東京地方裁判所 昭和45年(行ク)50号 決定 1970年7月04日
申請人 ローレンス・アーロンズ 外一名
被申請人 東京入国管理事務所主任審査官
主文
被申請人が昭和四五年七月三日付で申請人両名に対し告知した上陸許可取消処分の効力を本案判決確定にいたるまで停止する。
申請費用は被申請人の負担とする。
理由
一 本件申請の趣旨及び申請の理由は別紙(一)、(二)のとおりであり、被申請人の意見は別紙(三)のとおりである。
二 疎明によれば、以下の事実を認めることができる。
申請人ローレンス・アーロンズはオーストラリヤ共産党全国書記であり、また申請人エミリオ・セレーニはイタリヤ共産党中央委員でイタリヤ国上院議員の地位にあるものであるところ、右両名は、それぞれ昭和四五年七月一日から東京都立川市において開催される日本共産党第一一回大会に出席する目的を以てかねてから日本共産党を通じ日本政府に対し、本邦入国の許否について問合せをしていたが、同党幹部は同年六月二六日午前中法務省入国管理局長吉田健三から右入国は許可できない旨の連絡を受けた。そこで、同党の幹部たる衆議院議員谷口善太郎、同松本善明らは同日午後法務大臣と面接し、同年四月開催された民社党第一三回大会にはマレーシヤ民主行動党の代表が参加し、入国許可された例を引き、申請人らの入国につき再考慮されたい旨申入れたところ、同日午後五時過頃、吉田入国管理局長からマレーシヤ民主行動党の代表が民社党大会に参加したのは観光査証によるものであつて同党大会に参加することを目的として上陸が許可されたものではない旨ならびに申請人らが観光客として入国するのであれば、マレーシヤ民主行動党の代表者の場合と差別待遇することはできない旨の連絡を受けたので、その趣旨から推して申請人らが観光の目的で入国した後、外国の公党代表者として共産党大会において儀礼的な挨拶を述べるのは何ら差支えないものと解し、その旨を申請人らに連絡した。
そこで、申請人らは同年六月三〇日羽田空港において上陸手続を経て入国したうえ、同年七月一日から開催された日本共産党大会に出席し、同月三日同大会において挨拶した。
しかるに、同日午後申請人アーロンズが東京入国管理事務所長からにわかに出頭方を求められたので、同党幹部において入国管理局長に説明を求めたところ、同局長は申請人らが共産党大会において挨拶したため困惑しているとし、申請人らをして観光旅行の日程を早め、万国博覧会の見物に赴かせられたい旨を述べた。これがため同党幹部は申請人らが翌四日関西に赴く予定であることを回答して辞去したところ、吉田入国管理局長は同日午後八時過頃、同党幹部に対し大臣命令により申請人らをして一両日中に出国さすべき旨を勧告した。そして間もなく、申請人らは本件上陸許可取消処分の告知を受けるに至つた。
三 以上に一応認定した経緯のもとにおいて本件処分の効力を停止する必要性の有無について考えると、申請人らは本件処分の効力をこのまま維持されるときは速やかに本邦から出国せざるを得ず、万国博覧会を見物する等、観光の機会を喪失し、もとより右処分の取消を求める本案訴訟を維持することが不能となるばかりでなく、さきゆき退去強制手続により身柄を拘束されることも予想されるところであつて、その人身における浮沈の差が甚しく、本国及び国際社会において有する公人としての名誉も著しく毀損されることは必定である。これに反し右処分の効力を停止したからとて、被申請人主張のように公共の福祉に重大な影響が及ぶものとはとうてい考えられない。したがつて申請人らは回復の困難な損害を蒙るおそれがあるものであつて、これを避けるため右処分の効力を停止する緊急の必要があるというべきである。
なお、さきに認定した事実によれば、右処分の取消を求める本案訴訟の理由の有無について、今直ちにこれを否定することができず、結局今後の審理にまつほかないのである。
四 以上の次第であるから、申請人らの申請は理由があるものとしてこれを認容することとし、申請費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり決定する。
