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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)1984号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕一、原告ら訴訟代理人は、自賠法三条の解釈上「接触」の事実については無過失の立証責任を負う被告ハミルトにある旨主張する。

しかし、自賠法三条本文は「自己のために自動車を連行の用に供する者は、その進行によつて他人の生命又は身体を害したときは損害を賠償する責に任ずる」と規定しているのであるから、運行と死亡等との間の因果関係は、本条によつて損害を請求しようとする者にその主張・立証責任があると解すべきである。もとより右因果関係を基礎づける事実は「接触」だけに限られないが、本件において当事者の争点となつているのはこの点であるから、この点に限定して言えば原告は「接触」の事実につき主張立証責任があり、これが前提となつて、同条但書により、被告ハミルトに免責の抗弁の一要件である無過失の主張立証責任が課せられるのである。その「接触」が追突の形で行われたものであるか、側面からのものであるか、あるいは正面からのものであるかなど「接触の形態」に関することは、被告の無過失の抗弁の内容をなすことがあるにしても、原告ら訴訟代理人の法律的見解は、単に「接触」の可能性のある車両の特定とその運行だけで、前記の因果関係の主張立証は足りるとしているのであつて、それは独自の見解であつて採用できない。

二、そこで「接触」の事実の有無について判断する。

(一) 原告車および被告車とそのバックミラーの形状

<証拠>によると、原告車の形状、および被告車とそのバックミラーの形状は別紙第一・第二図面のとおりであると認められる。

(二) 訴外亡伸雄の損傷部位<証拠>によれば、

訴外亡伸雄は高梨利一郎監察医の手により検案され、右耳介切傷・右側頭部小鶏卵夫の皮下血腫、左耳介前部顎にかけて、九×六糎大の泥檸の付着せる擦過傷、左鼻柱横打擦撲過傷四分の一手掌面大、左口唇下部四糎の引掻き傷、左眼瞼紫色の腫脹クルミ大、右肩前面長さ七糎副四糎位の擦過傷の各存在が同医に認識され、かつ死因は頭蓋底骨折、蓋内出血とされたこと、

右側頭後頭部の皮下血腫の部分(髪の毛の生え際)には一部毛の欠損が認められること、

右死因は必ずしも右側部後頭部に加えられた打撃のみならず、左眼瞼部付近に加えられた打撃によつても起りうること

訴外亡伸雄には、その手掌等に傷害なく、青年男子であるのにかかわらず、顛倒に際し何ら防禦の体位がとれなかつたと推認されること

の各事実実が認められる。

右事実によると、被告車のバックミラー止金具の位置と訴外亡伸雄の原告車塔乗姿勢における前記傷害を負つた右側頭後頭部・右耳介部分の位置とがほとんど一致し、両者はこの部分において接触した蓋然性はあるものといわなければならない。

しかしながら、当裁判所は以下に述べる理由により、被告車のバックミラー止金具が訴外亡伸雄に接触したことについて、これを断定することが出来ず、事故の発生が被告車の運行によつて生じたことを認めることが出来ない。

その理由の第一点は、被告車のバックミラーおよび止金具には、事故当時において、損傷状況が認められなかつたことである。

<証拠>によると、

本件事故の実況見分に立会つた検察官らが、被告車の車体等を点検したところ、被告車の左バックミラーおよび止金具、車体タイヤ等のいずれにも、訴外亡伸雄および原告車との接触痕は何等認められなかつたこと

実況見分調書の作成者である警察官藤丸祐之は特に左バックミラーに関心を向けて見分したが、異状が認められなかつたこと

の各事実が認められる。

被告車と訴外亡伸雄との接触の可能性のあるものはバックミラーおよびその止金具以外には考えられない。しかるに、右のようにこれらに何等異状が発見しえなかつたことは、被告車と訴外亡伸雄とが接触しなかつたことの証左であるといわなければならない。

