東京地方裁判所 昭和46年(ワ)4618号 判決 1973年6月25日
原告
有限会社長谷川配管工業所
ほか二名
被告
玉木靴下株式会社
ほか一名
主文
被告らは各自、原告有限会社長谷川配管工業所に対し、三万〇四九六円、原告沖西藤夫に対し、四〇万九〇八二円および右各金員に対する昭和四六年六月一〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告高橋和夫の請求と原告有限会社長谷川配管工業所、原告沖西藤夫のその余の請求を各棄却する。
訴訟費用は、原告沖西藤夫と被告らとの間では、被告らの、原告有限会社長谷川配管工業所と被告らとの間では、これを八分し、その七を同原告の、その余を被告らの、原告高橋和夫と被告らとの間では、同原告の、各負担とする。
この判決は、原告有限会社長谷川配管工業所、原告沖西藤夫の勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一請求の趣旨
一 被告らは各自、原告有限会社長谷川配管工業所(以下原告会社)に対し二四万七〇〇〇円、同沖西藤夫に対し四一万九〇二八円、同高橋和夫に対し三〇万〇一〇八円および右各金員に対する昭和四六年六月一〇日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員の支払いをせよ。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決および仮執行の宣言を求める。
第二請求の趣旨に対する答弁
一 原告らの請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決を求める。
第三請求の原因
一 (事故の発生)
原告沖西と同高橋は、次の交通事故によつて傷害を受け、原告会社はその所有に属する事故車Bを損壊された。
(一) 発生時 昭和四四年五月二日午前一一時三五分頃
(二) 発生地 東京都墨田区緑一丁目二五番一〇号先交差点
(三) 事故車A 軽貨物自動車(六足立つ二三一〇号)
運転者 被告 永瀬
(四) 事故車B 軽貨物自動車(六足立せ九四三五号)
運転者 原告 高橋
同乗者 原告 沖西
(五) 態様 交差点出合頭の衝突。
(六) 傷害の部位と程度
1 原告沖西
背部打撲挫創、脳震盪症、右肘関節部打撲擦過傷。
昭和四四年五月二日から同年同月二一日まで入院、同年同月二二日から同年一一月二五日まで通院(実日数七八日)治療。
2 原告高橋
頸椎捻挫、頭部打撲、脳震盪症。
昭和四四年五月二日から同年同月三一日まで入院、同年六月一日から同年八月二三日まで通院治療。
二 (責任原因)
被告らは左の理由で、原告らが本件事故により受けた損害を賠償する責任がある。
(一) 被告玉木靴下株式会社(以下被告会社)
事故車Aの運行供用者であるから、原告沖西、同高橋に対して自賠法三条による責任。
被告永瀬を使用し、同被告が業務執行中、徐行義務違反の過失により事故を発生せしめたから、原告会社に対して民法七一五条一項の責任。
(二) 被告永瀬
交差点内に進入するに際し、徐行義務を怠つた過失があるから、民法七〇九条による責任。
三 (損害)
(一) 原告会社
事故車Bの修理費の見積りは二四万七〇〇〇円であつた。実際には修理をせずに五〇〇〇円で売却したので、右金額以上の損害を受けたが、右の限度で損害として請求する。
(二) 原告沖西
1 治療費 二一万八〇〇〇円
2 通院交通費 一万一三一〇円
3 休業損害 三六万九七一八円
一七一日間の休業を余儀なくされて、三六万九七一八円の損害を受けた。
4 慰藉料 三〇万円
5 填補
自賠責保険金四八万円の支払を受けたので、これを右損害金から控除する。
(三) 原告高橋
1 治療費 三五万九〇九六円
2 入院雑費 一万五七四六円
3 休業損害 一七万五二六六円
七四日間の休業を余儀なくされて、一七万五二六六円の損害を受けた。
4 慰藉料 二五万円
5 填補
