東京地方裁判所 昭和45年(行ウ)195号 判決 1977年3月30日
東京都八王子市元本郷町一丁目六番九号
原告
小金井巽
右訴訟代理人弁護士
斉藤展夫
同
鈴木亜英
同
飯塚和夫
同
川口巌
同
二上護
同
寺島勝洋
同
渋川幹雄
同
小俣静子
同
仁藤峻一
東京都八王子市子安町四丁目四番九号
被告
八王子税務署長 加来学
東京都千代田区霞が関三丁目一番一号
被告
国税不服審判所長 岡田辰雄
右被告両名訴訟代理人弁護士
島村芳見
右被告両名指定代理人
篠田学
被告八王子税務署長指定代理人
押田茂雄
同
興梠嘉男
同
直井敏男
被告国税不服審判所長指定代理人
大谷勉
主文
一 原告の請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告八王子税務署長が昭和四四年三月一五日付でなした原告の昭和四〇年ないし四二年分の所得税の更正処分及び過少申告加算税賦課決定を取消す。
2 被告国税不服審判所長が昭和四五年七月九日付でなした原告の昭和四〇年ないし四二年分の所得税更正処分に係る審査請求を一部棄却した裁決を取消す。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
二 請求の趣旨に対する被告らの答弁
主文と同旨
第二当事者の主張
一 請求原因
1 原告は、八王子市元本郷町において、青果食料品小売業を営むいわゆる白色申告者であるが、昭和四〇年ないし四二年分の所得税について次表のとおり確定申告をしたところ、被告署長は同表のとおり更正処分及び過少申告加算税賦課決定をなした。
原告は右各処分につき適法な異議手続を経て被告国税不服審判所長に対し審査請求をしたところ被告国税不服審判所長は昭和四五年七月九日同表記載のとおり右各処分を一部取消す旨の裁決をした。
(昭和四〇年分)
<省略>
(昭和四一年分)
<省略>
(昭和四二年分)
<省略>
2 しかしながら、被告署長のした前記各処分(ただし、裁決により一部取消された後のもの。以下、本件更正処分という。)及び被告国税不服審判所長のした本件裁決はいずれも違法であるのでその取消を求める。
二 請求原因に対する被告らの認否及び被告署長の主張
1 認否
請求原因1項は認める。
同2項は争う。
2 被告署長の主張(本件更正処分の根拠)
原告の本件各係争年分における所得金額の算出根拠は次のとおりであり、本件更正処分はいずれもその範囲内でなされているから適法である。
(昭和四〇年分の所得金額の算出根拠)
<省略>
(一) 売上金額 五、九一五、四一〇円
イ 青果及び食料品分 五、八三九、九一一円
次の(二)のイで述べる売上原価四、七六三、六一六円を(別表一)の売上原価率八一・五七%で除して、売上金額五、八三九、九一一円を算定した。
なお、売上原価率については、(二)売上原価において述べる。
(算式)
(売上原価) (売上原価率) (売上金額)
四、七六三、六一六円÷八一・五七%=五、八三九、九一一円
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 七五、四九九円
次の(二)のロで述べる売上原価六二、六七二円を、昭和四〇年分六大都市平均牛乳売上原価率八三・〇一%(別表E-1)で除して算出した。
(算式)
(売上原価) (売上原価率) (売上金額)
六二、六七二円÷八三・〇一%=七五、四九九円
(二) 売上原価 四、八二六、二八八円
イ 青果及び食料品分 四、七六三、六一六円
原告の昭和四〇年分の市場からの仕入金額三、六四〇、三五六円を(別表一)に掲げる同業者の丸共青果食品荷受協同組合(以下丸共青果市場という。)からの仕入金額の総仕入金額に占める割合(以下市場仕入率という。)で除して、総仕入金額(売上原価)四、七六三、六一六円を算定した。
(算式)
(市場からの仕入金額) (市場仕入率) (売上原価)
三、六四〇、三五六円÷七六・四二%=四、七六三、六一六円
なお、原告の所得金額算定上適用した売上原価率及び市場仕入率は原告と同じ八王子市内に事業所を有する青色申告者で、青果及び食料品の販売を継続的に営み、商品の仕入を主として丸共青果市場からしており、かつ、同市場以外からも仕入のある同業者(氏名はabc・・・・・の記号をもつて示す)について、昭和四〇年分の売上金額、売上原価、売上利益及び丸共青果市場からの仕入金額を算出し、売上金額に対する売上原価率及び総仕入金額に対する市場仕入率を算定し、それぞれの平均割合を求めたものである(一般経費の適用についても、同様の方法によつた。)。
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 六二、六七二円
原告の係争年分の仕入金額については、原告に帳簿がなく、また仕入先の調査によつても把握できないため、被告署長の調査により把握し、原告の昭和四三年六月から八月まで(以下、調査期間という。)の仕入金額(別表四)を基礎として、次の(イ)ないし(ホ)のとおり算出した。
(イ) 原告の調査期間の仕入金額を調査期間の六大都市平均牛乳仕入単価一九・〇三円(別表A)で除し、原告の調査期間の仕入本数一、七〇四本(以下、調査期間の仕入本数という。)を算出した。
三二、四二九円÷一九・〇三円=一、七〇四本
(ロ) 原告の調査期間の仕入本数一、七〇四本に、調査期間の六大都市における牛乳仕入本数を一〇〇とした場合の昭和四〇年六月から八月までの六大都市における牛乳仕入本数の指数九九%(別表Cの四〇年)を乗じて、原告の昭和四〇年六月から八月までの仕入本数を算出した。
一、七〇四本×九九%=一、六八六本
(ハ) 右(ロ)により算出した原告の昭和四〇年六月から八月までの仕入本数に、六大都市における右期間の仕入本数を一〇〇とした場合の昭和四〇年九月から一二月までの仕入本数の指数一〇九%(別表D-1)を乗じて、原告の昭和四〇年九月から一二月までの仕入本数を算出した。
一、六八六本×一〇九%=一、八三七本
(ニ) 右(ロ)及び(ハ)により算出した仕入本数を合計し、原告の昭和四〇年六月から一二月までの仕入本数を算出した。
一、六八六本+一、八三七本=三、五二三本
(ホ) 右(ニ)により算出した原告の昭和四〇年六月から一二月までの仕入本数(原告は、昭和四〇年六月から牛乳販売を行つているため、当該仕入本数が原告の昭和四〇年分の仕入本数である。)に、右期間における六大都市平均仕入原価一七・七九円(別表B-1)を乗じて、原告の昭和四〇年分の仕入金額を算出した。
三、五二三本×一七・七九円=六二、六七四円
(三) 売上利益 一、〇八九、一二二円
イ 青果及び食料品分 一、〇七六、二九五円
右の(一)のイの売上金額五、八三九、九一一円から右の(二)のイの売上原価四、七六三、六一六円を差し引いて算定した。
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 一二、八二七円
右の(一)のロの売上金額七五、四九九円から右の(二)のロの売上原価六二、六七二円を差し引いて算定した。
(四) 一般経費 二七〇、三三四円
右の(一)のイ及びロの売上金額五、九一五、四一〇円に、(別表一)に示す同業者の一般経費率四・五七%を乗じて一般経費二七〇、三三四円を算定した。
(算式)
(売上金額) (一般経費率) (一般経費)
五、九一五、四一〇円×四・五七%=二七〇、三三四円
(五) 雑収入 六三、六〇一円
市場からの事業分量配当金四五、五六〇円及び買出人完納支払奨励金一八、〇四一円の合計金額である。
(六) 特別経費 四六、八〇〇円
年間支払家賃七八、〇〇〇円のうち事業用に使用していると認められる六〇%に相当する部分の金額である。
(昭和四一年分の所得金額の算出根拠)
<省略>
<省略>
(一) 売上金額 七、一三八、四六三円
イ 青果及び食料品分 七、〇二四、〇八四円
次の(二)のイで述べる売上原価五、六八〇、三七七円を(別表二)の売上原価率八〇・八七%で除して、売上金額七、〇二四、〇八四円を算定した。
(算式)
(売上原価) (売上原価率) (売上金額)
五、六八〇、三七七円÷八〇・八七%=七、〇二四、〇八四円
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 一一四、三七九円
