東京地方裁判所 昭和44年(行ウ)54号 判決 1970年1月19日
原告
金川錬作
外二五名
右補助参加人
<別紙参加人目録―略>
以上原告・補助参加人ら代理人
安田叡
外六名
被告
東京都中野区長
上山輝一
代理人
金末多志雄
外五名
主文
原告らの請求を棄却する。
訴訟費用中参加によつて生じた部分は参加人らの負担とし、その余の部分は原告らの負担とする。
事実《省略》
理由
第一本案前の抗弁について。
(一) 本訴請求の趣旨は、「被告は別紙図面表示の黄線で囲まれた土地を京成電鉄に対して売り渡してはならない。」というのであるが、本件訴訟が地方自治二四二条の二第一項一号の規定に基づく差止めの請求であること、原告らの主張自体に徴して明らかであるから、右請求の趣旨は、単に売買契約を締結することのみの差止めにとどまらず、当該売買契約の執行―つまり、右土地の所有権を移転すること―そのものの差止めを求めることにあるものと解するが相当である。
ところで、原告らが本訴において主張するいわゆる三者契約の成立を停止条件とする売買契約がいつ締結されたか、また、被告のいう昭和四四年三月二七日付の売買契約がその主張のごとき内容のものであるかどうかについては、争いの存するところであるが、少なくとも、右土地の所有権が京成電鉄へ移転するのは、いわゆる三者契約の成立を停止条件とするものであること、しかるに、いまだかかる契約の成立した事実はなく、すでに京成電鉄によつて売買代金が完済されているとはいえ、それは、先給付の特約に基づくものとしてなされたにすぎないこと、いずれも、被告の認めて争わないところであるから、右土地の所有権が京成電鉄へ移転することの差止めを求める本件訴えは、被告主張のごとく昭和四四年三月二七日付売買契約の成立によつてその利益を喪失するものではないといわなければならない。したがつて、この点に関する被告の抗弁は、排斥すべきものとする。
(二) また、原告山田音治の訴えの適否について判断するのに、<証拠>によれば、監査請求者の中に、「山田音治」なる者はなく、右原告と同一の肩書住所を表示した「山田乙治」という氏名が認められるが、同原告は、当初「山田乙治」として本訴を提起したところ、その後にいたり、これを「山田正悟」と改め、さらに「山田音治」と訂正したこと、本件記録に徴して明らかであるから、監査請求をした右「山田乙治」は、原告「山田音治」の誤記で、両者は同一人物であると認めるのが相当であり、該認定に反する証拠はない。したがつて、右原告の本件訴えは、監査請求前置の要件において欠けるところがなく、これを不適法として却下を求める被告の抗弁は、採用の余地がないものというべきである。
第二本案について。
原告らが中野区の住民であり、被告が京成電鉄と中野区の公有財産たる本件跡地を同社に売却する旨の契約を締結し(但し、その日時、経緯、目的等の点は、除く)、原告山田音治を除くその余の原告らが該契約の執行を差し止めるべく、それぞれ三次にわたり、中野区監査委員に対して調査の請求をしたことは、いずれも、当事者間に争いがなく、また、原告山田音治が右の監査請求者の中に加わつていたことは、前叙認定のとおりである。
ところで、原告らは、被告と京成電鉄との間に昭和四三年九月二八日いわゆる三者契約の成立を停止条件とする売買契約が締結されたと主張し、そのことを前提として、該契約自体の違法を攻撃し、その執行の差止めを求めるものであるが、後掲各証拠によれば、原告らの主張する日には両者の間にいかなる契約も締結された事実はなく、却つて、いわゆる三者契約の成立を停止条件とする売買契約は、被告と京成電鉄との間に取り交わされた、中野区が本件跡地を京成電鉄に対して代金3.3平方メートル当り四二万二、四〇〇円で売り渡す旨の昭和四三年九月二七日付覚書の趣旨が、第五六号議案として、昭和四三年第四回中野区議会定例会の本会議において可決されたところから、昭和四四年三月二七日、あらためて、被告が京成電鉄と、本件跡地のうち道路部分を除く5,638.50平方メートル(別紙図面表示の黄線で囲まれた部分)を右と同一単価で売り渡すことを確認する意味で、締結したものであり、原告らの挙示する甲第一号証の土地売買契約書(案)概要には、「昭和四三年九月二八日」なる日付が記載されているが、右書類は、その標題および体裁等からみて明らかなように、総務財政委員会における第五六号議案審査の資料として作成、配布されたものであつて、その内容は、被告が将来京成電鉄と締結すべき売買契約の案の骨子にすぎず、日付欄も、空白のままになつていたのに後日誰かの手によつてほしいままに右のごとく記入されたと推認するのが相当であるから、これをもつて原告らの主張事実を裏付ける資料とはなしえない。