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東京地方裁判所 昭和45年(ワ)9313号 判決 1973年8月21日

原告

斎藤ツキエ

外二名

右訴訟代理人

鈴木弘喜

被告

国際興業株式会社

右代表者

小佐野栄

右訴訟代理人

石川秀敏

主文

被告は、原告斎藤ツキエに対し一九二万六一九七円及びうち一八二万六一九七円に対する昭和四五年一〇月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を、同坂本三枝子、同斎藤千枝子に対し各一五七万四九九七円及びうち各一四七万四九九七円に対する昭和四五年一〇月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を各棄却する。

訴訟費用は、その五分の三を原告らの、その余を被告の各負担とする。

この判決の主文第一項は仮執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

原告ら「被告は原告斎藤ツキエに対し四九六万六〇二〇円及び内四五五万八〇二〇円に対する昭和四五年一〇月二〇日から支払済まで年五分の割合による金員を、同坂本三枝子、同斎藤千枝子に対し各四〇〇万七四四五円及び内各三五九万九三三五円に対する同日から支払済迄年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする」との判決並びに仮執行の宣言

被告「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする」との判決

第二  原告らの主張

(請求の原因)

一、事故の発生

亡斎藤礼三は、昭和四一年四月二三日午後二時四五分頃東京都北区赤羽一丁目一〇四番地先赤羽駅前の横断歩道上において被告所有、同社従業員野村登運転のバス(埼玉二い三九二、以下甲車という)と接触した。(以下これを事故という。)

二、礼三の受傷と死亡

1 礼三は事故当時五〇才の極めて健康な男子であつたところ、事故により頭部打撲傷、脳振盪、左腰部打撲傷等の傷害を負い、長坂外科に通院加療を続けたが、頭痛、めまい、不眠が去らず、昭和四一年一〇月四日東大病院に転じ、同病院通院中、動作緩慢、言語障害、歩行障害、運動失調が次第に進行し、痴呆、人格障害も加わり、時々幻覚、妄想、不安、亢奮、錯乱の状態となり、遂に昭和四二年九月一四日パーキンソン症候群(以下パ症群と略す)として同病院に入院し、さらに症状は増悪し、昭和四四年一月一四日肺炎を併発して同月二一日死亡した。

2 礼三のパ症群は以上の経過をたどつて発現したもので、事故による外傷は、右疾患の発現もしくは進行に著しく悪影響を与えたものということができる。そして、礼三には、そのほかにパ症群の原因として考えられるものがない。すなわち、高血圧症、老人性徴候は事故当時には存在しなかつた。

また、肺炎については、礼三は長期間の療養生活によつて身体の抵抗力が弱まり肺炎を併発しやすい状態となつていたのであつて、死因となつた肺炎はこの条件下に他の原因なく発現したものである。

この場合、事故による受傷がなければパ症群が発症せず、パ症群にならなければ、肺炎による死亡の結果もなかつたことが証拠の優越により肯定される程度に立証されたのであるから、これらは法的に因果関係があるものといわなければならない。ことに、パ症群自体類例に乏しく、研究も進んでいない現在においてはなおさらこのように判断することが相当である。

三、原告らと被害者との関係

原告ツキエは亡礼三の妻、原告三枝子、同千枝子はいずれも亡礼三の子で、以上がその相続人の全員であり、法定相続分により、亡礼三の権利を承継した。

四、責任

被告は、甲車を所有し、自己のために運行の用に供していたものであるから、自賠法三条により原告らに生じた損害を賠償する責任がある。

五、損害額

1 亡礼三に生じた損害

(一) 休業損害 一〇二万四八〇〇円

休業期間 昭和四三年一月一日から昭和四四年一月二一日まで

年収 一〇二万四八〇〇円

(二) 逸失利益 現価六七七万三五三五円

(1) 年収分

年収 一〇二万四八〇〇円

控除生活費 三割

期間 死亡時(五三才)から六三才まで稼働可能として

(2) 退職金分

定年時(六〇才)に一五〇万円を受けるべきところ、0.74を乗じて現在額を算定する。

(三) 原告ら1/3ずつ相続する。

2 原告ツキエの損害(慰謝料等は後記3)

