東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)128号 判決 1974年9月30日
東京都墨田区京島一丁目四七番一五号
原告
八重樫喜三
右訴訟代理人弁護士
秋山昭一
同
田中英雄
同
井上誠
同
田山睦美
東京都墨田区業平一丁目七番二号
被告
向島 税務署長
右訴訟代理人弁護士
横山茂晴
右指定代理人
森脇勝
同
田島久照
同
大楽庄
同
小沢邦重
同
倉持秀雄
主文
原告の昭和四一年分の所得税について、被告が昭和四三年一月二〇日付でした更正及び過少申告加算税の賦課決定のうち、課税標準九六万七五五六円を越える部分を取り消す。
原告のその余の請求を棄却する。
訴訟費用はこれを一〇分し、その九を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「原告の昭和三九年分、同四〇年分及び同四一年分の各所得税について、被告が昭和四三年一月二〇日付でした更正及び過少申告加算税の賦課決定をいずれも取り決す。」旨の判決
二 被告
「原告の請求をいずれも棄却する。」旨の判決
第二原告の請求の原因
一1 原告は、肩書住所においてくず金卸売業を営む者であるところ、昭和三九年分、同四〇年分及び同四一年分の各所得税について、被告に対し、それぞれ別表一の1欄記載のとおり、いわゆる白色の確定申告書を提出した。
2 これに対し、被告は、いずれも昭和四三年一月二〇日付で、別表一の2欄記載のとおり、更正及び過少申告加算税の賦課決定をした。
3 そこで、原告は、右各処分に対し、異議申立手続を経て、昭和四三年六月一三日東京国税局長に審査請求をしたところ、同局長は、同四四年三月一一日付で、それぞれ別表一の3欄記載のとおりの裁決をした。
二 しかし、原告の右各年分の所得額は確定申告額のとおりであつて、被告がした前記更正及び過少申告加算税の賦課決定(昭和四〇年及び同四一年分については、裁決により一部取り消された後のもの。以下同じ。)は、次の理由によつて、いずれも、原告の所得を過大に認定した違法な処分であるから、取り消されるべきである。
1 原価及び一般経費の推計の不合理性
被告は、本件各係争年分の原告の事業所得の金額の計算に当たり、原価及び一般経費をその主張のような同業者の収入(売上)金額に対する原価及び一般経費の割合(以下「原価及び一般経費率」という。)の平均値から推計しているが、これは、次のとおり合理性に欠けるものである。
(一) くず金卸売業においては、次のような点における差異が原価及び一般経費率に違いをもたらす。
(1) 営業場所
(2) 営業規模(販売量その他取扱量、従業員数、車輛保有状況、店舗・商品置場の広さ等)
(3) 取扱品目
ところで、原告の営業地である墨田区内には、同業者が五〇ないし六〇軒もあるのに、被告は、これらの同業者を標本として採用せず、地域的にも営業条件等においてもかけ離れた状況にある京浜工業地帯といわれる大工場等の多い地域の同業者の原価及び一般経費率の平均値をもつて原告の営業に適用したものであり、しかも、右各同業者について前記(2)、(3)の点を具体的に明らかにしない。したがつてかかる推計に合理性はないというべきである。
(二) 当時の原告の営業規模及び原価率
(1) 原告は、借家である木造二階建の店舗兼居宅の一階三九・六六平方メートル(一二坪)を店舗とし、これに隣接する借地六六・一一平方メートル(二〇坪)を鉄くず等の置場とし、一トン積及び二トン積の小型貨物自動車二台を使用し、雇人は後記2のとおり年間を通じてほぼ二人という零細な業者(家族は、原告と妻と未就学の長男の三人)である。
(2) 原告の取り扱う商品については、鉄物と非鉄物があり、鉄物の中では、鋼くず、新断(しんだち)が約八割を占め、その売上金額に対する原価の割合は八七ないし八八パーセントであり、その他の鉄物については右の割合は八〇パーセントである。また非鉄物(銅が多い。)については、その売上金額に対する原価の割合は八一ないし八二パーセントである。
2 雇人費について
本件各係争年分の雇人費は、次のとおりである。
(一) 昭和三九年
八重樫晋 一月から一二月 四三万五〇三一円
黒川繁夫 一月から八月 一四万三五九六円
大山 五月 一八〇〇円
