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東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2469号 判決 1972年3月29日

原告 株式会社まるまつ

右代表者代表取締役 那須観一郎

右訴訟代理人弁護士 柚木要

同 柚木司

被告 株式会社大和金融

右代表者代表取締役 神部ヒロ

<ほか一名>

右被告ら訴訟代理人弁護士 林徹

主文

1  被告らは連帯して原告に対し、金三一万八、五六七円およびこれに対する被告朝生操は昭和四四年三月一九日より、被告株式会社大和金融は同月二一日よりそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  原告のその余の請求を棄却する。

3  訴訟費用はこれを二〇分し、その一九を原告の負担とし、その一を被告らの連帯負担とする。

4  この判決は第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  原告

「被告らは連帯して原告に対し、金七四二万七、六一七円およびこれに対する被告朝生操は昭和四四年三月一九日より、被告株式会社大和金融は同月二一日よりそれぞれ支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決および仮執行宣言

二  被告ら

「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決

第二当事者の事実上の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の建物部分(以下「本件建物」という。)は、訴外和泉産業株式会社の所有であり、被告株式会社大和金融(以下「被告会社」という。)はこれを同訴外会社から賃貸借その他なんらかの契約により使用収益していたものであるところ、原告は昭和二八年六月一五日被告会社より右目録記載の店舗一棟のうち、第二六号店舗(別紙図面中青線で囲まれた二六号と記載してある部分)を、次いで、昭和二九年一二月二四日、右店舗のうち、第二七号店舗(別紙図面中青線で囲まれた二七号と記載してある部分)を、いずれも次のとおりの約定で借り受けた。

(1) 期間は昭和三三年六月一四日までとする。

(2) 原告は、毎日の売上総額より利益分配金名義をもって、第二六号店舗については金四五〇円(一か月金一万三、五〇〇円)を、第二七号店舗については金一五〇円(一か月金四、五〇〇円)を被告会社に毎日支払うものとし、残額は原告の所得とする。

(3) 税金その他の諸費用は原告の負担とする。

(4) 営業名義は原告とする。

(5) 原告は右両店舗を使用することができるが、これを被告会社の承諾なく他人に使用させることはできない。

(6) 原告は右利益分配金の残額代償金名義(実質は権利金)として、第二六号店舗については金三五万円を第二七号店舗について金五万円をそれぞれ被告会社に支払う。

2  しかして、原告は、右約定に従って、被告会社に対し、前項(2)、(6)所定の金員を支払い、右両店舗を使用し、これに棚、菓子入れの容器およびケースその他の造作、備品等を設置し、菓子類の小売業を営んできたが、前記約定による期間満了に伴い、昭和三三年七月一日あらためて本件建物(前記第二六号店舗と第二七号店舗はその後改築され原告の使用部分は一括して本件建物の部分となる。)を次の点以外は前項記載と同様の約定により被告会社より借り受けるに至った。

(1) 期間は契約の日より五年間とする。

(2) 前記(2)に相当する金員は一日金七〇〇円(一か月金二万一、〇〇〇円)とし、十日毎の支払とする。

(3) 前項(6)に相当する金員は金七〇万円とする。

3  そして、昭和三八年六月三〇日右約定による期間は満了したが、同時に原告と被告会社は前記契約を期間の点は定めずそのまま更新し、或いは借家法の規定に基いて法定更新され、原告は本件建物で引き続き菓子類の小売業を営んでいた。

4  ところで右契約はその名義は出店営業契約となっており、被告会社は利益分配金の交付を受ける形式をとっているが、その実質は本件建物の賃貸借契約にほかならない。

すなわち、本件建物について被告会社は一定額の金員を徴収しているに止まるが、原告は自己の名義および計算において菓子類の小売業を営むものであり、その営業は被告会社のそれを引き継いだものではなく、契約の名称を出店営業契約とし被告会社が原告に営業を委託する体裁をとっていても実質的にはいわゆる経営委任ないしは経営管理といわれているものではなく、あくまでも本件建物の賃貸借であり、かりに右契約が営業の賃貸借としてもこれは一定の営業目的により組織化された一体としての機能的財産の賃貸借であり、その中に含まれる営業施設についても賃貸借が生ずるものであるから、いずれにせよ原告は本件建物について借家法に基く賃借権を有するものである。

