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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)8184号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【判旨】

一本件損害の発生について

1 原告が昭和四一年三月一一日、被告病院耳鼻科で初診を受けたうえ同月一四日、精密検査のため一週間の予定で同病院同科に入院して精密検査を受け、更に入院中の同月一八日、同病院第二外科の診察を受けたが、同日、病院側の都合により脳血管撮影の予定を残していつたん退院したこと、昭和四一年四月一三日、被告病院第二外科に入院し、同科(部長粟津三郎医師)で脳血管撮影を受け、その結果なお検査の必要ありとされて脳波、ルムバール(脊髄注射)脳室撮影その他の検査を受けたこと、同年六月三日、脳腫瘍と診断され、同日、荏原光夫医師の担当により本件手術を受けたが、中脳に腫瘍があり、これに触れることにより生命の危険を及ぼすので摘出できないとの理由で手術が中止されたこと、原告は本件手術後自発呼吸が困難となり、同月七日ころ危篤状態となつたこと、同月一五日ころ意識を回復し、同月二八日ころには普通食がとれるようになつたが、右半身不全麻痺等の障害が残り、同年一〇月一八日、運動麻痺を残して被告病院を退院したこと、右退院後原告は自宅でマツサージによる治療を受け、さらに昭和四二年一月六日から箱根温泉整形外科療養所において硫黄風呂入浴、マツサージ、機械による訓練を受けたこと以上の各事実はいずれも当事者間に争いがない。

2 右争いのない事実及び<証拠>を総合すると、次の事実が認められる。

(一) 原告は昭和九年九月五日生まれの男性であるが、昭和三五、六年ころから目まい・耳鳴り・右耳の難聴・吐き気・頭痛の各症状が出はじめ、次第に症状が継続化してきたので、組合診療所において耳鼻科の治療を受けていたが、症状は軽快しなかつた。そこで右診療所における原告の主治医栃木照子(以下栃木医師という)は、昭和四一年三月、原告に対して被告病院において精密検査を受けるよう指示すると共に、被告病院耳鼻咽喉科(以下略して被告病院耳鼻科という)に対し、原告の主訴である目まいの原因不明のための一般検査を依頼した。

(二) 同月一一日、原告は被告病院耳鼻科外来において初診を受け、血液検査、尿検査、目まいの検査の一つである眼振検査及び平衡障害検査などを受けた。その際原告は右耳鼻科外来の担当医から、一週間の予定で検査をするので同月一四日に入院するよう指示された。

そこで原告は同月一四日、被告病院耳鼻科に入院し、原告の主治医となつた設楽誠助手(以下設楽医師という)をはじめとする同病院医師らから、腰椎穿刺によるルムバール検査(脊髄液検査)、脳波検査、聴力検査等を受けた。耳鼻科における検査としては更に眼振検査及び平衡障害検査(初診の際一度実施したが、当時原告は右目に化膿性霰粒腫があつたため充分な検査が行われなかつた。)を受ける必要があつたが、入院当初眼科的検査を眼科に依頼したところ、眼科において前記化膿性霰粒腫の手術を行つたため当面これを行うことができない結果となり、右検査は後日行うこととして同月一八日、耳鼻科を退院し、その際設楽医師から被告病院第二外科において脳血管撮影を受けるよう指示された。

(三) 同日、原告は被告病院第二外科において初診を受け、その際同月二二日に脳血管撮影を受けるよう指示されたが、病院側の都合で二二日は延期となり、同四月一三日になつて被告病院から組合診療所を通じて病室が空いたのですぐ入院するようにとの連絡を受けた。

そこで、原告は脳血管撮影を受ければ脳に異常がないことが判明するものと期待して、同日、被告病院第二外科に入院し、翌一四日、脳血管撮影の一つである頸動脈撮影を受けたが、その結果右の前大脳動脈が軽度に緊張していること、右の中大脳動脈が左に比べて挙上していることなどが判明した。その後原告はルムバール検査(脊髄液検査)、視束管検査、脳波検査などを受け、同年五月一二日と翌一三日の二回にわたつて脳血管撮影の一つである椎骨動脈撮影を受けたが、造影はいずれも不成功であつた。

