東京地方裁判所 昭和45年(ヨ)9840号 判決 1972年3月30日
債権者 甲野一郎
右法定代理人親権者父 甲野太郎
同母 甲野花子
右訴訟代理人弁護士 斉藤浩二
同 近藤俊昭
同 川島仟太郎
債務者 学校法人東邦大学
右代表者理事 高山政雄
右訴訟代理人弁護士 田宮甫
同 湯本清
同 堤義成
主文
債権者の申請を却下する。
申請費用は債権者の負担とする。
事実
第一当事者双方の求める裁判
1 債権者
債権者が債務者の設置する駒場東邦高等学校の生徒たる地位にあることを仮に定める。
2 債務者
主文同旨
第二当事者双方の主張
一 債権者の申請の理由
(被保全権利)
1 債務者は、教育基本法および学校教育法に従い、学校その他の教育および学術の研究をなすために設立された学校法人であって、右目的を達成するため、東邦大学、駒場東邦高等学校(以下、債務者高校という)、駒場東邦中学校などを設置しているものであり、債権者は、昭和四四年四月債務者高校に入学し、昭和四五年一〇月当時、第二学年に在学していたものである。
2 債務者は、昭和四五年一〇月七日付で債権者を退学処分に付したとして、債権者が債務者高校の生徒であることを争っている。
(保全の必要)
債権者は、債務者を相手に退学処分無効確認の訴を提起すべく準備中であるが、今後社会人として独立するためには高等学校の課程を履修する必要があるところ、右処分により学業習得の機会を奪われているため卒業の延期は必至であり、本訴の確定を待っていては回復することのできない損害をこうむるおそれがあるので本件仮処分の申請におよんだ。
二 申請の理由に対する答弁および処分事由の主張
(答弁)
被保全権利に関する主張はいずれも認めるが、必要性に関する主張は争う。
(処分事由)
(一) 債務者が債権者に対しその主張のとおり退学処分(以下、本件処分という)に付したのは、債権者が(1)債務者高校における政治的な集会、デモヘの参加を禁止する指示に違反し、また債務者高校長高山政雄との間に交した誓約に違背して、昭和四五年九月一五日のいわゆる入管法阻止総決起集会およびデモに参加したこと、(2)生徒生活規則に違反して、同年九月二二日、二五日、二六日の三日にわたり無許可でしかも高校生にあるまじき狂暴な言辞をつらねたビラを配布したこと、(3)同年九月二七日、無許可で学校の中庭において政治集会を開催指導し学校側の退去命令に従わなかったこと、(4)右同日、多数の生徒とともに職員室に乱入し、また同室前の廊下に坐り込み違法な集会をしたことを理由とするものである。そして、債権者の右行為は、債務者高校の学則三二条三項四号「学校の秩序を乱し、その他生徒としての本文に反した者」に該当するところ、以下に述べるような諸事情を考慮した結果、債権者自身、債務者高校の教育方針のもとで教育をうけることを望んでおらず、債務者の再三にわたる指導、説得によっても改善の効果が期待できないと判断されたので、債務者高校の生徒としての指導、教育の埓外にあるものと認めて本件処分に付したのである。
(二) 本件処分をなすにあたって考慮した具体的事実および債権者の行動はつぎのとおりである。
1 債務者は、いわゆる安保条約自動延長をめぐって世情騒然とした昭和四四年四月二八日、債務者高校長高山政雄の名において、生徒に対し政治的デモ、集会への参加を慎しむよう指示し、各学級担任を通じてこれを全校生徒に伝達した。これは、主として、高校の教育活動の場で生徒が政治的活動を行なうことを黙認することは学校の政治的中立性を規定した教育基本法八条二項の趣旨に違反するうえ、生徒は未成年者であって法律上成年者とは違った扱いをうけているとともに、心身とも発達の過程にある生徒が政治的活動を行なうことは、十分な判断力や社会的経験をもたない時点で特定の政治的な立場の影響をうけることになり、将来、広い視野に立って判断することが困難になるおそれがあること、現在一部の生徒が行なっている政治的活動の中には、違法なもの、暴力的なもの、あるいはそのような活動に発展する可能性の強いものがあり、このような活動に参加することは、非理性的に押し流され、不測の事態を招くことになりやすいので、生徒の心身を守る必要があることなどによる。
