大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)105号 判決 1974年7月19日

原告 菊地昇三

被告 本所税務署長

訴訟代理人 中島尚志 外三名

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

被告が原告に対し昭和四二年五月二七日付をもつてした昭和三九年分および昭和四〇年分の各所得税に関する各更正処分および各重加算税賦課決定処分(ただし、昭和四〇年分についてはいずれも昭和四四年二月八日付裁決による減額後のもの)を取り消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は、東京都墨田区横川三丁目一四番四号においてプラスチツク中空成型業を営んでいるものであるが、昭和三九年分の所得税について別表(一)の確定申告欄記載のとおりの確定申告をし、昭和四〇年分の所得税について別表(二)の確定申告欄記載のとおりの確定申告をしたところ、被告は別表(一)および(二)の各更正欄記載のとおりの各更正処分(以下、本件各更正処分という。なお、別表(一)の更正処分を本件三九更正処分、別表(二)の更正処分を本件四〇更正処分という。)および各重加算税賦課決定処分(以下、本件各重加算税処分という。なお。別表(一)の重加算税賦課決定処分を本件三九重加算税処分、別表(二)の重加算税賦課決定処分を本件四〇重加算税処分という。)をした。

そこで、原告は、別表(一)および(二)の各異議申立欄記載のとおり異議申立てをしたが、被告が同各異議決定欄記載のとおりいずれもこれを棄却したので、同各審査請求欄記載のとおり審査請求をしたところ、東京国税局長は昭和三九年分については別表(一)の審査裁決欄記載のとおりこれを棄却したが、昭和四〇年分については別表(二)の審査裁決欄記載のとおり原処分を一部取り消した。

(二)  しかしながら、本件各更正処分および本件各重加算税処分(ただし、昭和四〇年分についてはいずれも裁決による減額後のもの)はいずれも違法であるので、その取消しを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁および主張

(一)  請求原因(一)の事実は認めるが、同(二)の主張は争う。

(二)  推計課税の必要性について

1 原告はプラスチツク(ポリエチレン)中空成型加工業を営むいわゆる白色申告者であるが、昭和三九年分所得税について提出した確定申告書にはこれに記載されるべき事業所得の計算上必要な収入金額および必要経費の記載がなく、昭和三〇年分についても確定申告書に記載された収入金額は原告の取引先のうち二名分の取引金額よりも過少であることが判明した。

2 そこで、原告の右両年分の所得金額を調査するため、昭和四一年二月一一日被告の係官が原告宅に臨み、原告の妻芳江(専従者)に面接して帳簿書類の提示を求めたところ、同人は売上先に対する請求書の一部分、借入金関係の書類および建物改築の領収書を見せたのみで、その他の帳簿書類は原告が不在であるとの理由で一切見せなかつた。また、右係官の質問に対し、原告の妻は生活費は月約五〇、〇〇〇円位である旨答えたのみで、その他については原告が不在で分からない旨答えた。

よつて、右係官は提示された右書類のうち請求書の一部分を原告の収入金額を計算するため原告の妻の承諾をえて借用した。

3 同月一三日ごろ被告の係官が原告宅に臨み帳簿書類の提示を求めたところ、原告は被告の係官が借用していた右2の書類を受領したのみで、調査に応じなかつた。

4 同年八月二九日、同年九月一三日および同月一四日に被告の係官が原告宅に臨んだところ、原告の妻は原告が不在であるという理由で調査に応じなかつた。

5 同年一〇月四日および同年一一月四日、被告の係官は原告宅に臨み、入口土間において原告に面接し、請求書の一部分のみでは所得計算ができない旨を伝え、収入金額および必要経費の計算に必要な書類の提示を求め、売上先、仕入先等の取引先、雇人数等について質問し、また、右係官が機械の台数、材量の在庫量等を確認するため工場内の検査に応ずるよう求めたところ、原告は「白色申告者だから会計帳簿はなく、原始記録の保存はない。」、「最初の調査で脱明ずみであるから答える必要はない。」等の言をもつて調査に応じなかつた。

6 以上のように、原告は、被告の調査に非協力的で、取引先等を明らかにせず、帳簿書類や原始記録を提示しなかつたので、被告は、やむをえず三和銀行押上支店、日本勧業銀行押上支店および中央信用金庫駒形支店の原告の普通預金を調査し、同預金口座への入金額を原告の収入金額と推定し、本件各更正処分および本件各重加算税処分をしたものである。

7 その後、原告からの異議申立てにもとづき被告の係官が、また、原告からの審査請求にもとづき東京国税局所属の協議官がそれぞれ原告宅に臨み調査に協力するよう原告に求めたが、原告はこれに応じなかつた。

しかしながら、原告の売上先に関する被告の調査により原告の売上金額が判明したもので、本訴において、原告は、収入(売上)金額および特別経費(建物減価償却費、支払地代、借入金利息((昭和三九年分のみ))、事業専従者控除額)については実額を主張し、原価および一般経費についてのみ原告と規模を同じくすると認められ、かつ、原告と同一または近隣区に住所を有する青色申告同業者の平均率によつて算出した金額を主張するものである。

(三)  本件三九更正処分の適法性について

1 原告の昭和三九年中における所得金額は一、八四八、〇八四円であり、その計算の内訳は別表(三)記載のとおりである。

2 収入(売上)金額 一四、三六七、七五六円

収入(売上)金額は一四、三六七、七五六円であり、その内訳は別表(四)記載のとおりである。

3 必要経費 一二、五一九、六七二円

(1) 原価および一般経費 一二、四〇六、五五八円

原価および一般経費は、右2の収入(売上)金額一四、三六七、七五六円に、原告と規模を同じくすると認められる同業者、すなわち、その収入(売上)金額が原告の収入(売上)金額の五割以上二〇割以下であり、かつ、その住所が原告と同一または近隣の区内にある青色申告同業者五名の収入(売上)金額に対する原価および一般経費の割合の平均(以下、原価および一般経費率という。)八六・三五%(その内訳は別表(五)記載のとおりである。)を乗じてえたものである。

右原価および一般経費率の算定の基礎とした同業者は、(ア) ポリエチレン中空成型加工機を使用していわゆるプラスチツク製品を製造している者、(イ) 原告と事業規模が近似していると認められる者、すなわち売上金額が原告の五割ないし二〇割の間にある者、(ウ) 原告と立地条件が類似していると認められ、かつ、(ア)に述べたプラスチツク製造業者が集中していると認められる地域(墨田、江東、荒川、北、足立および板橋の各区内)に住所を有している者、(エ)昭和三九年および昭和四〇年において青色申告書により確定申告をした者という四条件のいずれにも合致している者である。ところで、右(ア)の条件は、いわゆるプラスチツク製品には射出成型機により製造される製品と原告が使用している中空成型機により製造される製品とがあるが、右両機械による場合を対比するに原料および製品の質が異なることのほか、中空成型機による場合の方がロスが多く、したがつて差益率が低いために、原告に不利とならぬよう中空成型機を使用している者を採用したものであり、右(イ)の条件についてはプラスチツク業界における製造業者はきわめて零細な個人業者から大規模な法人に至るまで広範囲に存在しているのであるが、同一業種内においては、事業規模の大小は売上高の多寡によつて判定することが相当であると認められるところから、原告と対比して明らかに事業規模が異つていると認められる家族従事員のみの者および事業内容が個人営業に類似している小規模法人以外の法人を除外する趣旨において、原告の売上金額の五割ないし二〇割の範囲内の者をもつて原告の事業規模に近似している者と認めて、これを採用したものであり、右(ウ)の条件については、プラスチツク製造業者は原告と同じ墨田区を中心とした地域に集中しており、また、右地域はプラスチツク製造業界の事業所として立地条件にさしたる差異はないと認められるため、右地域より選定したものであり、右(エ)の条件については、以上に述べた(ア)ないし(ウ)の各条件をみたす同業者から原価および一般経費率を求めるためには、各同業者の売上金額、原価等について個々の具体的数値をもととすることになるのであるが、これらの数値は適正な申告をしている青色申告者の決算書によることが相当であるため(右決算書の数額によつて計算された原価および一般経費率は普遍的妥当性の高い平均値である。)、これを採用したものであつて、原価および一般経費率算定のための同業者の選定基準とした(ア)ないし(エ)の四条件は、いずれも合理的なものである。

