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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2004号 判決 1972年7月13日

原告 志村年光

右訴訟代理人弁護士 樋渡源蔵

被告 小野沢猪之松

右訴訟代理人弁護士 小見山繁

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  原告

1  被告は原告に対し、別紙物件目録第二記載の各建物(以下本件建物という。)を収去して同目録第一記載の土地(以下本件土地という。)を明渡せ。

予備的に、被告は原告に対し、原告から四〇〇万の支払を受けるのと引換に右各建物を収去して右土地を明渡せ。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決および仮執行の宣言を求める。

二  被告

主文と同旨の判決を求める。

第二主張

一  原告の請求原因

1  原告の亡父志村銀三郎は、昭和二三年五月一八日被告に対し銀三郎所有の本件土地を期間昭和四三年五月一七日までと定めて賃貸したが、昭和三九年一〇月一三日死亡したため、原告が相続により右土地の所有権を取得しその賃貸人としての地位を承継した。

2  被告は、本件土地上に本件建物を所有している。

3  原告は被告に対し、既に昭和四〇年八月中に、右賃貸借は期間満了時に更新しない旨を通告してその折に本件土地を明渡すべきことを求めたのをはじめとして、翌四一年二月一三日被告到達の内容証明郵便により右同趣旨の意思表示をなし、さらに、昭和四一年八月、同年一一月、翌四二年一一月、四三年四月上旬にもそれぞれ右土地の期間満了時の明渡を求めた。

4  原告が本件賃貸借契約の更新を拒絶する正当事由は次のとおりである。

(一) 原告は、旧制中学校中退後、車輛運送その他の自動車運転の仕事にのみ従事していたが、収入が十分でないため、前記のとおり父銀三郎の死亡により、その遺産についての相続税の納付資金の捻出と母、妻および二人の子の扶養がまかなえないことになった。そこで、原告は、たまたま本件土地が川越街道に面しており、その裏側の隣接部分が同じく原告所有地で自らの居宅用地として使用しているものであって、これらを合せれば、ドライブイン経営の適地となることから、これらを利用し永年の運転経験を活用してドライブインを経営し、これにより生計の道をたてる計画をもつに至った。

(二) 原告の亡父銀三郎は、前記のとおり被告に本件土地を賃貸した際、世間一般の例からすれば相当多額の権利金を受領するところであったが、被告から手許不如意と懇願されたためこれに同情し、権利金なしで本件土地を賃貸しそのまま現在に至った。

(三) 原告は、前記のとおり被告に対し再三期間満了時における本件土地の明渡を求めたが、そのうち昭和四一年八月の折には、その明渡に際し三二坪の代替地を提供する旨申し入れ、同年一一月の折には同じく二二坪の代替地の提供を申し出たが、被告の了解が得られなかったものである。

また、原告は、本件が調停に付されてその手続が進行した際、被告に対し示談金として四〇〇万円を支払う意向を表明し、ことの円満な解決を計ったが、容れられなかったものである。

(四) 一方、被告は、本件土地においてブロック建築業を営んでいるが、本件建物は、もともとは原告方の必要に応じて何時でも収去する約のもとに建築されたバラックを昭和三四年、五年頃瓦葺としたもので構造的には容易に取毀しうるものであり、被告の家族は妻、被告の手伝をしている長男、高校生の次男その他使用人一名程度であり、本件土地のうち本件建物の存する以外の空地には、ブロックを陳列しているほか、他人に対し二台の乗用車の駐車場に使用させている状態であるので、被告は必ずしも本件土地を必要とするものではない。

(五) しかも、被告は、本件土地の近くに被告の営業用地として十分な借地二六坪を保有し、かつてここに営業商品のブロックを積んでいたが、昭和四二年に至って急拠右借地に二階建の店舗兼居宅を建築し、これをすべて他人に賃貸して収益をあげているものであり、昭和四四年秋には店舗部分の借主が替っている。

(六) さらに、被告は、これより先きの昭和四〇年夏ガソリンスタンド経営の訴外大越孝一に対し、本件土地賃借権を一、〇〇〇万円で譲渡しようとした。

5  したがって、本件土地賃貸借契約は、1掲記の昭和四三年五月一七日の経過と同時に期間満了により終了したものである。

6  仮に、期間満了による本件賃貸借契約の終了が認められないとしても、本件建物は、基礎のないいわゆる「いけこみ」であり、すでに朽廃に達しているので、これにより本件土地賃貸借契約は終了したものである。

7  よって、原告は被告に対し、右契約終了を原因として、本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを求める。

8  仮に右5、6が理由なしとすれば、原告は、更新拒絶の前記正当事由を補強するため、昭和四七年二月二九日の本件第一四回口頭弁論期日に被告に対し立退料四〇〇万円の提供を申し出たので、これにより前記更新拒絶の正当事由は充足されたものである。