5  しかして原告はその後も前記のとおり本件建物において菓子類の小売業を営んでいたところ、昭和四一年一二月二〇日ころ、被告会社の被用者である被告朝生操(以下「被告朝生」という。)から、「家賃は半分にするから昭和四二年三月末日までに店を明け渡して貰いたい。」旨の申入れを受けたが、原告においてこれを承諾しなかったところ、被告朝生はその後も執拗に右要求を繰り返えし、遂に昭和四二年二月一二日不法にも本件建物内にあった電灯線のヒューズを切断するに至り、そのため原告は夜間の営業が不可能になったが、被告朝生はさらに同日夜原告に無断で本件建物内に侵入し同所に設置してあった原告所有にかかる棚台等を取り壊したうえ、菓子入の容器、牛乳入れのケース等の備品およびその他一切の商品を勝手に持ち出し、これを自己の管理下に置き原告が本件建物内に立ち入ることを実力で妨害するの挙に出て、原告の本件建物の使用収益を不能にならしめ、これが賃借権を侵奪するに至った。

6  右のとおり、被告朝生は実力をもって、原告が本件建物につき有していた賃借権を侵奪するとともに、原告が同所に取り付けた造作等を破壊し、商品を持ち去る等の不法行為をなし、これにより原告は後記のとおりの損害を受けたが、被告朝生の右行為は、貸金業、不動産売買および斡旋に関する事業等を営む被告会社の事業の執行についてなされたものであるから被告会社も、被告朝生の使用者として、その被用者で直接の不法行為者である被告朝生と連帯して原告の受けた後記損害を賠償すべき義務がある。

7  原告が右不法行為により受けた損害は次のとおりである。

(1) 賃借権侵奪による損害金六七五万円

本件建物は、国鉄総武線新小岩駅近くの繁華街にあり、賃借権の時価は三・三平方メートル当り金二〇〇万円と評価されているが、一応これを金一五〇万円と見積って計算すると、本件建物の面積は一四・八七平方メートル(四坪五合)であるから本件建物の賃借権は金六七五万円となり、したがって、原告が右賃借権を侵奪されたことによる損害は金六七五万円となる。

(2) 商品破損による損害金二四万一一七円

被告朝生が昭和四二年二月一二日に持ち去った商品の価格は金三六万七七八円であるところ、原告は同年六月八日これが返還を受けたものの、その間四か月を経たため腐敗、鼠害等により商品価値が損われ、問屋に返品することができたものはその一部であり、価格にして金一二万六六一円相当に過ぎず、したがって、原告はその差額金二四万一一七円の損害を受けた。

(3) 造作等破壊による損害金四三万七、五〇〇円

原告が本件建物に取り付けた造作等の価格は合計金六二万五、五五〇円であったが、これにつき前同日一部返還を受けたものの、これを換価したところその額は金一八万八、〇五〇円に過ぎず、したがって、原告はその差額金四三万七、五〇〇円の損害を受けた。

8  よって、原告は被告らに対し、連帯して右損害金合計金七四二万円七、六一七円およびこれに対する損害発生の日の後であることが明らかな被告朝生については昭和四四年三月一九日より、被告会社については同月二一日よりそれぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるため本訴に及んだ。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第一項の事実のうち、本件建物が訴外和泉産業株式会社の所有であることは認めるがその余の事実は否認する。

2  請求原因第二ないし七項の事実はすべて否認する。(ただし同第六項の被告会社の事業目的が原告主張のとおりであることは認める)