それ故、原告らの右主張は、それ自体としては、必ずしも当をえたものとはいい難いが、本訴請求原因は、これを全体としてみれば、前記認定に係る昭和四四年三月二七日付のいわゆる三者契約の成立を停止条件とする売買契約の違法を攻撃するものと解しうる余地があるので、以下、原告らの右主張をかように理解したうえで、その当否についての検討を進めることとする。
まず、本件跡地が、中野区の公有財産たる広大な更地であり、しかも、国鉄中野駅南口商店街に隣接していて、中野区将来の発展にとり極めて重要な土地であること、その利用については、地元住民から種々の要望が出されており、特に、原告らの結成する「南口商店街桃商会」や都道二六号線拡幅に伴う立退対象者によつて結成されている「道路拡張対策協議会」は、住宅公団によるショッピングセンター、代替店舗の建設を請願していたこと、ところが、被告は、本件跡地を中野郵局舎建設用地として売却されたい旨の東京郵政局長からの申出を受け容れ、昭和四三年六月一〇日には、東京郵政局長と京成電鉄との間に、郵政省は旧下谷郵便局舎敷地を3.3平方メートル当り七五万六、九二〇円で京成電鉄の下谷一丁目六番の六ほか二一筆の土地および「別に郵政省が指定する土地」と、前者の土地については3.3平方メートル当り五二万一、七三〇円、後者の土地については「物件が確定したうえで定める。」約で、昭和四三年九月三〇日を目途として交換する旨の甲第二号証の覚書が、続いて、同年九月二七日付で、郵政省が京成電鉄に対して別に指定する右の土地が本件跡地であり、また、同土地の価額は、3.3平方メートル当り四二万二、四〇〇円とする旨の甲第四号証の覚書が取り交わされ、同日、被告と東京郵政局長との間に中野区は郵政省に対し本件跡地を中野郵便局舎および郵政職員住宅建設用地として、代金3.3平方メートル当り四二万二、四〇〇円で払い下げるが、郵政省が本件跡地を「取得するのための前提手続きとして、京成電鉄をして、乙(被告)より、本件土地の買入れをさせ、甲(東京郵政局長)の所有する他の物件と本件土地を、別に添付する条件をもつて、交換による同会社より取得するものとする。」との甲第三号証の覚書が作成されたことは、いずれも、当事者間に争いがない。
さらに、<証拠>によると、次の事実を認めることができる。すなわち、昭和三六年東京都市計画事業の一環として、国鉄中野駅を中心とする都道二六号線が南北二五〇メートルにわたり拡幅され、これに伴い、南口地域だけでも約四〇所帯の立退きが余儀なくされることとなつたところから、地元住民は、中野区当局に対しその対策方につき再三にわたり陳情・請願に及び、ここに、被告の諮問機関として区議会内に中部地区開発委員会が設置され、この問題につき中野駅周辺の再開発という見地から審査を重ねた結果、区役所庁舎を旧警察大学校敷地に移築し、それに隣接して大通りに面した地区に公団による高層の店舗併用住宅を建設する方策を打ち出し、その用地払下げの交渉を進めてきたが、昭和四一年二月一六日にいたり、区役所新庁舎の用地払下げのみが認められて立退対象者らのための店舗併用住宅の用地払下げは不許可となつた。そこで、前叙のごとく、立退対象者らから本件跡地にショッピングセンター、代替店舗の建設を望む請願が出されるにいたつたのであるが、被告は、本件跡地の利用方法につき、これを他にできるだけ高い価格で売却し、その売得金をもつて三八万区民全体の福祉に寄与し、しかも、地元南口地域の発展につながるような施設の新設・整備を図ること、そして、そのためには、売却の相手方は、国、公共団体又は公共的団体とするとの処分方針を建て、この方針に従つて、まず、公共団体の手によるマーケット併設の高層共同住宅建設の実現を図るべく、昭和四一年一二月ころ東京都住宅供給公社と、また、昭和四二年八月ころ日本住宅公団と交渉したが、いずれも、被告が予定していたよりかなり低い価格で買い受けるのでなければ採算がとれないという理由で断わられるにいたつた。