(2) 特別経費 一一三、一一四円

特別経費は次の(ア)ないし(エ)の合計一一三、一一四円である。

(ア) 建物減価償却費 七、四五五円

原告所有の木造瓦葺併用住宅である建物の固定資産税評価額四八七、三〇〇円に耐用年数三〇年、事業供用割合を五割として計算してえた金額である。

(イ) 支払地代 六、六五四円

原告が昭和三九年中に訴外小宮直子に支払つた地代一三、三〇八円に事業供用割合を五割として計算してえた金額である。

(ウ) 借入金利息 一二、七〇五円

原告が昭和三九年中に中央信用金庫駒形支店に支払つた借入金の利息である。

(エ) 事業専従者控除額 八六、三〇〇円

原告の妻芳江についての事業専従者控除額である。

4 原告の昭和三九年中における所得金額は前記のとおり一、八四八、〇八四円であり、本件三九更正処分における所得金額一、三一五、四一五円はその範囲内のものであるから、同処分は適法である。

(四)  本件四〇更正処分の適法性について

1 原告の昭和四〇年中における所得金額は一、七六八、一五八円であり、その計算の内訳は別表(六)記載のとおりである。

2 収入(売上)金額 一二、一〇二、〇六〇円

収入(売上)金額は一二、一〇二、〇六〇円であり、その内訳は別表(七)記載のとおりである。

3 必要経費 一〇、三三三、九〇二円

(1) 原価および一般経費 一〇、二〇五、六六七円

原価および一般経費は、右2の収入(売上)金額一二、一〇二、〇六〇円に原告と規模を同じくすると認められる同業者、すなわち、その収入(売上)金額が原告の右金額の五割以上二〇割以下であり、かつ、その住所が原告の近隣の区内にある青色申告同業者六名の原価および一般経費率八四・三三%(その内訳は別表(八)記載のとおりである。)を乗じてえたものである。

右青色申告同業者六名の選定基準(条件)が合理的であることは昭和三九年分に関し述べたところと同一である。

(2) 特別経費 一二八、二三五円

特別経費は次の(ア)ないし(ウ)の合計一二八、二三五円である。

(ア) 建物減価償却費 九、〇八一円

原告所有の木造瓦葺併用住宅である建物固定資産税評価額(昭和四〇年八月までは四八七、三〇〇円、同年九月からは八〇六、二〇〇円)に耐用年数三〇年、事業供用割合を五割として計算してえた金額である。

(イ) 支払地代 六、六五四円

原告が昭和四〇年中に小宮直子に支払つた地代一三、三〇八円に事業供用割合を五割として計算してえた金額であるる。

(ウ) 事業専従者控除額 一一二、五〇〇円

原告の妻芳江についての事業専従者控除額である。

4 原告の昭和四〇年中における所得金額は前記のとおり一、七六八、一五八円であり、本件四〇更正処分における所得金額一、三六四、四七〇円(ただし、昭和四四年二月八日付裁決による減額後のもの)はその範囲内のものであるから、同処分は適法である。

(五)  本件各重加算税処分の適法性について

1 原告は、2および3において述べるように、架空および仮装名義預金口座を利用して売上金額を回収したり、仮装の商号を用いた取引により売上を除外したうえ、その仮装および売上除外したところにもとづいて過少の所得税確定申告書を提出していたので、被告は国税通則法六八条一項にもとづき本件各重加算税処分をしたものであつて、それはいずれも適法である。

2 本件三九重加算税処分

(1) 原告は、三和銀行押上支店に実在しない足立三郎および伊藤春男なお架空名義の普通預金口座と原告の長男健司名義の仮装名義普部通預金口座および当座預金口座をそれぞれ設け、これらの右各預金口座に昭和三九年中の売上金額にかかる売掛金を回収した手形・小切手の一部を取立入金していた。その入金の内訳は、右足立三郎名義普通預金口座に二、二五八、九一五円、右伊藤春男名義普通預金口座に二、〇四九、五〇四円、右菊地健司名義普通預金口座に八、九九三、八九七円(以上三預金口座への入金の売上先別明細は別表(九)の昭和三九年分欄記載のとおりである。)、菊地健司名義当座預金口座に二五、二三〇円である。

(2) 原告は、原告名または原告の商号「ダイワ工業所」を使用せず、「清和化学株式会社」という架空の商号を使用し、株式会社滝川商店に一五八、八二〇円、鈴木喜義に七四、三五〇円、東井食器株式会社に一〇七、七八〇円、合計三四〇、九五〇円のプラスチツク製品を販売していた。

(3) 原告の昭和三九年中における所得金額は前記(三)1のとおり一、八四八、〇八四円であるにもかかわらず、原告は所得金額を著しく少額である五六三、七〇〇円として確定申告書を提出し、その差額相当の所得金額を除外していたものであるる。

3 本件四〇重加算税処分

(1) 原告は、三和銀行押上支店の伊藤春男なる架空名義の普通預金口座に三、五一二、五〇五円、原告の長男健司名義の仮装名義普通預金口座に四、八八四、七六四円(以上二預金口座への入金の売上先別明細は別表(九)の昭和四〇年分欄記載のとおりである。)の売上金額にかかる売掛金を回収した手形・小切手を取立入金していた。

(2) 原告は、昭和三九年と同様株式会社滝川商店に対し一一六、八〇〇円、鈴木喜義に対し三一、九五〇円、東井食器株式会社に対し四二、七四〇円を原告名義または原告の商号「ダイワ工業所」を使用せず、「清和化学株式会社」という架空の商号を使用したプラスチツク製品を販売していた。

(3) 原告の昭和四〇年中における所得金額は前記(四)1のとおり一、七六八、一五八円であるにもかかわらず、原告は所得金額を著しく少額である四五七、一四九円として確定申告書を提出し、その差額相当の所得金額を除外していたものであるる。

三  被告の主張に対する原告の答弁および反論

(一)  被告の主張(二)の2のうち、被告の係官が昭和四一年二月(ただし、同月下旬)に所得税調査と称して原告宅へ来たこと、原告の妻が応待し、売上先に対する請求書の一部、借入金関係の書類および建物改築の領収書を右係官に見せたが、その他の帳簿書類は原告不在であるということで見せなかつたこと、原告の妻が生活費は月約五〇、〇〇〇円であり、その他のことは分からないと答えたこと、右係官が請求書の一部を持ち去つたことは認めるが、その余は否認する。被告の主張(二)の3のうち、原告が昭和四一年二月(ただし、同月下旬)に被告の係官から請求書の一部を受領したことは認めるが、その余は否認する。同(二)の4は認める。同(二)の5のうち、被告主張の日に被告の係官が原告宅へ来て収入金額等の書類の提示を求め、かつ、売上先等について質問をしたこと、原告が調査に応じなかつたことは認めるが、その余は否認する。同(三)の1は争う。同(三)の2のうち、鈴木喜義以外の者と取引があつたことは認めるが、その余はすべて否認する。同(三)の3の(1)のうち、原価および一般経費の金額は否認し、その余はすべて不知。同(三)の3の(2)のうち、(ア)の被告主張の建物固定資産税評価額がその主張どおりであること、(イ)の被告主張の地代を支払つたことならびに(ウ)および(エ)は認めるが、その余は争う。同(三)の4は争う。同(四)の1は争う。同(四)の2のうち、鈴木喜義以外の者と取引があつたことは認めるが、その余はすべて否認する。同(四)の3の(1)のうち、原価および一般経費の金額は否認し、その余はすべて不知。同(四)の3の(2)のうち、(ア)の被告主張の建物固定資産税評価額がその主張どおりであること、(イ)の被告主張の地代を支払つたことならびに(ウ)は認めるが、その余は争う。同(四)の4は争う。同(五)の1は争う。同(五)の2および3の各(1)のうち、足立三郎および伊藤春男が実在しない人物であることならびに被告主張の各預金口座への入金額は否認し、その余は認める。同(五)の2および3の各(2)のうち、原告が清和化学株式会社という名称で株式会社滝川商店および東井食器株式会社にプラスチツク製品を販売したことは認めるが、その余は否認する。同(五)の2および3の各(3)は争う。