3  本件建物についての使用関係および原告が本件建物で営業をなすに至った経過の大要は次のとおりである。

すなわち、本件建物の部分を含む別紙物件目録記載の店舗一棟は訴外和泉産業株式会社の所有であって、同訴外会社は昭和二五年七月一日訴外坂倉敏夫との間に右店舗を賃料一か月金一、八〇〇円、存続期間昭和二六年三月一九日より三年間とする賃貸借契約を締結したが、被告会社は昭和二八年二月一一日右訴外人より右賃借権の譲渡を受けるに至り、その後右契約はいずれも期間を三年として三回にわたり更新されたが昭和三八年三月一八日の期間満了の際被告会社は前記訴外会社より自己使用の必要ありとして契約の更新を拒絶され右店舗の明渡要求を受けるに至ったが、一方被告会社は右のとおり右店舗を右訴外会社より賃借している間の昭和二八年六月一五日原告に対し、本件建物における被告会社の営業の一部を、その期間を昭和三三年六月一四日までと定めて委託し、同月一五日原告との間で、契約により右営業委託の期間を昭和三八年六月三〇日までとする、右営業委託に伴い原告が被告会社に毎日の売上金より支払うべき利益分配金一日金七〇〇円(一か月金二万一、〇〇〇円)の支払を怠ったときは右委託契約は催告を要せず当然解除され、右契約終了の際には原告は被告会社に対して本件建物を明け渡す旨を定めたものである。

三  抗弁

1  かりに、原告と被告会社の本件建物についての使用契約が賃貸借契約であるとしても、右契約は昭和四二年二月五日合意解除された。

すなわち、被告会社は前記のとおり昭和三三年六月一五日原告との間で利益分配金の支払を遅滞した場合の本件建物の明渡契約を締結したが、原告は昭和三八年六月一〇日以降の毎日支払うべき前記利益分配金の支払もせず、また、前記営業委託期間の期限である同月三〇日を経過したので、被告会社は原告に対し本件建物の明渡方を再三請求した結果、原告は昭和四二年二月五日即時明渡を承諾し、ここに前記契約は合意解除された。

2  かりに原告が被告会社に対して本訴の損害賠償請求権を有するとしても原告は、昭和三八年六月一〇日より昭和四二年二月一二日までの間、前記一日金七〇〇円(一か月金二万一、〇〇〇円)の利益分配金および前記営業委託契約に基き原告が被告会社に対して支払うべき一か月金一、二〇〇円の割合による厚生会費の支払をしないので、被告会社は原告に対し、これが支払請求権を有するところ、被告会社は昭和四五年一一月四日の本件口頭弁論期日において原告の本訴債権とその対等額において相殺する旨の意思表示をした。

3  かりに原告が被告らに対し、損害賠償請求権を有するとしても原告は、被告会社の本件建物の再三にわたる明渡請求に応じないなど、原告自身にも責むべき点がありこれらの点は本件損害賠償の額を決定するにつき斟酌せられるべきである。

四  抗弁に対する答弁

1  抗弁第一項の事実のうち、被告ら主張のような契約を締結したことは認めるが、その余の事実は否認する。

2  抗弁第二項の事実のうち原告が被告ら主張のとおりの利益分配金(実質は賃料)の支払をしなかったことは認めるがその余の事実は否認する。

3  抗弁第三項の事実は否認する。

五  再抗弁

1  原告は昭和三八年六月二〇日、同月一〇日から一九日までの前記利益分配金(実質は本件建物の家賃)を被告会社に持参したところ、被告会社において、「他の店子と争いが起きているから、原告はその解決の斡旋をして貰いたい。家賃は皆と話がついたときまとめて貰う。」旨言明してこれを受け取らなかったことから、その後原告は被告会社と他の賃借人との明渡に関する紛争につき両者の斡旋に当ったが解決に至らぬまま賃料の授受もそのままになっていたところ、原告は昭和四二年二月二二日被告会社主張の利益分配金を全額供託したので、これが支払債務は消滅した。