ところが、昭和四二年一二月一四日付の文書をもつて、前叙のごとく、東京郵政局長から本件跡地の一部を中野郵便局舎建設用地として売却されたい旨の申出であり、その理由とするところは、現在の中野郵便局舎が狭隘でかつ老朽化していて、このままでは増大する郵便業務の処理が困難であるが、現在の場所は、住居地区に指定されているため、予定の建物が建てられず、また、場所的にも、中野区の中心部をはずれた東端寄りに位置していて区民の利用に不便であるので、是非本件跡地の道路沿いの部分四、〇〇〇平方メートルを譲り受けたいとのことであり、被告としても、その必要があり、しかも、中野郵便局舎の出現は、郵政サービスの向上によつて区住民の福祉に寄与するものであると認め、さらに、前記処分方針の趣旨をいかして南口商店街における購買力の増大と地元住民の利益を図るため、譲渡するとすれば、本件跡地の一部ではなく全部であること、また、郵便局舎には必ず郵政職員の住宅を併設することの二条件を持ち出し、それと併行して、区有財産処分に関する中野区の慣例に従い、財団法人日本不動産研究所に対し本件跡地の売買価格の鑑定を依頼し、昭和四三年二月九日時点における売買価格は3.3平方メートル当り三三万九、九〇〇円であるとの結果を得、東京郵政局側と交渉を続け同年八月半ばころ、両者の間に、中野区は本件跡地全部を代金3.3平方メートル当り四二万二、四〇〇円で郵政省に売り渡し、郵政省はその上に郵便局舎のほか三〇〇所帯を収容する職員住宅を建設する旨の了解が成立するにいたつた。ところが、同年八月三一日にいたり、郵政局側より前叙のごとく、東京郵政局長と京成電鉄との間に同年六月一〇日付の覚書が取り交わされているので、本件跡地を同覚書にいう「別に郵政省が指定する土地」として、いつたん京成電鉄に取得させてもらいたい旨の要請があり、被告としては、かように複雑な方法を避け、あくまでも直接郵政省に売り渡すことを強く主張したが、郵政省側から、限られた予算をもつて用地を効率的に調達するには、単価の高い老朽・狭隘局舎の敷地と、単価は比較的低いが面積の広い土地とを交換する方法による必要があること、また、現実に七億五、〇〇〇万円を支払うだけの予算の余裕がないこと等をあげて、同省の意図する方法に協力されたい旨を懇請されるに及び、やむなくこれを承諾し、念のために、東京郵政局長と京成電鉄との間に前記同年九月二七日付の覚書を作成させ、該覚書を確認したうえで、同日、あらためて東京郵政局長と前記の覚書を取り交わしたこと。その間、本件跡地の処分問題は、庁舎移築の問題とともに、区議会内に設けられた庁舎建設特別委員会において継続審査に付されていたが、被告ら区の理事者は、同委員会に対し、本件跡地の処分については、「爾後議会側とよく連絡をとつてその都度報告する。」とか、「本件跡地は公共機関又はこれに準ずるものに売りたいと考えている。切り売りをするようなことはしない。」程度の応答をしてきたが、前叙のごとく関係三者の間にそれぞれ覚書が成立するにいたつたので、昭和四三年九月三〇日の第三回定例会に「財産の処分について」と題する「本件跡地を東京郵政局中野郵便局舎等建設用地とすることを目的として予定価格七億五、二八三万四、五六〇円をもつて売払いの方法により処分したい。」との第四八号議案を提出し、同議案は、総務財政委員会に付託されたが、庁舎引越しの日時が迫まつていた等の事情から、同年一〇月七日の委員会で継続審査とすべき旨の決定がなされ、本会議が開かれないまま廃案となり、次いで、同年第四回定例会に第五六号議案として右案件を提出し、総務財政委員会において、同年一一月一八日から審査に入り、事案の重要性と議案・請願の採否が二者択一の関係にあることに鑑み、さきに同委員会に付託されていた前記「南口商店街桃商会」、「道路拡張対策協議会」およびその余の地元住民らの各請願と併行して審査することとなり、同月二二日各請願人らの代表者を呼んでその趣旨の説明を聞き、また、同月二