債権者は、右禁止に違反して昭和四四年一一月一六日、いわゆる佐藤首相訪米阻止闘争に参加し、国鉄蒲田駅付近で逮捕されたが、釈放後の事情聴取において債務者高校長の説得に対して、今後は、かかる政治的デモや集会には一切参加しない旨を誓約したにもかかわらず、昭和四五年九月一五日、債務者高校の生徒であった申請外乙村一とともに入管法阻止総決起集会およびデモに参加した。
2 右入管法阻止総決起集会およびデモに債権者と一緒に参加した乙村一が東京都公安条例違反などの疑いで逮捕留置されるという事態が発生するや、債権者は、債務者が右逮捕の事実を全く知らない翌一六日から乙村処分反対運動を呼びかけ、債務者を誹謗するビラまきや処分阻止討論集会を開いたりし、学校側が高校二年生全員やその保護者らに対して事情の説明や質疑を行ない事態収拾への努力をし、また債権者に対しては軽挙妄動を戒しめていたにもかかわらず、同年九月二二日、二五日、二六日の三回にわたり、申請外丙山三郎、同丁川三太らとともに債務者高校正門および裏門付近で生徒に対しビラの配布を行なった。ビラには、「乙村処分阻止―駒東解体―世界革命勝利、文化祭当日は積極的に外人部隊を導入して駒東を解放区に転化せしめる。校長一派を血祭にあげ、総叛乱をかちとろう」などという狂暴な言葉が使われていた。
ところで、債務者高校の生徒生活規則には、校外でビラを配布するときは学校長の、また校内でビラを配布するときは生徒会主任の許しをうける旨定められているが、右のビラ配布は、なんらの許可をも得ていないものであった。
3 昭和四五年九月二七日、債務者高校では文化祭の第二日目で二〇〇〇名以上の父兄らの観覧があり終日にぎわった。文化祭は、体育祭とともに債務者高校において生徒の日頃の学習を内外に発表するもっとも重要な学校行事の一つで生徒全員が参加して教師の指導のもとに開催されるものである。ところが、同日午後三時ころ、債権者に導かれたヘルメット、こん棒姿の他校生(いわゆる外人部隊)三、四〇名が学校の中庭に侵入し、無許可で約一時間にわたって集会を開き学校側の退去命令にも従わなかった。右集会は文化祭の行事としては予定されておらず、また入管法反対をテーマとした政治的目的をもつ違法なもので、債権者は、これを主催しかつ指導したものである。
4 債権者は、右集会を主催したことが生徒生活規則に違反し処分の対象になることを知っていたため、同日午後五時三〇分ころ、自ら他校生約一〇名を含む三、四〇名の生徒を率いて職員室に乱入し、深井光男教頭をとりかこみ、主として、債権者が「政治活動禁止は不当である。」「政治活動を認めることが日本の改革につながり世界革命に発展する。」「本日の集会のことで処分するか回答せよ。」などと迫り、深井教頭が席をはずそうとしたところ身体を押えてこれを阻止し、約一時間にわたり同人を監禁した。さらに、その後、午後六時三〇分ころから約二時間にわたり職員室前の廊下に坐り込み、学校側の再三にわたる退去要求にもかかわらずこれを続行し、その間、債権者はハンドマイクで処分反対、政治活動禁止批判などの演説をくりかえした。
右行為は、生徒生活規則のみならず刑事法規にも触れる由々しい行為である。
(三) 本件処分の手続とその適法性はつぎのとおりである。
(1) 債権者の右行為は、学則三二条三項四号「学校の秩序を乱しその他生徒としての本分に反した者」に該当するところ、それらは、債務者高校の再三、再四にわたる指導、説得にもかかわらず敢行されたもので、その結果、学内の教育環境を乱し、他の生徒に対する悪影響が目立ち、学校の秩序維持の面からも放置できない状態となった。また、債権者の行為は、規律正しい生活とルールを守る学習態度に重点を置いている債務者高校の教育方針に根底から背馳しているもので、債権者自身、本高校の教育方針のもとで教育をうけることを望んでいないものと断ぜるをえず、本校生徒としての指導の埓外にあるものと認められてもやむをえないところであった。
(2) そこで、昭和四五年九月二八日に開かれた職員会議に付議し債権者の行為と責任について十分な討議をなしたうえ、同年一〇月五日には債権者本人を、同月七日午前には債権者の法定代理人甲野花子をそれぞれ呼び出し、債務者高校長高山政雄において、処分事由を説明しこれについての弁明の機会を与えた後、同日午後に開かれた職員会議に諮り、その結果にもとづき右校長が債権者を退学処分に付することに決定したもので、処分の手続も適法かつ有効に行なわれたのである。