2  被告会社は本件建物の明渡しを要求するに際し、「利益分配金の支払を負ける。」旨原告に言明し、その支払債務を免除した。

六  再抗弁に対する答弁

再抗弁事実のうち、原告がその主張のような供託をしたことは認めるがその余の事実は否認する。

第三証拠≪省略≫

理由

一  ≪証拠省略≫を総合すると、本件建物の部分を含む別紙物件目録記載の店舗一棟は訴外和泉産業株式会社の所有であったが(本件建物が右訴外会社の所有であることは当事者間に争いがない。)、右訴外会社は昭和二五年七月一日右店舗を訴外坂倉敏夫に賃貸し、被告会社は昭和二八年二月一一日右訴外人よりこれが賃借権の譲渡を受け、同年六月一五日右店舗のうち、第二六号店舗を、次いで、昭和二九年一二月二四日右店舗のうち、第二七号店舗を、いずれも被告会社の経営にかかる右店舗における営業を原告に委託することを趣旨とする出店営業契約名義で、請求原因第一項(1)ないし(6)記載のとおりの約定をもって原告に使用させる旨の契約を原告との間に締結し、原告は右約定に従い、右約定所定の金員を被告会社に支払い、右両店舗を使用して菓子類の小売業を営むに至ったこと、しかして右約定による期間満了に伴い昭和三三年七月一日被告会社と原告との間で、本件建物(前記第二六号店舗と第二七号店舗はその後改築され、原告の使用部分は一括して本件建物の部分となる。)につき、期間は五年間、利益分配金は一日金七〇〇円(一か月金二万一、〇〇〇円)とし十日毎の支払とする。利益分配金の残額代償金名義金は金七〇万円とするほかは前同様の約定で原告に使用せしめる旨の契約がなされたことを認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

二  ところで、右認定の本件建物の使用契約につき、原告はその実質は本件建物の賃貸借契約である旨主張し、被告らは、これを被告会社の営業の一部を原告に委託した営業委託契約に基くものである旨争うので、この点について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(1)  本件建物の部分を含む別紙物件目録記載の店舗一棟は本件建物で菓子類の小売業を営む原告の店舗を含め十数軒の店舗からなり、原告を含め各出店者に対しては被告会社において、いずれも前記認定のような出店営業契約名義で各店舗を使用させ一画のマーケット街になっており各店舗はマーケット内の障壁で区切られていること

(2)  原告の営業については、被告会社より格別の具体的指示はなく、その資金は出店者たる原告自身が支出し、店舗内の装飾、陳列ケース等その他の造作、備品は原告がその費用をもって設備を施し、商品の仕入れ販売も原告が自己の計算においてこれをなし、その商号も原告名義の「まるまつ」なる名称が使用され、商品の包装紙も原告名義のものが使用されているうえ、税金その他の諸費用も原告においてこれを負担していること

以上の各事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる十分な証拠はない。

右事実によれば、原告は本件建物につき独立した占有権を有し、その営業も独立性、自主性を具備しているのであって、右によれば、本件建物につき、原告が被告会社に支払う前認定の利益分配金名義の金員は本件建物使用に対する対価的意味(賃料)を有し、また、原告が被告会社に支払った前認定の利益分配当の残額代償名義の金員は、賃貸借契約の際に通常支払われる権利金の性質を有するものというべく、本件建物の使用契約は、形式上は出店営業契約名義でなされているものの、その実質は建物賃貸借契約であると解するのが相当である。

三  しかして、前認定の昭和三三年七月一日原告と被告会社の間で締結された期間を五年とする本件建物の使用契約は前判示のとおり建物賃貸借契約であるものというべきところ、右期間満了に伴い、特に原告と被告会社の間で、契約をもって右賃貸借契約を更新したとすることを認める十分な証拠はないが、右期間満了にさきだち、被告会社において借家法第二条第一項所定の期間内に原告に対し契約更新拒絶の通知をしたことを認めるに足りる適確な証拠のない本件においては本件建物の前記賃貸借契約は右期間満了の日である昭和三八年六月三〇日前同項の規定により決定更新され、期間の定めのない賃貸借契約となったものといわなければならない。

