東京地方裁判所 昭和46年(ワ)7489号 判決 1974年10月18日
原告 伊与木勇
右訴訟代理人弁護士 河崎光成
同 宮地義亮
同 大河原弘
右河崎光成訴訟復代理人弁護士 鈴木國昭
被告 株式会社丹政
右代表者代表取締役 丹後直紀
被告 丹後直紀
右被告両名訴訟代理人弁護士 平松敏則
被告 有限会社 藤越
右代表者代表取締役 二宮泉
被告 二宮泉
右被告両名訴訟代理人弁護士 小関淑子
主文
被告有限会社藤越は原告に対し金二、五三五、五三三円及びこれに対する昭和四六年九月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告の被告有限会社藤越に対するその余の請求及びその余の被告らに対する請求は、いずれも棄却する。
訴訟費用は、原告と被告有限会社藤越との間においては、原告に生じた費用の一二分の一、被告有限会社藤越に生じた費用の三分の一を同被告の負担とし、その余を原告の負担とし、原告とその余の被告らとの間においては全部原告の負担とする。
この判決第一項は、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の申立
一 請求の趣旨
1 被告らは各自原告に対し金七、四六〇、四三九円及びこれに対する昭和四六年九月八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行の宣言。
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
(一) 主位的請求原因
1 伊与木速男は、昭和四五年一〇月八日被告有限会社藤越(以下被告藤越という)より金六〇〇万円を、弁済期同四六年一月七日、利息月五分の約で借受けることを合意し、右金額より貸付手数料名目で金三〇万円、向う一ヶ月間の利息として金三〇万円を天引され、残額金五四〇万円を受領した。
2 原告は、同四五年一〇月八日被告藤越との間で、速男の債務を担保するため、別紙物件目録記載の土地(以下本件土地という)の所有権を同被告に信託的に譲渡する旨の譲渡担保契約を締結し、その際同被告は、速男において期日までに債務を履行した場合は本件土地の所有権を原告に返還し、右債務不履行の場合には予めその旨を原告に通知したうえ本件土地を時価で売却し、売却代金と債務額とを清算して残額が生じたときは、これを原告に返還する旨を約し、同月九日、右譲渡担保の趣旨で、本件土地につき、同被告への所有権移転登記手続を了した。
3 速男は、被告藤越に対し前記借用金の利息として、昭和四五年一一月九日及び同年一二月八日それぞれ金三〇万円を支払った。
速男は、弁済期の翌日である同四六年一月八日同被告に利息金三〇万円を支払い、その際同被告から、一ヶ月分の利息を先払いしさえすれば元金の弁済期は当分の間猶予する旨の了解を得た。これにより、前記消費貸借は、弁済期の定めのないものとなった。
そして、速男は、同被告に対し、利息として、同年二月一三日金一二万円、同年三月四日金一八万円、同月一五日金三〇万円を支払った(以上により同年四月七日までの利息を支払ずみ)。
4 速男は、同年四月中旬、被告藤越から前記消費貸借に関する弁済の受領、猶予について代理権を与えられていた被告株式会社丹政(以下被告丹政という)の代表取締役である被告丹後から、同月分の利息の支払を暫時猶予する旨の了解をえ、同年五月上旬再び同被告から延滞利息の支払を同月二〇日まで猶予する旨の了解をえ、その際速男は同被告に、同日に元利金を併わせて弁済する旨を約し、同被告の承諾を得た。
5 したがって、昭和四六年五月一四日には、いまだ前記借用金債務の履行期は到来していなかったにもかかわらず、被告藤越の代表取締役である被告二宮と被告丹政の代表取締役である被告丹後は、右事実を知悉しながら、共謀のうえ、被告二宮において同日被告藤越を代表して本件土地を代金七一九万円で被告丹政に売却して所有権移転登記を了したうえ、更に被告丹後において同月一七日被告丹政を代表して本件土地を代金八百数十万円で有限会社並木不動産に売却し、その旨の所有権移転登記を了した。
6 仮に前記本件土地の処分当時前記借用金債務の履行期が徒過していたとしても、譲渡担保権者は、債務不履行の生じた後、債務者に対し担保物によって弁済を受ける旨の意思表示をなすことによってはじめて担保物の処分権を取得するものと解すべきところ、被告二宮及び同丹後は、原告に対し右意思表示をすることなく、前記のとおり本件土地を売却処分した。