(四) 被告病院第二外科の部長粟津三郎教授(以下粟津教授という)、昭和四一年五月九日ころからの原告の主治医荏原光夫(以下荏原医師という)らは、同月二〇日ころから、原告に対して小脳橋角部、そのうちでも特に第八神経(聴神経)に存在する腫瘍摘出を目的とする開頭手術を実施することを予定し、同月二七日、脳室撮影を実施した(腫瘍造影は不成功であつた)うえで、同年六月三日に右手術を実施する旨最終決定をした。

そして同年六月三日、粟津教授、荏原医師らの担当で本件手術が実施されたが、小脳橋角部(第八神経を含む)には腫瘍は発見されず、腫瘍は更に深い部分、すなわち脳橋から中脳にかけて存在する疑いがあるが、この部分に触れると、生命に危険を及ぼすことになるという粟津教授の判断により手術は中止された。

(五) 原告は本件手術後意識不明の状態が続き、自発呼吸も極めて困難で人工呼吸器に全面的に頼る状態が続いた。そして同月七日には四〇度前後の発熱があり、一時は危篤状態となつた。しかし、同月一一日ころから意識回復のきざしがみえはじめ、同月一八日ころには意識はかなり回復した。また同月二八日ころには普通食がとれるようになつた。

ところが、原告の右上下肢は本件手術後自動運動困雑な状態になつたままで、マツサージによる治療、歩行器による運動訓練等を受けても回復せず、原告は右半身不全麻痺等の運動障害のため、人の手や肩をかりたり、物につかまつたりしてやつと歩けるという状態で同年一〇月一八日、被告病院第二外科を退院した。

(六) 右退院後原告は自宅でマツサージによる治療を受け、さらに荏原医師の紹介で、昭和四二年一月六日から同年三月四日まで箱根温泉整形外科療養所において、硫黄風呂入浴、マツサージ、機械による訓練を受け、同月七日から同年四月一五日まで京大病院脳神経外科に入院して主治医吉田耕造(以下吉田医師という)ら同病院医師から、神経学的検査(全身の神経を外から観察する)、ルムバール検査、ステンバース撮影(内耳道断層撮影)、脳室撮影、聴力検査、前庭機能検査、椎骨動脈撮影等の検査を受けた。

そして右各検査の結果、右の前庭機能・迷路機能廃絶、右半身不全麻痺、右の小脳性運動失調などの症状の存在が認められ、右小脳橋角症候群(右小脳橋角部に異常――その原因は腫瘍であるか、炎症であるか、それ以外のものであるか不明であるが――が存し、小脳橋角部から出ている神経――たとえば聴神経――と小脳と橋とが一緒に冒された症候群を呈しているということ)と診断された。そして、腫瘍については、小さな腫瘍の存否は不明であるが、大きな腫瘍は認められないとされた。

(七) 原告は、昭和四二年一〇月一七日、労働福祉事業団関係労災病院で、脳手術後遺症として右片(半身)不全麻痺、小脳性失調、右前庭機能障害、迷路障害の各症状が存する旨診断され、昭和四三年には脳手術後遺症による右不全片麻痺、小脳性失調症による体幹障害を理由に、神奈川県から第一種三級の身体障害者として身体障害者手帳の交付を受けるとともに、厚生年金保険法別表第一の二級一三号に該当するとの認定を受けた。そして現在も右半身不全麻痺、右の小脳性運動失調、右前庭機能・迷路機能障害の各症状を有している。

以上の事実が認められ<る。>

二原告の症状と本件手術との因果関係について

原告が本件手術後危篤状態になり、本件手術前には存在しなかつた右半身不全麻痺を残すに至つたことは当事者間に争いがなく、右争いのない事実及び<証拠>を総合すると、

1 まず、右半身不全麻痺については、本件手術前には存在せず、本件手術直後発生した症状であること、右症状発生後現在までに症状の急激な悪化はなく、歩行訓練等により軽くなる傾向にあること、本件手術は脳の右側部分を対象として実施されたが、右側の脳手術の結果右半身不全麻痺が生じる可能性もある(①手術後に右側の脳を圧迫し、それにより二次的に脳血管障害を起こして、左側の大脳の運動中枢に障害を起こす、②手術後のむくみや出血が左側の大脳の運動中枢を圧迫して障害を起こす、③手術後のむくみや出血が治る過程においてグリオージス――火傷の際肉芽が固まつて治るような状態――による脳の瘢痕癒着が起こり、これが左の大脳の運動中枢に障害を起こす、などがその原因として考えられる)こと、以上の事実が認められ、右事実によれば、原告に生じた右半身不全麻痺が手術によつてどのような障害を生ぜしめた結果によるものであるかについては必ずしも具体的に明らかにすることはできないけれども、なおその原因が本件手術にあると認めるのが相当である。右認定を覆すに足りる証拠はない。

