東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2535号 判決 1972年10月17日
原告 株式会社東部産業
右代表者代表取締役 山崎トミ子
右訴訟代理人弁護士 松島正義
被告 株式会社並木屋
右代表者代表取締役 岡島釜之助
右訴訟代理人弁護士 音喜田賢次
被告 東洋皮革工業株式会社
右代表者代表取締役 平野秀典
主文
一 被告株式会社並木屋は原告に対し、金四七三、二一一円およびこれに対する昭和四五年四月三日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告東洋皮革工業株式会社は、原告に対し、金三七六、七八九円およびこれに対する昭和四五年四月七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
三 訴訟費用は被告らの負担とする。
四 この判決は仮りに執行することができる。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
主文同旨
二 請求の趣旨に対する答弁
1 被告株式会社並木屋(以下被告並木屋と略称)の答弁
一 原告の被告並木屋に対する請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、浦和地方裁判所昭和四〇年(ケ)第七八号不動産競売事件において、別紙目録(一)記載の建物(以下これをA建物という。)および同目録(二)記載の建物(以下これをB建物という。)から成る同目録(三)記載の建物につき昭和四二年八月三日同裁判所による競落許可決定にもとづき代金一七〇万円を同年一一月九日納付した。
その経緯は次のとおりである。
(一) 森みよ子が所有していたA建物につき、被告らは次の抵当権を有していた。
(1) 被告並木屋
森敏郎に対する昭和三七年一二月二七日附債務引受弁済契約に基づく金一八〇万円の残額金九五万円およびこれに対する昭和四〇年五月一日以降完済まで日歩五銭の割合による損害金を被担保債権とする昭和三七年一二月二七日設定の順位四番の抵当権
(2) 被告東洋皮革
森敏郎に対する昭和三七年八月一日附手形取引契約等に基づく債権を被担保債権として同日設定された極度額金三八〇万円、順位五番の根抵当権、
(二) 被告並木屋の申立により、昭和四〇年六月二二日A建物につき競売手続開始決定がなされ(右申立および開始決定におけるA建物の表示は別紙目録(一)1のとおり)、同年一二月六日右建物につき第一回競売期日公告がなされた。
(三) ところが、昭和四一年九月二日第二回競売期日公告において、目的不動産の表示は、A建物およびB建物からなる同目録(三)記載のとおりになされ、昭和四二年八月三日競売裁判所は右公告のとおり、右建物(A建物およびB建物)につき、原告が金一七〇万円で競落することを許可する旨の決定をした(競落許可決定の不動産の表示は同目録(三)のとおり)。
(四) 原告は、昭和四二年一一月九日競落許可決定どおり代金一七〇万円を納付した。
2(一) 被告並木屋は、右納付金から前記抵当権元金九五万円およびこれに対する昭和四一年九月二八日より昭和四三年九月二七日(代金納付期日)までの日歩五銭の割合による損害金三四七、二二五円合計一、二九七、二二五円の配当を受けた。
(二) 被告東洋皮革は、金三七六、七八九円の配当を受けた。
3 その後、競売裁判所は、昭和四四年五月一三日、さきになした競落許可決定における不動産の表示を同目録(一)2のとおりとする旨、すなわち、A建物とする旨の更正決定をした。したがって原告の競落物件はA建物である。
4 昭和四三年九月三日競売裁判所より下命を受けた執行官小貫宝作は、右更正決定によって訂正表示A建物(目録(一)(2))の評価額を金八五万円とする旨の評価報告をした。
5(一) (原告の損失)
したがって、原告は、納付した代金一七〇万円より競落物件A建物の評価額金八五万円を控除した金八五万円の損失を蒙った。
(二) (被告らの利得)
被告らは、本件競売事件において、競売物件以外の物件につき配当を受け、被告並木屋は金四七六、〇四〇円、被告東洋皮革は金三七六、七八九円の各利得を得た。すなわち、
(1) 被告並木屋は、前記1(一)(1)の抵当権に基づき、本来、競落代金一七〇万円のうちA建物の競落代金に相当する金八五万円およびこれに対する代金支払期日より代金支払までの利息金二、八二九円合計金八五二、八二九円より競売手続費用金三一、六四四円を控除した金八二一、一八五円の配当を受けるべきところ、現実には前記2(一)で述べたように金一、二九七、二二五円の配当を受けているので、差額金四七六、〇四〇円が不当な利得である。
(2) 被告東洋皮革は、前記1(一)(2)の後順位抵当権者として、本来無配当であるべきところ、前記2(二)で述べたように、現実には、金三七六、七八九円の配当を受けているので、右同額が不当な利得である。
