東京地方裁判所 昭和46年(ワ)70373号 判決
原告 前田機工株式会社
右代表者代表取締役 屋敷定雄
右訴訟代理人弁護士 野田純生
被告 野本久作
右訴訟代理人弁護士 伊藤末治郎
二 主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用を原告の負担とする。
三 事実
(一) 申立
1 原告 「被告は原告に対し三、二〇四、〇六六円およびこれに対する昭和四六年七月三日から支払ずみまでの年六分の割合の金員を支払え」との判決、仮執行宣言
2 被告 主文1項同旨の判決
(二) 当事者の主張・認否
Ⅰ 請求原因
1 原告は昭和四四年二月頃から訴外日東整備工業有限会社(以下訴外日東整備という)に対し自動車整備用機械工具類を販売して来たところ、右商品の売掛代金の支払のため同会社は別紙手形目録記載の約束手形四通を振出し、原告は現にこれを所持している。
2 右訴外会社の代表取締役である被告は同四五年六月一〇日原告に対し同会社が原告に対して負担する一切の債務につき連帯保証をなした。
3 よって被告に対し右手形金三、二〇四、〇六六円およびこれに対する本訴状送達日の翌日である同四六年七月三日から支払ずみまでの年六分の割合の遅延損害金の支払を求める。
〔被告の認否〕請求原因1、2認める。同3争う。
Ⅱ 抗弁(被告)その一
1 被告は昭和四六年七月二三日原告に対し連帯保証契約を強迫により取消す旨の意思表示をなし、同意思表示は同年八月五日原告に到達した。
2 すなわち、訴外日東整備は同四五年六月一〇日関連会社の倒産の連鎖により手形不渡りを出して倒産したのであるが、右倒産当時原告に対する債務は合計六、七一三、四九二円であった。
3 ところで被告は右訴外会社の代表取締役として同社の倒産を回避すべくその約一〇日も前から日夜徹して売掛金の回収に奔走したのであるが、その回収が十分にできず、結局手形不渡を出すに至った。ところが右手形不渡りを出した同日午後六時頃原告からは松沢隆二東京営業所長、大藪課長、山下福次らが訴外会社を訪れ、被告に債務の個人保証を迫り、被告がこれを拒否するにもかかわらず翌朝六時頃まで言葉はげしく「どうしても書かないなら空いている旅館を探してそこに連込んでどんなことをしても(保証する旨の念書を)書かせる」などと強迫した。そこで被告は右のように一〇日位も前から余り眠っておらず、また当日も一睡もさせられずに責め立てられ、ことに交通事故による傷害をもつ被告は心身ともに疲れ果てて拒否する能力も失い遂に連帯保証の約束をしたものである。
〔原告の認否〕 抗弁1のとおり意思表示のあったことを認める。同2認める、同3中原告方から松沢隆二らが訴外会社を訪れ被告と債務保証について話し合ったこと、その時間的経緯を認めるがその余を否認する。
Ⅲ 予備的主張(原告)その一
訴外日東整備は被告の個人経営であってその資本構成でも他人の資本は入っておらず、また人員構成でも役員はいずれも被告およびその家族のみであり、その事業所も被告の自宅だけであってその法人格はまったく形骸にすぎない。したがってその法人格は否認さるべきであって、原告の右訴外会社に対する債権の実質は被告個人に対する債権である。
〔被告の認否〕 否認する。
Ⅳ 同(原告)その二
かりにそうでないとするも、被告は訴外日東整備の代表取締役として誠実にその職務を執行し財産を管理する責任を負うものであるが、その任務に背いて放漫な経営をおこない、原告から訴外タカラ自動車株式会社(以下訴外タカラ自動車という)は危いから取引をしないように、とくに融通手形を交換しないようにと忠告されていたにもかかわらずこれを無視して約三、六〇〇万円にも及ぶ多額の融通手形の交換をおこない、その結果訴外タカラ自動車の倒産に伴って訴外日東整備をも倒産せしめ原告に債権回収不能による損害を与えた。これは被告の悪意または重大な過失によるものであるから有限会社法三〇条の三により本件債権額と同額の損害賠償を請求する。
〔被告の認否〕 否認する。
Ⅴ 抗弁(被告)その二
かりに被告の抗弁その一が認められないとするも原告は同四五年六月一〇日訴外日東整備から三和ポリシャ二九台ほか動産類五、九六二点合計五、八〇六、三一九円相当を持ち去ったので、同会社の右動産返還請求権に代る同額の損害賠償請求権を本件債権とをその当等額において相殺する。
〔原告の認否〕 抗弁中原告は被告主張の日時右訴外会社から三、〇三五、三六九円相当の動産の引渡しを受けたことを認めるがその余を否認
(三) 証拠≪省略≫
四 理由
(一)
1 請求原因1、2の各事実は当事者間に争いがなく、抗弁その一のうち被告が1記載のとおり意思表示したこと、同2の事実、および同3中昭和四五年六月一〇日午後六時頃原告方から松沢隆二東京営業所長、大藪課長、山下福次らが訴外日東整備に赴き、被告の個人保証について交渉し、右交渉が翌一一日早朝までかかったとの事実、抗弁その二のうち原告が右六月一〇日に訴外日東整備から三、〇三五、三六九円相当の動産の引渡しをうけた事実は当事者間に争いがない。