7 したがって、被告二宮及び同丹後は、何らの権限なく、本件土地を売却処分し、原告の取戻権を侵害したものであり、これは、右被告らがそれぞれ被告藤越、同丹政の各職務の執行につきなした共同不法行為にあたるから、被告二宮、同丹後は民法七〇九条、七一〇条により、被告藤越、同丹政は同法四四条により、原告に生じた後記損害を賠償すべき責任がある。
仮に右主張が認められないとしても、被告藤越は、債務不履行(信託義務違反)の責任に基き、後記損害を賠償する義務がある。
8 原告は、昭和四六年六月一二日弁護士河崎光成に依頼して、有限会社並木不動産に対する本件土地の処分禁止の仮処分命令を得たうえ、同会社と交渉した結果、同年八月二〇日代金一、一五〇万円を支払って本件土地を買戻した。右により、原告は次の損害を蒙った。
(1) 前記本件土地の買戻代金一、一五〇万円より前記借用金債務の残金四、三三九、五六一円(別表(一)記載のとおり、前記支払利息のうち制限利息に超過する分を元本に充当、計算した金額である。)を差引いた金額七、一六〇、四三九円。
(2) 前記仮処分命令申請手続のため、同年六月一二日弁護士河崎光成に支払った費用及び報酬金三〇万円。
(3) 以上合計金七、四六〇、四三九円。
9 よって、被告らは原告に対し、各自、前記損害金七、四六〇、四三九円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年九月八日より支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
(二) 予備的請求原因
仮に被告藤越が、譲渡担保権の実行として本件土地を換価処分する権限を有していたとしても、次のように主張する。
1 被告藤越は、譲渡担保権の実行として、前記のとおり、本件土地を代金七一九万円で被告丹政に売却処分したのであるから、右売却代金額より前記債務額金四、三三九、五六一円を差引いた残額二、八五〇、四三九円を清算金として原告に支払うべき義務がある。
2 また、被告藤越は、担保物の換価処分にあたり、担保権設定者からの受託の趣旨に反して不当な処分をしないよう注意すべき譲渡担保契約上の義務があるのに、これを怠り、時価金三、三二〇万円(坪当り金四万円)相当の本件土地を被告丹政に金七一九万円という不当に廉価で処分したから、原告に対し右差額に相当する金二、六〇一万円の損害を賠償すべき義務がある。
3 被告二宮及び同丹後は、譲渡担保の目的物を不当に処分しないよう注意すべき義務があるのに、これを怠り、共謀のうえ、主位的請求原因5のとおり、本件土地を、一旦被告丹政に売却したうえ並木不動産に金八百数十万円という不当に廉価で処分し、右は右被告両名の共同不法行為にあたるから、右被告両名は民法七〇九条、七一〇条により、被告丹政は同法四四条により原告に対し本件土地の前記時価と右処分額との差額に相当する金二、四二〇万円の損害を賠償すべき義務がある。
4 よって、原告に対し、被告藤越は前記1の清算金及び2の損害金の内金四六一万円(ただし、清算金が1の金額に達しないときは、清算金との合計額が金七、四六〇、四三九円に充つるまでの内金)、合計七、四六〇、四三九円、その余の被告らは各自前記3の損害金の内金七、四六〇、四三九円、及び右各金員に対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年九月八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
二 被告藤越、同二宮の答弁
(一) 主位的請求原因に対する認否
1 主位的請求原因1は、貸付手数料金三〇万円の天引、伊与木速男の受領額が金五四〇万円であることは否認するが、その余の事実は認める。右受領額は金六〇〇万円より一ヶ月分の利息金三〇万円を天引した金五七〇万円である。
2 同2のうち、担保物処分前の原告への通知についての特約の点は否認するが、その余は認める。
3 同3のうち、原告がその主張のとおり利息を支払ったことは認めるが、その余は否認する。
4 同4のうち、被告藤越が同丹政に原告主張のような代理権を与えたことは否認し、その余は不知。
