東京地方裁判所 昭和46年(ワ)1592号 判決 1974年4月22日
原告 雪田松雄
<ほか二名>
右原告ら三名訴訟代理人弁護士 小林賢治
被告 東京都
右代表者東京都知事 美濃部亮吉
右指定代理人東京都事務吏員 竹村英雄
<ほか二名>
主文
原告らの請求をすべて棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告雪田松雄に対し金一五〇万円、原告樋口俊枝及び同小川長次郎に対し各金二〇〇万円並びに右各金員に対する昭和四六年三月一〇日以降それぞれ支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
主文同旨。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一)1 原告雪田松雄は、昭和二四年五月ころ以来肩書住所地に居住し、現在、同所に別紙物件目録記載(一)の建物(以下、原告雪田建物という。)を所有して、居住しているものである。
2 原告樋口俊枝は、同一九年五月ころ以来肩書住所地に居住し、現在、同所に別紙物件目録記載(二)の建物(以下、原告樋口建物という。)を所有して、居住しているものである。
3 原告小川長次郎は、同二五年一二月ころ以来肩書住所地に居住し、現在、同所に別紙物件目録記載(三)の建物(以下、原告小川建物という。)を所有して、居住しているものである。
(二) 被告は、原告ら各建物の敷地から幅員六・一〇メートルの公道を隔てて南西側に存在する別紙物件目録記載(四)の土地(以下、本件土地という。)を所有するものであるが、従来同土地上には車庫を建築して、これを都営バスのために利用していたところ、昭和四四年夏ころ用途を変更して右車庫を取毀した上、同四五年一二月中旬ころまでの間に、同目録記載(五)の建物(北品川第二アパート、以下、本件都営アパートという。)を建築完成させた。本件都営アパートは、軒高三六・六〇メートル、塔屋部の高さ四一・七〇メートルであり、これと原告ら各建物との位置及び距離の関係は、別紙図面記載のとおりである。
(三) 本件都営アパート建設前においては、原告ら各建物に対する日照は、本件土地上に存在する車庫に遮られることなく、一ないし三月及び一〇ないし一二月の六月間は、午前一一時ころから午後四時ころまで照射し、障壁がない限り南西側窓から床面上最大限約八メートルの室内まで達しており、その余の六月間は、午後一時ころから同四時ころまで照射し、障壁がない限り南西側窓から床面上最大限約七メートルの室内まで達していたところ、本件都営アパートの建設により、原告雪田建物にあっては、午前一一時ころから午後零時ころまで照射し、南西側窓から床面上約一メートルの室内に達する日照があるに過ぎなくなり、原告樋口及び同小川各建物にあっては、いずれも、全く日照のない状態となった。
(四) 原告らは、昭和四四年夏ころ被告の本件都営アパート建設計画を知って以来、これが完成すれば、原告ら各建物に対する日照が阻害される虞があるため、再三設計変更を申入れたのであるから、被告において、本件都営アパートを建設するに際し、原告ら各建物に対する日照を考慮する意思があったならば、その敷地の広さ等からこれを設計変更して原告ら各建物に対する日照に影響を及ぼさない位置に建設することも容易にできたにかかわらず、かかる申入れには一顧だにせず、本件都営アパートを現在位置に建設したもので、故意又は少なくとも過失があるというべきである。
(五) 原告らは、被告が本件都営アパートを建設したことにより、前記のとおり、過去二〇年間以上にわたって享受してきた日照を奪われ、現在及び将来、日照のない不快な生活を余儀なくされるに至ったもので、多大の精神的苦痛を蒙ったものである。右精神的苦痛を慰藉するに足る金額は、原告雪田においては金一五〇万円、原告樋口及び同小川においては各金二〇〇万円をそれぞれ下らない。
(六) よって、原告らは被告に対し、民法七〇九条に基づき、原告雪田においては右損害金一五〇万円、原告樋口及び同小川においては同各金二〇〇万円並びに右各金員に対する不法行為の後である昭和四六年三月一〇日以降それぞれ支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の各支払を求める。