三 処分事由の主張に対する答弁および反対主張
(答弁)
債権者が、昭和四四年一一月一六日に逮捕されたこと、昭和四五年九月一五日の入管法反対の集会およびデモに参加したこと、右デモの際乙村一が逮捕されたためその処分問題に関して同月二二日、二五日、二七日の三回にわたりビラを配布したこと(ただし、ビラの記載は除く)、九月二七日、中庭で集会が開かれたこと、同日の夕方職員室に行ったこと、その後、廊下で集会が開かれたこと、同年一〇月七日午前に債権者の母親が債務者高校長に呼び出されて話をしたこと、本件処分が学則三二条三項四号「学校の秩序を乱し、その他生徒の本分に反した者」に該当することを理由とするものであることは、いずれも認めるが、その余の主張は争う。
(反対主張)
(一) 処分事由についての債務者の主張は、すべて事実に反し、このような虚構の事実を基礎としてなされた本件処分は、懲戒権の濫用として無効なものである。
以下、その理由を詳述する。
1 デモ参加について債権者は、昭和四四年一一月一六日に行なわれた首相訪米阻止闘争の運動方針に批判的であったのでデモには参加せず、ただ現場で事態を注視していたところ、機動隊の無差別逮捕により誤認逮捕されたものであった。それゆえ、七二時間の拘束ののち勾留請求が却下されて釈放になり、以後、現在に至るまでなんら刑事処分をうけていない。右誤認逮捕の事実については、学校側も了承し、釈放後の事情聴取において、校長も不参加の事実を認めたものである。なお、その際、債権者は、校長に対して今後は政治活動をしないと誓約をしたことはない。
また、債権者は、昭和四五年九月一五日入管法反対の集会およびデモに参加したが、ゲバ棒や旗竿ももっていなかったし、右集会、デモは公安委員会の許可をうけた平穏なものであった。しかも右両日とも、休日であったから学校の秩序を乱したとか生徒の本分に反したともいえない。
2 ビラ配布について昭和四五年九月一五日の入管法反対デモは全体として平穏な状況であったが、債権者と一緒に参加した乙村一がたまたま旗竿をもたされていたので兇器準備集合罪および東京都公安条例違反を理由に逮捕された。しかし、乙村は、七二時間の拘束ののち、東京家庭裁判所より一時帰宅を許されたのであって、その逮捕が不当であるか少なくとも同人の行為の違法性がきわめて軽微なものであることはあきらかであったにもかかわらず、学校側は、たんにデモに参加し逮捕されたという事実のみをとらえて、乙村に対し、正式の懲戒処分を行なうまで無期限の自宅謹慎を命じた。そのため、全校生徒は、各学年で臨時ホームルームを開催したり、処分反対のクラス決議をしたりし、高校二年生は全体集会を開いたり、校長に対して公開質問状を発するなどの行動をつぎつぎととるに至った。
債権者は、申請外丙山三郎や丁川三太らとともに、右の運動を積極的に推進するため、九月二二日、二五日、二六日の三回にわたり、校門付近でビラを配布し右処分の不当性を全校生徒に訴えた。このように、ビラの配布は学校側が逮捕の具体的事情を無視した処分をしようとしたことに対して、学友が義憤を感じこれに抗議するために行なわれたものであり、しかも、その処分は、債務者高校における反動的、独断的な教育方針と結びついたものであったため、債権者らは、乙村に対する処分問題とあわせて、その背景となっている誤まれる教育方針を批判したものにほかならない。そして、ビラの配布は、いずれも授業時間前または非登校日に行なわれ、なんら授業に支障を生じたことはなく、ビラの内容も学校側の一方的処分に対する批判であって学校運営に対して明白かつ現実の危険を招来するものではなかったのである。
また、ビラの配布が学校の許可を得ていないとしても、学校側は従来から正当な批判活動を認めていない以上許可を期待することは不可能であり、しかも、ビラの配布が緊急に必要であったから、とくに許可を得ていないとしても違法とはいえない。
3 中庭集会について 右集会は、債権者らがあらかじめ文化祭実行委員会の承認をえて開催したもので、決して無届集会ではない。学校側も右集会を開くことを承認ないし黙認していたものである。
なお、当日、集会参加者の一部がヘルメットと棒を携帯したことは事実であるが、これは、右翼の暴力から防衛するためやむをえず行なったものである。
