東京地方裁判所 昭和44年(ワ)608号 判決
原告
小倉明子
ほか二名
代理人
古長六郎
古長設志
東京都千代田区神田鍛治町二丁目一〇番地
被告
朝日火災海上保険株式会社
代理人
栄木忠常
豊田泰介
森勇
美作治夫
第一 主文
一、被告は、原告小倉明子に対し金五十万円、原告加藤け、同小倉キシイに対し各金七五万円およびこれに対する昭和四三年一月三一日からそれぞれ右完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ。
二 原告小倉明子のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用は、原告小倉明子と被告との間においては、原告に生じた費用の五分の一を被告の負担とし、その余は各自の負担とし、その余の原告らと被告との間においては、全部被告の負担とする。
四、この判決一項は仮に執行することができる。
第二、本訴請求の趣旨
「被告は、原告小倉明子に対し金三五〇万円、同加藤け、同小倉キシイに対し、各金七五万円および右に対する被告に対する直接請求手続後である昭和四三年一月三一日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員の支払をせよ」との判決および仮執行宣言。
第三、争いない事実
一、本件自賠責保険契約の締結
訴外黒沢儀一郎は、被告との間に、同人所有の小型貨物自動車(多摩四は四六四三)につき保険期間昭和四二年一月二八日から同四三年一月二七日までとする自賠責保険契約(証明書番号第A一〇三八四九号)を締結した。
二、死傷自動車事故の発生
とき 昭和四二月五月一八日午後一〇時三五分ころ
ところ 東京京中央区西八丁堀三丁目二〇番地先高速一号線路上
事故車 訴外黒沢儀一郎所有の前記多摩四は四六四三号
右運転者 訴外内藤三男(昭和二二年八月三日生)
死亡者 小倉正吾(昭和三年一月二〇日生)小倉安子(昭和一五年一二月一五日生)小倉由美子(昭和三六年四月二一日生)
負傷者 原告小倉明子(昭和三八年三月二日生)
態様 事故車が日本橋本町方面から羽田方面に進行中、前記内藤の過失により橋げたに激突。ために同乗していた右四名がそれぞれ死傷するにいたつた。
三、被害者らが事故車に乗車するに至つた経緯
訴外黒沢は電機商を営み、事故車を保有していた者であるが、亡正吾の妻、亡安子が事故当日右黒沢からドライブのため事故車を借受け、夫婦の営む八百屋の閉店後、その使用人訴外内藤の運転により、家族全員同乗してドライブに出かけた。
四、身分関係
亡正吾、亡安子は夫婦で、原告明子、亡由美子はその子、原告加藤けは亡安子の母、原告小倉キシイは亡正吾の母である。
第四、争点
一、原告らの主張
(一) 責任原因
亡正吾、亡安子夫婦は、訴外黒沢とは以前から親交があつため、事故当日、夫婦保有の自動車と交換で同人から事故車をドライブのため一時的に借受けたもので、同人はいつでも事故車の返還を請求できる立場にあつた。
従つて、同人は、なお、本件事故当時における事故車の運行供用者として自賠法三条により原告らに生じた損害を賠償する責任があるからもとより、被告は原告らに対し、同法一六条一項に基づき、右損害賠償額の支払の責に任じなければならない。
(二) 損害
1 原告明子の傷害の部位、程度入院治療八六日を要する頭部外傷、頸部、頂部挫傷
2 原告らの損害の数額
イ 亡正吾、亡安子の逸失利益各一五〇万円
両名は共同で青果業を営み、年間の純利益は二〇万円を下らなかつたところ、死亡時亡正吾は三九才、亡安子は二六才であつたから、両名とも稼働可能期間はいずれも二〇年を下らなかつた筈であるからその逸失利益の現価は各一五〇万円を下らない。
ロ 亡由美子の逸失利益
一五〇万円
死亡当時六才であつたから生存の場合は二〇才から六〇才まで稼働可能で、その間、年収二〇万円を下らないから、勤労者全国平均の年間総利益を考慮してみてもその逸失利益の現価は一五〇円を下らない。
ハ 原告明子の損害額
計五八万八四二九円
入院治療費
一六万一三五〇円
付添看護費九万六六二七円
雑費三万〇四五二円
慰藉料 三〇万円
(三) 相続関係
原告明子は父亡正吾、母亡安子の前記逸失利益合計三〇〇万円を単独相続し、原告加藤け、同小倉キシイは孫亡由美子の共同相続人として同女の前記逸失利益一五〇万を各二分の一ずつ相続した。
(四) 結び
そこで原告らは、自賠責保険の限度内で、原告明子において相続分三〇〇万円および本人の損害のうち五〇万円の合計三五〇万円、原告加藤け、同小倉キシイにおいて相続分各七五万円の支払を求める。
