東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)47号 判決 1979年10月31日
東京都台東区上野四丁目六番九号
原告
洪昌五こと 洪昌九
右訴訟代理人弁護士
有賀功
同
古波倉正偉
同
松山正
同
安藤寿朗
同
床井茂
東京都台東区東上野五丁目五番一五号
被告
下谷税務署長
金親良吉
右訴訟代理人弁護士
青木康
右指定代理人
須貝秀敏
同
和田清
同
磯部喜久男
同
荒牧清治
主文
原告の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者双方の求めた判決
(請求の趣旨)
一 被告が昭和四二年三月三一日付で原告に対してした原告の昭和三九年分所得税について更正処分のうち総所得金額二一七万七、四三六円を超える部分を取り消す。
二 被告が昭和四二年三月三一日付で原告に対してした原告の昭和四〇年分所得税についての更正処分のうち総所得金額二三七万五、〇〇〇円を超える部分を取り消す。
三 訴訟費用は被告の負担とする。
(請求の趣旨に対する答弁)
主文と同旨
第二当事者双方の主張
(請求原因)
一 原告は昭和三九年及び四〇年当時肩書地において「モナコ」の商号でパチンコ営業をしていた者である。
二 原告は、被告に対し、昭和四〇年三月一五日に原告の昭和三九年分所得税について総所得金額を二一七万七、四三六円とする確定申告をし、また、昭和四一年三月一五日に昭和四〇年分所得税について総所得金額を二三七万五、〇〇〇円とする確定申告をしたところ、被告は、昭和四二年三月三一日、原告の昭和三九年分所得税について総所得金額を一、一一六万八、四一三円、昭和四〇年分所得税について総所得金額を一、六四二万三、八五八円とする各更正処分をした。
原告は、これを不服として、右各更正処分に対し、昭和四二年四月八日異議申立てをしたがいずれも棄却されたので、同年七月二八日審査請求をしたところ、昭和三九年分について総所得金額を九七四万六、九〇四円とする一部取消しの裁決を受けたにとどまりその余は棄却された。
三 しかしながら、被告がした本件各更正処分(昭和三九年については裁決により一部取消された後のものをいう。以下同じ。)には所得を過大に認定した等の違法があるから、本件各更正処分のうち原告の確定申告における総所得金額を超える部分の取消しを求める。
(請求原因に対する認否)
請求原因一、二の事実は認める。同三は争う。
(被告の主張)
一 推計の必要性
原告は、係争各年分の被告の税務調査に対し、昭和三九年分のパチンコ営業にかかる売上、仕入及び経費を記載した収支計算書を提出したが、右収支計算書作成の基礎となった帳簿及び伝票等の原始記録については、その提示要求を受けたにもかかわらず、経費のうちの水道料、電気料等の断片的な領収書を提出しただけでその余の帳簿書類等を全く提示せず、また、昭和四〇年分のパチンコ営業については右のような収支計算書すら提出しなかった。したがって、昭和四〇年分の事業所得についてはもちろんのこと、昭和三九年分についても、提出された収支計算書が正確であるかどうかを判断できず、しかも、仕入先を反面調査したところによれば右収支計算書の仕入金額には多額の計上漏れが認められたので、被告は、原告の事業所得を実額で計算することができず、やむを得ず推計の方法によりこれを算出した。
二 昭和三九年分総所得金額 一、四三七万九、六七二円
1 事業所得の金額 一、三六二万七、二三六円
(一) 売上金額 一億〇、九二七万一、三五九円
原告が本件訴訟(昭和四七年三月九日付原告準備書面)において主張する昭和三九年分のパチンコ景品代七、四九一万六、四四四円を原告の同年分の売上原価と認め、これを別表一記載の同業者の平均売上原価率〇・六八五六で除して、売上金額一億〇、九二七万一、三五九円を算出した。
(二) 売上原価 七、四九一万六、四四四円
右(一)で述べた原告が本件訴訟において主張する昭和三九年度分のパチンコ景品代七、四九一万六、四四四円である。
(三) 一般経費 八九〇万五、六一五円
右(一)の売上金額一億〇、九二七万一、三五九円に別表一記載の同業者の平均一般経費率〇・〇八一五を乗じて、一般経費八九〇万五、六一五円を算出した。
(四) 雇人費(特別経費その1) 七四四万九、五二〇円
原告が原処分調査に際し被告の担当者に提出した昭和三九年分給料明細書に計上されている雇人に対する給与の合計額七四四万九、五二〇円である。
(五) 減価償却費(特別経費その2) 一六万六、八〇四円
店舗にかかる減価償却費を一六万六、八〇四万と計算した。
(六) 娯楽施設利用税(特別経費その3) 六一万九、八〇〇円
原告の昭和三九年分の娯楽施設利用税の金額六一万九、八〇〇円である。
(七) 支払利息(特別経費その4) 二〇五万円
原告が本件審査を担当した協議官に申し立てた支払利息の金額二〇五万円である。
(八) パチンコ機械廃棄損失(特別経費その5) 一五三万五、九四〇円
昭和三八年七月に取得したパチンコ機械を昭和三九年三月に新機械と取り替えるために廃棄したことによる損失であり、原告の申し立てた取得価格二三一万八、四〇〇円から耐用年数二年の定額法による昭和三八年七月から昭和三九年三月までの減価償却費七八万二、四六〇円を控除して、一五三万五、九四〇円と算定した。
(九) まとめ
前記(一)の売上金額一億〇、九二七万一、三五九円から右(二)ないし(八)の各金額を控除して、事業所得の金額を一、三六二万七、二三六円と算定した。
2 不動産所得の金額 六六万七、四三六円
原告はその所有する東京都台東区上野四丁目六番九号所在の地上四階地下一階の鉄筋ビル(このビルの一階が原告の営業するパチンコ店)のうち地上二階及び地下一階の部分を訴外延山健治に喫茶店の店舗用として賃貸しており、被告は原告が原処分調査時に申し立てた右賃貸による賃料収入一六二万を収入金額と認めた。
右収入金額一六二万円から原告が昭和三九年分確定申告書に記載した不動産所得にかかる必要経費の金額九五万二、五六四円を控除して、不動産所得の金額六六万七、四三六円を算出した。
3 譲渡所得の金額 八万五、〇〇〇円
原告の申告額を採用したものである。
