東京地方裁判所 昭和44年(刑わ)6047号
〔抄録〕
一、今日の法廷にはなるほど四人の国選弁護人は出廷していません。しかし、裁判所は憲法三七条三項の趣旨にのっとり四人の国選弁護人を選任し、本日の公判期日の告知もなされているのです。従って裁判所としては、なすべき処置はすべて果しており、それにも拘らず出廷しないのは弁護人の意思に依るわけです。
二、弁護人がなぜ出廷しないかの理由について、裁判所が確認したところに依れば、被告人らが国選弁護人に対して、不信頼の意思を表示し、グループ別で強行せられる実質審理の法廷に立会うことは裁判所のための弁護人になることであり、被告人らを裏切ることになるとして反対するため、最早や良心的に被告人らの弁護人として出廷することはできないというにあります。
三、裁判所の考えに依れば、被告人らが反対してもなお、弁護人として被告人らの究極的な利益のために、弁護活動をする余地があり、憲法が保障しようとしたのも、右のような究極的な利益であって、被告人らが恣意的に利益と考えているものを保障しようとしたのではないと解すべきものと思われますから、国選弁護人は当然本日の公判廷にも出廷すべき義務があると考えます。
(国選弁護人は辞任の申出をしておりますが、二、の理由が正当な理由とは考えられませんから、裁判所は解任しません。)
四、裁判所としては、右のような見解に立って国選弁護人に対しては是非出廷していただきたいと申し入れをしていますが、強制的な手段を用いるわけにはゆかないので、あとは国選弁護人自身の責任感に訴え自発的な出廷を促す外はありません。
五、我々の理解するところに依れば、弁護人が出廷しないのは、被告人らが不信頼の意思を表示し、しかも出廷することが被告人らを裏切ることになると極論するために、弁護人を出廷不能の心境に追い込むからだと思います。従って出廷しないのは被告人らの言動によることはあまりにも明白であり、裁判所の責任では断じてありません。(従って、若し被告人らが態度を改め無条件で出廷をお願いすれば、必ずや、国選弁護人は出廷して下さる筈です。)
六、我々が、弁護人について確かめたところに依れば、被告人らの弁護人に対する言動には、弁護人としては到底従うことができないような無理難題さえ含まれているのであり、しかも実質審理に入った現在でさえも事案の内容については全く打合せに応じていないなど、当初から誠実な意思で国選弁護の請求をしたかどうかについて疑問を抱かざるを得ない点もあり、更に当裁判所が、被告人らに対し、現在の弁護人がこのまま今後の法廷に立会うことを希望するかどうかを明示すべきことを求めたのに対し、素直にその意思を表明しなかったという事情もあるので、これら諸般の事情を綜合すると、国選弁護の請求自体が権利の濫用であったり、仮に然らずとするも現在では国選弁護を受ける権利を抛棄又は撤回したと見得る余地もあろうと思われるのであります。
七、しかしながら、当裁判所は現在のところでは、なお国選弁護人に対して出廷を促す勧告を続けながら、このまま訴訟手続を進行し、殊に弁護側立証段階に入れば重ねて積極的に被告人に有利な証拠の提出を催促し、以て被告人らの利益が可能な限り確保されるよう配慮するつもりであります。
八、このように、裁判所としては、現在進行している手続は、いささかも違法の点はなく、国選弁護の保障の点についても、十分配慮した上で敢て開廷しているのであるから、現在弁護人が出廷していなくとも差支はないと考えます。
なお本件は必要的弁護事件ではないのであるから尚更そうであります。
九、被告人らは、真に弁護人の弁護活動を必要と考えるならば、自ら従来の態度を改め、国選弁護人に懇願して無条件で弁護をしていただくべきであって、弁護人を出廷不能に追込むような無理な注文を出すべきではないと思います。それが、通常の場合の被告人と弁護人の間の関係であり、思想的背景を持った事件についても裁判所(国)が法曹としての知識経験に信頼して選任した弁護人は、被告人も亦信頼して弁護を受けるという関係にない限り憲法三七条三項が規定するような国選弁護の保障は実現不可能になってしまうのであります。
十、このように考えると、既に選任せられている国選弁護人が、被告人らの言動により、出廷不可能の心境に追い込まれた結果出廷しない場合に、弁護人がいないままで開廷審理することは毫も憲法三七条三項の趣旨に反するものではないと解すべきであります。
(裁判長裁判官 熊谷弘 裁判官 金谷利広 裁判官 門野博)