東京地方裁判所 昭和44年(ワ)6118号 判決 1976年8月23日
原告
コンドル工業株式会社
右代表者清算人
高橋いせ子
原告
高橋通
原告両名訴訟代理人
横山正一
外四名
被告
国
右代表者法務大臣
稲葉修
右指定代理人
武田正彦
外三名
被告
東京都
右代表者知事
美濃部亮吉
右指定代理人
中村俊雄
外四名
主文
原告らの請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
(一) 被告らは連帯して、原告コンドル工業株式会社に対し金三〇九三万一四九四円、原告高橋通に対し金二〇〇万円及びこれらに対する昭和四三年一二月七日から各支払ずみに至るまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。
(二) 訴訟費用は被告らの連帯負担とする。
(三) 仮執行の宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁(被告ら)
(一) 原告らの請求を棄却する。
(二) 訴訟費用は原告らの負担とする。
(三) 仮執行免脱の宣言。
第二 当事者の主張
(原告)
一、請求原因
(一) 原告コンドル工業株式会社(以下原告会社という。)は昭和三四年一一月二日、プラスチツク製玩具の製造、卸販売を目的として設立され、設立後主としてプラスチツク製の玩具拳銃を製造、販売していたが、昭和三八年九月三〇日解散し、現在清算手続中の会社であり、原告高橋通(以下原告高橋という。)は右解散に至るまで原告会社の代表取締役であつたものである。
(二) (事件の概要)
(1) 原告会社は、昭和三七年八月ころ、金属製の玩具拳銃の製作を企画し、コンドルデリンジヤー、C―三八、SK―三二の三種の設計を完了し、同年一一月、訴外日放株式会社を通じて右製品のテレビ宣伝をし、また訴外株式会社広信社を通じて「少年画報」ほか二種の少年雑誌に広告を出すなどして宣伝に努めるとともに、同月初旬には部分品の製作を訴外筑波ダイカスト工業株式会社ほか数社に発注し、同年一二月二三日に至り、前記三種の玩具拳銃を製品として完成したが、うちコンドルデリンジヤーについては特に一般愛好家の人気を集め、当時原告会社及びその販売会社である訴外明光産業株式会社(以下訴外明光産業という。)に全国から注文が殺到している状況であつて、原告会社は同月二八日より都内三カ所の特約販売店を通じ、また通信販売などの方法により全国的にコンドルデリンジヤーの販売を開始し、翌昭和三八年一月一〇日までに一一六六個を製造したうち、一〇六六個を販売した。
(2) ところが、警視庁職員は、昭和三八年一月一〇日夜、電話で原告会社代表者原告高橋に対し、右コンドルデリンジヤーは銃砲に該当すると認められるから直ちに販売を中止するよう指示し、残品の保管を命ずるとともに、翌一一日、銃砲刀剣類所持等取締法(以下銃刀法という。)違反容疑で原告会社を捜索し、残品四六個の任意提出方を促し、さらに銃身四三〇〇組、床尾板四二〇〇組、その他付属部品相当数についてはそのままとし、以後本件コンドルデリンジヤーを製作しないこと、及び販売の中止、既に販売したものの回収、買戻しを命じた。
(3) さらに警視庁職員は同日、防犯課長名で同庁科学検査所に対し、本件コンドルデリンジヤーを資料として鑑定を嘱託し、同検査所技術吏員訴外徳永勲(以下訴外徳永という。)は鑑定のうえ、同日二二日次のような鑑定結果を報告した。
(イ) 本件コンドルデリンジヤーは金属性弾丸の発射可能と認める。
(ロ) 金属性弾丸の威力の程度は、
(a) まず、右資料にプラスチツク製玩具用雷管を装着し、銃口より黒色火薬約一グラムを装填し、さらに直径約8.5ミリメートルの鉛球を装着して資料を支柱に固定し、銃口から約二〇センチメートルのところに厚さ約12.5ミリメートルの杉の柾目板(四分板)をおき、引鉄に長い紐を結びつけて遠隔操作によつて杉板に弾丸を射ち込んだ。その結果鉛弾丸は杉板を約三ミリメートル凹ませたが、資料には異常なく引き続き金属性弾丸の発射可能であつた。
(b) 次に、資料に玩具用煙火の平玉(一粒直径四ミリメートル、高さ約一ミリメートル)三〇粒の爆薬を集めて粉末にしたもの(重量約0.26グラム)を使用し、前項と同様の方法で実験した結果、鉛弾丸は杉板を約五ミリメートル凹ませたが、資料は破損してバラバラに分解した。
そこで警視庁職員は引き続き銃刀法違反被疑事件として原告両名に対する捜査を遂げ、同年二月中に事件を東京地方検察庁に送致した。
(4) 東京地方検察庁検事訴外千石保(以下千石検事という。)は、さらに本件コンドルデリンジヤーを武器等製造法にいう武器に該当するものとして補充捜査をなし、同年四月二五日、新宿区検察庁副検事訴外最相公平(以下最相副検事という。)は新宿簡易裁判所に対し、武器等製造法違反被告事件として原告両名を起訴し(略式命令の請求)、同裁判所は原告両名を同年五月二八日、各罰金五万円に処したので、原告両名はこれを不服として正式裁判の申立てをなし、同事件は東京地方裁判所へ移送されて、審理が行われ、東京地方検察庁検事訴外佐々木実(以下佐々木検事という。)は同被告事件の第八回公判期日(昭和三九年一〇月二八日)において、予備的訴因として銃刀法違反事実を追加した。
(5) 東京地方裁判所は、昭和四〇年一二月七日、原告両名に対する右武器等製造法違反並びに銃刀法違反被告事件について、本件コンドルデリンジヤーにより金属性弾丸を発射することは可能であることは認められるけれども、その威力、性能、構造等よりみて、社会通念上人畜を殺傷する威力を具有するものとは認め難いとの理由により、原告両名に対し、いずれも無罪の判決を言い渡し、同判決は同月二二日確定した。
(6) しかし、原告会社は本件捜査及び訴追等により、取引上の信用を著しく失墜し、営業不振に陥つて、昭和三八年九月三〇日、倒産した。
(三) (不法行為の成立)
