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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)10542号 判決 1974年10月02日

両事件原告

吉村ふみ

右訴訟代理人

大野幸一

<外一名>

第一〇五四二号事件被告

東京都

右代表者東京都水道局長

小原隆吉

右指定代理人

池田良賢

(外一名)

第一〇五四二号事件被告

中西キミエ

第八二〇四号事件被告

東海興業株式会社

右代表者

中西小一

右両名訴訟代理人

松浦登志雄

主文

一  被告東京都および同東海興業株式会社は、原告に対し、各自金七四万五二二〇円およびこれに対する、被告東京都は昭和四六年三月五日から、被告東海興業株式会社は昭和四八年一〇月二五日から、各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

二  原告の被告中西キミエに対する請求ならびに被告東京都および同東海興業株式会社に対するその余の請求はいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告中西キミエとの間では、全部原告の負担とし、原告と被告東京都および同東海興業株式会社との間では、原告に生じた費用の二分の一を同被告らの負担とし、その余は各自の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは、各自原告に対し、金一〇六万四六〇〇円ならびにこれに対する、被告東京都(以下、被告都という。)および被告中西キミエ(以下、被告中西という。)は昭和四六年三月五日から、また、被告東海興業株式会社(以下、被告会社という。)は昭和四八年一〇月二五日から各支払済に至るまで年五分の割合による金員の支払をせよ。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

との判決および仮執行の宣言

二  被告ら

1  原告の請求はいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、昭和四三年以前から、別紙物件目録<略>記載の建物(以下、本件建物という。)を所有している。

2  被告中西は、昭和四三年以前から、本件建物の敷地に隣接する同被告所有の土地上に建物を所有し、かつ、東京都港区赤坂四丁目四番九号先の公道下にある配水管から分岐して同建物に至るまでの地中に設けられた口径二五ミリメートルの給水管およびこれに直結する給水用具(以下、本件給水装置という。)を所有して、これにより同建物に給水を受けており、また、被告会社は、その間、被告中西から右建物を賃借して、本件給水装置を利用・占有している。

3  ところが、昭和四三年ごろ、本件給水装置のうち前記公道下約七〇センチメートルのところにある給水管に破裂が生じ、その後その破裂箇所から漏水するようになつた。

4  その結果、原告は次のような損害を被つた。

(一) 本件建物の修復費用相当額の損害 金一〇二万五〇〇〇円

前記漏水が本件建物の敷地に流入して本件建物の床下の土を流出させた結果、本件建物の基礎が沈下して、本件建物が傾斜し、また、壁面に亀裂ができたり、建具の建付が不良になつたりしたので、これを修復するためには最低金一〇二万五〇〇〇円の支出が必要である。

(二) 排水管の修理費用相当額の損害 金三万九六〇〇円

前記のとおり本件建物の基礎が沈下したため、原告所有の排水管の一部が崩れてその傾斜が乱れ、汚水が流れない状態になつたので、原告がこれを補修して、金三万九六〇〇円を費用を支出した。

5  ところで、本件給水装置は土地の工作物であり、その破裂はその設置または保存に瑕疵がある場合にあたるから、民法第七一七条の規定により、被告中西は本件給水装置の所有者として、また、被告会社はその占有者として、いずれも原告の被つた前記損害を賠償する責任がある。

6  また、被告都の水道事業管理者である水道局長は、都内の各家庭への給水のために配水管を設置し、公の営造物としてこれを管理しているものであるが、各家庭がその便益のために自己の費用で右配水管から分岐して設ける給水装置についても、量水器までの部分(仮にそうでないとしても、公道下にある部分)は、公の営造物に含まれるものとして、同水道局長が管理する責任を負うものというべきである。そして、本件給水装置の破裂箇所は、前記のとおり公道下にある部分であつて、同水道局長の管理の範囲内に含まれるものであるから、被告都は、被告都の営造物の設置または管理に瑕疵があつたものとして、国家賠償法第二条の規定により、原告の被つた前記損害を賠償する責任がある。

7  よつて、原告は、被告中西および被告会社に対しては民法第七一七条に基づいて、また、被告都に対しては国家賠償法第二条に基づいて、原告の被つた損害の合計金一〇六万四六〇〇円ならびにこれに対する、被告中西および被告都については右損害発生の後である昭和四六年三月五日から、また、被告会社については本件訴状送達の日の翌日である昭和四八年一〇月二五日から、各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金をそれぞれ支払うことを求める。

