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東京地方裁判所 昭和46年(タ)242号 判決 1972年3月18日

原告(反訴被告) 甲野一郎

右訴訟代理人弁護士 川上隆

同 伴廉三郎

右川上隆復代理人弁護士 松元光則

被告(反訴原告) 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 平田達

第一〇五二号事件被告 乙山二郎

右訴訟代理人弁護士 松本光

主文

1  原告(反訴被告)と被告(反訴原告)甲野花子とを離婚する。

2  被告甲野花子および被告乙山二郎は、各自原告に対し金八〇万円およびこれに対する昭和四二年七月二八日以降完済まで年五分の割合による金員を支払え。

3  原告および反訴原告のその余の請求を棄却する。

4  訴訟費用中、第一〇〇号および第二四二号事件について生じた部分は被告(反訴原告)甲野花子の負担とし、第一〇五二号事件について生じた部分は被告らの負担とする。

事実

≪省略≫

理由

≪証拠省略≫を総合すると次の事実が認められる。

(一)  原告は、昭和四年に尋常高等小学校を卒業して、家業の洋品店を手伝った後兵役に服し、戦後は進駐軍関係の仕事に従事したり、貸本屋を営んだりしていたが、昭和三八年から○○建設株式会社に入り警備員として○○橋梁作業所に勤務していた。

(二)  被告花子は過去に一度他の男と三年間位事実上の結婚生活をしたことがあるが、その後昭和三七年一二月ころから○○建設株式会社に入社して、事務補助の仕事に従事し、原告が入社してからは同じ職場で働いていた。

(三)  こうして知り合った原告および被告花子は、昭三九年九月初めころから、東京都世田谷区○○町所在のアパートで夫婦として同棲し、同月一六日、東京都墨田区長宛届出をもって婚姻した。

(四)  婚姻当時、原告と被告花子の手取給料は月当り原告が金三万円位、被告花子が金二万五〇〇〇円位であったが、婚姻に際し、アパートの賃借に要した金四万八〇〇〇円の外、冷蔵庫、洗濯機、座卓などの買受代金は原告が支払った。

(五)  婚姻後、右両名は被告花子が原告に対し、自分が入会していた創価学会に入会するように勧誘しても原告がこれに応じなかったことはあったにしても、別段いさかいもなく過ごし、昭和四〇年七月に、被告花子のいわゆる乳姉妹である訴外丙川月子の希望によって、同人の近隣に居住するため、世田谷区○○○町に移転したところまでは、ごく平穏な夫婦生活を送っていた。

(六)  それまでの間に、被告花子は、同年三月ころ職場が○○建設株式会社の○○銀行本店営繕工事部に移り、同部の主任であった被告乙山と知り合い、当初、原告に対し、同被告のことを嫌な人間だという趣旨のことを述べていた。しかし、その後原告は、被告花子の口から、被告乙山が創価学会の会員ですばらしい人だと言うようなことを聞いたり、被告花子が創価学会に関する活動を熱心にするようになるに及び、不愉快な思いをすることが多くなった。

(七)  一方、被告花子は、原告が経済的につましく、婚姻後一年位後から家計をまかせてもらえなくなり、原告は預金をしたり株を買うなどすることが多く、時に給料を家計に入れず、経済的に夫婦でありながら別々の生活をすることがあってから、老年になって原告に遺棄されては困るという不安を抱いたり、食事や衣裳も質素で他人との交際も少かった原告の生活様式を嫌い、いわゆる共稼ぎ夫婦でありながら原告が家事に協力しなかったことなどに不満をもち、こうして二人は次第に意思の疎通を欠くようになり、被告花子は同年秋ころから原告との肉体関係も避けるようになった。

(八)  そして被告花子は、原告が警備員という職務上、帰宅時間が変則ですれ違いになることが多い生活であったにもかかわらず、原告が非番で在宅の時も家を明けることが多くなり、勤務先の旅行の外に創価学会会員との旅行などに出かけることが多くなった。こうして、二人の仲は次第に悪化して行き、同四〇年秋ころには、被告花子の方では、原告とは夫婦として一緒に生活を続けて行くことはできないと考えるようになった。

(九)  被告花子は同四一年五月に妊娠中絶したことがあった。その時、被告花子は数日間休暇をとって家におり、原告は勤務で会社に宿泊して、翌日午前九時ころ帰宅したところ、被告乙山が被告花子を見舞いに来ていた。このことがあってから、原告は被告花子と被告乙山の仲を疑うようになり、訴外丙川三郎夫婦などに、被告乙山が被告花子の見舞いに来たことが腑に落ちないなどともらしたりした。

