東京地方裁判所 昭和45年(ワ)7800号 判決 1973年9月18日
佐賀県唐津市海岸七一八二番地の五八 長生堂病院内 原告 渡辺広
同所 原告 渡辺渡
神奈川県川崎市多摩区生田六〇七一番地 原告 浅谷孝世
右三名訴訟代理人弁護士 光石士郎
同 黒田英文
同 光石忠敬
同 沼田安弘
右復代理人弁護士 山田善一
神奈川県横浜市中区千歳町二番の八 被告 日産プリンス神奈川販売株式会社
右代表者代表取締役 新保真一
右訴訟代理人弁護士 馬場英彦
神奈川県鎌倉市津六二七番地 被告 大福建設株式会社
右代表者代表取締役 桐月大治
同所 被告 桐月大治
右両名訴訟代理人弁護士 真壁英二
同 飯塚孝
神奈川県鎌倉市岩瀬一丁目一五番一一号 被告 渡辺進
右訴訟代理人弁護士 佐々間哲雄
右復代理人弁護士 関根幸三
同 山本公定
右当事者間の頭書事件につき、当裁判所はつぎのとおり判決する。
主文
1 被告大福建設株式会社、同桐月大治、同渡辺進は各自原告渡辺広に対し五、〇〇〇万円、同渡辺渡に対し二〇〇万円、同浅谷孝世に対し七六万八、八一三円および右各金員に対する昭和四五年四月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による各金員を支払え。
2 原告らの被告日産プリンス神奈川販売株式会社に対する各請求および原告浅谷孝世の被告大福建設株式会社、同桐月大治、同渡辺進に対するその余の各請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用のうち、原告らと被告日産プリンス神奈川販売株式会社の関係においては被告日産プリンス神奈川販売株式会社に生じた費用は原告らの負担とし、原告渡辺広、同渡辺渡と被告大福建設株式会社、同桐月大治、同渡辺進との関係においては、原告渡辺広、同渡辺渡に生じた費用は右被告の負担とし、原告浅谷孝世と被告大福建設株式会社、同桐月大治、同渡辺進の関係においては右原告および右被告らに生じた費用はこれを二分し、その一を右原告の、その余を右被告らの各負担とする。
4 この判決は主文第一項に限り仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 原告ら
「被告らは連帯して原告渡辺広に対し五、〇〇〇万円、同渡辺渡に対し二〇〇万円、同浅谷孝世に対し一一三万七、四五〇円および右各金員に対する昭和四五年四月一二日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告らの負担とする」との判決ならびに仮執行宣言を求める。
二 被告ら
「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決を求める。
第二主張
一 原告ら(請求原因)
(一) 事故の発生
原告渡辺広(以下原告広という。)と同浅谷孝世(以下原告浅谷という。)は、つぎの交通事故(以下本件事故という。)によって、傷害を受けた。なお、その際原告広所有の4記載の自動車は破壊した。
1 発生時 昭和四五年四月一一日午後九時頃
2 発生地 神奈川県茅ヶ崎市菱沼海岸九丁目三八番地先国道一三四号線路上
3 加害車 普通乗用自動車(横浜五な八一〇七号、以下被告車という。)
運転者 被告渡辺進(以下被告渡辺という。)
4 被害車 普通乗用自動車(七〇年式フォルクスワーゲン一二〇〇、横浜五一す二三三七号、以下原告車という。)
運転者 原告浅谷 同乗者 原告広
5 態様 正面衝突
6 受傷および治療経過
原告広は、右事故により頭部外傷、硬膜下水腫、脳挫傷等の傷害を受け、事故当日から昭和四五年四月一二日まで小沢整形外科医院で応急手当を受けたのち、同日から同年六月一六日まで済生会神奈川県病院に入院して開頭水腫除去手術を受け、同月一八日から同年一二月三一日まで国立埼玉病院に入院して各治療を受けたが、事故後約一ヵ月間は右傷害により危篤状態が続き、生命の危険を脱してからも、左側頭部強打による間脳障害が原因で右手足の動作が思うにまかせず、また尿崩症を併発したりし、現在においては未だ右間脳障害等による精神障害が存し、廃人同様の状態にあり、回復の見通しはない。
原告浅谷は、右事故により頭部外傷、右腓骨骨折等の傷害を受け、事故当日から昭和四五年四月一三日まで小沢整形外科医院で応急手当を受けたのち、同日から同年六月八日まで国立横須賀病院に入院し、さらに同日から同年一〇月一六日まで同病院に通院して治療を受けたが、現在においても右足疼痛等の後遺症状が残存している。
(二) 責任原因
1 被告日産プリンス神奈川販売株式会社(以下被告日産プリンスという。)
被告日産プリンスは被告車を所有し、自己のため運行の用に供していたものであるから自賠法三条による賠償責任がある。
すなわち、被告車は、自動車登録原簿上昭和四四年八月六日被告日産プリンスの所有および使用者名で登録され、以後抹消登録されるまで、右名義は変更されなかったから、被告日産プリンスの所有に属する。
2 被告大福建設株式会社(以下被告大福建設という。)
(1) 被告大福建設は被告車を保有者たる被告日産プリンスから借り受け、自己のため運行の用に供していたから自賠法三条により賠償の責任がある。
(2) 被告大福建設は、被告渡辺を使用し、被告渡辺が被告大福建設の工事部長として、業務執行中後記のような過失によって本件事故を発生させた。また少なくとも外形的、客観的にみれば、被告渡辺の本件運転行為はその職務行為の範囲に属するから、被告大福建設の事業の執行ということができる。すなわち被告渡辺は被告大福建設の工事部長であったが、被告大福建設には工事部長用の自動車はなく、被告渡辺はその職務を執行するため被告車を運転していた。被告大福建設は総合建築請負を業とするものであるから、その工事部長は業務執行に自動車は必要不可欠であったからである。
よって被告大福建設は民法七一五条一項により使用者として賠償責任を免れない。