4 原告の昭和三九年分の総所得金額は、右1の事業所得の金額一、三六二万七、二三六円、右2の不動産所得の金額六六万七、四三六円及び右3の譲渡所得の金額八万五、〇〇〇円を合計した一、四三七万九、六七二円であり、本件更正処分における総所得金額九七四万六、九〇四円は右金額の範囲内である。
三 昭和四〇年分総所得金額 一、八〇二万七、六四四円
1 事業所得の金額 一、七一八万九、二〇四円
(一) 売上金額 一億二、四八二万〇、六七三円
原告の昭和四〇年分の売上原価が不明であり、昭和四〇年分の売上金額を昭和三九年分と同様の方法で算出できないので、昭和三九年分売上金額一億〇、九二七万一、三五九円に、原告の昭和三九年分娯楽施設利用税の金額六一万九、八〇〇円に対する昭和四〇年分娯楽施設利用税七〇万八、〇〇〇円の割合一・一四二三を乗じて、昭和四〇年分の売上金額を一億二、四八二万〇、六七三円と算定した。
娯楽施設利用税は、台東都税事務所がパチンコ機械の一か月一台当たりの平均売上金額に基づき定めた等級に応じて賦課したものであるから、右税額の増減状況は売上金額の増減状況を端的に示すものであり、右算定方法は合理的である。
なお、原告のパチンコ機械台数及び営業日数に基づいてパチンコ機械の延稼働台数を計算すると、昭和三九年分は九万〇、七三四円台、昭和四〇年分は一〇万五、六一〇台であり、昭和四〇年分の昭和三九年分に対するパチンコ機械の延稼働台数の増加割合は一・一六三九となる。そして、前記娯楽施設利用税の増加割合一・一四二三に代えて右パチンコ機械の延稼働台数の増加割合一・一六三九を用いて昭和四〇年分の売上金額を計算すると、売上金額は一億二、七一八万〇、九三四円となる。
(二) 特別経費控除前所得金額 二、八七二万一、二三六円
右(一)の売上金額一億二、四八二万〇、六七三円に別表二の同業者の平均特別経費控除前所得率〇・二三〇一を乗じて、特別経費控除前所得金額二、八七二万一、二三六円を算出した。
(三) 雇人費(特別経費その1) 六六九万六、六〇三円
原告が原処分調査に際し被告の担当者に提示した昭和四〇年分雇人給与の合計額六六九万六、六〇三円である。
(四) 減価償却費(特別経費その2) 一六万六、八〇四円
昭和三九年分と同様である。
(五) 娯楽施設利用税(特別経費その3) 七〇万八、〇〇〇円
原告の昭和四〇年分の娯楽施設利用税の金額七〇万八、〇〇〇円である。
(六) 支払利息(特別経費その4) 二四〇万円
原告が本件審査を担当した協議官に申し立てた支払利息の金額二四〇万円である。
(七) パチンコ機械廃棄損失(特別経費その5) 一五六万〇、六二五円
昭和三九年四月に取得したパチンコ機械を昭和四〇年三月に新機械と取り替えるために廃棄したことによる損失であり、原告の申し立てた取得価格二八三万七、五〇〇円から耐用年数二年の定額法による昭和三九年四月から昭和四〇年三月までの減価償却費一二七万六、八七五円を控除して、一五六万〇、六二五円と算定した。
(八) まとめ
前記(二)の特別経費控除前所得金額二、八七二万一、二三六円から右(三)ないし(七)の各金額を控除して、事業所得の金額を一、七一八万九、二〇四円と算定した。
2 不動産所得の金額 八三万八、四四〇円
昭和三九年分の不動産所得について述べたところと同内容の延山健治に対する賃貸借による賃料収入があり、その収入金額を原告が原処分調査時に申し立てた二〇四万円と認めた。
つぎに、必要経費は、右収入金額二〇四万円に原告が昭和三九年分確定申告書に記載した必要経費九五万二、五六四円か同年分の収入金額一六二万円に占める割合〇・五八九を乗じて、一二〇万一、五六〇円と算定した。
そして、右収入金額二〇四万円から右必要経費一二〇万一、五六〇円を控除して、不動産所得の金額を八三万八、四四〇円と算定した。
3 原告の昭和四〇年分の総所得金額は、右1の事業所得の金額一、七一八万九、二〇四円及び右2の不動産所得の金額八三万八、四四〇円の合計額一、八〇二万七、六四四円であり、本件更正処分における総所得金額一、六四二万三、八五八円は右金額の範囲内である。
四 以上のとおり、本件各更正処分における原告の総所得金額は、いずれも本件各係争年分の総所得金額の範囲内であるから、本件処分に違法はない。
(被告の主張に対する原告の認否)
一 被告の主張一の事実は否認する。原告は、被告の税務調査に終始協力し、被告が主張する昭和三九年分収支計算書のほか、昭和三九年の月別売上仕入一覧表、請求書、領収書等の手持の資料すべてを提示し、さらに、被告の求めに応じて、取引先の住所氏名を明らかにし、昭和四一年四月一日から同月一四日までのパチンコ玉の売上状況を記載したメモをも提出した。
二1 同二1のうち、売上金額及び一般経費の金額は争い、その余はすべて認める。
2 同二2及び3は認める。
3 同二4のうち、不動産所得の金額及び譲渡所得の金額は認め、その余は争う。
三1 同三1のうち、売上金額及び特別経費控除前所得金額は争い、その余はすべて認める。
2 同三2は認める。
3 同三3のうち、不動産所得の金額は認め、その余は争う。
四 同四は争う。
(被告の反論)
一 本件処分の目的の違法性
本件処分は、朝鮮総連や原告が会員となっている朝鮮人台東商工会を破壊するという目的をもって行なわれた不当な政治的弾圧であるから違法である。即ち、
1 台東区に居住する在日朝鮮人商工業者は、終戦直後、相互協力による事業発展を目的として朝鮮人台東商工会を結成し、また、所轄税務署から納税協力体制の確立を依頼されて台東商工会の会員を構成員とする台東区朝鮮人納税貯蓄組合を組織し、以来二〇余年にわたって税務署に協力して良好な納税慣行を確立してきたものであり納税遅滞や更正処分を受けるといったことは一度もなかった。ところが、昭和四二年頃から被告の台東商工会に対する態度が一変し、韓国系の団体に参加せず朝鮮民主主義人民共和国を祖国と考える商工業者を弾圧するという政治的目的をもって、原告を含む一九名の台東商工会会員に対し巨額の更正処分が加えられるに至った。