二、被告の主張(責任原因について)
本件事故当時を事故車の運行は、小倉一家のためにのみ行われたもので、事故車の運行支配および運行利益はともに小倉一家に帰し、訴外黒沢は事故車の貸与と同時にこれを失つていたものであるから、同人は自賠法三条の責任を負わず、従つて被告にも同法一六条一項による損害賠償額の支払義務はない。
第五、争点に対する判断
一責任原因
(一) 訴外黒沢の運行供用者責任
訴外黒沢が事故車を貸与したのも、亡安子ら夫婦からの申入れによること、黒沢は小倉夫婦とは以前夫婦が勤めていた八百屋の近くに店を持つていたことから親交があつたこと、事故の数日前にも、黒沢は自分の商用のため小倉夫婦の保有車を借受けて、代りに事故車を夫婦に貸したことがあつたが、その時も夫婦は借りついでにドライブを思いたちながら黒沢の都合で返却を急がれそれを果さなかつたという事情などが認められる。
してみると黒沢は、小倉夫婦に事故車を貸与はしたものの都合次第でいつでもその返還を求められたし、本件貸与の目的が休日ドライブという一時的なものであつたことや、従来からの両者間の親しさなどを考慮すると、なお事故車に対する運行支配を有していたといえる。また小倉夫婦と従前から相互に車の貸し借り、融通をしていた関係からみて運行利益も失われていなかつたというほかなく、同人は本件事故につき運行供用者として、自賠法三条に規定する他人の蒙つた損害を賠償する責に任じなければならない。
<証拠>
(二) 小倉亡夫婦の運行供用者としての地位、と原告明子、亡由美子の他人性。
亡安子が亡正吾とともに夫婦で一家のため、事故車をドライブ用に借受け、ともに営む店の使用人訴外内藤に命じて運転させていたこと、燃料も小倉夫婦方で負担していることが認められるから、事故車の運行支配、運行利益は小倉夫婦にも帰属し、亡正吾、亡安子は訴外黒沢とともにそれぞれ事故車を自己のために運行の用に供する者というべきであり、本件事故についていわゆる「他人」に当らない。
しかし、その子である原告明子、亡由美子については当時六才、四才の年令と右事情を考慮すると、両名は父母の監護に全く従属していたものであるから、事故車に対する運行支配ないし運転補助の実があつたとは到底いい難いので、事故車の運行供用者ないし運転補助者とすることはできず、また右認定のような立場にあつた父母との関係においても同乗者にすぎないといつてよいから、いわゆる「他人」として保護されねばならない。
<証拠>
(三) 自賠法一六条による被告の支払義務
以上の次第で、訴外黒沢は本件事故被害中、同人と競合して運行供用者の地位にあつたとみとめられる亡正吾、亡安子のそれについては賠償の責に任じないが、原告明子、亡由美子に生じた損害につき賠償責任がある。従つて被告は自賠法一六条に基づき保険金額の限度で原告明子ならびに亡由美子の相続人に対し支払の責に任じなければならない。
そして昭和四三年一月頃に原告らが被告に対し右根拠に基づき被害者請求に及んでいることも認められる。
<証拠>
二損害
(一) 原告明子の傷害の部位、程度
本件事故により原告明子がその主張の傷害を受け八六日間にわたり京橋病院で入院治療を受けたことが認められる。
<証拠>
(二) 原告らの損害の数額
1 亡由美子の逸失利益
一五〇万円
死亡当時六才の同女は生存したならば二〇才から六三才まで稼働可能で、その間少なくとも毎月二万四六〇〇円の所得を得た筈であり、生活費をその二分の一とみてもその稼間期間内に挙げ得る純益の現価は一五〇万円を下らないことは明らかである。
<証拠>
2 原告明子の損害額
五七万五一七七円
(イ) 入院治療費 一六万一三五〇円
(ロ) 付添看護費 九万六六二七円
(ハ) 入院雑費 一万七二〇〇円
ただし、入院八六日間につき一日二〇〇円の割合
(ニ) 慰藉料 三〇万円
傷害の程度、入院期間等を考慮した。
<証拠>
三 原告け、キシイの相続関係
原告ら主張のとおり(孫亡由美子の請求権を、その父母との三名同時死亡により、生存する直系尊属として各二分の一あて相続したことが)認められる。
<証拠>
三結論
そうとすると、原告明子の請求は、本人の損害として求める五〇万円と遅延損害金の限度で認容し、その余は棄却するほかなく、原告加藤け、同小倉キシイの請求はいずれもこれを認容する。
訴訟費用につき民訴法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用した。(舟本信光 福永政彦 鷺岡康雄)