次の(二)のロで述べる仕入金額(売上原価)九八、六五二円を昭和四一年分六大都市平均牛乳売上原価率八六・二五%(別表E-2)で除して算出した。
(算式)
(売上原価) (売上原価率) (売上金額)
九八、六五二円÷八六・二五%=一一四、三七九円
(二) 売上原価 五、七七九、〇二九円
イ 青果及び食料品分 五、六八〇、三七七円
原告の昭和四一年分の市場からの仕入金額四、三二〇、四九五円を(別表二)に掲げる同業者の市場からの仕入金額の総仕入金額に占める割合(市場仕入率)で除して、総仕入金額を算出し、売上原価五、六八〇、三七七円を算定した。
(算式)
(市場からの仕入金額) (市場仕入率) (売上原価)
四、三二〇、四九五円÷七六・〇六%=五、六八〇、三七七円
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 九八、六五二円
昭和四〇年分と同様に原告の調査期間の仕入金額を基礎として次の(イ)ないし(ホ)のとおり算出した。
(イ) 原告の調査期間の仕入本数は、昭和四〇年分の(二)のロの(イ)における計算のとおり一、七〇四本である。
(ロ) 原告の調査期間の仕入本数一、七〇四本に、調査期間の六大都市における牛乳仕入本数を一〇〇とした場合の昭和四一年六月から八月までの六大都市における牛乳仕入本数の指数九八%(別表Cの四一年)を乗じて原告の昭和四一年六月から八月までの仕入本数を算出した。
一、七〇四本×九八%=一、六六九本
(ハ) 右(ロ)により算出した原告の昭和四一年六月から八月までの仕入本数に、六大都市における右期間の仕入本数を一〇〇とした場合の仕入本数の合計指数二二三・二%(別表D-2)を乗じて、原告の昭和四一年一月から五月まで及び同年九月から一二月までの仕入本数を算出した。
一、六六九本×二二三・二%=三、八九二本
(ニ) 右(ロ)及び(ハ)により算出した仕入本数を合計し、原告の昭和四一年分の仕入本数を算出した。
一、六六九本+三、八九二本=五、五六一本
(ホ) 右(ニ)により算出した原告の昭和四一年分仕入本数に昭和四一年の六大都市仕入単価一七・七四円(別表B-2)を乗じて原告の昭和四一年分仕入金額を算出した。
五、五六一本×一七・七四円=九八、六五二円
(三) 売上利益 一、三五九、四三四円
イ 青果及び食料品分 一、三四三、七〇七円
右の(一)のイの売上金額七、〇二四、〇八四円から右の(二)のイの売上原価五、六八〇、三七七円を差し引いて算定した。
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 一五、七二七円
右の(一)のロの売上金額一一四、三七九円から右の(二)のロの売上原価九八、六五二円を差し引いて算定した。
(四) 一般経費 三四三、三六〇円
右の(一)のイ及びロの売上金額七、一三八、四六三円に(別表二)に示す同業者の一般経費率四・八一%を乗じて一般経費三四三、三六〇円を算定した。
(算式)
(売上金額) (一般経費率) (一般経費)
七、一三八、四六三円×四・八一%=三四三、三六〇円
(五) 雑収入 九四、一三四円
市場からの事業分量配当金六八、五九五円及び買出人完納支払奨励金二五、五三九円の合計金額である。
(六) 特別経費 四六、八〇〇円
年間支払家賃七八、〇〇〇円のうち事業用に使用していると認められる六〇%に相当する部分の金額である。
(昭和四二年分の所得金額の算出根拠)
<省略>
(一) 売上金額 八、七七五、一〇二円
イ 青果及び食料品分 八、六五一、三九八円
次の(二)のイで述べる売上原価七、〇三二、七二二円を(別表三)の売上原価率八一・二九%で除して、売上金額八、六五一、三九八円を算定した。
(算式)
(売上原価) (売上原価率) (売上金額)
七、〇三二、七二二円÷八一・二九%=八、六五一、三九八円
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 一二三、七〇四円
次の(二)のロで述べる仕入金額(売上原価)一〇八、四六四円を、昭和四二年分六大都市平均牛乳売上原価率八七・六八%(別表E-3)で除して算出した。
(算式)
(売上原価) (売上原価率) (売上金額)
一〇八、四六四円÷八七・六八%=一二三、七〇四円
(二) 売上原価 七、一〇一、一八六円
イ 青果及び食料品分 七、〇三二、七二二円
原告の昭和四二年分の市場からの仕入金額五、五三七、五六六円を(別表三)に掲げる同業者の市場からの仕入金額の総仕入金額に占める割合(市場仕入率)で除して、総仕入金額を算出し、売上原価七、〇三二、七二二円を算定した。
(算式)
(市場からの仕入金額) (市場仕入率) (売上原価)
五、五三七、五六六円÷七八・七四%=七、〇三二、七二二円
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 一〇八、四六四円
原告の調査期間の仕入金額を基礎として、次の(イ)ないし(ホ)のとおり算出した。
(イ) 原告の調査期間の仕入本数は、昭和四〇年分の(二)のロの(イ)における計算のとおり一、七〇四本である。
(ロ) 原告の調査期間の仕入本数一、七〇四本に、調査期間の六大都市における牛乳仕入本数を一〇〇とした場合の昭和四二年六月から八月までの六大都市における牛乳仕入本数の指数九七%(別表Cの四二年)を乗じて、原告の昭和四二年六月から八月までの仕入本数を算出した。
一、七〇四本×九七%=一、六五二本
(ハ) 右(ロ)により算出した原告の昭和四二年六月から八月までの仕入本数に、六大都市における右期間の仕入本数を一〇〇とした場合の昭和四二年一月から五月まで及び同年九月から一二月までの仕入本数の合計指数二四八%(別表D-3)を乗じて、原告の昭和四二年一月から五月まで及び同年九月から一二月までの仕入本数を算出した。
一、六五二本×二四八%=四、〇九六本
(ニ) 右(ロ)及び(ハ)により算出した仕入本数を合計し、原告の昭和四二年分の仕入本数を算出した。
一、六五二本+四、〇九六本=五、七四八本
(ホ) 右(ニ)により算出した原告の昭和四二年分仕入本数に、昭和四二年の六大都市平均仕入単価一八・八七円(別表B-3)を乗じて、原告の昭和四二年分仕入金額を算出した。
五、七四八本×一八・八七円=一〇八、四六四円
(三) 売上利益 一、六三三、九一六円
イ 青果及び食料品分 一、六一八、六七六円
右の(一)のイの売上金額八、六五一、三九八円から右の(二)のイの売上原価七、〇三二、七二二円を差し引いて算定した。
ロ 牛乳(ストツカー販売)分 一五、二四〇円
右の(一)のロの売上金額一二三、七〇四円から右の(二)のロの売上原価一〇八、四六四円を差し引いて算定した。
(四) 一般経費 四三一、七三五円
右の(一)のイ及びロの売上金額八、七七五、一〇二円に(別表三)に示す同業者の一般経費率四・九二%を乗じて一般経費四三一、七三五円を算定した。
(算式)
(売上金額) (一般経費率) (一般経費)
七、一三八、四六三円×四・八一%=三四三、三六〇円
(五) 雑収入 一二六、〇七六円
市場からの事業分量配当金九二、六一五円及び買出人完納支払奨励金三三、四六一円の合計金額である。
(六) 特別経費 四六、八〇〇円
年間支払家賃七八、〇〇〇円のうち事業用に使用していると認められる六〇%に相当する部分の金額である。
三 被告署長の課税根拠の主張に対する原告の認否及び本件更正処分、本件裁決の違法事由についての主張
1 認否
被告署長の主張のうち、丸共青果市場からの仕入金額、昭和四三年六月から八月までの牛乳の仕入金額及び雑収入については認めるが、その余は否認する。
2 本件更正処分の違法事由の主張
本件更正処分には、次のとおりの違法がある。
(一) 質問検査権、調査の違法性
(1) 質問検査権の行使は、過少申告の具体的嫌疑があるか、その可能性が高度に認められる場合に限られるべきであり、調査に当つては、課税庁は調査日を事前に連絡し、調査理由、目的を具体的に明示すべき義務を負い、これらを履行しなかつた調査は違法であつてそのような調査には協力義務を負わないものというべきである。蓋し、このことは、所得税法が自主申告制度をとり、納税者の自主申告の尊重を基本原則としていることからして当然であるのみならず、質問検査権は任意調査である一方、被調査者は調査に応じない場合には刑罰が科せられる(所得税法二四二条八号)ので、税務署職員の一方的な判断で納税者すべてに対して質問検査権を行使できると広く解すると、課税徴収権行使の名のもとに税務署職員の恣意に基づく調査を許すこととなり、被調査者の営業活動の停滞、得意先や銀行等の信用の失墜、私生活の平穏の侵害等種々の私的利益に対する犠牲を強いることとなるからである。
