東京地方裁判所 昭和44年(ワ)5697号 判決 1971年4月26日
原告 久保田正吾
被告 星利夫
主文
一、被告は原告に対し、別紙物件目録<省略>記載の建物に対して設定された別紙登記事項目録<省略>記載の抵当権について、代位弁済を原因とする抵当権移転付記登記手続きをせよ。
二、訴訟費用は、被告の負担とする。
事実
別紙のとおり
理由
一 訴外会社が昭和四三年三月一三日訴外公庫から金一、五〇〇、〇〇〇円を借り受けたこと、同日訴外会社の右債務につき原告が連帯保証し、訴外伊藤ハツは担保として自己所有の本件建物に抵当権を設定することを承諾し、翌日訴外公庫はその旨の登記をしたこと、訴外公庫は、昭和四四年一月二八日右債権を抵当権とともに被告に譲渡し、同月三一日その旨の附記登記を経たこと、原告は同月二九日被告に対し、連帯保証人として右債務の残額金一、〇五五、四〇〇円の弁済に関し、手形金額合計が右同額、満期は同年二月から六月までの毎月一〇日という新興建設株式会社振出の約束手形五通を交付したことはいずれも当事者間に争いがなく、特段の事情の認められない本件では右手形交付は右残債務の弁済のためになされたと推認すべく、右各手形が満期に支払われたことは当事者間に争いがない。よつて原告は弁済につき正当の利益を有し同年六月一〇日弁済完了とともに被告の訴外会社に対する債権と右抵当権とを代位取得したというべきである。
二(一) 被告は、本件建物所有者伊藤ハツがこれよりさき昭和四三年一一月二日訴外谷中恵美子に本件建物所有権を移転し、同年一二月二六日その旨の登記を経たにもかゝわらず、原告において民法五〇一条により抵当権の代位取得を予じめ登記していない以上、原告は右抵当権の代位取得を主張できないと抗弁するので、この点について検討する。抵当債務の弁済前の抵当不動産第三取得者は抵当権の負担を了知し、かつ保証人の代位取得を予見すべきであるから、このような第三取得者に対し保証人は抵当権の代住取得附記登記をしなくても代位取得を主張できると解せられる。従つて被告の右主張はそれ自体失当である。
(二) 原告が昭和四四年六月一〇日被告に抵当債務を弁済したことは前示のとおりである。そして、成立に争いのない乙第一号証によれば、訴外谷中恵美子は右弁済後である同年七月三〇日訴外永野光雄に本件建物の所有権を移転し、同年八月二六日その旨の登記を経た事実が認められる。このような場合弁済により消滅すべき抵当権が、保証人の弁済なるが故に消滅せず、保証人によつて代位取得されるべきものであるから、弁済後第三取得者の生じた場合には第三取得者保護のため保証人は代位取得を公示しなければ代位できないのである。本件において原告が代位の附記登記をしていないことは当事者間に争いがない。
しかしながら、成立に争いのない甲第一号証と弁論の全趣旨によれば、原告が、代位の附記登記をしなかつたのは、専ら、協力義務がある被告の協力が得られなかつたためであり、そのため原告は本訴請求に及び、その執行を保全するため昭和四四年二月六日東京地方裁判所に於いて前記抵当権の処分禁止仮処分命令を得、同月七日その旨の附記登記をしたことが認められる。
法が代位の附記登記を要求した趣旨が、前記のとおり、弁済により消滅すべき抵当権を保証人が行使するかもしれないことを抵当不動産を取得しようとする第三取得者に対して予告するところにあるから、以上に認定した事情のもとでは、抵当権処分禁止仮処分の附記登記は、その抵当権について権利を主張する者の存在を推測させる公示方法として十分であり抵当不動産を取得しようとする第三取得者の保護に欠けるところはないから、代位の附記登記の不存在を理由とする被告の抗弁は理由がない。
三 原告が昭和四四年一月二九日抵当権放棄の意思表示をしたと認められる確証はない。附言すると、証人佐々木真一の証言によつて真正に成立したと認められる甲第七号証、成立に争いのない乙第二号証、右証人の証言、原告および被告各本人尋問の結果によれば、原告は、昭和四三年一二月二八日原告宅で、、佐々木真一、被告、および佐々木真一が代表者である訴外会社が同月二四日倒産した後、その債権整理委員長をつとめていた佐々木誠との間に於いて、佐々木誠の要請にもとづき佐々木真一が昭和四四年一月末日までに郷里秋田に所有する山林三反歩を担保として提供すること、原告はこれを動機とする旨を表明した上、その代償として、原告において倒産した訴外会社の訴外公庫に対する前記債務を弁済しかつその際代位取得すべき抵当権をあらかじめ放棄する旨合意したこと、真実佐々木真一はいづこにも山林を所有せず、また将来これを取得する見込もなかつたのであるが、原告はこのような事情を知るにおいては到底放棄の意思表示をしなかつたにもかゝわらず、これを知らないため、佐々木らの言を信じて右合意におよんだことが認められ、右認定に反する被告本人尋問の結果はたやすく信用しがたい。
したがつて、原告の右抵当権放棄の意思表示は、その表示された動機となつた秋田の山林が実在しなかつた点において要素の錯誤があつたものと認められるので無効である。
四 以上の認定によれば、原告は代位により本件建物につき前記抵当権を取得したものであるから、現にその抵当権登記名義人であり被代位者である被告は原告の代位による抵当権移転附記登記をすべき義務を負うというべく、よつて、原告の被告に対する本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 沖野威)
(別紙)<省略>