二 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)項1ないし3はいずれも不知。
(二) 同(二)項は認める。
(三) 同(三)は否認する。
(四) 同(四)項のうち、原告らが被告に対し、本件都営アパートの設計変更を申入れたことは認めるが、その余は否認する。
(五) 同(五)項は否認する。
三 被告の主張
(一)1 本件土地上に従来建っていた車庫は、軒高九・三メートル、建坪約四、〇〇〇平方メートルの建物であったが、これが存在するために、原告ら各建物に対する日照は、冬至の日において、午前一〇時ころから南西側の壁面に当り始め、室内に効果的に射し込むのは午後零時すぎであり、そして同二時二〇分ころから次第に遮られ始め、同三時以降は完全に車庫の日影になる状態であった。そして、本件都営アパート建設後は、冬至の日において、原告小川建物にあっては、午後零時四〇分ころから徐々に本件都営アパートの日影に入り始め、同一時三〇分ころには完全に日影になるので、日照時間は約一時間三〇分(午後一時三〇分から同三時まで)短くなったが、原告樋口建物にあっては、従前と同じく午後三時ころになって完全に日影になるので、日照の享受に変化はなく、原告雪田建物にあっては、午後三時ころから徐々に日影になるが、同四時になってもその南西側壁面の三分の一について日影になるのみで、却って従来よりも日照時間は長くなっているのである。
2 本件土地は、前記のとおり、従来都営バスの車庫として利用されていたもので、かかる機能を維持すべく本件都営アパートの一階部分は車庫として利用すると同時に、本件土地の西側に接する公道からバスが出入りし、その中央で方向転換ができるようにするためには、本件都営アパートをできるだけ東側に寄せて建設する必要があったところ、被告は、原告らの申入れがあったことから、最大限の譲歩を行ない、当初の計画より建築位置を一・二メートル西側に移動変更して、現在位置にこれを建設したものである。しかして、結局、原告雪田及び同樋口各建物については、前記のとおり、本件都営アパート建設後も建設前に比べて日照時間の減少はなく、原告小川建物については、前記程度の影響は受忍限度の範囲内というべきである。
(二) 本件都営アパートの所在地は、国鉄品川駅の南南東約六〇〇メートルの地点で、この付近一帯は、建築基準法上準工業地域の用途指定がなされており、主として工場、倉庫、事務所が多く建てられ、それらは概ね二階建以上、中には六、七階を超える建物も存在する。しかも、それらのうち木造の平家及び二階建建物の殆んどは、敷地いっばいに建てられ、隣接する建物といわば軒を接する状態になっている。原告ら各建物もその例にもれず、いずれも東側は文字どおり隣地建物と軒を接しており、右建物間もそれぞれ密着と評し得る状態にあり、僅かに原告雪田建物のみ、南側に幅員六メートル余の公道があるが、それとても、道路を隔てた向い側に鉄筋コンクリート造三階建建物が存在するために午前中の日照はあまり期待できない状況にある。かくして原告らは、従来本件土地上に存在した都営バス用車庫の屋根がたまたま低かったことから、その上を通過して来る西日を唯一の日照としてこれに依存してきたものであるが、特に夕刻の西日は厚い大気層の中を斜めに通過して来る上に、東京の市街地にあっては大気の粉塵等による汚染が進行しているため、有効な日照とはいえないのみならず、少なくとも夏期の西日はむしろ遮蔽されるべきものである。
