東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7653号 判決 1970年10月19日
原告 石田光由
右訴訟代理人弁護士 坂本利勝
被告 破産者池田勝之助破産管財人 三宅省三
被告 宮本こと 崔錫錬
主文
被告破産管財人三宅は、原告に対し、昭和四六年五月一八日限り別紙第一目録記載の建物を収去し、同第二目録記載の土地を明渡し、かつ、昭和四六年五月一八日から右土地明渡ずみまで一か月金一三三五円の割合による金員を支払え、
被告崔は、原告に対し、昭和四六年五月一八日限り別紙第一目録記載の建物から退去して同建物の敷地を明渡せ。
訴訟費用は被告らの負担とする。
事実
原告は主文同旨の判決ならびに仮執行の宣言を求め、請求原因として、
一、原告は、別紙第二目録記載の土地を所有しているが、池田勝之助との間で昭和三六年四月七日右土地を、期間は昭和五六年四月七日までとし、賃料は一か月につきそのうち六五坪については坪当り金九円、そのうち二五坪については坪当り三〇円の割合とする約で賃貸借契約を締結した。
二、池田勝之助は、右土地上に別紙第一目録記載の建物を所有していたところ、昭和四五年四月二三日午前一〇時東京地方裁判所より破産宣告を受け、被告三宅がその破産管財人に就任した。
三、被告崔は右建物に居住して右土地を占有している。
四、原告は民法六二一条に基づき昭和四五年五月一六日付内容証明郵便をもって右土地賃貸借契約の解約申入れをなし、右意思表示はその頃被告破産管財人三宅に到達した。
五、そこで、昭和四六年五月一八日になれば、被告破産管財人三宅は右建物を収去して右土地を明渡し、かつ、同日以降明渡ずみにいたるまで賃料相当損害金を支払うべき義務があり、被告崔は右建物から退去してその敷地を明渡すべき義務があるところ、右建物については池田勝之助の債権者三真産業株式会社によって任意競売の申立がなされて目下競売手続が続行され、また、同建物には今後いかなる者が居住するにいたるか図り難いものがあるので、右将来の給付を求める。
とのべた。
被告破産管財人三宅は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張一、二、四、の各事実、および五の事実中本件建物につき原告主張の競売手続が行われていることを認め、法律上の主張として、「建物所有を目的とする土地賃借人が破産宣告をうけた場合は、借地法により民法六二一条の適用がないと解するのが相当であり、仮に同法条の適用があるとしても解約の申入れについては「正当事由」の存在が要求されるべきである。」旨を陳述した。
被告崔は、適式の呼出をうけながら口頭弁論期日に出頭せず、答弁書その他の準備書面も提出しなかった。
理由
原告の各被告に対する請求原因事実は、被告破産管財人三宅においてこれを認め、被告崔は民訴法一四〇条三項によりこれを自白したとみなされる。
右当事者間に争いのない事実によれば、原告の被告両名に対する請求は、すべて理由があり正当である。
けだし、不動産賃貸借契約関係において賃借人が破産した場合、民法六二一条の適用の有無、適用ありとした場合借地法ないし借家法による修正の要否、限度については、つとに争いの存するところであり、右民法の規定の不適用説や特別法による修正説を主張するものは、本来破産財団を構成すべき財産的価値のある賃借権が、賃借人の破産という一事によって無に帰し、しかもそれによって蒙る損害の賠償すら求め得ないということはまことに不合理であると論ずるのであるが、賃貸借契約は継続的契約関係であって債権者債務者間の人的信頼関係を基盤とするものであり、このことは目的が不動産であると否とによって異るものでなく、そして、右信頼関係が破産した場合には契約終了の法的手段を与えらるべきであり、我が民法は賃借人破産を右信頼関係破綻の一場合として典型化し、明文をもって唯単に破産宣告をうけたという一事だけでそれを解約申入の一事由としたのであり、その後に制定された借地法借家法といえどもその点につき何らの規制を加えず、解釈上も、右解約申入の場合にもそれに加えて正当事由の存在することを要求したものと解することは困難である。ただ借地法の適用についてのべれば、建物所有を目的とする賃貸借契約が民法六二一条によって解約された場合には、それが債務不履行に基くものでないことは明らかであるから、解約後になお建物の存在するときは、従来の賃借人より賃貸人に対し建物買取の請求を許すべきであり、その限度にとどまるものと解すべきである。このように解するときは、不動産賃借人(破産者)の債権者は、債務者の財産が賃借権の消滅により実質的に減少し損害を蒙ると考えるかもしれないが、我が法制のもとでは、賃借権は社会的に価値あるものとして存在していようとも、本来これを自由に転々譲渡してその価値を回収できるような市場性のあるものではないことに思いを至すべきである。(したがって、これを逆に言えば、特約により賃借権の自由譲渡性の認められている賃貸借契約においては、もはや信頼関係の基盤としての人的要素が不用化し、民法六二一条の規範理由からはずれてしまっているので、この場合にのみ同法条の適用はないと解すべきであるが、本件においては、かかる特約の存在については何らの主張も立証もない。
よって、原告の請求をすべて認容し、民訴法八九条九三条を適用し、仮執行の宣言は附すべきものではなく、主文のとおり判決する。
(裁判官 安井章)