2 次に右の小脳性運動失調については、右半身不全麻痺と同じく、本件手術前には存在せず、本件手術直後発生した症状であり、本件手術の約九か月後に実施された京大病院の検査では顕著に認められ、その後一〇年以上を経過した現在まで症状の悪化みらはれないこと、本件手術においては脳ベラによる右側小脳の圧迫がなされていること、以上の事実が認められ、右事実によれば、右の小脳性運動失調の原因は本件手術であると認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

3 次に右前庭機能・迷路機能障害(平衡感覚の障害)については、本件手術において平衡感覚の中枢の存する右側小脳が脳ベラにより圧迫された事実は認められるが、更に右前庭機能・迷路機能障害の症状は、昭和四〇年ころから、体のバランスがうまくとれない、注意して歩かないとふらつくなどの症状として現われていたもので、本件手術前の被告病院耳鼻科における検査の際にも認められたこと、一般に小脳部(特に聴神経)を圧迫あるいは傷つけたために前庭機能・迷路機能の廃絶が生じた場合(聴神経が切断された場合は別であるが、本件手術において聴神経が切断されたとは認められない)は、三か月程度経過すれば機能が回復するものであるところ、本件手術の約九か月後に実施された京大病院の検査の際も右前庭機能・迷路機能の廃絶が認められたこと、などの事実も認められ、右事実に照らして考えると、本件手術において右側小脳が脳ベラにより圧迫された事実のみから右前庭機能・迷路機能障害の原因が本件手術にあると推認することはできず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。

以上のとおりであるから、原告の右半身不全麻痺及び右の小脳性運動失調は本件手術の後遺症というべきであり、前庭機能障害・迷路機能障害が本件手術によつて生じたものと認めることはできない。

三被告の不法行為責任について

1 原告は、被告病院は直ちに生命に危険の生ずる状態にはなかつた原告に対し、本件手術実施に関する医療契約も結ばず(原告が被告病院第二外科に入院した目的は精密検査続行のためのみであるから本件手術を実施するには改めて医療契約を結ぶ必要がある)、本件手術の必要性がないことを知つて故意に又はその必要性の判断を誤つた過失により本来不必要な本件手術を実施したと主張するので、これを判断する。

(一) まず医療契約のないまま手術を実施したとの主張についてみるに、前記認定のとおり、原告は被告病院眼科の指示により、脳血管撮影を受けるべく被告病院第二外科に入院したのであり、その限りにおいては脳血管撮影ないしはこれに類する脳神経外科的検査を受けることを主たる目的で被告病院第二外科に入院したものと認められる。

しかし、証人荏原光夫、同粟津三郎の証言によると、日本における大学病院においては診断・治療を一貫して実施するのを建前としており、特段の事情がない限り検査の結果治療の必要性が認められればこれに応じた治療をなすのが一般であつて被告病院もその例外ではなかつたことが認められ、証拠を検討しても、原告が被告病院第二外科に入院するに際し、特に検査、診断にのみ限定したと認められる資料は見当らないばかりでなく、<証拠>によると、手術に先立つて、荏原医師から原告および原告の妻竹内成子、同じく母竹内つねらに手術の必要なこととその内容について説明し、つねには対しては手術に必要な輸血用血液一五人分(三リツトル)を用意するよう指示があり、つねはこれを了承して、近親者等に依頼して手術の前日までに一四人分の血液を用意したこと、手術の実施された日の前日或は前々日に原告の妻および原告の妻の兄長瀬和己らが粟津教授を訪れて手術についての説明を求め、粟津教授から手術には危険性を伴うことの説明を受けたが手術を依頼したこと、手術の当日は原告の両親のほか原告の兄、原告の妻の父および兄など近親者が被告病院内に待期して手術の結果を待つていたこと、以上の事実が認められ<る。>