四  ところで、被告らは右賃貸借契約は昭和四二年二月五日合意解除された旨主張するので、この点について検討する。

≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実を認めることができる。

(1)  本件建物の部分を含む別紙物件目録記載の店舗一棟については昭和二五年一〇月一一日当時の所有名義者であった和泉産業株式会社に対して、前所有名義者であった訴外山口美好より東京地方裁判所に所有権移転登記の抹消を求める訴が提起され、ついで、右店舗につき昭和三三年七月一六日、訴外伊井均より右訴外会社に対し、右裁判所に右同様の訴が提起され、前者については昭和三三年一月三〇日、後者については昭和四〇年三月五日いずれも右訴外会社勝訴の判決が確定するに至ったが、右訴外会社は前記建物が老朽化していたことから従前より右訴訟の決着がつけば、被告会社との前記認定の賃貸借契約も解約し、右店舗内の出店者にも店舗を明け渡して貰って大改築をしたい旨の意向を有し、同年一二月一日右賃貸借契約は合意解約されるに至ったこと

(2)  そこで、右訴外会社の意を了した被告会社の取締役被告朝生は原告会社代表者那須観一郎に対し、本件建物の明渡方を請求していたが、右合意解約の後である昭和四一年一二月二〇日被告会社の事務所において右両者の間で、原告は本件建物を昭和四二年三月末日までに明け渡すこと、未払にかかる昭和三八年六月一〇日分よりの本件建物の利益分配金および厚生会費は被告会社においてその半額を免除すること、原告の商品、設備等は原告の必要なものは除き代金決済で被告会社が引き取ることなどの点で合意に達したものの、昭和四二年二月四日、被告朝生は原告代表者より前記利益分配金の半額につき、その半分は一時金で支払うが、残りは金五万円あての月賦払にして貰いたい旨の要請を受け、さらに翌同月五日右両者で折衝した結果、原告は本件建物を被告会社に対し、直ちに明け渡すこと、ただし、被告会社は原告に対し、未払にかかる前記利益分配金、厚生会費の支払債務全額を免除する旨の合意が成立するに至ったこと

以上の事実を認めることができるのであって、≪証拠省略≫のうち、右認定に反する部分は前掲各証拠と対比すると、直ちに信を措くことができない。

右事実によれば、原告と被告会社間の本件建物についての前記賃貸借契約は昭和四二年二月五日合意解除されたものといわざるを得ない。

五  しかして、≪証拠省略≫を総合すると、被告会社の取締役である被告朝生は、原告が前記のとおりの合意解除に基く約定にもかかわらず、本件建物の明渡をしなかったことから、昭和四二年二月一二日午後四時ころ、本件建物に赴き、居合わせた原告代表者の妻や娘に対し、「電気をつけてはいけない。」などと言って本件建物内の柱に取り付けてあった電灯線のヒューズを切断したうえ、同日午後九時ころ、原告に無断で店番等も居合わせない無人の本件建物内に立ち入り、同所に設置してあった棚を取り外したうえ、菓子入れの容器、牛乳入れのケース等後記のとおりの備品および商品の一切を運び出し、これらを同所より店舗一つ隔てて東側約一〇メートル離れた別紙物件目録記載の店舗内にある空き店舗まで運搬して同所に保管し、その管理下に置くに至ったことを認めることができ、他に右認定を左右するに足りる十分な証拠はない。

ところで、被告朝生の右行為は前記合意解除の際における明渡の約定に基く、被告会社の原告に対する本件建物の明渡請求権を保全するため自力によってなされた明渡し行為というべきものであり、いわゆる自力救済としてなされたものであるところ、原告にも右明渡の約定に反した点はあるにせよ、被告朝生の前記認定のような実力行使の態様にあわせ、被告会社の自力救済によって守らるべき権利と原告のこれによって失う利益を比較考量すると、前認定の被告朝生の行為は社会的に是認された範囲を逸脱し、したがって違法性を有し不法行為を構成するものというべきであり、被告朝生は前認定のとおり被告会社の取締役であってその被用者であり、その前記行為は貸金業、不動産売買および斡旋に関する事業等を営む被告会社(以上の被告会社の事業目的は当事者間に争いがない。)の事業の執行につきなされたものというべきであるから、被告朝生は直接の不法行為者として民法第七〇九条により、被告会社はその使用者として民法第七一五条により、原告の受けた後記損害を連帯して賠償する義務がある。