(二)  本件各更正処分の違法性について――その一(処分時の処分理由の不合理性)

1 抗告訴訟の本質は、一定の事実関係を基礎にしてこれについて行政庁が明示的または黙示的に示した第一次的判断(公権力の行使)を媒介として生じた違法状態の排除にあるから、本訴の訴訟物(訴訟の対象)は被告が本件各更正処分において認定した事実関係である。また、行政処分はそれがなされた時点において法律的にも事実的にも適法かつ合理的であることが当然要請され、これにより行政処分の公定力や適法性の推定ということが導き出されるのであるから、処分時における処分理由(根拠)が適法かつ合理的なものでなければならない。

2 被告は本件各更正処分をするにあたり原告の取引銀行の普通預金口座を調査し、右口座への入金額を原告の収入(売上)金額であると推定したものであるが、本訴においてはその後の原告の取引先調査にもとづいて判明したという金額を収入(売上)金額として主張しているものである。また、必要経費中の原価および一般経費について、被告は本件各更正処分においては同地域の同業者の原価および一般経費率で算定したが、本訴においては主として他地域の青色申告同業者(原告と同じ墨田区の同業者は昭和三九年分につき一名のみである。)の原価および一般経費率で算定したところにもとづいて主張している。

いま、収入(売上)金額、原価および一般経費、その率、差引所得金額の各項目につき、本件各更正処分にかかる金額と本訴において被告の主張する金額を対比すれば、別表(一〇)記載のとおりであり、両者の間に著しい違いのあることが明らかである。

3 右にみたように、被告は本件各更正処分において認定した事実関係、すなわち、収入金額や原価および一般経費の認定根拠が適法かつ合理的なものであるということについては本訴においてまつたく主張せず、これとはまつたく異る根拠(理由)を主張している。

したがつて、本件各更正処分の処分時における処分理由(横拠)は違法かつ不合理なものというべく、被告はこのことを自認しているものというべきである。

なお、本訴において、被告が本件各更正処分をするにつき認識した事実関係をすりかえ、これとまつたく異る新たな事実関係を基礎として本件各更正処分の適法性を主張立証することは、前記1のような行政処分の本質に反し、かつ、抗告訴訟の本質に背くものであつて、訴訟手続上も違法たることを免れない。とくに、本件各更正処分において原価および一般経費の算定につき用いた推計の基礎事実とまつたく異る基礎事実を新たに主張する点は、行政処分に恣意を導入するものというべく許されない。

4 ところで、被告が本訴において本件各更正処分の理由として前記2のような新たな理由を主張したのは昭和四四年一一月二八日付準備書面においてであり、また、その主張の根拠たる原告の取引先調査の資料収集も同年七月以降であると推察される。これは、原告の昭和三九年分および昭和四〇年分の各所得税について更正期間経過後に被告が新たな課税理由にもとづいて実質的な再更正処分をしたのと同様な結果をもたらすものというべく、この点からも被告の新たな理由の主張は許されない。

(三)  本件各更正処分の適法性について――その二

(調査の不十分さ)

1 本件各更正処分のための調査は昭和四一年一〇月四日と同年一一月四日のみであつて、それ以外に調査はなされなかつた。すなわち、被告の主張する同年二月一一日(実際には同月下旬、同月に来た第一回目の日)には、被告係官は原告の留守中突然原告宅を訪れ、いきなり上り込んで工場内等を見て廻り、原告の妻が驚いている間に請求書の一部を持ち去つたものであるが、これが本件各更正処分をする前提となる調査ではなく、昭和四〇年分所得税のための事前調査であつた。被告の主張する昭和四一年二月一三日(実際は同月下旬、同月に来た第二回目の日)には、被告の係官は単に先に持ち去つた書類を返しに来たにすぎず、調査のために来宅したものではなかつた。また、同年八月二九日、同年九月一三日および同月一四日に被告の係官が原告の在宅の有無を確めず原告の留守中に来宅したとしても、さらに事情を知らない原告の妻が被告の係官の質問に答えられなかつたとしても、これらは推計課税を適法ならしめるものではない。

2 結局、形式的にも調査が行なわれたのは昭和四一年一〇月四日と同年一一月四日の二回のみであり、しかも、右調査に際し原告は被告の係官に対し「どうして調査をするのか、その理由を教えてほしい」と再三にわたり調査の合理的必要性の開示を求めたのであるが、被告の係官は「言えない」ということで説明しなかつたので、原告は調査に応じなかつたのであるる。

したがつて、原告が調査に協力しなかつたことについては正当な理由があつたのであり、推計課税が許される場合にはあたらないので、それにもかかわらず推計課税にもとづいてした本件各更正処分は違法である。

(四)  本件各更正処分の違法性について――その三

(原価および一般経費に関する推計方法の不合理性)

1 被告は必要経費のうち原価および一般経費を推計により算出しているが、その方法としてえたいの知れない同業者と称する「いろはに」等の原価および一般経費率の算術平均によつている。

これは、第一に、原告においてそれが真実そうであるのかどうかを調査することがまつたくできない不合理なものである。「いろはに」等の同業者と称する者の原価および一般経費の金額を記載した文書がいくら公文書の形をとつていても、相対立する一方の当事者の作成したもの(税務署長が異つていても同じ種類・系統の行政庁である。)を信用することはできない。

してみれば、被告において「いろはに」等の住所氏名を明らかにしない以上、それに代るべき真実性の担保を提供すべきである。

2 次に、被告は右「いろはに」等の原価および一般経費率による算術平均方法が最善であることの主張立証をせず、また、同業者の選定にあたり収入金額を原告の五割以上ないし二〇割以下とするのが合理的であるかどうかも問題である。さらに、被告の提供する資料によつても原価および一般経費率の最小と最大の間には一〇%の開きがあるが、被告は右一〇%の開きがなぜ存在するかの説明もしていない。推計課税が実額主義に対する例外であり、かつ、違法な課税が財産権に対する侵害である以上、それは納税者である原告を納得させるものでなければならず、少なくともこのように一〇%の開きがある場合には、原告保護の見地から最大のものを適用すべきである。

してみれば、本件各更正処分における原価および一般経費に関する推計方法は違法であるから、本件各更正処分は違法である。

(五)  本件各重加算税処分の違法性について

1 原告は、次の2ないし4において述べるように、昭和三九年分および昭和四〇年分の各所得税の計算の基礎となるべき事実を仮装または隠ぺいしたものではないので、本件各重加算税処分は違法である。

2 足立三郎・伊藤春男名義の預金口座を利用したことについて

足立三郎および伊藤春男とも実在していたブローカーであり(もつとも、足立三郎の現住所は不明、伊藤春男は死亡したと聞く。)、両名とも営業所はなく、原告方を連絡先としていた。右両名は原告の製品を売りさばき、その売上に応じてマージンの支払を受けていたものであるから、本来ならば売上代金はブローカー自身が集金するわけであるが、ブローカーというものは身許もはつきりせず、これに集金させれば売上代金を持逃げする危険性もあるわけであるから、原告が自ら集金することにしたものである。しかし、それではブローカー自身の立場がまつたくなくなるので、その存在を認めてやる必要があること、売上代金の集金は手形で行なうのでそれが現金化されるまでには日数がかかること、ブローカーの扱つた分と原告の売つた分とを区別しておく必要があること、区別するには一々記帳しておけばよいが、その手間を省くことなどのために、原告は足立三郎および伊藤春男の了承のもとに右両名名義の普通預金口座を設け、これに右両名の扱つた製品の売上代金にかかる手形を振込み入金していたものであり、右預金口座の通帳と印鑑を原告が預つていたものである。

