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東京地方裁判所 昭和45年(ヨ)2259号 判決 1972年3月24日

申請人 宮本幸郎

右訴訟代理人弁護士 田中敏夫

<ほか二三名>

被申請人 株式会社 仁丹テルモ

右代表者代表取締役 森下泰

右訴訟代理人弁護士 浅田清松

主文

1  申請人が被申請人の従業員として労働契約上の権利を有することを仮に定める。

2  被申請人は、申請人に対して、金六〇八〇円および昭和四五年二月二一日以降本案判決確定に至るまで毎月二五日限り一箇月金三万八〇〇〇円の割合による金員を仮に支払え。

3  訴訟費用は被申請人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

一  被申請人が体温計、温度計、注射針および注射筒などの製造並びに販売を目的とする株式会社であること、申請人が昭和四二年四月一日被申請人に雇われ、いらいその東京工場生産一課に勤務してきたこと、申請人が被申請人から昭和四五年一月一三日東京工場生産一課から同工場生産課検定係へ配置転換を命ぜられたが、これに応じなかったことを理由として同月一七日被申請人から解雇する旨の意思表示を受けたことはいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、被保全権利の存否について判断するに、まず、本件配転命令が不当労働行為であって無効であるから、したがって本件解雇もまた無効である旨の申請人の主張について、考察する。

1  申請人の入社後における経歴について

≪証拠省略≫をあわせると、申請人は昭和四二年三月東京都立小石川工業高校機械科を卒業して同年四月被申請人会社に見習い社員として入社し、いらいその東京工場生産一課において勤務してきたもので、昭和四二年一二月作業職八級社員に、昭和四四年一二月には同七級社員に昇格し、本件配転命令を受けた当時においては同課二班の肩出し作業に従事し、同班のリーダー格となっていたが、一方その組合活動としては、同年四月に同課選出の常任委員になるとともに、常任委員会において組合の教育宣伝部長に選任され、いらい教宣活動を推進してきたことが一応認められる。

2  東京工場の組織について

≪証拠省略≫をあわせると、被申請人の東京工場は、体温計の製造工場で、本社の各部と同格の一個の部門として取り扱われ、その内部においては生産課、生産一課ないし三課の計四課が設置されているところ、昭和四五年一月当時同工場に勤務する従業員数は約二五〇名で、伊藤龍治が同工場長代理と生産一課ないし三課の各課長を兼ねて同工場を統轄管理し、田中和彦が生産課長代理として伊藤工場長代理を補佐し、そのほか生産一課および同二課に各主任二名、班長二名が、同三課に班長一名が配置され、それぞれ所管の従業員を実質的に管理、指導する任にあたっていたこと、申請人が所属していた生産一課においては、当時従業員数は約一二〇名で、板垣賢紀、柏瀬久雄が主任の、長崎利章、永見尚治が班長の地位にそれぞれあったこと、同工場の従業員約二五〇名のうち非組合員はわずかに伊藤工場長代理と田中生産課長代理の二名のみで、主任、班長はいずれも組合員であるばかりでなく、当時そのほとんどが常任委員に選出されて組合の執行部を構成していたもので、たとえば右板垣、柏瀬両主任は副委員長の、長崎班長は書記長の地位にあり、さらに委員長であった矢島秀倶も生産二課の班長であったことから、一般の組合員のなかに当時の組合執行部の組合活動の低調さを批判するうごきがあったことが一応認められる。

