大判例

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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)6765号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕<証拠>によると、次の事実が認められこの認定を左右するに足りる証拠はない。

被告会社は北陸電力株式会社の神通川第一発電機のオーバーホール等の仕事で、訴外池田明夫を現場の責任者とし、清野修二、亡北山洋市、紺野和朗、小田島三郎らの作業員を巡遣していた。

本件事故当日、困難なローターの取付作業が終り、仕事が一段落をした同人らは夕刻猪谷駅前のかめや旅館に集まつた。同旅館において、同人らは被告会社から祝酒一升が寄せられたのでこれで一杯やつた際、既に翌六日からの現場での作業のなくなつた亡洋市は六日午前〇時三五分頃発の高山線の列車で猪谷駅から名古屋に出、東海道線に乗り替えて東京に戻る予定であつたが、それよりも早い五日一〇時二二分頃発の北陸線で富山から東京に帰ることに変更した。そして富山駅まで加害車(マイクロバス)を利用して行くこととし、清野に送つて行つてくれるように頼んだ。清野は一たんは「酒を飲んでいるから」ということでこの申出を断わつたが結局これに応じた。清野は既に中座して別室に行つていた現場責任者池田明夫に、同日午後九時頃、亡洋市を車で富山駅まで送つていく旨告げた。池田は清野が酒に酔つているので、冗談のつもりで言つているのだと思つて気にも止めないでいた。

被告会社では社内報で社員に対して酒酔運転の禁止、エンジンキーの十分な保管等を注意していた。加害車は被告会社の従業員の輸送用に使用されていたものであり、その運転はもつぱら清野と小林某とが担当しており、エンジンキーは池田の机の引出しに入れてあつたが、同人らにおいて随時持ち出して使用していた。

右事実によると、加害車の運転目的は、亡洋市が仕事が終り東京に帰るために使われたものであり、またこれまで従業員の輸送用に使われていたものであるから、これをもつて被告会社の業務に関連のない亡洋市の個人的用途にのみ使用されたとはいえない。確かに現場責任者である池田明夫の明示の承認をえた訳ではないが、以上の状況下における清野の運転は会社の運行支配を全く排除した意味での無断運転と言うことは出来ない。さらに亡洋市は、清野の自主約判断を失わしめる程の運転の強要をなしたとまでは認めがたい。そうすると加害車の所有者である被告会社には依然として同車の運行利益、運行支配が帰属していると言うべきであるから、その賠償責任を免がれない。

もとより、被告会社の社内報などを通じてこの種の運転を注意されているにもかかわらず、共に酒を飲んで危険な状態であることを知つていながら、一度は断つた清野に運転を頼み込んだ亡洋市の落度も、本件事故の誘因として無視できない。飲酒した旅館が猪谷駅前であつて当初の予定どおりここから出発すれば何ら本件事故に至らなかつたのである。いわば亡洋市は清野の酒酔運転の教唆者的な立場にあつたというべきであるから、本件事故によつて生じた原告らの総損害のうちほぼ三割を過失相殺により減額することとする。

(坂井芳雄 新城雅夫 佐々木一彦)

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