以上のとおりであるから、本件手術は原告およびその妻の同意を得て、その依頼により、治療行為としてなされたものと認められ、その契約のないまま無断でなされたものとは到底認められない。

(二) 次に故意又は過失により不必要な手術を実施したとの主張を検討する。

(1) まず、故意に、すなわち本件手術の必要性のないことを知つていたに拘らずこれを実施した旨の主張については、証拠を検討してもこれを認めるに足りる証拠はないばかりでなく、却つて<証拠>を総合すると、被告病院耳鼻科においては原告に対し、前認定のとおりルムバール検査、脳波検査、聴力検査、平衡障害検査等を実施し、平衡感覚が非常に悪い。脊髄液圧が軽度に上昇しているなどの検査結果を得たこと、設楽医師をはじめとする被告病院耳鼻科の医師らは、右各検査結果及び原告の年令(当時三二年)と症状(目まい、耳鳴り、右耳の難聴、頭痛等)から中枢性の疾患を疑い粟津教授を中心とし、設楽医師その他被告病院第二外科所属の医師らが検討の結果粟津教授において、最終的に、小脳橋角部に腫瘍あり、これを摘出する必要があるものと診断し、本件手術を実施すべき旨決定したこと、右のとおりの検査結果並びに症状が見られる場合において、脳神経外科医として右腫瘍の存在を疑うことは当然のことであり何ら非難されるべきことではないこと、以上の各事実が認めらるのであつて、原告の右主張は理由がない。

(2) そこで過失の主張について検討する。

<証拠>を総合すると、次の①ないし③の各事実が認められる。

① 被告病院第二外科においては原告に対し、前認定のとおり頸動脈撮影、椎骨動脈撮影、ルムバール検査、脳波検査、脳室撮影等を実施し、右の前大脳動脈が軽度に緊張しており、右の中大脳動脈が左に比べて挙上している、静止時において側後頭部、特に右側に六ないし七サイクリのやや高振幅の徐波が散在することが認められ、脊髄液圧が軽度に上昇しているなどの検査結果を得た。そこで粟津教授を中心として、荏原医師ほか被告病院第二外科の医師らは、右各検査結果及び原告の年令と前記症状等を検討した結果、脳腫瘍が存在すること、脳腫瘍の中でも聴神経腫瘍(小脳橋角部腫瘍)の存在を強く疑うに至つた。聴神経腫瘍は概して進行が遅い良性腫瘍であり、外科的に早期に全摘出すれば全治し得るところから粟津教授は、右腫瘍の摘出を目的として、本件手術を実施すべきことを決定し、その目的のもとに本件手術を実施した。原告の妻や母親に対しても、手術に先立ち、聴神経が悪いので後頭部の手術をする旨説明した。

② 手術の結果聴神経を含む小脳橋角部には腫瘍は発見されなかつた。そこで粟津教授は腫瘍は中脳の奥(脳幹部)にある聴神経の付根付近にあり、これを摘出することは不可能と判断して手術を中止した。手術後原告の健康状態は本件手術による後遺症と認められる前認定の障害のほかには特に脳腫瘍の存在によつて生ずべき新たな障害の発生も、手術前に存在した障害の進行も認められず、却つて軽快している傾向にある。

③ 被告病院耳鼻科で行つた聴力検査の結果得られた聴力図(オーデイオ・グラム)によると、原告の右耳の難聴は伝音性(蝸牛管から外の気道部分の障害によるもので末梢性のもの)であり、感音性のもの(蝸牛管から脳幹に至る骨道部分の障害によるもので中枢性のもの)ではないことを示しており、右検査結果からすると感音性の難聴を伴う聴神経腫瘍の可能性は一応否定され、被告病院耳鼻科の設楽医師も右結果から右耳の末梢性の障害を疑つた。しかし原告にみられる前記症状から何らかの中枢性の障害(脳腫瘍)の存在をも疑いその点から「脳腸瘍の疑い」として脳血管撮影等第二外科でなければ実施できない種類の検査を被告病院外科に依頼することにした。従つて、耳鼻科から第二外科への転科は、耳鼻科としては原告についてのその後の診断、治療を完全に第二外科に委ねる趣旨ではなく、第二外科における前記検査を経た後更に耳鼻科において未了の平衡障害検査等を実施したうえで最終診断をする意図でなされた。そのため転科の際も、その後も耳鼻科の医師(主治医設楽医師)から第二外科の医師(主治医門松医師、荏原医師)に対し耳鼻科における検査結果、特に前記聴力検査の結果について十分な説明がなされたことはなく、粟津教授も耳鼻科の診療録(カルテ)を見たことがなく、右聴力検査の結果については全く知らされていなかつた。そのため、荏原医師は耳鼻科で「脳腫瘍の疑い」との病名を付していたところから原告の右耳の難聴は感音性のものと考えていた。

