東京地方裁判所 昭和45年(ワ)1675号 判決 1973年12月11日
原告 千代田繊維株式会社破産管財人 平井博也
右訴訟代理人弁護士 山田滋
同 柴田徹男
被告 株式会社 丸保
右訴訟代理人弁護士 福田拓
同 福田力之助
主文
一、被告は原告に対し金二八七万三一一〇円および内金二五三万四〇〇〇円に対する昭和四五年三月一一日以降完済に至るまで年五分、内金三三万九一一〇円に対する同日以降完済に至るまで年六分の各割合による金員を支払え。
二、原告のその余の請求を棄却する。
三、訴訟費用はこれを三分し、その二を原告、その一を被告の各負担とする。
四、この判決第一項は、原告において金一〇〇万円の担保を供するときは、仮に執行することができる。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、原告
(一)被告は原告に対し金八二〇万三五〇九円およびこれに対する昭和四五年三月一一日以降完済に至るまで年六分の割合による金員を支払え。
(二)訴訟費用は被告の負担とする。
(三)仮執行宣言。
二、被告
(一)原告の請求を棄却する。
(二)訴訟費用は原告の負担とする。
第二、原告の請求原因
一、訴外千代田繊維株式会社(以下破産会社という)は、昭和四四年一二月三日手形不渡処分を受け、同月八日の破産申立により同月二四日破産宣告を受け、原告がその破産管財人に選任された。
二、破産会社は訴外緑屋商事株式会社に対し金三三四万五三六二円の売掛代金債権を有していたが、破産会社の代表者長田武夫が昭和四四年一二月二日頃被告会社の社員保母守康に対し右債権の取立を依頼したところ、保母守康は右債権のうち二四〇万円を取り立てながら、これを破産会社に引き渡さず、被告会社に入金した。被告は右のように法律上の原因なく二四〇万円の利益を取得し、破産会社は同額の損失を被ったものであるから、被告は原告に対し右二四〇万円を不当利得として返還すべき義務がある。
仮に被告の右二四〇万円の取得が破産会社の代表者長田武夫の了承のもとになされたとすれば、破産会社は被告に無償で右の利益を供与したものであるから、原告は破産法七二条五号により右行為を否認する。従って、被告は原告に対し金二四〇万円を支払うべき義務がある。
三、被告は昭和四四年一一月三〇日夜間保母守康の指揮により破産会社代表者長田武夫の了承のもとに、破産会社の所有保管する別紙目録記載の商品(三六二万〇二〇〇円相当)を搬出取得したが、これは破産会社が右商品を被告に贈与したものであるから、原告は破産法七二条五号により右行為を否認する。従って、被告は原告に対し右商品の価額三六二万〇二〇〇円を支払うべき義務がある。
四、破産会社は、昭和四四年七月三一日現在被告に対し一一二九万四一〇三円の綿等の売掛代金債権を有し、他方破産宣告当時被告に対し八七四万円の手形債務および三七万〇七九四円の買掛代金債務の合計九一一万〇七九四円の債務を負担していた。原告は本件訴状をもって右債権債務を対当額で相殺したので、被告はその残額二一八万三三〇九円を原告に対し支払う義務がある。
五、よって、原告は被告に対し右二ないし四の各金員の合計金八二〇万三五〇九円と、これに対する本件訴状送達の翌日である昭和四五年三月一一日から支払済みまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三、請求原因に対する被告の答弁
一、請求原因一は認める。
二、同二のうち、被告会社の社員保母守康が昭和四四年一二月二日破産会社の代表者長田武夫の了承のもとに破産会社の緑屋商事に対する売掛代金債権二四〇万円を取り立て、被告がこれを取得したことは認めるが、その余は否認する。
被告は当時破産会社に対し手形振出によって八七四万円、を融資していたが、右手形を満期に破産会社の資金で支払うことができないというので、その支払に充てるため右売掛代金を被告において譲り受けたものである。
三、同三のうち、被告が破産会社から左記の商品を譲り受けたことは認めるが、その余は否認する。
記
(1)サテン 一三本(五二〇米)
単価 二〇〇円 一〇四、〇〇〇円
(2)ドンス 六本
単価四〇〇〇円 二四、〇〇〇円
(3)白綿 一〇本
単価 六〇〇円 六、〇〇〇円
合計 一三四、〇〇〇円
右商品も前記二で述べたのと同趣旨で譲り受けたものである。
四、同四は争う。
第四被告の抗弁