3  水銀問題とこれに関する組合機関紙の記事について

≪証拠省略≫を総合すると、申請人は前記のとおり昭和四四年四月組合の教育宣伝部長に選任され、いらい教宣活動を推進してきたが、その一環として組合機関紙の発行を企画し、申請人自らが編集責任者、その余の教宣部員六名が編集員となって、同年九月一九日から隔週金曜日に定期的に機関紙「えくぼ」を発行していたこと、東京工場においては、体温計を製造しているので、その原材料たる水銀の取扱に遺漏なさを期することが労使双方の重大関心事であったが、すでに昭和三六年六月約一七〇名にも及ぶ多数の従業員が水銀中毒にかかったといって騒がれた事件があり、その後会社としても水銀の管理対策をすすめてきたものの、必ずしも十分とはいえず、そのためかとくに水銀を詰める作業をする生産三課においては、しばしば体の変調を訴える者があるほか、同課に勤務する従業員約一〇名のうちほぼ半数の者が水銀中毒の予防に意を用い注射をうちながら勤務を継続している状況にあり、さらに生産一課および同二課においても体温計の製造工程において飛散した水銀の処理が万全でなかったりして、会社の水銀管理対策については、つねに従業員の間に不安感が漂い、会社の水銀管理対策が当面を糊塗し、つねに後手に回るようなものであるとして、従業員で会社に不信を抱くものもあったこと、かかる状況のもとにおいて、申請人ら機関紙編集員は「えくぼ」紙上において右水銀管理の問題を積極的に取りあげていくこととし、組合員に右問題についての投稿を依頼するなどして、昭和四四年一一月一四日付発行の「えくぼ」第五号においては「空から水銀……?」の見出しで「東京工場で二・三階の廊下の窓から毎日水銀をばらまいてといったらさぞかし驚くでしょうが、本当の話です。電気掃除機で、床にこぼれた水銀をゴミと一緒に取っていますが、ゴミの方はゴミ袋にたまりますが、水銀の方はかなりゴミ袋をとおって、一部は排出口へ、一部は掃除機の中にたまっていきます。このたまった水銀を毎日窓からばらまいているのです。歌の文句に“世界のいのちを守る~”なあ~んて言ってるけど働く人達の健康なんぞなんのその、このようなこともおそまつな水銀の管理から生じているといえます。組合執行部の方にお願いします。ただちにやめさせて下さい。」との組合員の意見が掲載され、さらに同年一一月二八日付「えくぼ」第六号においては「比重一三・六の恐怖」というタイトルで水銀特集が組まれ、「早期に水銀対策を」、「危険電気掃除機で水銀を」の各見出しのもとに、いずれも現状における会社の水銀管理に不安を訴えつつ、他方具体的な諸対策を列挙してその実現を会社に対し要望する趣旨の組合員の意見が掲載されていたこと、かような「えくぼ」の水銀問題についての掲載記事が大きな反響を呼び、これまでその活動が停滞していた安全衛生委員会が同年一二月九日開催され、同会において水銀管理対策が検討されてダクト(水銀蒸気の吸引装置)の設置など四項目に亘る具体策が立案計画されるに至るや、ただちに次の同年一二月一二日付発行の「えくぼ」第七号においては「環境対策うごきだす~水銀など安全衛生委ひらかる」との見出しのもとに右具体策の内容が詳細に報道されるといった反応を示したこと、しかし、右具体策の立案計画がたてられて半月以上を経過してなおダクト一つが取り付けられない不満を訴えて、同月二六日付発行の同第八号においては「ダクトはまだかいな」の見出しで、水銀管理問題に対処する会社の基本的姿勢に疑惑の眼を向けつつ、さらに会社に万全の処置を要望する旨の組合員の意見が掲載されたこと、組合の機関紙「えくぼ」における右のような教宣活動に対し、当時の組合執行部は、主任、班長という事実上の管理者達にその中核が占められていた体質から、当然に不満を抱き、同月二六日前記のとおり「えくぼ」第八号が発行されるや、これに掲載された組合員の見解ないし要望は会社の努力を無視した一方的な見方でしかなく、かかる記事を流布することはいたずらに従業員の間に不安と混乱を生じさせるものであるとして、教宣部長で「えくぼ」の編集責任者である申請人に申入れをするとともに、同日常任委員会を開催して、機関紙編集については、これを教宣部員にのみ委ねることなく、事前に記事の内容を委員長および書記長が検閲することとする旨を決議して、とかく水銀管理問題をタブー視する傾向にある会社の立場も顧慮する姿勢をとったこと、かくして同年一二月二九日付「えくぼ」号外を発行し、これにおいては、「ダクトはもうすぐ」という見出しで、会社側の担当者から説明があったとして右説明の内容であるダクトの取付工事が遅れた理由や今後の右工事の日程などについての記事が掲載されたこと、このような経緯をへて会社側も従来以上に水銀管理対策に真剣に取組み、ダクトを取付けたり、電気掃除機で飛散した水銀を吸収する際、その効果をより一層高めるため細かくくだいたドライアイスを使用するなどの措置を講じるようになったこと、以上の各事実が一応認められ、右認定を左右し得る疎明資料は存在しない。