(十)  そうこうするうちに、被告花子は原告と離婚したいという気持をもつようになり、時々、原告に対し別れたいなどと言ったりしていたが、昭和四一年一一月に原告と口論した際、同月二三日の勤労感謝の日に家を出ると言い、まさかと思っていた原告の留守中、原告に移転先を知らせることもなく、肩書住所地に移転した。

(十一)  原告は、前記丙川夫婦などを訪ねて被告花子の消息を尋ねたが、その所在が判明しないまま、会社から千葉県○○市の仕事場で働くことを命ぜられて、同所所在の寮に寄宿するようになり、以後、原告と被告花子は事実上夫婦としての関係はなくなった。

(十二)  被告花子は、自己の家出により原告が離婚を承諾したものと一方的に速断し、昭和四一年一二月二六日、原告の了承を得ないまま無断で原告との協議離婚届書を作成し、東京都墨田区長に届出した結果、戸籍にその旨の記載がなされた。そして、この協議離婚については、東京家庭裁判所において昭和四二年七月二七日これが無効を確認する旨の審判があり、同審判は昭和四二年八月一一日に確定した。

(十三)  丁度そのころ、原告は同区役所へ住民異動申告のための転出証明書を取りに行き、右離婚届が提出されていることおよび被告花子が肩書住所に居住していることを知り、かつ、当時○○建設株式会社内の一部で、被告両名の関係についてとかくの噂をする者があったこともあり、原告はそのころから翌年一月初旬ころにかけて、同じく右会社に警備員として勤務していた訴外丁村四郎や同人を通じて知り合った弁護士宮川寛雄などに相談し、その結果、訴外渡部宇太郎に対し、被告花子と被告乙山の関係を調査することを依頼した。

(十四)  被告乙山は、少くとも同年一月一六ないし一八日ころと同月一九日の二回にわたって、被告花子のアパートを訪れたが、右一九日は午後七時ころに被告花子のアパートの部屋(四・五畳一部屋)に一人で入るところを、前記渡部宇太郎に目撃された。

(十五)  その直後、渡部は原告に対し、被告花子の部屋に、同人と被告乙山が二人でいる旨電話で連絡をした。原告はこの連絡を受けて、当時宿泊勤務していた前記会社の寮から被告花子のアパートに直行し、午後八時四〇分から同五〇分位の間に到着した。そして、原告は被告花子の部屋の窓の下に行って外部から部屋の中の様子をうかがったが、雨戸が閉っていて話声がしなかった。そこで、原告は玄関へ回って、ドアーをノックして開けようとしたが、内から鍵がかかっていて返事もないので、かねて聞き知っていた被告両名と同じ職場で働く者である小川某の名を称して「小川だが」と言った。それでもドアーが開かなかったので、原告は肘でドアーののぞき窓のガラスを割ったところ、被告花子がドアーを開けた。原告が初めにドアーを開けようとしてからドアーが開けられるまでには、廊下を隔てた筋向いの部屋の者が「うちでしょうか」と顔を出すなどのこともあり、その間は約一〇分位の時間があった。ドアーが開けられるや、原告は被告花子を押しのけて部屋に入り、ストーブの上の湯沸しをひっくり返えしたり、居合わせた被告乙山に対し殴りかかるなどの暴行をした。

(十六)  右(十五)に記載した一件があってから、原告は同年一月中に前記宮川寛雄弁護士および丁村四郎を代理人として、被告乙山に対し、被告花子と肉体関係があったことを理由にして損害賠償請求をしたが、被告乙山は右宮川および丁村に対し、被告花子との右関係を明確に否認することもなく、示談金として金五〇万円ないし七〇万円を支払うことを考えてみる、というような態度をとった。しかし、原告は、右金額で和解することは了承しなかった。

(十七)  その後、被告両名は同年二月一〇日付書面をもって、千葉中央警察署長に対し、原告が前記(十五)記載の暴行をしたことを告訴した。

(十八)  右の一件があってから、原告と被告花子はともに○○建設株式会社を退社し、現在、原告は無職であり、被告花子は月当り給料二万円位のところに勤務している。被告乙山は、現在も○○建設株式会社に籍を置いて、前記のとおり同社営繕工事部の責任者をしている。