2 従来は、確定申告に疑問があれば、十分調査をし、修正申告の機会を与え、円滑な納税、徴収が行なわれていたのであるが、今回は事情を異にし、原告が積極的に被告の税務調査に応じたにもかかわらず真剣に調査しようとせず、また、「商工会を離れて個人でやった方が良い。」等と述べるだけで、突如、最終の調査日から一年近く経過した後に本件各更正処分をするに至った。
本件において、被告が原告の所得の調査を開始した直接の契機は、原告が昭和三八年に土地を取得してその地上に鉄筋ビルを建築したため、その資金調達の内容を調査しようということにあった。したがって、右資産取得前の昭和三七、三八年の所得について調査すべきであるのに、これをせず、昭和三九、四〇年分について本件更正処分をしたことは、政治的目的による処分であることを物語っている。そして、原処分後の異議目的による処分であることを物語っている。そして、原処分後の異議申立て、審査請求時にも、原告は、担当者の正確な調査を希望し、これに積極的に応じる態度を示したが、真剣な調査や対応は得られず、「もう決まっていて、私一存ではどうにもならない。」ということであった。
二 推計の必要性の欠如
前記のような調査時の経緯からして、本件は推計をなし得る場合にあたらないものであるが、少なくとも昭和三九年分のパチンコ営業による売上金額については本訴提起後に正確な実額が判明するに至ったから、これを推計することは許されない。即ち、原告のパチンコ店においては、二名の係員が、売上げを集計し、現金と照合したうえ、売上伝票を作成し、これにより日々の売上高等を明らかにした売上帳を作成していたものであり、これによれば、昭和三九年中のパチンコ営業にかかる売上金合計は八、四三一万二、〇二六円である。なお、原告の右売上帳に記載された昭和三九年分の月別のパチンコ営業による売上金額と原処分調査担当官が原告から提示を受けたところに従って記載した売上金額の月別一覧表とを比較すると、昭和三九年六月、七月及び一〇月分について後者の方が各一〇〇万円多くなっているが、これは右担当官の誤記と思われる。
三 推計の非合理性
1 被告は、原告のパチンコ営業による売上金額について、当初は、売上金額のうち銀行預金に預け入れられた金額が全売上金額に占める割合と右預入金額とを基礎にして推計し、パチンコ営業にかかる売上原価についても、その当時から明らかとなっていた原告主張の昭和三九年分の景品代を信用できず推計の基礎にできないとしていたものである。ところが、被告は、昭和五一年七月一五日の口頭弁論期日以降、原告の主張する景品代七、四九一万六、四四四円を売上原価として援用し、これを同業者の売上原価率で除して昭和三九年分の売上金額を推計するという主張に変更したものであり、そのこと自体、右推計方法の変更が不合理であることを示している。
また、原告が主張した右景品代七、四九一万六、四四四円は、倉庫の中に未整理のまま山積されていた売上伝票、景品売上げ控等を整理して算出した金額であり、その際原告は、右景品代と一体をなす売上金額を右と同様の方法で八、四三一万二、〇二六円と算出したものである。したがって、景品代と同様に原告の主張する売上金額も正確であると考えられるもかかわらず、右売上金額を採用せず、景品代のみを採用して、これを同業者の売上原価率で除して売上金額を推計することには合理性がない。
2 つぎに、一般的にいって、パチンコ業は地域較差の極めて大きい業種であり、景品代は直ちに売上金額に直結しないものである。即ち、業者ごとに営業形態は相違し、売上原価率は一定しないから、その平均値をもってパチンコ景品代から売上金額を推計することには合理性がない。
3 さらに、平均売上原価率等の同業者率を算出するために被告が抽出した同業者の数は少なく、殊に原告と同じ下谷税務署管内の同業者はわずかに一軒であるが、パチンコ業は地域較差の極めて大きい業種であり、かつ、同一地域においても立地条件の違いにより営業形態は異なるから、右のような僅少な資料を基礎にして算出した売上原価率等の数値は偏ったものとなり、したがって、これを適用して原告の売上金額等を推計するのは合理的ではない。
なお、被告が抽出した昭和三九年分の同業者のうち売上原価率が最も高いものは〇・七一九〇、最も低いものは〇・六五四三であり、これを原告の昭和三九年分の景品代七、四九一万六、四四四円に適用して売上金額を算出すると、売上金額が最も大きくなる場合と小さくなる場合の差額は一、〇三〇万三、二八三円となり、原、被告の係争総所得金額の差が一、〇〇〇万円程度であることと対比すると、右推計方法が合理性を欠くことは明らかである。
4 被告の推計の不合理性は、左記のとおりの原告パチンコ店の業態に照らしても、明らかである。即ち、
原告は、昭和三九年四月まではパチンコ機械一五〇台で営業していたが、店舗の所在地が国電上野駅、百貨店、映画館からやや遠いことに加えて、上野駅近くに立派な設備を有する他店舗が多いために利益が上がらなかった。そこで、原告は、玉と景品の交換率を客に有利にしたり、また、店舗拡張を考え、昭和三八年に隣接地を買い入れ、昭和三九年に鉄筋ビルを建築し、従前の店舗を拡張してパチンコ機械二八六台を有する店舗とした。そのために六、〇〇〇万円を借り入れ、また、右と前後して、昭和三九年一月、三月、四月、八月、一一月と店舗の改装及びいわゆる新装開店等の設備投資をしたが、業績はそれ程好転せず、昭和四五年には負債が一億二、〇〇〇万円にも昇ったため、原告は、店舗及び敷地を売却して負債を返済し、スポーツ用品の販売店に転業せざるを得なかった。また、原告のパチンコ営業についての娯楽施設利用税は、上野でも比較的下位の一〇級 認定を受けており、このことも原告店舗が客の入りの悪いものであることを示している。なお、昭和三九年頃においにば、パチンコ機械一台から生じる年間利益が一万円というのが業界の常識であった。
被告の推計は、右のような事情を無視したもので、合理的ではない。
(被告の再反論)
一 原告は、本件処分が不当な政治目的の下になされた弾圧であって違法であると主張する。
しかし、被告は、原告のパチンコ店が国電御徒町駅と上野駅との中間の繁華街に位置し、立地条件に恵まれていること、原告が一億円以上を投じて従前の原告のパチンコ店の隣接地を取得し、そこに地下一階地上四階の鉄筋ビルを建築したこと、それにもかかわらず、原告の申告所得金額が低額であったこと等の事情があったため、質問検査権に基づき原告の税務調査に着手したものであり、政治目的をもって本件処分をしたものではない。
