大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)35号 判決 1972年4月11日

原告 石坂喜与松

被告 本所税務署長

訴訟代理人 日浦人司 ほか三名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

(原告)

「原告の昭和四〇年分所得税につき被告が昭和四二年五月二七日付をもつてした更正および過少申告加算税賦課処分を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求める。

(被告)

主文同旨の判決を求める。

第二原告の請求原因

一  原告は、肩書地において洋服仕立業を営む者であるが、その昭和四〇年分の所得税について昭和四一年三月一一日所得金額を三四二、五〇〇円、税額を四四〇円として確定申告をしたところ、被告は、昭和四二年五月二七日付をもつて所得金額を九四七、八五〇円、税額を八五、〇〇〇円とする更正および過少申告加算税四、二〇〇円の賦課処分をした。

原告は、右処分に対し、適法な異議手続を経て、昭和四二年一〇月二〇日東京国税局長に審査請求をしたが、昭和四三年一〇月一八日付をもつて棄却された。

二  しかし、右処分は、原告の所得金額を過大に認定した点において違法であるから、その取消しを求める。

第三被告の答弁および主張

一  請求原因一項の事実は認めるが、同二項の主張は争う。

二  被告の調査によれば、原告の昭和四〇年分の所得金額は九七九、三三七円であり、その内訳およびこれに対する原告の主張額は、次の第一表記載のとおりである。

第一表<省略>

以下右各項目の認定根拠を説明する。

(一)  収入金額

次の第二表記載のとおりである。

第二表<省略>

(二)  一般経費

1 荷造運賃、旅費通信費、広告宣伝費、接待交際費、修繕費、消耗品費、福利厚生費および雑費については、原告の計算額をすべて認めた。

2 公租公課 固定資産税一〇、九七〇円のうちには、事業に関係のない居住用の分も含まれていたので、居住用建物相当分として二分の一相当額五、四八五円を否認した。

3 水道料 原告は事業用、家庭用を一括して計上していたが、水道の使用は事業の内容からみて多量に必要とするとは認められないので、右計上額のうち三分の二相当額六、〇六二円を家庭用として否認した。

4 光熱費(電気料) 右3と同様に家庭用の電気代として三分の一相当額一四、六二〇円を否認した。

5 燃料費右3と同様に三分の一相当額二一、六三〇円を否認した。

6 火災保険料 前記2と同様に非事業用(居住用)相当分を二分の一と認定し、二分の一相当額五、八六〇円を否認した。

7 減価償却費(建物以外) 原告が青色申告者であつた昭和三九年分の確定申告書に添付して被告の提出した決算書に計上されている減価償却資産の各品目および取得価額を基礎にして定額法により計算し、一〇二、一二四円とした。

8 記帳料 原告は営業に関する帳簿を備えつけておらず、記帳を依頼した事実も認められないので、全額否認した。

(三)  外註費

原告の本件所得調査を担当することとなつた被告所部係官は、昭和四一年九月二九日ごろ原告方に赴き、昭和四〇年分の帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、罫紙四枚からなる集計表を提出したが、営業に関する帳簿は備えつけておらず、また、証ひよう書類も保存していなかつた。同係官が右集計表を検討した結果、経費中に占める外註費の割合が高いことから、その支払先の明細を明らかにするよう原告に求めたところ、原告は、外註先を明らかにすると仕事をしてくれなくなるという理由でこれを拒否し、また、同係官が右外註費の適否を判断するために昭和三九年以前の帳簿書類の提示を求めたのに対しても、その保存がないという理由で応じなかつた。そこで、被告は、やむをえず原告と同業で同規模程度の営業を営んでいる青色申告の個人業者の平均外註費率(売上金額に対する外註費の割合)をもつて原告の外註費を推計した。その後、本件処分に対する不服審査手続においても、原告は、担当係官の再三の求めにかかわらず、外註費の支払先および金額を明らかにせず、かつ、外註費支払いの事実を確認すべき資料の提出もしなかつた。

したがつて、本件においては、原告の外註費は推計によつてこれを算出せざるをえないのであるが、墨田区、荒川区、北区、台東区、江東区および葛飾区内のおける原告と同業の個人業者(紳士用ズボンの縫製加工を主として営んでいる者)で、青色申告をなし、かつ、同規模程度の営業を営んでいる者(収入金額が一、五〇〇、〇〇〇円ないし五、〇〇〇、〇〇〇円で従業員一〇名以下の者)七名についてその昭和四〇年分の平均外註費率を求めると、次の第三表のとおり一五・〇パーセントとなるので、これを原告の収入金額に乗じた五五一、九六二円をもつて原告の外註費と認めるべきである。