二  請求原因に対する認否<略>

三  被告らの抗弁<略>

四  抗弁に対する認否<略>

第三  証拠関係<略>

理由

一<証拠>によれば、請求原因第1項記載の事実が認められ、この認定に反する証拠はない。

二次に、被告中西が、昭和四三年以前から、本件建物の敷地に隣接する同被告所有の土地上に建物を所有し、本件給水装置により同建物に給水を受けていることは、当事者間に争いがない。<証拠>によれば、東京都給水条例(昭和三三年四月一日条例第四一号)には、給水装置の新設等の工事は、水道局長もしくはその指定する者において施行するが、その工事費用は、当該給水装置の新設等をする者が負担し、被告都は、右工事費用が完納されるまでは当該給水装置の所有権を留保する旨規定されていることが認められるから、給水装置の新設等をする者は、その工事費用を完納したときは、当該給水装置の所有権を取得するものというべきである。したがつて、昭和四三年以前から右建物を所有して本件給水装置により同建物に給水を受けている被告中西は、特段の事情のない限り、そのころから本件給水装置をも所有しているものと認めるのが相当である。

また、被告会社が、被告中西から右建物を賃借して、本件給水装置を利用していることは、原告と被告会社との間では争いがなく、<証拠>によれば、少なくとも昭和四三年ごろから昭和四八年一月ごろまでの間被告会社の従業員が被告中西所有の右建物に居住していた事実が認められるから、この事実によれば、被告会社は、少なくとも昭和四三年ごろから、昭和四八年一月ごろまでの間、右建物を賃借して使用していたものと認めるのが相当である。したがつて、被告会社は、その間、本件給水装置をも占有していたものというべきである。

三<証拠>によれば、被告都の水道局大木戸営業所は、昭和四六年二月二七日に原告の隣家の訴外安田伸子から漏水がある旨の連絡を受けたので、調査をした結果、同年三月四日に、本件給水装置のうち被告中西所有の建物のほぼ南側を東西に走る公道(円通寺通り)の同建物側のL字溝の下約七〇センチメートルのところにある給水管が破損していて、そころから漏水していたことを発見し、その部分を修理したことが認められ(右給水管が破損していた事実は、原告と被告都との間では争いがない。)、この認定に反する証拠はない。

ところで、原告は、右漏水の開始時期を昭和四三年ごろであると主張するが、この主張を認めるに足りる証拠はない。しかしながら<証拠>によれば、原告の北隣りに居住している安田伸子は、隣家の坪倉宅が新築のために取り壊わされた昭和四五年夏ごろ、自己の居住地内に水が滲出していることに気付き、その後滲出の程度が著しくなつてきたので、前記のとおり被告都の水道局大木戸営業所に連絡し、これに基づいて同営業所が前記の漏水箇所を修理したところ、それ以後は水の滲出が止まつた事実を認めることができ、この認定に反する証拠はない。そして、右に認定した事実によれば、右滲出の原因は前記給水管からの漏水であると推認することができるし、また、その漏水は、遅くとも昭和四五年夏ごろには、すでに発生していたものと認めるのが相当である。

四他方、<証拠>を総合すると、前記漏水箇所が修理されたころの本件建物は、戸の立て付けが悪くなり、壁面にも亀裂が生じて、やや北側に傾斜した状態であり、また、本件建物の排水管は、陥没して土管の接続部分に隙間ができていたところがあり、汚水が順調に流れない状態であつたことが認められ、この認定を左右するに足りる証拠はない。そして、右に認定した本件建物の傾斜等は、その態様からみて、特段の事情がない限り、本件建物の地盤の沈下によつて生じたものと推認するのが相当である。なお検証の結果によつて認められる、本件建物の敷地内に設置されている止水栓の上部が地表から突出している事実も、いまだ右の推認を覆すものではないし、そのほかにこれを覆すに足りる証拠はない。