(三) 地方公共団体である被告は、低額所得者に対して必要があるときは、公営住宅を供給する責務を負っているところ(公営住宅法三条)、都内在住世帯の公営住宅に対する需要が非常な数にのぼることから、被告はこの需要を充たすため、昭和四三年一一月に策定した「東京都中期計画」に基づき、低額所得者を対象とした都営住宅の建設に努めてきた。しかしながら、都営住宅の所在地は、その管理を効率的に行なうためにも一定の広さをもった土地が望まれる上、その居住者は低額所得者であるために、その経済的負担を軽減すべく職場と住居ができるだけ近いことが要請されるので、既に開発されている地域に建設することが理想とされるにもかかわらず、他方において、最近、東京及びその周辺では、住宅事情が悪化するとともに土地価格が異常に騰費していることから、その用地の確保が非常に困難となっているため、被告においては、窮余の策として、都有地を有効に利用すること、具体的には、既存の公有施設の敷地に高層ビルディングを建設して、そこに既存の施設と都営住宅を併存させる方針をとらざるを得なくなったのである。かくして、本件都営アパートは、前記中期計画のうち昭和四四年度計画の一部として、従前都営バスの車庫として利用されてきた本件土地上に他の一棟とともに建設されたものであり、二棟で合計二六四戸を擁し、同四六年六月から入居が開始された。
(四) 本件都営アパートは、公有物であるために、その建設に際しては建築基準法に基づく建築確認を必要とはしないが、同法の内容を遵守して建設されており、同法の規定に違反するところは全く存在しない。
四 被告の主張に対する認否
被告の主張(二)項のうち、原告ら各建物の隣地建物との関係及び右各建物相互間の状況が被告の主張のとおりであること、したがって、原告らは、従来、原告雪田を除いて、その余の原告らの建物にはその東側及び南側に空地がないため、午前中の日照はあまり期待できない状況にあり、本件土地上を通過して来る西日を唯一の日照としてきたことはいずれも認めるが、その余の主張はすべて争う。
第三証拠≪省略≫
理由
≪証拠省略≫によれば、請求原因(一)項1ないし3の各事実が認められ、これに反する証拠はない。
二 請求原因(二)項の事実は当事者間に争いがなく、≪証拠省略≫によれば、本件土地上に従来建設されていた都営バス用の車庫は、建坪三、九九六・七二平方メートル、最高部の高さ九・三メートルであり、原告ら各建物に面する南東側屋根部分は、壁面に沿って地上からの高さ九・三メートルの位置まで垂直に築造されたブロック塀におおわれていたこと、そして、同車庫と原告ら各建物との位置及び距離の関係は別紙図面記載のとおりであったことが認められ、これを覆すに足る証拠はない。
そこで、右のとおり車庫が建設されていた時期に比較して、本件都営アパートの建設による原告ら各建物に対する日照の変化について検討する。
(一) 本件都営アパート建設前
原告らは、原告ら各建物に対する日照は、本件土地上に存在する車庫に遮られることなく、一ないし三月及び一〇ないし一二月の六月間は、午前一一時ころから午後四時ころまで照射し、障壁がない限り南西側窓から床面上最大限約八メートルの室内まで達し、その余の六月間は、午後一時ころから同四時ころまで照射し、障壁がない限り南西側窓から床面上最大限約七メートルの室内まで達していた旨主張し、原告雪田(第一回)、同樋口及び同小川各本人はそれぞれ右主張に添う供述をする。しかし、右各供述は、いずれもこれを裏付けるに足る的確な資料を見出せないのみならず、後掲証拠に照らしてたやすく採用するを得ず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。却って、従来から、原告雪田を除いて、その余の原告らの建物は、東側及び南側に空地がないため、午前中の日照があまり期待できない状況にあったことは、原告らの自認するところであり、右の事実に、≪証拠省略≫によれば、冬至の日における原告ら各建物に対する日照は午前一〇時ころから南西側壁面に陽が当り始めるものの、室内に効果的に射し込むのは午後零時ころからであり、そして、同二時三〇分ころ、その各一階の床部分から車庫の日影になって遮られ始め、その後屋根へ向って徐々に車庫の影が伸びて行き、同三時ころには、原告樋口及び同小川各建物の一階部分全部並びに原告雪田建物の一階部分の北側半分は車庫の日影になり、更に、同四時ころには、原告小川建物にあっては一ないし三階すべて、原告樋口及び同雪田各建物にあっては一、二階とも、完全に日影になっていたことが認められ、これを覆すに足りる証拠はない。
(二) 本件都営アパート建設後