第三表<省略>

なお、原告は、昭和三九年分の所得税については青色申告をしたものであり、その申告書添付の決算書によれば、同年における原告の外註費率は二五・七八パーセントであるが、被告は、右申告について内容に立入つた実地調査をしておらず、同年の申告所得金額の適否を確認していないので、右外註費率をそのまま本件に適用することは相当でない。

(四)  特別経費

1 雇人費 雇人のうち、岡本とし子は原告の姪であり、原告宅に同居しているので、生計を一にする親族と認め、同人に対する支払額一八〇、〇〇〇円を否認した。

2 建物減価償却費 前記(二)の7と同様に、青色申告であつた昭和三九年分の減価償却費算出の基礎となつた建物評価額に定額法による償却率を乗じて算出した。

3 地代 原告記録額を認めた。

(五)  専従者控除額

前記(四)の1において岡本とし子分の雇人費を否認したので、同人を専従者と認め、法定額一一二、五〇〇円を加算した。

第四被告の主張に対する原告の認否および反論

一  被告の主張する第一表記載の所得の内訳のうち、原告主張額を是認した項目は認めるが、否認した項目(収入金額の項目および経費中下欄に△印を付した項目)については争う。

二  被告は外註費を推計によつて算出しているが、右推計は次の理由により合理性がない。

(一)  最近の統計学、推計学によれば、被告の採用した同業者の経費率の算術平均による推計方法はすでに古く、杜撰かつ不合理なものであり、いわゆる想定の理論や計画の理論を駆使した新しい推計方法をとることによつて、より客観的な結論を得ることができるとされている。したがつて、これによることができないような特別の事情がないかぎり、右の合理的推計方法をとるべきである。

(二)  被告が平均外註費率を求めた同業者の数はわずか七名であり、大数の法則からしても、さらに広い地域に多くの同業者を求めなければ、結果の正確を期しがたい。

(三)  また、被告は、右七名の同業者について所在区を明らかにするのみで、氏名、住所等を秘匿しているが、これでは実在するかどうかすら明らかでなく、そのような同業者の数字を根拠にした推計は合理性がない。

(四)  原告は、昭和三九年分の所得については青色申告をしたが、その申告にある外註費率は二五・七八パーセントであり、営業内容は昭和四〇年とほとんど変りがなかつた。もともと洋服仕立業における外註費の額は個人の事情によりその差が甚しいものであり、従業員数やその仕事量等により、洋服全部の仕立を外註に出す場合からその一部の穴つけ、ボタンつけ、プレスだけをやらせる場合などさまざまである。したがつて、ほぼ同一条件における原告の前年分の外註費率が判明している本件においては、同業者の平均によるよりは、右前年分の外註費率をもつて推計するほうがはるかに合理的である。

第五<証拠省略>

理由

一  請求原因一項の事実は当事者間に争いがない。

二  そこで、被告の主張する所得の内訳のうち、原告の争う項目について検討する。

(一)  収入金額について

<証拠省略>によれば、原告は、昭和四〇年中に、第二表記載のとおり、取引先であるみすず縫製有限会社ほか四社から洋服加工賃等として合計三、六五七、八〇〇円の収入を得たことが認められる。

(二)  一般経費について

<証拠省略>と本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、次のとおり認められる。

1  公租公課

原告の申告額のうちには、原告所有の土地および建物に対する固定資産税一〇、九七〇円が含まれていたが、右土地および建物の半分以上が原告の居住用に供されていたので、右固定資産税額の少なくとも二分の一は事業用相当分にあたらず、これを控除した公租公課の額は三七、八五五円となる。

2  水道料

原告の申告額は事業用と家庭用とを一括したものであり、原告の業種や標準生計費等を参考にして両者を区分すると、申告額の三分の二程度が家庭用で、残り三分の一に相当する三、〇三〇円が事業用と認められる。

3  光熱費(電気料)および燃料費

右2と同様の理由により、申告額の三分の一程度が家庭用と認められるので、経費となるべき光熱費は二九、二三九円、燃料費は四三、二五九円となる。

4  火災保険料

前記1と同様の理由により、申告額の二分の一に相当する五、八六〇円が事業用相当分である。

5  記帳料

原告は、営業に関する帳簿を備えつけておらず、記帳の事実がないので記帳料の申告額は全額否認すべきである。

(三)  外註費について

1  推計の必要性

<証拠省略>によると、原告の申告した外註費は収入金額の割に高額であつたので、被告の所部係官が調査のため原告に対して帳簿書類の提示を求めたところ、原告は、罫紙四枚に収入金額、経費等をメモ風に記載したものを提出したのみで、帳簿の備えつけがなく、また、領収書、請求書等の書類や、比較検討の資料となる前年分の帳簿書類等の提出にも応じなかつたこと、同係官は、再三、右書類等の提出を説得するとともに、外註先の明細を明らかにするよう求めたが、原告は、外註先を明らかにすれば仕事をしてもらえなくたるという理由でこれを拒否したことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみると、被告としては、推計によつて外註費を把握するほかないものというべきである。