3 被告桐月大治(以下被告桐月という。)
(1) 被告桐月は被告車を保有者たる被告日産プリンスから借り受け、自己のため運行の用に供していたから自賠法三条により賠償の責任がある。
(2) 被告桐月は被告大福建設の代表取締役として被告渡辺を工事部長に選任し、被告大福建設に代り現実に被告渡辺の業務執行を監督する立場にあったから、民法七一五条二項により代理監督者として賠償責任がある。
被告大福建設は資本金一〇〇万円の株式会社であり、発行済株式総数の過半数は被告桐月が保有し、残余は訴外桐月一雄、同克己、同照子ほかによって保有され、設立発起人、取締役等もほぼ被告桐月はじめ右記の者らによって構成されてはいるが被告桐月以外の者はすべて同被告の一族で、単に名目のみの地位にあり、被告大福建設の経営にたずさわってはいない。被告大福建設の経営、人事その他一切は被告桐月独りの判断で決定されているものであるから、被告桐月は被告渡辺を現実に監督する立場にあった。
4 被告渡辺
被告渡辺は、本件事故現場にさしかかった際、原告車が対向してくるのを認めたのであるから、前方を注視し、道路の左側部分を通行し続け対向車が安全に進行できるよう運転すべき注意義務があるのに、これを怠り自車右前方の安全を確認せず、急にハンドルを右に切り、自車をセンターラインを越え対向車線に進入させた過失により本件事故を惹起させたから、民法七〇九条により賠償責任を負う。
(三) 損害
1 原告広
(1) 入院治療費 六万七、四七〇円
前示の昭和四五年一二月三一日までの入院治療に要した費用のうち、健康保険による支払を除いた自己負担分である。
(2) 栄養補給費 一三万六、一五三円
原告広は前示尿崩症のため、大量の果汁等の補給を要し、担当医師の指示のもとに昭和四五年一二月三一日までの間その費用として右記金額を要した。
(3) 付添看護費用 二三三万二、二七三円
原告広は前示各症状のため常時付添看護が必要で、その費用として昭和四五年六月三〇日までの間一七万二、二七三円を支出し、なお向後三年間に二一六万円を要する。
(4) 家族交通費 四九万三、七五〇円
原告広は前示のとおり危篤状態が続いたので、実父や兄弟等が看病にかけつけ、その後も見舞等のため前示と病院に通ったが、そのための費用として昭和四五年一二月三一日までの間右記金額を支出した。
(5) 電話料 七万五、九七六円
昭和四五年一二月三一日までの間に、親族等への連絡のために要した。
(6) 付添人および見舞人への食費等 一二万八、六四三円
昭和四五年六月三〇日までの間に右記金額を支出した。
(7) 入院雑費 一四万五、六一〇円
昭和四五年一二月三一日までの間寝間着等着衣の洗濯代、紙オシメ、氷、洗面器、洗剤の購入代等、付添人用の寝具購入代、その他雑費として右記金額を支出した。
(8) 医師、看護婦への謝礼 四一万三、六二四円
昭和四五年一二月三一日までの間に支出した。
(9) 休業損害 一三万〇、三二〇円
原告広は国立療養所久里浜病院勤務のかたわら皆川病院に毎月四日間勤務し、一ヵ月三万二、五八〇円の副業収入を得ており、昭和四五年八月一九日まで継続する予定であったので、本件事故により右金額の損害を蒙った。
(10) 逸失利益 七、八〇七万六、〇五七円
原告広は昭和四二年三月日本医科大学を卒業し、翌年医師国家試験に合格し、昭和四四年四月から前記久里浜病院に勤務していた精神科医師であるが、昭和四五年八月一九日右病院を退職し、郷里の佐賀県唐津市において実父、実兄のもとで医業にたずさわり、三五才になってからは独立して病院を開業する予定であったところ、本件事故による傷害の前示後遺症状により今後医師としてのみならず何らの職業にも就くことができない状態である。
ところで、原告広は、本件事故に遭遇しなければ勤務医または開業医として平均余命である七二才に達するまで別表のとおりの収入を得る筈であり、年別ホフマン複式により中間利息を控除して現価を算出すると右記金額となる。
(11) 慰藉料 一、一六〇万円
原告広の本件事故による受傷のための前示治療経過等に鑑みると、傷害による慰藉料としては一六〇万円が相当であり、また前示後遺症およびそれにより原告広が医師としての能力を喪失したことで蒙った精神的苦痛の甚大さに鑑みると、後遺障害による慰藉料としては一、〇〇〇万円が相当である。
2 原告渡辺渡
原告渡辺渡(以下原告渡という。)は、原告広の実父で、医師であるが、原告広が本件事故による傷害の後遺症状により医師としての能力を喪失したばかりか、廃人同様となったので、同原告を引取って生涯世話をしなければならない立場に置かれ、これにより原告広が生命を害されたにも勝るとも劣らない精神的苦痛を蒙ったもので、右苦痛に対しては少くとも二〇〇万円をもって慰藉すべきである。
3 原告浅谷
(1) 入・通院治療費 六万三、二五四円
前示の昭和四五年八月三一日までの間の入通院治療に要した費用のうち、健康保険による支払を除いた自己負担分である。
(2) 付添看護費用 二、七八四円
原告浅谷は、事故当日から二日間意識不明であったので、付添看護を要した。
(3) 通院交通費 二万三、二四〇円
原告浅谷は昭和四五年六月九日から同年一〇月一六日までの間国立横須賀病院へ通院するために右支出を要した。
(4) 家族交通費 九、四二〇円
原告浅谷が入院中、同原告の父母と弟が見舞のため前示医院へ行くために要した。
(5) 入院雑費等 四万三、五五二円
原告浅谷は入院中、電話代として一万〇、三五二円、医師看護婦への謝礼として一万円、諸雑費として二万三、二〇〇円を支出した。
(6) 休業損害 八万五、二〇〇円
原告浅谷は、事故当時国立療養所久里浜病院に看護婦として勤務し、本俸月額三万一、〇〇〇円、諸手当を加え月収四万円であったところ、本件事故による欠勤のため昭和四五年四月一二日から諸手当月額九、〇〇〇円(合計三万九、〇〇〇円)を受給できず、また同年九月分の本俸月額が二〇パーセント(六、二〇〇円)を減額された。これにより原告浅谷は、昭和四五年四月一二日から右病院退職日である同年八月三一日までの間四万五、二〇〇円の収入減による同額の損害を蒙った。また原告浅谷は本件事故により事実上右病院へ復職することは不可能となり、傷害が治癒し他病院へ就職するまで一ヵ月間を要し、この間の損害は少なくとも四万円である。
