大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)668号 判決 1971年5月08日

原告 平瀬誠一

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 田原俊雄

同 福田拓

同 大川隆司

被告 真塩裕一

<ほか一名>

右両名訴訟代理人弁護士 大下慶郎

主文

一、被告らは各自原告平瀬誠一に対し、金一〇、〇〇〇円およびこれに対する昭和四五年二月一一日以降完済に至る迄年五分の割合による金員を支払え。

二、原告東京私学労働組合の請求および原告平瀬誠一のその余の請求をいずれも棄却する。

三、訴訟費用中、原告平瀬誠一と被告らとの間に生じた分は、これを一〇分し、その九を同原告の負担、他の一を被告らの負担とし、その余の部分は原告東京私学労働組合の負担とする。

この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一、当事者の求める裁判

一、原告ら

1、被告らは原告らに対し各自金三〇〇、〇〇〇円および右金員に対する昭和四五年二月一一日以降完済に至る迄年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

2、訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二、被告ら

1、原告らの請求をいずれも棄却する。

2、訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

≪以下事実省略≫

理由

一、原告平瀬および被告真塩は被告学園に教諭として雇用された者であり、被告学園は肩書地において女子の中学・高校短期大学を経営する学校法人であること、被告真塩が昭和四二年一〇月当時被告学園の教育企画部長の地位にあったことは当事者間に争がなく、≪証拠省略≫によれば、原告組合は東京都内とその近郊の私立学校教職員をもって組織する個人加盟の労働組合であり、原告平瀬は原告組合の組合員であって、昭和四二年一〇月当時原告組合の下部組織たる愛国学園分会の書記長の地位にあったことが認められ、これに反する証拠はない。

二、昭和四二年一〇月三日午後一時一五分頃原告平瀬が被告学園の職員室内の自席でノートにメモをしていたところ、被告真塩が右ノートを原告平瀬から取り上げ、同日以降昭和四四年一二月九日までの間これを被告学園内に保管していたことは当事者間に争がなく、右事実に≪証拠省略≫を綜合すれば次の事実が認められる。

当日午後一時一〇分から被告学園では第五時限目の授業が開始されたが、原告平瀬は担当授業がなかったので職員室の自席にいたところ、三浦亮一副校長と被告真塩が愛国学園分会のことを話題にし、「分会の中心者は平瀬と洞井だけで、遠藤ら他の者は分裂している。」「面会を強要するのは共産主義の考え方だ、組合ならば何んでもやれると思っている。」等と話し合っていたので、原告平瀬は右発言内容を自分の所持する甲第一号証のノート(以下本件ノートという)に記録していた。これを察知した三浦副校長は原告平瀬の席に近づき「何をしているのかね、今は勤務時間中だから組合活動はやめろよ。」と注意を与えたところ、原告平瀬において、「何をしようと勝手じゃないですか」等と反発したので、同室内に居た小玉総務部長に向って「小玉先生、平瀬さんは勤務時間中であるのに校務と関係のないらしいことをやっている。何をしているか聞いても答えてくれないが、私は用があるからあなた代って調べておきなさい。」と云い残して職員室を立去った。そこで小玉総務部長は原告平瀬に事情を尋したところ、同原告は依然として「何をやっていようとあんたの知ったことぢゃない。つべこべ言いなさんな」等と述べて押問答となったので、被告真塩はその場に近寄り原告平瀬に対し、「あなたは副校長からも小玉先生からも聞かれているのに何故答えようとしないのか、書いたのはこのノートですね」と言いながら原告平瀬の机上にあった本件ノートを取り上げ、原告平瀬の返還要求を拒否して本件ノートを新聞紙に包んだ上、学園内経理室のロッカーに保管し、爾来原告平瀬および原告組合から再三に亘る返還要求があったにも拘わらず、前記のとおり昭和四四年一二月九日まで返還しなかった。≪証拠判断省略≫

三、被告らは、原告真塩において本件ノートを取り上げて保管したのは、被告真塩が教育企画部長としての職務上の権限に基づきなしたものであるから違法性を阻却し、不法行為を構成しない旨主張する。