(1)(イ) 警視庁職員の右(二)(2)の行為は次のとおり過失に基づく違法な行政行為というべきである。
(a) まず、右行為は前述のとおり強制力を有する捜索に関連して命令としてなされたものであるから、被発動者たる原告会社に対しては事実上、強制力ある命令と同様の影響力を与えるものであり、この点は発動者たる警視庁職員においても当然認識していたところといわなければならない。
(b) ところで、銃刀法にいわゆる銃砲に該当する拳銃は少なくとも拳銃としての正常な操作によつて金属性弾丸の発射が可能であることが不可欠の要件であり、このことは銃砲なるものの使用目的等から判断しても疑いのないところである。
ところが、本件コンドルデリンジヤーはもともと玩具として製造し、販売されていたものであり、外観からしても、それが単なる玩具に過ぎないことは一見極めて明瞭である。これを構造上からみるに、通常の銃砲の銃身の材質は、特殊鋼または合金鋼といわれる鋼鉄が普通であるが、本件コンドルデリンジヤーのそれは「ザマツク」と称する鉛とアルミニウムとの合金で、ナイフで削れる程度の柔らかい材質のものであり、これによる金属性弾丸の発射ということは製作者において予想だにしていないところであつて、その重さ、感触等によつて得られる外観からしても、本件コンドルデリンジヤーが正常な操作方法(掌握発射)によつては金属性弾丸の発射は操作者自身が危険至極であり、したがつて、それは不可能であることは通常の注意義務を尽くせば容易に認識できたところであり、少なくとも正常な操作による金属性弾丸の発射に当つては操作者の身に危険の及ぶおそれのあることは充分に覚知できた筈である。このことは、前記鑑定に当つた訴外徳永が銃身の材質についての分析検査をしていないにもかかわらず、発射方法については初めからあえて遠隔操作をしている事実からも明らかである。
しかるに、本件コンドルデリンジヤーの捜査に当つた警視庁職員は、鑑定さえ得ることもなく、本件コンドルデリンジヤーが銃砲に該当すると認めるべき何らの特段の事情もまた資料も存しなかつたにもかかわらず、それが単に保安上好ましくない玩具であるとの単純な動機、観点等から銃砲に該当するものと独自な即所をして前記行政行為に及んだものである。したがつて、右職員らには捜査官として通常要求される注意義務に違反する過失があつたものというべきである。
(ロ) また、警視庁職員らが前記鑑定結果が出た後においても捜査を続行し、犯罪の嫌疑充分として事件を検察庁に送致した行為も過失に基づく違法な行為というべきである。
すなわち、前記鑑定結果によれば、「本件コンドルデリンジヤーは金属性弾丸の発射可能と認める。」とのことであるが、その引鉄の操作に当つては二回とも遠隔操作をしており、しかも二回目には資料は破損してバラバラに分解したというのであり、さらには発射に当つては薬室の玩具用雷管のほかに銃口から銃身の中へ火薬(爆薬)を装填したというのである。
しかし、元来拳銃は手に握つて操作するものであり、拳銃といい得るためにはこの正常な操作方法によつて金属性弾丸を発射し、操作者の身に危険性のないことは勿論、発射を反覆しても資料が破損しないことが必要である。しかるに、右のような操作方法をとつたのは、鑑定人が資料の外観から銃身の材質が通常銃砲の銃身に用いられている特殊鋼又は合金鋼といわれる鋼鉄ではなく、脆い「ザマツク」という材質によつて構成されたものであり、拳銃としての正常な操作方法では少なくとも操作者の身体に危険の及ぶおそれのあることを覚知していたことによるものと思料されるし、しかもこのような操作方法によつてもその威力は前述のとおりの程度であり、資料はバラバラになつたというのであるから、右発射は単に物理的に発射したというのに過ぎず、これをもつて直ちに金属性弾丸の発射可能というには到底あたらないというべきである。すなわち、本件コンドルデリンジヤーが銃砲に該当しないことは前記鑑定結果から容易に認定し得たところである。
したがつて、警視庁職員は、前記鑑定結果により直ちに捜査を中止して原告会社らに対してなした前記行政行為を撤回する等、しかるべき処置に及ぶべきであつたにもかかわらず、これを行わないばかりか、犯罪の嫌疑充分として事件を検察庁に送致したことは前記職員らの過失に基づくものといわなければならない。
(ハ) さらに検察官の右(二)の(4)の行為も次のとおり重大な過失に基づく違法な行為というべきである。
すなわち、およそ検察官が公訴を提起するに当つては、その根拠となる証拠を検討し、起訴当時の証拠資料のみで、犯罪の嫌疑が充分であると認定できる場合にはじめて起訴にふみきるべきであり、検察官が手持ちの証拠資料に対する証拠の価値判断において検察官としての注意義務を怠り、よつて、その判断を誤り、通常ならばその手持ちの証拠資料のみでは到底犯罪の嫌疑が充分であると認定できないのに嫌疑充分として公訴の提起に及んだときは、右公訴の提起に重大な過失があるといわなければならない。これを本件についてみると、本件起訴当時における証拠資料中、本件コンドルデリンジヤーが武器または銃砲に該当するか否かの根拠となる証拠資料としては前記鑑定結果以外存在しないと思料せられるが、右鑑定結果によれば、前述のように、むしろ容易に本件コンドルデリンジヤーが武器または銃砲に該当しないことを認定しえたのに、検察官は警視庁職員らが犯したと同様の判断の誤りを犯し、また、検察官としては、はじめ銃刀法違反の嫌疑で送致されてきた事件を武器等製造法違反事件として起訴したのであるから、これがためには武器であるか否かについて特に主務官庁である通商産業省の鑑定を得たうえで判断すべきであるのにこれを怠り、独自の判断をもつて武器と認定し、公訴提起に及んだものであつて、検察官には本件起訴に当り重大な過失があつたというべきである。
(2) (因果関係)
原告らの後記損害はすべて被告らの前項の過失に基づく行為によつて生じたものである。すなわち、