五日区側から被告と東京郵政局長との前記覚書および同局長と京成電鉄との間に取り交わされた前記覚書が、また、同年一二月一六日甲第一号証の土地売買契約書(案)概要が資料として提出されたところから、右議案につき、東京郵政局の建築部管財課長補佐久保田栄治および京成電鉄の不動産部計画調査課長鈴木操を呼んで事情を聞き、随意契約の点についても被告らから説明を求め、同年一二月二五日まで約一か月間にわたり審査を続けた結果、将来京成電鉄と売買契約を締結するにあたつては郵政省を加えた三者契約の方法によることという条件付で、賛成多数をもつて可決すべきものと決定され、同年一二月二七日の本会議では、一部議員から審議打切りの動議が出され、賛成討論、反対討論が終つて採決の段階になつたとき、十数名の傍聴人が議長席に押しかけ、議場は混乱に陥り、遂に警察官導入という異常事態をみるにいたつたが、ともかくも、採決は、警察官が引きあげた後、平静裡に行なわれ、記名投票の結果、賛成三〇票、反対一〇票をもつて可決され、これに伴い、前記「南口商店街桃商会」の請願は、不採択とみなされるにいたつた。そこで、被告は、冒頭叙説のごとく、右議決の趣旨に基づき、昭和四四年三月二七日、東京郵政局長を立ち会わせたうえで、京成電鉄と、道路廃止処分の手続が遅れていたために、本件跡地のうち道路部分を除く5,638.50平方メートルを代金七億二、一七二万八、〇〇〇円(単価はさきに同じ。)で、被告・京成電鉄・郵政省の三者間に前記各覚書の趣旨を一体としたいわゆる三者契約の成立を停止条件として売り渡す旨の契約を締結したこと。しかして、同契約には、その六条一項として、土地所有権は中野区から郵政省に移転するものとする旨の規定が設けられており、また、本件跡地から除外された前記道路部分243.01平方メートルについては、その着替工事が完了した暁、これを右と一の単価で中野区より直接郵政省に売り渡す旨の覚書が作成されていること。その後、継続審査となつていた前記「道路拡張対策協議会」の請願は、昭和四四年二月一八日取下げの申出があり、同年三月七日第二回定例会の本会議で右取下げの申出が承認され、また、その余の前記請願のうち、高層都営住宅の建設に関するものは、総務財政委員会で同年二月三日不採択とされ、昭和四四年二月五日の本会議においても不採択と決定され、保育園建設に関するものは、区民厚生委員会で不採択とされ、昭和四四年三月七日の本会議においても不採択と決定されたが、遊び場の設置に関するものは、建設委員会に付託され、昭和年第二回定例会において採択と決定されたこと。なお、前記議決に伴い、被告は、昭和四三年度一般会計の歳入として財産収入七億五、二八三万四、〇〇〇円、歳出として積立金同額の予算を編成し――もつとも、右歳入・歳出金額は、その後京成電鉄に関する売渡土地の面積が減少したことにより、右道路部分の代金額に相当する三、一一〇万六、五六〇円の減少を来たすこととなつた――同年度中に京成電鉄に対して売買代金の納入通知書を交付し、京成電鉄から昭和四四年三月三一日と同年四月三〇日の二回にわたつて代金全額七億二、一七二万八、〇〇〇円の支払いを受け、右歳入をもつて区民体育館、社会教育センター、区立幼稚園、小学校体育館の各新設、出張所の改築、公共施設用地先行取得のための用地基金の設置等を決定し、これらの施策を実施すべき内容を含む昭和四四年度当初予算を編成したことを、それぞれ認めることができ、右認定を左右するに足りる的確な証拠はない。
そこで、(一)まず、被告が昭和四四年三月二七日京成電鉄と締結したいわゆる三者契約の成立を停止条件とする売買契約が地方自治法施行令一六七条の二第一項一号にいう「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するかどうかについて判断する。
