大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1453号・昭48年(ワ)4513号 判決

以下は、判例タイムズに掲載された記事をそのまま収録しています。オリジナルの判決文ではありません。

【説明】

原告ハルは、昭和四二年一〇月二二日被告の被用運転手の運転する観光バスに同乗し、栃木県日光市日光いろは坂下り専用道路の幸橋付近を走行中、同人のハンドル及びブレーキの操作不適切の過失により、被告車が前車及び停車中の車両に接触したうえ、道路脇の岩壁に衝突した事故に遭遇し、傷害を受けた。

【判旨】

原告六名は、原告ハルは、本件事故により、第二、第三腰椎横突起骨折、頭部外傷性てんかん(右側脳出血)、閉鎖性頭部外傷及び頸椎むち打ち症の傷害を受け、胆石症、自律神経失調症及び慢性胃炎を併発し、胸部圧迫感、背部痛及び頭痛の後遺症が残遺した旨主張する。しかし、右認定の原告ハルの受傷状況、傷害の部位、程度及び治療経過等に<証拠>を総合勘案すると、

(一) 腰椎横突起骨折については、精銅所病院の診断名中には、かような診断があるが、レントゲン検査上骨折の存在が確認されたわけではなく、その存在が疑われたにすぎず、骨折の治療がなされたのは、骨折が存在した場合を考慮してのことであつて、仮に骨折があつたとしても、原告ハルの腰痛は受傷後一〇日程度で快方に向かい、同病院退院時軽度に残遺していた体動時の腰痛も、昭和四三年二月二四日までには消失したのであるから、その程度は軽かつたものと認めるを相当とすべきこと、(二) 頭部外傷性てんかん、右側脳出血及び閉鎖性頭部外傷については、梅田病院の診断中には頭部外傷性てんかん、右側脳出血との、日大病院神経外科の診断名中には閉鎖性頭部外傷との診断が存在しているけれども、原告は、受傷時頭部に打撃を受けておらず、意識は明瞭で、吐気もなく、てんかんの症状は両病院において全く確認されてなく(胸内苦悶、心悸亢進等はてんかんの症状ではない。)、梅田病院での右診断の根拠となつた眼底出血ありとの診断は、転医後日大病院脳神経外科で否定され、飛蛟症も生理的であるとの診断を受けているのであり、超音波検査のエコーについても、探触子の操作次第でその波形が容易に変化し、その診察には相当の熟練を要するのであるから、エコーが一目盛右側にずれたとの一事のみをもつて脳出血ありとはいい難く、加えて、梅田病院においてはてんかん及び脳出血に対する治療は全く行われておらず、日大病院脳神経外科においても、頭蓋内脳損傷の疑いに対する必要な前示の諸検査がなされた形跡はなく、以上の診断及び治療の経過にその後の原告の症状を総合すれば、頭部外傷性てんかん、右側脳出血及び閉鎖性頭部外傷は到底認められず、右各診断は、いずれもその疑いをもつて診療に当たつたことを示すにすぎないものとみるべきこと、(三) 頸椎むちうち症については、日大病院整形外科のカルテ中にはかような診断名の記載があるが、同診断は、原告ハルの自動車事故遭遇の事実と自覚的愁訴から、客観的な所見の裏付けのないままなされたもので、同病院入院中星状神経ブロツク療法等により短期間に整形外科的所見は消失したのであるから、元来、むちうち症はなかつたものとみるべきこと、(四)  慢性胃炎については、昭和四四年二月頃日大病院において、その旨の診断を受けたことが認められるが、これが本件事故に起因するものとみるべき根拠は全くないこと、(五) 胆石症については、胆石症の症状は、発熱及び背部放散痛を伴う発作性腹痛、時に黄疸等であり、原告が昭和四二年一一月一〇日梅田病院入院以降新宿診療所で胆のう剔出術を受けるまで一貫して訴えてきた諸症状中、胸内苦悶、心悸亢進及び呼吸困難は胆石症の症状とはいい難く(右症状の出現時高度の発熱があつたものとは、認められない。)、右諸症状は、主として心因性に生じた外傷性神経症に基因するとみるのが相当であり、他方、胆石症の発生の機序は必ずしも明らかではないが、交通事故による受傷者が事故により胆石症を発生する機序としては、胆のう又は胆道に直接外力が作用し胆汁がうつ滞して炎症を起こす場合及び既存のサイレントストーン(潜在性胆石)が事故による興奮、過労等により胆石症を発症する場合との二つが考えうるところ、原告ハルの受傷状況からみて外力が腹部に直接及んだものとは考えられず、また、その受傷の程度及び治療状況に徴すれば、本件事故による疲労等により既存のサイレントストーンが胆石症を発症させる可能性はほとんどないものというべく、本件事故と胆石症とは因果関係がないとみるのが医学常識に符合すること、以上の事実を認めることができ、<証拠判断略>他に右認定を左右するに足る証拠はない。

以上認定の事実によると、本件事故後原告ハルが受けた入・通院治療中、昭和四二年一〇月二二日から同年一一月九日まで精銅所病院で受けた入院治療、同月一〇日名倉病院で受けた通院治療及び同日梅田病院に入院してから昭和四三年二月二四日日大病院整形外科退院の日まで各病院で受けた諸治療中、腰痛に対する治療だけは、本件事故と相当因果関係ある治療ということができるが、前記胸内苦悶、心悸亢進等の諸症状は心因性に生じた外傷性神経症に、また、背部痛は、外傷性神経症又は胆石症に起因するものとみるべきであるところ、原告ハルの胸内苦悶、心悸亢進及び呼吸困難の外傷性神経症の症状は、日光市所在の精銅所病院入院中には全くみられず、同病院において腰部痛等の外傷が略治し、同病院を退院後東京の自宅に帰宅した翌日夜突然発症したものであつて右発症の経過に精銅所病院入院当時の原告の症状の程度、その他治療の経過等を総合勘案すると、右外傷性神経症は、本件事故と相当因果関係があるものと認めることは困難であり、胆石症もまた本件事故と因果関係を認め難いことは、前記認定のとおりである。

(武居二郎 島内乗統 信濃孝一)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!