(イ) 警視庁職員らによる前記製造及び販売の中止、残品保管、販売したものの回収、買戻しを命じた行為は、強制力ある捜索に関連して命令されたものであるから、被発動者たる原告会社に対しては強制力ある命令と同様の影響力を与えるもので、右命令と、右命令に基づき原告会社のなした製造及び販売の中止、販売品の回収等の行為によつて生じた損害の間には因果関係があるというべきである。
(ロ) そして、右命令と関連してなされた警視庁職員による前記捜査、送検、検察官による捜査公訴の提起、追行は最終的には有罪判決の獲得を目標として行われる一連の行為で、全体として一個の行為とみられ、右一連の行為を組成する被告らの各行為中に過失があるときは、全体が違法となるものであり、その全体が原告らの後記損害と因果関係を有するというべきである。
したがつて、国は検察官が公訴を提起する以前に原告らの被つた損害についても責任を負うべきものである。
(ハ) また警視庁職員による前記捜査をうけ、本件コンドルデリンジヤーの製造中止を余儀なくされ、また、既に販売したものの回収のために直接被つた損害として、後記(四)(1)に掲げたものは、当時としてはまだ確定的な損害ではなく、検察官が充分捜査を尽くし、本件事実を犯罪とならないものと認定して起訴しなければ、充分回復可能であつたのに、昭和三八年四月二五日、これを起訴したために、原告会社は取引上の信用を失墜し、営業不振に陥り、同年九月三〇日倒産し、右損害が確定的なものとなつたのであるから、検察官の公訴提起と原告会社の後記(四)(1)の損害の間に相当因果関係があることは明らかである。
(3) したがつて、原告らの後記損害はすべて公権力の行使に当る被告国及び被告都の公務員の前記過失ある行為によつて生じたものであるから、被告国及び被告都は損害を賠償する義務がある。
(四) (損害)
(1) 原告会社が本件捜査をうけ、本件コンドルデリンジヤーの製造中止を余儀なくされ、又既に販売したものを回収する等をしたため、別表のとおり、他の会社から購入した資材等が無用に帰し、直接被つた代金額相当の損害として合計四八二万〇八三四円
(2) 原告会社の昭和三六年度(昭和三六年四月一日から同三七年三月三一日)における総売上高は金二億〇六六一万七八八八円で、純利益は金二四二六万一六〇九円(一か月平均二〇二万一八〇〇円)であつたが、昭和三八年一月一一日の警視庁職員による原告会社に対する強制捜査により、原告会社の事業は頓挫し、営業機能はほとんど麻痺状態となり、同三八年四月一日から同年九月一四日までの半期の決算では売上高は金一八二六万〇七六八円に激減し、金七九一万四四六〇円の損失を出し倒産するに至つた。
しかし、原告会社は昭和三六年度以降業績は順調に伸びていたのであるから、昭和三八年一月から九月までの九か月間、毎月少なくとも二〇二万一八〇〇円の割合による純利益を計上し得るところ、逆に四月から九月までの半期に七九一万四四六〇円の損失を出し、また、同年一月から三月までの期間も、右四月以降と同様、利益は何ら計上することができなかつたのであるから、結局右九か月間の得べかりし利益計一八一九万六二〇〇円と、四月から九月までの損失との合計二六一一万〇六六〇円の損害を被つたことになる。
(3) 原告高橋は、原告会社設立以前は訴外東宝物産株式会社技術部長、同工場長等を歴任し、技術者として玩具に関する種々の実用新案、特許権を持つており、またその経営する原告会社も発展途上の会社であつたところ、不当な摘発、捜査をうけ、引き続く訴追により、これが広く新聞等にも報道され、社会的信用を著しく傷つけられ、ついに原告会社倒産の窮地に追いやられたもので、これによつてうけた精神的損害に対する慰謝料としては金二〇〇万円が相当である。
(五) 原告らは被告両名に対し、昭和四三年一二月五日、書面をもつて、前記損害の賠償を請求し、右書面は同月六日、被告らに到達した。
(六) よつて、国家賠償法一条一項に基づき、被告らが連帯して、原告会社に対し、金三〇九三万一四九四円、同高橋に対し金二〇〇万円の各支払い及びこれらに対する被告らの職員の前記(三)の不法行為の行われた日の後である昭和四三年一二月七日から各支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二、抗弁に対する認否
争う。
(被告ら)
一、請求原因に対する認否(被告両名)
(一) 認める。
(二)(1) 原告会社が本件コンドルデリンジヤーにつき「少年画報」ほか二種の少年雑誌に広告を出したこと、昭和三七年一二月二八日から同三八年一月一〇日までの間に、一一六六個の本件コンドルデリンジヤーを製造し、訴外明光産業株式会社ほか特約販売店を通じ販売したことは認める。その余は不知。
(2) (被告国)
不知。
(被告東京都、以下被告都という。)
警視庁職員が昭和三八年一月ころ原告会社に電話したこと、同年一月一一日に本件コンドルデリンジヤー四六個が任意提出されたこと(但し、任意提出者は原告らではない。)は認めるが、その余は否認する。
(3) 認める。
(4) 認める。
(5) 認める。
(6) 原告会社が昭和三八年九月三〇日倒産したことは認めるが、その余は否認。
(三)(1)(イ) 争う。
(a) (被告都)
後記のとおり、警視庁職員は原告高橋らに対し、犯罪の発生を予防するため、助言、勧告、指導をしたに過ぎないものである。
(b) 銃刀法二条にいう銃砲とは、拳銃、小銃、機関銃等本来の武器のほか、猟銃その他金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲及び空気銃(圧縮ガスを使用するものを含む。)をいうのであるが、「金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲」とは、左の条件を充足するものと解されている(東高判昭二九・八・九高刑集七巻七号一一二七頁、東高判昭三〇・二・二三東高時報六巻二号刑三七頁参照)。