よって、原告は被告に対し、予備的に、原告の四〇〇万円の支払と引換えに本件建物を収去して本件土地を明渡すべきことを求める。

二  被告の答弁

1  請求原因1の事実は、賃貸借契約の成立時期の点を除き認める。被告が原告先代銀三郎からはじめて本件土地を賃借したのは昭和一二年ごろである。

2  同2の事実は認める。

3  同3の事実は、被告が昭和四一年二月一三日原告主張のとおりの内容証明郵便による意思表示を受け、さらに同年八月原告主張のとおりの申入れを受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。

4  同4の(一)のうち、原告の職業、家族構成についての事実、本件土地が川越街道に面していてその裏側は原告主張のとおりの土地に隣接していることは認めるが、その余の事実は否認する。原告は、現在自動車運転手として相当の収入を得ているばかりでなく、原告の家族は本件土地以外にも相当の不動産を所有し、これらをそれぞれ他に賃貸して収入を得ている。

また、本件土地はドライブインを経営するには必ずしも適当な立地条件ではなく、他面原告およびその家族には、飲食店の業務経験者はいないので、原告が本件土地においてドライブインを経営するなどということは考え難いことである。

同じく(二)の事実は、被告が原告に権利金を支払っていないことは認めるが、その余の事実は否認する。被告が本件土地を賃借した当時、周辺は農村地帯であり、土地の賃貸借に関し、権利金の授受が行なわれるという慣習はなかった。

その(三)のうち、被告が原告主張の昭和四一年八月の折に原告から代替土地を提供する旨の申出を受けたことは認めるが、その余の事実は否認する。右代替土地は位置、地積等からして被告が本件土地の代替土地として利用しうるものではなかった。

その(四)のうち、被告が本件土地においてブロック建築業を営んでいること、被告の家族構成の点、被告が本件土地の空地部分にブロックを陳列していることはいずれも認めるが、その余の事実は否認する。被告は、本件家屋を被告の家族の生活の本居として使用し、本件土地のうち空地部分は、資材置場および保有車輛の置場としても使用している。

その(五)の事実のうち、被告が本件土地の近くに二六坪の土地を賃借し同地に建物を所有してこれを他人に賃貸していることは認めるが、その余の事実は否認する。右借地は、被告の営業用地としては、広さ、位置共に適当でない。

その(六)の事実は否認する。

5  請求原因5の主張は争う。

6  同6の事実は否認する。

7  同8の主張は争う。被告が本件土地を必要とする度合は原告のそれに比してはるかに大きく、原告の更新拒絶の正当事由は、金銭の提供により補強されうるものではない。

第三証拠≪省略≫

理由

一  請求原因1、2の各事実は、1のうち賃貸借契約の成立時期の点を除いて当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、右契約成立時期は原告主張のとおり昭和二三年五月一八日と認められ、右認定を左右すべき証拠はない。

二  次に、原告が被告に対し、昭和四一年二月一三日被告到達の内容証明郵便により請求原因1掲記の賃貸借について期間満了時に更新しない旨を通告しその折に本件土地を明渡すべきことを求め、さらに同年八月にも右同趣旨の申入をしたことは当事者間に争いがなく、また≪証拠省略≫によれば、原告は昭和四三年四月頃にも被告に対し本件土地の明渡を求めたことが認められる。

ところで、原被告間の本件土地賃貸借契約の期間は昭和四三年五月一七日までであることは、前記のとおり当事者間に争いのない請求原因1記載のとおりであるところ、原告がその後本訴提起に至るまでの間に被告の本件土地の継続使用について特段異議を述べた旨の主張はなく、他方被告に対し本件土地の明渡を求める旨を記載した本件訴状が被告に送達されたのが昭和四四年三月九日であることは記録上明らかである。右事実によれば、原告が被告に対し本件土地賃貸借の期間満了後の継続使用について異議を述べたのは、右期間満了後一〇か月近くを経過した後ということになるが、前認定のとおり原告が右期間満了に先き立ち被告に対し数次に亘って右契約を更新しないで本件土地を明渡すべきことを求めていた事情を勘案すると、原告は本件訴状送達により被告に対し同人の本件土地使用について期間満了後の遅滞なき異議を述べたものというべきである。