原告らは、原告雪田建物については、午前一一時ころから午後零時ころまで日照があるに過ぎなくなり、その後は本件都営アパートの日影になり、原告樋口及び同小川各建物については、終日本件都営アパートの日影となって日照が全くなくなった旨主張し、原告雪田(第一回)、同樋口及び同小川各本人はそれぞれ右主張に添う供述をする。しかし、右各供述は、これを裏付ける資料を欠く上、後掲証拠に照らしてたやすく採用するを得ず、他に右主張事実を認めるに足る証拠はない。却って、≪証拠省略≫によれば、次の各事実が認められ、これを覆すに足る証拠はない。
1 原告雪田建物に対する冬至の日における日照は、その南西側壁面に陽が当り始める時刻は従前と変らず、そして、午後三時ころまでは、本件都営アパートに遮られることなくその南西側壁面全体に照射し、その後北側から徐々に同アパートの日影になり始めるが、同四時ころになっても、その一、二階とも北側半分が日影に入るのみで、南側半分は日没まで日影にはならない。
2 原告樋口建物に対する冬至の日における日照は、その南西側壁面に照射し始める時刻は従来と同じであるが、その後、午後一時三〇分ころ北側から本件都営アパートの日影になって遮られ始め、同二時ころには、その一、二階とも北側半分が日影に入り、同三時ころには一、二階とも完全に日影になって遮られる。
3 原告小川建物に対する冬至の日における日照は、同様に、その南西側壁面に陽の当り始める時刻に変りはないが、午後零時二〇分ころ北側から本件都営アパートの日影になって遮られ始め、その後徐々に影が伸びて、同一時三〇分ころには、一ないし三階とも完全に日影になって遮られる。
以上のとおりであって、原告樋口及び同小川各建物に対する日照は、全体的に考察して本件都営アパートの建設によって、従前より減少したことが認められるけれども、原告雪田建物に対する日照は、日照時間の点についてはむしろ建設前に比べて増加している程であり、全体的に考察しても、本件都営アパートの建設によって、従前もたらされていた日照を減少せしめたとは到底認められないのである。したがって、原告雪田の本訴請求は、既にこの点において理由がないから、その余の主張について判断するまでもなく、失当たるを免れない。
三 そこで、原告樋口及び同小川の各請求について以下に判断する。
ところで、居宅の日照は、快適で健康な生活に必要な生活利益であり、それが他人の土地の上方空間を横切ってもたらされるものであっても、法的な保護の対象にならないものではないけれども、建物の建築によりこれに隣接する建物の日照を妨げた場合、もとより、それだけで直ちに不法行為が成立するものではなく、権利者の行為が社会的妥当性を欠き、これによって生じた損害が、社会生活上一般的に被害者において忍容するを相当とする程度を越えたと認められるときに限り、その権利の行使は、社会観念上妥当な範囲を逸脱したものというべく、いわゆる権利の濫用にわたるものであって、違法性を帯び、不法行為の責任を生ぜしめるものと解するのが相当である(最高裁昭和四七年六月二七日判決参照)。
本件についてこれをみるに、
(一) ≪証拠省略≫によれば、本件都営アパートの所在地が、国鉄品川駅の南南東約六〇〇メートルの地点であり、この付近一帯は建築基準法上準工業地域の用途指定がなされていること、そしてこの付近一帯はかなり建物が密集した地域であって、三階建以上のいわゆるビルディングが散在し、その多くは事務所あるいは工場等として使用されていることが窺われ、また、その中にある木造平家あるいは二階建の建物は殆んど敷地いっぱいに建てられており、隣接する建物といわば軒を接する状態であることが認められる。そして、原告ら各建物もその中にあって、いずれも東側は文字どおり隣地建物と軒を接しており、右各建物間もそれぞれ密着と評し得る状態にあり、かつ、原告らがいずれも、従来本件土地上を通過して来る西日を唯一の日照として来たことは、当事者間に争いがない。