(三) (法律上の原因の欠缺)
前記被告らの利得額は、AB両建物の競落代金として配当をうけたのに、前記更正決定により、競落物件はA建物のみでB建物は含まれないとされたため生じたものである。すなわち、B建物関係の被告らの前記利得は法律上の原因に基づかないものである。
6 かりに、前記更正決定が無効であるとか、その他の理由で右の不当利得返還請求権が認められないとしても、
(一) 原告は競売物件の一部とされたB建物が第三者たる原田昌洪の所有であるのに、これを知らずに適法に全競落物件の所有権を取得しうるものと考え金一七〇万円の競落代金を支払って競落したところ、B建物は右のように他人所有のため、その所有権を取得できなかったのである。
(二) 債権者である被告並木屋および同東洋皮革はB建物の競売代金額相当額八五万円のうち、それぞれ金四七三、二一一円および三七六、七八九円の各配当を受けたことは前記のとおりである。
(三) 抵当債務者森敏郎、抵当権設定者森みよ子はいずれも無資力である。
したがって、配当を受けた債権者である被告並木屋および同東洋皮革は、民法五六八条二項の規定に従い、前記(二)記載の各金額をそれぞれ原告に返還すべきである。
7 (請求)
よって、原告は不当利得または担保責任を理由として被告並木屋に対し、金四七三、二一一円、被告東洋皮革に対し金三七六、七八九円およびこれらに対する訴状送達の翌日(被告並木屋につき昭和四五年四月三日被告東洋皮革につき同年四月七日)から各完済に至るまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する被告並木屋の認否
請求原因1、2の事実は認める。同3の事実は認める。ただし、後記抗弁記載のとおり、更正決定は無効である。
同4の事実は認める。ただし、右評価は競落許可決定の後一年余を経た時点であり、時期および評価額ともにA建物の競落時の評価額とはなしがたい。
同5の事実は否認する。後記抗弁のとおり、原告主張の更正決定は無効であるから、被告の利得は不当な利得ではないし、法律上の原因を備えている。
同6のうち(一)の事実は否認する。すなわち、B建物は、A建物に附加増築されたものであるから、附合によりA建物の所有者森みよ子の所有となったものである。(二)および(三)の事実は争う。
三 被告並木屋の抗弁
1 不当利得の主張に対する抗弁
(一) (競売手続の完結)
被告は、適法な(仮りに違法であっても、手続の完結による瑕疵の治癒によって不服申立手段のなくなった)一連の競売手続において競売代金の交付を受けたのであるから、不当利得は成立しない。
(二) (B建物の代金配当の原因)
(1) B建物は、森みよ子もしくは、原田昌洪により、A建物に附加増築されたものであるから、附合により、A建物所有者森みよ子の所有となった。そして本件競売手続においては、競落許可決定における不動産の表示(別紙目録(三))のとおり、A建物が一括競売され、これを原告が一括競落して、被告がその代金の配当を受けたものである。
(2) しかして、原告主張の更正決定は、次の理由により無効である。
(イ) 競売裁判所は、執行官の物件調査に基づき、現況において、A建物およびB建物を一括して競売を実施する意思をもって、第二回公告以降競落許可決定までの手続をしたのであるから、競落許可決定には「誤謬」は存せず、更正決定の要件(民訴二〇七条一九四条一項)を欠く。
(ロ) 右更正決定は、本件競売事件の完結(昭和四三年九月二七日)の後七ヶ月余を経過してなされたものであり、また、被告は右決定の告知を受けていない。
(三) (除斥期間の類推適用)
かりに、更正決定が有効だとしても、不当利得返還請求についても、民法五六八条一項により準用される同法五六四条の除斥期間の規定が類推適用さるべきであるところ、後記のとおり原告が事実を知ってから一年以上を経過したのちの右の請求を失当である。
2 担保責任の主張に対する抗弁
かりに、担保責任に関する原告主張の事実が認められるとしても、原告は競落許可決定を得た昭和四二年八月三日ごろ、かりにそうでないとしても、遅くとも競落代金の支払をなし、競売裁判所による原告の所有権取得登記の嘱託を得た同年一一月中に、かりにそうでないとしても、原告が競売代金配当期日の延期を求めた上申書の提出日である昭和四二年一二月五日ごろには右瑕疵の事実を知った。したがって、原告が事実を知ってから一年以上を経過したのちの右請求は失当である。
四 抗弁に対する認否
1 不当利得関係の抗弁について
抗弁(一)は争う。競売手続の完結の故をもって、原告主張のような不当利得返還請求が封じられる筋合はない。