① 火薬、爆薬または火工品による爆発エネルギーによつて金属性弾丸を発射し得る構造、装置を具備すること。すなわち、銃身、弾倉、薬室、撃鉄またはこれに代わる機構を具備し、しかも主要部分が金属性弾丸を発射し得るに足る爆発力に耐え得る材質により成り立つこと。
但し、連続して使用可能であることは要しない。
② 発射された金属性弾丸により人畜を殺傷するに足りる威力を有すること、すなわち、戦闘の用に供しうる程度に至らないまでも人畜に傷害を加えるに足る程度の威力を具有していること。
そして、本件コンドルデリンジヤーは、本来の武器であるイタリアンデリンジヤーフロンテイア型上下二連装拳銃に極めて類似した形状、寸法を有し、その主体部分は金属性であり、銃身、弾倉、薬室、撃鉄等を具え、火薬によつて金属性弾丸を発射する機能を有するものであるから、後記のように、警視庁職員が本件コンドルデリンジヤーを銃刀法にいう銃砲に該当するものではないかとの疑いをいだき、原告高橋らに対し、犯罪予防のため、助言、勧告等をなしたことは十分理由があり、右職員らには何らの過失もない。
(ロ) 争う。
(被告都)
警視庁職員が犯罪の嫌疑充分として事件を検察庁に送致した行為には何ら過失はない。
すなわち、前記のように本件コンドルデリンジヤーはイタリアンデリンジヤーフロンテイア型拳銃に極めて類似した形状、寸法を有し、その主体部分は金属性であり、銃身、弾倉、薬室、撃鉄等を具え、火薬によつて金属性弾丸を発射する機能を有するものであり、しかも訴外徳永の前記鑑定によれば、その威力は鉛球をもつてしても約二〇センチメートルの距離にある杉の柾目板(いわゆる四分板)に深さ約三ミリメートルないし五ミリメートルに及ぶ弾痕を残すほどの威力を有するものであるから、これが人畜を傷害する威力あるというに充分であつて、前記解釈によれば、本件コンドルデリンジヤーを銃刀法にいう銃砲と判断したのには充分な根拠があつたというべきである。なお、原告らは前記鑑定方法が掌握発射によることなく、遠隔操作によつてなされていること及び材質の鑑定がなされていないことを非難するが、銃砲の威力の鑑定はそれ自体危険な実験であるから、それが特に小型拳銃の場合には実験者の身体の安全のため、掌握発射は行わないのが通例であり、遠隔操作による実験は発射機能の判定結果を左右するものではなく、また材質が原告らの主張するような柔らかい合金であるとしても、現に二度にわたり鉛球を発射しているのであるから、右鑑定方法及び材質を理由に本件コンドルデリンジヤーが銃砲に該当しないという主張はあたらない。
(ハ) 争う。
(被告国)
検察官は以下に述べるとおり、捜査を尽くし、本件起訴当時、従来の判例通説に照らし、これを武器または銃砲と認める充分な根拠を得ていたのであつて、充分な捜査を尽くさず、犯罪とならない事実を過失により犯罪となると認定して起訴したものではない。
すなわち、武器等製造法二条一項一号に掲げる武器である「銃砲」からは「産業、娯楽、スポーツ又は救命の用に供するものは除く」とされ、その趣旨は専ら戦闘または闘争の用に供されるものを武器とするという意味であると解されている(昭和二八年九月一四日二八重局第一一七一号通商産業省重工業局長、軽工業局長「武器製造法について」解釈通牒)。
そして、この解釈によれば娯楽のための空気銃等は除かれることになろうが、本件コンドルデリンジヤーは玩具としては販売されているものの、拳銃の体裁を有し、かつ前記鑑定の結果によれば、その実体は金属性弾丸の発射機能を有し、人畜傷害の威力をもつものであり、専ら闘争の用に供しうる可能性を充分に含むものであるから、武器に該当するとの右判断には充分な理由がある。
なお、原告らは、検察官が本件コンドルデリンジヤーを武器に該当するか否か判断するに当つては、通商産業大臣の鑑定をうけるべきである旨主張するが、訴外徳永の前記鑑定の結果得られた本件コンドルデリンジヤーの物理的機能を基礎として、これが法令にいう武器または銃砲に該当するか否かは、専ら法律判断で、通商産業省の見解如何にかかわらず公訴提起の権限を有する検察官に委ねられたものと解されるので通商産業大臣の鑑定をうける義務も必要もない。
また銃刀法の銃砲と認定したことも前記(ロ)のとおり充分な理由があつた。
(2) 争う。
(イ) (被告都)
警視庁職員は原告らに対し、犯罪の発生を予防するため、助言し、勧告し、指導したが、命令ないし行政処分はしていない。
すなわち、本件コンドルデリンジヤーが銃砲に該当するのではないかとの嫌疑に基づき、原告会社の責任者の原告高橋に警視庁に出頭してもらつた際、警視庁職員が同人に犯罪に利用されるおそれが多分にあるから、鑑定結果がわかるまで、本件コンドルデリンジヤーの製作、販売の中止や販売したものの回収等をするよう協力を求めたところ、同人はその趣旨を諒解し、それに応じたものである。
(ロ) (被告国)
検察官の捜査、公訴の提起が行われたのは既に警視庁職員らによつて、原告らに対し、前記製作販売の中止や、販売したものの回収等の指示がなされた後のことで、検察官の行為と後記(四)(1)の損害とは因果関係のないことは明らかである。
(ハ) (被告国)
原告会社の経営不振の原因としては資金繰り、経営の放漫、商品の売れゆき状況(子供向き玩具においては不安定な要素が強い。)等のさまざまな要素が考えられ、直ちに検察官の公訴提起により営業不振が生じたと断ずることはできない。また法律上武器とされ、あるいは一般に武器と認められるのもやむをえない程度のものを玩具と称し、広く宣伝して販売しても、一時的にはともかく、遠からず、世間の非難をうけ、社会上、取引上、信用を失墜し、売れゆきも悪化するのは必至であつて、右は検察官の公訴の提起によるものとはいえない。
(3) 争う。
(四)(1) 争う。
(被告国)
