東京地方裁判所 昭和45年(ワ)2997号 判決 1975年2月18日
原告 荒井兼資
右訴訟代理人弁護士 三宅省三
同 今井健夫
同 池田靖
被告 荒井加容子
<ほか三名>
右被告ら訴訟代理人弁護士 畠山国重
同 扇正宏
同 星野卓雄
主文
一 被告田中靖正は、原告に対し、別紙物件目録五記載の土地について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。
二 被告荒井兼一および被告荒井広治は、各自、原告に対し、別紙物件目録六記載の建物について真正なる登記名義の回復を原因とする各二分の一の共有持分権移転登記手続をせよ。
三 原告の被告荒井加容子に対する請求はいずれも棄却する。
四 訴訟費用は、原告と被告荒井加容子との間では全部原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間では、原告に生じた費用の一〇分の一を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とする。
事実
第一当事者の求める裁判
一 原告
主文第一・第二項と同旨の判決および「被告荒井加容子は、原告に対し、別紙物件目録一ないし三記載の土地および同目録四記載の建物について真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をせよ。訴訟費用は被告らの負担とする。」との判決
二 被告ら
「原告の請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、昭和三二年六月一〇日、訴外土屋三郎平からその所有にかかる別紙物件目録一ないし三記載の各土地(以下、本件甲土地という。)を代金七四万二五〇〇円で買い受けて、その所有権を取得した。
2 そして、原告は、昭和四一年七月二〇日、本件甲土地上に別紙物件目録四記載の建物(以下、本件乙建物という。)を新築して、その所有権を取得した。
3 また、原告は、昭和四二年一〇月六日、訴外富岡吉平からその所有にかかる別紙物件目録五記載の土地(以下、本件丙土地という。)を代金四七万八八〇〇円で買い受けて、その所有権を取得した。
4 次いで、原告は、本件丙土地の買受後直ちに、本件丙土地上に別紙物件目録六記載の建物(以下、本件丁建物という。)を新築して、その所有権を取得した。
5 しかるに、本件各土地および建物については次の各登記が経由されている。
(一) 別紙物件目録一および三記載の各土地につき東京法務局府中出張所昭和三二年六月一〇日受付第六六七九号をもって被告荒井加容子(以下、被告加容子という。)に対する所有権移転登記
(二) 同目録二記載の土地につき同出張所昭和三六年一〇月一九日受付第二七五八二号をもって被告加容子に対する所有権移転登記
(三) 本件乙建物につき同出張所昭和四二年五月二七日受付第二一七八八号をもって被告加容子に対する所有権保存登記
(四) 本件丙土地につき東京法務局武蔵野出張所昭和四二年一〇月一四日受付第一七五七〇号をもって被告田中靖正(以下、被告田中という。)に対する所有権移転登記
(五) 本件丁建物につき同出張所昭和四四年六月一〇日受付第九八四二号をもって被告荒井兼一(以下、被告兼一という。)および被告荒井広治(以下、被告広治という。)の共有持分を各二分の一とする所有権保存登記
6 よって、原告は、本件各土地および建物の所有権に基づいて、被告らに対し、前項記載の各登記の抹消登記手続に代えて、原告の求める裁判に記載のとおりの所有権移転登記手続および共有持分権移転登記手続をなすことを求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因第1項記載の事実のうち、本件甲土地が昭和三二年六月一〇日当時訴外土屋三郎平の所有であったことは認めるが、その余の事実は否認する。本件甲土地は、被告加容子が右土屋から買い受けて、その所有権を取得したものである。
2 請求原因第2項記載の事実は否認する。本件乙建物は、被告加容子が新築して、その所有権を取得したものである。
3 請求原因第3項記載の事実のうち、本件丙土地が昭和四二年ごろ訴外富岡吉平の所有であったことは認めるが、その余の事実は否認する。本件丙土地も、被告加容子が右富岡からこれを買い受けて、その所有権を取得したものである。そして、被告加容子は、その経営する麻雀荘の事業税の大部分を被告田中に立て替えてもらっていたため、この立替金の返還債務の弁済に代えて、本件丙土地の所有権を被告田中に譲渡したものである。
4 請求原因第4項記載の事実は否認する。本件丁建物も、被告加容子が新築して、その所有権を取得し、その後これを被告兼一および被告広治に贈与したものである。