したがつて、右両名名義の普通預金口座を利用することにより、原告は売上代金を隠ぺいしようとしたものではないのである。

3 長男健司名義の預金口座を利用したことについて

長男健司名義の預金口座を利用したのは、巷間よく行なわれているようにただ何となくしたものであつて、他意はない。

4 清和化学株式会社名義で取引をしたことについて

清和化学株式会社は実在していた会社であり、その本店所在地は東京都北区田端町一、九九四番地、代表者は和田正道であつたが、昭和三七年ごろ倒産した。原告は清和化学株式会社に対しプラスチツク製品を販売していたところ、同会社が倒産したためその売掛代金が未回収になつた。しかるに、同会社はその製品をすでに他へ売却ずみで代金も回収ずみであつたので、同会社と相談のうえ、原告の未収売掛代金を確実に回収する方法として、右会社の名で右会社の取引先に原告の製品を売却し(右会社の名を用いないと右会社の取引先は製品を買わない。)、その利益を未収売掛代金に充当していたものである。

四  原告の反論に対する被告の再反論

(一)  課税処分取消訴訟の訴訟物について

原告は、本訴の対象(訴訟物)は被告が本件各更正処分において認定した事実関係である旨主張する。しかしながら、課税処分取消訴訟の訴訟物は課税処分にかかる所得等の存否であつて、課税庁が算定した課税標準等または税額等の数額が実際の課税標準等または正当な税額等をこえて認定しているかどうかが争いの内容となるのである。そして、課税庁がその課税処分を維持するため更正処分または審査裁決では考慮されなかつた事実を訴訟の過程において新たに主張し、また、訴訟提起後作成された資料によつて当該課税処分が客観的に正当であることを立証することも許されるのである。

したがつて、原告の前記主張は失当であり、また、本件各更正処分における推計方法と異なつた推計方法に関する被告の主張は、本件各更正処分が違法であることを自認するものでもないし、更正期間経過後に新たな課税処分をすることでもないのである。

(二)  税務調査における調査理由開示の必要性の有無について

1 所得税法二三四条は、所得税の調査について必要があるとき質問検査をなしうる旨定めているが、その必要とする理由を開示しなければならないとは規定していないし、また、質問検査権を行使する際に調査者が遵守すべき事項を定めた同法二三六条は、身分証明書の携帯提示について規定しているが、調査理由の開示についてはまつたく言及していない。したがつて、同法二三四条にもとづく税務調査にあつては、国税犯則取締法の規定にもとづく犯則調査の場合と異なり、税務職員は、納税者に対して調査の具体的理由を開示すべき法的義務を負担しているわけではないのである。

また、国税通則法二四条、二六条、二七条等による調査についても、その調査については何らその手続が定められていないので、調査の範囲、程度および手段等についてはすべて税務署長ないし税務職員の決するところに委ねられていると解されるのである。

2 ところで、質問検査権の行使にあたり調査理由を開示することが法定の要件とされていないのは、次のような実質的理由にもとづくものと解される。

すなわち、所得税法に定められている質問検査権は、国税犯則取締法に定める質問検査権が具体的な犯則の嫌疑がある者について刑事責任追及のためにその告発を目的として行使されるのとは異なり、適正な納税の実現を確保するために認められているものである。すなわち、国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために収税官吏による実効性のある検査制度が存するのである。したがつて、所得税法に定める質問検査権の行使は、過少申告の具体的嫌疑のある者に限られず、申告にかかる所得金額の正否を検討するために選定された者をも含むものである。そして、そのような税務調査が存在するということによつて適正な申告が担保されているという現実の効果を看過することはできないところである。そして、このように質問検査権の目的・性質を考えると、納税義務者は調査者から求められれば自己の申告内容が正しいことについて根拠となる帳簿や資料を積極的に開示し、かつ、十分に説明しなければならないと解されこそすれ、調査者の方から調査理由を開示することを法が要求しているとはとうてい解されない。

また、質問検査権行使の必要性の判断は、前記の質問検査権の目的、すなわち適正な納税の実現を確保するという目的の範囲内において課税庁の現実に即した合理的判断に委ねられていると解される。すなわち、質問検査権は、本来、税務職員が必要のあるときに納税義務者らに対して質問を発し、またはこれらの者の事業に関する帳簿書類等を検査するなど積極的かつ能動的に調査する権限をいうものであつて、この権限を行使するかどうか、また、いかなる方法、場所でこれを行使するかは税務職員が適宜定めうるところである。このため、課税庁としては、調査の必要性については具体的な資料・情報はもちろんのこと、経済情勢、統計的観察、過去の経験等のあらゆる資料・手段によつて判断することができるし、また、その調査方法については、従事人員・調査日数の制限と事務量との相関関係等あらゆる条件を検討したうえでもつとも有効適切と認められる方法を策定することができるのである。

このように、各種の要素を勘案してなされる調査において、その必要性あるいはその過程を逐一調査対象者に開示する必要があるとはとうてい認められない。

なお、ちなみに原告の昭和三九年分の所得税確定申告書には「所得金額」のみしか記入されておらず、昭和四〇年分の所得税確定申告書の事業所得欄には「収入金額」「必要経費」および「所得金額」が記入されているが、右各申告書には事業決算書およびその勘定科目内訳明細書等は添付されていないことから、原告の所得金額がいかなる過程を経て算定されたのかまつたく不明であり、原告の事業活動の全体について調査してみなければ、いずれに問題があるのか明確にならない態のものであつた。

(三)  推計方法の合理性について

1 同業者の住所・氏名を公開しないことについて

被告が原告の所得金額を推計するために用いた同業者の原価および一般経費率につき、右同業者の住所・氏名を公開せず、「いろはに」等の記号を使用している理由は、所得税法二四三条の規定等により職務上知りえた納税者等の秘密を公開することを禁止されているためである。しかも、住所・氏名を公表しないという一事により推計を不当、不合理なものということもできないのである。東京国税局長より原価および一般経費率算出のための資料の報告を求められた各税務署長には本件訴訟の具体的内容は知らされておらず、また、報告の前提となる同業者選定作業は東京国税局長の示した一定の条件の下にすべて各税務署長に委ねられ、この作業にもとづき報告書が提出され、それにもとづいて原価および一般経費率が算出されているのであるから、氏名等が公表されなくても、その内容はまつたく正確であり、いたつて信ぴよう性の高いものである。

2 原価および一般経費の収入(売上)金額に対する割合の平均値を用いることについて

原告は、被告が採用した同業者の原価および一般経費率には最大と最小の間に一〇%の開きがある旨主張し、少なくともこのような場合には最大のものを原告に適用すべきである旨主張する。しかしながら、原価および一般経費率算出のための同業者の選定基準は前記のとおり合理的なものであり、また、被告が適用したのは平均値としての比率であるから、これを個々の同業者の比率を対比すればさしたる開差は見出せず、さらに、帳簿組織も存在せず、申告所得金額算定の根拠も見出せない原告に対し、他の青色申告者よりも有利な比率を適用し原告を保護する合理的理由はなく、平均値としての比率を適用することがもつとも合理的である。

(四)  本件各重加算税処分の違法性に関する原告の主張について

1 足立三郎および伊藤春男名義の預金口座の利用について

(1) 別表(四)および(七)記載の各売上先との取引はいずれも原告の直接取引であり、これらの取引に仲立または取次する者を介した事実はなく、さらに、原告の右各売上先が足立三郎や伊藤春男なる者と取引した事実もない。

(2) 原告は日本勧業銀行(現在の第一勧業銀行)押上支店および中央信用金庫駒形支店にそれぞれ原告名義の普通預金口座をもつていながら、足立三郎および伊藤春男各名義の預金口座を設けるにあてつては右の取引銀行とは異なる三和銀行押上支店を利用し、しかも少なくとも架空の住所を用いていたものである。

(3) 原告は、足立三郎および伊藤春男各名義の預金口座には右両名がそれぞれ取り扱つた製品の売掛代金にかかる手形を振込入金していた旨主張する。しかし、仮にそうであるとしても、右入金の状況を見ただけでは、右両名のブローカーとしての関与の程度・内容は明らかにできず、したがつて、右入金の状況だけからでは、右両名のマージンを計算することは困難である。

