東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)104号 判決 1971年3月15日
原告 阿部公彦
右訴訟代理人弁護士 中垣内映子
被告 東京地方検察庁検事正 布施健
右指定代理人 武内光治
<ほか一名>
主文
本件訴えを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
原告は「被告が昭和四五年四月二四日原告の同月一六日付昭和四三年(検)第一九六八四号窃盗等被疑事件の不起訴記録の閲覧および一部謄写の申請を拒否した処分は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告は主文同旨の判決を求めた。
第二原告の主張
(請求の原因)
原告は被告に対し昭和四五年四月一六日付をもって被告の保管する昭和四三年(検)第一九六八四号窃盗等被疑事件の不起訴記録の閲覧および一部謄写を申請したところ、被告は同月二四日右申請を拒否した。
しかしながら、被告の右拒否処分は違法であるから、その取消を求める。
(被告主張の本案前の抗弁に対する反論)
原告は捜査官の職権濫用により違法な逮捕、勾留を受けた被害者として各逮捕、勾留に関与した捜査官を特別公務員職権濫用罪等の罪で告訴する権利があり、したがってまた、検察官が原告の告訴した事件を不起訴処分にした場合には、検察審査会に対しその処分の当否の審査の申立をし、管轄裁判所に対し付審判の請求をする等の権利を有するものであるところ、検察審査会法第三一条は検察審査会に対する審査の申立には申立の理由を明示しなければならない旨規定し、また刑事訴訟規則第一六九条は裁判所に対する付審判の請求書には裁判所の審判に付せられるべき事件の犯罪事実および証拠を記載しなければならない旨規定しているので、原告の有する右権利を実質的に行使するには告訴の事実を裏づける証拠として最も重要な右不起訴記録の閲覧謄写が必要不可欠であり、もしその閲覧謄写が認められないとすれば、原告の右権利は実質上剥奪される結果となる。したがって、原告の申請した右不起訴記録の閲覧謄写は告訴権、検察審査会に対する審査の申立権および裁判所に対する付審判請求権に根ざす派生的権利というべく、その閲覧謄写の申請を拒否する処分は取消訴訟の対象となる行政処分というべきである。
第三被告の主張(本案前の抗弁)
本件訴えは被告が原告の不起訴記録の閲覧および謄写の申請についてした拒否処分の取消を求めるものであるが、右拒否処分は抗告訴訟の対象となる行政処分ではない。すなわち、
一定の事項が公法上の権利として認められるためには、なんらかの方法によってそれが自己のために主張しうることが法律上保障されていることを要するところ、不起訴記録の閲覧謄写については法律上これを保障した規定はなく、したがって原告にこれを請求する権利はないのであるから、原告が被告に対してした不起訴記録の閲覧謄写の申請は単なる希望の申出と解するほかなく、被告もこれに対して希望にそいえない旨を知らせる事実上の行為をしたにすぎないのであって、法律的効果の伴う行政処分をしたものではない。したがって、被告のかかる行為は原告の法律上の地位になんら影響を及ぼすものではないから、本件訴えは不適法であり、却下されるべきである。
第四証拠関係≪省略≫
理由
本件訴えにおいて原告が取消を求めているのは不起訴記録の閲覧および謄写の申請を拒否した被告の行為であるが、わが国法上不起訴記録の閲覧謄写の申請をした者に行政庁に対してその申請どおりの処分を要求しまたは法に定められた手続に従ってその許否の処分を行なうことを要求しうる法律上の地位が与えられてはいない(なお、本件が刑事訴訟法第四七条但書にいう「公益上の必要」ある場合に該らないことはいうまでもない。)のであるから、その申請が拒否されたとしても、それによりその申請をした者になんらの法律上の不利益が生ずるものではないし、また本件の拒否は単なる拒絶にすぎないから、公権力の行使としてのいわゆる事実行為(行政不服審査法第二条第一項)にもあたらないことはあきらかである。
原告はその有する告訴権等の権利に根ざす派生的権利として不起訴記録の閲覧謄写権がある旨主張するが(もっともその意味はかならずしも明らかではない。)、およそ法によって告訴権が与えられ、さらに不起訴処分の当否につき検察審査会に対する審査の申立権および裁判所に対する付審判の請求権が認められているからといって、その故をもって直ちに他人に対し直接その所持する書類等の閲覧謄写を求める権利までも法が保障しているとは到底解することはできず、このことは、たとえその書類等が不起訴記録であって、それが原告の主張するように告訴の事実の証拠として最も重要なものであるとしても、同様であるというべきであるから、原告の右主張は採用できない。してみれば、右申請を拒否した被告の行為は取消訴訟の対象となる行政庁の処分その他の公権力の行使とはいえないから、本件訴えは取消訴訟の対象となりえないものの取消を求める不適法な訴えといわざるをえない。
よって、本件訴えはその余の点について判断するまでもなく不適法として却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 高津環 裁判官 小木曽競 海保寛)