そこで、さらに、右地盤の沈下が本件給水装置からの漏水によるものであるか否かについて検討する。

本件給水装置からの漏水が、少くとも昭和四五年夏ごろからその漏水箇所の修理がなされるまでの間、前記安田伸子宅にも滲出していたことは、先に認定したとおりであり、また検証の結果によれば、本件建物は右漏水箇所と右安田宅との間に位置していることが認められるから、本件給水装置からの漏水は、本件建物の地盤中をも流れていたものと推認することができる。さらに、<証拠>によれば、前記のとおり安田伸子から連絡を受けて、漏水箇所の調査に来た訴外星野由松が、右安田宅と原告宅との境界付近や本件建物の床下を掘削したところ、かなりの量の水が出てきたことが認められるから、この事実によれば、本件建物の地盤中をかなりの量の漏水が流れていたものと一応推定することができる。そして、右に認定したような事実がある場合には、他に特別の事情がない限り、本件給水装置からの漏水が本件建物の地盤の状態に変化を及ぼし、その結果、その地盤を沈下させるに至つたものと推認するのが相当である。たしかに、<証拠>によれば、本件建物の敷地は、前記漏水箇所より約三メートルも低い位置にあつて、雨水等の集りやすい場所であることが認められるから、排水溝等に吸収されない雨水等の自然水が本件建物の地盤中を流れることも、当然に推認されるところであり、したがつて、このような自然水の流入が本件建物の地盤沈下の原因になつていることも考えられないわけではない。しかしながら、本件建物の地盤沈下について、右のような自然的流水の影響を否定することはできないとしても、反対に、それだけが地盤沈下の原因であると速断することはできず、そのほかに前記漏水が本件建物の地盤沈下の原因になつていることを否定すべき証拠はない。したがつて、本件建物の地盤沈下は、自然的流水もそうであるが、本件給水装置からの漏水もその原因になつたものと認めるのが相当である。

五そこで、さらに、本件漏水事故に対する被告らの責任の有無について判断する。

1被告会社および被告中西の責任

本件給水装置が土地の工作物であることは、原告と被告会社および被告中西との間では争いがなく、被告会社が本件給水装置の占有者であり、被告中西がその所有者であることは、先に認定したとおりである。ところで、被告会社および被告中西は、本件給水装置の設置または保存に瑕疵があつたことを争つているが、本件給水装置の一部が破損していてそこから漏水していたことは、前記認定のとおりであるから、その事実からすれば、本件給水装置の設置または保存に瑕疵があつたものといわざるをえない。

また、被告会社および被告中西は、給水装置は、前記給水条例により水道局長がその新設等の工事を施行するとされているのであるから、給水装置の管理責任もすべて水道局長にあり、その利用者にはない旨主張するが、給水装置の新設等について行政上の目的から水道局長の関与がなされるとしても、それが民法第七一七条の土地の工作物の占有者または所有者の損害賠償責任を免除する理由にはならないというべきであるから、被告会社および被告中西の右主張は採用することができない。

さらに、被告会社および被告中西は、本件漏水事故は不可抗力によるものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、本件給水装置の占有者である被告会社は、本件漏水事故によつて原告の被つた損害を賠償する責任があるというべきである。しかしながら、本件給水装置の所有者である被告中西は、その占有者である被告会社が右のとおり責任を負う以上、原告に対する損害賠償責任を負わないものといわなければならない。

2被告都の責任

被告都の水道局長が被告都の水道事業の管理者であることは、原告と被告都との間では争いがなく、同水道局長が都内の各家庭への給水のために配水管を設置してこれを管理していることは、被告都の明らかに争わないところであるから、これを自白したものとみなす。そして、右配水管が公の営造物であることは、右に述べたところから明らかであるといわなければならない。そこで、右配水管から分岐して各家庭ごとに設けられる給水装置も公の営造物に該当するか否かを考察するに、前掲丙第一号証によれば、前記東京都給水条例には、給水装置の新設等をしようとする者は、その旨を水道局長に申し込み、その承認を受けて工事を行なうべき旨、また、給水装置の利用者は、善良な管理者の注意をもつて当該給水装置を管理すべき旨それぞれ規定されていることが認められるから、給水装置の設置および管理の主体はあくまでもその利用者であるというべきである。