右にみてきたとおり当時において会社側の水銀管理対策になお改善の余地がある以上、組合機関紙「えくぼ」がこれを取りあげて会社の水銀管理の改善要求をキャンペーンしていくこと自体まさに労働条件の維持、改善を図るものにほかならないし、また前記掲載記事はいずれも組合員の意見、要望を編集したものであって、その内容自体はいずれも事実を踏まえており、真実を故意に歪曲するものではなく、何ら不当視し得るものではないことがうかがわれるから、申請人の「えくぼ」の編集による教宣活動は正当なる組合活動の範囲内にあるものというべきである。なお、「えくぼ」の前記記事の連載を契機に数名の女子従業員が水銀に対する恐怖から退職するに至ったことが前掲疎明資料により窺われるが、これについては、水銀管理設備を万全にして従業員の不安を一掃すべき会社側がその責任を申請人に転嫁するによしないものというべきである。

4  本件配転命令に至るまでの経緯について

(一)  伊藤工場長代理の申請人に対する言動

≪証拠省略≫をあわせると昭和四四年一二月二九日午後五時半頃伊藤工場長は板垣生産一課主任を介して残業最中の申請人を研究会議室に呼び寄せ、同主任同席のもとで申請人に対し、「えくぼ」における水銀問題の記事掲載について、右掲載記事は、水銀問題に対する会社の努力と誠意を無視するものであるとか、いたずらに従業員に不安を抱かせるもので現にそのため退職者が出ているとかなどいってその編集責任者たる申請人を難詰したうえ、「会社は強い態度で手を打ってくるだろうが、宮本はこれからも続けていく気か。」「将来のことをよく考えてみろ。仕事をとるのか、組合の専従になろうとでも思っているのか。」などと述べて、申請人において水銀問題をこれ以上「えくぼ」で取りあげて行こうとする動きに制肘を加えようとしたが、これに対し右記事掲載は正当な組合活動であり、今後も中止する意思はない旨を答えて、申請人がその態度を明らかに示すや、「おどかすわけではないが、会社は強硬な手段をとってくるだろうが、よく考えておくように。」といって、申請人の「えくぼ」における教宣活動に対して会社の報復的措置が強行されるであろうことを露骨に示したことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  板垣主任の申請人に対する言動

≪証拠省略≫をあわせると、昭和四五年一月六日午前一〇時半頃、板垣生産一課主任は、申請人に対し「企業というものの目的はわかるだろう。宮本のやっていることは企業利潤をそこなう行為だ。」、「『えくぼ』で混乱をひきおこしている。二課で五人もの退職者がでて現場の班長などが困っている。」などといって、申請人の「えくぼ」における教宣活動を難詰したが、これに対して申請人の反論がかえってくるや、「宮本みたいな考えを持っている者がいること自体まわりの女の子に悪影響を与えるからよくない。」「会社は裁判で勝とうが負けようが、金がいくらかかろうが、宮本を排除するだろう。」「会社は手を打ってくるだろうけど、その時現場の管理者として女の子が動揺を起こさないように手を打っていく。」などといって、申請人の前記教宣活動に対する会社の報復的措置が解雇必至につながるものであることを示唆しつつ、そのような事態に備えて他の従業員の動揺・反発に対する事前の根回し工作を施すほどの用意周到ぶりを示したことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(三)  柏瀬主任の浅野武一に対する言動