(裁判官 駒田駿太郎 小木曾競 山下薫)
別紙(一)
執行停止申請書
申請の趣旨
被申請人が昭和四五年七月三日付で申請人両名に対しそれぞれなした上陸許可取消処分の効力は本案判決確定にいたるまでこれを停止する。
申請費用は被申請人の負担とする。
との判決を求める。
申立の原因
一、申請人ローレンス・アーロンズはオーストラリア国籍であり、一九六四年オーストラリア共産党書記長に選出され同党の指導的役割を果たしてきた。一九六七年の同党大会で改正された規約で同党の書記長の名称は全国書記に変更されたがその後ひきつづき全国書記として現在に至っている。一九六七年一一月以来三回にわたって訪日している。
申請人エミリオ・セレーニはイタリア国籍であり、一九四七年七月ムソリーニ政権の倒壊後、反フアシスト諸党による抵抗斗争を組織、「国民解放委員会」の党代表となり、戦後第二次デ・ガスペリ内閣処理大臣に就任、上院議員に選ばれ全国農民同盟委員長となつた。現在下院議員、党中央委員、指導部員、同党理論誌「クリテイカ・マルキスタ」主幹であり、一九五八年の第四回原水爆禁止世界大会にイタリア代表として来日している。
二、申請人両名は有効な旅券を所持して昭和四五年六月三〇日羽田空港に到着、同日羽田入国管理事務所入国審査官により出入国管理令第四条第四号上陸許可の証印を受け入国した。
三、しかるに被申請人は昭和四五年七月三日、「右羽田入国管理事務所入国審査官が昭和四五年六月三〇日付をもつて申請人らに行つた上陸許可は出入国管理令第七条第一項第二号、第四号の規定に適合していなかつたものであることが判明したのでこれを上陸日に遡つて取消す」旨の処分を行い同日申請人両名に告知した。
四、右処分は次の理由により無効である。
(一) 出入国管理令は上陸許可を取消しうべき場合及びその手続を明文で定めるところがない。このことは、憲法第二二条および確立した国際法規によつてすべての日本国民ならびに外国人が等しく享受すべき基本的権利にかかわつているので出入国管理令第二四条以下の退去強制事由、その手続に該当する場合を除いて一度付与した権利を濫りに奪うことは許されないからである。
したがつて、出入国管理令に根拠をおくことのない取消処分は無効である。
(二) とくに行政行為の取消は正当な権限を有する行政庁のみがなしうることであつて、異議の申立、審査請求、にもとずく場合の外は直接処分する行政庁が取消権を有し、他庁または上級所轄庁が取消権をもつのに法律の明文の根拠を要すること自明である。
上陸許可の証印は羽田管理事務所入国審査官の権限であるから仮に入国許可を取消すことが許されるとしても、それは当該許可処分をした入国審査官のみが取消権をもつというべきである。
ところで、本件処分は羽田入国管理事務所入国審査官のなした上陸許可の処分を東京入国管理事務所主任審査官が取消した場合である。法務省設置法第一三条の一一および同法別表一一によれば両入国管理事務所は管轄区域を異にする別異の官署であつて、一つの入国審査官がなした行政行為を他の入国審査官が取消すことは全く許されない。
本件処分は、東京入国管理事務所主任審査官がなしたものであるが、仮に管轄区域にかかわらず、主任審査官は上級の入国審査官として下級の入国審査官を統括しうるものであるとしても(出入国管理令第二条第一〇号、第一一号、第六一条の二第一項、第三項参照)、そのことによつて主任審査官が当然に入国審査官のなした瑕疵ある行政行為の取消権を有するものではない。
(三) 本件処分は、羽田入国管理事務所入国審査官が申請人両名に対し行つた上陸許可は「出入国管理令第七条第一項第一号、第四号の規定に適合していなかつたものであることが判明した」ことを取消の原因とするものであるが、右は要するに東京入国管理事務所主任審査官において、後日、上陸許可に瑕疵あることが判明したというに止まり、本来「上陸のための条件に適合しているかどうかを審査しなければならない」(出入国管理令第七条)入国審査官がみずから生ぜしめたものであつて、しかも取消により申請人両名が本邦に上陸し、在留する権利を侵害すること明白であるから到底許されない。