(2) しかるに、本件においては、被告署長から調査対象の選定理由及び目的について告知されたことはなく、何年分の所得について調査するかさえ明確にされなかつた。被告署長は本件訴訟係属後漸く、その理由を明らかにし、原告の昭和四〇年ないし四二年の確定申告書の記載欄中、「所得金額」欄のみ記入し、「収入金額」、「必要経費」欄の記載がなかつたこと及び一般収集資料(資料箋)に基づいて調査の必要を認めたと主張する。しかし、所得税法一二〇条一項一号は単に総所得金額を記載することを規定しているに過ぎず、収入、必要経費の記載は要求していないのであつて、通常課税庁が不動文字で印刷した申告用紙には収入、経費の欄が慣行として存在するに過ぎないのみならず、八王子税務署管内で原告と同様に所得金額欄のみ記載して提出しているものは少なくとも一、〇〇〇名は超すものと推認されるから、右の事実から原告に対する調査の必要性は肯定され得ない。また、資料箋についても丸共青果市場の買出人別帳等の資料を調査した一般収集資料であり、その中で原告が特徴的であるとの点は存しない。したがつて本件調査は、原告を調査する合理的理由や嫌疑が存在しないのになされたものであつて違法である。
(3) さらに、本件調査においては、原告の要望にもかかわらず調査日について事前通知が全くなされず、調査目的、理由も告知されなかつた。仕事の忙しいときにきて理由もいわず、次回調査日も予告しないのでは調査に対する協力も準備も不可能である。したがつてこのような調査は、それ自体違法であり、そもそも調査に協力すべき義務はないのであるから被告署長の主張する原告の調査拒否は何ら理由がない。
(二) 他事考慮に基づく違法性
本件調査は、調査に名を借りた民主商工団体(以下民商という。)攻撃、弾圧であり、脱退工作も難しい原告ら青果商に対して更正処分を行なうことにより、丸共青果市場における民商の影響力を弱め、民商の中心勢力に打撃を加える目的でなされたことが明らかであるから、このような目的に基づいた調査も更正処分も違法である。
(三) 推計課税をなすにつき必要性を欠いた違法
(1) 所得税法上、申告納税制度は申告者の自主申告により所得金額、税額が確定されるのが原則であり、更正処分による所得金額、税額確定は例外である。この場合においても実額課税が原則であり、推計課税は例外であるといえるから、違法な質問検査権を行使し、その拒否を理由に直ちに実額課税ができないと判断し、推計課税を行なうべきではない。
(2) 被告署長は、実額が把握できない旨主張しているが、既に丸共青果市場の反面調査から、資料箋を作成し、原告の仕入状況はすべて把握されており、同市場以外からの仕入れ(牛乳、コンニヤク等)は僅少であつて、調査、臨店の際に、外観から当然に青果、食料品の実額を把握することは可能であつた。
また牛乳については被告不服審判所長は昭和四二年六月から八月までの仕入金額の実額を把握していたものであるから、実額を把握しておきながら、しかも推計課税を行なうのは違法である。
(3) 被告署長所属の係官は、昭和四二年八月二三日、原告方へ臨店したが、事前連絡もなく、調査の理由、目的、対象を告知しなかったものであり、これに対し、原告は、調査理由を明示すれば、調査に応じる旨告げており、調査拒否を行なつたことはない。同年九月八日、一〇月二六日も、被告署長所属の係官は事前連絡をすることなく調査のため臨店したものである。
(四) 推計方法の合理性を欠いた違法
(1) 青果及び食料品分
別表(一)ないし(三)の同業者abcdは順に横田安平、峯尾一重、粟村ヨシ、秋間カズオであることが明らかであるといえるところ、原告とabcdは売場面積、従業員数、営業場所による条件、店売りと引売りの比率、市場仕入率等においても大きく差異があり、このような個別的、具体的な相違を考慮していない被告署長の推計方法は合理性を欠いた違法がある。
また被告署長は各係争年分の市場仕入率を同業者比率により、係争年順に七六・四二%、七六・〇六%、七八・七四%として売上原価を算定しているが、右市場仕入率は不正確である。原告の丸共青果市場以外からの仕入は、豆腐、コンニヤク、漬物等僅少であり、原告における市場仕入率は九五%であるからこれにより算定すべきである。
(2) 牛乳分
店頭売店の主な業種別割合は、六大都市で、パン菓子店七五・六%、酒類販売店六・九%、食料品店一二・五%、その他五%であり、これらと、原告のような青果商におけるストツカーによる牛乳販売と比較できないのは自明であり、被告署長の主張するような方法、資料により原告の場合を推計することは合理性を欠くものである。のみならず、牛乳分の売上原価を六月から八月の仕入金額を基礎として推計しているが、牛乳は年間を通じ六月から八月の期間において最も売れるので仕入金額も多く、夏期は腐敗が生ずるものであり、本件推計はこのようなことを無視している点においても合理性を欠くものというべきである。
被告暑長は売上、仕入、利益の面で青果及び食料品分と牛乳分を分けて計算していながら、一般経費については、青果及び食料品分、牛乳分について一括して一般経費率で計算するのみで、牛乳分についての個別的特性は全く考慮されていないので、不合理である。
(五) 特別経費についての違法
(1) 家賃
被告署長は各年分とも年額七八、〇〇〇円とし、その六〇%を事業用として推計しているが、以下の理由により違法である。
原告は安藤安から事業用部分として店舗兼居宅を借り、その家賃は、係争年順に七八、〇〇〇円、八四、〇〇〇円、八四、〇〇〇円であるから、右同額が、特別控除額とされるべきである。
原告は、家主から店舗として二間、一間半の土間及び四畳の部屋(本件事業用部分)、次いで居住用として六畳の部屋を借りたが、右土間及び四畳の部屋は、食料品等、レジスターの置き場や店番用として使用しているのであるから、本件事業用部分のうち四畳の部屋を居住用と考え、六〇%を事業用とする被告署長の推計は誤つている。
(2) 車庫代
原告は八王子市元本郷町所在松本利正から事業用車両の車庫を借り受け、車庫代として、昭和四一年中に六、〇〇〇円、四二年中に二〇、〇〇〇円を支払つたので、右金額が特別経費として控除されるべきである。
(3) 雇人費
原告は土田小夜子にアルバイト料(店番)として、本件各係争年順に七四、〇〇〇円、八四、〇〇〇円、七二、〇〇〇円を支払つたので、右金額が特別経費として控除されるべきである。
3 本件裁決の違法事由の主張
(一) 本件更正処分時における調査の違法性、推計方法の不合理性等を看過してなされた本件裁決には違法がある。
(二) 本件裁決は更正決定より減額しているが、その理由が不備であつて更正決定のいかなる部分に違法があるのか知り得ないので、理由附記不備の違法がある。
四 原告の違法事由の主張に対する被告らの主張
1 被告署長の主張
(一) 質問検査権、調査(違法事由(一))について
(1) 自主申告制度が期待されているごとく運用され正確な申告が常になされるものならば、あえて質問検査権の行使を含む税務調査の必要は生じないであろうが、申告納税制度の実効を担保するためには、申告の正当性の有無もしくは正当な租税債務いかんの査定のために税務調査の必要を否定することはできない。
しかして、税務署長のする調査は、そもそも納税義務者が果して税法の規定に従つた正当な納税義務をつくしているかどうか、もし納税義務が果されていないと認められるときには正当な課税標準等がいくらであるかを判断するために行なわれるものであつて、すべての納税者についてつねに調査すべき職責があるのである。そして、右のような目的を達成するためには必要な事項について調査を制限されるべきいわれはなく、社会通念上相当と認められる限り、合目的な裁量に委ねられるのであり、また現に税務調査の具体的方法について実定法上これを制限するごとき何らの規定も存しないのである。