中村甫 七、八、一二月 一万三〇九四円
西尾要 九、一〇月 三万四〇〇〇円
長野清治 一二月 一万六〇〇〇円
合計 六四万三五二一円
(二) 昭和四〇年
八重樫晋 一月から一二月 四九万九九〇四円
長野清治 一月から四月 七万三六五六円
砂山喜代司 七月から一二月 一一万四四一九円
池田繁男 六、七月 三万二六二四円
合計 七二万〇六〇三円
(三) 昭和四一年
八重樫晋 一月から一二月 五八万六二六六円
砂山喜代司 一月から一二月(但し、六、八、一〇月を除く)一一万九六〇四円
池田敏男 一一、一二月 三万三七二八円
藤原清 六、七、八月 二万四六〇〇円
田中国一 八月 七七七一円
森紘一 九月から一二月 一〇万七〇〇五円
合計 八七万八九七四円
第三被告の答弁及び主張
一 答弁
1 請求の原因一の事実は認める。
2 同二の1の事実は争う(ただし、原告がその主張のとおり建物及び土地を賃借し、使用していたこと、小型貨物自動車二台(積載トン数は知らない。)を使用していたこと、原告の家族が主張のとおりであつたこと、くず金卸売業が取り扱う商品に鉄物と非鉄物があることは、認める。)。
3 同二の2の事実は争う(ただし、(一)のうち、大山及び中村に対する支給金額は認める。)。
二 主張
1 原告には、所得を算出し得る正確な帳簿の備付けがなく、被告職員の調査に対する協力も十分得られなかつたため、その販売原価、一般経費等を実額により把握することができなかつたので、各年分とも推計により所得(事業所得)金額を算定した。
2 各年分における原告の所得金額及びその算出方法は、以下のとおりである。
(一) 収入(売上)金額
各年分の収入(売上)金額は、次のとおりである。
昭和三九年 一一九一万六七一九円
同四〇年 一二八一万三六九八円
同四一年 一四九三万〇一〇六円
(二) 必要経費
(1) 原価及び一般経費
各年分の原価及び一般経費は、次のとおりである。
昭和三九年 一〇一七万三三〇四円
同四〇年 一〇八三万三九八二円
同四一年 一二七一万円
右金額は、前記(一)の収入(売上)金額に、それぞれ別表二ないし四の同業者の原価及び一般経費率の平均値(三九年分〇・八五三七、四〇年分〇・八四五五、四一年分〇・八五一三)を乗じて算出したものである。
なお、右同業者率は、いずれも、東京都又は神奈川県に営業所を有し、継続的に「くず金卸売業」(主として国内発生の鉄その他の金属スクラツプを集荷選別して卸売する業態)を営む業者について、所轄の各税務署長が収支実額調査を実施した(実地調査したものでも推計課税によつた場合は除外)課税事績をすべて標本として採用したものである。
墨田区内の同業者は、その大部分が正確な記帳のない白色申告者であり、かつ、向島税務署長において管内の同業者について収支実額調査を実施した課税事績が昭和三九年、同四一年分については無く、同四〇年分については少なかつたため、本件においては、東京都及び神奈川県に所在する同業者の収支実額調査の結果算出された原価及び一般経費率によつて原告の所得金額を推計することがより合理的であると認めたものであつて、くず金卸売業においては、営業地域が異なる故をもつて、また、販売量、従業員数、自動車の使用台数、商品置場等の多寡・大小によつて、原価及び一般経費率が直接大きく左右されるとはとうてい考えられない。
(2) 特別経費
各年分の特別経費は、次のとおりである。
A 昭和三九年 九三万八六九四円
内訳
イ 雇人費 六二万〇九七四円
ロ 地代家賃 二二万五〇〇〇円
ハ 借入金利息 六四二〇円
ニ 事業専従者控除額 八万六三〇〇円
B 昭和四〇年 九八万一八三九円
内訳
イ 雇人費 六四万〇六八五円
ロ 地代家賃 二二万五〇〇〇円
ハ 借入金利息 三六五四円
ニ 事業専従者控除額 一一万二五〇〇円
C 昭和四一年 一一二万〇〇八二円
内訳
イ 雇人費 七四万六五〇六円
ロ 地代家賃 二二万五〇〇〇円
ハ 借入金利息 六〇七六円
ニ 事業専従者控除額 一四万二五〇〇円
(3) したがつて、各年分の必要経費は、次のとおりである。
昭和三九年 一一一一万一九九八円
同四〇年 一一八一万五八二一円
同四一年 一三八三万〇〇八二円
(三) 所得金額
前記(一)の収入(売上)金額から右の必要経費を差し引いた次の金額が原告の各年分の所得金額である。