2 ≪証拠判断省略≫
(二)1 ≪証拠省略≫を総合すると、
(1)イ 訴外日東整備は昭和四三年頃より原告と取引するようになり、以後継続的に自動車整備用機械工具類を買受けていた。同四五年六月当時原告は右訴外会社に対し本件手形債権をも含めて計六、二三九、四三五円の売掛債権を有した。
ロ 一方訴外日東整備は訴外タカラ自動車と取引があり、その取引高は一ヶ月三〇~五〇万円程度であった。ところが被告は同訴外タカラ自動車からの依頼されるままに同会社と融通手形を交換するようになり、同四五年六月頃その額は三、六〇〇万円にものぼっていた。ところが訴外タカラ自動車が同年六月倒産したために訴外日東整備も手形の支払ができなくなり、同月一〇日相次いで倒産するにいたった。
ハ 訴外日東整備は被告がその代表者であるが、役員はいずれも被告の一族であって、また資本も自己資本のみであり、その事業所も被告個人の自宅(六畳、四畳半各一室)を兼ねている程度の小規模なものに過ぎなかった。なお被告自身は同四三年に交通事故で頸椎鞭打ち損傷、腰部捻挫の重傷を負い、その後の加療で一応治癒を見ていたものの右各傷害の後遺症が残り通院加療を継続していた。
(2) 訴外タカラ自動車が倒産のおそれがあることを知った被告は同四五年五月下旬頃より同会社に泊り込み、すでにその所在をくらましていた同会社の社長を探し求め自社の債権の回収に奔走していたが結局回収することができず、訴外日東整備も倒産せざるをえない羽目に陥んだ。そして被告はその間精神的緊張と不安感から幾日も不眠のまま過していた。
(3) 同四五年六月一〇日被告は訴外日東整備の現況を報告して今後の対策を協議しようと考え同会社の債権者に連絡した。同日午後六時頃原告をはじめとする債権者数名が被告宅に集まり、被告からそれまでの経緯の説明を聞いたが、債権者らは結局自分らの債権を確保するために当時訴外日東整備にあった在庫商品を他の債権者(とりわけ訴外日東整備の振出した融通手形の取得者)から差押えられないように各自の納品した分を引取ろうということになり被告の同意をえて(もっとも被告の同意が各債権者に一時保管のために預ける趣旨であったのか、あるいは返品処理として返却する趣旨であったのかは明らかではない)各債権者はいずれも自社の製品を搬出して持ち帰った。
(4) その後同日午後八時過ぎ頃より残った大口債権者である原告と訴外株式会社海南は被告とその対策を協議するうち、原告方から来ていた訴外松沢隆二、同大藪らは被告に原告の引取った在庫品を返品処理をすることと訴外日東整備の債務を被告が個人保証をすることを要求し、原告がこれを拒否するにもかかわらず延々と翌朝午前四時過ぎまで夜通し折衝が継続され、最後には前記松沢らは被告にボールペンを持たせるとか、用紙を差し出すとかなどし、さらには「高利貸が来てはまずいので旅館に連れていこう」などと、暗に被告を旅館に連込んででも保証する旨の念書を書かせる意志を示すなどし、結局前述のような経緯から身体的にも、精神的にも疲弊した被告をして保証念書を、しかも日付を昭和四四年二月一五日と遡らせて作成させた。
との各事実を認めることができる。≪証拠判断省略≫
2 右認定事実によれば原告の主張する保証は被告の窮迫困憊した状態でなされたものであり、自由なる意思表示とは認められえないのでその取消しを主張する抗弁その一は理由がある。
(三) つぎに原告の予備的主張につき検討する。
1 予備的主張その一は訴外日東整備は前(二)1(1)ハで記述したように小規模な企業であることは認められるが、しかしたんに右のような事実のみでは未だ法人格を否認する理由にはならない。(少くとも他にその法人格が濫用され、または他目的に悪用されているとか、また取引者が正当な理由のもとにその区分を知りえなかったなどの特段の事情を必要と考える)右主張は採用出来ない。
2 予備的主張その二は証人松沢隆二の尋問結果によっても同証人は訴外タカラ自動車との取引について被告に対し「密接な取引をしているんでしようか、そこに融手なんかはないだろうな……注意しないといけないよ」といった程度であって、融通手形一般は現在の取引上でもかなり広く見られるものであって、いつ頃から、いかなる事情により、いかなる形で被告が訴外日東整備の代表者として訴外タカラ自動車に対して融通手形を出していたのか(その金額は前記のとおり三、六〇〇万円にものぼり訴外日東整備の前記認定した企業規模に比べて可成大き過ぎこの点少くとも被告の過失を認めえようが)また双方の企業規模能力の詳細取引の経過なども明らかでない以上少なくとも被告の悪意または重大な過失を認定するまでには至らず、いまだ有限会社法三〇条の三に該当するものということはできない。
(四) そうすればその余の点につき判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないので棄却する。訴訟費用については民事訴訟法八九条適用
(裁判官 福島重雄)
<以下省略>