(7) 慰藉料 九一万円
原告浅谷の前示傷害の治療経過等に鑑み、傷害による慰藉料としては七二万円、前示後遺症状に鑑み後遺障害による慰藉料としては一九万円が相当である。
(四) 結論
1 原告は広被告らに対し各自、以上の損害合計九、三五九万九、八七五円についてその一部である五、〇〇〇万円およびこれに対する本件事故日の翌日である昭和四五年四月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 原告渡は被告らに対し各自二〇〇万円およびこれに対する昭和四五年四月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
3 原告浅谷は被告らに対し各自、以上の損害合計一一三万七、四五〇円およびこれに対する昭和四五年四月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 被告ら(請求原因に対する答弁)
(一) 被告日産プリンス≪省略≫
(二) 被告大福建設、同桐月
請求原田(一)項の事実は不知。
請求原因(二)項2および3の各(1)の事実は否認する。
被告車は、被告渡辺が被告日産プリンスから私的に買い受け、私用のため使用中のものである。
請求原因(二)項2(2)の事実中、被告大福建設が当時被告渡辺を使用していたことは認めるが、その余は否認する。なお、被告大福建設は被告渡辺を工事部長として処遇する予定であり、被告渡辺は、被告大福建設を事故日の前々日である昭和四五年四月九日午後三時に早退し、前日である一〇日および当日の一一日はいずれも欠勤し、しかも本件事故は夜間午後九時すぎに発生したもので、当日は被告大福建設には夜間の仕事はなく、事故地点も同被告と何ら関係のない地点であるから、本件事故は被告渡辺の私生活上の行為である。
請求原因(二)項3(2)の事実中、被告桐月が被告大福建設の代表取締役で、被告大福建設が資本金一〇〇万円の株式会社で、株主、取締役が原告ら主張のとおりであることは認めるが、その余は否認する。
≪省略≫
(三) 被告渡辺≪省略≫
三 被告ら(抗弁および反論)
(一) 被告日産プリンス
1 (運行供用者の地位の喪失)
被告日産プリンスは、昭和四四年六月三〇日被告渡辺の妻である訴外渡辺和子(以下和子という。)に対し被告車を割賦販売の方法で所有権を留保して売渡し、同時に引渡を済ませた。その際被告車の所有権は売買代金の完済と同時に買主である右和子に移転する旨約した。
右売買における所有権の留保は、割賦代金の支払を確保するためのみに行なわれたものであり、また被告日産プリスと和子との間に支配従属関係を内包する企業共同的な関係は存在せず、被告車の右引渡をもって被告車の所有権の内容たる使用権は一切買主たる和子に移っており、被告車の使用名義は依然として被告日産プリンスのままであったものの、被告日産プリンスは被告車の使用名義を和子に移転すべく、車庫証明書の提出を求めていたものであるが、和子からその提出がなかったので、被告車の使用名義を変更しなかったまでで、被告日産プリンスが被告車について何らかの権限を留保しようとしたものではない。
以上のとおり、被告日産プリンスは昭和四四年六月三〇日限り被告車に対する運行支配および運行利益を喪失したものである。
なお、原告らは後記五(一)のとおり、被告車の売買契約は自賠法五条に違反し、無効であるから、被告日産プリンスは実質的にも被告車の所有者として保有者責任を免れない、と主張するが、自賠法三条の保有者であるか否かを決定するにあたっては、当該自動車の使用をめぐる事実状態如何が重要であって、右自動車の売買契約の効力の有無(被告日産プリンスと和子間の本件売買契約は無効ではない)は、右事実状態に変動をもたらさない限り、保有者責任とは関係がなく、原告らの右主張は失当である。
2 (損害の填補)
原告広は自賠責保険から一八一万円、原告浅谷は一一万七、四三二円をいずれも本件事故による損害を填補するものとして受領した。
(二)(三)1≪省略≫
2 (損害の填補)
前示(一)2に同じ
四 原告ら(抗弁に対する認否)
被告日産プリンスの抗弁(一)項1の事実中、同被告が昭和四四年六月三〇日名義上和子との間で同人に対し被告車を割賦販売の方法で所有権を留保して売渡す旨契約を結んだことは認め、その余は争う。
≪省略≫
五 原告ら(反論)
(一) 被告日産プリンスと和子との間の被告車の売買契約は自賠法五条、八七条一項に違反しているから、つぎのとおり無効であり、被告日産プリンスは実質的にも被告車の所有者として運行供用者としての責任を免れ得ない。
自賠法五条は「自動車はこれについてこの法律で定める自動車損害賠償責任保険の契約が締結されているものでなければ運行の用に供してはならない。」と定め、同規定違反者には刑罰を課する旨の規定が存する(同法八七条一項)。ところで、自賠法は損害賠償を保障する制度を確立することによって被害者の保護を図ることを目的としているが、右目的および自賠法五条の規定の趣旨に鑑みれば、同条に違反し、自動車の売買契約の際売主から買主へ責任保険の名義移転がなされないときは、右売買契約は効力を生じないと解すべきである。
(二) 被告日産プリンスは、被告車の本件売買において、被告車の所有権留保は売買代金の支払を確保するためのみに行なわれたと主張するが、一般に被告日産プリンスのような自動車ディーラーが所有権留保割賦販売方式をとる理由は単に割賦代金債権の確保に止まるものではなく、当該自動車の従前の使用状況を秘匿し、新規売買として高い利益を得ることにもある。本件においても、被告日産プリンスと和子との間の売買契約時点における被告車についての登録原簿上の使用者は訴外日産プリンス横浜となっていたものであるが、現実の使用者は、某タクシー会社の代表者である訴外石井佐代治であったのであり、右の理は本件でも妥当する。