(四) 本件処分が出入国管理令第七条第一項第二号をあげたことによれば、「申請に係る在留資格が虚偽」のものであることが判明したというのであるかもしれない。そして申請人らが出入国管理令第四条第一項第四号の「観光客」を在留資格と申請しながら、日本共産党第一一回大会に出席したことを実際の理由としているかのごとくである。
(1) 申請人らが、それぞれの国の共産党を代表し、日本共産党の招きを受けてその大会に出席し、連帯のあいさつを送ることは、ひろく認められた国際慣行に従うものであり、国際主義を基調とし、国際交通自由の原則を立場とする日本国憲法は、外国人の入国について日本国民と同様の保障をなし、その外国人が本邦において自由に旅行しその思想信条にもとづいて集会に参加する等いつさいの表現の自由を保障しているところである。
もともと、出入国管理令第四条第一項各号にかかげる在留資格によれば、第四号の「観光客」とは、ひろく本邦を旅行する者の謂であつて、その思想信条又は移転、表現等の自由を制限しうる根拠とならないこと明瞭である。
したがつて、本件処分は明白に憲法第一九条、第二二条、第二一条に違反し無効である。また本件処分は、結果として、日本共産党がその大会に外国の代表を招いてあいさつを受ける権利をも侵害するものであり、この意味においても、憲法第二一条に違反する。
(2) 申請人らは日本共産党大会出席ののち、現実に万国博覧会を見学するなどの旅行計画を有していたのであり、同大会に出席することのみを上陸の目的としたのでなく、在留資格以外の活動をもつぱら行つていると明らかに認められる者(出入国管理令第二四条第一項第四号イ参照)ではない。したがつて、出入国管理令第七条第一項第二号に適合していたことも明らかである。
(3) かつて昭和四〇年二月、民主社会党第七回大会には、国際社会主義青年同盟代表が参加し、同年一二月、同じく民主社会党第八回大会に、ドイツ社会民主党代表が参加し、昭和四三年三月、民主社会党第一〇回大会にインド人民社会党代表が出席し、さらに本年四月には、民社党第一三回大会にマレーシア民主行動党代表が出席したうえ演説を行なつた事実がある。
いずれの場合も、在留資格を「観光客」としたものであり、このことは従来日本国政府じしん、前記(1)の原則を承認してきたことを示すのであつて、本件処分はこれと取扱いを異にし、申請人ら及び日本共産党に対し、法の下の平等を否定したものというべきである。
(五) 本件処分は、さらに出入国管理令第七条第一項第四号に適合しなかつたことも理由とするが、申請人らが同令第五条第一項各号のいずれに該当するかを明らかにしていない。そもそも、既得の権利ないし利害を侵害、剥奪する行政行為にあつて、処分の理由が明らかでないことは、その合理的根拠を示しえないものであつたというのほかなく、それじたい無効である。
ところで、本件に関連し、小林法務大臣は日本共産党代表に対し「共産党大会は反政府、反体制の運動方針を決定するものであり、外国代表の出席は、その方針を激励することになるから、出入国管理令第五条第一項第一四号にあたる」旨述べていたことがある。もし同様なことが本件処分の理由とされたのであれば、日本共産党大会そのものを犯罪視するものであつて、申請人らの到底容認しえないところであるばかりでなく、「反政府」であることが「日本国の利益」を害するという考え方は、民主主義そのものを否定することにほかならず、結局、この意味においても、本件処分は、申請人らおよび日本共産党の憲法第一九条、第二一条によつて保障された基本的人権を侵害するものである。
執行停止の必要性
