東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2023号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一、本件事故現場は、北から南に向つてゆるい上り坂をなす歩車道の区別のない南北道路と、西から東に向つてゆるい下り坂をなす歩車道の区別のない東西道路が直角に交わる交通整理の行われていない交差点であり、各道路幅員は、右交差点を中心に東側道路は4.6米、西側道路は5.5米、南側道路は七米であり、また、北側道路は、交差点直前にある国鉄中央線高架橋の下で従前の踏切部分に当り、中央線高架に伴つて幅員8.3米幅の橋脚間に幅員七米の道路を設ける拡張整備工事前の状態であつたため、舗装部分幅員は3.5米で、舗装部分の両側橋脚までの間は未舗装のまま残され、また右舗装部分の交差点から北方5.2米のところとその先には踏切であつた当時の二本の軌条が残されたままになつていたうえ、舗装部分も未整備のためかなりの凹凸があつた。
2 東西道路北側は中央線高架下が空地になつていたが、当時、右交差点西北角には北側道路未舗装部分にはみ出た状態でコンクリート製枕木が高さ約2.5米ほどに積まれていた。また、西側道路の本件交差点入口には白色の停止線が引かれていた。(もつともこの白線は進入する車両に対し一時停止を道交法上義務づける性質のものではなく、単に進入に当り注意を喚起する趣旨のものにすぎない。)。
3 被告時雄は、加害車を時速約三〇粁(制限時速四〇粁)で運転して南北道路舗装部分のほぼ中央部を南に向けて進行し、前記高架下を通つて本件交差点に差しかかつたが、高架下を通過したばかりであることと、前記のとおり交差点西北角に積まれた枕木が見通しの妨げとなつたこともあつて、西側(加害車進行方向右側)から交わる道路の存在することに気付かなかつたので、そのままの速度で交差点に進入しようとしたところ、枕木の蔭になつていた西側道路から進入して来た被害車を直前に発見し、急制動の措置に出たが及ばず、交差点入口から3.5米進入した交差点のほぼ中心付近で加害車右前部を被害車左側面に衝突させ、さらに4.5米進行して停止した。なお、路上に加害車、被害車のスリップ痕はなかつた。
4 亡誠一は、被害車(足踏自転車)に乗り、東西道路を西に向けてゆるい下り勾配を進行して来たが、交差点入口の白線の手前で停止することなく、そのままの勢いで交差点に進入し、交差点入口から三米弱ほど進入した地点で加害車に衝突され、約五米ほど右方に飛ばされて転倒した。
以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
そうすると、被告時雄は、右方道路に対する見通しの悪い交差点に進入するにつき、進路側方に対する注意を怠つてその道路の存在にすら気付かず、減速徐行することなく時速約三〇粁で進入した過失があり、このため被害車の発見とほぼ同時にこれに加害車を衝突せしめたというべく、不法行為者として原告らの損害を賠償する責任がある。
なお、被告らは、被告時雄の広路優先権による徐行義務不存在を主張するが、被告時雄の進路であつた南北道路は拡張整備の予定されていた未舗装部分を含めれば幅員ほぼ七米程度と認められるが、右未舗装部分にはみ出た状態で枕木が積まれ、踏切跡の軌道がなお取除かれず、しかも凹凸の激しい状態であつたなど、いまだ中央線高架工事に伴う整備が完了していない状況にあつて、被告時雄の進路が舗装部分の中央部付近であつたことからみても、幅員3.5米の舗装部分のみが主として車両通行の用に供されていたものとみられ、従つて、東西道路に対して南北道路が道交法三六条二項にいう明らかに広い道路に該るとは認められず、被告らの右主張は理由がないといわなければならない。
(過失相殺)
本件事故発生には、前認定のとおり被告時雄に徐行義務違反の過失があつたとはいえ、前認定の事実によれば、被害車運転の亡誠一にも、ゆるい坂を下つて、左方道路への見通しが悪くしかも注意喚起の趣旨にすぎないにせよ停止線が引かれている交差点に進入するにつき、一時停止ないし徐行したうえ左方道路の安全を確認してから交差点に進入すべきであるのにこれを怠つた過失があつたものというべきであるから、加害車運転者である被告時雄の過失、加害車被害車の車種、結果の重大さその他諸般の事情を考慮して、本件賠償額算定に当つては亡誠一の右過失を斟酌し、これを約四割程度減額するのが相当である。
二、(二) 亡誠一の逸失利益五八五万円
<証拠・略>によれば、亡誠一は明治四五年四月一三日生まれで事故当時満五六才の健康な男性であり、昭和四二年ころから個人で主として技術英語の翻訳業をはじめ、昭和四三年度は一月から八月までの間に二四〇万一四二八円(税込)の収益をあげていたものと認められ、従つてその収益は月額平均三〇万円を下らないものと認められる。そして、昭和四二年度分確定申告において翻訳収入一八九万二二五〇円に対して必要経費三四万二九六五円、長男を得意先訪問連絡、次女を翻訳文のタイプに使用して、その専従者控除として限度額三〇万円を計上していることから、翻訳収入に対する経費率はほぼ三五パーセント程度と推認されるから、一か月当り純収入は三〇万円から経費分三五パーセントを控除した一九万五〇〇〇円程度と認められる。そして、右職種からみて、亡誠一は、六七才まで今後一一年間にわたつて右程度の純収入を挙げうるものと予測され、また右収入から同人の生活費として三〇パーセント、国税および地方税として二〇パーセントを控除すべきものと認めるのが相当であるからこれを控除した上、ライプニッツ式計算により年五分の中間利息を控除すれば、亡誠一が死亡によつて失つた得べかりし利益の現価は次の算式のとおり九七一万八四八八円と算定されるところ、同人の前記過失を斟酌すれば、賠償額としては右金額が相当である。
195,000円×12(月)×{1−(0.3+0.2)}×8.3064=9,718,488円
(坂井芳雄 浜崎恭生 鷺岡康雄)