また、自動車ディーラーは、右販売方式の採用によって買主が破産その他各種の強制執行を受けたとき、その強大な所有権を発動させることによって、売買代金債権を回収することができる。
自動車ディーラーは、右のような利点のある所有権留保割賦販売方式を利用することによって資力の乏しい者に大量に自動車を売り付けて多大の利益を得、その結果大量の交通事故加害者が資力を有せず、被害者に対し損害賠償義務を履行しえないという状況を創出したといって誤りない。本件における被告渡辺らもその例にもれるものではない。
右のような現状に鑑みるとき、自動車ディーラーと一般買主との自動車売買契約は附合契約であり、右契約を自動車ディーラーが利益を享受し得るときは、当該自動車の所有者としての権限を認めるのに、割賦販売中買主が交通事故を起したときのように自動車ディーラーが損失を蒙るときは保有者としての責任を認めないような解釈は、一般の法感情に甚しく反するのみならず、実質的な衡平の理念にも反し不当である。したがって、自動車ディーラーが所有権留保割賦販売方式によって自動車を売り渡し、買主が右割賦代金未済の間に右自動車を運転して交通事故を発生させたときは、右売主かつ所有者たる自動車ディーラーは自賠法三条の運行供用者として賠償責任を負うと解すべきである。
第三証拠関係≪省略≫
理由
一 事故の発生
原告らと被告日産プリンス、同大福建設および桐月との間の関係において判断すると、≪証拠省略≫によれば、原告ら主張の日時場所において、原告浅谷が運転する原告車と被告渡辺が運転する被告車が正面衝突し、右事故により原告車に同乗していた原告広、右原告浅谷が各負傷し、原告広の所有に属する原告車が損壊したことが認められ、右認定に反する証拠はない。
原告らと被告渡辺との間においては請求原因(一)項1ないし5記載のとおり本件事故が発生したことは争いがない。
二 責任原因
(一) 被告日産プリンスの自賠法三条による責任について、原告らと同被告との関係において判断する。
被告日産プリンスは、昭和四四年六月三〇日当時から被告車を所有していたが、被告車についての自動車登録原簿上同四四年八月六日に被告日産プリンスの所有とされ、それと共に使用者名義も被告日産プリンスとされるに及び、被告車が廃車処分されるまで右登録名義に変更はなかったこと、そして被告日産プリンスは昭和四四年六月三〇日名義上和子に対し被告車を所有権を留保して割賦販売の方法で売り渡したことは争いがない。
右争いのない事実と≪証拠省略≫によればつぎのとおりの事実が認められる。
被告日産プリンスは、自動車、およびその部品等の仕入・販売・修理・保管等を業とする、いわゆる自動車販売会社であるが、前示のとおり被告車を名義上和子に売り渡したが、被告渡辺が昭和四四年六月三〇日被告日産プリンスから引渡を受け、以来これを管理すると共に運転利用したこと、
被告日産プリンスと和子との本件売買契約の要旨は、(1)被告日産プリンスは和子に自家用に使用するものとして被告車を代金四一万三、六〇〇円で売り渡し、和子は、右代金の内金二一万円を契約時に支払い残額を昭和四四年八月から同四五年五月まで割賦により支払う。(2)右割賦代金が完済されるまで、被告車は被告日産プリンスの所有とし、その間和子が被告車を無償で使用することができるが、その使用は善良な管理者の注意をもってすることを要し、また和子は被告車を他人に貸与、譲渡、質入もしくは権利設定する等の行為をしてはならない。(3)被告日産プリンスは被告車をその所在場所で点検し、和子に使用上の注意をすることができる。(4)被告日産プリンスは和子に割賦金の支払遅滞、信用状態悪化等の一定事由が発生したとき、売買契約を解除することができ、残代金を一時に請求することができ、また、被告車の使用許諾を撤回し、被告車を回収することができる、というものであること、
被告日産プリンスは前示のとおり自動車販売会社であり、被告渡辺とは、同被告の妻である和子名義で右の約定のもとに被告車を売り渡し、同被告が被告車を運転利用することを黙認していたという、自動車売主と名義上の買主の夫であり、かつ右自動車の利用者ということ以外には雇傭、請負等被告日産プリンスの業務に関する支配服従関係はなく、また被告日産プリンスは被告渡辺もしくは和子に対し被告車の使用、保管等について具体的な指示もしくは注意を与えたことはないこと、
被告渡辺は、和子が被告車の残代金を完済しない間に本件事故を発生させたものであること、
以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
そこで、被告日産プリンスが被告車の運行供用者といえるかについて考えると、問題は被告車の売主たる被告日産プリンスは名義上の買主たる和子の割賦代金完済前において、被告車について運行支配および運行利益を有するか、ということに帰着すると考えられるので、前示認定事実および≪証拠省略≫にもとづいて、被告車の保管・使用状況について以下検討する。
前示契約によれば、和子は、買い受け後割賦代金完済まで被告車を占有し、無償で使用することができ、本件では被告渡辺が実質上占有・使用していたものであるが、右占有は被告日産プリンスのための占有で、さらに被告日産プリンスは、被告渡辺もしくは和子が被告車の現状または保管場所を変更しようとするときは、その承諾を得ることを求めることができ、また被告車を点検し、使用上の注意等を与えることができるとされているから、これによっても被告日産プリンスは被告車に一定の支配力を及ぼし得ることが明らかである。また右契約によれば、被告日産プリンスは和子が割賦代金の支払遅滞、仮差押等を受け、また破産等を申立てられたときは、契約を解除し、被告車の使用許諾を撤回し、その引渡を求めることができる、とされているから、これによれば被告日産プリンスは潜在的ではあるが、所有権者として被告車に支配を及ぼし得る。しかし、