(4) 結局、足立三郎および伊藤春男各名義の預金口座は架空名義の預金口座であり、原告はこれを利用して売上金額の相当部分の隠ぺいを図つていたものというべきである。

2 長男健司名義の預金口座を利用したことについて

原告は、長男健司名義の預金口座を利用したことについて、それは巷間よく行なわれているようにただ何となく利用したものであつて、他意はない旨主張する。しかしながら、原告は、一般の家庭における貯蓄として長男健司名義の預金口座を利用したものではなく、営業上の売上金額を反覆継続的にかつ多額にわたり右預金口座に入金しているものであつて、一般の家庭の例とは性質を異にし、原告の取引の実体を仮装隠ぺいするために右預金口座を利用したものといわざるをえない。

3 清和化学株式会社名義の取引について

清和化学株式会社は、昭和三六年五月に設立されたが、わずか二、三か月間営業活動を行なつたのみで倒産し、解散・清算の手続をせず、現在放置されているいわゆる休眠会社である。右会社の右営業期間中の原告との取引総額はわずか一〇万円以下であり、同会社が倒産したときには代金の決済は完了していた。和田正道は、登記簿上右会社の代表取締役になつてはいたが、会社の設立や業務の執行についてまつたく関与しておらず、昭和三六年五月から同年七月ごろまで当時義兄の経営していた「清和化学」に従業員として勤務していた二三才の青年にすぎず、原告と未払代金決済について相談したこともないのである。

以上の次第であつて、清和化学株式会社に業界における特別の信用があつたとは考えられないから、原告が右会社の商号を用いなければ取引ができなかつた旨の主張は失当であり、さらに、原告は自己の取引先である鈴木喜義に対しても清和化学の名称を用いて取引をしていたのであつて、原告の右主張は明らかに失当である。

第三立証<省略>

理由

一  本件各更正処分等の経緯

請求原因(一)の事実は当事者間に争いがない。

二  本件各更正処分の適否

(一)  推計課税によることの適否

被告が本件各更正処分をするにあたり原告の所得金額を推計により算出したことは被告の自認するところであり、また、本訴においても、被告は本件各更正処分を維持するため推計により算出した金額を原告の所得金額として主張している。

そこで、まず、原告の昭和三九年分および昭和四〇年分の各所得金額を推計により算出すること(推計課税によること)の適否について判断する。

原告は被告の主張(二)の1の事実を明らかに争わないのでこれを自白したものとみなすべく、また、被告の係官が昭和四一年二月に所得税調査と称して原告宅へ来たこと、原告の妻が応待し、売上先に対する請求書の一部、借入金関係の書類および建物改築の領収書を右係官に見せたが、その他の帳簿書類は原告不在であるということで見せなかつたこと、原告の妻が生活費は月約五〇、〇〇〇円位であり、その他のことは分からないと答えたこと、右係官が請求書の一部を持ち帰つたこと、その後同じく二月に原告が被告の係官から右請求書の一部を受領したこと、同年八月二九日、同年九月一三日および同月一四日に被告の係官が原告宅に臨んだところ、原告の妻は原告が不在であるという理由で調査に応じなかつたこと、同年一〇月四日および同年一一月四日に被告の係官が原告宅へ来て収入金額等の書類の提示を求め、かつ、売上先等について質問をしたが、原告が調査に応じなかつたことはいずれも当事者間に争いがない。

成立に争いがない乙第一、二号証の各一、二、証人尾川太郎の証言および原告本人尋問の結果ならびに弁論の全趣旨によれば、昭和四一年二月に行なつた調査は白色申告者に対し一般的、定期的(二、三年に一度)に行なうところの事務量をあまりかけない調査であり、被告の側においていわゆる簡易な調査と呼んでいるところのものであつたこと、昭和四一年九月一三日に被告の係官が原告宅を訪ねた際原告が不在であつたので、右係官は原告の妻に対し「明日臨戸するのでご主人に在宅していただきたい」旨依頼して帰り、翌一四日原告宅へ臨んだが、原告に急用ができたとかで会えなかつたこと、そこで、右係官は原告の妻に対し原告の方から本所税務署へ来るよう依頼して帰つたこと、しかし、原告は本所税務署へ出向いたことはなく、その後一度電話で「都合が悪くて行けなかつた」旨伝えたのみで、積極的に原告の都合のよい日時を打ち合わせるということさえしなかつたこと、原告は帳簿書類を記帳しておらず、請求書や領収書等の原始記録の保存も悪く、調査の段階ではもとより、本訴においてもこれらを提出していないこと、原告は昭和三九年分所得税の確定申告書において原告の妻芳江を事務および機械作業に従事する事業専従者として申告し、昭和四〇年分所得税の確定申告書においても妻芳江を事業専従者として申告していたことが認められ、これらの認定を覆えすに足りる証拠はない。

以上の事実によれば、原告は帳簿書類を記帳しておらず、原始記録の保存も悪く、しかも被告の係官の調査に対してはまつたく非協力的であつたのであるから、このような場合には推計により原告の所得金額を算出するよりほかに方法がなかつたものというべく、したがつて推計課税によることは適法であるというべきである。

この点に関し、原告は、被告の係官が調査日時を打ち合わせることなく突然調査に来たり、調査の理由を開示しないで調査しようとしたため、原告が調査に非協力的であつたとしても、それは推計課税によることを適法ならしめるものではない旨主張する。

しかしながら、所得税法二三四条にもとづく質問検査権の行使(税務調査)にあたり、調査日時を事前に打ち合わせたり、あるいは調査理由を開示しなければならない旨を定めた規定は存在しない。そして、質問検査権行使の目的が国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な負担を図るということにあること、他方、国民は所得税法の定めるところにより所得税を納める義務を負つていること(憲法三〇条、所得税法五条)からすれば、質問検査権行使の時期、範囲・程度、方法・手段については、これを行使する税務職員の判断にすべて委ねられていると解するのが相当であり、納税者としては税務職員が日時を打ち合わせることなく突然調査に来たり、調査理由を開示しないからといつてこれを拒否してしまうことは許されず、調査に協力できない真にやむをえない事情がある場合には、その旨を告げ、新たに日時を打ち合わせるなど積極的に調査に協力すべきであると解するのが相当である。

したがつて、原告の前記主張は理由がない。

(二)  新たな推計方法の主張の許否

被告が本件各更正処分において原告の所得金額を算出するために用いた推計方法と本訴において右処分を維持するために主張している推計方法が異なること、すなわち、本件各更正処分をするにあたつては取引銀行における原告の普通預金口座への入金額を原告の収入(売上)金額と推定し、これに同業者の原価および一般経費率を乗じるという方法をとつたものであるが、本訴においては原告の売上先を調査して判明した収入(売上)金額に同業者の原価および一般経費率(本件各更正処分をするにあたり用いたものとは異なるもの)を乗じるという方法をとつているものであることは当事者間に争いがない。

原告は、抗告訴訟の本質や行政処分の違法判断の基準時の観点から、本件各更正処分をするにあたり被告がとつた推計方法自体の合理性の有無が本訴の対象となるのであり、これと異なる新たな推計方法を主張することは許されない旨主張する。

しかしながら、課税処分取消訴訟の訴訟物(審判の対象)は当該課税処分の違法性一般であるが、その具体的違法事由として課税処分の内容の違法すなわち課税処分において認定された課税標準または税額の多寡が争われる場合には、当該課税処分の違法性の有無は右処分において認定された課税標準または税額が実際の客観的な課税標準または税額をこえているかどうかによつて決せられるものと解すべきであるから、課税標準または税額の計算の根拠となる事実についての主張立証は単なる攻撃防禦方法にすぎないというべきである。そして、課税庁がその課税処分を維持するため更正処分または審査裁決等では考慮されなかつた事実(推計方法を含む。)を訴訟の過程において新たに主張し、また、訴訟提起後に作成・収集された資料によつて当該課税処分にかかる所得金額等が実際の客観的な課税標準等と一致しあるいはその範囲内にあることを立証することも、それが時機に後れたものでないかぎり、許されるのである。さらに、右資料の作成・収集が更正期間経過後になされたものであつたとしても、それは新たな課税処分をすることにはならないというべきである。