自賠責保険金五〇万円の支払を受けたので、これを右損害金から控除する。
四 (結論)
よつて被告らに対し、原告会社は二四万七〇〇〇円、原告沖西は四一万九〇二八円、原告高橋は三〇万〇一〇八円と右各金員に対する訴状送達の日の翌日である昭和四六年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
第三被告らの主張
一 請求原因に対する認否
請求原因事実一の(一)ないし(五)は認めるが、同(六)と事故車Bが損壊されたとの主張は知らない。
請求原因事実二の(一)のうち被告会社が事故車Aの運行供用者であること、被告永瀬が被告会社の従業員であり、その業務執行中に事故を発生せしめたことは認めるが、被告永瀬に過失があるとの主張は争う。
請求原因事実三のうち自賠責保険金の受領(但し原告沖西は五〇万円受領)は認めるが、(一)、(二)の3と4、(三)の2、3と4記載の各金額を争い、その余は知らない。
二 抗弁
(一) 免責(被告会社)
本件事故は、広路を時速三〇キロメートルの速度で進行して来た事故車Aと狭路を時速六〇キロメートルの速度で進行して来た事故車Bとが衝突したもので、事故車Bを運転した原告高橋の徐行義務違反の過失によつて起つたものである。事故車Aを運転した被告永瀬の進行した道路は、原告高橋の進行した道路より明らかに広いから、同被告には徐行義務はなく、仮にあつたとしてもつくしているから、何ら過失はなく、また事故車Aには構造上の欠陥、機能の障害もなかつた。
(二) 過失相殺
仮に被告永瀬に過失が認められたとしても、原告高橋にも前記の過失がある(その割合は六割を下らない。)から、損害額を算定するについて斟酌すべきである。
(三) 相殺
仮に原告会社と原告高橋が被告らに対し、本件事故による損害賠償債権を有するならば、被告らも、また同原告らに対し、左のとおりの債権((一)被告会社は後記2の八万三七一二円。(二)被告らは後記3の三〇万円。)を有しているから、対当額において相殺する。
1 本件事故は、原告会社の従業員である原告高橋が、その業務執行中、被告の主張二の(一)記載どおりの過失により起したものであるから、原告会社は民法七一五条一項により、原告高橋は民法七〇九条により、本件事故による損害を賠償する責任がある。
2 被告会社は、右事故によつて、その所有する事故車Aを損壊され、修理費一三万九五二〇円の支出を余儀なくされ、同額の損害を受けたので、原告高橋の過失の割合(六割)に従つて、八万三七一二円の支払を求め得る。
3 被告らは、原告沖西に対して、既に五〇万円を本件事故による損害として賠償した。
本件事故は、原告高橋と被告永瀬(同被告に過失があると仮定して)の過失が競合して発生し、その結果原告沖西が損害を蒙むつたものであるから、被告らは、右既払金五〇万円の六割にあたる金額(三〇万円)を原告会社と原告高橋に求償する。
第四抗弁に対する認否
一 原告高橋に過失があるとの主張は争う。同原告は、時速一〇キロメートルの速度で進行し、左方より進行して来る事故車Aを発見し、その前を通過し終えられるものと判断して進行を続けたところ、被告永瀬が徐行義務に違反して交差点内に進入したために事故が発生したのである。
二 原告会社が、原告高橋を使用し、本件事故が、その業務執行中に発生したものであることは認めるが、原告高橋の過失は争い、被告会社の損害は知らない。
第五証拠〔略〕
理由
一 請求原因事実一の(一)ないし(五)は当事者間に争いがなく、〔証拠略〕によると原告沖西と同高橋がその主張どおりの傷害を受けて治療を受けた(但し原告高橋の入院は昭和四四年六月一七日まで)こと、原告会社代表者尋問の結果によると事故車が損壊されたことが各認められる。
二 被告会社が事故車Aの運行供用者であること、本件事故は、被告会社の従業員である被告永瀬が、その業務執行中に起したものであることは当事者間に争いがなく、被告永瀬には、左に述べるとおりの過失が認められる。