抗弁(二)のうち、(1)の附合の点は争う。B建物は構造的にA建物より大きく、かつ、独立しているのであるから、被告が主張するような附合はありえない。(2)の更正決定が無効であるという主張は争う。すなわち、本件更正決定は、競売申立および競売手続開始決定における物件の表示と符合しており、競落許可決定は、本来、右更正決定のとおりになされるべきであったのであるから、「明白な誤謬」といえる。
なお、被告並木屋は、右更正決定に対し不服申立をしていないのであるから、本訴において無効を主張することは、禁反言則に照らし是認できない。
抗弁(三)の主張は争う。原告が被告主張の日時にその主張するような事実を知ったとの点は否認する。
2 担保責任関係の抗弁について
抗弁事実は否認する。
(一) B建物については、執行裁判所の権能をもってしても、嘱託登記が不能となったので、執行裁判所は昭和四四年五月一三日更正決定をなしたのである。したがって、原告が右競落によっては、B建物についての所有権を取得することができないことを確実に知ったのは右更正決定がなされた昭和四四年五月一三日前後の頃である。
(二) かりに、右事実が認められないとしても原告はすでにその以前から本件競売物件の所有者とされた森みよ子に対し、担保責任追求の交渉をしており、昭和四四年六月中に原田昌洪を介し右みよ子から代金減額請求申立書、みよ子の印鑑証明書をもらっている。結局原告としては、民法五六四条の期間内に代金減額の追求をしているのであるから、民法五六八条第二項、第三項によって、被告に対し今なお受けたる代金の返還請求をなしうる。
第三証拠関係≪省略≫
理由
第一被告並木屋に対する請求について
一 争いない事実など
請求原因1ないし4の事実(被告並木屋が森敏郎に対する債権を被担保債権として、森みよ子所有のA建物に抵当権を有し、同被告がこれに基き競売申立をなし、競売公告、同公告の変更、競落許可決定、原告の代金納付、配当、執行官小貫宝作によるA建物の評価、更正決定が原告主張の日時内容のとおりなされたこと)については、当事者間に争いはない。
しかしながら、請求原因3記載の更正決定については、それが、送達その他の方法によって競売申立人である被告並木屋に適法に告知されたことについては証拠がないので、原告はその更正決定の有効性を被告並木屋に対しては主張できないものと解する。そこで以下原告の担保責任に関する主張(請求原因6)について判断する。
二 B建物が他人所有かどうかについて
まず、昭和四二年八月三日附の競落許可決定について考えるに、被告並木屋が訴外森みよ子所有のA建物(別紙目録(一)記載の建物)について抵当権を有していたこと、右競落許可決定で競落の対象とされたのは、右A建物とB建物(別紙目録(二)記載の建物)からなる別紙目録(三)記載の建物であることは、前記のとおり、当事者間に争いがない。
この点に関し、原告は、B建物はA建物とは別個の建物で、その所有者は第三者である原田昌洪の所であったので、前記競落許可決定に基き競落代金一七〇万円を支払ったが(この代金支払の点は争いがない)、B建物の所有権を取得することができなかったと主張するに対し、被告並木屋は、B建物はA建物に附加増築されたものであるから、A建物の所有者森みよ子の所有に帰したから、原告の主張は失当であると主張する。
よって、この点につき証拠により検討するに、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実が認められる。
(1) B建物はA建物の所有者森みよ子が昭和三九年頃A建物に接着して(但し、両建物の間には多少の隙間が残されていた)建築した作業所であって、その用途、構造のうえにおいても、住宅であるA建物とは別個であり、独立した建物であること、
(2) その後、B建物は森みよ子の夫である森敏郎が原田昌洪の所有に帰したこと、
(3) さらに、その後、B建物の敷地の所有者である加藤清が原田昌洪に対し、原田が土地占有権原がないのにB建物を所有して建物敷地を占有していることを理由に、B建物の収去と敷地の明渡方を訴求し、昭和四五年一月二八日請求認容の判決が言渡され、同判決は同年二月一七日に確定し、加藤清は右確定判決に基いてB建物の収去と土地明渡の執行を同年五月一二日に完了したこと、
以上のとおり認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。右認定によれば、結局原告は競落代金全額を支払ったが、競落物件のうちのB建物については、他人所有のためその所有権を取得できなかったことが明らかである。
三 民法五六八条の適用について
ところで、担保責任に関する民法五六八条の規定が任意競売の場合にも適用されることは通説の認めるところであり、本件の場合は、同条一項により適用されている同法五六一条の場合にあたることが明らかである。そして、この場合、競落人が競落代金の配当をうけた債権者に対し、代金の一部または全部の返還を請求できるためには、同法五六八条二項により「債務者が無資力ナルトキ」という要件を必要とするところ、抵当権設定者がいわゆる物上保証人である場合については、同条条項にいう「債務者」とは、抵当債務を負担する債務者(本件の場合は森敏郎)を指すのか、それとも物上保証人たる設定者(本件の場合は森みよ子)を指すのかについては学説上争いがある。しかしこの点における学説のいずれを採るかは暫らく措き、≪証拠省略≫によれば、森敏郎と森みよ子はいずれも弁済の資力がないことが明らかであるので、本件においては右要件が充足されているものというべきである。
