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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)7585号 判決 1978年9月29日

原告 斉藤英明

右訴訟代理人弁護士 福田拓

同 山本潔

被告 日本航空株式会社

右代表者代表取締役 朝田静夫

右訴訟代理人弁護士 竹内桃太郎

同 渡辺修

同 宮本光雄

同 山西克彦

主文

原告の請求をいずれも棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金五、八七二、一七二円及び内金八六三、九四六円に対する昭和四七年四月一日から、内金九八〇、四九〇円に対する昭和四九年四月一日から、内金一、六一二、三八二円に対する昭和五一年四月一日から、内金二、四一五、三五四円に対する昭和五三年四月一日から各完済まで年五分の割合による金員を支払え。

2(一)  (主位的請求)

被告は、原告に対し、各年の四月一日付で、昭和四二年四職級一四号俸、同四三年同一七号俸、同四四年五職級二号俸、同四五年同五号俸、同四六年同八号俸、同四七年同一一号俸、同四八年同一四号俸、同四九年同一七号俸、同五〇年同二〇号俸、同五一年同二三号俸、同五二年同二六号俸、同五三年同二九号俸の各格付をせよ。

(二) (予備的請求)

被告は、原告に対し、昭和四六年四月一日付で四職級二六号俸の格付をせよ。

3  訴訟費用は被告の負担とする。

4  1につき仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二主張

一  請求原因

1  原告は、昭和三二年四月日本航空整備株式会社(以下「日整」という。)に入社し、日整が昭和三八年一〇月被告と合併したので、現在被告の検査部試験課試験係に勤務している。

2(一)  原告の所属する日本航空労働組合(以下「日航労組」という。)と被告の間で昭和四二年一二月賃金体系(職務給)に関する協約(以下「本件協約」という。)が締結された。

本件協約の定めは、次のとおりである。

(1) 管理職(課長以上)未満を一職級を最下位、五職級を最上位とする五つの職級に、各職級を一号俸を最下位、四〇号俸を最上位とする四〇の号俸にそれぞれ区分する。

(2) 四、五職級に格付された者は、昭和四二年四月一日現在の基本賃金及び付加手当の合計額にその五パーセント分及び六〇〇円を加算した金額の直近上位号俸に格付ける。ただし、三職給に格付されたと仮定をして、入社時にさかのぼり再格付した基本賃金の四職級における直近上位号俸が前記号俸を上廻る場合には、この高い方の号俸に格付ける。

(二) 四職級格付に関しては、更に次のような事情がある。

(1) 被告は、昭和四三年四月の四職級昇格対象者として昭和三七年以前に大学を卒業した者を挙げている。

(2) 昭和四二年四月当時、被告会社地上職員の労働組合として、日本航空新労働組合(以下「新労」という。)、日本航空民主労働組合(以下「民労」という。)及び日航労組の三者があり、地上職員の八〇パーセント以上の者が加入していた前二者と被告との間で昭和四二年六月本件協約と同旨の労働協約が締結されたが、これに付帯して、「昇格有資格者の昇格は原則として三職級経験年数五年を中心として三年乃至七、八年程度に分布するよう運用する。」との覚書がある。右覚書は、労働協約の一般的拘束力により原告もその適用を受ける。

(3) 昭和三二年に大学を卒業して日整に入社した原告と同期の者五一名中四九名は新労に加入し、原告を含めて二名は日航労組に加入していたが、昭和四二年四月一日付で、右四九名中二一名が五職級に、二七名が四職級に、一名が三職級に格付された。

3  原告の昭和四二年四月一日の格付は、次の理由から、四職級一四号俸相当であった。

(一) 原告は、昭和三二年三月熊本大学電気工学科を卒業し、同年四月入社したから、昭和四二年四月当時入社後一〇年を経ている。

(二) 原告が昭和四二年四月当時担当していた検査部試験課における電気計測関係及び計量管理業務は、四職級相当のものであった。

(三) 原告は、昭和三六年から昭和三九年までの間にメリット(普通以上の昇給)一号俸を二回得ており、昭和四二年四月には同期の他の者と同等に昇給しているので、その勤務成績は、昭和四二年四月当時同期の者の少なくとも平均値の所に位置づけられていた。

