について将来ともその利用をはかる必要があり、そのためには本件土地上に通路を設けることが八三番の土地全体の利用上も最も効率的であつて損失の少い方法というべきである。

5(一)  右のとおり、原告らには本件土地をその居宅から北側公道への通路として利用する必要性が存在するものであるが、原告らに確保されるべき通路の幅員は、前示の原告らの土地利用状況、検証の結果を斟酌し、建築関係法規の諸規定(建築基準法四三条、東京都建築安全条例三条)の趣旨をも考慮して判断すると、二メートルとすることが相当と認められる。

(二)  ところで、検証の結果および弁論の全趣旨によると、本件土地はその面積、形状から判断したとき、原告らが右判示の規模の公道への通路として使用するにはやや広過ぎることとなるが、さりとて、原告らが通行の用に供するに必要な前示の規模の範囲を画して、その部分についてのみ賃貸借の終了を認め、その余の部分の賃貸借を存続させて、別個に利用させるに充分な広さを有してはいないものと認められる。したがつて、原告らのために本件土地上に通路を設ける必要性を認める限り、本件土地全体について賃貸借の終了を認めざるを得ないのであるけれども、そうとすれば原告らに必要以上の利益を得させ、反面被告中野に損失を強いる結果となるおそれがある。

また、原告らが本件土地を通路として必要とするに至つたのは、前示のごとき経緯でやむを得ないものとはいえ、専ら原告ら側の一方的な都合によるものであつて、被告中野が賃貸借期間満了の際には明渡すことを確約していたので通路を確保しておかなかつた旨の原告ら主張事実は措信し難い前掲証人三田十久子の証言のほかには的確な証拠がなくて認められず、右通路を必要とするに至つたことについて他に被告中野の何らかの所為が原因をなしているとの事情も証拠上まつたく存しないのである。

してみると、原告らにおいて本件土地上に通路を設けることの必要であることは前示のとおりこれを肯定し得ても、異議申出の正当事由としてはやや不充分の感を免れ難いものといわなければならない。

しかしながら、右の不充分の点は、被告中野の本件土地使用についての前示必要性に徴すれば、相当額の金銭的補償がなされることによつて補強され得るものと解するのが相当であるところ、原告らは本件建物買取代金をも含めて被告らに対し総額金一二〇〇万円の金銭的補償をする用意がある旨主張する。

(三)  そこで、右主張の当否すなわち幾許の金員の提供がされれば、正当事由の補強として相当と認めることができるかについて検討すると、鑑定人加藤実の鑑定の結果によつて認められる本件土地の賃貸期間満了当時における借地権価額が金一二七三万九九二〇円であること、原告らの本件土地についての前示使用の必要度、前示したとおり本件土地の面積が原告らの通路としての利用目的からみるとやや広きに過ぎること、原告らが公道への通路を失つた前示経緯、後示の本件建物の買取代金の算定において場所的利益として更地価格の四〇パーセントがみこまれていること、および後示のとおり被告中野は本件土地上に存在する本件建物を被告会社に賃貸しているから、本件土地利用上の経済的利益はそのすべてが被告中野の保有するところではなく、一部は被告会社に帰属していると解せられること、前示のとおり原告らは総額金一二〇〇万円の提供を申出ているところ、弁論の全趣旨によると、原告らは右金額を、減額を期待することなく確定額として提示したものであることが明らかであること、その他諸般の事情を総合評価し、原告らは被告中野に対し後示本件建物買取代金五八四万二〇〇〇円を含めて金一〇〇〇万円(したがつて、正当事由の補強としてのいわゆる立退料は金四一五万八〇〇〇円である)を補償することの申出により正当事由を具備したものと認めるのが相当である。

なお、前示金銭的補償提供の申出は、前示異議申出の後に属する本訴口頭弁論の中途においてなされたものであるが、異議に関する正当事由は本来異議を述べた当時に存在することが必要であるとしても、少くとも本件のように賃貸人にある程度自己使用の正当性があつてもなお賃借人との利害の調整上賃借人に対して代償的給付を認めるのが相当であるような場合には、口頭弁論終結時までになされた金銭的補償提供の申出は正当事由の判断の資料に供することができるものと解するのが相当である。けだし、右のような場合には、自己使用の正当事由が何ら存しないのにもつぱら金銭的補償のみをもつて契約の終了を求める場合とは異なり、金銭的補償提供の申出は口頭弁論の推移に応じてその終結時までになされることも止むを得ないものというべきであつて、実際上もその方がむしろ通例とも認められ、したがつて賃借人としてもかかる申出がなされることもあり得べきことは客観的に予見し得べきことがらであると解することができ、そうとすればたとえ金銭的補償提供の申出自体は異議を述べた後になされたにせよ、それがなされた以上は、異議を述べた時における正当事由を補完するものとして、当時既に存在したものと同視するのが相当であり、そうすることが、より具体的妥当な判断に到達し得るからである。

三  被告らは、原告らが本訴において意図するところは、賃料増額と権利金ないし更新料の取得であつて、かような目的を達するための本訴請求は信義則に反するか、権利の濫用であると主張するが、前示認定のとおり原告らは本件土地を自ら使用する必要があるものと認められるのであつて、右主張事実を認めるに足りる証拠は何ら存しないから、右の主張は採用することができない。

四1  被告中野は本訴(昭和四八年一月二〇日の口頭弁論期日)において、原告らに対し本件建物を時価で買取るべきことを請求する旨主張したが、右主張は時価相当の買受代金の支払を受けるまで同時履行の抗弁権を行使する旨の主張をも包含する趣旨に解せられる。