(一) 入院雑費 九万九二〇〇円

入院四九六日 一日二〇〇円

(二) 交通費 一五万九三九〇円

(三) 付添費 七一万一〇〇〇円

四七四日 一日当り一五〇〇円

(四) 葬儀費用 二五万七三七五円

3 原告らに生じた損害

(一) 慰謝料

原告ツキエ 二〇〇万円

原告三枝子、同千枝子 各一〇〇万円

亡礼三は一家の主として斎藤家の中心であつたのであり、その死亡により妻(原告ツキエ)は働きに出なければならなくなり、又次女(原告千枝子)は大学進学を断念するに至つている。原告らは各夫、父を喪い精神的にも経済的にも多大な損害を蒙つているのである。

(二) 弁護士費用

手数料 五万四〇〇〇円

謝金 一一七万円

以上合計一二二万四〇〇〇円を原告らが均分負担

原告らは礼三の死亡後被告と示談交渉を行つて来た。そして被告の安全管理課係長金子光利が被告を代表して交渉に当り、被告は既払分を除いて金六〇〇万円の提示をしたのであるが、遂に原告側の主張する金額に達せず本訴請求に至つたものである。

六、損害のてん補

被告の任意弁済一二六万八三九〇円

原告ツキエの損害(弁護士費用を除く)に按分充当

七、結論

よつて、原告らは、以上損害合計からてん補金を差引いた各金員およびこのうち弁護士費用を除く各金員に対する本訴状送達の翌日である昭和四五年一〇月二〇日以降支払済にいたるまで、民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の抗弁に対して)

八、被告の抗弁事実は否認する。

事故は甲車運転者野村の前方不注意等の過失により発生したものである。

第三  被告の主張

(答弁)

一、請求原因一の事実中、事故発生場所が横断歩道上であることを否認し、その余は認める。

二、同二1の事実中、礼三が事故により頭部打撲傷、脳振盪等の傷害を受け、長坂外科に通院加療したこと及び同人がパ症群治療のため東大病院に入院中、肺炎を併発して原告ら主張の日に死亡したことは認めるが、その余は争う。

パ症群の原因としては、①高血圧、②老人性、③頭部傷害の三つが挙げられるが、礼三は夙に高血圧症に悩み、昭和四〇年六月医師の診断を受け、血圧最高一六〇―最低一〇〇、コレステロール二六〇mg/dlと計量されているから、同人のパ症群が高血圧症に由来する可能性も十分にある。また、老人性パ症群は五〇才前後に老化現象として見られるところで、同人のパ症群がこれに因ることを否定する根拠もない。さらに肺炎はパ症群から誘発されるものでなく別の病原に因るものである。したがつて、事故により頭部傷害を受けたからパ症群になつた、パ症群になつたから肺炎になつたという必然性はなく、大まかな確率から言つても、頭部傷害が原因でパ症群になるのは1/3、さらに肺炎になるのはその1/2で、結局1/6位しかない。よつて、礼三の事故による受傷と肺炎による死亡との間には因果関係を認めることができない。

三、同三、五の事実は争う。

四、同六の事実中、原告らが事故に関連しその主張額の金員を受領したことは認める。

(抗弁)

五、被告の運転士野村は甲車(バス)を運転し、鳩ケ谷から赤羽駅前終点に向つて進行し、別紙図面横断歩道Aの手前で二台の乗用車が同図面横断歩道B上の歩行者を待つため、その手前に停止しているのを認め、速度を八〜一〇キロメートル毎時程度に滅じて進行したところ、右乗用車に約一〇メートルに接近したとき、横断者が通り過ぎ、右乗用車二台が発進をはじめたので、アクセルを少し踏み込んで僅かに加速した瞬間、横断歩道B手前約三メートルの左側歩道に沿うガードレール切れ目から礼三がフラフラと車道に歩き出してきたので、急制動をかけたが間に合わず、停止直前の甲車左前バンバーが礼三の腰部と接触し同人が顛倒した。