(四) 原告の昭和四二年四月当時の基本賃金及び付加手当の合計額は、五四、四八三円であった。

(五) 右金額の三職級における直近上位号俸は、二九号俸(五四、八七六円)であり、これに協約所定の五パーセント分及び六〇〇円(合計三、三二四円)を加えると、五八、二〇〇円になるので、その四職級における直近上位号俸は、一四号俸(五八、八〇二円)である。

4(一)  本件協約によれば、成績標準程度の者の定期昇給は、毎期三号俸である。

(二) 原告の昭和四二年四月以降の成績は、少なくとも標準程度であったから、原告は、昭和四三年四月一日当然に四職級一七号俸に昇給した。

5(一)  被告は、昭和四三年度の五職級昇格対象者として昭和三四年以前に大学を卒業した者を挙げており、昭和四四年度において昭和三二年に大学を卒業して日整に入社した者五一名は、管理職一名、五職級三九名、四職級九名、三職級二名の分布を示している。

(二) 原告は、昭和三二年に大学を卒業した者であり、右三九名の五職級職員に比して遜色がないから、昭和四四年四月一日付で当然に五職級二号俸に格付された。

6  原告の昭和四四年以降の成績は、少なくとも標準程度であったから、本件協約(前記4(一))により、原告は、昭和四五年から昭和五三年まで毎年四月一日別表1(ロ)欄記載のとおり昇給した。

7  しかるに、被告は、昭和四三年一月一九日、原告を昭和四二年四月一日付で三職級三五号俸に格付し、その後も別表1(イ)欄記載のとおりの職級号俸による賃金を支払うのみである(なお、昭和四八年度から最上位の号俸は、五〇号俸となった。)。

被告の右格付は、原告の経験年数、担当職務、勤務成績、同期の者の格付との比較等を無視する不当なものであるばかりでなく、原告は、昭和四三年から昭和四六年までの各昇給期に合計六号俸のマイナス調整をされたので、右損失は、二年分の昇給停止にあたる。

従って、被告は、原告に対し、別表1(ハ)欄及び別表2記載のとおり被告が支払うべきであった賃金と被告が現実に支払った賃金との差額(未払賃金)を支払う義務がある。

8  仮に原告が当然には原告主張の職級号俸を受けるべき地位に立たないものとしても、被告には、本件協約に基づき、別表1の(ロ)欄記載のとおり原告を格付けるべき労働契約上の義務があった。

しかるに、被告は、同表(イ)欄記載のような格付をして、右義務に違背した。被告の右債務不履行により、原告は、別表1(ハ)欄及び別表2記載の未払賃金額相当の損害を受けたので、被告は、これを賠償する義務がある。

9  被告が原告に対してした昭和四二年一月一九日以降の違法な格付は、原告が被告の嫌悪する日本航空整備労働組合及びその後身たる日航労組に加入し、被告の脱退工作にも原告が応じなかったためになされたものであり、被告は、故意又は過失により原告の原告主張の各職級号俸に格付されるべき期待権を侵害し、その結果原告は別表1(ハ)欄及び別表2記載の未払賃金額相当の損害を受けた。

10  そこで、原告は、被告に対し、(一)未払賃金請求、債務不履行による損害賠償請求又は不法行為による損害賠償請求として、別表2の合計五、八七二、一七二円及び昭和四二ないし昭和四六年度の合計八六三、九四六円に対する昭和四七年四月一日から、昭和四七、四八年度の合計九八〇、四九〇円に対する昭和四九年四月一日から、昭和四九、五〇年度の合計一、六一二、三八二円に対する昭和五一年四月一日から、昭和五一、五二年度の合計二、四一五、三五四円に対する昭和五三年四月一日から(以上の起算日は、いずれも債務の履行期後である。)各完済まで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求めるとともに、(二)別表1(ロ)欄のとおり原告を格付ける義務の履行を求める。