本件コンドルデリンジヤーの部分品代金及び宣伝広告費それ自体は、原告会社が本来それぞれ製造業者あるいは広告業者に支払うべきものであつて、直ちに損害ということはできない。
(2) 争う。
(被告国)
原告らの上記主張では本件コンドルデリンジヤーあるいはその他の品目の収益の詳細は明らかでない。
(3) 争う。
(五) 認める。
二、抗弁(被告都)
原告らの主張によれば、原告らの損害は昭和三八年一月一一日、原告高橋に対して行つた犯罪予防目的の行為及び同年二月二七日の検察官への事件送致によつて生じたものであるから、右行為を原因とする被告都に対する損害賠償請求権は時効によつて消滅している。
第三 証拠<略>
理由
一請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。
二そこで、請求原因(二)について判断する。
(一) 請求原因(二)(1)の事実のうち、原告会社が、本件コンドルデリンジヤーについて「少年画報」ほか二種の少年雑誌に広告を出したこと及び昭和三七年一二月二八日から同三八年一月一〇日までの間に一一六六個の本件コンドルデリンジヤーを製造し訴外明光産業ほかの特約販売店を通じて販売したこと、請求原因(二)(3)ないし(3)の事実並びに請求原因(二)(6)の事実のうち、原告会社が昭和三八年九月三〇日倒産したことはいずれも当事者間に争いがなく、また請求原因(二)(2)の事実のうち、警視庁職員が昭和三八年一月ころ原告会社に電話をしたこと及び同月一一日に本件コンドルデリンジヤー四六個が任意提出されたことは、原告らと被告都との間では争いがない。
(二) 右の当事者間に争いのない事実と<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、次の事実を認めることができる。
(1) 原告会社は昭和三四年設立され、主としてプラスチツク製の拳銃等の玩具の製造を行つていたが、昭和三七年六月ころ、当時原告会社の代表取締役であつた原告高橋は、金属製の玩具拳銃の製造により原告会社の業績を向上させることを企図し、そのころ、当時人気の高かつた輸入玩具拳銃ニコルスデリンジヤーを参考にした本件コンドルデリンジヤーをはじめC―三八、SK―三二の三種の設計を完了した。そして、原告会社は同年末ころに製造・販売を開始すべく、同年六月ころには部品の製造を訴外筑波ダイカスト工業株式会社ほか数社の下請業者に発注する一方、「少年画報」ほか二種の少年雑誌に通信販売の広告を掲載する等の宣伝を行い、同年一二月二〇日過ぎに至り、右の三種のうち本件コンドルデリンジヤーが製品として完成したので、直ちに原告会社の販売会社である訴外明光産業等の特約販売店における店頭販売及び通信販売を開始し、同月二八日から翌昭和三八年一月一〇日までの間に製造した一一六六個のうち一〇六六個の本件コンドルデリンジヤーを販売した。
(2) 昭和三八年一月九日、大阪府警より当時既に銃砲に該当するとして販売等の規制を受けていた輪入玩具拳銃ニコルスデリンジヤーに類似する本件コンドルデリンジヤーの広告が少年雑誌等に掲載されている旨の連絡が警視庁防犯部保安課に入つたので、当時の保安課保安係長警部訴外小川富造(以下小川警部という。)は右連絡に対処すべく、本件コンドルデリンジヤーの製造者である原告会社所在地を管轄する警視庁四谷警察署(以下四谷署という。)に本件コンドルデリンジヤーを検討のため借り受けてくるよう指示したところ、四谷署の警察官は同日原告会社より任意提出された本件コンドルデリンジヤー一個を保安係に届けた。そこで、小川警部は翌一〇日部下の警部訴外小松光輝(以下小松警部という。)に命じて本件コンドルデリンジヤーを警視庁科学検査所に持参させ、担当官の意見を求めさせたところ、科学検査所の担当官より外観から判断して、本件コンドルデリンジヤーは金属性弾丸を発射することが可能であり、かつ、相当程度の威力を有すると考えられる旨の回答を得た。同日、小川警部は右の回答等を併せ検討した結果、本件コンドルデリンジヤーは銃砲に該当するとの結論に達し、かつ、当時銃砲に該当すると判断される玩具拳銃による事故等が頻発していた状況に鑑みて早急にこれを規制する必要を認めたので、同日夜原告会社に電話をかけ原告高橋に対し、原告会社が製造・販売している本件コンドルデリンジヤーは銃砲に該当すると考えられるので、とりあえず製造・販売の中止、販売済の製品の回収等の措置をとることを要請し、併せて事情聴取のため翌一一日保安係に出頭することを求めたところ、原告高橋はこれを承諾し、同日夜直ちに原告会社の工場における製造を一時中止させた。そして、翌一一日、原告高橋は当時原告会社及び訴外明光産業の取締役であつた訴外富田俊一(以下訴外富田という。)を伴つて保安係に出頭したので、小川警部は小松警部とともに原告高橋らに応対し、本件コンドルデリンジヤーの規制について前日の電話と同様の説明をして協力を要請したところ、原告高橋はこれを諒解し、直ちに訴外富田に指示し、訴外富田は保安係室の電話を使用して、原告会社の特約販売店における本件コンドルデリンジヤーの在庫数を調査させ、さらに各販売店に対し任意提出に応ずるよう指示を与えた。そこで、保安係の係官は、同日、三カ所の原告会社特約販売店及び原告会社より合計四六個の本件コンドルデリンジヤーの任意提出をうけた。