六(1)  商品破損による損害 金二四万一一七円

≪証拠省略≫によれば、被告朝生が前認定のとおり昭和四二年二月一二日本件建物から搬出した原告所有にかかる商品は別紙商品損害表記載のとおり合計金三六万七七八円相当に達し、原告はこれらの商品をその約四か月後である同年六月一四日ころ返還を受けたものの、その大部分は腐敗或いは鼠害により商品価値が損われ、そのうち問屋に返品できたものの価格の合計は同表記載のとおり金一二万六六一円に過ぎず、結局原告はその差額金二四万一一七円の損害を受けたことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

(2)  備品の損害金 七万八、四五〇円

≪証拠省略≫によれば、被告朝生が前認定のとおり昭和四二年二月一二日本件建物から搬出した原告所有にかかる備品は別紙設備損害表のとおり合計金六二万五、五五〇円相当に達し、原告はこれらのうち、同表の「返還されたもの」欄記載のとおりの数量をその約四か月後である同年六月一四日ころ返還を受けたことを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。しかして、原告は右返還を受けた備品についても同表記載のとおり金銭的損害を受けたと主張し、原告代表者もこれにそう供述をするが、同表記載の備品の性状に鑑み、また、これらが被告朝生の管理下にあった前記のとおりの期間を考慮すると、右のとおり返還を受けた備品については特に破損等の立証のない本件では同表記載のような損害が発生したものと見ることは困難であり、結局この点についての損害は同表記載のうち返還を受けなかったことが明らかな、同表番号17鉄ビン一個金三五〇円、番号18三徳二個、金一〇〇円、番号19ポリバケツ一個金一〇〇円、番号20セロテープカッター一個金三〇〇円、番号21ペンチ一個六五〇円、番号22菓子鋏三個金一五〇円、番号23菓子コテ一個金一〇〇円、番号24アルミ製菓子入一六個金一、六〇〇円、番号25包丁一個金三〇〇円、番号26ソロバン一個金三〇〇円、番号30ラジオ一台金五、〇〇〇円、番号35座椅子一個金三、〇〇〇円、番号36漆器菓子入三個金一、五〇〇円、番号38水道施設一式金三万五、〇〇〇円、番号39電気配線施設一式金三万円、の時価合計金七万八、四五〇円となり、原告は右と同額の損害を受けたものといわざるを得ない。

(3)  ところで、原告は、そのほか被告朝生の前記不法行為により本件建物の賃借権が侵奪されたとしてこれが損害賠償を請求するが、前認定のとおり昭和四二年二月五日すでに原告と被告会社間の本件建物の賃貸借契約は合意解除されていたものであるから、被告朝生の前記行為のあった同月一二日当時において原告が被告会社に対して本件建物に賃借権を有していたものというに由なく、これが賃借権があることを前提とするこの点についての損害賠償の請求は理由がないことに帰する。

七  次に被告会社の相殺の抗弁について検討するに、原告が被告会社主張のとおりの利益分配金および厚生会費の支払をしなかったことは当事者間に争いがないが、被告会社において、昭和四二年二月五日原告に対し、右支払債務を免除したことは前認定のとおりであるから、この点の被告会社の抗弁も結局理由なきに帰する。

八  次に被告らの過失相殺の抗弁について検討するに、なるほど、原告は被告会社に対し、約定に基く本件建物の明渡を遅滞したことは前認定のとおりであり、この点につき原告にも責むべき点はあったものというべきであるが、これのみをもってしては本件不法行為の態様等前認定の諸般の事情を考慮するといまだ本件損害賠償の額を減ずるに足る事由とはいい難いので、この点の被告らの抗弁も、また採用することができない。

九  以上によれば、原告の本訴請求は被告らに対し、連帯して前記六(1)、(2)記載の損害合計金三一万八、五六七円およびこれに対する損害発生の日の後であることが明らかな被告朝生については昭和四四年三月一九日より、被告会社については同月二一日よりそれぞれ支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当であるから、右の限度で原告の請求を認容し、その余の請求はこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、第九三条第一項但書、仮執行の宣言につき同法第一九六条をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 松村利教)

<以下省略>

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