右売買契約の目的、全体の趣旨からして、被告日産プリンスの右支配は、和子に対する売買代金の支払確保のため、いわば担保目的物というべき被告車の担保価値の減少を防止する目的に出たものであって、右以外の目的で右支配力を用いるものではなく、かつ契約の趣旨に照し、右を用いることはできない、と解すべきものである。
そうすると、被告日産プリンスは、割賦代金の支払確保という目的の限度で被告車に対し前示の一定の支配を及ぼし得るというにすぎないから、被告日産プリンスが被告車に対し右内容の支配を有することをもっては、運行支配および運行利益を有するとはいえず、自賠法三条による運行供用者として本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責任を負うべき筋合ではない。
ところが、原告らは、本件において被告日産プリンスは被告車を売り渡す際、自賠責保険の名義をその保有者から和子もしくは被告渡辺に移転をしていないこと、また、そのため右売買契約は無効であることを根拠に、被告日産プリンスは被告車の所有者として保有者責任を負うと主張するのであるが、自賠責保険における被保険者の地位は、その名義の所在如何にかかわらず、当該自動車の運行供用者の異動に随伴して異動するもの(自賠法一一条)、すなわち右自動車の使用・運行状況等にもとづいて運行供用者と判断された者が被保険者となるのであって、形式的な被保険者名義如何は運行供用者の決定を左右するものではない。また、それゆえ、本件において原告ら右主張のとおりの事実が存するとしても、本件被告車の売買がそれだけで無効になるものではない。そうすると、いずれにしても原告らの右主張はそれ自体において失当で、採用の限りではない。
また、原告らは、被告日産プリンスが所有権留保割賦販売方式により被告車を和子に売り渡したのは、割賦代金支払確保の目的だけではなく、被告車の所有および使用者名義を被告日産プリンス等自動車ディーラーとしておくことによって、被告車の事実上の前使用者名を隠蔽し、もって販売上有利な契約を締結せんとするものであると主張しているが、本件において右主張の事実が認められるとしても、被告日産プリンスが販売政策上有利な立場に立つことと、被告車の運行支配および運行利益の帰属とは何ら関連がなく、原告らの右主張はそれ自体理由がなく、採用しない。
(二) 被告大福建設の責任について、原告らと同被告、被告桐月との関係において判断する。
被告大福建設が本件事故当時被告渡辺を使用していたことは当事者間に争いがなく、この事実と≪証拠省略≫によればつぎのとおりの事実が認められる。
被告大福建設は昭和四三年一〇月に設立され、その当初から被告桐月が代表取締役の地位にあり、総合建築請負業を目的とする会社であるが、実際には建築業のうち木造建築を主たる業務とする会社、被告渡辺は大工職人で、かねてから、妻である和子の名義で被告日産プリンスから買受けた被告車を運転利用していたものであること、
被告大福建設の取締役は、被告桐月のほか二名であり、そのうちの桐月克己は日本金属工業株式会社に勤務するもの、金子崇史は被告大福建設の取引先のもので、いずれも無報酬で、被告大福建設の業務には従事せず、実際上被告桐月独りが被告大福建設を代表して対外的交渉もしくは取引業務を行なうほか、請負工事現場においては従業員等の作業を指揮監督し、また経理、人事事務等を統括遂行しかつ自らもこれを行うこともあり、被告大福建設の従業員は、本件事故当時被告渡辺のほか五名で、うち四名が現場作業員であるため、請負工事の規模が大きいときは、従業員の作業のみではこれをまかない切れないことがあり、その場合下請の方法を採用し、下請人夫を用いるが、そのため対外的な交渉取引業務のほか、自動車による右の人夫等の送迎業務を行なう必要があったこと、
被告大福建設は昭和四五年三月中頃被告渡辺を雇傭し、同被告を工事部長として処遇し、建築作業に関しては一定範囲で代表取締役である被告桐月を代理する権限を与えることを予定し、同被告の肩書住所を被告大福建設の大船営業所と表示する名刺を使用させていたこと、
被告渡辺は被告大福建設に雇傭され、同被告の請負工事現場で建築作業に従事していたが、当時右現場は藤沢市内にあったところ、被告渡辺は、鎌倉市内の被告大福建設の事務所へ出勤し、その後右現場へ行くか、直接右現場へ行き、帰途も同様であったが、右通勤には被告車を利用していたこと、
また、被告渡辺は、被告大福建設の業務として被告車で前示の従業員、下請人夫等を右現場と右事務所との間等において運送していたが、そのために要する被告車のガソリン代について被告桐月との間で当初被告大福建設が全額負担すると約していたが、のちに被告渡辺が被告車を私用にも相当利用していたとして、その半額を負担し、そのとおり支払ったこと、
被告渡辺は本件事故当日被告大福建設を無断欠勤し、自己の飲食代金の支払のため茅ヶ崎市内まで行き、その帰途本件事故を発生させたものであること。
以上の事実が認められ(る。)≪証拠判断省略≫
右の認定事実によれば、被告大福建設は被告車を自己のため運行の用に供したということを妨げないから、同被告は本件事故により原告らに生じた損害を賠償する責任を免れることはできない。
(三) 被告桐月の責任について、原告らと同被告との関係において判断する。
被告大福建設は、資本金一〇〇万円の株式会社であるが、その株式の過半数は被告桐月が保有し、その残余は同被告の兄や妻である者が保有し、その役員は一部を除き被告桐月の一族の者によって占められていることは当事者間に争いなく、この事実と(三)に述べた各事実によれば、被告大福建設は、事実上被告桐月が単独で掌握・支配し、全従業員の業務執行について直接指揮監督するという形態の会社で、実質的には被告桐月の個人企業と同視し得るから、被告桐月は、被告大福建設と同一人格として(二)に述べたとおり被告車を自己のため運行の用に供したものとして原告らに対し賠償責任を負わなければならない。