申請人は以上の理由で御庁に行政処分取消の訴を提起しているが、上陸許可取消処分がさかのぼつて効力を生じたならば、申請人両名は不法人国者として本邦からの退去を命ぜられかつ収容令書により身柄を収容され、さらに出入国管理令違反の被疑者として逮捕、勾留される現実の危険性が生じることは明らかである。そのような事態では、本来の入国目的である観光目的を達成することも不可能である。
さらに申請人両名は何れもオーストラリア、イタリアの共産党、労働者階級の指導的地位にあり、申請人エミリオ・セレーニは現職の下院議員であり、国際儀礼上、国際法上も償うことのできない損害を生じ、国際的にも重要な問題をもたらすことになる。
又、申請人両名は遠い外国においてこのような迫害をうけ、肉体的、精神的にもかなり疲労しており、本案訴訟係属中、申請人両名を拘禁しておくことは、申請人の肉体的・精神的な衰弱をますます強めるものである。
以上の次第であつて、本件上陸許可取消処分はあらゆる面で違法であるので、上陸許可取消処分の効力を執行停止されたく申請する。
別紙(二)
補充書
一、申請人両名に対し、退去強制令書によつてその身柄を収容所に収容すること自体両名の名誉は勿論のこと、我国と国交関係のあるオーストラリア、およびイタリア両国と我国との国際信義をも同時に、著しく侵害するものであり、その重大な損害は回復することができない。
二、とくに、疎甲第五号証にも明らかなとおり、申請人両名はそれぞれの母国において、社会的に枢要な地位にあり、サレーニ氏は現にイタリアの下院議員として、イタリア国会の外交委員の地位にある。そして、かかる両名が日本国を訪問するに際して、国際信義に反することのないよう、日本共産党の国会議員松本善明から、出入国管理局長ら当局者に対して、直接事前に確かめたところ、当局は、観光客として来日する限り、観光のほか日本共産党の大会に出席することは差支えなく、従来、民社党の大会に外国代表が出席し演説したときも観光客として来日した事実にてらしても、これと差別はしないと同議員に明らかにしているのである。
さればこそ、日本共産党は、あらかじめ入国を拒否されたベトナム民主共和国等の代表に対しては、政府が入国を拒否したので入国は不可能になつた旨打電し連絡した(疎甲第一一号証)が、右のように入国の事前の承認のあつた申請人らについては、観光客として来日し、観光のあいま一時日本共産党大会に出席することが可能になつた旨打電したのである。(疎甲第五号証)右の一連の客観的事実の経過は、申請人らの主張が真実であることを疑問の余地なく証明している。
しかるに疎甲第五号証(松本善明陳述書)にも明らかなとおり、突如として申請人両名が入国してわずか四日目に当局は「上陸許可取消」処分を通告してきたのである。それも一旦は七月三日午前に大会挨拶はすんだから万博に行つてくれないかと希望をのべ、申請人らがその従来からの予定にしたがい、万博見学などの日程をもち明朝出発するという回答を松本善明議員らから聞いて了解しながら突然、同夜八時頃「大臣の命により一両日中に両名に出国してもらいたいとの勧告をする」とつたえ、さらに無法にも同夜一一時頃今度は「上陸許可を取消す」という兇暴な処分に出たのである。
もとより、この当局の態度が変転した七月三日のいづれの時点においても申請人ら両名に法務省当局に非難さるべきいかなる行為もないことはいうまでもない。変つたのは申請人らの故では全くないのである。
三、この入国前の経過、ならびに入国後に入国許可処分を取消すに至るまでの経過は、日本国と友好関係にある両国に対する重ね重ねの反信行為であり、またそれぞれの国において社会的政治的に枢要な地位を有する申請人両名の名誉を著しく失墜させるものである。今回の取消処分は身柄を強制的に収容したうえで、退去強制をする手続を強行的に発動するものであるから、一たん身柄を拘束されたならば、そのこと自体が、両名の名誉と国際信義を著しく侵害することは明らかであり、しかもことの性質上、それは回復不可能な重大な侵害である。
四、本件処分の理由が「日本国の利益又は公安を害する行為を行う虞がある」との点にあるならば、申立人らは既に述べられた経緯の下に日本国への入国を許可されたものであり、観光のかたわら、日本共産党の大会に三日間出席したものに過ぎない。