ところで、この調査は証拠資料の収集、事実認定、法令の解釈適用など一切の行為を含むものであるが、どのような資料をどのような方法でどの範囲まで迅速かつ的確に収集するかは、所得稼得の基盤が複雑な経済活動であることに鑑みるならば、すぐれて技術的な臨機即応の判断が要請されるものであるし、更に調査対象者の業種業態、帳簿書類の記帳状況、取引資料の保存状況、またはその協力度合等によつて、資料収集の態様は千差万別とならざるをえないものである。
このように税務調査は多岐多様にして流動的な構造をもち、かつ高度の技術的要請を本質とするのであつてかような税務調査の構造からみても、必要な事項についての調査を一律に制限すべきいわれはなく、社会通念上相当と認められる範囲において課税庁の合目的裁量に委ねられているものと解されるのである。
(2) 所得税法に定められている質問検査権は国税犯則取締法に定める質問検査権が具体的な犯則の嫌疑がある者について刑事責任追求のためにその告発を目的として行使されるのとは異なり、これを適正な納税の実現を確保するために認められているものである。すなわち、国家財政の基本となる徴税権の適正な運用を確保し、所得税の公平確実な賦課徴収を図るという公益上の目的を実現するために収税官吏による実効性のある検査制度が存するものである。したがつて、所得税法に定める質問検査権の行使は、過少申告の具体的嫌疑のある者に限らず、申告にかかる所得金額の算定根拠が不明確でその正否を検討する必要のある者をも含むものである。
そして、このように質問検査権の目的・性質を考えると、納税義務者は、調査者から求められれば自己の申告内容が正しいことについて、根拠となる帳簿や資料を積極的に開示し、かつ、十分に説明しなければならないと解され、調査者のほうから調査理由を開示することを法が要求しているとは、到底解されない。
また、質問検査権行使の具体的方法は、さきに述べた質問検査権の目的すなわち適正な納税の実現を確保するという目的の範囲内において、課税庁の現実に即した合理的判断に委ねられていると理解され、いわんや調査の理由、目的の告知のごときは法律上一律の要件とされているものではない。
(3) 被告署長が原告を本件調査の対象として選定したのは、原告の提出した昭和四〇年から四二年までの確定申告書には、事業所得金額の計算上当然記載すべき収入金額及び必要経費は、いずれもその記載を欠き、所得金額の計算の基礎が示されていなかつたので、被告署長は、丸共青果市場からの仕入取引資料の内容及び資産(車輛等)の取得等を検討したところ原告の申告に係る所得金額が真実のものであるかどうかを確認する必要があると認められたので、原告の所得についてこれを調査対象に選定したものである。
以上要するに、原告に対する本件税務調査手続には何らの瑕疵がなく、右調査は、その結果行なわれた本件課税処分を違法とするものではない。
(二) 他事考量(違法事由(二))について
被告署長に民商会員についてのみ調査、更正処分をなして、民商を弾圧する意図がないことは勿論、更正処分の違法性の有無は、処分における課税標準または税額が正当額を超えているか否かによつて決せられるものであり、調査がいわゆる他事考量に基づくか否かにより、更正処分の違法性を左右するものではないというべきである。
(三) 推計の必要性(違法事由(三))について
(1) 本来課税所得金額を決めるには納税者の実額に基づいて決定されるのであるが、現実には、帳簿書類が不備であるとか、調査に際して納税者の協力が得られないなどの事情で、その者の課税標準等を実額により捕捉することが困難である場合が少なくないため、やむを得ず、次善の策として推計課税の方法が採られることになる。蓋し、こうした場合に課税庁が課税を放棄することとすれば、その結果として、誠実に記帳し調査もしている納税者が相対的に不利益な立場におかれることになり、租税の正義、公平の原則からみて到底認めることができないし、また公平課税の実現を期すべき課税庁の責務からしても、課税の放棄は許されないと解されるからである。
ところで推計課税は、いわゆる白色申告者について行なわれるのであるが、所得税法あるいは法人税法においては格別の手続要件を規定していない。したがつて実額調査に基づいて所得金額を算出することが最も理想的であるが、これには取引に関する伝票、帳簿の整備、収税官吏の質問、調査に対する納税者の誠実な応答等の条件が備つて始めてできることで、これらの条件の備わらない場合には、間接事実より所得金額を推計することもやむを得ないことで、それが経験則に従つて行なわれる以上違法でないと解される。
ところで推計課税の許容されるための要件としては、収入支出の実額を捕捉することができないやむを得ない場合であることが必要である。そのためには(1)納税者が青色申告者でないこと、(2)帳簿書類を備付け整備していない場合、(3)帳簿書類の備付けがあつてもその内容に信憑性が認められず、実額の課税ができないことが必要であるところ、本件更正処分については、以下述べるとおり、被告署長所属係官の前後五回にわたる臨店調査に対して原告は終始、事前通知を行なわないこと、調査対象の選定理由を明示しないこと及び単なる口実にすぎない多忙であることを理由に調査を拒否し、帳簿書類の提示要請には全く応じなかつたものである。したがつて収支実額により原告の所得金額を把握することは到底不可能であつたので、やむを得ず所得税法一五六条の規定により、原告の各年分の所得金額を推計したものであり何らの違法はない。
(2) 原告を調査した経過は以下に述べるとおりである。(原処分時における調査経過)
被告署長所属係官は、昭和四二年八月二三日所得税の調査のため原告方に臨店したところ、原告が在宅していたので、来意を告げたが、原告は店舗の内から「まだ家のなかにはいれとはいわない、はいるな、身分証明書は持つているか。」と述べたので、係官は、店舗前の路上に立つたまま身分証明書及び質問検査章を提示し、「あなたの所得税について調査に伺つたので、調査に応じてほしい。」「仕入先や仕入高がどのくらいであるかなど教えてほしい。」と調査する意思を表示し、その調査に協力を求めるとともに「申告の基礎となつた関係書類を見せてください。」と告げて検査物件の呈示を要求した。
しかしながら、原告は「私は白色申告者で帳簿等の記入の必要がないので記帳していない。申告は仕入額を基礎として申告したので、私の申告は正しい。仕入額以外すべて私の腹の中で計算したもので根拠もなにもない。」と述べるとともに「ところで、今日の調査は強制調査か、任意調査か、また何に基づいての調査であるか。」、「この調査は、任意調査であろうからなにも答えないぞ。」など繰返すのみで、係官の再三の要請にもかかわらず調査に協力しなかつた。
係官は「調査日を連絡すれば協力ねがえるか。」と申し出たが、原告は「それは、その時になつてみないとわからない。今日はこれ以上答えないから帰つてくれ。」と調査を拒否されたので、次回の約束もできないまま帰署した。
その後係官は、同年九月八日、一〇月二六日及び一〇月三〇日に原告方に臨店し、所得税調査のため臨店した旨調査する意思を表示し、調査に応ずるよう要請したが、原告は「連絡をしないで来ても答えられない。今日は忙しいから帰つてくれ。」と調査を拒否し、かつ、申告の基礎となつた関係書類についても「一切ないから見せられない。」と述べ、その検査を拒絶したほか、係官が食料品の仕入先等を質問しても黙否して、「店の前に立つていられるとお客さんが来なくなる。あまり店の近くに来ないでくれ。何回来ても駄目だといつているではないか。調査の理由、調査日、いつの分のどこを調査するかを書いてよこせ。それに対しておれの方で調査させると決めてからでなければ協力できない。」と述べるなど、全く質問、検査に応じなかつた。