(四) 被告渡辺の民法七〇九条による責任について、原告らと被告大福建設、同桐月および同渡辺との関係において判断する。
≪証拠省略≫によれば、本件事故発生現場は、前示国道一三四号線道路上であるが、右国道は本件事故現場付近においてほぼ東西に通じていて、歩車道の区別がなく、道路幅員は約一一、三メートルで、その中央部分に白線の中央線が表示された平坦なアスファルト舗装道路であるが、同国道は江の島(東)方面から平塚(西)方面へ向うと、本件事故現場直前においてゆるやかに左に彎曲しているけれども、周囲は丈の低い砂防林が存するのみで見とおしは良い状況であること、本件事故当時現場付近はおりからの降雨のため湿潤状態であったこと、また事故当時夜間であったが、国道沿いに設置された水銀灯による照明があり、事故直後においては約二〇〇メートルまで見とおすことができたことが認められ、右認定に反する証拠はない。
請求原因(一)1ないし5の事実(原告らと被告大福建設および同桐月との間では前認定のとおり。原告らと被告渡辺との間では争いがない)。、右認定事実および前掲各証拠によれば、被告渡辺は、前示日時頃被告車を運転し、右国道の江の島(東行)方向車線上で、中央線から約三〇センチメートル北側のところを毎時約五〇キロメートルの速度で東進していたところ、当時同方向に被告車の左前方六ないし七メートルのところを軽四輪自動車が先行していたが、右軽四輪車の速度が毎時五〇キロメートル以下であったので、間もなく被告車と右軽四輪車との距離が接近し、右両車両が併進に近い恰好で本件現場付近に至ったこと、原告浅谷は同じ頃原告車を運転し、前示国通の平塚(西行)方向車線上で、中央線寄りを毎時約三〇キロメートルの速度で西進し、本件現場付近にさしかかったこと、被告渡辺は、右のような状況のもとで、前示軽四輪車の動向に気をとられ、営業用普通乗用自動車(以下タクシーという。)が後続進行していたことに気づかず、タクシーが毎時約七〇キロメートルの速度で被告車を左側から追い越し、その追越が終わる寸前になってようやくこれを認め、とっさに右にハンドルを切ったため被告車は中央線を越え反対車線に進入したこと、そして同被告は右と相前後して、原告車が右前方約四〇メートルの地点から対向してくるのを認め、被告車が対向車線上を進行していたことを認識していたのに、軽くブレーキを踏んだ以外何ら避譲措置をとらないまま進行し、道路中央線から一メートル弱南側の対向車線上の地点において被告車の前部を原告車の右前部に衝突させ、もって原告広、同浅谷に傷害を負わせたものと認められ、つぎに述べるほか右認定に反する証拠はない。
ところで、被告渡辺は、本件事故直前被告車は左側から追い越してきたタクシーに接触され、その衝撃で中央線を越えたものであると主張し、右に沿う同被告本人の供述部分が存するが、≪証拠省略≫によれば、事故直後に作成された実況見分調書にはその旨の記載も、また右接触による被告車の破損状況についての記載もないことが認められ、事故直前の被告車の進行位置と衝突地点についての前示認定事実にもとづいて考えると、被告車がタクシーとの接触の衝撃によって進行位置を変えたとすると、その衝撃は相当大きいものと推認され、被告車の破損は軽微なものではないと考えられるのに、≪証拠省略≫によれば、被告車は右接触によりフロントバンパーにとり付けられたネオンコントロールがはがれ、バンパーにタクシーの外装のための塗料が少量付着していたというにすぎず、また右タクシーは接触後そのまま進行を続け、現場を去ったというのであり、右客観的な状況から推認できる事実と右被告渡辺の供述部分は必ずしも符合せず、被告車はタクシーとの接触による衝撃によって中央線を越えたとの供述部分は採用しない。右の各事実を合せ考えると、被告車とタクシーとの接触があったとしても、それは軽微なもので、その衝撃により被告車が一メートル強も右横に進行線を移動させられる程度のものではない、と認めるのが相当である。
以上によれば、被告渡辺は、右のような状況のもとで被告車の運転について対向車あるいは後続車等の運行状況を注視し、その場の状況に応じて適切な運転操作を行ない、もって自車を道路中央線を越え対向車線に進入させることのないように注意義務を尽すべきであったのに、これを怠り、通行区分違反の過失を犯したものであり、右過失により本件事故を発生させたから、右事故により原告らに生じた後記損害を賠償する責任がある。
三 損害
原告らと被告大福建設、同桐月、同渡辺間において判断する。
(一) 原告広
≪証拠省略≫によれば、原告広は、本件事故によって脳挫傷、顔面挫創、左膝、右下腿挫創、胸部、右足部挫傷の傷害を受け、右受傷と同時に意識を失い、昏睡状態のまま小沢整形外科医院にかつぎ込まれ、同医院において事故当日とその翌日応急手当を受けたのち、昭和四五年四月一二日から済生会神奈川県病院に転入院し、同病院において頭部の傷害については、頭部外傷、硬膜下水腫、脳挫傷の診断を受け、同月二二日に開頭水腫除去手術を受け、その後右手術によって徐々に意識を回復し始めたものの、その頃からうわ言をいい、また、病床で連日の如く暴れる等の強度の精神錯乱状態に陥ったばかりか、右頭部外傷に基因する尿崩症を併発し、右各症状についての総合的な治療が必要となったために、昭和四五年六月二三日から国立埼玉病院へ転入院し、頭部の右手術後の治療、尿崩症および精神症状に対する各治療を受け、その結果同年一二月三一日同病院を退院したが、その当時において、尿崩症はほぼ治癒し、また前示のような強度の精神錯乱症状はなくなったものの、依然として逆行性健忘、注意集中困難、情緒不安定、精神活動易疲労性、抑制力低下等の精神症状が残存し、右各症状は現在においてもほとんど軽快せず、その回復は非常に困難な状況にある。また同原告は、現在肩書地実父方で医師の指示のもとに療養しているが、その間同居している甥あるいは姪に対し理由もなく押えつける等の暴力を振ったり、飼い犬の小屋に入り込んで、犬とたわむれたり、あるいは原告浅谷孝世ないしその家族に宛て、現在においても連日の様に同人らを罵倒中傷する葉書を執拗に送りさらには兄弟はじめ実父方の使用人、知人に対しても何の理由もなく相手を侮辱、愚弄する内容の手紙、葉書を出す等の異常行動(原告広が右の異常行動を自覚的に行なっているのか、いわば発作的に行なっているのかは不明である。)を繰り返し、これらはすべて前示精神症状が原因となっていることが認められ、右認定に反する証拠はない。
