東京地方裁判所 昭和44年(ワ)2814号 判決 1974年3月28日
原告 漆原徳蔵
右訴訟代理人弁護士 鎌田俊正
被告 多田義治
<ほか六名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 臼田尚
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
一 当事者の求める裁判
(一) 原告
1 原告に対し、
(1) 被告多田は、別紙第二物件目録の(一)、(二)記載の建物(以下(一)または(二)の建物という)を収去して、別紙第一物件目録記載の土地一筆(以下本件土地という)中(一)記載部分(以下(一)の土地という)を明渡し、昭和四四年四月三日から右明渡済まで月額二四七五円の割合による金員を支払え。
(2) 被告小林は、別紙第二物件目録の(三)・(四)記載の建物(以下(三)または(四)の建物という)を収去して、本件土地中(二)記載部分(以下(二)の土地という)を明渡せ。
(3) 被告木村は、別紙第二物件目録の(五)記載の建物(以下(五)の建物という)を収去して、本件土地中(三)記載部分(以下(三)の土地という)を明渡せ。
(4) 被告三森、同菅原、同岡部は(二)記載の建物の二階部分から、同安藤は同建物の一階部分から各退去して、本件土地中右建物の敷地部分を明渡せ。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。との判決ならびに仮執行宣言。
(二) 被告ら
主文一、二項と同旨
二 当事者の主張
(一) 請求原因
1(1) 訴外漆原新蔵(以下訴外新蔵という)は、昭和二〇年頃、被告多田に対し、本件土地中(一)の土地を賃貸し、同被告は同地上に(一)、(二)の建物を所有している。
(2) 原告は、昭和二三年五月上旬、訴外新蔵の相続人漆原諄佶から(一)の土地を含む本件土地を買受け、同人の被告多田に対する土地賃貸借契約上の貸主の地位を承継し、その頃右承継の事実を被告多田に告げた。
(3) 被告多田は、昭和三七年八月まで原告に対し、賃料を支払ったが、その後は月額二四七五円の割合で供託している。
2 被告多田は、昭和四一年頃、被告小林に対し、(一)の土地中(二)の土地を転貸し、同被告は同土地上に(三)、(四)の建物を所有し、(二)の土地を占有している。
3 被告多田は、昭和四〇年頃、被告木村に対し、(一)の土地中(三)の土地を転貸し、同被告は同土地上に(五)の建物を所有し、右(三)の土地を占有している。
4 被告三森、同菅原、同岡部は、(二)の建物の二階部分を、同安藤は同建物の一階部分を被告多田から各賃借し、(一)の土地中右建物の敷地部分を占有している。
5 原告は、被告多田が(一)の土地中(二)および(三)の土地部分を前記被告小林、同木村に転貸したことを理由に、昭和四四年一月一一日被告多田に到達の書面で、同人との間の(一)の土地賃貸借契約解除の意思表示をした。
6 よって原告は、被告多田に対しては(一)の土地賃貸借契約解除に因る原状回復請求として、その余の被告らに対しては本件土地の所有権に基く返還請求として、請求の趣旨記載のとおり建物を収去しまたは退去して各土地を明渡すべきこと並びに被告多田に対し訴状送達の翌日であることの明らかな昭和四四年四月三日から(一)の土地明渡済まで賃料相当の損害金月二四七五円の割合による金員の支払を求める。
(二) 請求原因に対する答弁
1 請求原因一項中(1)の事実は認める。ただし、賃借面積は別紙図面J部分も含む三六三・三〇平方メートル(一〇九・九坪)である。同(2)中原告が(一)の土地を含む前記土地の貸主たる地位を取得したこと、同人からその主張の通知を受けたことは認めるが、それは昭和三二年頃である。その余の事実は不知。同(3)の事実は認める。原告が受領しないので供託したが、最近は月額四九六二円を供託している。
2 同二項中、被告多田が(一)の土地中その一部分を被告小林に転貸し、同被告が右転借地上に(三)の建物を所有し、右建物の敷地部分を占有していることは認めるが、その余は否認する。被告多田が同小林に転貸したのは昭和二七年一〇月二一日であり、転貸土地面積は四九・五八平方メートル(一五坪)である。
3 同三項中、被告多田が、(一)の土地中その一部分を、被告木村に転貸し、同被告が右転借地上に原告主張の建物を所有し、右建物の敷地部分を占有していることは認めるが、その余は否認する。被告多田から被告木村に転貸したのは昭和二四年九月頃であり、転貸土地面積は三六・三六平方メートル(一一・〇〇坪)である。