4 職員室での話合いについて 右中庭集会に参加したことを理由として学校が処分をする意向があるかどうかについて債権者が深井教頭にただしたが明確な回答が得られなかったところから、約五〇名の集会参加者が職員室に抗議に行ったものであるが、そこでの教頭と債権者らのやりとりはもっぱら処分問題にかぎられており、債権者主張のごとく、「政治活動を認めることが日本の改革につながり、世界革命に発展する。」などの発言は一切なかったし、当時は、職員室には他の教員が一四、五名おり、教頭の脇にも何人かいて話をきいていたうえ、教頭は話合いの間中ずっと立って話していたのであるから、債務者主張のごとく、「教頭が席を立とうとしたところ身体を押えて阻止した」ということは全くなかった。しかも、教頭は、話合いの間、校長に回答をもらうために職員室を出ていったことがあり、出入りは自由に出来たのであるから、監禁したなどという事実は全くない。
また、その後の職員室前の廊下での集会に際しても、債権者らは退去命令を聞いてはいない。
なお、右事件よりも前である九月二六日には債権者の両親が担任の出崎教師から自主退学の勧告をうけており、また九月二七日の右抗議の直前ころにはやはり両親が校長に呼ばれて退学願を出すことを強く要求されていたから、債務者は、右抗議事件がなくともすでに債権者を退学させる方針を決めていたものというべく、右事件自体は処分理由としてはつけ足しにすぎないのである。
5 以上の経験からすれば、本件処分は、ビラ配布とか職員室での抗議事件を理由としているが、事実は、債権者の思想ならびに人間性そのものを嫌悪してこれを学園から抹殺しようとしたものにほかならない。そして、債権者の行為によって学校の運営になんら支障を来したことはなく、またその危険性もなかったにもかかわらず、最も重い退学処分に処したのは苛酷であり、可遡性に富む未成年者の人格形成を無視し、教育機関としてのあり方に反するものである。
(二) 本件処分は、憲法に違反し無効である。憲法一九条はあらゆる思想をもつことの自由を保障し、また二一条は、その表現方法として集会、デモに参加する自由、ビラなどを配布する自由を保障している。さらに、憲法一四条は、特定の思想、信条により個人を差別してはならない旨定めている。このような基本的人権は、たんに成人のみを対象としたものではなく、未成年者といえども保障されるべきことはいうまでもなく、またこれらの規定は公の秩序として私人間にも適用されるべきは当然である。
高校生は未成年者であり、また、教育基本法には教育の政治的中立が定められているが、これらは、高校生についてとくに思想、表現の自由が制約される理由にはならない。高校生も卒業すれば多くの者がただちに社会に出て働くことになるし、成年にも近いのであるから、高校時代にこそ将来真に社会の担い手となるよう政治教育をしっかりやることが必要であり、そのためには、むしろ校外の政治的集会やデモにも参加させ、そこでの行動から政治社会の具体的問題を体得させることが必要である。高校生を政治活動、政治教育の場から疎外しようとすることは、教育基本法の理念にも反する。
ところが、本件処分は、債権者の行なったビラ配布、デモ参加などの行為が他の社会成員の利益に対しなんら明白かつ現実的な危険をもたらすこともなく、したがって債権者の基本的人権を制約すべき格別の理由も存在しなかったのにもかかわらずなされたのであるから、右行為をする憲法上の権利を侵害するものとして、憲法一九条、二一条に違反し、したがって民法九〇条に違反し無効である。とくに、本件処分は、債権者による校長の教育方針批判に対しその報復としてなされたことがあきらかであるから、思想、信条にもとづく不利益処分として憲法一四条にも違反する。
(三) 本件処分は適正手続を保障した憲法三一条に違反し無効である。憲法三一条は、教育機関が生徒の権利義務に重大な影響をおよぼす懲戒処分を行なう場合にも適用されるべきことはいうまでもない。ところが、本件処分では、債権者に対し、処分理由につき明確な具体的説明がなされずかつ十分な弁明の機会も与えられていないのである。
四 反対主張に対する答弁
債権者の主張は、いずれも争う。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一 本件処分の存在