≪証拠省略≫を綜合すれば、被告真塩は教育企画部長として被告学園における教育の企画・実施・指導を統括すべき職務を有し、教職員を指導すべき立場にあったこと、被告学園では女子の育成を目的とするところから、教育の基礎を道徳教育に置き、秩序を重んじ、礼儀を正すこと等をもって教育方針としていること、被告真塩は教諭たる原告平瀬が上司である三浦副校長、小玉総務部長の注意に対し前示の如き反発的言動にでたことは被告学園の教育方針に背反するのみならず、学園の秩序を乱すものであり、かかる者に対しては自己の職責上注意指導すべき要ありと考え、原告平瀬をして是非とも事情聴取に答えさせ同原告に教諭としての自覚と学園秩序の違反に対する反省とを求める為、前示の如き経過で本件ノートを取り上げるに至ったものであること、原告平瀬は、本件ノートを取り上げられるや、被告真塩の胸部を手で突き「ノートを返せ、泥棒」等と叫んだりしたので、被告真塩は職員室内で、次いで応接室へ場所を移して、小玉・菊地両教諭ら立会の上、「そのような言い方はいけないではないか。小玉先生によく事情を話せばノートは何時でも返すから、何をしていたか早く事情を話してノートを持って行きなさい」と再三説得したこと、しかるに原告平瀬はその場に馳せ参じた分会員数名と一緒になって「ノートを返す方が先なんだから早く返せ」等と抗議するのみで、小玉総務部長の事情聴取に答えようとしなかったこと、そこで被告真塩は遂に原告平瀬に対する説得を諦らめ、前示の如く本件ノートを経理室のロッカーに保管するに至ったことが認められる。≪証拠判断省略≫

原告平瀬が勤務時間中において三浦副校長と被告真塩との間に交された発言内容を本件ノートに記述していたことの当否の点は、しばらく措き、三浦副校長および同副校長の命を受けた小玉総務部長の事情聴取に対し、原告平瀬が前記認定のような反発的態度にでたことは、教諭の職に在る者として、いささか穏当を欠くものであり、右の如き態度にでた原告平瀬に反省を求めるため被告真塩において本件ノートを取り上げたことは、同被告の前記認定の職責に照らし、必ずしも不当な措置であったとはなしがたい。しかしながら、被告真塩が教職員を指導すべき職責を有する立場にあったからといって、小玉総務部長の事情聴取に対する原告平瀬の回答を強いることはもちろん、その手段として本件ノートを原告平瀬の意思に反して保管することまでの権限を有していたものとは、とうてい認めがたい。したがって、前記認定の事情の下においては、本件ノートを取り上げてから、これをロッカーに保管する直前までの被告真塩の採った措置は、必ずしも同被告の職務上の権限を逸脱するものであったとは認めがたいけれども、その後本件ノートをロッカーに保管して返還しなかったことは、とうてい職務権限の範囲内の措置と認めることはできない。しからば被告真塩が本件ノートをロッカーに保管して二年余に亘ってこれを原告平瀬に返還しなかったことは違法であったといわざるを得ないから、被告らの前記主張は採用し得ない。

そうとすれば、被告真塩は不法行為の実行者として民法第七〇九条により、又被告真塩の前示行為は被告学園の被用者としてその事業の執行についてなされたものと認むべきことは、前記認定の事実に照し明らかであるから、被告学園は被告真塩の使用者として同法第七一五条により、それぞれ原告らに対し本件ノートの保管により原告らの蒙った損害を賠償すべき責ありといわねばならない。

四、そこで進んで本件ノートの保管行為による原告らの精神的損害の有無について検討する。

≪証拠省略≫によれば、本件ノートは原告平瀬がメモ帳として使用していたもので、昭和四二年八月一四日から本件当日である同年一〇月三日までの間における事項が前後約四六頁に亘り記録されていること、その記録事項は、主として分会の活動日程、分会総会もしくは全員集会における組合員の討議の内容、上部団体および友誼団体との交流の概要、後記不当労働行為救済申立事件の進行経過、組合活動方針や諸般の情勢に関する原告平瀬自身の考え方などに関するものであるが、被告学園の校長、三浦副校長、被告真塩らの発言内容などについての記録も散見していることが認められる。