被害者礼三は、事故当時相当に飲酒酩酊し、横断歩道でないところを左右に気を配ることなく急に飛び出したもので、甲車運転者にとつて事故は不可抗力によるもので、なんら責めるべき過失はない。

仮に、同運転者に過失があつたとしても、被害者の過失も考慮されなければならない。

第四  証拠<略>

理由

一事故と責任について

請求原因一の事実(事故発生場所が横断歩道上であるとの点を除く)は当事者間に争がない。

被告は礼三に事故発生につき過失があつたと主張するけれども、同人に過失あるいは過失相殺として斟酌すべきほどの落度があつたと認めるに足る証拠はない。すなわち、

証人野村登、同相原二三江は、いずれも事故当時の甲車の乗務員であるが、礼三は被告主張の標断歩道B手前(甲車進行方向からみて)二メートル位の地点において、甲車前方直近によろめくように出てきた旨証言するのであるが、右両名の証言によつても、右両名が礼三の姿を認めたのは事故発生直前の一瞬に過ぎず、横断歩行する同人を見たというより、むしろ、接近する甲車を避けようとする同人を見たと解することも可能であり、右両名の証言とも、事故時の状況につき右に述べる点を除いては具体性を欠き、右両証言を原本の存在、成立に争のない甲第二号証の記載と対比するときは、これら証言を採つて、被告主張の事実を認めることはできず、その他礼三に事故発生につき、過失ないしはこれに準ずる落度があつたと認めるに足る証拠はない。

もつとも、後述するように礼三には当時既に運動障害があつて、そのため、甲車直近でよろめくような歩行状態となり甲車を避けることができず、事故に至つたものとみることも考えられないわけではない。しかし、後述するとおり、当時においてはなお運動障害は軽微なものであつて、このような運動障害につき、礼三自ら認識し、あるいは、容易に認識してこれに適する行動をとるべきものとするに足るような事情は窺い得ない(むしろ、これを後述の疾病の初期症状とみるのが相当であつて、本人においてこれを自覚することはなお期待し難いものというべきである。)。

よつて、以上の点において礼三の事故時の行動を難じ過失相殺をするのは相当性を欠く。

以上に述べたとおりであるから、被告は原告らに対し、甲車の運行供用者として自賠法三条本文により、事故により礼三が受傷ないしは死亡したことに基づく損害を賠償すべき義務があり、被告の免責、過失相殺の抗弁は採用しない。

二礼三の受傷と死亡について

1  礼三が事故により頭部打撲傷、脳震盪等の傷害を受け、長坂外科に通院加療したこと及び同人がパ症群治療のため東大病院に入院中、肺炎を併発して原告ら主張の日に死亡したことは当事者間に争がない。

2  <証拠>によれば、礼三の心身の状態等につき次の各事実を認めることができる。

(事故以前のこと)

(一) 礼三は、大正五年一月一八日生れの男子で、もともと概ね健康であつた。

(二) 同人は、兵役、銀行員等を経て、昭和二二年から太平建設工業株式会社(昭和四三年以降合併により新菱建設株式会社)に勤務し、主として計理事務を担当し、昭和三四年以降課長職にあつた。その間昭和三五年から翌年にかけて子会社の康和建設株式会社に出向し、昭和四一年二月以降は総務部長付の地位にあつた。

(三) この間を通じてみると、礼三は右職務につき能力もあり、几帳面にこれを遂行していた。

けれども、康和出向時以後、決算期に仕事を自宅に持帰つたまま欠勤し、欠勤の理由を明らかにしないなどのことがあつて、業務に支障を来たしたこともあつた。そのためもあつて、前記のように出向を解かれたり、部長付の職に移されたりする結果となつた。(礼三はこれら異動に関して、処遇への不満を抱き、職務に対する自信欠如をも招いたが、この点は特異視すべきものか否か疑わしい。)