したがつて、原告の前記主張は失当である。

(三)  推計方法の合理性の有無

本訴において、被告は、原告の実際の収入(売上)金額に同業者の原価および一般経費率を乗じて原価および一般経費を算出し、右収入(売上)金額から右原価および一般経費と特別経費を控除した金額を原告の所得金額として主張している。

右推計方法の合理性は一に同業者の原価および一般経費率の合理性いかんにかかつているわけであるが、その合理性が肯定される場合には、実際の収入(売上)金額を基礎としているところから、右推計方法全体としてはきわめて合理性の高いものということができるのである。

そこで、被告の主張する同業者の原価および一般経費率の合理性について検討するに、証人荒木慶幸の証言により成立が認められる乙第二六号証、同第二七号証、同第三二号証、同第三三号証の一、二、同第三六号証、証人荒木慶幸および同宮坂安彦の各証言により成立が認められる同第二八号証、証人荒木慶幸および同土田国雄の各証言により成立が認められる同第二九号証、証人荒木慶幸および同大橋健次の各証言により成立が認められる同第三〇号証、証人荒木慶幸および同戸山清の各証言により成立が認められる同第三一号証、証人荒木慶幸、同中井久雄および同塙芳男の各証言により成立が認められる同第三四号証、証人荒木慶幸、同久保木勝雄および同荒木猛男の各証言により成立が認められる同第三五号証の一、二、証人荒木慶幸、同尾川太郎、同久保木勝雄、同中井久雄、同戸山清、同土田国雄、同宮坂安彦、同大橋健次、同塙芳男および同荒木猛男の各証言ならびに弁論の全趣旨を総合すれば次の事実が認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

原告は中空成型機を使用してプラスチツクのうちポリエチレン製品を加工製造している業者である。東京国税局長は、昭和四四年八月七日付でその管内にポリエチレン中空成型加工業者が多いと思われる本所税務署長、向島税務署長、江東東税務署長、江東西税務署長、荒川税務署長、王子税務署長、足立税務署長、板橋税務署長、葛飾税務署長および江戸川税務署長に対し、税務訴訟に関する資料の報告についてと題する通達を発し、プラスチツク加工業者のうちポリエチレン中空成型加工業者(兼業者を含む。)で、昭和三九年分および昭和四〇年分の所得税青色申告者または昭和三八年六月一日以後開始した事業年度分から昭和四一年六月三〇日以前に終了した事業年度分までの法人税青色申告者(連続して青色申告書を提出していない者については、青色申告書と提出した事業年度分に限る。)で年間売上金額五、〇〇〇万円以下の者に該当するものがいるかどうか調査のうえ報告するよう求めた。右通達には各税務署長の回答を記載すべき「ポリエチレン中空成形加工業者調」と題する別表が付されていたが、そこには納税者記号、課税期間、専兼業区分、申告区分、売上金額、原価、一般経費、雇入費または法人の代表者に支払つた費用、同族区分、青色事業専従者の専従期間、雇入の年間給与、雇人数の各欄が設けられており、右各欄に記載する際の留意事項が右通達中に掲げられていたが、その留意事項としては、たとえば所得税納税者にあつては所得調査カードおよび青色申告決算書、法人税納税者にあつては法人税歴表をもととし、その他の関連簿書を参考とし、なおこれらによりポリエチレン中空成型加工業者であるかどうか判明しない場合には電話連絡等により確認すること、「原価」および「一般経費」の各欄に記載すべき金額のうち、建物減価償却費、賃借料、支払利息、割引料、貸倒金等通常売上に比例しない個別的費用のいわゆる特別経費が含まれているときは、それらの金額をそれぞれ合計して「原価」または「一般経費」の欄に内書すること、「納税者記号」欄には納税者の住所および氏名または法人名に代えて「いろはに……」の記号を記載し、右住所および氏名または法人名は付表に記載して添付することなどというものであつた。右通達を受けた前記各税務署長は、所属の所得税課および法人税課の各職員をして調査させ、右通達に示す条件に該当するポリエチレン中空成型加工業者を抽出させたが、その抽出方法は、大体において、まず町名別、五十音別に住所、氏名または法人名、青色・白色の区別、業種目等を記載した索引簿等と称するものから通達に示された条件に一応該当するのではなかろうかと思われるものを広範囲に抽出し、その抽出したものについて青色申告決算書や法人税歴表等により右条件に該当しないものを排除し、さらに電話照会により右条件に該当するもののみを抽出するというものであつた。そして、前記各税務署長は、その結果を通達の別表に記載して東京国税局長へ報告したものであり、もとより前記各税務署長には本訴の内容は知らされていなかつた。ところで、被告が本訴において同業者の原価および一般経費率として主張する同業者は、右報告のあつたもののすべてではなく、そのうちから売上金額が原告の売上金額の五割以上二〇割以下のもののみである。

右認定の事実にもとづけば、被告が本訴において主張している同業者の原価および一般経費率は、原告と同種、同規模の同業者の原価および一般経費をもととして算出されており、その同業者の抽出は前記各税務署長がその保管している青色申告決算書等の資料により公正・正確に抽出しているものといえるので、同業者の実在性、資料の正確性および類似性について明らかにされており、これによる推計には合理性があると認めるのが相当である。

なお、被告は、本訴において、同業者の原価および一般経費率の算出にかかる同業者の住所および氏名または法人名を明らかにせず、「いろはに等」の記号で示しているわけであるが、それは被告が職務上知りえた納税者の秘密を公開することを禁止されているためであること、他方、同業者の抽出が公正・正確に行なわれたことがその抽出作業にあたつた税務職員の証言により認められる本件においては、氏名等を公開しない一事をもつて同業者の原価および一般経費率が不当・不合理なものとはいえないと解するのが相当である。

(四)  昭和三九年分の所得金額

1  収入(売上)金額

証人荒木慶幸の証言およびいずれも同証言により成立が認められる乙第三号証の一、二、同第六号証の一、同第七ないし第一〇号証の各一、二、同第一一号証の一、同第一二号証の一、二、同第一三号証の一、同第一四号証、同第一五号証の一、同第一六号証、同第一九号証の一、二、同第二〇ないし第二二号証および同第二五号証によれば、原告には昭和三九年中に別表(四)の番号1、2、5ないし8、10ないし15記載の各売上があつたこと(ただし番号12の売上先は精研化成株式会社ではなく、精研化成有限会社である。)、番号3の有限会社福沢商店に対して一〇一、五二〇円、番号4の有限会社東京薬品工業所に対して一、九八五、二八三円、番号9の鈴木喜義に対して六七、五五〇円の各売上があつたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告の昭和三九年中の売上金額は合計一四、三九八、二一五円である。

2  必要経費

(1) 原価および一般経費

前掲乙第二六ないし第三二号証、同第三三号証の一、二、同第三四号証、同第三五号証の一、二、同第三六号証、証人荒木慶幸、同久保木勝雄、同中井久雄、同戸山清、同土田国雄、同宮坂安彦、同大橋健次、同塙芳男および同荒木猛男の各証言によれば、昭和三九年における原告と同種、同規模の青色申告同業者(同種、同規模の意義は前記(三)で述べたとおりである。)は五件あつたが、その売上金額、原価および一般経費は別表(五)記載のとおりであることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。そこで、原価および一般経費率を求めれば別表(五)記載のとおりとなること計算上明らかであり、その平均は八六・三五%ということになる。

したがつて、前記1の売上金額一四、三九八、二一五円に八六・三五%を乗じてえた一二、四三二、八五九円(円未満四捨五入)をもつて原告の昭和三九年における原価および一般経費であると考えるのが相当である。

(2) 特別経費

被告主張の特別経費(二、(三)、3、(2))のうち、(ウ)の借入金利息一二、七〇五円および(エ)の事業専従者控除額八六、三〇〇円については当事者間に争いがなく、建物固定資産税評価額が四八七、三〇〇円であることおよび原告の支払つた地代が一三、三〇八円であることも当事者間に争いがない。そして、弁論の全趣旨によれば、右建物の耐用年数は三〇年、その事業供用割合は五割であると認められるので、結局、必要経費に算入すべき建物減価償却費および支払地代は、被告主張のとおり前者が七、四五五円、後者が六、六五四円であると考えるのが相当である。