地方自治法は、地方公共団体がその公有財産を売却するにあたつては、原則として、一般競争入札の方法によるべき旨を規定している(二三四条参照)のであるから、同法施行令一六七条の二第一項が例外的に随意契約の方法によりうる場合として列挙している「……その他の契約でその性質又は目的が競争入札に適しないものをするとき」という一号の条項も、厳格に解することを必要とするのはいうまでもない。ところで、売買がここにいう「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するかどうかの判断は、単に当該公有財産の種類、用途、規模等だけによつて抽象的、画一的になしうるものではなく、これらの要素に応じて処分の公正をそこなわないのはもとより、それが住民全体の福祉に寄与しうることになるかどうかという観点から、各具体的事案につき客観的に決定すべきであつて、いやしくも、かかる観点に立つことなく、ほしいままに予め特定の相手方を選定し、これとの間につくり上げられた話合い等による既成事実を基礎として事を決するがごときことは、許されず、また、同条の規定に反する違法な売買契約は、たとえ後に議会の議決がなされるとしても、そのことの一事によつて有効な契約となりうるものではない(最高裁昭和三七年三月七日大法廷判決、民集一六巻三号四四五頁参照)。
しかして、或る公有財産をいかに利用するのが住民全体の福祉に寄与しうることになるかは、当該公有財産がその地方公共団体にとつて重要なものであればあるほど、人によつてその見解の異なつてくることは否定しえないところであるが、本来それは、政策決定の問題であるから、終局的には政治を担当する地方公共団体の長の自由な政治的裁量にまかされているところであり、したがつて、右にいう売買が「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当するかどうかの判断も、所詮、長の政治的裁量の適否の判断に帰するものというべきである。しかも、行政庁の自由な政治的裁量に関しては、行政責任の原則からいつても、また、司法権の性格およびその本来的機能に鑑みても、裁判所としては、その裁量権の行使が住民全体の福祉の増進という政治目的を逸脱して権限の濫用若しくは踰越に該当し、または、裁量権の範囲内にとどまるとしても、著しく不公正にわたる場合に非ざる限り、これに介入することは許されず、右の限度に達しない裁量権行使の誤りは、当不当の政治的責任の問題として、行政権の内部における解決によらしめるべきものと解するのが相当である。
いま、これを本件についてみるのに、原告ら地元住民、特に、都道二六号線の拡幅に伴う立退対象者らが、本件跡地に住宅公団の手によるショッピングセンター、代替店舗の建設を要望するのは、その請願の出されるにいたつた前叙のごとき経緯に徴し、諒とするに足りるものはあるが、被告の樹立した前記処分方針は、東京都住宅供給公社および日本住宅公団の応諾が得られなかつたことによつて、これを右要望にそうよう運用する運びにいたらなかつたとはいえ、それ自体としては、地元住民の要望と相容れないものではないばかりでなく、もともと、広大な公有財産たる本件跡地を一般競争入札によつて切り売りすることを避け、公共的機関に随意契約の方法によつて一括売却することは、国有財産に関する予算決算及び会計令九九条の趣旨に徴しても、また、三八万中野区民全体の福祉の増進を図るという政治目的からみても、あえて、被告に与えられた裁量権の範囲を逸脱しまたは著しく不公正にわたる違法な行為とは到底考えられない。むしろ、問題は、被告が京成電鉄なる一私企業に対して本件跡地を売却する旨の契約をこれと締結したことにあるものというべきであるが、前記認定に係る右売買契約の締結にいたるまでの経緯、その間に東京郵政局長と京成電鉄、被告と東京郵政局長とで取り交わした覚書および右契約の各内容、特に、本件跡地の道路を除いた部分を中野区が京成電鉄に売却する代金の単価と京成電鉄がこれを郵政省の土地と交換する際の評価額の単価とが同一であること、右土地所有権が京成電鉄へ移転するにはいわゆる三者契約の成立が停止条件となつていること、右契約と本件跡地から除外された前記道路部分についてその後被告と東京郵政局長との間に作成された覚書によつて、本件跡地全部の所有権が中野区から直接郵政省へ移転されるようになつていることからみて、本件跡地は、あくまでも、中野郵便局舎および郵政職員住宅の建設用地として郵政省に売却されるものであつて、その取引に京成電鉄が介在しているのは、単に郵政省側の予算上の要請から案出された本件跡地取得のための便法としての意義を有するにすぎないものであるから、これによつて、右売却の趣旨は、いささかもそこなわれるものではないというべきである。