さらに係官は、昭和四三年七月二六日に昭和四一年分以前の所得税のほか、その後原告から申告されていた昭和四二年分所得税調査のため原告方に臨店し、「時間をかけないようにするから調査に協力してもらいたい。」と調査する意思を表示したが、原告は「あんたは何回言つても解らない人だ、前もつて通知をしてこないことには調査はさせないと何回もいつたはずだ。」と調査を拒否した。そこで、係官が「調査日を決めれば調査に応じていただけるようだが、関係帳簿や伝票などはそろつているのですね。」と質問すると「そんなものはなにもないよ、おれのところは白だからな。」と応答した。係官は「それでは、調査に協力するということはどの程度のことですか。」と質問すると「ただ話し合うということだけよ。」と答え、「これ以上答えると調査になるから。」と正当の理由なく、独自の見解により質問に対する回答をやめ、さらに原告は「とにかく、あんたのことは市場で毎日うわさしていて、あんた達の行動はすぐわかるのだから、昨日どこへいつたかもちやんと知つているんだぜ。今度から八百屋へ調査にいくときは気をつけるんだな。」といやがらせ的な言葉をはいたのである。
このように何回原告方に赴いても、原告は終始右のような応答をするのみであつて、係官の質問に対しては「答えると調査になるから。」とその回答を拒否するばかりでなく、所得税の調査に必要な帳簿書類や取引等の資料の提示を求めても、これに応じないなど調査に対する協力は全く得られなかつた。
(異議申立に対する審理経過)
原告は、被告署長の行なつた右各更正処分を不服として、昭和四四年四月四日異議の申立をしたので被告署長所属係官は、右異議申立に対する審理のため、昭和四四年六月四日原告方に臨店し、原告に面接した。係官は、異議申立の基礎となつた帳簿書類の提示を求めたが、原告は「帳簿の記載はあるが、提示はできない。」と述べ、係官の再三の提示要請に対しても「帳簿は見せられない。裁判をするにしても、税務署の課税が妥当であるかどうか検討するうえにおいても、原処分内容を説明する必要はない。」とくり返すのみであつた。さらに、係官が原処分の課税の根拠は、仕入金額に基づいて計算したものである旨を説明しても、原告は「いずれにしても税務署の課税内容を明らかにしない限り帳簿は見せない。」というなど調査には全く非協力的であり、事実上、調査を拒否したのである。
(審査請求に対する審理経過)
原告は、被告署長の行なつた右異議決定を不服として、昭和四四年七月二六日東京国税局長に対し、審査請求を行ない、原処分の取消を求めたので、東京国税局協議団本部に所属する協議官か、右審査請求の審理にあたつた。
協議官は、原告の審査請求に対する調査のため同年九月から昭和四五年二月までの間に七回にわたつて、審査請求に関しての証拠書類等の提出を、文書、面接及び電話連絡によつて依頼したが、原告はこれに全く応じなかつた。
すなわち、原告は、原処分担当係官の調査方法及びその態度に違法があるから更正処分を取消せと要求し、争点は数額以前の問題であるから、これらの問題が解決されない限り証拠書類等の提出提出はできないと述べるなどして、協議官の要請を終始拒否し、再三にわたる説得に対しても協力を得るにいたらなかつた。
(四) 推計方法の合理性(違法事由(四))について
(1) 青果及び食料品分
売上利益の算定については、前述(二の2、更正処分の根拠)のとおり売上原価を同業者の平均売上原価率で除して売上金額を算定し、右売上金額より売上原価を控除する方法によつた。
そして推計の基礎となつた売上原価は、原告の丸共青果市場からの仕入金額を同業者の平均市場仕入率で除して、総仕入金額(売上原価)を算定したものである。
また、原告の所得金額算定上適用した売上原価率及び市場仕入率を示す資料(同業者の課税事績報告書)は、東京国税局長が被告署長にあてた通達に基づいて被告署長から東京国税局長に報告した文書であるところ右通達は、八王子市内に事業所を有する青果及び食料品小売業を営む個人事業者のうち、所得調査(収支実額)を実施したもの及び青色申告事業者で歴年事業を継続している者のうち、国税通則法の規定に基づく不服申立及び提訴の期間を経過していない者、ならびに不服の申立、または提訴がなされ現在審理中の者を除き商品の仕入を主として丸共青果市場からしており、かつ、同市場以外からも仕入のある同業者について総仕入金額が各年分とも四、〇〇〇、〇〇〇円かな八、〇〇〇、〇〇〇円の範囲であるものを全部抽出して作成するよう命じたものであるから、このことはサンプルの抽出に際し全く恣意的な配慮をさしはさむ余地の無いことを示すばかりでなく、昭和四〇年分の抽出同業者数は三業者であり、昭和四一年分は四業者、昭和四二年分は四業者であるが、これはいずれも原告の納税地を所轄する最小限の行政区画庁たる税務署内での抽出数であるから、同業者の平均市場仕入率、売上原価率、一般経費率を推認するうえで客観性を持たせるに足る数字である。
さらに同通達記載の各要件を充足することによつて、抽出同業者の資料は、本件原告の所得を推計するに当つて基礎資料としての諸要件を具備せしめたものであつて、その要件は合理的なものであり、右サンプルにより算出された平均率は原告の所得算出に使用するものとして精度のきわめて高いものであるということができるのである。そして、本件において算出された同業者率においては個別業者の立地条件、営業規模、従業員数等の個別的特性は、包摂されたうえで平均化され、本同業者率の数値の中に抽象化されているのである。
また被告署長が抽出した同業者が仮に原告の調査による業者であつたとしても、その同業者の実在性、業種の同一性、従業員数〓事業規模の類似性、資料の正確性等十分推認し得るのであつて推計の基礎的要件に欠けるところはないのである。
(2) 牛乳(ストツカー販売)分
売上原価を六大都市平均牛乳売上原価率で除して売上金額を算定し、その売上金額から売上原価を差引いて売上利益を算定し、この推計の基礎となつた売上原価は原告の昭和四三年六月から八月までの仕入金額を基礎として算出したものである。
牛乳小売事業調査報告書を用いて算定した牛乳分の売上金額及び売上原価の推計方法の合理性について、原告はストツカーによる販売であつて実態に沿わない旨主張するが被告署長が用いた当該統計資料は牛乳小売店及び牛乳等の店舗販売を行なつている店舗を対象として調査を行なつたものであり、当該仕入単価は牛乳専業、販売店から大半が中間卸売としてパン菓子店などの店頭牛乳店に販売され、さらに、この店頭牛乳店を通じて消費者に牛乳等が販売されている販売状況を踏まえた上で、採用しているのであるから、原告の主張は失当である。しかして他に適当な推計方法がない以上業界全体の統計を用いることは十分合理性があるといえるのである。
(五) 特別経費(違法事由(五))について
(1) 家賃
原告が賃借した本件店舗兼居宅の家賃は、本件各係争年とも七八、〇〇〇円(年額)であり、このうち事業用部分は六〇%に相当すると認められるので特別経費は各年分とも四六、八〇〇円となる。
(2) 車庫代
支払の事実が認められないので否認した。
(3) 雇人費
土田サヨ子は原告の妻小金井律子の妹で、昭和三七年三月に八王子市千人町に転居し、竹内織物に就職、勤務するかたわら、翌四月に都立高校二部に入学し、四一年三月に同校を卒業後、同年六月に千人町から原告宅へ転居し、さらに四二年二月に日野市へ転出したものである。したがつて同女は原告と同居した一時期を除けば、原告の主張するとおりの期間に継続して原告の事業に従事することはないものと認められる。
また原告と同居した昭和四一年六月三〇日から四二年二月七日までの期間、原告の事業に従事し、原告主張のとおりの賃金の支払があつたとしても、同女は原告の同居親族であるから、所得税法五六条により、原告の事業所得の金額の計算上、必要経費に算入されず、また、所得税法(昭和四一年分については、昭和四二年法第二〇号改正前のもの五七条二項、四二年分については、改正後のもの五七条三項)に規定する居住者と生計を一にする配偶者その他の親族でもつばらその居住者の営む前条に規定する事業に従事するもの(事業専従者)には当らない。
2 被告不服審判所長の主張
(一) 原告の主張する違法は、いずれも本件裁決による一部取消後の本件更正処分の課税標準算出根拠に関するものであつて、裁決固有の瑕疵に当るものとはいえない。
(二) 本件裁決書においては、審理の結果認められた売上金額、売上原価、一般経費及び特別経費の算出根拠を明らかにし、各年分の所得算定に至るまでの経過、根拠について具体的に記載し、原処分のうち、審理の結果算定された各年分の所得金額を上回る部分を取消したのであるから、本件裁決に理由附記不備の違法はなく、原告の主張は失当である。
第三証拠
一 原告
1 甲第一ないし第一二号証、第一三、一四号証の各一ないし三、第一五号証の一ないし四、第一六号証