もつとも、原告ら訴訟代理人坂根弁護士が、事故の約二カ年半後に撮影した被告車の左バックミラーの写真(甲第四八号証)には、支柱金具の取付部分の白ペンキが鶏卵大に脱落し、地金がむき出しになつている状態が写されているが、右白ペンキの脱落が事故時に起つた新しいものであるとすれば、実況見分をなした警察官らが全くこれに気付かなかつたとは考えられないところである。

一方、このペンキの脱落が、証人新明正治の証言にあるように、事故前約六カ月前に電柱に接触して、ガラスを割つたとき生じたものであるとするならば、事故当時は既に地金にさびが出ていて事故時に生じたものでないことは一見して判別がつき、従つて、右係官の注意をひかなかつたと想定される。同ミラーについて、ルミノール反応による検査は行われていないが、これは同ミラーを点検しても何等接触を推認させるような痕跡がなかつたのでこれを行わなかつたと考えるのが妥当であり、原告ら主張のように警察官の関心がもつぱら被告車の車体に向けられていたため、同ミラーの点検がおろそかになつたと推認することは、前掲証人の証言に照らし、困難である。さらに事故当持ペンキの脱落が生ずるが如き強い衝撃が加わつたとするならば、被害者はむしろその場に顛倒することが考えられ、果して原告ら主張のような原告車の走行状況をとり得たかは極めて疑問であることは後述のとおりである。

理由の第二点は、前記認定の原告車に乗車している訴外亡伸雄と被告車のバックミラー止金具が接触し、被告車がそのまま追い抜いて行つたと仮定した場合(もつとも原告らは前方に加速して押し出された旨主張している。この点については理由第五点)バックミラーの損傷のほか、原告車自体による被告車に対する損傷がある筈であるが、これが認められないことである。

別紙第一・第二図面の原被告車の形状を同じ縮尺で同一平面にその前方および上方から見た図を画いてみると別紙第三図面のとおりとなる。

両車の右構造によれば、もしバックミラーの止金具が訴外亡伸雄の右側頭部、右耳介部分に接触し、そのまま追い抜いて行つたとすると、原告車が直ちに左側に転倒するような状況にならないかぎり、その右バックミラー、右足、ハンドル、さらに接触によつてはレッグガードや後部荷台までも被告車に接触している蓋然性が高いと言わなければならない。原告車は接触痕があるが<証拠>によると、原告車は右側を下にして転倒していたのであり、又路面にも擦過痕が残つていたから、原告車の右接触痕はいずれの接触でついたか確認しえない。しかし、これが被告車によりつけられたものとすると少くとも被告車には何らかの痕跡が残ると考えられるのにこれがついていないというのは、このような形での「接触」ということには一つの疑問を投げかけると言つてよい。

理由の第三点は、訴外亡伸雄の右側頭部の皮下血腫、右耳介の切傷が路面との摩擦によつて生じた蓋然性もまた認められることである。

(イ) <証拠>によると、福崎方前の電話柱から道路にほぼ直角1.50メートルの地点(別紙第四図面)には、路面に頭部がこすれたためとれたと思われる頭髪が若干あつたこと、

警察官小沢利雄は実況見分時において、頭髪がこすれた痕跡をもつて訴外亡伸雄の転倒した地点と判断していること、

右地点から、訴外亡伸雄が最終的に転倒していた地点(図面)までの間のうち、白墨で記している地点(図面に〜と記載されている部分)には、右痕跡が残され、かつ幅は一一センチメートルあるが、地点から〜の始点までは痕跡が明らかには認められないこと。

(ロ) <証拠>によると、

訴外伸雄の右側頭後部の生え際には髪の毛の粗なる部分があること、左顔面の鼻から、右上顎部分さらに左頬部から左目、および右耳部付近に擦過傷があること、右耳介の表側にはガーゼ様のものがあてがわれていて、傷の形状は全く分からず、ガーゼ様のものは血液状のもので染まつていること、右耳介は切傷と死体検案書に記載されているが、割創と区別がつきがたく、また、この場合の用語は必ずしも厳格に区別されていなかつたこと、