昭和三九年 八〇万四七二一円
同四〇年 九九万七八七七円
同四一年 一一〇万〇〇二四円
3 右所得金額は、いずれも、本件係争の更正の所得金額(昭和四〇年、同四一年分については、裁決により一部取り消された後の金額)を上まわることが明らかであるから、本件係争の各処分に原告主張の違法はない。
第四被告の主張(第三の二)に対する原告の答弁
一 被告の主張1の事実は認める。
二 同2の(一)(収入(売上)金額)は認める。同2の(二)の(1)(原価及び一般経費)は知らない。同2の(二)の(2)(特別経費)は、各年分とも、雇人費を争い、その余は認める。同2の(二)の(3)は争う。同2の(三)は否認する。
三 同3は争う。
第五証拠関係
一 原告
1 提出した書証
甲第一ないし第三号証の各一ないし三、第四号証の一ないし一七、第五号証の一ないし一九、第六号証の一ないし三、第七号証の一ないし六、第八号証の一ないし一〇、第九号証の一ないし一一
2 援用した尋問結果
原告本人
3 乙号証に対する認否
乙第九ないし第一三号証の各イ、第一二ないし第一六号証の各ロ、第七ないし第一一号証の各ハの成立は知らないが、その余の乙号各証の成立は認める。
二 被告
1 提出した書証
乙第一ないし第一三号証の各イ、第一四号証の一、二の各イ、第一ないし第一六号証の各ロ、第一七号証の一、二の各ロ、第一ないし第一一号証の各ハ、第一二号証の一、二の各ハ
2 援用した証言
証人森山政邦、同酒井豊彦、同前田勝
3 甲号証に対する認否
甲第一ないし第三号証の各一ないし三の成立は認めるが、その余の各証の成立は知らない。
理由
一 課税処分の経緯等
請求の原因一の事実は、当事者間に争いがない。
二 本件各係争年分の原告の所得(事業所得)金額
1 収入金額
各年分の原告の収入(売上)金額が被告の主張2の(一)のとおりであることは、当事者間に争いがない。
2 必要経費
(一) 原価及び一般経費について
(1) 成立に争いがない乙第一ないし第八号証の各イ、乙第二ないし第一一号証の各ロ、乙第二ないし第六号証の各ハ、弁論の全趣旨によつて成立を認める乙第九号証のイ、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告は、主として墨田区内の各工場から鉄その他の金属くずを集荷し、それを区分けして大口の「仕切屋」に販売することを業とする者であるところ、東京国税局長が、東京都及び神奈川県下の各税務署長に指示して、昭和三九年、同四〇年及び同四一年の各年について、原告と同種の営業を営むいわゆるくず金卸売業の個人事業者のうち、それぞれ所轄税務署長が収支実額による所得調査を実施し、その結果、申告是認、修正申告是認、若しくは更正又は決定を行つたもの(ただし、更正又は決定を行つたもののうち、国税通則法の規定に基づく不服申立期間及び出訴期間を経過していないもの、当該処分に対する不服申立てがあり審理中のもの又は訴訟継続中のものを除く。)で、かつ、暦年事業を継続しているもの(年の中途において転業したもの及び業態の変更したものを除く。)の全員につき調査事績を集め、その収入金額と原価及び一般経費とを調査すると、別表二ないし四記載のとおり(小数点三位以下切上げ)であつて、右同業者の原価及び一般経費率の平均は、昭和三九年分については八五・三七パーセント、同四〇年分については八四・五五パーセント、同四一年分については八五・一三パーセントであることが認められ、この認定を覆すに足りる証拠はない。
したがつて、各年分につき右同業者の原価及び一般経費率の平均値を原告の前記収入金額に乗じて原告の原価及び一般経費を推計すると、次のとおりとなる(円未満切上げ)。
昭和三九年 一〇一七万三三〇四円
同四〇年 一〇八三万三九八二円
同四一年 一二七一万円
(2) ところで、原告は、右の原価及び一般経費率は、原告の営業地である墨田区とは異なつた営業条件の下にある京浜工業地帯の同業者を選定して求めたものであり、また、各同業者の営業規模・取扱品目が具体的に明らかでないから、かかる同業者率によつて推計することは合理的でない旨主張する。