5 同5のうち、昭和四六年五月一四日、被告藤越の代表取締役である被告二宮が同藤越を代表して本件土地を被告丹政に代金七一九万円で売却したこと、原告主張の各所有権移転登記が経由されたことは認めるが、右処分当時債務の履行期が未到来であったこと、被告二宮と同丹後との共謀の事実は否認し、その余は不知。
被告藤越は、速男より昭和四六年四月七日までの利息を受領し、同日まで弁済を猶予したが、同日の経過により弁済期が徒過したので、譲渡担保権の実行として本件土地を処分したのである。
6 同6、7は争う。
7 同8のうち、速男の借用金債務額は争い、その余は不知。
(二) 予備的請求原因に対する認否
1 予備的請求原因1のうち、速男の債務額は争う。
2 同2のうち、本件土地の時価相当額は争う。本件土地の処分当時の正常取引価格は金八六〇万円とみるべきであり、これを短期間に換金する場合はその二割減以下になるから、被告藤越の処分額は不当ではない。
3 同3は否認する。
三 被告丹政、同丹後の答弁
(一) 主位的請求原因に対する認否
1 主位的請求原因1、2についての認否は、被告藤越、同二宮の認否のとおり。
2 同3は不知。
3 同4は否認。
4 同5のうち、被告丹政の代表取締役である被告丹後が同丹政を代表して、昭和四六年五月一四日被告藤越より本件土地を買受けた後これを有限会社並木不動産に売却し、原告主張の各所有権移転登記を経由したことは認めるが、その余は否認する。
5 同6、7は争う。
6 同8のうち、速男の借用金債務額は争い、その余は不知。
(二) 予備的請求原因に対する認否
1 予備的請求原因2のうち、本件土地の時価相当額は争う。
2 同3は否認する。
第三証拠≪省略≫
理由
一 伊与木速男が、昭和四五年一〇月八日被告藤越より金六〇〇万円を、弁済期同四六年一月七日、利息月五分の約で借受け、右金員より一ヶ月の利息金三〇万円を天引されたこと、原告が、同四五年一〇月八日、右速男の債務を担保する趣旨で、被告藤越に本件土地の所有権を譲渡し、その際同被告が、債務不履行の場合は本件土地を時価で処分し、処分額と債務額との差額を清算金として原告に交付する旨約し、翌九日右譲渡担保の趣旨で本件土地につき所有権移転登記を了したことは当事者間に争いがない。
原告は、前記消費貸借にあたり、被告藤越は、前記利息のほか貸付手数料名目で金三〇万円を天引したと主張するが、右主張に副う≪証拠省略≫は直ちに措信できず、かえって、≪証拠省略≫によると、被告藤越は、前記貸金六〇〇万円より利息金三〇万円を天引した金五七〇万円を速男に交付し、即時同人が右受領金のうち金三〇万円を、右貸借の媒介をうけた村上源一と被告丹政に対する手数料として同被告の代表者である被告丹後に支払ったことが認められる。
また、原告は、前記譲渡担保契約にあたり被告藤越は、譲渡担保権の実行として本件土地を処分するときは、事前にその旨を原告に通知する旨を約したと主張するが、右事実を認めるに足りる証拠はない。
二 ≪証拠省略≫によると、速男は、前記消費貸借の弁済期が徒過したも後、原告主張のとおり(主位的請求原因3)、昭和四六年四月七日までの利息を支払い、被告藤越より同日まで弁済の猶予を得たことが認められる(右利息支払の点は、原告と被告藤越、同二宮との間においては争いがない。)。しかし、右消費貸借が弁済期の定めがないものとなった旨、及び昭和四六年四月七日の徒過後更に速男が弁済の猶予を得たとの原告主張事実については、右主張に副う≪証拠省略≫は、≪証拠省略≫と対比して直ちに措信できず、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
そして、≪証拠省略≫によると、被告藤越は、昭和四六年五月一四日前記譲渡担保権の実行として本件土地を代金七一九万円で被告丹政に売却処分し、同被告は、同月一七日これを有限会社並木不動産に転売したことが認められるが(右被告藤越より被告丹政への売却処分の事実は、原告と被告藤越、同二宮との間に争いがなく、右事実及び被告丹政から並木不動産への転売の事実は、原告と被告丹政、同丹後との間において争いがない。)、前示のとおり、右本件土地の処分時には、すでに前記消費貸借の弁済期が徒過していたといわねばならないから、右本件土地の売却処分をもって、債務の履行期前における不当な処分であるという原告の主張は採用することができない。