≪証拠省略≫をあわせると、昭和四五年一月八日午後一時半頃、柏瀬生産一課主任は、組合の賃金対策部長の地位にあって申請人と親しく交際していた浅野武一に対し、「えくぼ」の水銀問題の記事で会社は非常に迷惑している旨並びに会社が申請人に対して何らかの処分をしても申請人に同情することなく会社に協力してほしい旨を告げて、申請人の前記教宣活動に対する会社の報復的不利益処分がおこなわれるであろうことを仄めかしつつ、そのような場合において申請人に同情して妄動することなく会社の処置に協力すべきことを事前に依頼して、かえって右浅野の冷淡な対応ぶりを招いたことが認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(四)  板垣主任の女子職員に対する言動

≪証拠省略≫をあわせると、同年一月八日午後四時四〇分頃、板垣生産一課主任は、同課所属の六級以上の女子職員を研究応接室に集め、同課の柏瀬主任および永見、長崎両班長同席のもとで、同女子職員らに対し「えくぼ」に水銀問題の記事が掲載されたことから、生産二課で退職者が五名もでているが、申請人は何ら反省していないので、会社は申請人に対し何らかの処分をするであろうが、そうなっても申請人に対しみだりに同情することなく、会社に協力してほしい旨を告げて、申請人の前記教宣活動に対し会社がなんらかの報復的処分をするであろうことを仄めかしつつ、そのようなときになっても申請人に同情して立ち回るようなことをしないように事前の根回しをしたことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(五)  永見班長の小山正子に対する言動

≪証拠省略≫をあわせると、同年一月九日午前九時頃永見生産一課班長は、申請人と親しくしていた同課の女子職員小山正子に対し、「宮本は、人間的には立派で非常に良い人間であるが、会社にとってはいてはならない人だ。」、「宮本は近く会社から配転か解雇になるであろう。これは良いことか悪いことか考えておきなさい。」などといって、申請人に対する会社の不利益処分がおこなわれるであろうことを仄めかしたことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(六)  板垣主任の長瀬仁子に対する言動

≪証拠省略≫をあわせると、生産一課所属の女子職員長瀬仁子は同年一月末日で被申請人会社を退職する予定にしていたところ、同月一〇日午後二時半頃、同課の板垣主任に呼ばれ、その退職事由について「水銀が恐いからか、それとも申請人に同情してやめるのか。」と尋ねられたうえ「今後申請人にどんなことが起っても、同情心なんか持たないように。」といわれて、同主任が、申請人の前記教宣活動に対する報復的仕打ちとして会社がなんらかの処分をするであろうことを前提として、そのために従業員が申請人の処分に同情をよせるような事態になってもこれに動じることのないようにとの事前の根回し役を果していることを察知するにいたったことが一応認められ、右認定を左右し得る疎明資料はない。

(七)  板垣主任および長崎班長の女子職員に対する言動

≪証拠省略≫、をあわせると同年一月一〇日午後四時四〇分頃、生産一課の板垣主任と長崎班長は、同課二班所属の六級以下の女子職員九名を研究会議室に集め、同女らに対し「申請人は会社から何らかの処分を受けるであろうが、その際は申請人に同情しないように。」と告げて、前同旨と根回し工作をしたことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

右(一)から(七)までの認定事実によれば、申請人が「えくぼ」における組合の前記教宣活動をしたことのゆえに、被申請人が申請人に対しなんらかの不利益処分を強行することを意図し、この意を承けて申請人の上司らが申請人に対しては最終通告的反省を求めつつ、他方申請人の同僚ら周囲の者らに対してはきたるべき右不利益処分の断行に備えて同情的動きや心理的動揺・反撥等を示すことのないよう自重と協力を要請するが如き事前の布石、根回し工作を周到かつ執拗に進めていたとみることができる。