債権者が債務者高校の生徒としてその主張のとおりの学年に在学していたこと、債務者が昭和四五年一〇月七日学則三二条三項四号「学校の秩序を乱し、その他生徒としての本分に反した者」に該当するとして、債権者を退学処分に付したことはいずれも当事者間に争いがない。
二 本件処分の基礎となった事実の有無
そこで、債務者の主張する処分理由が事実の基礎を欠くかどうかについて検討する。≪証拠省略≫を総合すれば、つぎの事実が疎明される。
≪証拠判断省略≫
1 デモ参加について 債権者は、昭和四五年九月一五日に行なわれた入管法阻止総決起集会およびデモに参加した(この点は当事者間に争いがない)。ところで政治的集会およびデモに高校生までが参加する傾向が現われてきたため、債務者高校は、昭和四四年四月二八日、生徒が政治的な集会、デモに参加するのを禁止することを決め、各学級担任を通じてこれを全校生徒に伝達し、その後も、学年だよりにおいて同趣旨の注意がなされていた。その理由とするところは、心身とも未成熟で十分な思考のできない高校生が特定の政治的思想のみに深入りすることの弊害を防止し基礎的な教育の教養の習得をはかるとともに、ややもするとこれらの集会、デモが暴走化する傾向があったことから生徒の安全を確保するというにあった。また、債権者が昭和四四年一一月一六日の首相訪米阻止闘争に関連して逮捕され(この点は当事者間に争いがない)三日後に釈放された際に行なわれた事情聴取においては、債務者高校長高山政雄から直接にこんご政治的な集会、デモに参加した場合には処分する旨言渡され、債権者もこれを了承し右のような集会、デモに参加しないことを誓約した。なお、右の入管法阻止総決起集会およびデモについては、当時の新聞報道によれば、全国全共闘連合を中心としたいわゆる反日共系各派の主催したもので、明治公園で集会ののち日比谷公園まで激しくデモが行なわれたものであったとされている。
2 ビラ配布について 債権者は、昭和四五年九月二二日、二五日、二六日の三回にわたり、学校の許可をえないで、ほか数名とともに校門付近においてビラを配布した(この点は当事者間に争いがない)。右のビラ配布は、債権者とともに右集会、デモに参加した同学年の申請外乙村一がデモの途中で兇器準備集合などの嫌疑で逮捕されたことにつき、学校当局の前記のごとき政治活動禁止の措置に照らして乙村に対する処分が予測されたために、処分反対運動を推進するためであった。これに先立って債権者らは、債務者高校が乙村逮捕の事実を覚知していない九月一六日から処分反対のビラまきをしあるいはみずから提案者となってクラスごとの討論会を開いたり処分反対の決議をするなどの運動を展開しはじめたので、債務者高校は、同月二二日には債権者や乙村の属する高校二年の生徒全員に対し、また、同月二四日には高校二年の父兄約二〇〇名に対し、それぞれ、事情の説明を行ない教育環境の平静をとりもどす努力をした。
ところで、九月二二日にまかれたビラの内容は、自宅謹慎の処分を拒否し、政治活動禁止という人権を侵害する制度のもとでの不当処分を断固阻止しようという乙村名義の「ビンから諸君へ」という部分と、乙村に対する校長の独断的な自宅謹慎に対して反対するとともに債務者高校における教育を管理するものと管理されるもの、おかすものとおかされるものとみ、校長の言葉を暴言ときめつけこれがまかり通るのも校長が権力をもっているからであると断言しさらに受験教育反対などを訴える駒場東邦全学闘争委員会全学行動戦線名義の「自宅謹慎(すなわちビンと我々との分断策動)を粉砕せよ」という部分からなるものであった。また、九月二五日にまかれたビラの内容は、債権者名義の「闘争宣言」と題するもので、乙村に対する自宅謹慎の処分を批判するとともに、債権者が前年の一一月一六日に逮捕されて釈放になったあとの校長との話合いの内容をあきらかにし、処分を前提にした話合いは恫喝であり政治的取引であるとか、処分におびえた生徒が生殺与奪の権をもった校長にせまられてした口約束が一つの処分となったとし、処分をおそれていては何もできない、「ぼくは今乙村と共に駒東における全存在をかけて駒東を告発する。一切の恐迫弾圧に掘せず終後まで闘いぬくことを宣言する(この部分は原文のまま)。」というものであった。