以上の事実が認められる。≪証拠判断省略≫

二 そこで右認定事実にもとづいて、原告甲野一郎の請求の当否について判断をする。

(一) 離婚請求について

原告は被告花子が民法七七〇条一項一号所定の不貞行為をしたことを理由に、同被告と離婚することを求めているが、右に認定した一の(十四)および(十五)に記載の事実によれば、(1)被告花子は昭和四二年一月一九日午後七時ころから同日午後九時近くまでの間、四畳半一部屋のアパートの一室に雨戸も閉めかつ出入口に鍵をかけ、被告乙山と二人だけで居たこと、(2)その時原告が他人の名を言ってドアーをノックしてもすみやかに開けなかったこと、(3)その後、被告乙山は原告の代理人であった弁護士宮川寛雄、訴外丁村四郎などと、右の一件につき和解しようとの話し合いの際、被告花子と不倫な関係にあったことを明確に否認せず、同被告の方で示談金として金五〇万円ないし七〇万円を支払ってはどうかと右宮川や丁村が提案したのに対し、考えてみるとの態度をとったことが明らかである。これらの事実にこれに付随する前認定の諸事実を総合して判断すると、他に特段の事情の認められない本件においては、被告花子は、少くとも昭和四二年一月一九日に被告乙山と通常の交際の範囲を越えた深い男女関係にあったと推認するのが相当であり、かかる事実は、民法七七〇条一項一号所定の不貞の行為に該当することは論をまたない。もっとも、被告両名は同日被告乙山が被告花子のアパートを訪れたのは、翌日の仕事の打合せがあったからであり、また、部屋のドアーに鍵をかけたのは被告花子の癖であると主張し、その旨供述するが、このような供述は前認定の事実および弁論の全趣旨に照し、とうてい信用できないところである。そうすると、被告花子の不貞行為を理由とする原告の離婚請求は正当であり認容すべきである。

(二) 損害賠償請求について

次に、原告は被告両名が共同して原告に対して不貞な行為を行い、かつ、原告に無断で協議離婚届出書を作成して届出、戸籍にその旨の記載を得るなどの行為をして、原告の夫としての地位、平穏な家庭生活を破壊し、原告に対し精神的苦痛を与えたことを理由に、被告両名に対し、右苦痛に対する慰藉料とし連帯して金三〇〇万円を支払うことを求めているが、本件全証拠によっても被告両名が、昭和四一年一月一九日以前にも不貞な行為をしたことおよび被告両名が共同して協議離婚届の作成および届出をしたという事実については、いずれもこれを認めるに足りる証拠がない。しかし前認定によれば、被告らは遅くとも昭和四一年一月一九日には不貞な関係にあり、且つそのことが原告と被告花子との関係を最終的に破綻に至らしめた原因であること、一方被告乙山が花子に夫がいることを承知のうえで不倫な関係を結んでいたことは明らかである。そうすると被告らの右の行為は原告の夫としての権利を共同して侵害したと認められるので、被告らはそれによって原告の蒙った精神的苦痛に対する慰藉料を連帯して支払わなければならない。とこいでその額について勘案するに、前認定のとおり、原告と被告花子との結婚生活の実態、その年令、収入等の事情、その他本件不貞行為の形ならびに被告花子、同乙山の収入等の諸般の事情を考え合わせると、金八〇万円をもって相当と認められる。よって被告らは原告に対し連帯して金八〇万円およびこれに対する前記不貞行為の後であることの明らかな昭和四二年七月二八日から支払いずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

三 進んで被告花子の反訴請求について判断する。

反訴請求原因1記載の事実については一で認定した事実ならびに弁論の全趣旨からして全部認めることができる。

同2ないし4記載の事実については前認定の限度(特に家計費の分担やその他原告との間のいさかいについては一の(七)(八)に認定した限度)でこれを認めることができる。

そして右の事情に加えて特に前記一の(十二)および(十五)ないし(十七)において認定した経過に弁論の全趣旨を総合すると、原告と被告花子との仲は現在では回復しがたい程度に破綻してしまったことは明らかである。

もっとも二人の婚姻が破綻したのは、これまで述べたことから、被告花子の一方的な家出、勝手な離婚届、被告乙山との不貞行為など一連の行為が主たる原因であって、その責任のほとんどは被告花子が負うべきものと認められる。そうすると被告花子からの離婚請求は、有責配偶者からのそれとして棄却すべきかどうか問題となり得るが、本件は本訴において相手方である原告が積極的に離婚を求めているのであるから、結局被告花子の離婚請求も民法七七〇条一項五号により正当として認容すべきである。しかしながら離婚にともなう慰藉料の請求は、右に述べたとおり、本件の離婚が破綻するに至ったのはほとんど被告花子にその責任があると認められる以上、失当として棄却すべきである。

四 以上の次第であるから、原告の離婚請求は正当として認容し、被告両名に対する損害賠償請求は、金八〇万円およびこれに対する昭和四二年七月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を限度としてこれを認容し、その余の請求はこれを棄却し、被告花子の反訴請求は離婚を求める部分についてのみこれを認容し、その余の請求は棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法九二条、九三条を適用し、仮執行の宣言は相当でないので、これをしないこととして主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 安藤覚 裁判官 鈴木経夫 多田周弘)

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