東京地方裁判所 昭和44年(ワ)5290号 判決 1971年10月30日
原告 清水英佑
右訴訟代理人弁護士 古山昭三郎
被告 俊一こと 寺本
右訴訟代理人弁護士 江尻平八郎
同 杉山忠良
同 高橋早百合
右弁護士江尻平八郎訴訟復代理人弁護士 宮崎正明
主文
原告が被告に対し賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、昭和四一年一二月一七日以降一か月金三万八、〇〇〇円であることを確認する。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「原告が被告に対し賃貸している別紙物件目録記載の建物の賃料は、昭和四一年一二月以降一か月金四万二、〇〇〇円であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二当事者の主張
≪以下事実省略≫
理由
一 原告が、被告に対し、昭和三二年一〇月一日本件建物を賃貸したことは当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、その際の賃料は月額金一万五、〇〇〇円であり、期間は定めがなかったこと、その後昭和三四年ころ右賃料は金一万八、〇〇〇円に改訂されたことを認めることができ(≪証拠判断省略≫)、原告が、被告に対し、昭和四一年一二月一七日到達の内容証明郵便をもって、同年一二月以降から本件建物の賃料を月額金四万二、〇〇〇円に増額する旨の意思表示をしたことは当事者間に争いがない。
二 そこで、原告が本件建物について賃料増額を請求しうる事由があるかどうかについてまず検討する。
≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実を認めることができる。
1 本件建物は、国鉄御徒町駅の北方約一〇〇メートルの国鉄高架線下に位置し、(敷地所有者は国鉄)、通称「アメヤ横丁」といわれる繁華な店舗街にあり、付近は上野広小路より国鉄上野駅につづく繁華街の一部であり、デパートをはじめ大小商店、銀行、映画館、料理飲食店等が多く集り繁栄している地域であって、被告は、本件建物を店舗として「長門屋」なる店名で貴金属商を営んでいるものであり、本件建物は前記認定のとおり、昭和三四年ころ月額金一万八、〇〇〇円に改訂されて以来、原告が増額の意思表示をした昭和四一年一二月一七日まで七年有余の間なんら賃料の改訂はなされなかったこと、
2 通称「アメヤ横丁」には三つの店舗街があったが、他の二つは昭和三六年、昭和三八年にそれぞれ大改造がなされ、本件建物が存する店舗街のみ老朽化した木造の店舗街として取り残されていたところ、昭和四一年一一月土地所有者たる国鉄の勧告もあって大改造がなされ、本件建物も従前の木造板葺からコンクリートブロック造に一変し、耐火構築物となるとともに店舗街のアーケード、道路もそれぞれ補強ないしは整備され、右店舗街全体が近代的な商店街に変貌するに至ったこと、
3 右工事費用は内装工事を除いてすべて原告をはじめとする建物所有者が負担し、右改造後、前記店舗街の建物賃借人のうち、約一〇軒余りがそれぞれ建物所有者との間で賃料の増額に応じたこと、
4 本件建物の固定資産税および都市計画税は昭和三二年度から昭和四一年度までの間約九倍に増加し、したがって、本件建物の賃料が金一万八、〇〇〇円に改訂された昭和三四年度から昭和四一年度までの増加率もほぼ右同様の増加を示していることが窺われ、したがって国鉄に対し、建物所有者が支払うべき土地使用料もその間漸次増加して来たことも容易に推認されること、
以上の事実を認めることができるのであって、他に右事実を左右するに足りる証拠はない。
右事実によれば、前記増額請求のなされた昭和四一年一二月一七日現在において昭和三四年に改訂された前記賃料で当事者を拘束することは不相当というべく、本件については、当時その増額請求をなしうべき事由が存在したものというべきである。
三 次に、進んで被告の抗弁について検討する。
1 被告は、まず原告が、被告主張の供託金を相当の賃料として異議なく受領したので、右の限度で、原、被告間には争いがなくなった旨主張し、なるほど原告が、被告主張の日にその主張のような供託金の還付を受けこれを受領したことは当事者間に争いがないが、本件全証拠をもってしても、原告が、被告主張にかかる供託金を相当の賃料として異議なく受領したものと認めるに足らず、右受領当時は原告において、被告に対し、前記増額の意思表示をなした後であるから、右増額請求の金額中供託金額をこえる部分については留保の意思表示がなされているものと解するのが相当であり、この点に関する被告の抗弁は採用することができない。