2 証人大金慶雄(第一、二回)、山下利久、山地美智江、浅見明、加藤清臣、小金井律子、原告本人
3 乙第一ないし第三号証の各一、二、第一二、一三号証の成立は認め、その余の乙号各証の成立は知らない。丙号各証の成立はいずれも認める。
二 被告署長
1 乙第一ないし第三号証の各一、二、第四号証、第五、六号証の各一ないし三、第七号証の一ないし九、第八号証の一ないし七、第九、一〇号証の各一ないし六、第一一ないし第一四号証
2 証人鈴木正常、今村泰男、剣持哲司、鈴木三郎
3 甲第二ないし第四号証、第一六号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立は認める。
三 被告不服審判所長
1 丙第一ないし第三号証
2 甲号各証の成立の認否は、被告署長と同じ。
理由
一 請求原因1項(本件更正処分、裁決の経緯)については当事者間に争いがない。
二 本件更正処分の違法事由の存否について
1 質問検査権、調査(違法事由(一))について
所得税法は、申告納税方式をとり、申告により税額等が確定することを原則としているものの、納税者の申告税額等がその所得等を正しく反映していない場合は、税務署長は更正または決定によつて納税者の納付すべき税額を確定する権限を有する(国税通則法二四条ないし三〇条参照)のであり、税務署職員の有する質問検査権(所得税法二三四条)は、申告納税を担保し適正な課税を実現するための手段として認められたものである。このことに鑑みるならば、質問検査権を行使する要件たる同条にいう「調査をするについて必要性があるとき」とは、過少申告の疑いが当初から明らかである場合のみならず、申告の真実性、正確性を審査すべき合理的必要性のある場合をも含むものと解するのが相当である。
本件についてみるに、成立に争いのない乙第一ないし第三号証の各一、二及び証人鈴木正常の証言によれば、被告署長は、原告の提出した昭和四〇年ないし四二年の確定申告書が「収入金額」、「必要経費」欄の記載を欠き、所得金額の計算の基礎ないし経過が示されていず、しかも被告署長において把握した丸共青果市場からの仕入資料及び自動車の取得事実からみて、申告にかかる所得金額が過少ではないかとの疑念を抱いたことから、右申告の適否につき調査をする必要があつたため、原告を調査対象に選定し、調査を行なつたものであることが認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。
右認定事実からすると、原告については調査並びに質問検査権を行使すべき合理的必要があつたものというべきである。原告は、所得税法は確定申告にあたり収入金額、必要経費を記載することを要求していないから、右の記載がないからといつて調査の必要性は肯定されない旨主張する。
前示したとおり質問検査権は、更正、決定による所得等の確定という適正な行政作用の執行のための必要上認められているものであるから、確定申告書に収入金額、必要経費の記載がないことを一理由とし、且つその他諸般の事情を考慮して、原告に対して申告の適否を調査する必要があつたとした被告署長の判断には何ら違法な点はなく、この点に関する原告の主張は理由がない。
また、原告は、課税庁は調査に当り、調査日を事前に連絡し、調査理由、目的を具体的に開示すべき義務を負うところ、これらを怠つた本件調査は違法である旨主張する。
事前の通知及び調査理由、目的の開示は、いずれも質問検査を行なううえの法律上一律の要件とされてはいないから、被告署長が原告に対し事前通知、理由開示をすることなく税務調査を行なつたとしても、これのみをもつて違法とすることはできない。
原告の違法事由(一)の主張は採用することができない。
2 他事考慮(違法事由(二))について
原告は、本件調査は、調査に籍口した民商の組織破壊であるから、違法である旨主張する。
証人鈴木正常の証言によれば、前示のような調査の必要性に基づき、被告署長所属の係官が原告の事業関係帳簿等を調査するため昭和四二年八月二三日以降前後五回にわたり原告の店舗に赴き原告及び原告の妻の小金井律子に対して本件各係争年分(但し最後の回を除いては昭和四〇、四一年分についてのみ、)の事業関係帳簿等の提示を求めたが、調査の協力を得られないので、被告署長はやむを得ず、原告の取引先等の調査によつて知り得た資料等を基礎として原告の所得金額を推計して本件更正処分を行なつたものであり、通常の調査、処分と何ら異なる事情はないものと認められる。
右事実によれば、被告が、本件調査、処分を行なうに当り原告の主張するような意図をもつていたものとは到底解し得ない。
証人大金慶雄の証言(第二回)、原告本人尋問の結果のうち、民商の退会工作が、会員に対してなされていた旨、及び被告署長所属の係官鈴木正常が威嚇的言辞を弄した旨の供述は前示認定に照らしてにわかに措信し難く、他に原告の主張を肯認せしめるに足りる証拠はない。
原告の違法事由(二)の主張は採用することができない。
3 推計の必要性(違法事由(三))について
前示認定及び証人鈴木正常の証言によれば、被告署長所属の係官鈴木正常が原告の本件各係争年分の所得税の調査のため原告方に臨店し、身分証明書及び質問検査章を提示した上、原告に対して本件各係争年分の事業関係帳簿等の提示を求めるなどし、調査の協力を求めたが、原告は調査の理由開示を求めたり、「白色申告者で帳簿等の記入の必要も義務もないから、記帳していない。」「任意調査であるから、協力しない。」などといつて調査に協力せず、その後の原処分の調査、異議申立、審査請求における各調査においても、事前通知の欠如、調査理由・目的の告知の欠如、原処分の理由の不開示等種々口実を構えて、終始調査に協力せず、所得税調査に必要な資料等の提出を拒否したことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。そして、原告は売上げ、仕入れ、経費等を記載していた手帳を確定申告書提出後紛失したとして本訴においても提出していないことは本件弁論上明らかである。
以上の事実によれば、原告は帳簿書類等を記帳或いは保存していなく、しかも被告署長等の係官の調査に対しては全く非協力的であつたから、このような場合には推計により原告の所得金額を算出するより他に方法がないものというべく、したがつて推計課税によることは適法というべきである。
原告は、原告において調査に応じなかつた理由は調査が違法であつたためと主張するが、本件調査が違法でないことは、前示(違法事由(一)、(二)の判断)のとおりであるから原告の主張は失当である。
さらに、原告は、原告の昭和四二年六月から八月までの仕入金額二九、三一七円は、実額で把握されているのであるから、推計の必要性はない旨主張する。
牛乳分の売上利益の算定に係る当裁判所の判断は、後記4(一)、(二)のとおりであるけれども、証人鈴木三郎の証言及び同証言により成立が認められる乙第一四号証、成立に争いのない丙第三号証によれば、本件審査請求の審査を担当した東京国税局協議団の鈴木協議官が、昭和四五年三月、反面調査を行なつたが、本件係争年分については記録の保存がなく、実額を把握することを得なかつたが、原告の昭和四三年六月ないし八月の仕入金額のみ把握することができ、しかも調査の相手方から、昭和四二年分についても納品数は概ね同数であるとの申述から、被告署長主張のとおりの方法により、昭和四二年六月ないし八月の原告の仕入金額を二九、三一七円と推計したものであり、右金額が実額であるから、推計の必要性がないとする原告の主張は理由がない。
以上の理由から原告の違法事由(三)の主張は採用することができない。
4 推計の合理性(違法事由(四))について
(一) 青果及び食料品分
本訴において被告署長は、原告の丸共青果市場からの仕入金額(実額)に同業者の平均市場仕入率、平均売上原価率及び平均一般経費率を使用して、原告の売上利益、一般経費、差引所得の金額を算出している。従つて右推計方法の合理性は同業者の抽出方法の合理性、同業者の市場仕入率、売上原価率及び一般経費率の合理性いかんにかかつているから、これらにつき、順次検討を加える。