(3) 一方、小川警部は本件コンドルデリンジヤーについては銃刀法違反の容疑もあると考え、同月一一日、前々日に既に任意提出をうけていた本件コンドルデリンジヤーについて保安課長名で科学検査所に対し、金属性弾丸発射機能の有無及びその威力の点に関する鑑定を嘱託するとともに、部下の保安係警部補訴外石田林(以下石田警部補という。)に対し、本件コンドルデリンジヤーについて銃刀法違反容疑の捜査を行うことを命じた。そこで、石田警部補は同日より捜査を行い、原告高橋及び訴外富田を被疑者として取り調べ、また参考人からの事情聴取等を行つた。また、同月二二日には科学検査所より前記嘱託の鑑定結果の回答があり、それによれば、本件コンドルデリンジヤーは金属性弾丸の発射可能であり、その威力は黒色火薬約一グラムと直径約8.5ミリメートルの鉛球を使用した場合には銃口より約二〇センチメートルの距離に固定した厚さ約12.5ミリメートルの杉板を約三ミリメートル凹ませたが本件コンドルデリンジヤーに異常はなく、引き続き金属性弾丸発射可能であり、また玩具用煙火平玉三〇粒の爆薬をつぶした粉末約0.26グラムを使用し前同様の方法で実験した場合には、船球は杉板を約五ミリメートル凹ませたが本件コンドルデリンジヤーは破損して分解した(以上いずれも火薬及び鉛球は銃口より銃身に装填し、遠隔操作により実験した。)、というものであつた。右の鑑定結果(以下本件鑑定結果という。)及び本件コンドルデリンジヤーの外観が既に銃砲に該当するとして規制されている輸入玩具拳銃ニコルスデリンジヤーに類似していること等の事実から判断すると、本件コンドルデリンジヤーは金属性弾丸の発射が可能であり、かつ、人畜を傷害するに足る威力を具有していて銃砲と認め得ると考えられ、また前記石田警部補らの捜査結果をも併せると、銃刀法違反の嫌疑は充分であるとの結論に達したので、銃刀法違反の容疑で送致することとしたが、検察庁により武器等製造法違反も考えられるとの意向が伝えられたので、石田警部補はさらに右の点について補充捜査をなし、通商産業省の担当部局に照会して本件コンドルデリンジヤーの製造について通商産業大臣の許可はなされていないことを確認した。
そこで、昭和三八年二月二七日、保安課長警視正訴外志村武正(以下志村警視正という。)は、本件コンドルデリンジヤーの製造、所持について原告両名及び訴外富田をいずれも武器等製造法違反及び銃刀法違反の容疑で、訴外明光産業を銃刀法違反の容疑でそれぞれ東京地方検察庁に送致した。
(4) 送致をうけた東京地方検察庁においては、千石検事が武器等製造法違反の点につきさらに補充捜査をなしたのち、事件を新宿区検察庁に移送した。そして、同年四月二五日、最相副検事は、新宿簡易裁判所に対し、原告両名を武器等製造法違反被告事件として起訴し、略式命令を請求した。
(5) 新宿簡易裁判所は同年五月二八日原告両名を各罰金五万円に処したので、原告両名はこれを不服として正式裁判を申し立て、東京地方裁判所において審理が行われ、事件を担当した佐々木検事は右事件の第八回公判期日において銃刀法違反の事実を予備的訴因として追加したが、同裁判所は昭和四〇年一二月七日右事件について本件コンドルデリンジヤーにより金属性弾丸を発射することは可能であると認められるが、その威力、性能、構造等よりみて社会通念上人畜を殺傷する威力を具有するとは認め難いとの理由により、原告両名に対する武器等製造法違反及び銃刀法違反の両訴因については原告両名はいずれも無罪である旨の判決を言い渡し、右の部分は同月二二日確定した。
(6) なお、右の本件コンドルデリンジヤーについての規制、捜査と併行して、四谷署においては、昭和三七年一二月八日、同署司法巡査訴外猿渡数則が訴外明光産業の販売店(通称ピストルセンター)に当時銃砲に該当するとして販売、所持を禁止されていたコルトコマンダー一挺が陳列されているのを発見、任意提出をうけたことを端緒とする訴外明光産業に対する銃刀法違反容疑の捜査が進められており、同署では翌昭和三八年一月一二日に捜索差押許可状の発付を得て、同月一四日同署員が訴外明光産業の事務所(原告会社の事務所と同一場所にある。)に対する捜索を行い、原告高橋が無許可で所持する英国製空気短銃及び前記コルトコマンダー同様に販売、所持の禁止されている輸入玩具拳銃ニコルスデリンジヤー各一挺並びに訴外明光産業の帳簿等を押収した、という経緯がある。
証人小川富造、同小松光輝、同石田林の各証言及び原告高橋通本人尋問の結果中右認定に反する部分は、前掲各証拠に照らすと容易に信用することはできず、ほかには右認定を覆すに足りる証拠はない。
三次に被告らの責任について検討する。
(一) まず、右二(二)(2)の小川警部の製造、販売の中止等の要請、同二(二)(3)の同警部の捜査、志村警視正の事件送致及び同二(二)(4)の最相副検事の公訴提起の各行為が、国家賠償法一条一項の被告国または被告都の公権力の行使に当る公務員の職務行為ということができるかについて考えてみると、最相副検事が被告国の公務員であり、小川警部、志村警視正が被告都の公務員であることは証人小川富造の証言及び弁論の全趣旨から明らかであり、また右各行為のうち捜査、事件送致及び公訴提起が公権力の行使に該当することは明らかであるから、右各行為のうち捜査及び事件送致が被告都の、公訴提起が被告国の、それぞれ公権力の行使に当る公務員の職務行為であることもまた明らかである。
原告らは、小川警部の前記二(二)(2)の製造、販売の中止等を要請した行為は、強制力を有する捜索に関連して命令としてなされたものであり、被発動者たる原告会社に対しては事実上強制力ある命令と同様の影響力を与えるものであるから、公権力の行使に該当すると主張するが、原告らの主張するような事実関係が認められないことは前記二において認定したとおりである。しかしながら、前記二(二)(2)の小川警部の製造、販売の中止等の要請というようないわゆる行政指導(右の行為が行政指導にあたる性質の行為であることは被告都の自認するところである。以下本件行政指導という。)の場合においては、それが法令上の根拠を背景にしてなされる場合には、相手方が不服従であれば、法令に基づく強制処分に移行することができるので、その行政指導には相手方は従わざるを得ないから、そのような行政指導は国家賠償法一条一項の公権力の行使に該当するものと解するのが相当である。そこで、これを本件についてみてみると、証人小川富造の証言及び原告高橋通本人尋問の結果によれば、本件行政指導は、それに従うことを原告会社が拒否すれば銃刀法違反容疑の捜査(強制捜査を含む。)に移行することが予定されており、いわば国家統治権に基づく優越的な意思発動の予備的段階としてなされたこと、原告会社においても右のような捜査への移行を予想し、止むを得ず本件行政指導に従つたものであることを認めることができるから、小川警部の本件行政指導は公権力の行使に該当するといわなければならない。