してみれば、特別経費の合計は一一三、一一四円となる。

3  所得金額

以上のとおりであるから、原告の昭和三九年分の所得金額は、前記1の売上金額一四、三九八、二一五円から2の(1)の原価および一般経費一二、四三二、八五九円および2の(2)の特別経費一一三、一一四円を控除した一、八五二、二四二円となるが、被告は一、八四八、〇八四円と主張しているので、結局、この金額によることになる。

(五)  昭和四〇年分の所得金額

1  収入(売上)金額

証人荒木慶幸の証言およびいずれも同証言により成立が認められる乙第三号証の一、三、同第四号証の一、二、同第五号証、同第六号証の二、同第七号証の一、二、同第八ないし第一〇号証の各一、三、同第一一号証の二、同第一二号証の一、三、同第一三号証の二、同第一五号証の二、同第一七、第一八号証、同第一九号証の一、三、同第二一号証、同第二三ないし第二五号証、同第四一号証によれば、原告には昭和四〇年中に別表(七)の番号1ないし3、6ないし9、11ないし16記載の各売上があつたこと、番号4の有限会社福沢商店に対して七七、七六〇円、番号5の有限会社東京薬品工業所に対して一、五一四、五〇八円、番号10の鈴木喜義に対して三二、五五〇円の各売上があつたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

右認定の事実によれば、原告の昭和四〇年中の売上金額は合計一二、一一〇、一三〇円である。

2  必要経費

(1) 原価および一般経費

前掲(四)、2、(1)の各証拠によれば、昭和四〇年における原告と同種、同規模の青色申告同業者(同種、同規模の意義は前記(三)で述べたとおりである。)は六件あつたが、その売上金額、原価および一般経費は別表(八)記載のとおりであることが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。そこで、原価および一般経費率を求めれば別表(八)記載のとおりとなること計算上明らかであり、その平均は八四・三三%ということになる。

したがつて、前記1の売上金額一二、一一〇、一三〇円に八四・三三%を乗じてえた一〇、二一二、四七三円(円未満四捨五入)をもつて原告の昭和四〇年における原価および一般経費であると考えるのが相当である。

(2) 特別経費

被告主張の特別経費(二、(四)、3、(2))のうち、(ウ)の事業専従者控除額一一二、五〇〇円については当事者間に争いがなく、建物固定資産税評価額が昭和四〇年八月までは四八七、三〇〇円、同年九月からは八〇六、二〇〇円であつたことおよび原告の支払つた地代が一三、三〇八円であることも当事者間に争いがない。そして、右建物の耐用年数が三〇年、事業供用割合が五割であることは昭和三九年と同様であるから、結局、必要経費に算入すべき建物減価償却費および支払地代は、被告主張のとおり前者が九、〇八一円、後者が六、六五四円であると解すべきである。

してみれば、特別経費の合計は一二八、二三五円ということになる。

3  所得金額

以上のとおりであるから、原告の昭和四〇年分の所得金額は、前記1の売上金額一二、一一〇、一三〇円から2の(1)の原価および一般経費一〇、二一二、四七三円および2の(2)の特別経費一二八、二三五円を控除した一、七六九、四二二円となるが、被告は一、七六八、一五八円と主張しているので、結局、この金額によることになる。

(六)  本件各更正処分の適否

原告の昭和三九年分の所得金額は前記(四)のとおり一、八四八、〇八四円であるところ、本件三九更正処分における所得金額は一、三一五、四一五円であつてその範囲内にあるから適法というべきであり、また、原告の昭和四〇年分の所得金額は前記(五)のとおり一、七六八、一五八円であるところ、本件四〇更正処分における所得金額(ただし、裁決による減額後のもの)は一、三六四、四七〇円であつてその範囲内にあるからこれまた適法というべきである。

三  本件各重加算税処分の適否

(一)  過少申告

原告の昭和三九年中における所得金額が一、八四八、〇八四円であること、しかるに、原告は右所得金額を五六三、七〇〇円として確定申告書を提出していたものであること、原告の昭和四〇年中における所得金額が一、七六八、一五八円であること、しかるに、原告は右所得金額を四五七、一四九円として確定申告書を提出していたものであることは前記のとおりであるから、原告はそれぞれ各差額相当の所得金額を除外し、過少申告をしていたものといわなければならない。

そこで、以下、右過少申告が所得金額の計算の基礎となるべき事実の仮装ないし隠ぺいにもとづくものといえるかどうかを検討する。

(二)  足立三郎および伊藤春男名義の各預金口座の利用について

1  三和銀行押上支店に足立三郎および伊藤春男名義の各普通預金口座が設定され、これらの口座に昭和三九年および昭和四〇年における各売上金額にかかる売掛金を回収した手形・小切手の一部が取立入金されていたことは当事者間に争いがない。

2  原告は、足立三郎および伊藤春男はともに実在していたブローカーであり、原告の製品を売りさばき、その売上に応じてマージンの支払を受けていたものであるが、ブローカー自身に集金させればこれを持逃げされる危険性もあるので、原告が集金していたものであり、しかし、それではブローカーの立場がまつたくなくなるので、その存在を認めてやる必要があること、売上代金の集金は手形で行なうのでそれが現金化されるまでには日数がかかること、ブローカーの扱つた分と原告の売つた分を区別しておく必要があること、区別するには一々記帳しておけばよいがその手間を省くことなどのために、原告は足立三郎および伊藤春男の了承のもとに右両名名義の普通預金口座を設け、これに右両名の扱つた製品の売上代金にかかる手形を振込み入金していたものであり、右預金口座の通帳と印鑑を原告が預つていたものである旨主張し、原告はその本人尋問の際右主張に副う供述をしている。

3  しかしながら、原告はその本人尋問の際次のような供述もしている。

(1) 原告は昭和三五年ごろ友達の紹介で足立三郎と知り合い、三年位つき合つたが、その間同人はブローカー的な立場で原告の製品を売りさばき、リベートを受け取つていた。

(2) 足立三郎の住所は足立区内にあつたが、町名番地は記憶しておらず、家族関係も分からず、紹介者の友達のことも忘れた。

(3) 伊藤春男とは昭和三七年ごろ友達の紹介で知り合つたが、その友達が誰であつたか記憶がない。

(4) 現在、足立三郎の所在は不明であり、伊藤春男は死亡したと風の便りで聞いている。

(5) 同一の売上先に対して原告自身が製品を持つて行く場合もあるし、足立三郎や伊藤春男が持つて行く場合もある。

(6) 足立三郎や伊藤春男のブローカーとしての仕事の内容は必ずしも一定したものではなく、売上先を見つけて来て製品を納入する場合もあるし、原告の得意先に対して製品を運搬するだけの場合もある。そして、その仕事の内容・関与の程度等に応じて原告の支払うリベートの割合も異なつてくるが、個々の取引について足立三郎や伊藤春男の関与の程度等を記帳したものはなく、普通預金口座への入金欄の記載をみただけでは分からない。なお、足立三郎や伊藤春男へのリベートの支払は、同人らの扱つた製品の売上代金にかかる手形が落ちた時点(すなわち、手形金の支払がなされた時点)でなされる。

(7) 足立三郎および伊藤春男名義の各普通預金口座への預入れ、払戻しはもつぱら原告が管理し、主に原告の妻がこれにあたつていた。

4  さらに、原告本人尋問の結果中には次のような前後あいくい違う箇所がある。

(1) 伊藤春男は原田健治の親であると述べながら、「義理の親子じやないですか」と問われると「まあ、腹ちがいなんでしような」と答え、「原田さんから伊藤さんのことを聞いたことはないんですか」との問に対しては「きようだいかどうかとか、あるいはどうして姓が違うのかとか、そういうことを聞いたわけです」と答えるなど、あたかも伊藤と原田が義理の兄弟であるかのような供述をしている。

(2) 原告が足立三郎や伊藤春男に対して支払うリベートの割合につき、当初「二パーセントから五パーセントくらいですね」と答えていたが、その後「それはさきほど申し上げたとおり五から一〇でございますね」とくい違つた供述をしている。