(1) その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき乙第四号証、第五号証の一ないし三、証人今村泰男の証言及び弁論の全趣旨を総合すれば、原告について、東京国税局長は被告署長に対して八王子市内に事業所を有する青果及び食料品小売業を営む個人事業者で、所得調査(収支実額)を実施したもの及び青色申告者で歴年事業を継続している者のうち国税通則法の規定に基づく不服申立及び提訴の期間を経過していない者並びに不服申立または提訴がなされ現在審理中の者を除いて、商品の仕入を丸共青果市場から行なつており、かつ、同市場以外からも仕入のある同業者について総仕入金額が各年分とも四、〇〇〇、〇〇〇円から八、〇〇〇、〇〇〇円の範囲のものを全部抽出して作成するよう通達し、被告署長において右通達の指示どおりの抽出作業を行なつた結果、昭和四〇年については三件、昭和四一、四二年についてはそれぞれ四件同業者が抽出されたものであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。
右認定事実からすると、被告署長が同業者を抽出選定するにあたつては恣意の働く余地は全くなかつたものということができる。
(2) 被告署長がその抽出選定にかかる同業者をa、b、c、dと記号で示し、住所、氏名をもつてこれを特定しないのは国家公務員法一〇〇条一項、所得税法二四三条所定の税務職員の守秘義務に基づくものであることが明らかであるところ、成立に争いのない甲第一五号証の一ないし四、証人大金慶雄の証言(第二回)及び同証言によつて成立の認められる甲第一六号証によれば、別表一ないし四のa、b、c、dは、いずれも前記の通達の指示どおりの実在する同業者であることが推認される。
ところで、dについては、昭和四〇年分の同業者として抽出されていないものであるが、前掲甲第一六号証、乙第五号証の二、三によれば、dに該当すると認められる秋間かずおの昭和四〇年分の丸共青果市場からの仕入金額は、二、八一七、三四九円であり、因みに同人の昭和四一年分と四二年分の市場仕入率の平均六八・五八%で右仕入金額を除してみると、同人の昭和四〇年分の総仕入金額は、四、一〇八、一二〇円となつて、僅かに四、〇〇〇、〇〇〇円を超えることからすると、被告署長はdの総仕入金額が抽出基準に達しないものとして、dを昭和四〇年の同業者として採用しなかつたものと推認され、これに反する証人今村泰男の証言は採用し得ない。そうとすれば、被告署長が、昭和四〇年において、dを抽出しなかつたことに恣意が介在したものと解することはできない。
(3) 原告は、原告と同業者との間に、売場面積、従業員数、営業場所、店売り・引売りの割合において偏差があるから、このような条件を斟酌していない被告署長の推計は合理性を欠く旨主張する。
前掲甲第一六号証及び証人大金慶雄の証言(第二回)によれば、原告と同業者間において、売場面積、従業員数とも大差のないこと、原告の近隣に青果商が約一五件あり競争が激しいこと、同業者のうち一件が引売りを行なつていないこと等の事実が認められるが、原告について、これら同業者と異なる特殊事情の存在することは全く認められないので、同業者の平均の売上原価率、一般経費率を用いて、原告の所得金額を推計することには、合理性を欠くものとは解し得ない。
(4) 原告は、丸共青果市場から九五%程度の仕入を行なつており、他からの仕入は豆腐、こんにやく、漬物等僅少にすぎないのであるから、同業者の平均市場仕入率による推計は合理的なものとはいえない旨主張する。
たしかに、前掲乙第五号証の一ないし三によれば、市場仕入率における同業者間の偏差は、昭和四〇年(八七・九八%と六六・三七%)、昭和四一年(九〇・三八%と六七・七九%)、昭和四一年(九二・八〇%と六九・三四%)と僅少ではないことが認められることや、a、b、c、dが丸共青果市場以外から仕入れていた商品は明らかでないものがある。しかし前示のとおり、a、b、c、dの同業者は、いずれも八王子市内に事業所を有する青果及び食料品小売業を営む個人事業者で、商品の仕入を主として丸共青果市場からしており、かつ、同市場以外からも仕入のある者から抽出されたものであつて、経営規模、営業形態が原告と比較的類似しており、また本件全証拠によつても、原告及び右同業者に格別特殊な事情も存在することを認めることができないのであつて、これらの事実からすると通常存在する程度の個別的特性は、平均値の中に吸収され捨象されたものと解してさしつかえないものというべきである。したがつて、原告の主張する市場仕入率(九五%)の算定根拠が何ら見いだせず、他に合理的な推計方法も認められない本件においては、被告署長の主張する市場仕入率による推計を行なつてもあながち不合理というには当らないというべきである。
(二) 牛乳(ストツカー販売)分
原告が、昭和四〇年六月以降牛乳を販売していることは当事者間に争いがないところである。
前掲乙第四号証によれば、被告署長は、当初、(1)青果及び食料品の推計資料作成のため、同業者として、青果及び食料品小売業を営み、且つ丸共青果市場から商品の一部を仕入れている事業者を抽出し、(2)牛乳分の推計資料作成のため、同業者として、青果及び食料品小売業を営むかたわらストツカーによる牛乳販売を行なう事業者を抽出するよう通達していることが認められるが、証人今村泰男の証言によるも、右(1)により抽出された同業者が牛乳を販売していないものとも、牛乳分についてのみ除外したものとも認められず、かえつて、弁論の全趣旨により成立の認められる甲第一六号証によれば、右同業者のなかに本件係争年当時牛乳の販売を行なつていた者のいることが認められるのである。
ところで、前記認定のとおり、被告署長は、同業者の市場仕入率を用いて原告の総仕入金額を推計しているが、同業者のうち、牛乳販売を行なつている者がいる以上、右推計方法によつて得られた原告の総仕入金額ひいては売上利益金額は、原告の牛乳販売も含めた全取扱商品に係る金額といわざるを得ない。
したがつて、右金額に、牛乳の販売によつて生じた売上利益を加算することは、到底合理性を有しないものといわなければならない。
この点における被告署長の主張は採用することができない。
5 特別経費(違法事由(五))について
(一) 家賃
原告は、本件店舗兼居宅(土間三坪、畳部分二坪)の家賃は、係争年順に年額七八、〇〇〇円、八四、〇〇〇円、八四、〇〇〇円であると主張する。
しかしながら、証人剣持哲司の証言及び同証言により成立が認められる乙第一二号証によれば、原告が有限会社大村荘から賃借した本件店舗兼居宅の賃料は、本件各係争年を通じて七八、〇〇〇円であり、途中賃料の改訂の行われていないことが認められる。
これに反する甲第二号証、証人小金井律子の証言、原告本人尋問の結果は、たやすく措信し難い。
ところで、原告は、右店舗兼居宅のうち四畳部分(二坪)については、商品置場や、店番の場所として使用されることがあるので右部分に相当する賃料を特別経費から除外するのは違法である旨主張する。
原告本人尋問の結果によれば、右畳敷部分には商品も置かれていたけれども居住用としても使用されていたことが明らかである。ところで、経費として控除されるためには事業の遂行上必要である部分を明らかに区別することができるものでなければならないものと解せられるところ、本件畳敷部分については、事業の遂行上必要である部分を区別することができるものとはいえない。
したがつて、本件店舗兼居宅の家賃のうち土間に相当する部分の家賃、即ち賃料を面積比(六〇%)で按分した額四六、八〇〇円を特別経費として控除した被告署長の措置には違法はない。
(二) 車庫代
原告は、車庫代として昭和四一年分六、〇〇〇円、四二年分二〇、〇〇〇円を支払つた旨主張し、証人小金井律子の証言、原告本人尋問の結果及び右各供述により成立の認められる甲第三号証を総合すると右主張のとおりの支払がなされた事実が認められ、これを覆えすに足りる証拠はない。
したがつて右支払金額は原告主張のとおり経費として控除されるべきである。
(三) 雇人費
原告は、土田小夜子に支払つたアルバイト料として本件各係争年順に七四、〇〇〇円、八四、〇〇〇円、七二、〇〇〇円を控除すべきである旨主張する。