二 原告の主張する昭和三九年分の売上金額は、次のような理由から、正確な売上実額を示すものとは認め難い。
(一) 原告が主張する売上金額八、四三一万二、〇二六円を前提として、原告主張の景品代七、四九一万六、四四四円、推定一般経費及び原告主張の雇人費その他の特別経費を控除すると、一、〇〇〇万円近い欠損が生じることになる。しかし、原告は、昭和二七年頃から原告の母洪順愛等の名義で経営されてきたパチンコ店を昭和三八年頃から継承し、昭和三七年から昭和三九年にかけて多額の銀行融資を受けて店舗所在地の隣接地を約一億円で取得し約四、〇〇〇万円を投じて建物の増改築を行って経営規模を拡大し、その後もパチンコ営業を継続していたものであるから、金融機関も原告の営業実績を評価し、原告も実績を裏付けとして返済能力等に自信をもって巨額の設備投資をしたものと推認される。したがって、昭和三九年の一年間に一、〇〇〇万円近くもの欠損が生じるとは考えられず、原告主張の売上金額は実績より過少と思われる。
(二) 原告は、徳山隆一及び徳山敏造の名義で北海道拓殖銀行上野支店及び東海銀行上野支店に当座預金口座を設定し、日々の売上金の一部を預け入れていたが、昭和三九年分の預入額合計八、八六八万一、四四四円を昭和四一年四月一日から同月七日までの預入額が右期間中の売上額に占める割合で除して昭和三九年分の売上金額を計算すると、一億〇、五四四万七、六一四円となる。この金額に照らすと、原告の主張額は過少といわざるを得ない。
(三) 原告店舗における売上金額の集計、確認及び保管方法が明確でないことに加えて、売上伝票等の書類は、作成者が明らかでなく、作成漏れがあり、また、売上金から生活費等を支出した後の金額に基づいて作成されたものと認められるから、原告主張額の根拠となる右売上伝票等は真実の売上を記録したものとはいえない。そして、それらが本件訴訟提起後にはじめて提出され、原処分調査ないし審査請求についての審理中においては再三の提示要求にもかかわらず提示されなかったことからすると、それらは確定申告ないし原処分調査の当時未だ作成及び保存されていなかったと考えられる。
(四) 原告が売上伝票等に基づいて主張する売上金額の月別明細と被告担当官が原処分調査時に原告から提示を受けたところに従って記載した売上金額の月別一覧表とを対比すると一月分、二月分、六月ないし八月分及び一〇月分について違いがあり、かつ、六月分、七月分及び一〇月分は被告担当官に対する提示額の方がいずれも等しく一〇〇万円だけ多く、被告担当官に対する提示売上金額合計八、七二九万二、二一六円と提示仕入及び経費額によりパチンコ営業による所得を計算すると、確定申告されたパチンコ事業所得一八八万五、〇〇〇円と近似した数値が求められる。このことからすると、原告は、申告所得金額との関係で辻褄を合わせるために売上金額の記帳を操作したものと推測されるのであって、原告が売上伝票等に基づいて本件訴訟において主張する売上金額八、四三一万二、〇二六円及び右売上伝票等の記載内容は措信できない。
(五) 原告主張の売上原価七、四九一万六、四四四円が原告主張の売上金額八、四三一万二、〇二六円に占める割合(売上原価率)は〇・八八六であり、別表一の同業者の売上原価率に比べて極めて高い。したがって、後記のように売上原価が正確であることからすると、原告主張の売上金額は過少といわざるを得ない。
三 原告が主張する推計の非合理性について左のとおり反論する。
1 原告主張のパチンコ景品代七、四九一万六、四四四円を採用した理由
原告が被告担当官に提示したパチンコ景品の仕入についての月別一覧表に記載された仕入金額の合計は六、七二七万七、六〇〇円であり、そのうち金子製菓からの仕入額は四、〇九五万三、九七九円、小西商店からの仕入額は三三三万〇、七〇〇円と記載されていた。ところで、右仕入先について反面調査をしたところ、仕入実績は、金子製菓からが四、三六三万五、九九六円、小西商店からが三四一万八、九〇〇円と認められた。そうすると、月別一覧表に記載された金子製菓からの仕入金額が同店からの仕入実額に占める割合は〇・九三八五、小西商店についてのそれが〇・九七四二となり、前記仕入の月別一覧表の合計額六、七二七万七、六〇〇円を右両者の平均値〇・九四一一で除すると七、一四八万八、二五八円となる。
つぎに、右仕入の月別一覧表の合計額六、七二七万七、六〇〇円には一月分ないし三月分の合計約三〇万円の現金仕入が含まれているが、四月分から一二月分については、同程度の現金仕入があると認められるにかかわらず右一覧表にはそれが含まれていない。そこで、四月分から一二月までの現金仕入相当額九〇万円を前記七、一四八万八、二五八円に加算すると、原告の仕入金額は七、二三八万八、二五八円となり、原告が主張する景品代七、四九一万六、四四四円と近似する。
以上のように、原告の主張する景品代七、四九一万六、四四四円には一応の正確性があると認められたので、これを売上原価として採用した。
2 原告主張の売上金額八、四三一万二、〇二六円を採用しなかった理由
先に述べたように、原告主張額が措信できなかったために、これを採用しなかったものである。
3 同業者の抽出方法について
パチンコ業の場合、管内の全同業者についての同業者率を算出して推計の基礎にすることは、立地条件、営業規模等の特殊性が無視され、かえって不合理となる。原告の店舗は、国電御徒町、上野駅、アメヤ横丁に隣接する繁華街に位置し、昭和三九年五月以降のパチンコ機械二九五台(同年一月ないし三月は一六八台、同年四月は二三五台)を有する比較的営業規模の大きいものであるから、被告は、下谷のほか、右と類似する地域を所轄する豊島、淀橋及び芝の各税務署管内から、原告と同様に比較的営業規模が大きく、売上金額が一、〇〇〇万円以上の青色申告による個人の同業者を別表一、二のとおりすべて抽出したものである。右同業者のパチンコ機械保有台数は九三台から三二一台、従業員数は七人から三五人である。
4 原告は、被告が採用した同業者の売上原価率には上下の開差が大きく、合理的な推計の基礎とできない旨を主張する。
