東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)207号 判決 1975年3月25日
原告 田野口等
被告 大森税務署長
訴訟代理人 伴義聖 田井幸男 ほか二名
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 原告
「被告が、昭和四三年六月一七日にした原告の昭和四一年分及び同四二年分の所得税の各更正及び過少申告加算税の各賦課決定を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決
二 被告
主文と同旨の判決
第二原告の請求の原因
一 課税処分の経緯
原告は、被告に対し、昭和四二年三月一〇日、同四一年分の所得税について、総所得金額を一七三万四八六四円(その内訳は次表のとおり)、税額を一〇万五七六〇円とする確定申告をし、次いで、同四三年三月八日、同四二年分(以下、右両年分を「係争年分」という。)の所得税について、総所得金額を一四八万七八八七円(その内訳は次表のとおり)、税額を五万一三〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は、これに対し、昭和四三年六月一七日、同四一年分の所得税について、税額を一五万六五〇〇円とする旨の更正及び過少申告加算税二五〇〇円の賦課決定、並びに同四二年分の所得税について、税額を九万三一〇〇円とする旨の更正及び過少申告加算税二〇〇〇円の賦課決定をした。
所得の種類
昭和四一年分の
所得金額(円)
昭和四二年分の
所得金額(円)
給与所得
一〇二万七五〇〇
九九万
不動産所得
四九万五三六四
四九万七八八七
譲渡所得
二一万二〇〇〇
合計
一七三万四八六四
一四八万七八八七
(注一)給与所得
原告が、信栄運輸株式会社(代表者は原告。以下「信栄運輸」という。)から受けた給与にかかる所得である。
(注二)不動産所得
原告が、その所有の建物(倉庫)を信栄運輸に賃貸して得た賃貸料収入にかかる所得である。
(注三)譲渡所得
原告が、昭和四一年八月五日に和田金次郎から三一九万二〇〇〇円で取得した大田区大森東四丁目六番地の二所在の家屋(八五・六四平方メートル)を、同年九月七日に浅田由松に三八〇万円で譲渡したことにより生じた所得である。
二 違法事由
1 原告は、昭和四一年一〇月一〇日、弁護士中條政好に対し、依頼にかかる訴訟事件(東京地方裁判所昭和四〇年(行ウ)第五三号所得税更正決定取消並びに誤納金還付請求事件(審理中)。事案は、原告が、昭和一二年に家督相続した土地を、同一四年に田野口元治に贈与したが、その所有権移転登記が同三五年にされたため、同年に譲渡があつたものとして同年分の所得税について更正を受けたので、その取消し及び誤納金の還付を請求したものである。)につき報酬及び費用として二〇万円を支払つたので、これを前記昭和四一年分の確定申告の際に雑損控除の対象として申告したところ、被告は右控除を否認した。
2 原告は、昭和四二年四月五日及び同年一二月一八日に、弁護士中條政好に対し、依頼にかかる訴訟事件(東京地方裁判所昭和四二年(行ウ)第一六九号所得税再更正決定取消並びに差押処分取消請求事件(審理中)。事案は、原告は、昭和三六年一二月二〇日、石橋プレス工業株式会社に対し、自宅を八〇〇万円で譲渡し、その代金で土地を購入し、住居と倉庫兼用建物を新築したが、同年分の所得税について買換えに関する規定の適用を否認されて再更正を受けたので、同処分及び差押処分の取消しを請求したものである。)につき報酬及び費用として各一〇万円計二〇万円を支払つたので、これを前記昭和四二年分の確定申告の際に、雑損控除の対象として申告したところ、被告は右控除を否認した(以下、右の報酬及び費用と前記1の報酬及び費用とを併せて「本件弁護士費用」という。)。
3 所得税法(以下「法」という。)上、各種所得の金額の計算に当たつて必要経費として算入される費用は、所得の形成に寄与した費用であると解されている。ところで、本件弁護士費用の支出は、違法な課税処分により侵害された原告の所得を回復するために、弁護士にその訴訟を委任したことにかかるものであつて、右の必要経費のように所得の形成に寄与する費用とは異なり、所得の保持に寄与する費用であるということができる。しかし、所得の保持は、所得の形成の延長と考えられるから、所得の形成に寄与した費用とその保持に寄与した費用とを区別するいわれはない。してみると、本件弁護士費用は、必費経費に準じて総収入金額から控除すべきものである。
また、所得を減少させるに至る本件弁護士費用の支出は、法五一条の資産の損失に当たるものと考えられるから、これを総収入金額から控除すべきである。
以上によれば、被告のした係争年分の各更正及び過少申告加算税の賦課決定は違法であるから、その取消しを求める。
第三請求の原因に対する被告の認否及び主張
一 請求の原因一の事実は認める。
二 同二のうち、1、2に記載のような事件が係属し本件弁護士費用が支払われた事実及び原告が本件弁護士費用を雑損控除の対象として確定申告をし、被告がこれを否認した事実は認めるが、3の主張は争う。
三 本件弁護士費用が、原告の係争年分の各種所得(給与所得、譲渡所得及び不動産所得。ただし、譲渡所得は昭和四一年分についてのみ。)の金額の計算上、総収入金額から控除されるべき必要経費に該当しないことは、法二八条二項、三三条三項、三七条一項、五一条の規定上明白である。また、本件弁護士費用のような支出を課税所得の計算において控除することを定めた法令の規定はない。
したがつて、本件弁護士費用の控除を否認した本件各更正は適法である。
第四証拠<省略>
理由
一 請求の原因一及び同二の1、2のうち本件弁護士費用支払いの事実は、当事者間に争いがない。
二 そこで、本件弁護士費用が係争年分の所得の計算上控除されるべきであるとの原告主張の当否について判断する。
本件弁護士費用の支出は、いずれも、原告が過去の年分の所得税について受けた課税処分等の取消訴訟のためにしたものであることは原告の自陳するところであつて、本件弁護士費用は、原告の確定申告にかかる係争年分の給与所得、不動産所得あるいは譲渡所得と何らの対応ないし関連も存しないことは原告の主張自体によつて明らかであるから、これを右各所得の金額の計算上必要経費に算入すべきものということはできない。
そして、どのような支出があつた場合にこれを当該年分の所得税につき担税力の減殺要因として控除を認めるかは、課税立法上の政策問題と考えられるところ、現行法上、本件弁護士費用のごとき支出を係争年分の税額の計算過程において控除すべきものと解釈されるような規定は存しない。
してみると、本件弁護士費用を課税上控除すべきものとする原告の見解は、所詮立法論に過ぎず、主張自体失当であつて採用するに由ないものであり、右費用の控除を否認してされた本件各更正に原告主張の違法はない。
三 したがつて、原告の請求は理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 杉山克彦 石川善則 吉戒修一)