四 除斥期間について
そこでつぎに、除斥期間の点につき考える。本件は、配当を受けた抵当権者に対する配当金の返還請求であるが、この場合の除斥期間がいつから進行するかについては問題があるが、当裁判所は、その起算点は、競落人において、(ⅰ)競落物件の全部または一部が他人の所有物であるため、その所有権を取得できないことおよび(ⅱ)債務者が無資力であることを確知した時点であると解する。しこうしてこれを本件についてみるに、≪証拠省略≫によれば、競落人である原告が前記B建物が森みよ子以外の者の所有であるため、その所有権を取得できないことを確知し、かつ債務者森敏郎や抵当権設定者森みよ子がいずれも無資力であることを知ったのは、早くも昭和四四年五月中旬過ぎ(具体的に言えば昭和四四年五月一三日附更正決定が出されてから数日後であると思料されるところ、本訴提起の日時が、右の時点から満一年を経過する前の昭和四五年三月一八日であることは記録上明らかである。)とすれば、被告並木屋主張の除斥期間の抗弁は理由がない。
五 返還すべき金額について
そこで、最後に被告並木屋が原告に返還すべき金額について考える。
前記争いない事実と前認定事実とによれば、被告並木屋が原告に返還すべき金額は、AB両建物の競落を前提とした現実の受領配当額から、もし競売物件中にB建物が含まれず、A建物についてのみ競落が実施されたと仮定した場合に考えられる推定競落代金を基準として計算される推定配当額を控除した差額にあたるものというべきである。そして右の推定競落代金の算定については、現実の競落代金一七〇万円を基準とし、AB両建物の客観的な価値の比率によって配分計算するのが適切な方法であると考えられる。そこで競落当時における両建物の価値の比率を考えるのに、A建物は、木造セメント瓦交葺二階建一階一二六・一六平方メートル、二階七〇・七〇平方メートルのうち一階部分五七・九四平方メートルの居宅部分であり、B建物は右一棟の建物のうちの一階部分六八・二二平方メートル、二階部分七〇・七〇平方メートルの作業所兼寮の部分であるので、(この点は別紙目録(一)の(2)と同目録(二)の記載に徴し明らかである)その床面積の比率からして、加うるに≪証拠省略≫によって認められる両建物の構造外観からしても、AB両建物の価値の比率は、A建物を一〇〇とすれば、B建物は少くとも一五〇位の価値を有していたものと考えられるから、この比率によってA建物だけの推定競落代金を算出すると、計算上(170万円×100/250)六八万になる。ところで、この推定競落代金の認定が多額になればなる程、本件においては、被告に有利である反面原告には不利となる筋合のところ、原告は、これより多額である八五万円という金額を主張しているので、本件においては、右推定競落代金額は原告の主張額である八五万円を基準として計算すべきこととなる。
さて、推定競落代金を八五万円として、≪証拠省略≫に準拠して被告並木屋の前示推定配当額を計算すると、原告が請求原因5の(二)(1)で主張するとおり、その金額は八二一、一八五円となる(被告東洋皮革については推定配当額は皆無)。しこうして、被告並木屋が現実に配当を受けた金額が一、二九七、二二五円であることは当事者間に争いがないから、同被告は原告に対し、その差額である四七六、〇四〇円を返還する義務がある。
よって、被告並木屋に対し、右差額金四七六、〇四〇円の範囲内である四七三、二一一円とこれに対する訴状送達の翌日である昭和四五年四月三日から完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求(担保責任)は理由がある。
第二被告東洋皮革に対する請求について
被告東洋皮革は、適式の呼出を受けながら、本件口頭弁論期日に出頭しないし、答弁書その他の準備書面も提出しないから請求原因事実を明らかに争わないものと認め、これを自白したものとみなす。右自白事実と被告並木屋について判示した前記第一の五の説示によれば、原告主張の担保責任の請求原因は理由があり、その請求はすべて認容すべきである。
第三むすび
以上の次第で原告の被告らに対する本訴各請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条、九三条を、仮執行の宣言につき、同法一九六条一項を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 伊東秀郎)
<以下省略>