5  本件配転命令と検定係の業務内容について

≪証拠省略≫をあわせると同年一月一三日申請人に対し発せられた本件配転命令は申請人を生産一課二班の肩出し作業班から生産課検定係への配置換をその内容とするものであるところ、右検定係の作業内容は、毎朝生産課品質係から製造された体温計を受け取り、これを東京都庁内の東京都計量検定所に持参して、同所において検定申請をなしたうえ、検定済の体温計を合格、不合格とに区別してその数量を確認し、さらに合格品については東京都職員の管理のもとで検定証印を押刻し、また不合格品についてはその不合格となった理由別に数量をそれぞれ区別確認して会社に持ち帰るもので、その帰社時刻は通常午後四時頃になること、検定係の仕事の中心をなす検定証印作業は手先の器用さだけが作業能率を左右する単純なものであり、しかも一日中外回りの仕事であるところから、若い従業員には魅力のないものとして皆から敬遠されていたし、被申請人会社東京工場従業員約二五〇名のうち当時検定係には中沢春夫とかなりの年配者である雇員地下兼治の二名の従業員が配置されていたが、いずれも体温計等の理化学用及び医療用の機器の製造工程に従事しうる技術職に不向きなものであり、したがって会社の人事管理上技術職社員である若年労働者(申請人が作業職七級社員であることはすでにみたとおりである。)が、検定係の臨時応援に出される場合以外、常時これに就くような実績は従来なかったこと、そのうえ申請人にとっては、従来昼休み時間などになしていた組合活動がなし得なくなることがさらに大きい痛手となっていたことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫右認定事実によれば、当時申請人を東京工場生産一課肩出し作業班から同工場生産検定係に配置換えをすることは、人事の取扱自体として、不利益処遇にあたるものと解すべきである。

6  本件配転命令から本件解雇に至るまでの経緯について

≪証拠省略≫をあわせると、申請人は、同年一月一三日午前八時半頃伊藤工場長代理から口頭にて突然本件配転命令を通告され、その場で田中生産課長代理から検定係の業務内容について簡略に説明を受けたうえ、直ちに東京都計量検定所に赴いて右業務に従事するよう指示されたが、いかに業務命令とはいえ、前例をみない職場配転をあまりにも唐突にいわれたので、右配転はにわかに承服し難いとして一応これに従わない態度を示したこと、そこで同工場長代理は同日および同月一六日に申請人に対し配転に応ずるように勧奨するところがあったが、その内容は、「この配転は東京工場全体の利益のためだ。」、「業務命令だから君が納得がいくいかないという問題ではない。」「この配転に従がわなければどういうことになるかわかるであろう。」などのたぐいの言葉に終始し、前例をみない配転をあえて急拠実施せざるをえない会社の業務上の必要性についてはなんら具体的に触れるところがなかったので、申請人は右説明では納得し難い配転であるとしてこれに応ずるわけにはいかないという態度を変えなかったこと、すでに、申請人は、前記4(一)及び(二)の伊藤工場長代理及び板垣主任との接触を通じて直接に、また前記4(三)から(七)までの会社職制らの申請人の同僚らに対する事前の布石・根回し工作を通じて間接に、それぞれ知らされ、申請人の前記教宣活動に対する会社の報復人事として何らかの強硬措置がおこなわれるであろうことを当然予期していた矢先であっただけに、会社の真の意図がなんであるかについては、もはや蔽い難いものとして受けとめ、本件配転命令に応ずるわけにいかないと強く反撥するにいたったこと、被申請人は申請人の本件配転命令の拒否は労働協約第一八条第九号にいう「正当な事由なく異動を拒んだとき」に該当するとして同日ただちに申請人を通常解雇に付する旨を決定し、翌一七日出社してきた申請人に対し同工場長代理を通じて解雇する旨の意思表示を告げるとともにその旨の書面を交付したことが一応認められ、右認定を左右するに足りる疎明資料はない。

7  本件解雇後の事情について

(一)  本件配転命令について藤川総務部長がした釈明

≪証拠省略≫をあわせると、被申請人会社の藤川総務部長は同年二月二日研究会議室に中堅職員を集めて、特に本件解雇についての説明をおこなったが、その席上において、「申請人に対し本件配転命令を発するに至ったのは、申請人が編集責任者として「えくぼ」に水銀問題の記事を連載したことについて注意勧告を受けたにもかかわらず、感情的になって何ら反省する態度を示さなかったことがその理由である。」旨の釈明をし、本件配転命令が申請人の前記教宣活動に対する報復的人事として行われたことを真率に言明するとともに、これをもって会社従業員が他山の石となすべき旨の警告を仄めかしたこと、さらに同月二一日労使双方からなる生産労務協議会が開かれ、組合から本件配転の理由を質問されたが、その席上においても、右同旨の言明をするとともに、同旨の警告を仄めかしたことが一応認められ(る。)≪証拠判断省略≫