いうまでもなく日本共産党は日本国における公党である。しかもこの大会は報道関係に対しても公開され、且つ首都東京及び京都府において主権者たる選挙民によつて選出された美濃部、蜷川両知事らも出席し、長文の挨拶を行つているものであることは公知の事実である。
申請人らが友党である日本共産党の大会に出席し、挨拶を行つたからといつて、いかなる意味においても「日本国の利益又は公安を害する行為」であつたことはないし、又その「虞れ」があつたわけでもない。
民社党大会における外国代表の例(疎甲第七号証の一乃至四)をみても今度の「処分」は処分庁による全くの反憲法的な「恣意」によるものであり、しかも極めて「政治的な恣意」によるものといわなければならない。
一旦許可した権利をこのような憲法に反し国際信義に反する政治的恣意により一方的に剥奪する「公益上」の理由など何一つ存在する余地はない。
五、以上のように本件において、上陸許可を取消すことを合理化するいかなる理由も存在しないことは既に明らかであるが、念の為に「取消原因の存する場合においてもその取消は自由ではない」ということを一言しておく。
すなわち「その取消により、人民の既得の権利利益を侵害する場合には、取消原因の存する場合においてもその取消は自由ではない。既得の権利・利益の侵害を正当化するだけの公益上の必要の存する場合にのみ、取消しうるものと解せられる」(行政法講義案上巻「行政法総論」田中二郎著一七七頁)というのは通説である。
更に右の通説(右同書一七七頁)は「その取消により公共の福祉を害するに至るときは、取消原因の存する場合においても、これを取消すべきではない」と明言している。
この場合日本国が一旦前述したような経過で(疎甲第五号証、同第一二号証松本善明名義の陳述書参照)入国を許可した申請人らを、前記のように信義に反するやり方で、一方的に上陸許可を取消すことが、申請人らのそれぞれの国における重要な社会的、政治的地位とあわせ考えれば日本国に対する国際的な信頼を根底から覆がえすものであり文字通りそれ自体公共の福祉を害するに至ることは明らかであり、本件取消は許されない。
よつて本件処分はいずれの点からしても許されない。
六、とくに、強調したいのは、退去強制手続が始められるときは、申請人らは即座に収容・監禁されるおそれがあるということであり、事態は又文字通り寸秒を争うものである。
別紙(三)
意見書
意 見
本件申立はこれを却下すべきものと思料する。
理由
第一、本件上陸許可取消処分の経緯
一、(1) 申請人ローレンス・アーロンズは、オーストラリア国に国籍を有する外国人で、昭和四五年六月二三日、在シドニー日本国総領事館において、その所持する旅券に観光査証の発給を受けて同月三〇日入国し、同日羽田空港において羽田入国管理事務所入国審査官に対し、入国目的観光旅行、予定滞在期間三週間と記載して上陸の申請をした。
同所入国審査官は審査の結果、申請人は出入国管理令七条一項各号に規定する上陸のための条件に適合しているものと認定し、同令九条一項に基き同令四条一項四号に該当するものとしての在留資格在留期間六〇日の上陸許可の証印を行つた。(陳乙一、一〇号証)
(2) 申請人エミリオ・セレーニは、イタリア国に国籍を有する外国人で昭和四五年六月三〇日イタリア外務省の発行した旅券を所持して入国し、同日羽田空港において、羽田入国管理事務所入国審査官に対し、入国目的観光旅行、予定滞在期間一〇日と記載して上陸の申請をした。
同所入国審査官は審査の結果、申請人は出入国管理令七条一項各号に規定する上陸のための条件に適合しているものと認定し、同令九条一項に基き同令四条一項四号に該当するものとしての在留資格、在留期間六〇日の上陸許可の証印を行なつた。(疎乙二、一〇号証)
なお、申請人は入国審査官の審査に際し日本共産党大会第一一回大会に出席する意思はないと申立てたものである。(疎乙一〇号証)