しかし、事業者に多少の相違がある以上、売上原価率に多少の開差があるのはむしろ当然のことであり、それ故に、被告は、原告に類似した同業者を抽出するための客観的抽出基準を定め、抽出した同業者の平均値を適用して推計計算をしたもので、同業者の個別的特性は平均値の中に包摂されているといえる。
5 原告は、被告の推計方法が原告の個別的特殊事情を無視したものであると主張する。
しかし、前述のように恵まれた立地条件にある原告店舗は、いわゆるフリー客が多く、玉の出を悪くすると客の入りが悪くなるといったことはなく、玉と景品の交換率を客に有利にしていたとの主張も信用できない。また、パチンコ業にあっては、通常、一年に一回ないし二回、客集めのために、店内を改装し、パチンコ機械を入れ替え、玉の出を良くする等のサービスを行なうものであり、原告が右通常の業者以上に設備投資等をしたとの根拠はない。さらに、関係者の主張を総合すると、同業者におけるパチンコ機械一日一台当たりの売上額は一、一〇〇円程度と見込まれるところ、原告が被告の求めに応じて計算した昭和四一年四月一日ないし同月一四日までの一日当たりの平均売上金額三一万八、四二八円を原告のパチンコ機械台数二九五台で除すると、原告店舗の一日一台当たりの売上金額は一、〇七九円となり、同業者の数値と近似し、特殊性は稀薄である。また、原告がスポーツ用品販売業に転業したのは経営不振によるのではなく、当時のスポーツブームからスポーツ用品販売業が好況業種と見込まれたためである。
第三証拠関係
一 原告
1 甲第一号証の一ないし一二、第二号証の一ないし二八、第三ないし第七号証の各一、二、第八号証の一ないし一〇、第九号証、第一〇号証の一ないし七、第一一号証の一ないし三、第一二号証の一ないし四、第一三号証の一ないし六、第一四号証の一ないし五、第一五号証の一ないし六、第一六号証の一、二、第一七号証の一ないし三、第一八ないし第二一号証
2 証人金容採、同金基洪、同洪敦造、同大和誠一郎の各証言、原告本人尋問の結果
3 乙第一号証、第二ないし第五号証の各一ないし三、第六、第一六号証の成立はいずれも知らない。その余の乙号証の成立はすべて認める。
二 被告
1 乙第一号証、第二ないし第五号証の各一ないし三、第六ないし第一〇号証、第一一号証の一ないし三、第一二ないし第一四号証、第一五号証の一ないし三、第一六号証
2 証人大和誠一郎、同鈴木正美、同中川和夫、同麻喜力、同宇井磯雄、同小沢邦重、同坂田外与次、同中野政次郎の各証言
3 甲号証の成立はすべて知らない(甲第一一ないし第一七号証の各一及び第一八号証については原本の存在も知らない。)。
理由
一 請求原因一、二の事実は当事者間に争いがない。
二 原告は、本件各更正処分は原告が全員となっている朝鮮人台東商工会を破壊する目的をもつて行なわれた不当な政治的弾圧であるから違法であると主張する。
しかし、原告本人尋問の結果中には右主張にそう部分があるが、右供述部分は漠然とした推測に基づくものにすぎず、その他本件全証拠によつても、被告が朝鮮人台東商工会の破壊を目的として本件処分をしたとの事実は認められない。かえつて、証人坂田外与次、同大和誠一郎の各証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告は、父洪南祥が昭和二七年頃に台東区上野四丁目で開業し以後継続してきたパチンコ営業を昭和三五年頃に引き継いだこと、その頃の店舗は四六坪程度の木造であつたが、原告は、昭和三六年頃これを地下一階地上四階の鉄筋コンクリート造のビルに建て替え、さらに、昭和三八年頃に四二坪の隣接地を取得し昭和三九年までに地上にビルを建築して営業規模を拡大したこと、原告は隣接地の取得及びその土地上のビルの建築に一億円以上を必要とし、また、原告のパチンコ店が繁華街に位置し立地条件が良好と思われるにもかかわらず、その頃の原告の申告所得金額が低いと認められたことなどから、被告は、原告の所得調査に着手し、その調査結果に基づいて本件更生処分をしたものであることが認められる。したがって、原告の右主張は理由がない。
三 事業所得の推計の必要性
1 成立に争いのない乙第一〇号証、証人坂田外与次、同大和誠一郎、同中野政次郎の各証言及び原告本人尋問の結果(以下の認定に抵触する部分を除く。)によれば、(一)被告の担当官坂田外与次は、昭和四〇年一〇月、一一月及び昭和四一年四月に原告店舗又は朝鮮人台東商工会事務所に臨場し、原告の所得金額を調査するため、帳簿書類及び証憑書類の提示を求めたが、昭和三九年分のパチンコ営業についての売上、仕入、経費の月別合計額の集計表、仕入先別の仕入金額一覧表、水道料、電気料、電話料及び火災保険料の各領収書の一部、雇人給与一覧表の提示があつただけで、右売上及び仕入の裏付となる伝票その他の帳簿書類並びに交際費、雑費、福利厚生費といった項目を含めた経費全体を明らかにする帳簿や領収書等については、再三の提示要求にもかかわらず提示されず、しかも、右集計表の売上金額は、原告の前記のような資産の取得状況等からみていかにも過少であり、また、仕入先の反面調査によれば、原告主張の仕入額には計上漏れが認められたこと、(二)昭和四〇年分については右集計表等をまつたく提示されなかつたこと、(三)もつとも、原告は、右坂田担当官の依頼に応じ、昭和四一年四月一日から同月一四日までのパチンコ玉の売上個数及び交換個数を記録したメモを同担当官に提示したことがあつたこと、(四)右調査を引継いだ大和誠一郎担当官は、昭和四一年八月、九月に原告店舗及び前記商工会事務所へ臨場したが、政治的な議論を聞かされるばかりで、帳簿の提示を要求しても提示を受けられず、坂田担当官が把握した以上の調査結果は得られなかつたこと、(五)本件審査請求の審理を担当した中野政次郎協議官は、原告に対して原処分の根拠を説明し、基礎となつた調査資料を示して原告に不服の理由を求めたが、具体的な指摘はほとんどなく、また、再三にわたり帳簿書類等の提示を要求したが、その提示はなかつたこと、が認められ、これに反する原告本人の供述部分は措信し難く、他に右認定に反する証拠はない。