さらに、九月二六日は、債務者高校における恒例の文化祭の初日であったが、同日正午ころ、債権者ほか数名のものによって正門付近で参観に来る父兄、生徒に対して配布されたビラの内容は、駒東入管体制粉砕闘争委員会名義の「乙村一に対する処分とは何か及び我々の闘争方針」というもので、乙村に対する自宅謹慎の不当性を主張し、乙村逮捕のきっかけとなった入管体制は、日―韓―台反共同盟下における在日外国人への抑圧とともに日本のアジア再侵略への国民的思想基礎を作るものであると規定し、また、乙村処分阻止闘争は駒東管理秩序粉砕闘争であり、それは駒東解体―反共同盟粉砕―世界革命勝利の方向をもたなければならないとし、そのための当面の具体的闘争方針として、文化祭という一時的な教育秩序の混乱を利用し積極的に外人部隊を導入し駒東を解放区に転化せしめるとか長年のうちみつらみをはらして校長一派を血祭りにあげるなどという激越な文言をならべ、スローガンとして、入管体制粉砕、日―韓―台反共同盟粉砕、駒東解体、文化祭闘争に勝利せよなどという項目を掲げたものであった。右ビラの配布は、債務者高校の教師の中止命令を無視して行なわれた。
3 中庭集会について 九月二七日は文化祭の第二日目で約二〇〇〇人の父兄、一般生徒の参観でにぎわったが、債権者らは、同日午後三時ころから約五〇分間にわたり、中庭で乙村処分反対および入管法反対の集会を開いた(中庭で集会を開いたことは当事者間に争いがない)右集会は、債務者高校生徒十数名のほか多数の校生が参加し、うち約二〇名がヘルメットをかぶり木棒を携帯しあるいはタオルで覆面するという格好で中央に坐り、他の生徒がこれをとりかこむという形で行なわれた。債権者は制服であったがヘルメットを着用していた。右集会では、債権者ら数名のものが乙村に対する処分や入管法に反対する演説をした。
ところで、生徒生活規則には、集会を開くときは学校長の許可を得なければならない旨定められているが、右集会はその許可を得ていないものであったうえに、深井教頭や笹目教諭の中止および退去命令を無視して続行された。
4 職員室への乱入および廊下での坐りこみについて 右集会終了後、債権者は深井教頭に対し集会参加者を処分するかどうかをただしたが、同教頭が、学校としては処分するかどうかはわからないし処分について話合いの機会を与えることはできない旨答えたところ、同日午後五時三〇分ころ、債権者は中庭での集会に参加していた生徒の一部約三〇名とともに職員室へ乱入したうえ、約一時間にわたり、「きょうの集会に参加した者を処分するか、もし処分するならわれわれの主張をする場をもうけよ」とか「政治活動の禁止は間違いである」などいったりあるいは教師を小馬鹿にするような発言をしたりしながら右教頭や笹目教諭らにつめよりさらに職員室前の廊下に坐り込んで要求をかちとるための集会を開き(職員室に入り、同室前廊下で集会を開いたことは当事者間に争いがない。)演説をくりかえしたりした。そして、同日午後八時三〇分ころになって校長が後日公開討論会を開くことを約束したため、ようやく散会した。
5 以上によれば、債務者が処分理由として主張する事実はほぼこれを認めることができ、とうてい事実の基礎を欠くとはいえない。
三 本件処分の手続
≪証拠省略≫によれば、債務者高校では、昭和四五年九月二八日に開かれた職員会議において債権者の右認定にかかる一連の行為について討議したのち、校長が、一〇月五日には債権者本人を、同月七日午前には保護者をそれぞれ呼んで事情を説明し自主退学を勧告したが拒否されたため、同日午後の職員会議の議を経て同日付で債務者高校長が債権者を退学処分に付することを決め、翌八日これを債権者の父親あて通知したことが疎明され(る)。≪証拠判断省略≫
四 懲戒処分と懲戒権者の裁量権
1 学校長が、教育そのものに内在する自律作用として、生徒の行為に対して懲戒権を行使しうることは多言を要しないところであり、その場合において、これを発動するかどうか、懲戒処分のうちいずれの処分を選ぶかを決定することは、この点の判断が社会観念上著しく妥当を欠くと認められる場合を除き、原則として懲戒権者の裁量に任されていると解するのが相当である。