また、譲渡担保権者は、債務の履行期が徒過した以上、担保権の実行として担保物を処分することができ、設定者との間の特約がないかぎり、事前に設定者に対し担保物を処分する旨を通知する義務があるものとは解されない。そして、右特約が認められないことは前示のとおりであるから、被告藤越において本件土地を処分するにあたり事前にその旨の通知を原告にしなかったことをもって、右処分が不当である旨の原告の主張は採用することができない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の主位的請求は理由がない。
三 次に、原告の被告藤越に対する清算金の支払請求について判断するに、原告は、前示のとおり利息制限法の制限を超える額の利息を支払っているので、制限超過分を元本に充当、計算すると、被告藤越が本件土地を処分した昭和四六年五月一四日当時の前記消費貸借の元金及び遅延損害金(年一割五分の利率)の合計額は、別表(二)計算書のとおり金四、六五四、四六七円となるので、被告藤越は前記本件土地の売却代金七一九万円より右金額を差引いた金二、五三五、五三三円を清算金として原告に支払うべき義務がある。
四 次に、本件土地の売却処分が不当な廉売であるとしてその損害賠償を求める原告の請求について判断するに、一般に、譲渡担保権者は、担保権の実行として担保物を処分したときには、処分代金と債務額とを清算して残額があれば、これを設定者に交付すべき契約上の義務があるのであるから、右清算義務を誠実に履行する前提として、担保物を不当に廉価に処分しないように注意すべき義務があるといわねばならない。
ところで、本件土地の前記処分時(昭和四六年五月一四日)の時価については、成立に争いがない丙第四号証(三菱信託銀行株式会社本店不動産鑑定士奥律敏夫ほか一名作成の不動産鑑定評価書)によれば金八六〇万円、成立に争いがない甲第一〇号証(株式会社日興不動産鑑定所不動産鑑定士栗原敏作成の不動産鑑定評価書)によれば金一、二七〇万円とそれぞれ評価されているが、右二つの鑑定評価書を比較検討しても、前者の鑑定評価を不当として排斥するに足りる理由は見い出し難い。そして、≪証拠省略≫によれば、本件土地は、小高い丘の一画にあり、これを有効に利用するためには、急傾斜地にかなり困難な宅地造成工事を施行して一般住宅用地として造成するほかなく、右宅地造成については各種の公法的規制があり、宅地として有効に利用できる面積の予測や宅地造成工事費用の見積も容易でない等のためその買手の範囲もおのずから限定されている土地であるうえ、本件土地の一部につき隣地所有権者が通行権を主張して争訟中であり、その帰趨によって本件土地の評価に相当の影響があること(前記丙第四号証によると右通行権が認められた場合有効利用面積が約二五平方メートル程度減少することが認められる。)が認められ、右事実によれば、本件土地は、一般的な市場性に乏しく、かつその適正な価格を算定することがかなり困難であるといわねばならない。そして、このような本件土地を、譲渡担保権者が担保権の実行として比較的短期間のうちに処分する場合には、通常の取引価格よりもある程度下廻った価格で売却したとしても、止むを得ないものといわねばならない。
右のような事情に、前記丙第四号証の記載自体によって明らかな、同号証の鑑定評価が前記通行権の問題を捨象した評価であることを考慮すると、被告藤越が、右丙第四号証の鑑定評価額である金八六〇万円の約八割強にあたる金七一九万円で、本件土地を処分したとしても、右処分が、譲渡担保権者としての前記義務に違反するといわねばならないほどの不当な廉価処分であるということはできない。
したがって、その余の点について判断するまでもなく、前記原告の損害賠償請求は理由がない。
五 以上の次第で、被告藤越は原告に対し清算金二、五三五、五三三円及びこれに対する本訴状送達の日の翌日であること本件記録上明らかな昭和四六年九月八日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。
よって、原告の本訴請求は、被告藤越に対し右金員の支払を求める限度で正当として認容し、右被告に対するその余の請求及びその余の被告らに対する各請求はいずれもこれを失当として棄却し、訴訟費用につき民事訴訟法八九条、九二条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 黒田直行)
<以下省略>