三  そこで、進んで原告の右異議について正当事由があるか否かを判断する。

1  請求原因4(一)のうち、原告は旧制中学中退後自動車運転の仕事にのみ従事してきたものであること、原告は母、妻および二人の子と共に五人家族であること、本件土地は川越街道に面しており、その裏側の隣接部分はこれも原告所有地で原告が自らの居宅用地として使用していること、同(二)のうち、被告は、本件土地賃貸借について、原告又はその先代に対し権利金を支払っていないこと、同(三)のうち、原告は、昭和四一年八月被告に対し前記のとおり本件土地賃貸借の更新をしない旨申入れた際代替地の提供を申し出たこと、同(四)のうち、被告は本件土地においてブロック建築業を営んでいること、被告の家族構成の点、被告は本件土地の空地部分にブロックを陳列していること、同(五)のうち、被告は本件土地の近くに二六坪の土地を賃借し、同地上に建物を所有してこれを他人に賃貸していることは、いずれも当事者間に争いがない。

2  ところで、≪証拠省略≫によれば、原告は、請求原因1掲記のとおりの父の死亡に伴って、前記家族の扶養を一手に担うことになり、また相続税の負担を背負うことになったが、前記のとおりの自動車運転による収入は十分でないため、本件土地および前記のとおりこれに隣接する原告の居宅用地を一括利用してドライブインを経営し、父死亡後の生活を打開する希望をもつに至ったことを認めることができる。

3  しかしながら、≪証拠省略≫によれば、原告の父の遺産は本件土地周辺の宅地約一、七〇〇坪に及ぶものであって、これらを原告、その母および兄弟が相続し、原告は、東新町の本件土地を含む約四〇〇坪の土地と少くとも二〇〇坪を超える南常盤台の土地を取得したこと、その後、原告は、相続税の納付にあてるため、南常盤台の土地の多くを売却したが、現在なお本件土地以外にも相当の不動産を所有し、これをそれぞれ他に賃貸して不動産収入を得ていること、原告の職業歴は前記のとおりであり、その家族の中にも、ドライブイン等飲食店の経営経験者はおらず、原告は父の死後中古車の販売を手がけようと夢みたりした時期もあったことを認めることができ、右認定を左右すべき証拠はない。

右認定事実によれば、原告のドライブイン経営の希望自体如何程の具体性を帯びたものかについて疑問があるばかりか、自動車運転の収入が十分でないにせよ、原告が本件土地を自ら使用しなければならないさしせまった必要があるとは考え難いものというべきである。

のみならず、被告が本件土地においてブロック建築業を営んでいることは前記のとおりであるところ、≪証拠省略≫によれば、被告は永年の営業努力によって本件土地における右ブロック建築業を軌道にのせ、これにより生活の資を得ているものであり、本件土地の地理的環境、被告の営業規模ないし業態等からして、被告にとって本件土地はその営業上欠かすことのできないものであることが認められる。

4  以上によれば、被告の本件土地利用の必要度は原告のそれに比して遙かに大きく、原告の前記異議について正当事由を認めるには、未だ程遠いものというべきである。

≪証拠省略≫によれば、訴外大越孝一が昭和四〇年夏頃本件土地賃借権の買受を希望して原告方に現れ、原告の承諾を求めたことがあった事実を認めうるが、≪証拠省略≫によれば、被告が本件土地賃借権の売却を意図したようなことはなかったものと認められるので、右のとおり本件土地賃借権の買受希望者が原告のもとに現われた事実をもって、右正当事由についての判断を左右するには足りない。また、前記のとおり原告が被告に提供を申し出た代替地が被告にとって本件土地の代替地として利用しうる程度のものであったと認めうる証拠はないので、代替地提供の事実も亦右正当事由についての判断を動かす資料とすることはできない。その他前記のとおり本件土地賃貸借について特段権利金が授受されていないこと、被告が他にも借地を有しこれに建物を所有していること等の事情を総合してみても、原告の前記異議を正当化することはできない。なお、原告は、被告が本件土地の空地部分を他人に駐車場として使用させていると主張するが、≪証拠省略≫によれば、被告は、別段本件土地の一部をいわゆる駐車場として他人に利用させたことがあったわけではなく、たまたま近隣の情誼上庭先きに一時的に駐車することを容認したことがあったに過ぎないものと認められるので、特に正当事由の判断において問題とするには足りない。

そして、他に先きの認定判断を覆えして正当事由を認めるべき特段の主張立証はない。

四  次に、原告は、本件建物の朽廃による本件土地賃貸借の終了を主張するが、本件建物朽廃の事実を認めるに足りる証拠はなく、かえって、≪証拠省略≫によれば、本件建物は未だ建物として十分に利用できるもので、朽廃というには値しないものと認められるので、右主張は採用できない。

五  さらに、原告は、被告が本件建物収去土地明渡をする際に四〇〇万円を支払うことをつけ加えて、正当事由を補うと主張するが、既に認定判断したところからすると、右四〇〇万円の提供申出によるも前記異議の正当事由が補強されて充足されるに至るものとは考えられないので、右主張も亦採用できない。

六  以上の次第であるから、原告の請求はいずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 奥平守男)

<以下省略>

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