(四) 昭和四〇年六月、一家かかりつけの長坂外科(医師長坂登市)に受診し、血圧一六〇〜一〇〇、コレステロール値二六〇mg/dl等の所見から高血圧症と診断され、降圧剤の投与(事故までに計五週間分)を受けており、そのほか、同年暮以降四度にわたり感冒で同医師に受診した。昭和四一年二月当時血圧は一四〇〜九〇前後の数字を示し、血圧自体は軽度の降圧剤の服用により容易に下るものであつた。

(事故以後のこと)

(五) 礼三は、事故により路上に転倒し、左側頭部、左手等に衝撃を受け、当時三〇秒位意識を失つた。事故の日の夜から頭痛、不眠等の症状がみられ、事故の翌々日(月曜)左側頭痛を訴えて長坂外科に受診し、その後頭痛、眩暈、不眠、後頭部疼痛等の症状も現われ、これら症状が持続したので、精査の必要等から昭和四一年一〇月四日東大病院に転じて通院加療を続けた。なお、事故後、血圧値はほぼ正常であつた。

(六) 礼三は事故以後昭和四一年七月頃までは前記会社に毎月数日程度出勤し、その後さほど欠勤しないで出勤していた。

しかし、この間事故後二ケ月位後から動作緩慢、言語不明瞭、記憶力、計算能力の低下がみられ、仕事に身が入らないことがすくなからずあつた。また、同僚の言を自己の悪口ととつたり、会社から馘になるのではないかと考えるような妄想、不安の意識が強まり、これを上司松田倉三に訴えた。このような事象、傾向は、事故前から存しなかつたと断言できないが、すくなくとも事故頃を境ににわかに顕著となつた。

(七) 昭和四二年九月九日礼三は、与えられた仕事ができないと興奮して上司に申出たうえ、会社を離れ、帰宅後も「だめだ」「子供達に悪いことをした」など自信喪失、自責的感情を表出した言葉を繰返し、同日あるいはその翌日家人に対し、鋏を持出して 殺してくれ」などと口走りこのために東大病院に同月一四日に入院し、死亡まで在院した。

(八) (五)(六)に述べたような身体症状、精神行動は東大病院への通院受診中も持続し、次第に進行して行き、また強い筋緊張亢進がみられ、一方振戦はほとんどなく、アーテン等パ症群治療剤の大量投与によつても効果がみられなかつたところ、(七)の出来事を契機に入院するに至つたものである。

(九) 入院当初の症状の特徴は次のとおり

(1) 精神症状

① 不安 治療によりかなり安定したが、なお、自己の疾病、社会的地位などの具体的問題に対する不安、自己不全感及び対象の不明な漠然とした不安感が、自発し、あるいは比較的軽微な刺激により誘発されやすい。自責的独語が繰返される。

② 痴呆 判断力の低下、幼稚化、思考のまとまりの悪さが著しい。記憶、記銘力、ことに計算能力の低下が著明、時間的認識が目立つて悪い。

③ 意欲、自発性の著明な減退 終日無為に過し、新聞の見出しを拾い読みする程度

④ 妄想 悪口がいわれているとする。被害的幻聴も窺われる。

⑤ 一般的礼容は保たれ、目立つた人格のくずれはない。

⑥ 病状にかなりの(段階的でない。)変動がみられる。

(2) 神経身体症状

① 筋緊張亢進 最も著明。全身に、左がより強い。

このために、全動作が緩慢で、体位変換もかなり困難であり、用便にも介助を要する。

② 振戦 左上肢等に軽度のもの

③ 発声、構音筋の強剛、共同運動障害があつて著しい言語障害を来たしている。

④ 以上は薬剤による治療効果が殆どみられない。

⑤ 動脈硬化 眼底、脳動脈写で軽度の硬化像がみられる。

以上の症状は入院後も進行性の経過をとつて、死亡時に至つた。

3  1、2の事実に基づき、<証拠>を参看して考察すると、現在の医学を基礎とする結論としては、次の見方が相当である。

(一)  礼三に事故後約二ケ月後に顕著となり、死亡まで持続した諸症状の原因が脳疾患であることは明らかである。

(二)  礼三は、事故前から高血圧症を有したにしても、その血圧値、投薬効果等からみて軽度のものとみるべきであり、事故後にあつても血圧値からは顕著な悪化を窺い得ない。

