東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6705号 判決
以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。
〔判決理由〕一 原告ら主張の日時、場所において、原告家崇が五〇〇〇〇型車両の車体とプラットホームの間から転落し、傷害を負つた事実、被告が右車両および自由が丘駅を所有および管理していることは当事者間に争いがない。
二 そこで次に被告の責任の有無について判断する。
(一) まず、原告らは車体とホームとの間隙が約五〇センチあるので、乗降客特に老幼・病者が転落することが予測されるにもかかわらず、転落防止の措置あるいは監視員の配置を怠つたため、原告家崇が転落した旨主張する。
車体とホームとの間隙が、通常人が転落する程度のものであれば、転落防止の措置を講ずべきことは論を俟たない。しかしながら、検証の結果によると、車体とホームの間隙は一六センチメートルであることが認められる。そうすると右間隙は通常人が転落することが予測される間隙とは言えず、この点を前提とする原告らの主張は理由がない。
もつとも現実に原告家崇は転落しており、ラッシュアワー時に混雑する人ごみに押されて、体が特異な姿勢になつた場合にはその程度の間隙にも足が入り、あるいは連結車両のつぎ目から転落することが考えられないではない。検証の結果および証人富井蓉子の証言によると原告家崇が転落した時間帯はホームにあふれる程ではないが降りる客が割合多いことが認められる。
しかし証人富井の証言によると、殆んどの人が階段を降りてしまい、ホームにいる人がまばらになつた後に原告家崇が電車に近づいたことが認められる。そうすると原告家崇の転落がラッシュアワー時のホームにいる人ごみに押されたためとはいえない。
(二) 次に原告らは駅長である訴外中山信吉に監視員を置かなかつた過失がある旨主張する。
検証の結果および証人浅田卓の証言によると、自由カ丘駅の本件事故の発生したホームは、左にゆるくカーブしていること、車掌の位置から、車輛が五輛連結であつても、最前部の状況まで見通しが可能であること、少くとも原告家崇の転落したと思われる前から三輛目(後ろからも三輛目にあたる)の附近の乗客の乗降を確認することは容易であることが認められる。
右事実によると、監視員の必要性については、間引運転や他の交通機関が止まるなどの事情で異常に混雑した時を除き、これを認めがたく、車掌による監視にまかしたことをもつて、故意・過失があるとは言いがたい。
よつてこの点の原告らの主張は採用できない。
(三) なお、原告らは、以上(一)(二)に関し主張する事実関係をもつて、被告に民法七一七条による責任があると主張するが、その理由がないことは、前示(一)(二)の説示により明らかである。
(四) 次に原告らは本件車輛の車掌は、原告家崇が転落危険がある状況を現認しえたのであるから、発車を見合せるか、または、既に発車措置をとつた後に原告家崇が転落したものであるとしても、遅滞なく停車措置を構じて危害を防止すべきであるのに、これを怠つた過失があると主張する。証人富井蓉子、同浅田卓の証言によれば、原告家崇がホームと電車に顛落したのは、加害電車の車掌浅田卓が電車の扉を閉めて発車の合図をした後であることが明らかである。従つて、加害電車の車掌は、被害者がホームと電車の間に顛落したのにこれを看過して発車措置をとつた過失があるということはできない。ただ、発車措置後であつても、被害者の異常な行動に気づいて速やかに急停車措置を講ずれば、事故の発生を防止できたかどうか、そのような時間的余裕があつたかどうかが問題となる。この点につき証人富井蓉子は、被害者が電車とホームの間に足を落すと同時位に電車が動き出したと供述し、証人浅田卓は、電車が動き出して三メートル位進行した時に被害者が電車にふれたと供述する。以上各供述するところよりも早く被害者が顛落したとする証拠はない。原告家崇本人尋問の結果によれば、原告家崇は中目黒駅で加害電車に乗車し、田園調布駅まで行く予定であつたが、乗車中気分が悪くなつたので、自由ケ丘駅で途中下車し、ホームのベンチで休憩すべくホームを歩いているうちに自分の身体が前向きに急に傾くのを感じ、階殺をころげ落ちるような感じがして一瞬意識を失つたというのである。そうであれば、家崇はゆつくりした歩調でホームを歩いているうちに恐らく脳貧血と思われる症状を呈し、ために電車車体に近づいてホームと電車の間に顛落したものと思われる。そうであれば、家崇から電車三輛分の距離をおいた位置にいる車掌浅田卓としては、家崇はホームを遊歩している通常の客のように見え、家崇の身体の異常を察知することは困難であつたであろう。従つて、家崇の顛落の危険は、家崇が電車に異常に接近した後でなければこれを知り得ないことになるが、本件に現れた原告にとつて最も有利な証拠によつても、なお家崇の顛落と同時に電車が動き出したというのであるから、加害電車の車掌としては、十分な注意をしていてももはや加害電車の発車を抑止する時間的余裕はなかつたものといわなければならない。成立に争いのない甲一、二号証および証人富井蓉子の証言によれば、家崇の傷害は、電車とホームの狭あいな場所に身体が狭まり、電車の進行につれて身体がよぢれ、そのために生じた圧迫により腹腔内臓器が損傷したものであることが認められる。そうすると、電車がある程度進行するかぎり家崇の負傷は避けられないのであつて、家崇の負傷は、加害電車の車掌としてはもはやこれを防止するに由がなかつたものといわなければならない。少なくとも、本件に現れた全証拠をもつてしては、加害電車車掌の過失を認めるに足りない。よつて、この点に関する原告らの主張は理由がない。
(五) なお、原告らは商法五九〇条による責任を主張する。しかしながら、同条による運送人の責任といえども、運送人またはその使用人に過失がなかつた場合にはこれを免れるものであるところ、前認定の事実関係の下においては、被告会社はもとより、被告の使用人である加害会社車掌浅田卓に過失がなかつたものといいうるし、被告の他の使用人にも過失がないから、この点に関する原告らの主張は採用できない。
以上により、原告らの請求はすべてその理由がないから失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条に従い主文のとおり判決する。
(坂井芳雄 新城雅夫 佐々木一彦)