右認定した①の事実のみからすると、粟津教授を中心とする被告病院第二外科において、原告に脳腫瘍の存在することに強い疑を持ち、その摘出のための手術の必要性を検討したことは脳神経外科医としては当然のことと考えられる。しかし右認定した②の事実からすると、原告に如何なる種類の、或は如何なる大きさの脳腫瘍も全く存在しなかつたと断定することは困難であるとしても、被告病院第二外科において手術の必要性があるとしてその存在を強く疑つた腫瘍は存在しなかつたものと推認せざるを得ない(この点に関する証人粟津三郎の証言は措信できない)。ところで③で認定したように、被告病院耳鼻科でなした聴力検査の結果は、被告病院第二外科で最も強くその存在を疑つた聴神経腫瘍の存在を否定する結果を示していたのであり、被告病院第二外科の医師(特に粟津教授、荏原医師)が右聴力検査の結果を知つて検討していたならば聴神経腫瘍の摘出を目的としてなされた本件手術の実施は、更に十分な資料の収集(特に耳鼻科において未了であつた前記検査の実施など)と検討によつてその要否が決定されたものと考えられる。

特に<証拠>によると、本件手術はそれ自体相当の危険性を伴う性質のものと認められるのであるから、その実施を決定するに当つては特に慎重な態度が要求されるものというべきである。

以上の点からすると、本件手術は被告病院第二外科の医師、特に第二外科部長の粟津教授と主治医の荏原医師が、同病院耳鼻科における前記聴力検査の結果を看過し、あるいは誤解したために原告の症状の原因について総合的な診断を誤り、聴神経腫瘍を存在するものと強く疑つた結果実施されたもので、客観的にも不必要な手術であつたと認めるのが相当であり、従つて被告病院第二外科の医師のうち、少なくとも本件手術実施を決定し、かつ本件手術を担当した粟津教授及び荏原医師には、この点において過失があつたものというべきである。

前認定のとおり、それ自体危険性を伴う本件手術において、その必要性の決定について過失があつた以上、その手術過程における過誤の有無について判断するまでもなく、よつて生じた障害の結果については不法行為の責任を負うべきものというべきである。

なお、<証拠>によると、本件手術当時、原告の症状を診断した場合、聴力検査の結果から聴神経腫瘍の存在する可能性は少ないことが判明したとしても、原告の症状や被告病院耳鼻科及び第二外科における諸検査の結果から聴神経腫瘍以外の後頭蓋窩腫瘍(後頭蓋下腔―小脳や橋が存する部分―に存在する腫瘍)の疑いを否定することはできず、このような場合、後頭蓋窩腫瘍が存在しないことを証明するための開頭手術(開頭した結果何らかの腫瘍が発見され、しかもそれが摘出可能な腫瘍であつた場合には、摘出のための手術に移行する)、すなわちいわゆる試験開頭がしばしば実施されることが認められる。しかし、本件手術が終始聴神経腫瘍摘出の目的で実施されたものであることは前認定のとおりであり、また前記本件手術後の原告の症状から考えても、本件手術は、開頭手術を受ける者の生命・身体に危険を及ぼさないことを前提とする試験開頭の範囲を越えるものであつたというべきであり、本件手術を試験開頭と同一視することはできない。従つて、原告に対し試験開頭を実施することが許される(但し、本件においては、被告病院第二外科の医師らが聴神経腫瘍の疑いはなくても試験開頭を実施たであろうと認めるに足りる証拠はなく、また試験開頭ということであれば、原告やその家族の同意が得られたかどうか疑問がある)からといつて、本件手術の実施が正当化されることにはならない。

(川上正俊 渋川満 福田剛久)

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