右認定の事実によれば、原告の本件係争各年分の事業所得金額については、その実額を算定するのに必要な正確性を具えた帳簿書類や原始記録が提示されなかつたのであるから、実額計算により原告の事業所得金額を認定することはできず、推計の必要があつたといわざるを得ない。
2 ところで、原告は、昭和三九年分の売上金額で、八、四三一万二、〇二六円であることが判明したから、推計によることは許されない旨主張するので、右主張額を採用し得るか否かについて判断する。
(一) まず、原告は、原告主張の売上金額算出の基礎資料として、月別売上日計表(甲第一号証のないし一二)及び振替伝票(甲第二号証の一ないし二八、甲第三ないし第七号証の各一、二、甲第二〇号証)を提出しているが、証人金基洪及び同洪敦造の各証言によれば、右振替伝票は原告の弟である洪敦造の妻金基洪が主として作成し、一部は洪敦造が作成方法を妻に聞きながら記入したものであることが認められるところ、証人金基洪は、自己が記入したとする昭和三九年二月二九日の振替伝票(甲第三号証の二)の借方勘定科目欄にある「別」という記載及び同年六月一日の振替伝票(甲第七号証の一、甲第一九号証)の貸方勘定科目欄にある「」という記載の意味を明らかにできないことに加えて、昭和三九年一月二三日の売上金額について振替伝票(甲第二号証の二〇)には二六万三、二二〇円と記載されているのに売上日計表(甲第一号証の一)には二四万二、六八〇円と記載され、かつ証人洪敦造は同人が右振替伝票を作成したとしながら、その不一致理由を明らかにできない。
(二) 証人金基洪、同洪敦造、同金容採の各証言及び原告人尋問の結果によれば、原告店舗において日々の売上高がその確認を経て振替伝票に記入されるまでの具体的経過は明らかでないが、右伝票は翌日に作成されるのが通常であつて、それまでの間に売上金の一部が店の必要経費や家族の生活費等に適宜使用されていた形跡があり、その使用分が遺漏なく把握され伝票に正確に記入されていたか否かは疑わしい。
(三) また、前掲乙第一〇号証及び証人坂田外与次、同大和誠一郎、同中野政次郎の各証言によれば、(イ)原告は原処分調査ないし不服審査の段階において前記甲号証の日計表や伝票を提出しなかつたこと、(ロ)右甲証記載の売上金額は原告が原処分調査の際に被告担当官坂田に提示した昭和三九年分の売上等集計表の月別売上金額と一致せず、これを対比すると左表のとおりになること、(ハ)即ち、右甲号証によれば、昭和三九年分の売上金額は、八、四三〇万一、七五六円となるにもかかわらず、原処分調査時の提示額はこれを三〇〇万円近く上まわる八、七二九万二、二一六円となつており、かつ、六、七、一〇月分は等しく各一〇〇万円ずつ甲号証記載額より多いことが認められる。原告は、右金額の不一致の理由につき、原処分調査時にも甲第一号証の一ないし一二の月別売上日計表を提示したところ、被告担当官がその内容をメモする際に一部誤記したことによるものである旨主張するが、これに沿うかのごとき原告本人尋問の結果は措信することができず(右誤記の主張を認め難いことは、景品仕入額についての右甲号証の記載と乙第一〇号証の原告提示額の記載とを対照しても明らかである。)他に右認定を動かすに足りる証拠はない。
<省略>
このように、前記甲号証記載の売上金額と原告の原処分調査時の提示額との間に作為的とみるほかない差額があることはどこからすれば、原告は、原処分調査時にいて前記甲号証の売上金額を知りながら、これに月より一〇〇万円ずつの加算をする等の修正を加えて被告担当官に売上金額を提示したものと推認されるのであつて(もしそうでないとすれば、前記甲号証は原処分調査後にその提示額を基礎にして作成されたものとみざるを得ないことになる。)このことは、原告自ら当時において前記甲号証記載の売上金額が正確でなく過少であることを認識していたことを窺わせるに足るものというべきである。
(四) 前認定のとおり、原告は、父洪南祥が昭和二七年頃から継続してきたパチンコ営業を昭和三五年頃に引き継ぎ、昭和三八、九年頃には一億円以上を投資して、隣接地の取得、店舗の新築を行なつたものである。さらに、証人中野政次郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告の店舗は台東区上野四丁目に位置し、国電上野駅、御徒町駅の直近ではないものの、そ中間の繁華街の中にあるため、立地条件としては相当に恵まれており、原告は、右店舗において昭和四六年までパチンコ営業を続けたことが認められる。もつとも、その後原告がスポーツ用品の販売業に転業したことは当事者間に争いがなく、原告本人尋問の結果によれば、転業時に原告は店舗のあつたビルを売却した事実が認められるが、右本人尋問の結果によれば、売却した相手は、原告及びその親族が発起人となつて設立し原告が代表者となつた大徳商事という会社であつて、原告と無縁の第三者ではなく、さらに、同様の人的構成によつて同じ時期に設立された株式会社太平洋スポーツが右大徳商事から店舗を賃借して、従前のパチンコ店においてスポーツ用品の販売業を営んでいることが認められ、右認定事実に照らすと、パチンコ店からスポーツ用品店への転業がパチンコ店の経営不振による負債返済のためであることには少なからぬ疑問がある。以上を総合すると、少なくとも昭和三九、四〇年頃の原告のパチンコ営業は、繁華街に所在するパチンコ店としての通常程度の利益をあげていたと推認するのが相当であり、これに反する証人金容採、同洪敦造及び原告本人の各供述部分は措信し難い。にもかかわらず、前記甲号証による売上金額八、四三〇万一、七五六円を前提として、これから原告主張の景品代七、四九一万六、四四四円、推計一般経費六八七万〇、五九三(右売上金額に後記の同業者の一般経費率〇・〇八一五を乗じたもの)及び争いのない特別経費合計一、八二万二、〇六四円を減算すると、昭和三九年分は約一、〇〇〇万円の欠損となつてしまうので、右売上金額八、四三〇万一、七五六円の正確性には疑問がある。
以上の諸点に照らすと、原告がその主張の昭和三九年分売上金額八、四三一万二、〇二六円の根拠とする前記甲号証の記載はたやすく信用し難いものであり、他に右主張額が正確であることを認めるに足りる証拠はない。したがつて、同年分の売上金額についても推計によつて算定するほかないものというべきである。