5 請求原因第5項記載の事実は認める。
三 被告兼一および被告広治の抗弁
仮に原告が本件丁建物を新築してその所有権を取得したものであるとしても、原告は、本件丁建物につき被告兼一および被告広治の名義で所有権保存登記を経由した昭和四四年六月一〇日ごろ、本件丁建物を右被告両名に贈与したものである。
四 抗弁に対する認否
本件丁建物につき昭和四四年六月一〇日に被告兼一および被告広治の名義で所有権保存登記が経由されていることは認めるが、その余の事実は否認する。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一 被告加容子に対する本件甲土地の所有権移転登記手続請求の当否
1 本件甲土地が昭和三二年六月一〇日当時訴外土屋三郎平の所有であったことは、原告と被告加容子との間で争いがないところ、原告は、右同日に原告が右土屋から本件甲土地を買い受けてその所有権を取得したと主張する。しかしながら、別紙物件目録一および三記載の各土地については東京法務局府中出張所昭和三二年六月一〇日受付第六六七九号をもって、また、同目録二記載の土地については同出張所昭和三六年一〇月一九日受付第二七五八二号をもって、いずれも被告加容子に対する所有権移転登記が経由されていることは、原告と被告加容子との間で争いがないし、さらに、≪証拠省略≫によれば、昭和三二年六月三日付で、前記土屋が被告加容子に対し本件甲土地を代金七四万二五〇〇円で売り渡す旨記載された売買契約書が作成されている事実を認めることができる。そして、以上の事実によれば、本件甲土地を右土屋から買い受けて、その所有権を取得したのは、原告ではなくして、被告加容子であると推定するのが相当である。
2 もっとも、≪証拠省略≫によれば、本件甲土地の買受代金は、訴外株式会社富士銀行三鷹支店の原告名義の普通預金口座から引き出して支払われていることが認められるし、また、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができ(る。)。≪証拠判断省略≫すなわち、
原告は、昭和一四年二月二一日に被告加容子と結婚し、同被告との間に長男の被告兼一(昭和一八年六月二七日生)および次男の被告広治(昭和二一年二月一六日生)をもうけた。そして、原告は、かつて被告加容子の実兄である訴外渡辺行江が小作していた相模原所在の農地を戦時中から借り受けて農耕にも従事していたことから、昭和二三年には、自作農創設特別措置法により当該農地の所有権を取得したので、同所に住居を構えた。しかし、原告は、元来がサラリーマンであり、しかも、同所から原告の勤務先である吉祥寺所在の株式会社林組への通勤が極めて不便であったため、昭和二六年に右農地および住居を売却処分し、その売却代金で三鷹駅付近の土地約二〇坪を地主である訴外富岡吉平から賃借するとともに、その借地上に約一〇坪の木造平家建店舗兼住宅を建築してこれを所有し、その建物で、副業として、東京都公安委員会の許可を受けて麻雀荘を経営するようになった。そして、原告は、昭和三〇年ごろ、右建物を二階建に増築し、さらに、昭和三一年には、前記株式会社林組を退職し、麻雀荘の経営に専念することになった。他方、被告加容子は、被告兼一および被告広治の養育と原告不在中の右麻雀荘の管理に従事する以外には職業を有していなかったから、独自の収入源はなかった。
そして、以上の認定事実によれば、本件甲土地の買受代金の出所は一応原告であったと認められ、したがって、本件甲土地の売買契約も、原告が、被告加容子の名義を利用して、前記土屋との間で締結したものであると見られないこともない。
3 しかしながら、≪証拠省略≫によれば、本件甲土地の売買契約については、もっぱら被告加容子が売主側と折衝してこれを締結し、前記認定のとおり、自らを買主とする売買契約書を作成して、その旨の登記を経由し、かつ、同被告が直接前記土屋に対し、代金の支払をしていることが認められるうえ、夫婦、とくに長年連れ添った夫婦の一方が不動産等を購入するに当り、他方がその購入資金の全部または一部を提供することは、格別異例なことではないから、本件甲土地の買受代金の出所が原告であったという一事から直ちに、前記の規定を覆して、被告加容子は本件甲土地の単なる名義上の買主にすぎず、その実質上の買主は原告であったと認定することは相当でないというべきである。したがってまた、≪証拠省略≫中の原告が本件甲土地の買主であるとする部分はにわかに採用することができないし、そのほかに原告が本件甲土地を買い受けた事実を認めるに足りる証拠はない。