それにしても、右事実から、程度はともかく事故前から脳動脈硬化症が存したことが推認される。

そして、精神症状のかなりの変動態様は、脳動脈硬化症による脳血管の循環障害の病像と合致する。

(三)  パ症群の発生原因については、なお十分に解明されていないが、一応次のとおり考えられる。

発生原因を大別すると、(1)動脈硬化症、(2)頭部外傷、(3)脳炎後のそれ、(4)その他となる。

そのうち、外傷性のそれは、健康で脳疾患の素因がないものについては、強度の外傷あるいは反復された外傷によるのが通例であつて、また筋緊張亢進は軽く、振戦が強い等の特徴があり、礼三の病像に必ずしも合致しない。脳炎その他続発性発病の原因もまた認められない。してみると、礼三については動脈硬化症によるそれを考えることとなる。

(動脈硬化症に基づくパ症群の存在自体につき医学者間になお疑問とするものがあり、あるいはパ症群が動脈硬化症に併存するとみる者もあるが、この差異は本件の結論に影響がないことが明らかといえるので便宜、このうち、いずれかとして述べておくこととする。)

そして、礼三の筋緊張亢進及びこれに伴なう諸症状はパ症群のそれとみるのに妨げはないが、全症状をみるとパ症群の典型的な症状からかなりの隔たりがあり、さらに、投薬効果の乏しいこと、不安、痴呆等の精神症状が著明であること、症状の動揺がみられることなど、にわかに典型的なパ症群の症状と認めることはできない。

(四)  以上の考察をもとに結論を述べると、

礼三は、事故前において既に脳動脈硬化症又はこれに起因するパ症群の発症をみている。しかし、その程度は極めて軽度であつて、そのままでは(事故にあわなければ)、数年を経てはじめて顕著な症状を示すに至つたであろうと推認される。

ところで、事故に基づく頭部外傷は、これに重大な影響を与え、その顕著な進行性増悪をもたらし、前述の諸々の症状を呈した。

そして、このような重篤な脳疾患を有する者にとつて通常ともいえる脳肺炎死に至つたものである。

4  以上の意味において、礼三の事故による外傷は、礼三の事故後にみられる前記諸症状及び死亡の結果と相当因果関係があるものといわなければならない。しかし、その実質においては、事故による受傷は、動脈硬化症ないしはパ症群の発症及び死亡をそれぞれ数年間早めたものとして、賠償額算定の基礎とすべきである。

三損害額の算定

1  亡礼三に生じた損害

(一)  休業損害ないし逸失利益については、二に述べたところから、礼三が事故にあわなければ、事故後五年間(昭和四六年四月二三日まで)就労可能で、前記会社に在職したはずのところ、事故により就労が不可能となつたものとして損害額を算定する。

(二)  給与相当分 二六一万七四六九円

(1) 年額 一〇二万四八〇〇円

<証拠>により礼三の給与(賞与こみ)年額は右金額を下らないものと認めることができる。

(2) 原告ら主張の期間中、昭和四三年一月一日から昭和四四年一月二一(礼三死亡の日)まではその全額、その後の期間については生活費等としてその三分の一を控除する。さらに、昭和四五年一〇月二〇日以降分(月割計算)につき、年五分の中間利息を控除して同月一九日現価を算出する。

(三)  退職金相当分 三〇万七五二二円

<証拠>によれば、礼三は前記会社に昭和二一年一二月一日(設立時)から昭和四三年九月一〇日まで在職したこと、前掲甲第五号証によれば、礼三の本給が五万八九〇〇円を下らないこと、<証拠>によれば、右会社の職員退職金規定には、職員の業務外の負傷疾病のため勤務に堪えないことまたは死亡の場合の退職金額は本給に対する支給率と加速金をもつて定められ、勤続二一―二四年にあつては、一年当り支給率は1.8、加給金は一万六〇〇〇円の差があり、勤続期間は月割計算とされていることがそれぞれ認められる。