(二) 次に、本件コンドルデリンジヤーが銃刀法二条一項にいう銃砲に該当するかについて判断する。
銃刀法二条一項によれば、同法において銃砲とは、要するに金属性弾丸を発射する機能を有する装薬銃砲及び空気銃(圧縮ガスを使用するものを含む。)をいうものとされているが、「発射する機能を有する」とは、単に発射する能力があるにとどまらず、ある程度の威力があることを要し、その程度については、社会通念上、戦闘の用に供し得るに至らなくとも、なお人畜に傷害を与えるに足りる程度の威力を具有するものでなければならない。
そこで、これを本件についてみてみると、<証拠>によれば、本件コンドルデリンジヤーは玩具用雷管を装着し、銃口より黒色火薬等の爆薬と鉛球を装填することによつて金属性弾丸を発射することが可能であることは認められるけれども、その威力は、黒色火薬約一グラムと直径約8.5ミリメートルの鉛球を使用した場合、銃口より二〇センチメートルの距離に固定した厚さ約12.5ミリメートルの杉板を約三ミリメートル凹ませることができたに過ぎず、また玩具用煙火の平玉三〇粒をつぶした粉末約0.26グラムを使用して同様の条件で実験を行つた場合でも右の杉板を約五ミリメートル凹ませることができたに過ぎず、しかもこのときは本件コンドルデリンジヤーは破損して分解したというのである。そして、二〇センチメートルの至近距離における威力が右の程度のものであること(元来拳銃等の装薬銃砲は、それを用いて弾丸を発射飛翔させることにより、手の届かない目的物に危害を加えることを目的とするものである。)、本件コンドルデリンジヤーはその主要部分の材質が亜鉛合金であるため、通常の修理、加工を行つても銃砲としての威力を具有させることは困難なこと、本件コンドルデリンジヤーは本来玩具として製造されたものであることに鑑みると、結局本件コンドルデリンジヤーに社会通念上人畜を傷害するに足る程度の威力は具有されていないと認めざるを得ない。証人徳永勲の証言のうち、本件コンドルデリンジヤーを前記実験と同様の条件で人体に対し使用した場合、全治一週間程度の内出血となるという趣旨の供述部分は、右判断と必ずしも矛盾するものではなく、ほかには右認定を覆すに足りる証拠はない。
(三) そこで、さらに進んで、被告らの公務員の前記各行為の違法性ないし過失の有無について判断することとする。
(1) まず、小川警部の本件行政指導について考えてみると、本件コンドルデリンジヤーが銃刀法にいう銃砲に該当しないことは既に右(二)において認定したところであるから、これを銃刀法にいう銃砲に該当すると判断して、原告会社に対しその製造、販売の中止等を要請した本件行政指導は違法なものであるといわざるを得ない。
そこで、右の違法な行政指導をなすにつき、小川警部に過失が認められるかどうかを考えてみると、前記認定のとおり、小川警部は、既に警察庁において銃砲と認定され販売等が禁止されていた輸入玩具拳銃ニコルスデリンジヤーに類似した本件コンドルデリンジヤーが少年雑誌等で宣伝されているとの大阪府警からの通報を機縁として本件行政指導を行つたのであるが、このような場合玩具拳銃を銃刀法にいう銃砲に該当するとしてその製造、販売の中止等の勧告等の行政指導を行う公務員としては、まず対象となる本件コンドルデリンジヤーの実物を取り寄せ、それと既に銃砲として規制されているニコルスデリンジヤーとを比較対照してその類似性を検討し、さらに時間的余裕がある場合には正式の鑑定を委嘱し、時間的余裕がない場合には専門家より意見を聴取し、よつて得られた事実に基づき、かつ、従来の裁判例及び通説の示す基準に従つて判断をなすべき注意義務があるというべきであるが、小川警部が右の注意義務をいずれも履践したことは前記認定事実より明らかであり(本件コンドルデリンジヤーが当時既に全国的に販売される体制にあり、また当時の玩具拳銃による事故等の頻発という状況からみて早急な規制の必要があり、したがつて正式な鑑定を待つ時間的余裕がないと判断したことも相当である。)、かつ、銃刀法にいう銃砲に該当すると判断したこと自体も著しく経験則に反したものということはできないから、結局小川警部に本件行政指導を行つたことにつき過失を認めることはできないというべきである。
(2) 次に、小川警部の捜査、志村警視正の事件送致及び最相副検事の公訴提起について考えてみる。
(イ) 犯罪の嫌疑について相当な理由がないにもかかわらずなされた、警察官の捜査及び嫌疑ありとしてする事件送致、公訴事実について証拠上合理的な疑いが顕著に存在し、将来有罪判決を獲得し得る見込みが乏しいにもかかわらずあえてなされた検察官の公訴提起は、いずれも実質的には違法と評価されるべきものである。しかしながら、刑事事件において結果として無罪判決が確定したというだけで、直ちに警察官または検察官の右各行為を違法と断ずることができないことはいうまでもない。けだし、刑事訴訟法は裁判官による証拠の評価につき自由心証主義を採用したが、自由心証主義の下では証拠の証明力の評価の仕方、一定の証拠によつて形成される心証の態様、強弱の程度について、裁判官の間にある程度の個人差が生じることを避け難く、このことは警察官または検察官と裁判官との間においても程度の差こそあれほぼ同様であり、さらに、捜査時または公訴提起時と判決時とでは証拠の質、量ともに異同を生ずることも少なくなく、裁判官が審理を遂げ犯罪事実の証明なしと判断して無罪の判決をした場合でも、これによつて直ちに警察官または検察官のなした前記各行為を違法と断定すべきではないからである。警察官または検察官の右の各行為を違法といい得るためには、警察官または検察官が右の各行為をなす際に、手持ちの証拠(通常の職務上の注意義務を尽くせば、その段階で収集しえた筈の証拠を含む。)及び将来入手し得ることの予測される証拠に基づいて、犯罪の嫌疑について相当な理由があると判断したこと(警察官の場合)、あるいは公訴事実の存在について合理的な疑いを入れる余地がないと判断したこと(検察官の場合)が、自由心証の限度を逸脱した場合、すなわち経験則と論理則に違反しその判断が是認し得ない場合でなければならない。