4 同四項中、被告三森、同菅原、同岡部、同安藤が、原告主張の建物部分を被告多田から賃借していることは認め、その余は否認する。
5 同五項中、原告主張の書面がその主張のとおり到達したことは認める。
(三) 抗弁
1 転貸の承諾
被告多田は、昭和二四年頃、(二)の土地内に建物を建築して建売りすることにし、原告の代理人訴外漆原トキ(以下訴外トキという)の承諾を得たうえ、昭和二四年九月頃被告木村に原告主張の建物を売渡してその敷地部分を転貸した。そして、同様訴外トキの承諾を得たうえ、昭和二五年五月頃訴外鈴木秀夫に対し、(三)の建物を売渡してその敷地部分を転貸したが、同人が、昭和二七年八月右建物を被告小林に譲渡したので、訴外トキの承諾を得て、同年一〇月二一日右土地を被告小林に転貸したものである。
2 背信行為と認めるに足りない特段の事情の存在
被告多田は、訴外新蔵や同トキと友人関係にあり、昭和一四・五年頃、訴外新蔵から本件土地など一帯の土地の管理をまかせられたりその他種々の相談をうけていたものであり、昭和二〇年頃には(一)の土地を借受け、昭和二一年訴外新蔵死亡後もその妻訴外トキと親しく交際していたものであって、右のような関係下にあって、被告多田が被告小林および同木村に対し(一)の土地の一部を転貸しても背信性はないというべきである。
3 解除権の時効消滅
被告小林は、同多田から(一)の土地の一部分を転借したのは、昭和二七年一〇月二一日であり、同年一一月一日から被告多田に対し土地賃料を支払い同土地を占有し、被告木村は昭和二四年九月頃(一)の土地の一部を転借し、同年一二月二〇日以後その地上建物に居住して敷地部分を占有してきた。
したがって、原告の被告多田に対する土地賃貸借契約の解除権は、被告小林の関係では昭和三七年一〇月三一日の、同木村の関係では、昭和三四年一二月一九日の各経過により時効消滅しており、被告多田は昭和四五年六月九日の本件口頭弁論で右時効を援用した。
4 権利の濫用
被告小林は昭和二七年一〇月二一日から、同木村は昭和二四年九月頃から、それぞれ前記建物を所有してその敷地部分を占有して現在に至っているものであり、しかも、被告多田が同小林、同木村に土地を転貸した頃、訴外トキに対し土地賃料を被告小林らと別々に集金するよう申入れたが、同訴外人は当時六十数軒の借地人があり多忙であったことと、親しい被告多田からの申入れなので格別注意を留めなかったものであるところ、それを昭和四四年頃になって、賃貸借契約解除の意思表示をし、かつ(一)ないし(三)の土地の明渡しを求めることは権利の濫用で許されない。
5 対抗要件の欠如
原告は、本件土地所有権取得につき、対抗要件を備えていないから、所有権に基づく本訴請求は失当である。
6 解除権の失効
前記3のとおり、被告多田の同小林および同木村に対する土地転貸後、長期間経過したから、同被告には、もはや原告から無断転貸を理由に解除権を行使されることはないと信頼すべき事由があるというべきであり、仮に原告が長期間転貸の事実を知らなかったとしても、それは原告が充分な管理をしていなかったことによるものであって、もはや原告には解除権を行使することは許されない。
(四) 抗弁に対する答弁
抗弁事実は全部否認する。原告は、被告多田が(一)の土地の一部を同小林、同木村に転貸したことを知ったのは昭和四三年であるから解除権が時効消滅したり失効することはない。また、所有権に基づく妨害排除請求権行使の場合には、その所有権取得につき対抗要件の具備は不要である。
三 証拠≪省略≫
理由
一(一) 訴外新蔵が被告多田に対し、昭和二〇年頃、本件土地中、少なくとも(一)の土地部分を賃貸し、同被告が同土地上に(一)、(二)の建物を所有していること、原告が、少くとも右(一)の土地につき貸主たる地位を承継取得したこと、被告多田が原告に対し、昭和三七年八月分まで土地賃料を支払い、その後は月額二四七五円を下らぬ額を供託していること、被告多田が同小林および同木村に対し、(一)の土地中その一部分をそれぞれ転貸し、被告小林が自己の右転借地上に(三)の建物を、同木村が自己の右転借地上に(五)の建物を、それぞれ所有し、各建物の敷地部分をそれぞれ占有していること、被告三森、同菅原、同岡部、同安藤が、(二)の建物中原告主張部分を被告多田から賃借していること、原告主張の契約解除の意思表示が原告主張のとおり被告多田に到達したことは、当事者間に争いない。