1 逸失利益 五、〇〇〇万円を超える。
右に認定した原告広の受傷による各症状、治療経過等についての事実と≪証拠省略≫によると、
原告広は、昭和一五年八月一八日生れ、事故当時二九才の男子であるが、昭和四二年日本医科大学を卒業し、のちに医師国家試験に合格した医師で精神科を専門とし、本件事故当時国立療養所久里浜病院に勤務していたが、昭和四五年八月には同病院を退職し、唐津市内の実父の原告渡が経営する長生堂病院において医業を継続し、約六年後には同市内で精神科病院を開業する予定で、原告渡はその準備として同広のために病院用地を購入済であったことが認められ、右認定に反する証拠はない。
以上の事実、≪証拠省略≫によって検討すると、原告広は、右のとおり精神科医師であるが、逆行性健忘症等の精神症状のため、医師として治療行為をなすに当って要求される医学的判断とりわけ総合判断をなす能力をほとんど喪失したもので、前示のとおり右逆行性健忘等の精神症状は将来においても回復の見込がほとんどないので、医師としての能力を回復する可能性はほとんどないものと考えられる。
また、前示のとおり、同原告は現在も療養中であるが、今後同原告が医師以外の職業に就き得るかについて考えると、前示認定のとおり、右精神症状以外の傷害および尿崩症はほぼ治癒し、肉体的には健康を回復し、また、≪証拠省略≫によれば、専門医学を含め相当高度な知識を有し、読解力、計算力等の能力を有していることが認められ、弁論の全趣旨によれば、同原告本人尋問の際の供述態度および供述内容には少なくとも外観上は異常とすべき点は存しないことが認められ、右各事実によれば、同原告は右知識、能力を用いて少なくとも単純軽易な作業をなし得るものと考える余地がないわけではないが、同原告が何らかの職業に就き得るかどうかは専ら同原告が有する知識・能力を当該職業において要求されるような形で発揮し得るかどうかに係っていると考えられるが、同原告の前示精神症状の内容およびそれに基因する原告広の異常行動に鑑みると、同原告はその知識・能力を同原告の随意の状況のもとでは発揮することができても、一定の目的のもとに秩序にしたがって或程度継続的に行なわれる作業には、精神的に耐え得ないと考えられ、右知識・能力を全く発揮することができないか、また発揮し得ても、無秩序、散発的なものにすぎず、労働に値しないものと考えられ、結局、同原告は職業としてなんらかの作業に従事する能力(労働能力)をも喪失したものというほかなく、右労働能力の喪失は同原告の右精神症状にもとづくものであるから、将来においてもこれを回復する可能性はないものと認められる。
そうすると、原告広は、本件事故によって受傷しなければ、医師として同原告が三六才に至るまでは実父のもとで長生堂病院に勤務し、少なくとも同年令の勤務医師の平均収入に相当する額の収入(別表年間平均収入欄のとおり。)を得、三七才以降少なくとも六五才に至るまで経営者として病院を開業するもので、その間開業医として、少なくとも、同年令の勤務医師である病院長の平均収入に相当する額の収入(別表年間平均収入欄のとおり。)を得ることは確実であるといえるから、原告広の得べかりし利益額を、中間利息は年五分を判決時まではホフマン単式、それ以降はライプニッツ複式によって控除し、事故時の現価として算出すれば、五、〇〇〇万円を超え、これが原告広が本件事故がなかったならば、得べかりし利益を喪失した損害である。
2 慰藉料 四〇〇万円
原告広は、前示傷害の程度・意識喪失・精神錯乱等の症状および治療経過に鑑みれば、本件事故による受傷により多大の精神的苦痛を受けたばかりか、現在においても精神症状が残存し、回復の見込がないために、医師としての能力を喪失したほか、他の職業に就き得る見込がないというのであり、これによって原告広が筆舌に尽し難い精神的苦痛を蒙ったことはたやすく推認され、本件に顕われた一切の事情を斟酌すると、原告広が本件において受けた精神的苦痛に対する慰藉料としては四〇〇万円が相当である。
3 原告広の蒙った他の損害については、本件において結論に影響しないので、判断しない。
4 損害の填補 一八一万円
原告広は自賠責保険から本件損害の填補として一八一万円を受領したことは当事者間に争いがない。
(二) 原告渡 二〇〇万円
原告渡は、原告広の実父として、同原告の本件事故による受傷を理由に慰藉料請求しているが、民法七一一条の法意に照し、不法行為の被害者の父が被害者の傷害を理由に慰藉料請求するには、右傷害の程度が死に比すべきものあるいはこれと著しく劣るものではないことを要すると解すべきであるところ、前示認定事実によれば、原告広は本件事故により頭部を強打し、相当期間意識を喪失し、硬膜下水腫除去手術後も精神錯乱状態にあり、現在においては肉体的にはほぼ健康を回復したものの、前示精神症状が残存し、回復の見込がなく、日常生活においても前示のような異常行動を繰り返し、医師としての能力を全く喪失したのみならず、今後自立の道なく廃人同様の生涯を送ることを已むなくされたもので、原告広を引き取り今後とも同原告の看護・扶養を行なうべき立場の原告渡にとっては、原告広の右傷害の程度は、同原告の死と著しく劣るものではないというべきであり、原告渡が同広の受傷によって蒙った精神的苦痛に対しては、本件に顕われた一切の事情を斟酌すると、二〇〇万円をもって慰藉するのが相当である。
(三) 原告浅谷