訴外亡伸雄の右肩前面には前記の擦過傷が存することの各事実が認められる。

右事実によると、訴外伸雄が転倒の際の第一撃として右側頭部および右耳介に傷害を負つたこともその蓋然性としては十分認めうるものと言わなければならない。

けだし、右認定事実および前記認定の傷害部位により、路面に残された痕跡と訴外亡伸雄の傷害部位とは、訴外伸雄が右側頭部および右肩を下にして転倒し、頭部の弾力によつて路面に衝突してはずみ、右側を向いた状態(左顔が下になる)で擦過して最終地点(図面)に至つたとすれば、一致するし、原告車の進行方向および速度を考慮すれば、転倒第一激撃の衝撃で右側から首を支点として左側を向くことは十分考えられるし、又、原告車が倒れる寸前の状態であるとしても、ある程度路面からの高さを保持しており、倒れた状態になつてもまたがつたままでは腰部右側腹部は多少路面からは離れているから、右側頭部から顔面へと路面に擦過することなくねじれることも容易と考えられるからである。

さらに右耳介の切傷であるが、路面にガラス片古釘等がなければ、切傷はつきがたいことは原告らの指摘のとおりである。

しかしながら原告車はある程度の速度をもつて進行していたのであり、その速度で転倒したとすれば、その転倒直前の頭部と路面との距離を考慮すれば、頭部と路面との間にはさまれた右耳介に切傷状の割創ないし裂創の傷害をもたらす可能性も否定できない。(原告ら訴訟代理人の「(中略)切傷というのは切傷の可能性を小さくするものじゃないですか」との質問に対し高梨医師は「まあ、そうですけれどもね、切傷だつたか……。」とその証言をにごしているし、前掲写真によるも、ガーゼ様のもので覆れていて、その形状が明らかでない。)よつて死体検案書に右耳介切傷との記載があることをもつて直ちにそれが被告車のバックミラーの止金具によるものとする決め手とはなし難い。

第四点は「接触」したとすると、それは水たまり(別紙第三図面参照)以前の箇所においてということにならざるを得ないが、水たまり以前の箇所で「接触」したとすると、以下の各点の説明が極めて難かしくなることである。事故現場における道路の幅員、建物の位置関係、水たまりの状況、被告車のタイヤ痕、原告車のスリップ痕等については、

<証拠>と弁論の全趣旨によつて、別紙第四図面のとおりであると認められる。

なお縁石の部分のスリップ痕の位置は、<証拠>に照らすと、作図が正確ではないものと言うべきであるので修正する。又、<証拠>(写真)によると、水たまり部分の外側の濡れている部分に、中空のタイヤ痕が明確に写つており、又その先端は縁石の方に向いていると認められるが、<証拠>(実況見分調書)にはこの点について触れていないばかりでなく、「被害車のスリップ痕については一旦長さ6.60メートル程消えてから」と記載していることに鑑みると、この濡れている部分の中空のタイヤ痕の写つている写真だけをもつてにわかにこれを原告車のものとは認めがたい。

前記地点以後に若干毛髪が路面に散らばつていたほか、証人福崎政四郎の証言から、右耳介からの血は出たばかりであり、路面に落ちてすらいないことの事実が認められる。

<証拠>によると、原告車の重量は六五キログラムであること、弁論の全趣旨から、訴外亡伸雄の体重も同程度の目方であると認められる。

<証拠>(実況見分調書)によると、原告車のものと認められるスリップ痕が長さ3.5メートルにわたりつけられていることが認められる。

(イ) 以上によると、原告車の転倒直前のスリップ痕は縁石に添つているのであるから、被告車のタイヤ痕の位置から考えてみても二車は離れすぎており到底バックミラーが接触するような位置関係にないことは言うまでもない(別紙第四図面参照)。水たまり地点以後縁石に至るまでにしろ程度の差こそあれ、同様接触の可能性は極めて少ない。

