東京地方裁判所 昭和45年(借チ)1082号 決定
〔主文〕申立人が本裁判確定の日から三か月以内に相手方に対し金一九三、〇〇〇円を支払うことを条件に申立人が別紙目録(二)の2記載の改築をすることを許可する。
右金員支払の日の翌月分から本件賃貸借の賃料を一か月金九九〇円に変更する。
〔理由〕一 本件申立の要旨
1 申立人は、昭和三〇年四月一三日相手方から別紙目録(一)記載の土地(以下「本件土地」という。)を期間の定めなく賃借し、本件賃貸借の現賃料は、一か月金五四〇円(三、三平方米当り金三〇円)である。
2 申立人は、本件土地のうえに同目録(二)の1記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有している。
3 申立人は、本件建物を同目録(二)の2記載のとおり改築すべく計画中であるが、本件賃貸借には増改築制限の特約は不明であるが、相手方の承諾がえられないので、右承諾に代わる許可の裁判を求める。
二 当裁判所の判断
1 本件で取調べた資料によれば、前記一の1、2の事実を認めることができる。相手方は、本件建物はすでに朽廃しているので、本件賃貸借は終了した旨主張するが、右資料によれば、本件建物は、相当老朽化してはいるが、いまだ朽廃の域には至つているとは認めがたい。したがつて申立人は本件土地の適法な賃借人である。そして、本件賃貸借において増改築制限の特約の存否は不明であるが、相手方は右特約の存在を主張しており、申立人が相手方の承諾をえないで改築を行えば、増改築制限特約に関し紛争を生ずる虞れがあるので、申立人はこれを防止するため本件申立てをする利益を有する。しかして、本件改築計画は、土地の利用上および法令の制限上相当である。相手方は、(1)本件土地は狭少であり、相手方は、小工場の経営上従業員寮を確保するため、本件土地を含めた相手方所有地を一括利用して中高層建物を建て使用する必要がある。(2)本件土地附近は、近く都条例により防災地区、危険地区に指定され、新築建物は耐震、耐火構造でなければならなくなる。(3)申立人相手方間には賃貸借関係を継続する信頼関係を欠く。(4)本件建物は一棟二戸建の一戸で、この改築は他方の損壊、倒壊のおそれを生ずる等を理由として本件改築は相当でない、と主張する。ところで前記資料によれば、本件賃貸借はなお約一四年の残存期間を有すること明らかであるから前記(1)の事由があるからと言つて、直ちに本件改築が不当であるとはいえず、期間満了時に更新を拒絶しうる正当事由が具備すると現段階で認められる場合にかぎり申立を棄却すべきであるが、前記資料によれば、相手方が本件土地を必要とする事由があつても、申立人が居住用としてこれを必要とする度合もこれに劣らないものであつて、現時点で、期間満了時に相手方が更新を拒絶しうる正当事由を有すると予測することは困難である。また、相手方の言う防災条例は、いまだ現実かつ具体的なものでなく現段階で木造建物の改築が適法である以上、右計画が存することのみで、本件改築を不当とすることはできない。また、相手方のいう信頼関係を欠く事由が存するとしても、それで、本件改築を不相当とする事由にはならず、(4)のごとき、本件改築が他方への損壊、倒壊を招くとも考えられず、相手方の主張はいずれも理由がない。他に、本件改築を不相当とする事由はない。そこで、本件改築は、後記の条件の下で許可するのが相当である。
2 附随の処分について検討する。
鑑定委員会の意見の要旨は、「申立人に財産上の給付として金二六七、七五〇円を支払わせ、賃料を一か月金九九〇円(3.3平方米当り金五五円)に増額するのが相当である。給付金の根拠は、本件土地の更地価格を一平方米当り金六四、八〇〇〇円、借地権価格をその七〇%とし、経済賃料と実際賃料の差額解消、建物の耐用年数の延長による借地期間の延長を考慮し、期間を更新する場合を更地価格の一〇%を標準とし、これに対して建物が朽廃しない場合の本件残存期間による調整および金額的配慮を行なつて本件の給付金を一平方米当り金四、五〇〇円(更新価格の約七%、借地権価格の約一〇%)合計金二六七、七五〇円が相当である。」というにある。
ところで、附随処分は、増改築許可の裁判により賃貸人の蒙むる不利益を賃借人の受ける利益の範囲内でその利害を調整するものであり、増改築許可の裁判は、賃貸人の承諾と同様建物朽廃による借地権の消滅時期を延長し、建物の買収価格の増大による更新拒絶権の行使を事実上制限し、更新時における正当事由の要素として更新の可能性を強化し、結局賃貸人に借地返還の期待を減じさせる不利益を与え、賃借人にこれに応じた利益を与える。なお、建物買収価格の増額じたいは、将来賃貸人がその経済的価値に即応した価格で買受けるのであるから必ずしも賃借人に不利益とはいえない。また、当裁判所は、建替えの場合にも、裁判による許可であるから、当事者間の意思の擬制ないし推定に基づく借地法七条の期間更新の適用はなく、附随処分により期間を延長しないかぎり、期間の延長にはならない、と解する。
以上の利害を本件についてみるに、本件においてなお長期の残存期間が存するので、更新時に生ずる利害は、現時点では、大きくなく、主たる利害は、建物の朽廃時期の延長にあると解されるが、建物はそこに人が居住するかぎり容易に朽廃せず、またその時期は、建物の管理者の管理の巧拙によるところも大きく、本件においても、本件建物および改築後の建物の朽廃時期を確定することはできない。ところで、不動産賃貸借の通例は、朽廃に至る前に、契約期間の更新期に、いわゆる更新料等が支払われ、これとともに建替えについても合意されることが多いのであるから、朽廃時期の延長の利害は、右のごとき、更新料ないし建替え承諾料の事例を参照としつつ当該賃貸借の経緯を考慮してその額を決すべきであり、本件資料によれば、本件賃貸借は、期間の定めのないもので建物朽廃により消滅すべきものであり、本件建物は大正一五年ごろ建築にかかりかなり老朽化していること、本件土地附近では、期間を更新し、更地価格の一〇%位の金銭の授受があることを認めることができ、右事実に、更に、本件においては期間の延長は必要でないことおよび従前の裁判例を参酌して、申立人に対し、本件改築に伴い鑑定委員会の定める本件土地の更地価格の五%にあたる金一九三、〇〇〇円(百以下切上げ)を支払わせるのが相当である。
賃料については、鑑定委員会の意見のとおり定める。(筧康生)
目録 (一)
(土地)
東京都江戸川区平井三丁目八〇二番一
宅地1,194.04平方米(361.20坪)のうち 59.50平方米(一八坪)
目録 (二)
1(現存建物)
東京都江戸川区平井三丁目八〇二番地
家屋番号 二九三番
木造瓦葺平家建居宅の内東側
床面積31.40平方米(9.50坪)
2(改築計画)
現存建物を取りこわし、
木造瓦葺モルタル塗り二階建
一、二階各33.05平方米
を新築する。