原告らは、本件ノートが被告真塩によって取り上げ保管されたことによって、前記昭和四二年八月一四日から同年一〇月三日に至る期間内における原告組合および分会の組合活動並びに原告平瀬の組合活動等に対する考え方が被告学園に探知されたばかりか、本件ノートを二年余の長期間に亘って使用し得なかったことにより、原告らはその組合活動上大きな打撃を受け、精神的苦痛を蒙った旨主張し、≪証拠省略≫によれば、(1)、愛国学園分会では昭和四二年九月二〇日の分会総会において、同月二一日から同年一一月五日までの組合活動の日程を組み、その日程の一部として同年一〇月四日から六日までの三日間に亘り、毎日午前七時五〇分から一〇分間、被告学園の校門前において分会員深谷教諭ほか五名の解雇撤回要求を示威する斗争(校門斗争と称していた)を決定し、原告平瀬はこれを本件ノートに記載していたのであるが、本件ノートが取り上げられたことにより、分会では右校門斗争の日程が被告学園に探知されたものと判断し、右校門斗争の日程を変更したこと、(2)、本件があって以来、原告平瀬ら分会員達は、勤務時間中にメモをすれば被告学園側の者に取り上げられるとの不安から、勤務時間中における組合活動としてのメモ行為が困難になったこと、および(3)、本件当時、洞井、遠藤ら分会員約一〇名に対する被告学園の解雇に関し、同人らを申立人、被告学園を被申立人とする不当労働行為救済申立事件が東京都地方労働委員会に係属し、審問手続が行われていたが、右洞井らは本件ノートが返還されるまでの間これを右事件の証拠資料として使用し得なかったことを、それぞれ認め得るけれども、右(1)および(2)の事実だけでは、原告組合および原告平瀬において賠償に値いする程度の精神上の損害を蒙ったものとは、とうてい認めがたく、また≪証拠省略≫によれば、本件ノートには被告学園のなした前示洞井ら約一〇名の分会員に対する解雇を不当労働行為に該るものと推測せしめるに足るような資料となる事項の記載の存しないことが明らかであるから、前記(3)の事実から直ちに原告らにおいて賠償に値いする精神上の損害を受けたものと認めることはできない。

しかしながら、前示認定の本件ノートの記載内容からすれば、その記載者である原告平瀬にとっては、本件ノートの記載内容は少なくとも被告学園側もしくは管理監督の地位にある者によって閲読せられることを嫌忌していたものに係るものであったと認め得る。したがって被告真塩が本件ノートを取り上げて保管した以上、たとえ被告学園もしくは被告真塩において本件ノートの記載内容を閲読しなかったとしても、原告平瀬がこれによって精神上の苦痛を蒙ったものと認め得べく、前示の如く本件ノートが昭和四二年八月一四日から約二ヶ月間使用され、約四六頁に亘って記載ずみのものであった事実に照せば、被告真塩は本件ノートを保管するに際し本件ノートには原告平瀬の手記の存することを了知していたものと推認するに難くない。しかして、本件ノートの記載内容、被告真塩が本件ノートを保管するに至った経緯、愛国学園分会における原告平瀬の地位等を勘案すれば、本件ノートの保管に因って原告平瀬の蒙った精神的苦痛は金一〇、〇〇〇円をもって慰藉され得るものと認めるのが相当である。

五、しからば、原告平瀬の本訴請求は、被告らに対し金一〇、〇〇〇円およびこれに対する訴状送達の日の翌日であること記録上明らかな昭和四五年二月一一日以降完済に至るまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるから、これを正当として認容すべきも、原告組合の請求および原告平瀬のその余の請求は理由がないから、いずれも失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 兼築義春 裁判官菅原晴郎は転補につき、裁判官神原夏樹は転官につき、いずれも署名押印することができない。裁判長裁判官 兼築義春)

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