四 推計の合理性
1 原告は、昭和三九年分の売上金額の算定につき、被告が当初不正確で信用できないとした原告主張のパチンコ景品代を、後になつて援用して推計の基礎とすることは不合理であると主張する。
しかし、被告が援用している昭和三九年分のパチンコ景品代は原告が本訴提起後に主張している七、四九一万六、四四四円であり、他方、前掲乙第一〇号証及び証人坂田外与次、同大和誠一郎の各証言によれば、被告が当初不正確であるとした昭和三九年分のパチンコ景品代は、右七、四九一万六、四四四円ではなく、原告が原処分調査時に被告担当官に提示した仕入額六、七二七万七、六〇〇円であつたことが認められる。そうすると、原告の主張は前提を誤つたもので理由がないというべきである。
2 原告は、昭和三九年分の売上金額について、原告が主張する実額八、四三一万二、〇二六円の正確性を否定しながら、右売上金額と同様に売上伝票、景品売上控等を整理して算出した景品代の主張額七、四九一万六、四四四円だけを採用するのは不合理であると主張する。
しかし、原告主張の売上金額を採用し得ない理由は前記のとおりである。
これに対し、景品代については、前掲乙第一〇号証及び証人坂田外与次、同大和誠一郎の各証言によれば、(一)原告が原処分調査時に被告担当官に提示した昭和三九年分のパチンコ景品の仕入先別の仕入額月別一覧表によると、買掛による仕入先は一二店で仕入金額合計は六、七二七万七、六〇〇円、大口仕入先である金子製菓からの仕入額は四、〇九五万三、九七九円、また小西商店からの仕入額は三三三万〇、七〇〇円と記載されていたこと、(二)一二店のうち右両店からの仕入については反面調査をすることができたが、調査結果によると、金子製菓からの仕入実額は四、三六三万五、九九六円、小西商店からのたばこの仕入実額は三四一万八、九〇〇円であり、小西商店からは菓子の仕入も若干あつたが、これについては調査できなかつたこと、(三)また、原告の前記一覧表の仕入額のなかには一月から三月までの現金による仕入が記載され、その金額は合計約三〇万円であつたこと、(四)四月以降も同程度の現金による仕入があると思われたが、その記載はなく、原告からも特別の説明はなかつたこと、以上の各事実が認められる。
そうすると、右一覧表に記載された金子製菓からの仕入金額四、〇九五万三、九七九円が同店からの仕入実額に占める割合は〇・九三八五、小西商店についてのそれは〇・九七四二となる。そして、一覧表記載の仕入金額合計六、七二七万七、六〇〇円を右両者の算術平均値〇・九五六四で除すると七、〇三四万四、六二五円、加重平均値〇・九四一一で除すると七、一四八万八、二五八円となる。さらに、四月から一二月までの現金による仕入をそれ以前三か月と同じく月平均一〇万円とみて九か月分九〇万円をこれに加算すると、七、一二四万四、六二五円又は七、二三八万八、二五八円となる。
してみると、原告の自認するパチンコ景品代七、四九一万六、四四四円はこれと近似する数値であるから、一応の正確性があると認められ、他に適切な資料もない本件においてこれを売上原価として採用することには合理性があるというべきである。なお、原告が右主張の景品代の根拠としているのは景品出入日表(甲第八号証の一ないし一〇)であり、売上金額の根拠としているのは振替伝票(甲第二号証の一ないし二八、甲第三ないし第七号証の各一、二、甲第一九、第二〇証)であつて両者は同一の伝票に記載されているものではないから、原告主張額のうち売上金額の正確性を否定して景品代の正確性のみを認めてもなんら矛 するものではない。
3 原告は、パチンコ業は地域較差の極めて大きい業種であり業者ごとに営業形態も相違し売上原価率も一定しないから、これをもつてパチンコ景品代から売上金額を推計することは一般的に合理性がない旨を主張する。
しかし、パチンコ業についても、立地条件、営業規模等の類似する業者を抽出し、その営業実績を平均化すれば、各業者ごとの営業形態の相違に基づく特殊事情は右平均値のなかに捨象され、一応の普偏性を担保され得るものであるから、右同業者の平均売上原価率を用いて推計すること自体を直ちに不合理とはいえない。
4 また、原告は、被告が抽出した同業者数が僅少であること等の理由を挙げて本件推計で用いられた同業者率が合理的でない旨を主張する。
証人鈴木正美の証言により真正に成立したと認められる乙第一号証、同乙第二号証の一ないし三、証人中川和夫の証言により真正に成立したと認められる乙第三号証の一ないし三、証人麻喜力の証言により真正に成立したと認められる乙第四号証の一ないし三、証人宇井磯雄の証言により真正に成立したと認められる乙第五号証の一ないし三、成立に争いのない乙第一二ないし第一四号証、証人鈴木正美同中川和夫、同麻喜力及び同宇井磯雄の各証言並びに弁論の全趣旨によれば、(一)前認定のように原告店舗が保有するパチンコ機械の台数が約二九〇台であり、営業規模が比較的大であると認められたので、東京国税局長は、パチンコ業を主たる事業とし、兼業にかかる部分を除いた昭和三九年分及び昭和四〇年分の売上金額が各年分において、一、〇〇〇万円以上の個人の青色申告者及び青色申告者と同程度の記帳があり実額調査を行なつた者を抽出するという基準を設定したこと、(二)しかし、原告の納税地を管轄する下谷税務署管内には右抽出基準に該当する者が昭和三九年分は一業者、昭和四〇年分は二業者しかなかったため、前認定のような繁華街に位置するという原告の立地条件に照らしこれと同様の繁華街を管轄する豊島、淀橋及び芝の各税務署管内のパチンコ業者で右抽出基準に該当する者を対象的に加えたこと、(三)右各税務署の係官は右抽出基準に該当する業者全員を無作為、機械的に抽出し、これについて売上金額、売上原価、一般経費を調査したところ、その結果は昭和三九年分について別表一の