礼三が事故の結果として現実に退職した時期と事故がなければ退職するはずの時期との差は二年七ケ月であつて、これに対応する退職金の差額は三一万五二一八円となるところ、昭和四五年一〇月二〇日以降右退職するはずの日までの間年五分の中間利息を控除して、昭和四五年一〇月一九日の現価を算定する。

(四)  相続

請求原因三の事実は、<証拠>により認めることができる。

この事実によれば、礼三に生じた前記損害(逸失利益)二九二万四九九一円は、原告らにおいてその三分の一、九七万四九九七円ずつ相続によつて取得したものというべきである。

2  原告ツキエの損害――治療関係費

(一)  治療関係費については、被害者礼三の妻である原告ツキエにおいて現実に出捐を余儀なくされた金額すべてにつき被告はこれを賠償すべき義務があるものといわなければならない。この出捐の一部が礼三にとつて遠からず発症するというべき動脈硬化症あるいはパ症群の治療に関するものを含んでいるにしても、事故にあわなければ将来要するはずの治療関係費用を控除することは許されない。この事情は原告らの慰藉料算定において斟酌される。

(二)  入院雑費 九万九二〇〇円

前記入院期間、一日当り二〇〇円に相当する右金額を下らない出捐を余儀なくされたものというべきところ、<証拠>によれば、同原告においてこれを負担したものということができる。

(三)  交通費 一五万九三九〇円

<証拠>によれば、礼三の前記通院や家族看護者の病院往復のための交通費として右金額を下らない支出を要し、これを原告ツキエにおいて負担しているものと認めることができる。

(四)  付添費 七一万一〇〇〇円

<証拠>によれば、原告ツキエは礼三の看護介助のため前記入院中、自らこれに当つたほか、家政婦を同人に付添わせ、その報酬、諸費用として右金額を下らない出捐をしたことを認めることができる。

3  原告ツキエの損害――葬儀費用

<証拠>によれば、原告ツキエは礼三の死亡により、その葬儀その他諸忌事を行ない、一五万円を下らない支出を要したことを認めることができ、前記二4に述べた事情に鑑み、うち一五万円を事故と相当因果関係があるものとして被告が負担すべきものとするのを相当とする。

4  原告らの慰藉料

原告らと礼三との身分関係、原告ツキエ本人尋問の結果により認められる礼三が事故に至るまでその収入により原告ツキエ、同千枝子の生活を支えてきたこと、本件事故発生の状況、礼三の受傷から死亡に至るまでの経緯その他の諸事情を考慮し、一方、原告らの自認する被告が賠償金として既払分のほか六〇〇万円の支払を申出たことがあつたこと、礼三が事故にあわなくても数年先には病に倒れ世を去るべき運命にあつたことを考えあわせると、原告らの受けるべき慰藉料は、ツキエが一〇〇万円、三枝子、千枝子が各五〇万円とするのが相当である。

5  弁護士費用

弁論の全趣旨によれば、原告らは、弁護士である本件訴訟代理人に本訴訟の提起遂行を委任し、その主張の金員の支払を約したことを認めることができる。本訴提起前被告が原告らに対し既払分を除き六〇〇万円を支払う旨提示したことは原告らの自認するところである。右事実、本件訴訟の経緯、認容額等に鑑み、そのうち、被告に負担させることができるのは、三〇万円(原告らそれぞれ一〇万円ずつ)とするのを相当とする。

四結論

以上に述べたとおりであるから、原告らにおいて被告に対し賠償を求めることができる金額は、原告ツキエが三一九万四五八七円、同三枝子、同千枝子が各一五七万四九九七円であり、原告ツキエはそのうち一二六万八三九〇円のてん補を受け弁護士費用以外の損害に充当すべきことを自認するのでこれを差引くと、一九二万六一九七円となる。

そこで、原告ら本訴請求は、右金員及びうち弁護士費用を除いた分につき訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四五年一〇月二〇日以降支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は失当である。訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。

(高山晨)

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