(二) 公営住宅法(昭和二六・六・四法律第一九三号)によれば、「地方公共団体は、常にその区域内の住宅事情に留意し、低額所得者の住宅不足を緩和するため必要があると認めるときは、公営住宅の供給を行わなければならない。」(同法三条)とされ、地方公共団体である被告が、右法条に則って、その施策をなすべき責務を負うことは明らかであるところ、≪証拠省略≫によれば、被告が都内在住世帯を対象に行なった昭和四三年度住宅需要実態調査によれば、一定の基準を設けて、住宅事情がこれより劣る客観的な住宅難世帯が、全世帯の二八・一パーセント(八三万三、八〇〇世帯)に達し、主観的に住宅困窮を訴える世帯は一〇一万七、〇〇〇世帯を数え、そのうち公的借家の賃借を希望する世帯は二〇万三、八〇〇世帯にまで及んでいることが明らかとなり、被告は、この需要を充たすべく、昭和四一年に制定された住宅建設計画法に基づいて、同年度に、第一期「東京都住宅建設五箇年計画」を策定したほか、同四三年一一月には「東京都中期計画」を策定して、これらに基づき、低額所得者層を対象とした第一種及び第二種の都営住宅を、昭和四一年度一万戸、同四二年度一万二、五〇〇戸、同四三年度一万五、〇〇〇戸、同四四年度一万六、〇〇〇戸をそれぞれ建設してきたこと、ところが、都営住宅の所在地は、その管理を効率的に行なうためにも一定の広さをもった土地が望まれる上、その居住者は低額所得者であるために職場と住居ができるだけ近いこと(いわゆる職住近接)が要請されるところ、東京及びその周辺においては、近来土地価格の異常な高騰に伴い、用地の取得が極めて困難となったため、被告としては、都有地を有効に利用すること、具体的には既存の公有施設の敷地に高層ビルディングを建設して、そこに既存の施設と都営住宅を併存させる方針をとることとなり、郡部よりも区部に、次第に多くの都営住宅を建設し、しかも、その殆んど全部を中高層化するに至ったこと、本件都営アパートもその一例であり、従来都営バスの車庫として利用されてきた本件土地上に北西側の他の一棟とともに、前記中期計画のうち昭和四四年度計画の一部として建設され、二棟で合計二六四戸の戸数を擁すること、本件土地の西側に接する公道を隔てた隣りの敷地には、既に被告が昭和四一年度に同じく都営バスの車庫を利用して建設した一一階建都営住宅(北品川アパート、二八〇戸)が存在すること、本件都営アパートの建設にあたっては、右のとおり、従来都営バスの車庫として利用されてきた本件土地の機能を維持することが要請され、本件都営アパートの一階部分を車庫として利用すると同時に、本件土地の西側に接する公道からバスが出入りし(これは、前記北品川アパートの敷地部分と一体として利用するためである。)、その中央で方向転換ができるようにする必要から、本件都営アパートをできるだけ本件土地の東側に寄せて建設すべく、当初現在位置よりも一・二メートル東側に建設する予定であったところ、原告らが昭和四四年夏ころ原告ら各建物に対する日照妨害の虞があるとして設計変更を申入れてきた(この事実は当事者間に争いがない。)ため、被告はこれを変更して、現在位置に建設するに至ったこと、がそれぞれ認められ、右認定を覆すに足る証拠はない。
(三) なお、本件都営アパートが、建築基準法その他の法令に違反していることの主張立証はなく、却って、≪証拠省略≫によれば、本件都営アパートは、建築物の敷地、構造及び建築設備に関する法律並びにこれに基づく命令及び条例又は建築基準法八八条に掲げる条項並びにこれに基づく命令及び条例の規定に適合することが認められる。
右(一)ないし(三)項において認定した事実関係のもとにおいて、本件土地の地域性、本件都営アパートの性格、被告の主観的意図、原告樋口及び同小川の阻害された日照内容等、本件に顕われたすべての事情に思いを至すとき、未だ、被告による本件都営アパートの建設をもって、社会的妥当性を欠き、これによって原告樋口及び同小川が蒙った前記の如き損害が、社会生活上一般的に被害者において忍容するを相当とする限度を越えたものとは認めるを得ず、したがって、これに対し違法との法的評価を加えることは相当でないといわざるを得ない。よって、被告の本件都営アパートの建設をもって不法行為にあたるとする原告樋口及び同小川の本訴各請求もまた、その余の主張につき判断するまでもなく、排斥を免れない。
四 叙上のとおりであるから、原告らの請求はすべてこれを棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 中田四郎 裁判官 佐藤栄一 萩尾保繁)
<以下省略>