≪証拠省略≫によれば、原告浅谷は本件事故によって前額部挫傷、右腓脊骨折、右肘挫創の傷害を受け、事故当日から昭和四五年四月一三日までの間小沢整形外科医院において応急手当を受け、同日から昭和四五年六月八日までの間国立横須賀病院に入院して治療を受け、退院後も同年一〇月まで右病院に通院して治療を受け(実日数二四日)、その結果下腿部の筋肉塊の突起および右骨折部分に一時的な痛みを残すほか右傷害は治癒したことが認められ、右認定に反する証拠はない。以上の事実にもとづいて原告浅谷の損害額を算定する。
1 入・通院治療費 六万三、〇七三円
≪証拠省略≫によれば、原告浅谷は、前示各病院での治療費のうち自己負担分として六万三、二五四円を支出したものと認められ、これを事故時の現価として評価すると右記金額となる。
2 付添看護費用 二、七八四円
前示認定事実によれば、原告浅谷は前示病院入院中少なくとも二日間は付添看護を要する状態にあったと認められ、≪証拠省略≫によれば、同原告は右の費用として二、七八四円を支出したことが認められ、右支出は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められる。
3 通院費用 二万二、八三六円
≪証拠省略≫によれば、同原告は自宅から国立横須賀病院へ通院するのに合計二万三、二四〇円を支出したことが認められ、右支出は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められ、事故時の現価として評価すると右記金額となる。
ところで、原告浅谷は、国立横須賀病院等へ入院中、同原告の両親らが見舞のため同病院に来院した費用九、四二〇円の請求をしているが、右支出は、合理的にみて、同原告の治療、健康回復に必要であったと認めるに足りる証拠はないから、同原告の本件事故による損害と認めることはできない。
4 入院雑費 三万四、九二〇円
≪証拠省略≫によれば、原告浅谷は衣料品、日用品の購入代医師等への謝礼金等諸雑費として三万三、二〇〇円を支出したことが認められ、前示入院期間、金額に照し、右支出は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認められ、これと後記電話代を事故時の現価として評価すると右記金額となる。
ところで、同原告は右のほか電話代の支出を損害として請求しているが、≪証拠省略≫によれば、右費用として一万〇、三五二円を支出し、右費用のうち被告らへの電話代二、〇〇〇円は本件事故による損害と認められるが、それを除いた支出が同原告の治療、健康回復に必要であったと認めるに足りる証拠がなく、入院雑費以外に右各支出が本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。
5 休業損害 四万五、二〇〇円
≪証拠省略≫によると、同原告は本件事故当時看護婦として国立久里浜病院に勤務し、俸給月額三万一、〇〇〇円のほか諸手当月額九、〇〇〇円の収入を得ていたものであるが、本件事故により事故当日から昭和四五年八月三一日まで欠勤および休職せざるを得なくなり、そのため同年四月の諸手当のうち三、〇〇〇円、五月ないし八月までの諸手当三万六、〇〇〇円、八月の俸給の二〇パーセントを受けることができず、その間右額を除いた俸給を得ていたにすぎないものと認められ、右休業による損害額は、四万五、二〇〇円と算定される。
ところで、同原告は、本件事故により事実上右病院を退職するの已むなきに至り、再就職まで一月を要するとし、その間の休業損害四万円を請求しているが、≪証拠省略≫によって認められる原告広と同浅谷の個人的な交際関係、両原告の右久里浜病院での各立場、原告浅谷の右退職時は原告広は国立埼玉病院で入院治療中であったこと等の事情および弁論の全趣旨によれば、原告浅谷は、勤務先である久里浜病院内に、原告広との交際関係が本件事故を機会に露見したことが主たる理由で、同病院を退職したものと推認することができ、右によれば原告浅谷が退職による休業損害は本件事故と相当因果関係に立つ損害と認めることはできない。しかしながら、原告浅谷の右個人的な生活関係は不当に公開されるべきでないことはいうまでもないところである。本件において原告浅谷は事故により原告広との交際関係を不当に公開され、原告浅谷がこれにより精神的苦痛を受けたことは容易に推認でき、右事情は慰藉料額の算定において斟酌することとする。
6 慰藉料 六〇万円
原告浅谷の前示傷害の部位・程度・治療経過後遺症状等に鑑みると、原告浅谷が相当な精神的な苦痛を受けたことは容易に推認され、前示各事情を斟酌すると右苦痛を慰藉するには六〇万円が相当である。
7 損害の填補 一一万七、四三二円
原告浅谷は本件損害の填補として一一万七、四三二円を受領したことは当事者間に争いがない。
四 結論
よって、被告大福建設、同桐月、同渡辺は各自、原告広に対し、逸失利益および慰藉料以外の損害について判断をするまでもなく、五、〇〇〇万円を超える金員、原告渡に対し二〇〇万円、原告浅谷に対し七六万八、八一三円および右各金員に対する本件事故の翌日である昭和四五年四月一二日から支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払義務があるので、原告広、同渡の被告大福建設、同桐月、同渡辺に対する各請求はいずれも正当として認容し、原告浅谷の被告大福建設、同桐月、同渡辺に対する請求は右の限度で認容し、その余を失当として棄却し、原告らの被告日産プリンスに対する各請求はいずれも失当として棄却し、訴訟費用については民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言については、同法一九六条一項を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高山晨 裁判官 大津千明 裁判官 大出晃之)
<以下省略>