東京地方裁判所 昭和45年(ワ)5955号 判決 1974年1月18日
第一事件原告・第二事件被告
国
右代表者
中村梅吉
右指定代理人
玉田勝也
外三名
第一事件被告・第二事件原告
佐藤康亮
主文
1 第一事件被告は、第一事件原告に対し、金七一、三九四円およびこれに対する昭和四〇年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 第二事件原告の請求を棄却する。
3 訴訟費用は、第一事件、第二事件を通じ、全部第一事件被告・第二事件原告の負担とする。
事実
第一 当事者双方の求める裁判
一 第一事件原告・第二事件被告
第一事件につき、主文第一項と同旨および「訴訟費用は第一事件被告の負担とする。」との判決、第二事件につき、主文第二項と同旨および「訴訟費用は第二事件原告の負担とする。」との判決。
二 第一事件被告・第二事件原告
第一事件につき「第一事件原告の請求を棄却する。」との判決、第二事件につき、「第二事件被告は、第二事件原告に対し、金五〇〇万円およびこれに対する昭和四五年六月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は第二事件被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。
第二 当事者双方の主張
一 第一事件について
1 請求の原因
(一) 第一事件被告は、いわき市常盤湯本町所在の常盤開発株式会社に雇用され坑道堀進作業に従事していたものであるが、坑内騒音のため難聴にかかつたと称し、平労働基準監督署長(以下単に「署長」という)に対し、労働者災害補償保険法による休業補償費として昭和三九年八月一九日から同年一〇月三一日までの七四日分合計金七一、三九四円を請求した。<中略>
(四) 第一事件被告は、右休業補償費不支給決定を不服として同年六月二二日福島労働者災害補償保険審査官に対し審査請求したが、同審査官は、同年一一月一七日これを棄却する旨の決定をしたので、さらに、これを不服として、昭和四一年一月一七日労働保険審査会に対し再審査請求をしたが、同年四月一三日これを取り下げた。
(五) 以上の次第で、歳人徴収官たる福島労働基準局長は、第一事件被告に対し、昭和四〇年六月一七日前記金七一、三九四円を同月二七日までに納入すべき旨の納入告知書を発送し、該通知書はその頃到達した。<中略>
2 請求の原因に対する認否<略>
二 第二事件について
1 請求の原因
(一) 第二事件被告は、昭和四五年六月一三日(訴状には「昭和四五年六月一七日」とあるが「昭和四五年六月一三日」の誤記と認める。)第二事件原告を被告として東京地方裁判所に対し前記第一事件、すなわち不当利得返還請求事件(昭和四五年(ワ)第五九五五号)を提起した。<後略>
理由
一第一事件について
1 第一事件の請求原因(一)、(四)、(五)の各事実は、いずれも当事者間に争いがない(もつとも、請求の原因(一)の事実中、平労働基準監督署長に対する労災法による休業補償費の請求については、第一事件被告は当初認めたが、その後これを否認するかの如き陳述であるが、仮りに否認するとしても、右事実は<証拠>によりこれを認めることができ、これに反する証拠はない。なお、第一事件被告は、請求の原因(四)の再審査請求の取り下げは自己の意思に基づくものではない旨陳述するがその述べるところは取り下げをするに至つた単なる動機であるに止まり、その効力を左右しない。)。
2 <証拠>によれば、平労働基準監督署長(以下単に「署長」という。)は、昭和四〇年一月二五日、第一事件被告の労働者災害補償保険法による休業補償費の請求に対し、昭和三九年八月一九日から同年一〇月三一日までの七四日分合計金七一、三九四円の支給決定をなし、昭和四〇年二月二〇日第一事件被告に右金七一、三九四円が支払われたことが認められる。右認定に反する証拠はない。
3 ところが、其の後、署長は、昭和四〇年六月一〇日、前記支給決定を取り消し、同月一七日、その旨第一事件被告に通知したことは当事者間に争いがない。
4 ところで、労働者災害補償保険法による休業補償費の請求権は、同法の趣意するところによれば、労働基準監督署長の給付決定により始めて具体的な権利としてその行使が認められる性質を有するものと解すべきである。果たしてそうであるとするならば、第一事件被告の労働者災害補償保険法による休業補償費の請求に対し、署長が金七一、三九四円の支給決定をし、該決定に基づき第一事件被告は金七一、三九四円の支払を受けたところ、その後、署長が右支給決定を取り消したことにより、第一事件被告は、右金七一、三九四円を権利なくして受けたことに帰し、これにより第一事件原告に対し同額の損失を及ぼしたものというべく、第一事件被告は、第一事件原告に対し、右利得を返還すべき義務があるというべきであり、また、本件の如く返還期限が定められた場合には、その翌日である昭和四〇年六月二八日から右支払ずみまで民法所定の年五分の割合による法定利息の支払義務あるものといわなければならない。
二第二事件について
1 第二事件の請求の原因第一項の事実は当事者間に争いがない。
2 一般に訴を提起するという訴訟行為は、客観的に理由のない場合でも、形式的要件を具備しているかぎり、手続としては一応適法にこれをなしうるが(手続的形式的適法性)、右訴訟行為をなす者がその行為の時、客観的実体的にはその理由のないことを知り、または知りうるはずであるのに、あえてその訴訟行為をなし、よつて相手方に損害を与えたときは、実質的に違法との評価(実体的実質的違法性)を受ける場合がありうるのであり、この場合右行為者は不法行為責任を負うべきものと解される。もつとも、国民が訴訟により自己の権利を主張し擁護する利益は十分尊重されなければならないから、右違法との判断は慎重になされなければならないのは、もとよりである。これを本件についてみるに、本件第一事件、すなわち第二事件被告の第二事件原告に対する不当利得返還請求事件(昭和四五年(ワ)第五九五五号)の訴の提起それ自体には何ら違法な廉はないというべきであり、第二事件被告が右訴を提起するにあたり客観的実体的にその理由のないことを知り、または知りうるはずであるのに、あえて右訴を提起したことを認めるに足りる証拠はなく、かえつて前述したところから明らかとなつたとおり、右訴は十分その理由があるというべきである。
従つて、第二事件原告の本訴請求は理由がない。
三結論
(第一事件について)
第一事件被告は、第一事件原告に対し、不当利得金七一、三九四円およびこれに対する昭和四〇年六月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払義務があるので、第一事件原告の本訴請求は正当としてこれを認容する。
(第二事件について)
第二事件原告の本訴請求は失当としてこれを棄却する。
(訴訟費用の負担について)
民事訴訟法第九五条、第八九条を適用よつて、主文のとおり判決する。
(林豊)