2  推計の合理性

特定の事業を営む者の所得を把握するにあたり、その者の支出したある種の経費の額を直接知りえない場合、同種経費を支出するのを通常とする同規模程度の同業者の経費率(収入金額に対する当該経費の割合)の平均値をもつて当該経費額を推計することは、特別の事情がないかぎり、所得の認定方法として合理性があると認めるべきである。本件についてみると、いずれも公文書であるから真正に成立したものと推定すべき<証拠省略>によれば、原告は紳士用スボンの縫製加工を主たる営業とし、スボンの穴かがり、ボタンつけ、プレスなどを外註に出していたこと、下谷、王子、本所、荒川の各税務署管内において紳士用ズボンの縫製加工業を主として営む個人の青色申告者のうち、原告と営業規模の類似する収入金額一、五〇〇、〇〇〇円ないし五、〇〇〇、〇〇〇円、従業員数一〇名以下の業者について、その昭和四〇年分の収入金額と外註費とを調査すると、第三表記載のとおりであつて、外註費の収入金額に対する割合の平均は一五・〇九パーセントであることが認められる。したがつて、右平均外註費率を原告の前記収入金額に乗じて外註費を推計すると、五五一、九六二円となる。

ところで、原告は、同業者の外註費率の算術平均による推計はすでに古い方法であり、合理性を欠くと主張するが、課税処分が限られた期間内に大量的に行わざるをえない性質のものであることにかんがみれば、原告の主張するような新しい統計学、推計学の理論によらなかつたことをもつてただちに不合理であるということはできない。

また、原告は、平均外註費率を求めた同業者の数が少たいことを非難するが、原告の営業する墨田区と立地条件等を異にする地区の同業者を参考にしても、結論の正確を期するのにさして適切であるとは認めがたい。

原告は、氏名、住所等を秘匿した同業者の外註費率によつて推計することは相当でないとも主張する。しかし、被告が調査の対象とした同業者の氏名等を公表したうえでその収入金額等を明らかにすることは所得税法二四三条の禁止するところであり、また、本件において右氏名等を公表するのでなければ調査内容の正確性を疑わせ、あるいは課税手続を不公正ならしめるような事情があるとも認められないので、右氏名等を公表しないとの一事により前記推計を不当、不合理なものということはできない。

原告はさらに、本件においては原告の昭和三九年分の外註費率によるのが合理的であると主張する。原告が青色申告をした昭和三九年分の外註費率が二五・七八パーセントであつたことは当事者間に争いがないけれども、<証拠省略>によると、右昭和三九年分の申告については、被告は内容に立入つた調査をしておらず、本件処分当時においてその適否を確認しうる資料も存在せず、かつ、右外註費率は昭和三八年分のそれと比較して一〇パーセント程度高かつたことが認められるから、これによつて昭和四〇年分の外註費を推計することは十分な根拠があるものとはいいがたい。

以上により、本件の外註費については、被告の主張する推計方法の合理性を肯定するのが相当であり、右方法によつて得られた五五一、九六二円をもつて本件の外註費の額と認めるべきである。

(四)  特別経費について

<証拠省略>に本件口頭弁論の全趣旨を合わせると、次のとおりと認められる。

1  雇人費

原告の雇人のうち、岡本とし子は、原告と生計を一にする親族(原告の姪)であり、もつぱら原告の事業に従事していたので、同人に対する支給額一八〇、〇〇〇円は経費に算入されず、別途に法定額の専従老控除をすべきものである。

2  建物減価償却費

原告が青色申告者であつた昭和三九年分の確定申告書添付の決算書に計上されている建物評価額を基礎にして定額法により計算すると、その額は六、二六四円となる。

三  以上のとおり、第一表記載の所得の内訳のうち、原告の争う項目については、いずれも被告の主張額が正当と認められる。そうすると、原告の所得額が本件更正処分の認定額を超えることは明らかであるから、右認定額が過大であるとする原告の主張は失当である。

よつて、本件請求を棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 内藤正久 佐藤繁)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例