4 そうすると、原告が本件甲土地の所有権を取得していることを前提とする、原告の被告加容子に対する本件甲土地の所有権移転登記手続請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものといわなければならない。
二 被告加容子に対する本件乙建物の所有権移転登記手続請求の当否
1 本件乙建物につき東京法務局府中出張所昭和四二年五月二七日受付第二一七八八号をもって被告加容子に対する所有権保存登記が経由されていることは、原告と被告加容子との間で争いがないし、また、≪証拠省略≫を総合すると、次の事実を認めることができ(る。)≪証拠判断省略≫すなわち、
原告および被告加容子の夫婦は、国鉄三鷹駅の拡張工事に伴い、麻雀荘として使用していた原告所有の前記建物の移転およびその敷地の賃借権の放棄の承諾を国鉄から求められることが具体化してきたので、本件甲土地上に店舗兼居宅を建築することにしたが、本件甲土地は前記認定のとおり被告加容子の所有となっていたことから、同土地上に建築する建物も被告加容子の所有とすることにした。そこで、被告加容子は、昭和四一年四月二一日、訴外山崎弘との間で本件乙建物の建築工事の請負契約を締結し、同年五月二〇日にその建築確認を受けた。また、本件乙建物の建築代金については、当初国鉄から支払を受ける補償金をもって充てることを予定していたが、予定していた時期に右補償金の支払を受けることが困難になったので、被告加容子が右請負契約の締結当時に有した手持資金で代金の一部を支払ったほかは、銀行から融資を受けて支払うことにした。そこで、被告加容子は、東洋信託銀行三鷹支店と交渉したうえ、同年六月二五日、同銀行との間で、同被告所有の本件甲土地を担保にして金四五〇万円を借り受ける旨の契約を締結し、同時に、原告は、右契約について保証をした。そして、被告加容子は、右借入金によって建築工事の残代金や什器、備品の購入代金の支払をした。なお、右借入金は、被告加容子が、毎月金五万円ずつの割賦によって返済したほか、昭和四二年七月三一日および同年九月一三日の二回にわたり合計金四一〇万円を国鉄から支払を受けた補償金をもって返済した。
2 ところで、以上の事実によれば、国鉄からの補償金は、原告の有した借地権等の消滅に対する補償として支払われたものであるから、本来原告の所有に帰すべきものであるが、しかし、原告と被告加容子とは、前記認定のとおり夫婦であったし、本件乙建物の建築請負工事契約自体は被告加容子が注文者として締結し、その工事代金の大部分も被告加容子が自ら銀行から借り入れた金員をもって支払っているのであって、国鉄からの補償金は、直接本件乙建物の工事代金の支払に使用されたのではなく、右借入金の一部の返済に使用されたにすぎない。したがって、原告が、単に被告加容子の名義を使用して右請負契約締結等の行為をし、本件乙建物を建築したものと認めることはできないといわなければならない。そして、≪証拠省略≫中の原告が本件乙建物を建築したとする部分は、たやすく採用することができないし、そのほかに原告が本件乙建物を建築したものと認めるに足りる証拠はない。
3 そうすると、原告が本件乙建物を建築してその所有権を取得したことを前提とする、原告の被告加容子に対する本件乙建物の所有権移転登記手続請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がないものというべきである。
三 被告田中に対する本件丙土地の所有権移転登記手続請求の当否
1 本件丙土地が昭和四二年ごろ訴外富岡吉平の所有であったことは、原告と被告田中との間で争いがないし、≪証拠省略≫によれば、原告は、昭和四二年七月二九日、右富岡吉平との間で、本件丙土地を代金四七万八八〇〇円で買い受ける旨の売買契約を締結し、同年一〇月五日ごろ右代金を同人に支払った事実を認めることができる。そして、以上の事実によれば、本件丙土地を買い受け、その所有権を取得したのは、原告であると認定するのが相当である。
もっとも、≪証拠省略≫によれば、右富岡吉平との間の本件丙土地の売買契約書には、その買主として原告の次男である被告広治の氏名が記載されていることが認められるが、これは、次に認定するとおりの理由で、単にその名義だけを使用したものにすぎないというべきであるから、前記の認定の妨げとなるものではないし、また、≪証拠省略≫中の前記認定に反する部分は、≪証拠省略≫に照らして採用することができず、そのほかに前記認定を覆すに足りる証拠はない。
そして、本件丙土地の売買契約の締結に当り、原告が買主として被告広治の名義を使用した理由は、次のとおりであって、この事実は、≪証拠省略≫によりこれを認めることができる。すなわち、
