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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9302号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

〔判決理由〕<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

1 被告秀雄は、被告哲弘の異母兄(被告哲男の同母兄)であり、浪岡町において、石村蓄産なる商号で手広く養豚仲買業を営み、毎月平均一〇〇〇頭程度の活豚を仕入れ、これを主として前橋方面に輸送販売していた。

2 被告秀雄は、活豚の輸送手段として当初は鉄道を利用していたが、昭和四二年八月ころからは自動車を利用し始めた。しかし、自らは活豚輸送専用車を所有することなく、これを持つている日本通運株式会社あるいは同業者の訴外大石昭博、同田中正雄および被告哲弘に輸送を依頼していた。

3 被告哲弘は、昭和四一年一一月ころ、活豚輸送専用車に改造した四頓積貨物自動車を購入してこれで主として活豚の運輸を始めたが容量が小さいため思うように注文がとれず、採算も合わなかつた。そのため、同四二年一一月ころ、八頓積貨物自動車を活豚輸送専用車に改造した7.5頓積みの本件加害車(一台に約八〇頭の活豚が積める)に買換えた。

右買換え前には、四頓車で二ないし三回にわたつて被告秀雄の依頼で活豚を前橋に輸送した程度にすぎなかつた。

4 被告秀雄は、本件加害車買入れに際しては代金支払いのため連帯保証人となつた(この点は当事者間に争いがない)。被告哲弘は加害車の引渡しを受けて二ないし三回しか活豚を輸送しない段階で本件事故を起したのであるが、右事故は、被告秀雄の依頼による二回目の前橋への活豚輸送を終えた帰途において発生したものである。

5 被告哲弘は、加害車に被告秀雄の商号である石村蓄産の名称を表示しており、また、加害車が大きくて自宅庭先に入れるのが困難のため冬期は毎日、事故後も月のうちの半分近くを被告秀雄方庭先に駐車していたが、同被告は、これらをいずれも黙認していた。

6 被告哲弘は、本件事故直後四ケ月位は本件事故を起した関係で輸送業務を休んだが、昭和四三年四月頃から再び加害車を利用して被告秀雄の依頼による輸送を再開した。被告哲弘は、浪岡農協、養豚組合、沼田畜産等の活豚を運搬することもあつたが、被告秀雄の活豚を輸送することが最も多く、同被告方の活豚輸送の半分以上を担当し、被告哲弘にとつても右輸送がその仕事量の半分以上を占めていた。

以上の事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

そうすると、加害車は、被告哲弘の所有に属し、同被告は独立して加害車による活豚輸送業を営み、両被告間の加害車利用上の関係は法律上請負関係にすぎないけれども、被告秀雄が被告哲弘の異母兄に当るという身分関係、事故の前後を通じての被告秀雄の加害車利用率その購入に際しての協力および駐車のための便宜供与、加害車の商号表示、被告秀雄自身が手広く活豚仲買をしながらその輸送専用車を持たない事実などを総合判断すれば、被告哲弘としては、被告秀雄の存在とその協力を前提としてはじめて加害車の運行を維持しうるといつた密接な関係にあつて、当初よりそのような相互の了解のもとに被告哲弘において加害車の運行を始めたものであつて、このような関係にあるときは、少なくとも被告哲弘が同秀雄から請負つて活豚輸送の往復に加害車を利用している限度においては、被告秀雄は同哲弘による加害車の運行を支配しえまた支配すべき立場にあつたものというべきである。

よつて被告秀雄は、本件事故に関し、加害車の運行供用者として原告に生じた損害を賠償する責任があるというべきである。(坂井芳雄 浜崎恭生 鷺岡康雄)

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