二、しかるところ申請人両名は入国後の翌日から日本共産党第一一回大会に連日出席し、殊に本月三日には申請人ローレンス・アーロンズはオーストラリア共産党を代表し、同エミリオ・セレーニはイタリア共産党を代表しそれぞれ演説を行なつたことが判明した。(疎乙五、六、七号証)
よつて同年七月三日羽田入国管理事務所入国審査官小西昇は申請人ローレンス・アーロンズにつき、同所入国審査官は申請人エミリオ・セレーニにつきそれぞれ令七条一項二号および四号の規定に該当しないものと認め、上陸許可を取消し、その通知をなすことを申請人両名が宿泊していた東京都千代田区所在ホテルニューオータニを管轄する東京入国管理事務所の長である被申請人に依頼した。被申請人は同日右依頼に基き申請人両名に通知した。
第二、本件処分は適法である。
一、上陸許可取消事由について
(1) 申請人らに対する本件上陸許可取消処分を行なつた理由は、本件上陸許可が出入国管理令(以下単に管理令という)七条一項二号、四号所定の上陸許可の要件を欠くものであるにもかかわらず誤つてなされた違法な上陸許可であつたことによる。
(2) まず、出入国管理令七条一項二号の点についていえば申請人らは同令四条一項四号の「観光客」の在留資格で上陸申請をし、上陸許可を受けたのであるが、上陸した日の翌日である七月一日から開催されている日本共産党大会に、一日から三日まで出席し、ことに三日の日には来賓として、日本政府の施策を誹謗しあるいは日本共産党の活動を激励支援する演説をしている。
申請人らのこれらの行為から判断すれば、申請人らは、実際には日本共産党大会に出席するという政治活動を行なうことを目的としながら「観光客」という虚偽の在留資格によつて上陸申請をしたものといわざるを得ない。このことは管理令七条一項二号の「申請に係る在留資格が虚偽のものでない」ことの上陸要件に違反する。
しかも、右違反は申請人らの詐欺的行為に起因するものであるから、羽田入国管理事務所入国審査官は申請人らに対し、本件上陸許可取消処分を行なつたのである。(なお、取消処分庁の点については第二項で述べる。)
(3) つぎに管理令七条一項四号によれば上陸許可要件として、五条一項各号に定める上陸拒否の事由に該当しないことを必要とするところ、申請人らが前述のように日本共産党大会に出席し、日本政府の政策を非難する等の趣旨を含む挨拶をした行為は、日本国の利益、又は公安を害する行為であるから、管理令五条一項一四号所定の上陸拒否事由に該当する。
したがつて、申請人らの上陸申請は管理令七条一項四号の上陸許可要件を欠くことになるので、右上陸申請に対してなされた上陸許可を取消したものである。
(4) 申請人らは「観光客」という在留資格は、日本共産党大会に出席することも含まれているかのごとく主張し、同大会における挨拶は、憲法二一条によつて保障された表現の自由に属するものと主張しているが「観光客」という在留資格には政治活動を行なうことが含まれないことは自明のことであるから、申請人らの主張は失当である。
また、申請人らは「反政府」であることが日本国の利益を害するとの考え方は、民主主義を否定するものであると主張しているが、日本国の利益又は公安を害するか否かは、高度の政治的判断に属するものであり、管理令五条一項一四号も「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為を行なう虞れがあると誤めるに足りる……」と規定し、右判断が法務大臣の裁量に属することを明らかにしているのである。
したがって、この点についての申請人らの主張も失当である。
二、取消権者の点について
申請人らは羽田入国管理事務所入国審査官が上陸許可をしたのであるから、右処分の取消権者は処分を行なつた入国審査官であり、被申請人が取消をしたのは無権限者による違法な取消であると主張している。
しかし、上陸許可処分の取消に関しては、入管令に何ら規定するところがなく、従ってかかる取消は、一般の行政法理論によることとなるのであるが、取消権限を有する者については、必らずしも疑義なしとしない。