しかし、前記認定のとおり、本件の同業者率は、東京都及び神奈川県下の各税務署管内においてくず金卸売業を営む個人事業者につき、最も信頼性の高い収支実額による所得調査を実施した者の全てを集計して算出したものであつて、特に原告とかけ離れた条件にある京浜工業地帯の同業者を選定したという原告の批難は当たらないのみならず、それらの数値から算出される同業者率の平均値は、標本とされた同業者が多数であることとあいまつて、個々の同業者の地理的条件、営業規模、取扱品目等の個別的差異を捨象するに足るものということができるから、かかる同業者率によつて原告の各係争年分の原価及び一般経費を推定する方法は、それ自体合理性を有するものというべきである。
原告は、原告の取扱商品の原価率につき請求の原因二の1の(二)の(2)のとおり主張し、原告本人尋問の結果中にはこれに添う供述部分もあるが、同供述は、本件係争年のうちの一時期における、商品「新断」及び「鋼くず」のみに関する極めて断片的な資料に基づくものであつて、原告の営業全般に関し右同業者率による推計の合理性を覆し得るほど詳細かつ具体的な資料に基づくものではないから、これを採用することはできない。
以上のとおり、被告主張の推計方法の合理性を否定しようとする原告の主張は、いずれも採用することができない。
(二) 特別経費
(1) 各年分とも、雇人費を除くその余の経費(地代家賃、借入金利息及び事業専従者控除額)が被告の主張2の(二)の(2)の各ロ、ハ、ニのとおりであることは、当事者間に争いがない。
(2) 雇人費について
イ 昭和三九年、同四〇年分について
原告は、被告主張額を越える雇人費を主張するが、以上の検討によれば、仮に雇人費の額が原告主張どおりであつたとしても、それにより算出される所得金額は、次のとおり各更正の所得金額を上まわることになるから、この点について判断するまでもなく、所得の過大認定の違法を理由とする原告の請求は、理由がないことに帰する。
昭和三九年分
収入金額 一一九一万六七一九円
原価及び一般経費 一〇一七万三三〇四円
特別経費 「九六万一二四一円」
差引所得金額 「七八万二一七四円」
昭和四〇年分
収入金額 一二八一万三六九八円
原価及び一般経費 一〇八三万三九八二円
特別経費 「一〇六万一七五七円」
差引所得金額 「九一万七九五九円」
ロ 昭和四一年分について
原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、原告の昭和四一年分の雇人費は、請求の原因二の2の(三)のとおり八七万八九七四円であることが認められ、この認定を覆すに足りる適確な証拠はない(なお、被告の主張額については、その算定根拠が明らかでなく、証人酒井豊彦の証言によれば、裁決においては、昭和三九年分について認定した雇人費の売上金額に対する割合を同四一年分の売上金額に乗じて同年分の雇人費を算出したことが認められるが、被告の主張額がこれと同一の方法によるものであるとしても、昭和三九年分の雇人費が被告主張額であることを認め得る証拠はないから、前記認定を左右するには至らない。)。
3 所得金額
(一) 昭和三九年、同四〇年分について
前記のとおり、右両年分の所得金額は、各更正の所得金額を上まわることが明らかである。
(二) 昭和四一年分について
次のとおり、所得金額は九六万七五五六円となる。
収入金額 一四九三万〇一〇六円
原価及び一般経費 一二七一万円
特別経費 一二五万二五五〇円
差引所得金額 九六万七五五六円
三 結論
以上のとおり、昭和三九年及び同四〇年分については、原告の請求は理由がないからこれを棄却し、同四一年分については、課税標準九六万七五五六円を越える限度において被告のした更正及び過少申告加算税の賦課決定は違法であり、原告の請求は右の限度において理由があるからこれを認容し、その余を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 杉山克彦 裁判官 石川善則 裁判官加藤和夫は、転官のため署名捺印することができない。裁判長裁判官 杉山克彦)
別表一 課税処分の経過
<省略>
別表二 同業者の原価及び一般経費率(昭和三九年分)
<省略>
別表三 同業者の原価及び一般経費率(昭和四〇年分)
<省略>
<省略>
別表四 同業者の原価及び一般経費率(昭和四一年分)
<省略>