なるほど、前記認定のとおり、給水装置の新設等の工事は水道局長もしくはその指定する者において施行する旨右給水条例に規定されていて、右工事に対する水道局長の関与が認められているが、右の関与は、水道事業が公衆衛生に対して重大な影響を及ぼすものであることに鑑み、給水装置の新設・改造等に当つても、清浄水の供給確保の見地から万全を期したものにすぎず、これによつて直ちに水道局長が当該給水装置の設置者および管理者となるものではないと解すべきである。

しかしながら、被告都の水道局長は、前記のとおり、公の営造物である配水管の設置および管理をしているものであるところ、給水装置であつても、その設置場所から見て配水管と一体をなすと認められる部分については、配水管の延長部分として、配水管と同様にこれを管理すべき義務を負うものと解するのが相当である。

これを本件についてみるに、本件給水装置が東京都港区赤坂四丁目四番九号先の公道下に設置された配水管から分岐して設けられた給水施設であることは、原告と被告都との間では争いがないところ、検証の結果によれば、右公道(円通寺通り)の幅員は約五メートルにすぎないことが認められ、したがつて、本件給水装置のうち右公道下にある給水管は配水管に極めて近接しているということができるし、しかも、公道下は、その性質上、私人たる給水装置の利用者においては自由にこれを掘削して調査することができない場所であるから、当該給水管については、水道局長がこれに対する注意をも払うのでなければ配水管そのものに対する必要な管理をしたことにはならないものとして、水道局長の配水管の管理義務の範囲内に含まれるものと解するのが相当である。そして、本件給水装置のうち右公道下にある給水管に破損箇所があつて、そこから漏水していたことは、前記のとおりであるから、結局、被告都の営造物の設置または管理に瑕疵があつたものといわざるをえない。

なお、被告都は、本件漏水事故は不可抗力によるものであると主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。

そうすると、被告都は、その営造物の設置または管理に瑕疵があつたことに基づき、本件漏水事故により原告の被つた損害を賠償する責任があるというべきである。

六次いで、本件漏水事故によつて原告の被つた損害額につき判断するに、<証拠>によれば、前記漏水箇所の修理がなされた昭和四六年当時、本件漏水事故によつて生じた前記認定の本件建物の傾斜、壁面の亀裂、戸の立て付け不良化等を復旧・修理するためには、合計金一〇二万五〇〇〇円の工事費用の支出を必要としたこと、および排水管を現に修復したために、金三万九六〇〇円の工事費用を支出したことがそれぞれ認められ、これらの費用が復旧・修理のために不必要なものであると認めるべき証拠はない。

もつとも、損害の発生につき加害者の原因行為のほかに、自然的要因の競合が認められる場合には、その損害額の算定に当りその要因を割合的に斟酌するのが相当である。そして、これを本件についてみるに、本件建物の傾斜等をもたらした本件建物の地盤沈下については、前記のとおり自然的流水の影響をも否定することができないところ、本件建物の建築後の経過年数(<証拠>によれば、本件建物は昭和二六年ごろに建築されたことが認められる。)、本件建物の立地条件、本件漏水の期間および程度等諸般の事情を考慮すると、本件建物の地盤沈下に影響を及ぼした自然的要因の割合は、三割程度であると認めるのが相当であり、これを前記の工事費用額から控除して計算すると、本件漏水事故によつて原告の被つた損害額は、金七四万五二二〇円になる。

なお、被告都および被告会社は、本件建物の保存につき原告にも過失があつたとして、過失相殺を主張するが、本件漏水事故による損害額の算定についてはすでに右のとおり自然的要因を斟酌しているところ、そのほかに本件損害の発生につき斟酌するのを相当とすべき原告の過失の存在を認めるに足りる証拠はないから、被告都および被告会社の右主張は採用することができない。

七以上の判示のとおり、原告の本訴請求は、被告都および被告会社に対し、本件漏水事故に基づく損害の賠償として、各自金七四万五二二〇円およびこれに対する、被告都については右損害発生の後であると認められる昭和四六年三月五日から、また、被告会社については本件訴外送達の日の翌日であることが記録上明らかである昭和四八年一〇月二二五日から、各支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うことを求める限度では理由があるから、その限度でこれを認容し、被告中西に対する請求ならびに被告都および被告会社に対するその余の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条、第九三条を、また、原告勝訴の部分に関する仮執行の宣言につき同法第一九六条第一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(奥村長生 平手勇治 小野田礼宏)

<物件目録省略>

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