一、請求原因四の債権は、綿等の卸売商人である破産会社が被告に売却した商品の代金であるところ、昭和三九年一二月以降に売却された商品の代金は次のとおりである。
1.昭和三九年一二月から昭和四二年一一月までの売買分 金 二五四万一三二〇円
2.昭和四二年一二月から昭和四四年二月までの売買分 金 二一万七六四〇円
二、従って、請求原因四の債権のうち、前記一の2に掲げる二一万七六四〇円の債権を除くその余の債権は、昭和四二年一一月以前に発生したものであるから、民法一七三条一号に定める二年の時効により消滅している。仮に右の二年の時効が認められないとしても、請求原因四の債権のうち、前記一の1および2に掲げる合計二六六万八九六〇円の債権を除くその余の債権は、昭和三九年一一月以前に発生したものであるから、商法五二二条に定める五年の時効により消滅している。
第五抗弁に対する原告の答弁および再抗弁
一、抗弁一の事実は認めるが、同二は争う。
二、被告は昭和四四年八月頃破産会社代表者長田武夫に対し、破産会社の被告に対する売掛債権総額一千百数十万円を放棄してくれるよう依頼してきた事実がある。その時破産会社は右の申出を拒否したが、右事実は被告が右金額の債務を承諾したものであって、時効の中断ないし時効利益の放棄の効果が生じた。
第六、再抗弁に対する被告の答弁
被告が昭和四四年八月頃破産会社に対し、債権の放棄を申し出たことは認めるが、その効果については争う。
右申出は被告の破産会社に対する債務消滅ないしその確認を求める明示の意思表示であって、支払猶予の懇請のように後に債務者が弁済をなすことを当然の前提としたものではないから、時効中断事由としての債務承認とはならず、また、時効利益の放棄にも該当しない。仮に時効中断事由としての債務承認になるとしても、原告主張の売掛金債権のうち昭和四二年八月以降に生じたものは合計金三三万九一一〇円であって、時効中断の効果は右の範囲で生ずるにすぎず、その余の売掛代金債権は右の中断前にすでに時効により消滅している。
第七、証拠関係<省略>
理由
一、請求原因一の事実は当事者間に争いがない。
二、請求原因二のうち、被告会社の社員保母守康が昭和四四年一二月二日破産会社の代表者長田武夫の了承のもとに破産会社の訴外緑屋商事株式会社に対する売掛代金債権二四〇万円を取り立て、被告が右取立金を取得したことは、当事者間に争いがない。
右事実に<証拠>を合わせると、破産会社は、昭和二一年の設立時から昭和四四年三月まで被告会社代表者保母昌亮の叔父である訴外保母律朗が代表取締役をしていた会社であって、その後訴外長田武夫が代表取締役となったが、経営不振のため昭和四四年一一月には倒産必至の状態に陥ったこと、そして、同月末頃債権者会議が開かれ、同年一二月二日手形不渡りを出すに至ったが、その頃破産会社代表者長田武夫は被告会社の社員保母守康から、破産会社が訴外緑屋商事株式会社に対し有した売掛金債権について、その取立に被告が介入すれば被告と右訴外会社との縁故関係により右売掛金をその支払期日前でも取り立てることができる旨を告げられたので、保母守康に委任状を交付して右売掛金の取立を委任したこと、保母守康は右委任に基づき破産会社の名義で緑屋商事株式会社から右売掛金二四〇万円を取り立てたが、これを破産会社に引き渡さないで被告会社に入金したこと、そのように右取立金を被告が取得することについて、破産会社代表者長田武夫は承諾を与えていなかったことが認められる。
被告は、右認定に反し、右取立金は被告が破産会社に対し資金融通のため振出交付していた手形の支払に充てる目的で破産会社から譲り受けたものであると主張するが、証人保母守康の証言、被告代表者保母昌亮の供述中右主張に符合する部分は前掲長田証人の証言に照らして措信し難く、他に前示認定を覆して被告の右主張を認めるに足りる証拠はない。
してみると、被告は破産会社の損失において不当に前記二四〇万円の利得をしたものというべきであるから、これを破産管財人である原告に対し返還すべき義務がある。
三、請求原因三について
被告が昭和四四年一一月三〇日夜間破産会社代表者長田武夫の了承のもとに、破産会社の所有保管する少なくとも価格一三万四〇〇〇円相当の商品を搬出取得したことは、当事者間に争いがない。