〔証拠略〕中(後記措信しない部分を除く。)によると次のとおりの事実が認められる。
(一) 本件事故現場は、清澄通り方面から緑二丁目方面に至る巾員八メートルのアスフアルト舗装道路(以下甲道路と云う。)と割下水通り方面から京葉道路方面に至る巾員一一メートルのアスフアルト舗装道路(以下乙道路と云う。)が交差する交差点内である。甲道路は東から西へ、乙道路は北から南へ通じ、いずれも歩車道の区別がなく、一方交通になつていて、交通は閑散である。
(二) 原告高橋は、事故車Bを運転し、甲道路上を清澄通り方面から、時速約一〇キロメートルの速度で進行して、本件交差点内に進入した。左方を確認したところ、乙道路上を割下水通り方面から進行して来る事故車Aを約一九メートル左斜め前方に発見したが、その前を通過できるものと判断し、その後は甲道路前方右端に駐車していた車両に注意したのみで、そのまま進行を続けたために、事故車Bの左側面部に事故車Aの前部が衝突し、事故車Bは横転した。
(三) 被告永瀬は、事故車Aを運転し、乙道路上を割下水方面から、時速約三〇キロメートルの速度で進行して、本件交差点の手前に差しかかつたところ、甲道路を清澄通り方面から進行し、既に交差点内に進入していた事故車Bを発見し(前出甲第一八号証の五によると本件交差点に一・九メートル入つたところから、事故車Aの左後輪によるスリツプ痕が始まつていることが認められる危険を発見してからブレーキが利き始めるまでに通常一秒間を要するものと考えられ、事故車Aの秒速は八・三メートルであるから、その車種より推測できる車長に鑑みて、被告永瀬は交差点に進入する前に事故車Bを発見したものと認めるのが相当である。)、急停止の措置をとつたが間に合わずに本件事故が発生した。
右のとおりの事実が認められ、〔証拠略〕中右認定に反する部分は措信できず、その他それを左右するに足りる証拠はない。
そこで右事実に基いて考えると、乙道路の巾員が甲道路のそれより広いことは明らかであるが、右事実の下において(乙道路が甲道路より交通が頻繁であるとの事情も認められない。)、両道路を対比した場合、乙道路が甲道路より明らかに広いとは云えない。
そうすると被告永瀬には、徐行すべき義務があり、それを尽さなかつた過失があることになる。
他方原告高橋にも、自己進行道路より巾員の広い道路を進行して来る事故車Aを認めながら、その前を通過できるものと軽信して、何ら回避措置をとらずに漫然と進行を続けた過失がある。
そして両者の過失を対比すると、その割合は、原告高橋が四、被告永瀬が六と解するのが相当である。
三 原告らの損害額は次のとおりである。
(一) 原告会社八万六三〇四円
原告会社代表者尋問の結果によると、事故車Bの修理費は二四万七〇〇〇円との見積りを受けたことが認められるが、他方右証拠によると実際には修理をしないで、廃車にして下取りに出したことが各認められるから、右修理費相当額をもつて本件事故による損害とすべきではなく、事故当時の価格によるべきである。
しかし本件の場合には、時価算定の資料はないから、定率法により算定するのが相当である。
原告会社代表者尋問の結果により事故車Bは、本件事故の約一年前に購入したこと、証人鈴木昭の証言により同車と同種の四三年型の車両の新車価格は三一万円であつたことが各認められるから、左の計算方式によると(大蔵省令によると同車の耐用年数は三年である。)一四万三八四〇円となり、これから下取り価格五〇〇〇円(原告会社代表者尋問の結果により認める。)を控除した一三万八八四〇円が本件事故による原告会社の損害となる。
三一万円×(一-〇・五三六)=一四万三八四〇円
なお事故車Bの購入価格が三五万三三七五円であつた旨の証拠〔証拠略〕があるが、鈴木証言によると右は車両価格のみではないとの事情が窺えるから、右金額を採用することはできない。
前記のとおり原告高橋にも、本件事故発生について過失があるから、被害者側の過失として斟酌し、損害額の四割を控除すると、被告らに請求できる金額は八万六三〇四円である。
(二) 原告沖西