2  そこで、右買取請求時における本件建物の時価を検討する。

鑑定人加藤実の鑑定の結果によると、本件建物の時価は、当時の本件建物自体の価格金八二万九〇〇〇円に、場所的利益として本件土地の当時の更地価格の四〇パーセント金七〇一万三〇〇〇円を加味して金七八四万二〇〇〇円と評価しているものであることが認められる。

しかしながら、右の時価は本件建物について何らの負担のない状態での評価であるところ、後示のごとく本件においては被告中野が被告会社に本件建物を賃貸している関係上、原告らは被告会社から右賃借権をもつて対抗される結果、被告中野から右賃貸借の貸主の地位を承継せざるを得ず、右の限度で負担のある所有権を取得したこととなる。そうとすれば本件建物の買取代金額の算出にあたつては前示時価から右の負担の評価額を控除すべきものであるところ、右の承継した賃貸借は後示のとおり立退料として金二〇〇万円を提供することにより、解約申入の効力が認められ、右の負担を消滅させることができたものであるから、右負担の評価額は立退料と同額の金二〇〇万円と認めるのが相当というべきである。

したがつて、本件建物の買取代金額は、前示時価から右額を控除した金五八四万二〇〇〇円となる。

五  以上のとおりであるから、被告中野は原告らに対し、前示合計金額の支払を受けるのと引換に、本件建物を引渡して本件土地を明渡し、かつ、本件土地賃貸借契約が終了した日の翌日である昭和四四年一一月一日から本件建物所有権が原告らに移転した昭和四八年一月二〇日までは賃料相当損害金として、翌日以降右明渡に至るまでは不当利得の返還として、当事者間に争いのない本件土地の賃料額一か月金三五三六円の割合による金員を支払う義務がある。

したがつて、原告の被告中野に対する本訴請求は右の義務の履行を求める限度で認容し得るものであつて、その余の請求は理由がない。

六1  被告会社が昭和四一年三月一五日被告中野から本件建物を賃借して使用し、本件土地を占有していることは当事者間に争いがないが、原告の被告中野に対する本件建物収去土地明渡の請求が前示のごとく認容されない以上、右請求が認容されることを前提とする被告会社に対する本件建物退去、本件土地明渡の主位的請求は理由がない。

2(一)  被告中野の買取請求権行使により、本件建物の所有権は原告らに移転したのであるが、前示のとおり被告会社は前所有者である被告中野から右建物を賃借していたものであるから、原告らに対し、右賃貸借関係をもつて対抗することができるものというべきであるところ、原告らが昭和四八年九月二八日被告会社に対し右賃貸借契約を解約する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。

(二)  そこで、右解約申入の正当事由の有無について検討する。

(1)  原告らにおいて本件土地を通路として使用する必要のあることが前示のとおりである以上、本件建物を収去するため本件建物賃貸借を終了させる必要のあることはいうまでもないところである。

(2)  被告会社代表者尋問の結果によると、本件建物の存在する岩本町付近は被告会社と同様の衣料品問屋街であつて、被告会社もその地域的利益を享受しているものと認められる。

しかし、前掲証人三田十久子の証言と弁論の全趣旨により昭和四八年三月当時の被告会社の店舗の写真であることが認められる甲第七号証の一ないし四、被告会社代表者尋問の結果(ただし、後記採用しない部分を除く。)、前掲証人三田十久子の証言、弁論の全趣旨を総合すると、被告会社は当初は本件建物で営業していたのであるが、その後本件建物が手狭になつてきたところから、他に店舗を求めるようになり、現在は、本件建物の店舗を閉鎖して馬喰町店に統合し、店舗を充実し、他にも一店舗を設けて営業しており、なお、付近のビル内に倉庫も有していることが認められる。右の事実によると、被告会社が本件建物を利用する必要性は、原告らの本件土地に対する使用の必要性に比較すると、さほどのものとは考えられず少くとも相当額の金銭的補償がなされれば、これをもつて填補される程度のものと認めるのが相当である。

右認定に反する被告会社代表者尋問の結果は採用することができない。

(3)  そこで、右の金銭的補償の額につき検討すると、被告中野について既に説示したとおり、原告らは本件土地の返還を受けることによつて通路としての必要をやや越える広さの土地の返還を受ける結果になるところ、被告会社は本件建物を被告中野から賃借していたことによりその敷地たる本件土地の経済的価値の一部に対応する経済的利益を保有していたと解されることおよび前示の被告会社が本件建物を利用する必要性の程度のほか諸般の事情を総合斟酌して、原告らが被告会社に補償すべき金額は金二〇〇万円をもつて相当とするから、原告らは被告会社に対し右金額を補償することの申出により本件建物賃貸借の解約申入について正当事由を具備したものと認めるのが相当である。

3  したがつて、前示解約の申入時から六か月後の昭和四九年三月二八日の経過とともに本件建物賃貸借契約は終了したものであるから、被告会社は原告らに対し、右金員の支払を受けるのと引換に本件建物を明渡す義務がある。

七  以上のとおりであつて、原告らの本訴請求は、主文掲記の限度で正当であるからこれを認容し、その余はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を適用し、なお仮執行の宣言は不相当と認め、これを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判官 内藤正久 真栄田哲 田中壮太)

(別紙)物件目録

(一) 東京都千代田区岩本町二丁目八三番

宅地二一七・六五平方メートルのうち二九・二二平方メートル(別紙図面ABCDAの斜線部分)

(二) 同所同番地

家屋番号同町四三番三

木造瓦葺二階建店舗兼居宅 一棟

床面積 一階 二四・七九平方メートル

二階 二三・一四平方メートル

別紙 図面<省略>

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