2 次に被告は、原告は被告に対し、前認定の本件建物の改造につき、原告において右工事費を支出したことを理由として賃料を値上げしない旨特約したと主張し、なるほど、証人藤田稔、同相羽信太郎、同金南周は、大要本件建物の工事が着手される直前ごろ、本件建物の存する店舗街の建物所有者五名、出店者(建物賃借人)八名からなる委員会において建物所有者側が右工事を理由として賃料を増額しない旨約した旨証言するが、右各証言は≪証拠省略≫にあわせ、前認定のとおり前記改造工事後に、前記店舗街において一〇軒余りの賃借人が賃料増額に応じていることをも総合して対比すると、ただちに信用することができず、他に前記被告主張事実を認めるに足りる証拠はない。したがって、この点に関する被告の抗弁も採用することはできない。
四 そこで、前記原告の増額請求により増額された本件建物の賃料額について検討する。
ところで、右金額の算定方式としては、(1)原賃料額に土地、建物価格の上昇率を乗ずるスライド方式、(2)現在の建物価格に見合う利潤を貸主に与えようとする利廻り算定方式(積算式評価法)があるが、スライド方式は賃貸借当事者間の個別的、主観的事情が十分に反映される長所を有する反面、一旦賃料額が決定されると、それに不合理があっても是正されず、不動産価格の高騰とともにその不合理性が拡大するという欠点があり、また利廻り算定方式は純客観的に適正賃料は算定できえても、賃貸借当事者間の主観的、個別的事情を全く無視するという欠点があり、いずれも一長一短があって、いずれも本則とすることはできず、結局以上の算定方式を、適正賃料額を把握するための指標とし、これに借家法第七条所定の諸契機を考量し、具体的事案に則して相当な適正賃料を確定すべきである。(最高裁昭和四〇年一一月三〇日判決、判例時報四三〇号二七頁、最高裁昭和四三年七月五日判決、判例時報五二九号四九頁参照)
これを本件についてみるに、いわゆる利廻り算定方式(積算式評価法)にも種々の算定方式があるが、賃貸借の期間に応じて調整する方法が前記のとおりの右方式の欠点を補う最も妥当な方法と考えられるところ、右方式は、
{(土地の基礎価格×期待利廻り+建物の基礎価格×期待利廻り)×調整率}+必要諸経費
となり、鑑定人広田省二の鑑定の結果中には右基準により算定された月額賃料として金四万三、一〇〇円の算定がなされており、また、相当賃料額の算出にあたってはその認定の基礎たる賃貸物の評価や諸費用の賃料のとり方、適正利潤の見方等によって相当の異同はあるものの、一応利廻り算定方式の一種で算定された前記甲第一、二号証(いずれも不動産鑑定士の鑑定書)にはそれぞれ本件建物の昭和四一年一二月現在の月額賃料につきそれぞれ金四万二、六〇〇円、金四万三、一〇〇円なる記載があり、利廻り算定方式をとった場合はほぼ右のような範囲内で、本件建物の相当賃料を見出しうるといえる。
しかして、本件建物の敷地所有者は前記のとおり国鉄であって原告自身ではないからスライド方式をとるにしても土地価格の上昇は基準とすることはできず、建物自体も前記認定のとおり大改造がなされたが、その旧建物が取りこわされてその価格が不明な本件においては、本件建物が前認定のとおり木造板葺からコンクリートブロック造りに一変したことに注目して適正賃料額を把握するための指標として、一応前記利廻り算定方式により算定された額を基準とすることは公平の見地から妥当である。
そこでさらに本件具体的事案に則して右基準額を修正すべき要素があるかどうかについて検討する。
≪証拠省略≫を総合すると、次の各事実を認めることができる。
1 本件建物の敷地は国鉄の所有地であり、本件建物は国鉄高架線下にあるため、建物賃貸借については公共の面からの規制が厳格であり、建物の改造、改築についても土地所有者の許可が必要であるうえ、店舗としての営業の種類、取扱商品にも制限があること、(これらの制限は≪証拠省略≫においては或る程度斟酌されているが、≪証拠省略≫には十分考慮が尽されていない。)
2 前記改造工事については被告も天井、壁、電気工事等の内装費用として金三五万九、三七〇円、ショーウインドー費用として金一九万円を支出せざるを得なかったこと、
3 前認定のとおり右工事後本件建物の存する店舗街で約一〇軒余りの賃借人が賃料値上げに応じたが、その増額率はおよそ従前の賃料の二〇ないし五〇パーセントであったこと。もっともこれらはいずれも簡易裁判所における和解により解決されたものであること、
以上の事実を認めることができるのであって、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
右事実に前記二の認定事実を総合し、その他従前の賃料、賃料の値上げ率等本件記録から窺える諸般の事情をもあわせ考えると、本件建物の昭和四一年一二月一七日当時の適正月額賃料は、前記の一応の基準額である金四万二、六〇〇円ないし金四万三、一〇〇円よりほぼ一〇パーセント減額修正した金三万八、〇〇〇円をもって相当と解する。
五 よって、原告の本訴請求は、本件建物の賃料が、増額請求の意思表示がなされた昭和四一年一二月一七日以降月額金三万八、〇〇〇円であることの確認を求める限度において理由があるから正当としてこれを認容し、その余は失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 松村利教)
<以下省略>