成立に争いのない乙第一三号証、証人鈴木正常、小金井律子の証言(後記認定に反する部分を除く。)原告本人尋問の結果(後記認定に反する部分は除く。)を総合すれば、土田サヨ子は原告の妻小金井律子の妹であるが、八王子市千人町に居住して、竹内織物に勤務する傍ら夜間は都立第二商業学校に在学し、昭和四一年三月に同校を卒業した後、同年六月三〇日に原告方へ転居し、さらに昭和四二年二月七日日野市へ転出していること、原告は午後引売りに出掛け、その間店番が必要であることが認められる。
右認定事実からすると土田が原告に同居していた昭和四一年六月三〇日から昭和四二年二月七日までの間は、同女において原告の事業をいくらか手伝つたであろうことが推認されないでもない。
しかしながら、証人大金慶雄の証言(第二回)によれば、土田の手伝は、全く臨時的なものであることが認められ、その他本件全証拠によるも、原告の主張するような労務の対価として金員の支払がなされたものとは、到底認めることはできない。
のみならず土田は原告の親族であり、原告と生計を一にしていたものであるから、原告主張のとおり雇人費が支払われていても原告の事業所得の計算上必要経費に算入されないものである(所得税法五六条)。いわんや前記認定のとおり、土田サヨ子は、臨時的に手伝つたにすぎないのであるから、もつぱら原告の営む事業に従事したものとはいえず、且つ前掲乙第一ないし第三号証の各一、二によれば、本件各係争年分の確定申告書に、事業専従者控除額の記載のなされていないことが明らかであるから、原告の主張金額を必要経費として算入しなかつた被告の措置に違法はなく(所得税法五七条三項、五項、但し、昭和四一年分については、昭和四二年法律第二〇号による改正前の所得税法五七条二項、四項)、原告の主張は失当である。
6 所得金額の認定
以上の次第で、原告の主張する違法事由のうち、牛乳の販売による利益及び車庫代を除きすべて理由がない。(但し、乙第五号証の一記載の同業者aに係る市場仕入金額は、四、七三四、〇三六円とあるのは、証人大金慶雄の証言、前掲甲第一六号証及び弁論の全趣旨から、四、三七三、〇三六円の誤りであることが明らかであり、被告主張どおりの金額となる。)
したがつて、当裁判所の認定した所得金額は次表のとおりとなる。
(単位円)
昭和四〇年分 昭和四一年分 昭和四二年分
売上利益(青果、食料品) 一、〇七六、二九五 一、三四三、七〇七 一、六一八、六七六
一般経費 二六六、八八三 三三七、八五八 四二五、六四八
差引所得 八〇九、四一二 一、〇〇五、八四九 一、一九三、〇二八
雑収入 六三、六〇一 九四、一三四 一二六、〇七六
特別経費(家賃、車庫代) 四六、八〇〇 五二、八〇〇 六六、八〇〇
所得金額 八二六、二一三 一、〇四七、一八三 一、二五二、三〇四
そうすると、右各認定所得金額は、本件更正処分に係る原告の所得金額(各係争年分とも裁決により一部取消された残余の部分、本件係争年順に七六一、三七一円、九二六、六七九円、一、一八四、四四四円)を下回わらないから、被告署長の本件更正処分は適法である。
三 本件裁決の違法事由の存否について
1 原告は、本件裁決には、本件更正処分時における調査の違法性、推計の根拠の不合理性等を看過してなした違法が存する旨主張するが、成立に争いのない丙第一ないし三号証によれば、被告不服審判所長は、調査の違法性、推計の合理性について自ら審理、判断していることが認められるので、原告主張の瑕疵はなく、審理、判断の結果である原告の所得額の多寡に関しては、裁決固有の瑕疵には当らないので、原告の主張は失当である。
2 また、原告は、本件裁決に理由不備の違法が存する旨主張する。
国税通則法一〇一条一項、八四条四項において裁決書に理由を附記すべきものとしているのは、審査請求人に決定理由を了知せしめるとともに、審査庁の判断を慎重ならしめ裁決の公正を保障するためと解されるから、その理由としては、右の目的にそうように結論に到達した過程を明らかにしなければならない。しかしながら、本件のような特別経費の点を除き所得の全体を推計によつて算定した更正処分に係る裁決に当つては、更正処分の推計方法のいかなる部分に誤りがあるかを一々指摘しなくとも、裁決における所得等の算出過程が、具体的に記載されていれば、理由の附記に不備はないと解されるところ、前掲丙号各証によれば、被告不服審判所長が原処分の一部を取消すに至つた根拠、過程が具体的に記載されているから、原告の主張は理由がない。
四 よつて原告の被告らに対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長 裁判官 内藤正久 裁判官 山下薫 裁判官 飯村敏明)
(表一)昭和四〇年分同業者の青果及び食料品の販売分
<省略>
(表二)昭和四一年度分同業者の青果及び食料品の販売分
<省略>
(表三)昭和四二年分同業者の青果及び食料品の販売分
<省略>
(表四)原告の昭和四三年六月から八月までの牛乳仕入金額
<省略>
(表A)調査期間(四三・六-四三・八)の六大都市平均牛乳仕入単価表
<省略>
(表B-1)四〇・六-四〇・一二の六大都市平均牛乳仕入単価表
<省略>
(注1)<ニ>「加工乳平均」欄仕入単価一八・九三円について
当期間にかかる乙第七号証の九および乙第八号証の六においては、加工乳(A)と加工乳(B)の仕入本数が区分表示されていないため、それぞれ区分表示されている昭和四二年分(別表B-3)の加工乳全体の仕入本数に占める加工乳(A)および、加工乳(B)の仕入本数の割合八二%、一八%を求め、これらの割合に、右表の加工乳(A)および加工乳(B)の仕入単価をそれぞれ乗じて、平均仕入単価算出欄の<ロ>および<ハ>欄のとおり加工乳(A)および加工乳(B)平均の仕入単価を算出した。
(注2)<チ>「<ヘ>および<ト>の計」欄仕入本数八三、五五五本について
当期間に係る乙第七号証の六においては、醗酵乳・乳酸菌飲料の仕入単価が一括表示されているため、両者の合計仕入本数により計算した。
(表B-2)四一・一-四一・一二の六大都市平均牛乳仕入単価表
<省略>
(注1)<ニ>「加工乳平均」欄仕入単価一八・八二円について
当期間にかかる乙第八号証の六および七、乙第九号証の六においては、加工乳(A)と加工乳(B)の仕入本数が区分表示されていないため、右(別表B-1)の(注1)と同様の方法により、平均仕入単価算出欄の<ロ>および<ハ>欄のとおり加工乳(A)および加工乳(B)平均の仕入単価を算出した。
(注2)<チ>「<ヘ>および<ト>の計」欄の仕入本数一三七、四九三本について
当期間にかかる乙第八号証の五においては、醗酵乳・乳酸菌飲料の仕入単価が一括表示されているため、両者の合計仕入本数により計算した。
(表B-3)四二・一-四二・一二の六大都市平均牛乳仕入単価表
<省略>
(表C)四三・六-四三・八 六大都市における牛乳仕入本数を一〇〇とした場合の四〇・六-四〇・八、四一・六-四一・八、四二・六-四二・八それぞれの牛乳仕入本数の指数表
<省略>
(表D-1)四〇・六大都市平均牛乳月別仕入本数による仕入指数表
<省略>
(表D-2)四一・六大都市平均牛乳月別仕入本数による仕入指数表
<省略>
備考、一月から五月までおよび九月から一二月までの合計仕入指数は二三三・二である。
(表D-3)四二・六大都市平均牛乳月別仕入本数による仕入指数表
<省略>
備考、一月から五月までおよび九月から一二月までの合計仕入指数は、二四八・〇である。
(表E-1)四〇・六大都市平均牛乳売上原価率表
<省略>
(注) 「加工乳平均」欄の種類別原価率八二・八四%について
当期間分の加工乳(A)および加工乳(B)それぞれの仕入本数について、乙第七号証の九および乙第八号証の六に区分表示なく、それぞれの仕入割合がは握できないため、(別表B-1)の加工乳平均の仕入単価算出上基礎とした加工乳(A)および加工乳(B)それぞれの仕入本数の割合八二%、一八%を適用し、右表<ハ>種類別原価率欄( )書のとおり加重平均によりそれぞれの種類別原価率を算出し、両者の合計を加工乳平均の種類別原価率とした。
(表E-2)四一・六大都市平均牛乳売上原価率表
<省略>
(注) 「加工乳平均」欄の種類別原価率八六・七二%について
当期間分の加工乳(A)および加工乳(B)それぞれの仕入本数につき、乙第八号証の六および七ならびに乙第九号証の六に区分表示がなく、仕入割合がは握できないため、(別表E-1)(注)書と同様の方法により算出した。
(表E-3)四二・六大都市平均牛乳売上原価率表
<省略>