5  成立に争いがない乙第三七、第三八号証、同第四四号証の一、二、証人尾川太郎の証言に弁論の全趣旨を総合すれば、三和銀行押上支店に届けられていた足立三郎の住所は「墨田区太平町二の七」であり、伊藤春男のそれは「墨田区太平町一の一一」であつたこと、伊藤春男の電話番号として届けられていた「六二三局二四四五番」は原告の電話番号と同一であること、東京国税局長が墨田区役所横川三丁目出張所長に対し足立三郎および伊藤春男の現在および過去における住民登録の有無等につき調査を依頼したところ、右出張所長は昭和四五年三月七日付で該当者が見あたらない旨の回答をしたことが認められる。

6  証人尾川太郎および同荒木慶幸の各証言によれば、同人らがそれぞれ原告の売上先を調査した際、原告の売上先はいずれも足立三郎や伊藤春男なる人物を知らず、その取引はすべて原告との直接取引であつてその間には誰も介在していない旨述べていたことが認められる。

7  原告本人尋問の結果中には前記4に述べたような前後くい違う箇所がみられるわけであるが、さらに、足立三郎および伊藤春男の過去および現在における所在を把握することができないこと(前記3の(2)・(4)、5)、足立三郎および伊藤春男名義の各普通預金口座はもつぱら原告がこれを管理していたこと(前記3の(7))、足立三郎および伊藤春男のブローカーとしての仕事の内容・関与の程度に応じてリベートが支払われるというのに、原告は右仕事の内容や関与の程度を記帳しておらず、右両名名義の各普通預金口座への入金欄の記載をみただけでは右仕事の内容や関与の程度は分からないので、結局、右各普通預金口座はリベート計算のための帳簿に代る機能を果しているとは思われないこと(前記3の(5)・(6))、原告と足立三郎とのつき合いは昭和三七、八年ごろには終つていたのに、その後の昭和三九年においても同人名義の普通預金口座をそのまま利用し、これに売上金額にかかる売掛金を回収した手形・小切手を振込み入金していたこと(前記1、3の(1)。この点に関し、原告は本人尋問の際次のような問答をしている。問「で、足立三郎がお宅のブローカーをやらなくなつた時点では普通預金口座はどうしましたか」、答「いなくなつてからはやはりそのまま入れておいたわけです」、問「解約したのと違いますか」、答「それは解約はしましたよ、一応」、問「一応解約したというのは、どういうことですか」、答「解約はしました」。前掲乙第三七号証によれば、足立三郎名義の普通預金口座は昭和四〇年一月二〇日に解約されていることが認められるので、少なくとも昭和三九年においては原告は右口座を自己のものとして利用していたものというべきである。)、原告の売上先がいずれも足立三郎や伊藤春男なる人物を知らず、原告との取引はすべて直接の取引である旨述べていること(前記6)などに照らせば、原告本人尋問の結果中前記2の原告の主張に副う部分はとうてい信用することができない。

8  以上に述べたところに、後記(三)、(四)で述べるところを合わせ考えれば、原告は足立三郎および伊藤春男名義の各普通預金口座へ売上代金にかかる手形・小切手を振込み入金することにより、所得金額の計算の基礎となるべき事実の仮装ないし隠ぺいに資していたものと考えるのが相当である。

(三)  長男健司名義の預金口座の利用について

1  三和銀行押上支店に原告の長男健司名義の普通預金口座および当座預金口座が設定され、これらの口座に昭和三九年および昭和四〇年における各売上金額にかかる売掛金を回収した手形・小切手の一部が取立入金されていたことは当事者間に争いがない。

2  原告は、長男健司名義の預金口座を利用したのは巷間よく行なわれているようにただ何となくしたものであつて、他意はない旨主張し、原告はその本人尋問の際右主張に副う供述をしている。

3  しかしながら、成立に争いがない乙第三九、第四〇号証に証人尾川太郎の証言を合わせ考えれば、原告の長男健司は昭和三九年当時一三、四才で中学生であつたが、同人名義の普通預金口座および当座預金口座への入出金の状況は一般の家庭における貯蓄としての利用といつたものとは趣きを異にし、営業上の売上金額を反覆継続的かつ多額に入金し、また、反覆継続的かつ多額に出金していること、昭和三九年における右普通預金口座への入金のうち原告の売上にかかるものは別表(九)の「昭和三九年分菊地健司」欄記載のとおり合計八、九九三、八九七円にのぼり、昭和四〇年におけるそれは同表の「昭和四〇年分菊地健司」欄記載のとおり合計四、八八四、七六四円にのぼることが認められ、また、原告本人尋問の結果および弁論の全趣旨によれば、原告は日本勧業銀行(現在の第一勧業銀行)押上支店や中央信用金庫駒形支店に原告名義の普通預金口座を、三和銀行押上支店に原告名義の当座預金口座をもつているのに、長男健司名義の預金口座をも利用していることが認められ、これらの認定を覆えすに足りる証拠はない。

4  右3で認定した事実に照らせば、原告本人尋問の結果中前記2の原告の主張に副う部分はたやすく信用できず、前記(二)や後記(四)で述べるところと合わせ考えれば、原告は長男健司名義の預金口座を利用することにより、所得金額の計算の基礎となるべき事実の隠ぺいに資していたものと認めるのが相当である。

(四)  清和化学株式会社名義の取引について

1  原告が清和化学株式会社という名称で昭和三九年および昭和四〇年に株式会社滝川商店および東井食器株式会社に対しプラスチツク製品を販売したことは当事者間に争いがない。

2  原告は、清和化学株式会社(本店所在地・東京都北区田端町一、九九四番地、代表取締役・和田正道)が倒産した当時、原告の売掛代金が未回収になつていたので、これを確実に回収する方法として右会社と相談のうえ右会社の名で右会社の取引先に原告の製品を売却し、その利益を未収売掛代金に充当していたものである旨主張する。

ところで、原告はその本人尋問の際右主張に副う供述をし、成立に争いがない甲第一号証によれば清和化学株式会社は本店所在地を東京都北区田端町一、九九四番地、代表取締役を和田正道として昭和三六年五月一九日に設立されたものであることが認められる。

3  弁論の全趣旨により成立が認められる乙第四二、第四三号証によれば、和田正道は昭和四七年一月一四日、小川清は同月一八日それぞれ国税局訟務官らに対し次のような趣旨のことを述べたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

和田正道は小川清の妻の弟である。小川清は昭和三五年五月ごろから二、三か月間「清和化学」という名称でプラスチツク成型の仕事をしたことがあり、その際和田正道は従業員として営業面を担当していた。もつとも、清和化学株式会社設立のいきさつは知らない。「清和化学」は二、三か月で廃業したが、その間原告とは総額にして三ないし一〇万円程度の取引をした。しかし、「清和化学」廃業当時原告に対し負債はない。右廃業後は小川清は人形の製造卸業を営んでおり、和田正道は電気工事下請業を営んでいる。

4  前掲乙第二二ないし第二五号証に証人荒木慶幸の証言を合わせ考えれば、鈴木喜義は昭和三九年および昭和四〇年当時原告から菊型しよう油差を仕入れていたが、原告は「清和化学」という名称で取引をしていたことが認められ、この認定を覆えすに足りる証拠はない。

5  右3および4で認定した事実に照らせば、原告本人尋問の結果中前記2の原告の主張に副う部分はたやすく信用できず、前記(二)および(三)で述べたところを合わせ考えれば、原告は清和化学株式会社なる商号を用いて取引をすることにより、所得金額の計算の基礎となるべき事実の仮装ないし隠ぺいに資していたものと考えるのが相当である。

甲第二号証をもつてしても右判断を左右するに足りない。

(五)  以上(二)ないし(四)において述べたところを総合して考えれば、前記(一)の過少申告はいずれも所得金額の計算の基礎となるべき事実の仮装ないし隠ぺいにもとづくものと考えるのが相当であるから、本件各重加算税処分は適法になされたものというべきである。

四  むすび

本件各更正処分および本件各重加算税処分はいずれも適法であるから、これが違法であるとしてその取消しを求める原告の本訴請求はいずれも理由がない。そこで、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 牧山市治 上田豊三)

別表(一)~(一〇)<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例