右認定によれば、東京国税局長が設定した抽出基準は繁華街に位置し営業規模が比較的大きいという特質を有する原告店舗に類似する個人の同業者を広く抽出しようというものであるから、抽出基準として合理的であり、また、抽出作業に恣意が介在しなかつたことも明らかである。さらに、抽出された同業者の数は、昭和三九年分が六業者、昭和四〇年分が八業者(但し、後述のとおり別表二のBの業者を除外する場合には七業者となる。)であつて、各自の個別性を平均化するに足りるものということができ、特定の業者の特殊事情だけが反映される懸念がある程に対象者数が少ないということもない。もつとも、別表二のBの業者は昭和三九年分の売上金額が抽出基準である一、〇〇〇万円に達しなかつた昭和四〇年分の売上金額は二、六六二万二、一一〇円にもなつたというのであるが、このようなことは極めて異例であり、通常みられぬなんらかの特別の事情の存在を疑わしめるものであるから、右業者を同業者率算出のための対象者とすることは相当でなく、これを対象者から除外すべきである。
そこで、右別表二のBを除くその余の同業者につきそれぞれの売上金額、売上原価、一般経費の金額に基づいて計算すると、昭和三九年分の各自の売上売価率及び一般経費率は別表一の
5 原告は、原告の店舗は立地条件に恵まれず、客の入りを良くするために玉と景品の交換率を客に有利にしたり、設備投資をしたが、業況は好転せず、昭和四五年には店舗を売却して転業した等の特殊事業があるのに、これらを考慮しない推計は不合理である旨を主張する。
しかし、原告の店舗が繁華街にあるパチンコ店として特に立地条件に恵まれていないと認めるに足りる的確な証拠はなく、右立地条件のために他店より業績が不良であつた旨の証人金容採、同洪敦造の各証言及び原告本人尋問の結果はたやすく採用し難い(スポーツ用品の販売業への転業をもつて直ちに業況不良のためであつたとすることに疑問があることは前記のとおりである。)。また、原告店舗において本件係争年当時他の同業者で連常行なわれる程度を超えた特段のサービスや設備投資等をしたとの事実を認得る証拠もない。それゆえ、原告店舗には前記同業者率を適用することを不合理ならしめるような特殊事項が存在したものということはできず、原告の主張は採用できない。
五 昭和三九年分総所得金額
1 営業所得
原告が本件訴訟において主張するパチンコ景品代七、四九一万、六、四四四円は、前認定のとおり一応の正確性もあり、売上原価として採用するに足りるものである。
そして、右売上原価七、四九一万六、四四四円を別表一の同業者の売上原価率の算術平均〇・六八五六で除した一億〇、九二七万一、三五九円が売上金額と認められる。また、右売上金額一億〇、九二七万一、三五九円に別表一の同業者の一般経費率の算術平均値〇・〇八五を乗じた八九〇万五、六一五円が一般経費と認められる。
そうすると、事業所得の金額は、右売上金額一億〇、九二七万一、三五九円から右売上原価七、四九一万六、四四四円、右一般経費八九〇万五、六一五円及び争いのない特別経費として雇人費七四四万九、五二〇円、減価償却費一六万六、八〇四円、娯楽施設利用税六一万九、八〇〇円、支払利息二〇五万円、パチンコ機械廃棄損失一五三万五、九四〇円を減算した一一、三六二万七、二三六円となる。
2 右事業所得金額一、三六二万七、二三六円に争いのない不動産所得の金額六六万七、四三六円及び譲渡所得の金額八万五、〇〇〇円を加算すると、原告の昭和三九年分の総所得金額は一、四三七万九、六七二円と認められ、本件更正処分における総所得金額九七四万六、九〇四円はその範囲内である。
六 昭和四〇年分総所得金額
1 事業所得
昭和四〇年分の事業所得については、昭和三九年分の場合と異なり、売上原価についても信頼できる金額が判明しない。したがつて、前認定の昭和三九年分売上金額一億〇、九二七万一、三五九円を基礎として、これに当事者間に争いのない昭和三九年分娯楽施設利用税六一万九、八〇〇円に対する昭和四〇年分娯楽施設利用税七〇万八、〇〇〇円の割合一・一四二三を乗じて昭和四〇年分の売上金額を一億二、四八二万〇、六七三円と推計した被告の方法は、他に合理的な推計方法が認められず、かつ、原告の両年の業況に著変があつた等特段の事情の主張立証のない本件においては、なお合理性を失なわないということができる。即ち、娯楽施設利用税は娯楽施設の利用料金を課税標準として課されるものであり、その税額の増減はおおむね売上金額の増減に対応するものと推定されるからである。
右売上金額一億二、四八二万〇、六七三円に別表二の同業者(但し、別表二のBは除く)の特別経費控除前所得率の算術平均値〇・二四一八を乗ずると、特別経費控除前所得金額は被告主張を上まわる三、〇一八万一、六三八円となる。
そこで、右の範囲内である被告主張の特別経費控除前所得金額二、八七二万一、二三六円から、争いのない雇人費用六六九万六、六〇三円、減価償却費一六万六、八〇四円、娯楽施設利用税七〇万八、〇〇〇円、支払利息二四〇万円及びパチンコ機械廃棄損失一五六万〇、六二五円を減算すると、昭和四〇年分の事業所得の金額は一、七一八万九、二〇四円となる。
2 右事業所得の金額一、七一八万九、二〇四円に争いのない不動産所得の金額八三万八、四四〇円を加算すると、原告の昭和四〇年分の総所得金額は一、八〇二万七、六四四円と認められ、本件更正処分における総所得金額は一、六四二万三、八五八円はその範囲内である。
七 以上のとおり、本件各更正処分には所得を過大に認定した違法はなく、また、原告が主張するその他の違法もない。よつて原告の請求をいずれも棄却し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 佐藤繁 裁判官 川崎和夫 裁判官 岡光民雄)
別表一(昭和三九年分)
<省略>
注 右表の氏名欄にAないしFの記号をもって表示した納税者は、それぞれ下谷、豊島、淀橋及び芝の各税務署管内において個人でパチンコ業を営む者のうち、売上金額が一、〇〇〇万円以上の者であるが、豊島、淀橋及び芝の税務署管内のパチンコ業者を含めた理由は、原告の納税地を管轄する下谷税務署管内における個人のパチンコ業者のうち売上金額が一、〇〇〇万円以上であり、収支計算が明らかな者が僅少であるので、原告の立地条件と同様に盛り場を管轄する右三署のパチンコ業者をも対象者としたためである。
別表二(昭和四〇年分)
<省略>
注 右表の氏名欄にAないしHの記号をもって表示した納税者についての説明は、別表一の注と同様である。