(二) そして、≪証拠省略≫を総合すれば、原告が、昭和二三年五月頃、訴外新蔵の相続人漆原諄佶から(一)の土地を含む本件土地を買受け所有権者になったこと、被告多田が同小林に転貸した土地の面積は、(一)の土地中(二)の土地部分であり、その転貸の時期は、昭和二七年一〇月二一日頃で、同被告が同年一一月初め頃から同所に居住していること、被告多田が同木村に転貸した土地の面積は(一)の土地中(三)の土地部分であり、その転貸の時期は昭和二四年一二月一〇日頃で、同被告は同月二〇日頃から同所に居住していること、がそれぞれ認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない(なお、本件全証拠によっても、未だ被告小林が(四)の建物を所有している事実は認められない)。
二 そこで、被告多田が同小林および同木村に対し(二)および(三)の土地を転貸するについて、原告の代理人たる訴外トキの明示または黙示の承諾を得ていたか否かにつき検討するに、≪証拠省略≫には、右に副う発言があるが、≪証拠省略≫にてらしそれは措信できないのみならず、≪証拠省略≫によれば、訴外トキは、原告が訴外諄佶から本件土地を買受けた昭和二三年五月頃から昭和二五・六年頃までの間(≪証拠判断省略≫)、原告に依頼され本件土地の賃貸料の集金をしたことは認められるが、本件全証拠によっても、原告が訴外トキに対し同土地についての転貸承諾の代理権限を付与した事実は認められないし、かつ同訴外人が明示にせよ黙示にせよ被告多田の同小林および同木村に対する(二)および(三)の土地転貸につき承諾した事実も認められない。
三 そこで、被告多田が同小林および同木村に対し、(二)および(三)の土地を転貸したことにつき、背信行為と認めるに足りない特段の事情があるか否かについて検討するに、≪証拠省略≫によれば、被告多田と訴外新蔵とは昭和一三年頃から知人関係にあり、本件土地の賃貸料値上げのときに被告多田が借地人らのとりまとめをしたこともあったことが認められるにとゞまり、本件土地の管理差配をした事実は認めることはできない(≪証拠判断省略≫)。しかして、右の程度の事情をもって、被告多田が同小林および同木村に対し(二)および(三)の土地を、原告の承諾なくして転貸したことについての背信性を欠く特段の事情とすることは困難であって、その他本件全証拠によっても、被告らの前記抗弁二の点については、未だ立証がつくされたとはいゝ得ないというべきである。
四 そこで、原告の被告多田に対する(一)の土地についての賃貸借契約の解除権が時効消滅したか否かにつき検討する。
債務不履行(賃借人の無断転貸も債務不履行となることが明らかである)による解除権の消滅時効は、解除権を行使しうる時即ち債務不履行の時から一〇年の時効期間が進行すると解すべきところ、前認定のとおり、被告多田が、同小林に(二)の土地を転貸したのが昭和二七年一〇月二一日頃であり、同木村に(三)の土地を転貸したのが昭和二四年一二月一〇日頃であるし、被告らが昭和四五年六月九日の本件口頭弁論で消滅時効を援用したことが明らかである。右の事実によると、原告の被告多田に対する、同小林および同木村に対する(二)および(三)の各土地の転貸を理由とする契約の解除権は、右各転貸の日から一〇年を経過したことにより時効消滅したというほかない。
そうすると、原告は、被告多田に対して(一)の土地賃貸借契約解除の事実を主張できないことになる。その結果、原告は被告多田から、(一)の土地上に同被告が所有している(二)の建物を賃借している被告三森、同菅原、同安藤、同岡部に対し、その占有建物部分から退去し土地を明渡すよう求め得ないし、さらに、(一)の土地中(二)および(三)の土地をそれぞれ転借している被告小林および同木村に対しても同被告らの右転借土地部分の明渡を求めることができないものというほかない(最判昭和三六年四月二八日民集一五巻四号一二一一頁が、本件のごとき場合にも押し及ぼされるべきである)。
五 原告は、昭和四四年四月三日から(一)の土地につき賃料相当の月額二四七五円の金員支払を求めているが、前記のとおり被告が少くとも右年月日以後右額の供託をしていることは争いないところ、≪証拠省略≫によれば、(一)の土地の賃貸料は取立債務であったこと、原告は昭和三七年八月分までの賃料を集金に行ったが、その後の集金に行かないので、被告多田は弁済の準備をしそのことを原告に通知して受領を催告したうえで右供託したことが認められるのであって、右事実によれば、被告多田は右弁済供託により免責されていることになる、というほかない。
六 以上の次第であって、原告の本訴請求は、その余の点を判断するまでもなく結局理由がないというべきであるからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用し、主文のとおり判決する。
(裁判官 渋川満)