2 そこで本件処分が社会観念上妥当を欠くかどうかについて検討する。まず、≪証拠省略≫によれば、債権者は、高校一年のころから政治活動に関心をもちはじめ自己の信念の正当性のみを主張して教師の指導にも従わなかったこと、債務者高校では、債権者に対し再三忠告を与えまたその指導のため担任教師の交替の措置までとったが効果がなかったことがうかがわれるところ、前項で認定した事実によれば、債権者は政治的な集会、デモヘの参加、ビラの配布、集会や坐りこみの指揮等において債務者高校の告示や校長の警告、また、生徒生活規則や教師の中止命令をことさら無視するばかりでなく、かえってこれに挑戦する態度に変り、その行為の態様においても、次第に過激となり、債務者高校の他の生徒をも政治活動に引きこむ様相を呈し、そこにはことさらに紛争を起して学内秩序を混乱させようとする意図すらなかったとはいえない。一方≪証拠省略≫によれば、債務者高校は中学、高校六年間一貫教育により、知、体、徳育の調和のとれた人間造りを行なうこと、そのために規律ある生活をもって教育目標の一つとしていることが疎明されるが、前項で認定した事実によれば、債権者の前記各行為は債務者高校の右の教育方針に沿わないものであることは明らかであり、その結果、債務者高校では、債権者の属する高校二年生を対象に説明会を開きあるいは高校二年生の父兄会を開いて事情の説明をせざるをえない事態となり、平静な勉学環境が少なからず阻害されたものというべきである。
3 そうとすれば、債務者高校が前記認定の事実にもとづいて債権者を退学処分に付したことはやむをえないところというべきであり、社会観念上著しく妥当を欠くものとはいえない。
なお、債権者が、その主張のごとく、昭和四五年九月二六日にすでに担任教師から自主退学の勧告をうけていた事実があるからといって、文化祭における一連の行為が処分理由としてはつけ足しであって斟酌すべきではないとはいえないし、本件処分が債務者高校の教育方針を批判する債権者の思想ならびに人間性そのものを嫌悪しこれを学園から抹消しようとしてなされたことを疎明すべき資料はない。
五 憲法違反の主張に対する判断
1 未成年者とくに高校程度の教育過程にあるものについてその教育目的を達するのに必要な範囲で表現の自由が制限されることがあってもかならずしも違法ではないと解されるから、債務者高校がビラの配布や集会を行なうには校長または生徒会主任の許可を得なければならないとしていることをもってただちに表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に違反する無効なものということはできない。また、債務者高校が政治的な集会やデモに参加することを禁止したのは、心身とも未成熟で十分な思考のできない高校生が特定の政治的思想にのみ深入りすることの弊害を防止し基礎的な教養の習得をはかるとともに、ややもするとこれらの集会、デモが暴走化する傾向があったことから生徒の安全を守るためであったことは前認定のとおりであって、未成熟者に対する教育上の配慮にもとづく相当な措置であると解されるから、これまた表現の自由を保障した憲法の規定や公の秩序に反する違法なものとはいえない。
したがって、許可をうけずにビラの配布や集会を行なったことおよび禁止に反して政治的な集会、デモに参加したことを理由に懲戒処分を加えたからといって憲法に違反する無効なものということはできない。また、本件処分が思想、信条にもとづく差別扱いであることを疎明する資料はないから、法のもとの平等を定めた憲法の規定に違反するということもできない。
2 つぎに、≪証拠省略≫によれば、債務者高校では懲戒処分に関する特別の手続規定は定めていないことが疎明される。とすれば、懲戒処分を行なうにあたっては、慣行や事案に応じて適宜の手続をとれば足りるものというべく、本件では、学校の告示、規則等に違反するものであることが明らかであり、かつ教職員が現認している事案について前記三で認定した程度の手続を履践している以上、たとえ処分理由を具体的に説明したうえその証拠を提示しかつこれについて逐一弁解の機会を与えるなどの特別の手続はとっていないからといって、直ちに適正手続を保障した憲法の規定に違反する無効なものとはいえない。
六 よって、本件処分は有効というべきであって、債権者が債務者高校の生徒としての地位にあることの疎明はないことに帰し、保証をもってこれにかえるのも相当でないから、本件申請を却下することとし、申請費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 西山俊彦 裁判官 落合威 太田豊)