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東京地方裁判所 昭和45年(むのイ)780号 決定 1970年11月24日

申立人 大貫新三

決  定

(申立人氏名略)

右申立人から押収物の還付に関する処分に対する準抗告があつたので次のとおり決定する。

主文

本件各請求を棄却する。

理由

(請求の趣旨)

警視庁亀有警察署司法警察員が、別紙目録(一)記載の各物件を株式会社丸井に対し、別紙目録(二)記載の各物件を株式会社有隣堂に対し、それぞれ仮還付した処分を取消す。

別紙目録(一)(二)記載の各物件を大貫剛一もしくは申立人に仮還付する。

(請求の理由)

一、別紙目録(一)記載の物件は大貫剛一が株式会社丸井横須賀店から、別紙目録(二)記載物件は同人が株式会社有隣堂から、それぞれ正当な商取引により買いうけたものであるところ、警視庁亀有警察署司法警察員は右売買が詐欺であると疑い、その証拠として右各物件を別紙各目録摘要欄記載の者から押収し、その後別紙目録(一)の物件を株式会社丸井へ、別紙目録(二)の物件を株式会社有隣堂へ仮還付した。

二、しかし右売買により、株式会社丸井および株式会社有隣堂は所有者ではなくなつており、もとより所持者、保管者、差出人のいずれでもない。したがつて刑訴法一二三条二項所定の資格を有しない者に対してなした右仮還付は違法であるから取消されるべきである。

三、また右仮還付に際し、右司法警察員は、被疑者である申立人の意見を聴いていないが、これは刑訴法一二三条三項に反するから、違法であり取消されるべきである。

四、しかして、別紙目録記載の物件の所有者は買主である大貫剛一であるから、大貫剛一もしくは同人から処分を委任された申立人に対し仮還付されるべきである。

(当裁判所の判断)

一、事実調査の結果によれば、申立人大貫新三は大貫剛一と共謀のうえ、少額の頭金を支払う割賦払いの約ないし代金後払いの約で大量の商品を購入し、これを直ちに質店等金融業者に預けて換金し、その金を元手にしてまた大量の商品を前同様の契約で購入し、前同様の方法で換金しその一部を前の購入商品の代金の弁済に充てるという方法を繰返して利益を得ようと企て、昭和四四年八月初め頃大貫剛一が、大貫新三同席のもとに、株式会社丸井横須賀店契約係星勝に対し、北海産業株式会社社長の肩書ある名刺を差出し、前記意図を秘し、正常な取引を装つて別紙目録(一)記載の商品を含む多数の商品の売買契約を締結して交付させ、また昭和四四年八月中旬頃大貫剛一は株式会社有隣堂において三葉建設株式会社取締役社長山田節夫の名刺を差出して取引を申込み、前記意図を秘し正常な取引を装つて別紙目録(二)記載の商品を含む多数の商品の売買契約を締結して交付させた事実、ならびに警視庁亀有警察署司法警察員は、右大貫剛一および大貫新三の行為が詐欺罪に該当するとの嫌疑のもとに捜査を開始し、その証拠として右各目録記載の物件を同目録摘要欄記載の者から押収し、その後別紙目録(一)の物件を株式会社丸井へ、別紙目録(二)の物件を株式会社有隣堂へ、それぞれ公訴提起前に仮還付した事実が認められる。

二、ところで、大貰剛一等の意図した、右認定の如き代金支払方法は、結局早晩行き詰りを見、支払い不能に陥ることは常識上明らかであるから、売主である株式会社丸井および株式会社有隣堂の販売係員が右の如き申立人等の内心の意図を知り得たならば当然その取引を拒否し、売渡しの意思表示をしなかつたことは明白である。したがつて右大貫剛一等の所為は刑法上も民法上も詐欺に該当し、大貫剛一に対する右各会社係員の売渡しの意思表示は詐欺によるものといいうる。

三、しかるところ、その後同年八月下旬頃、株式会社丸井の係員星および小林の両名が別紙目録(一)記載の物件を含む物件につき直接大貫剛一に対し、売買契約を取消し、これら売渡物件を株式会社丸井において引取ることを申入れ、大貫剛一もこれに同意した事実ならびに昭和四五年一〇月二八日株式会社有隣堂代理人松本昌道から内容証明郵便により大貫剛一に対し別紙目録(二)記載の物件を含む物件の売買の意思表示を詐欺を理由として取消す旨の意思表示がなされた事実がそれぞれ認められるから、右各会社は、それぞれ右各売渡物件の所有者たる地位を回復し右大貫剛一は所有者たる地位を失つたものといわなければならない。

四、したがつて右各会社は刑訴法一二三条二項により前記各仮還付を受けるべき資格を有するものであり、現時点において、前記司法警察員のした仮還付処分を取消すべき理由はない。

五、なお、右仮還付に際し、司法警察員が当時被疑者の地位にあつた申立人の意見をきかなかつたのは刑訴法一二三条三項に違反するとの主張について検討するに、刑訴法二二二条一項により、司法警察員の押収物仮還付処分につき同法一二三条三項が準用されているけれども、意見をきくべきところきかなかつたという程度の瑕疵は通常その処分の有効性を左右するものではないのみならず、そもそも準用とは、適用と異り、性質を同一にする限度で同一に処理され性質が異ればその差異に応じて修正を許すということであるから、当事者対立主義、弁論主義を基調とする裁判手続を予定した総則規定である同法一二三条三項が、密行主義を原則とする捜査手続に無修正であてはめられるものでなく、当事者主義的色彩を要請される段階や程度に応じて準用されるべきものであるから、原則として公判に提出される限りにおいては、同法一二三条三項は、被疑者が同条二項の資格者であるのに当該被疑者および被押収者以外の者から仮還付請求があつたという場合で、しかも押収の事実を被疑者に秘すべき事情のない場合に適用されるべき程度のものと解するのが捜査の密行性と仮還付につき利害を有する被疑者の利益保護との調和上、相当であつて、単に被疑者であるというだけでその被疑事件の証拠として押収されたあらゆる物件の仮還付につきすべて被疑者の意見をきくべきものとすることは、明らかに捜査の法的構造に反し、とることのできない解釈である。しかるところ、申立人は単に大貫剛一の共犯者たる被疑者であるに止り、またその主張するように、申立人が大貫剛一から、同人が所有権者であつた時期に、処分権を委任されていた者であるとしても、所持者、保管者等自ら仮還付を受ける資格者でなかつた以上、右仮還付に際し申立人の意見をきかなければならなかつたものではない。

六、(なお申立人は押収物件以外の物件につき売主たる各会社が自ら持去つた物件について縷々述べているが、これらは捜査官の処分ではないから適法な準抗告の対象となりえないものである。)

七、以上の結果申立人の請求は、いずれも理由がないから、刑事訴訟法四三二条、四二六条一項に従い、主文のとおり決定する。

(別紙目録(一)、(二)略)

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