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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5067号 判決 1971年2月08日

原告 吉野秀男

被告 山崎三三一

主文

被告は原告に対し昭和二五年四月一四日付売買を原因として別紙物件目録<省略>記載の土地建物の所有権移転登記手続をせよ。

訴訟費用は全部原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は主文同旨の判決を求め、請求の原因として、次のとおり述べた。

一、原告は被告との間において、訴外福田浅雄を原告の代理人として、昭和二五年四月一四日付売買契約を以て別紙物件目録記載の土地および建物を買い受け、代金を完済して、所有権を取得した。

二、よつて、原告名義で所有権移転登記を受けるべく印鑑証明書・委任状等の必要書類を受領していたのであるが、右土地建物が未登記であつたことなどから、手続がおくれ、結局、印鑑証明の期限が切れるなどして、手続がなされないままになつた。

三、よつて、主文同旨の登記を求める。

と述べた。

被告訴訟代理人は、請求棄却・訴訟費用原告負担の判決を求め、初め、原告主張の売買契約を否認したが、後に、次のとおり主張した。

一、被告は原告に対し、原告主張の年月日に本件土地建物を売却し、そのとき代金受領と引換えに所有権移転登記のため必要な一切の書類を交付し、これにより被告の債務は一切消滅した。

二、本件土地建物は当時未登記だつたわけではなく、手続がおくれたのは原告の恣意によるもので、原告の受領遅滞であり、今日突然登記手続への協力を求められるいわれはないので、被告は原告に対し、新規な費用および慰藉料として一〇万円の支払を要求したところ、原告は、これを免れるため本件訴を提起したものであつて、権利濫用である。

立証<省略>

理由

原告が請求原因として主張する昭和二五年の不動産売買契約は、被告の主張を総合して、結局当事者間に争いないものというべきである。

そうすると、原告は、売買契約の完全な履行のため、移転登記手続への協力を被告に請求しうることは明らかである。

問題は、被告が当時、登記に必要な書類一切を原告に交付していたことは当事者間に争いなく、従つて被告の売主としての義務は一応履行されていたと認められる点である。原告は、本件土地が当時未登記であつたと主張するが、成立に争いない甲第五号証には「熊谷区裁判所松山出張所之印」が登記済の印と共に押捺されているので、右主張は採用できない。むしろ、証人福田浅雄の証言によつて認められるように、当時原告の代理人として被告と折衝し、代金も立て替え支払つた福田浅雄は、原告が当時未成年者であることを失念して契約書を作成し、一件書類を整えたため、登記申請にあたつて初めて原告名義に移転登記するのに障害のあることに気附いたが、そのまま原告の成人になるのを待つたところ、印鑑証明書の有効期限を徒過したため、改めて被告の協力を待たなければ登記することができなくなり、結局期を失して今日に至つた、というのが実情と考えられる。

そこで、右事実を基礎として考えてみるのに、売主としては、登記移転まで協力して完全な所有権を買主に得しめる義務があるのであるから、一旦登記移転に必要な書類を買主に交付したとしても、右書類による登記が結局不可能になるような事態となつた以上、たとえ右の事態を招いたことについては売主に責がなくても、改めて移転登記に協力し、必要な書類を調達交付する義務あることは当然といわねばならない。(ただ、かように売主に二度の手間をかけさせたことによる売主の出損は、買主の受領遅滞による損害として買主が売主に賠償すべきものであるが、それが一〇万円にも達するという被告の主張については何ら証拠がなく、また、総じて、かかる事情について、そのような慰藉料を必要とする精神的損害が生じるとは考えられない。)

よつて、原告の本訴請求を認容することとするが、訴訟費用については、右の事情に鑑み、被告に負担せしめるのは相当でないので、訴訟行為の懈怠による訴訟の遅滞の場合に関する民事訴訟法第九一条を準用し、全部原告に負担せしめることとして、主文のとおり判決する次第である。

(裁判官 倉田卓次)

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