そして、また、前記認定の事実関係のもとにおいては、本件跡地を右のごとき目的で郵政省に売却することの合理的理由ないし公共性は一応首肯しうるのみならず、右の取引に京成電鉄が介在しているとはいえ、いわゆる官商結託のごとき弊害の生ずる余地があるものとはいえず、さらに、後記叙説のような売買価格等に関する事情をも考慮すれば、原告ら主張のごとく、本件跡地の処分に関する一連の行為のうちで、被告が京成電鉄と締結した売買契約のみに着目するとしても、かかる契約を締結した被告の裁量権の行使に違法の瑕疵があるものとは認められず、同契約は、もとより官庁相互の直接取引の形式を踏んではいないが、前記施行令の規定の趣旨に反することなく、なお、同条項所定の「その性質又は目的が競争入札に適しないもの」に該当して随意契約によることが許されるものというべきである。
なお、中野区契約事務規則(昭和三九年四月一日規則第二三号)は、昭和四四年三月一七日削除されたこと、<証拠>によつて明らかであるから、同規則三八条の違反をいう原告らの主張は、失当たるを免れない。
(二) 次に、本件跡地の売買価格の点について判断する。
本件跡地のごとき駅前商店街の中心部を形成する一団の広大な更地で、中野区発展にとり極めて重要な土地を適正に評価することは、必ずしも、容易な業であるとはいい難く、使用目的・方法が異なり、将来に対する展望が相違すること等によつて、その結果も二、三になるのは、みやすいところであるが、前叙のごとき一括売却という見地からすれば、被告の決定した売買価格3.3平方メートル当り四二万二、四〇〇円は、それが日本不動産研究所の鑑定の結果たる3.3平方メートル当り三三万九、九〇〇円を八万二、五〇〇円上廻るものであることに思いをいたすと、仮りにそれが道路着替え後の整形地を想定し、かつ、当該工事費用を含めた価格であり、また、それを決定するにあたり京成電鉄と格別の交渉をもたなかつたとしても、少なくとも、前記契約を違法たらしめるほど低廉な価格であるとは到底認められない。
原告らは、甲第二〇号の一、二の評価図に本件跡地の西南隅の地点(映画館通りと大久保通りとの交差点に面する地点)の評価が3.3平方メートル当り九〇万円と表示されていることを挙示して、右売買価格の違法をいうが、同評価図自体にも、本件跡地の東北部分の評価格として3.3平方メートル当り二五万円と表示されており、かつ、奥行が増大すれにつれて地価が逓減するという当裁判所に顕著な事実に徴すれば、原告ら主張の地点評価格をもつて本件跡地全体の売買価格の単価とみることは、当をえないものであるというべく、他に右認定を覆えすに足りる的確な証拠はない。
それ故、本件跡地の売買価格が低廉であることをもつて前記売買契約の違法をいう原告らの主張は、採用の限りでないといわなければならない。
(三) 最後に、前記各請願が誠実に処理されたかどうかについて判断する。
前記認定事実に照らせば、原告ら主張の各請願は、中野区議会によつて、誠実に審議されたものというほかなく、特に、原告らの結成する「南口商店街桃商会」から提出された請願は、前記第五六号議案と二者択一の関係にあつたのであるから、それが同議案の採択により不採択と決定されたものみなされたという一事をもつて右認定を左右する資料とはなし難く、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。
されば、仮りに請願処理の瑕疵によつて前記売買契約の違法をきたすことがあるとしても、右各請願が地方自治の原則および請願法五条に違背して処理されたとして、前記売買契約の違法をいう原告らの主張も、また、採用に由ないものというべきである。
以上の説示によつて明らかなごとく、原告らの本訴請求は、その余の争点についての判断をまつまでもなく、理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九三条、九四条を適用して、主文のとおり判決する。(渡部吉隆 渡辺昭 岩井俊)