(ロ) 原告ら訴訟代理人は、図面に至る前7.7メートルもしくは4.4メートルの地点で被告車のバックミラーの止金具が被害者の右側頭部、右耳介に接触し、被害者はその後意識不明に近い状態となつて走行したと主張するが、原告車と被害者伸雄の重量のバランスは前記のとおりである。そうであれば、接触後、極めて安定の悪い第一種原動機付自転車が、恐らく正常に姿勢をのばしては坐つていられない訴外亡伸雄を乗せて二十数メートルも走行したとは一寸考えられないところである。前記傷害が純然たる真うしろと言うよりも、右側から衝撃が加えられたことになるから、直ちに左へ転倒するのが通常であるのにこのようなこともなく、しかも意識不明下にブレーキをかけた痕跡すら一部残して進行したとは一寸考えられないことと言わなければならない。一方地点に至る間、毛髪も発見されず、血痕も路面にないから点以前の顛倒も考えられない。

理由の第五点は仮りに原告主張の状況での「接触」の事実があつたとすると、福崎方の前を通過したときの原告車、被告車の順序の説明がかなり困難なことである。

被告車の運転手証人新明正治の証言によると別紙第四図面の床屋に至る直前から左へのウインカーを上げたが、原告車をその後追い越したことはない旨述べており、前掲甲第四一号証でも同人の指示説明、被告車の助手をしていた三上宏治の指示説明もいずれも被告車の左後方に原告車が位置していたこととなつている。右説明どおりであれば、証人福崎政四郎の証言および<証拠>(実況見分調書)の同人の指示説明と異なるわけであるが、ここでは証人福崎政四郎の方が利害関係がないだけ信憑性が高いと認められるので、同証言により、同人方前を通過したときは被告車より原告車が先であるとして論を進める。

接触が前記のとおり水たまりより前にあつたとすると、いかにして被告車が原告車に追いついてこれに接触した後、再び原告車より後行することになつたのであるか説明が困難である。(追い抜いたとする前記理由第二点の疑問を生ずる。)

原告ら訴訟代理人は被告車に追突されて原告車は加速され、被告車は減速段階に入つたので、先に述べたとおりの福崎方前での進行順序になつた旨主張する。しかしながら、上来確定した事実によれば接触の部位は右側頭部、右耳介部位以外は考えられないが、右部位の後部からの接触によつて、その乗車する自動二輪車が加速する程、首は強靱とは言いがたいし、背・腰あるいは手で緩衝され、速度差がそののまま伝達されるとは考えられない。ギアがニュートラルであればともかくトップギアであつてもエンジンのピストンを早くすることになるのであるから、この抵抗も考慮しなければならない。一方、被告車が減速措置をとつたとしてもその効果が接触の瞬間に現われるものではない。従つて、原告ら代理人の主張するような理由で福崎方前での順序になるとはにわかに認めがたい。

理由度第六点は、原告車が転倒する要因を接触以外に道路の状況にこれを求めることもできることである。

前述のように原告車の進行前方には水たまり(第四図面)が存したのであるから、原告車がブレーキを踏んだような状態でこの水たまりに入り、あるいは原告ら訴訟代理人の指摘するように濡れている部分を急転把して進行すれば、ハンドルをとられ、あるいは体のバランスが崩れることは推測に難くない。又縁石付近のスリップ痕はいわゆるブレーキ操作によるスリップ痕ではなく、タイヤがグリップを失つての横すべりに近い状態であつたと言える。このような場合、運転者としては車の立て直しに努力しても遂には転倒に至ることが多く、かつ、その努力をすればするほど立ち直れなかつた場合の倒れ方は急激であり、防禦の姿勢をとる暇がないという場合も考えられるところである。そうすると前記水たまりおよび縁石付近の濡れた泥(甲第四一号証)の存在および原告車のスリップ痕は原告車の単独事故を想起せしめると言える。

四、以上各点において、訴外亡伸雄と被告車のバックミラー止金具とが接触したこと、換言すれば被告車の運行によつて本件事故が起きたとするには疑問があり、又接触以外に原告車の転倒を不当に誘発したことを認めるに足りる確証はないから、原告らの被告らに対する本訴請求は爾余の点について判断をするまでもななく失当であると言わざるを得ない。

(坂井芳雄 小長光馨一 佐々木一彦)

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