法務省設置法第十三条の十一第二項の規定により出入国管理事務を分掌する入国管理事務所の管轄区域が同法別表十一のとおり定められており、対人的な出入国管理の処分は、その事件本人の所在する場所を基準としてそれぞれの入国管理事務所に所属する入国審査官等が行なう趣旨とも理解されるのであつて、従つて、本件上陸許可処分の取消は、申立人らの所在する東京都(東京国際空港の区域を除く)を管轄する東京入国管理事務所に所属する入国審査官(本件の場合は、同所の主任審査官川原謙一)の権限に属するとも解することができるのである。
しかし、本件取消処分は原処分をした者が取り消す権限を有するものとの一般の行政法理論により、本件上陸許可処分をした入国審査官において既に取り消したものである。すなわち、申請人ローレンス・アーロンズに対する本件上陸許可取消処分は羽田入国管理事務所入国審査官小西昇において、申請人エミリオ・セレーニに対する本件取消処分は、同管理事務所入国審査官千葉誠においてそれぞれ既に行なわれており、被申請人が申請人らに対して取消通知書を手交したのは、単なる取消処分の通知行為である。もつとも、取消通知書には被申請人の氏名が表示されているが、通知行為を行なつたものの氏名を表示したものに過ぎず、処分庁を表示したものではない。なお、上陸許可取消処分は要式行為ではないので、かりに右通知書の記載方法が誤りであるとしても、取消処分そのものに取り消し得べき瑕疵を生ずるものではない。したがつて、申請人らの主張は失当である。
第三、執行停止の必要性がない。
申立人らは、本件取消により収容され、また、観光目的を達することができないことになることを以つて、回復しがたい損害を生ずるというが、そもそも上陸許可の取消がなされた後、これによつて任意に退去しないときに至つて収容、退去強制の手続がなされるにすぎず、それは法律上当然の事後措置であるから、かかる措置によつて回復し難い損害を与えるものとして執行停止を必要とすることとなるならば、本案について理由がないと見える場合以外はすべて執行停止の必要があることに帰し、合理的でないしまた、観光の如きは一旦上陸許可の取消があれば永久にその機会が失われるものでなく、再び我国に上陸の許可手続をとつて入国することもできるから、回復しがたい損害を生ずるとはいえない。また、申立人らは、いずれも所属国の指導的立場にあるもので、本件は取消により国際儀礼に反し国際的な問題となることは、必至である旨を主張するが、これらの主張は、申立人自身の利益と何ら関係がないから、いずれにしても執行停止の必要がない。
第四、公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるときに該当する。
一体、外国人の入国を許可するかどうかは、自由裁量に属することであるが、外国人がわが国において政府の政策を非難し、又は反政府斗争を支援激励する等の政治活動を行なうことは現在の国際情勢及び国内事情から入管令五条一項一四号の「日本国の利益を害する行為を行う」ことに該当するものであるとの高度の政治的判断に基づき、入管行政の基本政策として、かかる国益を害することとなるおそれのある外国人の日共大会への出席を目的とする入国は、これをすべて拒否することとしているのである。
従つて、かかる大会出席の目的を秘し、観光の名目で入国した者について、後に大会出席の目的が判明した場合に、入国許可を取り消すことができないときは、入管行政上由々しき事態を生ぜしめ、公共の福祉に重大な影響を生ぜしめるものである。
ところで、申立人らの出席した日本共産党大会は今月一日から八日まで開催されることになつており、もし本件執行停止がなされると、再び日本共産党大会に出席し、公然と日本政府の政策を非難することは充分に考えられることであり、もしそのようなことがあれば、前述の如く日本国の国利国益を害するおそれのあることは充分で、右の判断はその性質上高度に政治的なものというべきである。