原告は、被告が搬出取得した商品は別紙目録記載の価格三六〇万〇二〇〇円相当の商品である旨主張するが、証人小山悦子の証言中右主張に符合する供述部分は、これを裏付ける的確な資料がないことおよび証人長田武夫、同保母守康の各証言に徴して直ちに措信し難く、他に被告が前示の争いのない範囲を超えて商品を搬出取得したことを認めるに足りる証拠はない。
ところで、被告による商品の搬出取得が破産会社代表者長田武夫の了承のもとになされたものであることは前示のとおりであるところ、証人長田武夫の証言に本件弁論の全趣旨を合わせると、右は破産会社代表者長田武夫が当該商品を被告に対し無償で譲渡したものと認めるのが相当であって、証人保母守康の証言、被告代表者保母昌亮の供述中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
商品目録
推定
品名
数量
単価
金額
(1)
〃
三巾サテン夜具地
約六〇反
一一、六〇〇
六九六、〇〇〇
(2)
〃
三巾友仙〃
約三八反
五、四〇〇
二〇五、二〇〇
(3)
〃
ドンス小巾〃
約五〇疋
六、〇〇〇
三〇〇、〇〇〇
(4)
〃
三巾ブロード
約五五反
七、〇〇〇
三八五、〇〇〇
(5)
〃
三巾つむぎ
約三〇反
一〇、六〇〇
三一八、〇〇〇
(6)
〃
リンズ小巾夜具地
六六二
約三八疋
六、五〇〇
二四七、〇〇〇
(7)
ドンス縫上り皮類
掛シキ
約四〇〇枚
二、五〇〇
一、〇〇〇、〇〇〇
(8)
友仙〃
〃
約三五〇枚
九八〇
三四三、〇〇〇
(9)
ブロード座布地
約六〇反
二、一〇〇
一二六、〇〇〇
合計
三、六二〇、二〇〇
そして、前示の事実関係からすれば、右譲渡行為が破産会社の支払停止前六月内になされたものであることは明らかであるから、破産法七二条五号により破産管財人である原告においてこれを否認しうるものというべく、被告はその取得した商品の価格に相当する金一三万四〇〇〇円を原告に対し償還すべき義務がある。
四、請求原因四について
まず、被告の援用する時効の点について検討するに、破産会社が綿等の卸売商人であって、原告主張の債権が破産会社から被告に対し売却された綿等の商品の売掛代金債権であることは当事者間に争いがないから、右債権については民法一七三条一号に規定する二年の消滅時効の適用があるものというべきである。
ところで、昭和四四年八月頃被告が破産会社代表者長田武夫に対し、右売掛代金債権を放棄してくれるよう申し出たことは当事者間に争いがないので、右申出の効果について考えるに、債権放棄の申出は当然に債権の存在を前提とするものであるから、右の申出は時効進行中の債権については債務の承認として時効中断の効果を有するものというべきである。しかし、すでに時効の完成した債権については、債務者が弁済をし、または弁済の延期を求めるなどして将来弁済をなすべき意思を明らかにした場合はともかく、本件のように債権の放棄を求めたにすぎない場合には、これによりすでに完成した時効の利益を放棄したものとは認め難い。
してみると、原告主張の前記売掛代金債権のうち、被告が破産会社に対し債権の放棄を求めた昭和四四年八月より二年前である昭和四二年八月以降に生じた売掛代金債権については時効による消滅は認められないが、昭和四二年七月以前に生じた売掛代金債権は時効により消滅したものというべきである。そして、被告は原告主張の売掛代金債権のうち、昭和四二年八月以降に生じたものは合計金三三万九一一〇円で、その余は同年七月以前に生じたものである旨主張し、右主張事実については原告も明らかに争わないところであるから、結局被告は右の三三万九一一〇円の売掛代金債権についてのみ支払の義務を負うものというべきである。
五、以上のとおりであるから、原告の本訴請求は前記二の二四〇万円、同三の一三万四〇〇〇円、および右各金員に対する本件訴状送達の翌日である昭和四五年三月一一日以降完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金、ならびに前記四の金三三万九一一〇円およびこれに対する同日以降完済に至るまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の各支払を求める限度で正当として認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法九二条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 村岡二郎)