(二)  本件解雇に対する組合の態度

≪証拠省略≫を総合すれば、前記2のとおり主任、班長などの事実上の管理者によってその中核か占められていた組合執行部は、本件解雇についてやむを得ないものであるとして、これを是認する態度を示していたが、これに対し組合員の多数は右態度を不満とし、執行部に対し不信を抱いて同年二月三日右執行部をリコールするに至ったこと、かくしてその後新に選出された執行部は、組合員の多数の声を反映し、本件解雇は不当労働行為であるとしてこれが撤回を求める運動を推進してきたことが一応認められ、右認定を動かし得る疎明資料はない。

(三)  検定係への職員補充について

≪証拠省略≫をあわせると同年五月にいたって、生産課に所属してハメ管洗滌の作業に従事していた年配の雇員松尾太郎が検定係に配置されて同係が三名になったが、問題の検定係の補充強化については、体温計の製造工程に携わる職級社員をもって充てるような配置は望むべくもなかったことが一応認められる。

8  被申請人は、本件配転命令は純然たる業務上の必要性に基づいて発したものである旨主張し、≪証拠省略≫にはこれに沿う部分があるが、いずれも上述認定事実に照らして措信し難く、ほかに疎明はない。

9  そこで、本件配転命令および本件解雇の効力につき判断するに、前記二1から7までの認定事実に徴して被申請人は、申請人が組合の機関紙「えくぼ」の編集責任者として会社の水銀管理問題に積極的に取組み、被申請人の嫌悪を意にすることなく、前記一連の記事を掲載して組合の教宣活動に従事し、これについて上司から尖鋭的すぎるなどといって制止、警告等の介入・支配があったにもかかわらずその編集方針を曲げない態度を堅持したので、申請人を懲らしめるとともに向後右のような編集活動をなすことを困難ならしめる意図をもってあえて不利益な処遇である本件配転命令を発したものであると解すべきである。すなわち、本件配転命令は、申請人が労働組合の正当な行為をしたことの故をもってなされた不利益な処分にほかならず、労働組合法第七条一号にいう不当労働行為に該当し無効のものといわなければならない。したがって、申請人において本件配転命令に応ぜず、これを拒否したことは、本件労働協約第一八条第九号にいう「正当な事由なく異動を拒んだとき」に該当せず、もとより正当な解雇事由たり得ないから、右の命令拒否をその理由とする本件解雇の意思表示また無効であるといわなければならない。申請人の前記主張は理由がある。

そうすると、その余の主張について判断するまでもなく、申請人は、本件解雇の意思表示にもかかわらず、被申請人会社のいう作業職七級社員たる従業員として、その雇用契約上の権利を有するものというべきである。

三  被申請人の申請人に対する賃金の支払については、被申請人会社の給与規則第五条の定めるところにより毎月二五日(支給日が休日に当る時はその前日又は翌日とする。)に前月二一日から当月二〇日分までの賃金の支払がなされること、申請人が昭和四五年一月から賃金月額三万八〇〇〇円の支給を受けることになっていたことは当事者間に争がなく、被申請人が申請人に対し同月一八日以降の賃金を支給していないことは被申請人の認めて争わぬところであり、本件仮払いを求める賃金額のうち六〇八〇円が同年一月一八日以降同年二月二〇日までの未払賃金額の範囲内の金額であることが計数上明らかであるところ、≪証拠省略≫をあわせると、申請人は被申請人から支払を受ける賃金を唯一の生活資金源としてきた労働者であって、解雇無効確認等の本案訴訟の判決確定まで賃金の支払を受けられないとすれば、回復し難い損害を受けるおそれがあることが一応認められる。

四  以上述べた理由により、申請人の本件仮処分申請は、いずれもこれを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 中川幹郎 裁判官 仙田富士夫 本田恭一)

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