1 治療費 二一万八〇〇〇円
〔証拠略〕により認める。
2 通院交通費 一万一三一〇円
〔証拠略〕により認める。
3 休業損害
〔証拠略〕によると同原告は事故前、昭和四四年二月から四月までの間に一五万五六七一円を下らない収入を得たこと、本件事故により同年五月二日から同年一一月二五日までの間休業し、その間何ら収入を得ていないことが認められるから、同原告の休業による損害額は左のとおり三五万九七七二円である。
一五万五六七一円÷九〇×二〇八=三五万九七七二円
4 慰藉料
前記傷害の部位・程度に鑑みて、原告沖西の苦痛を慰藉するには三〇万円が相当である。
5 填補
原告沖西が自賠責保険金四八万円を受領したことは同原告の認めるところであるから、これを右損害金より控除する。
被告らは更に二万円の弁済をしたと主張し、〔証拠略〕によると自賠責保険金五〇万が支払われたことが認められるが、同号証によると内二万円は原告沖西が本件において、支払を求めていない看護料として支払われたことが認められるから、右損害金より控除されるべきものではない。
なお本件全証拠によるも原告高橋の過失が、原告沖西にとつて、被害者側の過失に該当するとは認められないから、過失相殺はしない。
(三) 原告高橋
原告高橋の損害は、同原告の主張によると八〇万〇一〇八円であるが、同原告には前記の過失があるから、過失相殺をすると四八万〇〇六四円となり、自賠責保険金五〇万円(当事者間はその受領については争いがない。)で填補済である。
四 被告らの主張
(一) 免責(被告会社)
前記認定のとおり、被告永瀬には、本件事故発生について、過失があるから、その他の点について判断するまでもなく、被告会社の免責の主張は理由がない。
(二) 相殺
前記のとおり、原告会社は被告らに対し、八万六三〇四円の支払を求めることができるところ、被告らは、原告会社に対する債権をもつて相殺する旨の主張をしているので判断する。
1 本件事故により被告会社の受けた損害
原告の請求原因事実一の(一)ないし(五)記載どおりの事故(本件事故)が発生したこと、本件事故は、原告会社の従業員である原告高橋が、その業務執行中に起したものであることは、当事者間に争いがなく、原告高橋に過失があつたことは前記のとおりである。
〔証拠略〕によると事故車Aも本件事故により破損し、被告会社は、その修理費として一三万九五二〇円の支出を余儀なくされたことが認められる。
とすると被告会社は、原告会社に対して本件事故による損害として、前記被告永瀬の過失を斟酌し、右金額から六割を控除した五万五八〇八円の支払を求めることができる。
同一事故による相互の損害賠償請求権については、民法五〇九条の例外として相殺が許されると解されるところ、被告会社が相殺の意思表示をしたことは当裁判所に顕著であるから(被告会社の相殺の効力は、被告永瀬にも適用される。)、原告会社が、被告らに対して支払を求めることのできるのは三万〇四九六円である。
2 求償債権
被告らは、原告沖西に対して本件事故に基いて支払つた債務を、原告高橋の過失割合に従つて、共同不法行為者である原告会社に求償することができるから、右債権をもつて相殺に供する旨の主張をしているが、右債権は本件事故により相互に蒙むつた損害ではないから、民法五〇九条の例外に該当せず、同法に従つて相殺に供することはできない。
従つて他の点について判断するまでもなく、被告らの求償債権による相殺の主張は理由がない。
五 結論
以上のとおり被告らに対し、原告会社は三万〇四九六円、原告沖西は四〇万九〇八二円と右各金員に対する本件記録上訴状送達の日の翌日であることが明らかな昭和四六年六月一〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求め得るから、原告会社と原告沖西の請求を右の限度において認容し、同原告らのその余の請求と原告高橋の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 新城雅夫)