(ロ) そこで、これを本件についてみると、要するに本件における争点は、警察官または検察官が本件コンドルデリンジヤーを銃刀法にいう銃砲または武器等製造法にいう武器たる銃砲に該当すると判断したことが違法であるか、という点に絞られるのであるが、まず銃刀法にいう銃砲と判断したことについて考えてみると、前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、小川警部、志村警視正及び最相副検事はいずれも主として本件鑑定結果及び既に銃刀法にいう銃砲に該当するとされ警察庁より規制の指示がなされていた輸入玩具拳銃ニコルスデリンジヤーとの比較対照とに基づいて、本件コンドルデリンジヤーを銃刀法にいう銃砲と判断したのであるが、本件鑑定結果によれば、本件コンドルデリンジヤーは金属性弾丸を発射することが可能であり、またその威力については、なるほど当裁判所が社会通念上人畜を傷害するに足る威力を具有するとは認められないと判断したことは既に説示したとおりであるが、本件鑑定結果及び証人徳永勲の証言によれば、至近距離においては本件コンドルデリンジヤーにより人畜を傷害することは可能であると認められるのであるから、警察官または検察官が本件コンドルデリンジヤーは社会通念上人畜を傷害するに足る威力を具有すると判断したことをもつて直ちに経験則及び論理則に違反した不相当な判断であるということはできない。この点について、原告らは、前記警察官及び検察官はいずれも本件鑑定結果において金属性弾丸の発射可能とされていることを盲信しているが、本件鑑定は本件コンドルデリンジヤーの材質検査を行わず、発射機能の実験も二回とも遠隔操作で行い、二回目には本件コンドルデリンジヤーは破損して分解したのであり、さらに発射に当つては薬室の玩具用雷管のほかに銃口から銃身の中へ火薬(爆薬)を装填したというのであるから、右のような鑑定の経過からして、右は単に物理的に発射したというに過ぎず、拳銃としての通常の操作方法すなわち掌握発射により連続して破損することなく発射することは不可能なのであるから、これをもつて金属性弾丸の発射可能ということはできない、と主張するが、成立に争いのない乙第一号証の二及び証人徳永勲の証言によれば、拳銃等の鑑定において材質の検査は通常行わないこと、また玩具拳銃の場合には危険であるので例外なく掌握発射でなく遠隔操作によつて実験を行うこと、銃口より玩具用雷管のほかに火薬(爆薬)を装填して発射実験をすることも通常行われること、二回目の発射実験はともかく一回目の発射実験においては本件コンドルデリンジヤーは破損することなく引き続き発射可能であつたこと、を認めることができ、右事実に照らして考えると、本件鑑定が金属性弾丸の発射可能と結論したことは相当であるから、原告らの右主張は理由がないものというべきである。
(ハ) 次に、本件コンドルデリンジヤーを武器等製造法にいう武器たる銃砲と判断したことについて判断する。
前記認定事実及び弁論の全趣旨によれば、小川警部、志村警視正及び最相副検事はいずれも本件鑑定結果及び本件コンドルデリンジヤーの外観に基づき、本件コンドルデリンジヤーが金属性弾丸の発射可能で、人畜を傷害するに足る威力を具有し、かつ、玩具拳銃として製造されたものであるが、拳銃としての体裁を有していて充分闘争の用に供し得るものであると判断したのであり、右判断が経験則及び論理則に反するものと認めることはできない。原告らは、武器等製造法にいう武器たる銃砲と判断するためには、主産官庁である通商産業省の鑑定を得たうえで判断すべきであると主張するが、本件コンドルデリンジヤーが武器等製造法にいう武器たる銃砲に該当するか否かは、終局的には裁判所が判断すべキ事項であるが、公訴提起の権限を有する検察官にもまた公訴提起に付随して独自の判断権限が与えられているものと解すべきであり、検察官が右の権限を行使するに当り、武器等の製造等の許可についての主務官庁である通商産業省において実施する鑑定を事前に経なければならない法律上の根拠はなく、また判断の資料として通商産業省の鑑定結果をも参考とすべき必要は本件に関するかぎり必ずしもないというべきであるから、原告らの右主張も失当である。
(ニ) 以上によれば、小川警部及び志村警視正が、本件コンドルデリンジヤーを銃刀法にいう銃砲及び武器等製造法にいう武器たる銃砲に該当すると判断して、原告両名及び訴外富田、訴外明光産業につき銃刀法違反、原告両名及び訴外富田につき武器等製造法違反の各嫌疑について、その存在につき相当な理由があるものと判断して、捜査を行い、嫌疑充分として事件を送致したこと、及び、最相副検事が原告両名について武器等製造法違反の公訴事実の存在について合理的な疑いを入れる余地がないと判断して、公訴を提起したことは、いずれも違法な行為ということはできないというべきである。
四そうすると、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなくいずれも理由がないものというべきであるからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九三条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(鈴木重信 高橋金次郎 志田洋)
(別紙)<省略>