原告は、前記認定のとおり、三鷹駅の拡張工事に伴い借地権の放棄等の承諾をしなければならなくなったのであるが、原告の借地の全部が三鷹駅の拡張工事予定地の範囲内に含まれるものではなく、右借地のうち本件丙土地部分はその範囲外にあった。しかし、原告は、国鉄に対する関係では、本件丙土地部分の借地権をも放棄することにして、これに対する補償の支払をも受けようと考え、昭和四二年七月一八日、国鉄に対し、原告の借地権全部の放棄等を内容とする承諾書を提出した。しかるに、原告は、地主である訴外富岡吉平との間では、右拡張工事予定地の範囲外にある本件丙土地を前記認定のとおり原告において買い受けることにしていたため、国鉄に対する関係で不正行為として問題にされることを恐れ、本件丙土地の売買契約書の買主名義は被告広治の氏名を利用することにしたのである。
2 他方、本件丙土地につき東京法務局武蔵野出張所昭和四二年一〇月一四日受付第一七五七〇号をもって被告田中に対する所有権移転登記が経由されていることは、原告と被告田中との間で争いがなく、なお、本件丙土地につき原告から被告田中への所有権移転がなされたことについては、何ら主張・立証がない。
3 そうすると、被告田中は、原告に対し、右所有権移転登記の抹消登記手続をなすべき義務を負うものであるが、このような場合には、所有権移転登記の抹消登記手続に代えて、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をすることも許されるものと解されるから、被告田中は、原告に対し、右所有権移転登記の抹消登記手続に代えて、真正なる登記名義の回復を原因とする所有権移転登記手続をなすべき義務をも負うものといわなければならない。
四 被告兼一および被告広治に対する本件丁建物の共有持分権移転登記手続請求の当否
1 ≪証拠省略≫によれば、原告は、前記認定のとおり本件丙土地を買い受ける当時から、同土地上に店舗兼居宅を建築して、同建物で再び麻雀荘を経営することを考えていたので、本件丙土地の売買契約を締結した直後である昭和四二年八月七日、訴外岡本建設工業株式会社に依頼してその建築工事に要する費用の見積書を提出させ、さらに同年九月五日、原告の名義で本件丁建物の建築確認を受けて、同建物の建築工事を右岡本建設に請け負わせたこと、右岡本建設は、同月二八日に旧来の建物を取りこわしたうえ、本件丁建物の新築に着工し、同年一二月一〇日にこれを完成して原告に引き渡したこと、原告は、前記の補償金の残金をもって右岡本建設に対する請負代金を支払うように被告加容子に依頼して、その支払を済ませ、その後本件丁建物において麻雀荘を経営していることを認めることができる。なお、≪証拠省略≫は、この認定の妨げとなるものではないし(なお、右各証は、その作成年月日についても疑問が残り、この点からしてもにわかに採用することができない。)、また、≪証拠省略≫中のこの認定に反する部分は、≪証拠省略≫に照らして採用することができず、そのほかにこの認定を覆すに足りる証拠はない。そして、右に認定した事実によれば、原告は、自ら本件丁建物を新築して、その所有権を取得したものというべきである。
2 他方、本件丁建物について被告兼一および被告広治のために東京法務局武蔵野出張所昭和四四年六月一日受付第九八四二号をもって各自の共有持分を二分の一とする所有権保存登記が経由されていることは、原告と右被告らとの間で争いがない。
3 ところで、被告兼一および被告広治は、同被告らに対する前記の所有権保存登記が経由されたころ、同被告らが原告から本件丁建物の贈与を受けた旨主張するが、わが国においては、親が単に形式上だけ子の名義を借用して所有権保存登記などをする場合も少なくないから、前記認定のような事実が存在するのにかかわらず、本件丁建物につき右被告らの名義の所有権保存登記が経由されているという一事だけで、原告が同被告らに対して本件丁建物を贈与したものと速断することは相当でないというべきであり、そのほかに同被告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。
4 そうすると、被告兼一および被告広治は、被告田中の本件丙土地の所有権移転登記手続義務について説示したのと同様の理由により、原告に対し、本件丁建物につき真正なる登記名義の回復を原因とする各自の共有持分権の移転登記手続をなすべき義務を負うものといわなければならない。
五 結論
よって、原告の被告田中、被告兼一および被告広治に対する各請求は、いずれも理由があるからこれを認容し、他方、被告加容子に対する各請求は、すべて理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 奥村長生 裁判官 平手勇治 裁判官小野田礼宏は、職務代行を解かれたため、署名・捺印することができない。裁判長裁判官 奥村長生)
<以下省略>