なお、右(二)が理由がないとしても、少なくとも、被告には昭和四六年四月一日付で原告を四職級二六号俸に格付ける義務があったから、原告は、被告に対し、予備的にその旨の請求をする。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2(一)の事実中、(2)は否認し、その余は認める。

同2(二)(1)の事実は認める。

同2(二)(2)の事実中、覚書の存在は否認し、その余は認める。

同2(二)(3)の事実は否認する。昭和四二年六月当時、原告と同期で日整に入社した者は四九名、そのうち新労に所属する者は四七名で、二〇名が五職級に、二六名が四職級に格付されていた。

3  同3(一)の事実は認める。

同3(二)の事実中、原告の担当業務が四職級相当のものであったことを否認し、その余は認める。

同3(三)の事実中、原告の勤務成績が昭和四二年四月当時同期の者の平均値の所に位置づけられていたことを否認し、その余は認める。

同3(四)の事実は認める。

同3(五)の事実は否認する。

なお、本件協約上、四職級への昇格は、当該社員が現職級経験年数、成績考課歴及び昇格適性考課の要件を満たしているかどうかを被告において総合評定し、一定の基準に達していると認められて初めて「昇格有資格者」となるに過ぎず、現実に四職級に格付された地位を取得するためには、被告のする四職級への任用発令が必要であり、その発令は、被告が当該社員を四職級という組織上の地位に組み込み、同職級に要求される程度及び内容の労務に服せしめることをも意味するので、被告の裁量にかかるものであるから、原告が一定の要件を備えた場合当然に四職級の地位を取得するものでもなければ、被告に原告を四職級に格付する労働契約上の義務があるわけでもない。

4  同4(一)の事実は認め、(二)の事実は否認する。

5  同5(一)の事実中、被告が昭和四三年度の五職級昇格対象者として昭和三四年以前に大学を卒業した者を挙げていたことは認めるが、その余は否認する。昭和四四年度において昭和三二年に大学を卒業し日整に入社した者は四九名で、そのうち五職級が三八名、四職級が九名、三職級が二名である。

同5(二)の事実は否認する。

なお、五職級への昇格の性格も前記2で四職級への昇格について述べたことと同様である。

6  同6の事実は否認する。

7  同7の事実中、被告の原告に対する現実の格付及び支払賃金額は認めるが、その余は否認する。

8  同8及び9の事実は否認する。

三  抗弁

1  仮に被告に原告主張の未払賃金債務があるとしても、本件訴訟の提起された昭和四六年八月三〇日より二年以上前のもの、即ち昭和四四年八月三〇日以前のものは時効により消滅したので、被告はこれを援用する。

2  仮に昭和四三年一月一九日に原告を四職級一四号俸に格付しなかったことが不法行為になるとしても、右同日をもって不法行為は完了し、その後現実に原告が受領する賃金額と受領しうべきであった賃金額との差額の損害が右同日直ちに発生したのであるから、不法行為による損害賠償債権は、昭和四六年一月一八日をもって時効により消滅したので、被告は、これを援用する。

四  抗弁に対する答弁

原告は、被告が昭和四三年一月一九日にした格付に対し、同月三〇日苦情申立を行った。被告は、同年三月五日これに対する回答をしたが、原告は、これを不服として更に異議申立を行い、同申立は、それ以来被告の苦情処理委員会において検討中で、未だ回答がない。従って、被告のした右格付は未確定であるから、これについて時効は進行しない。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。

二  《証拠省略》によれば、次の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

1  被告と合併前に日整で行われていた賃金制度においては、担当職務と賃金の結付きはみられず、社員の学歴と卒業年度に基いて資格を決定し、毎年四月一日人事考課に基いて右資格に応じて設けられた成績ごとの昇給額を加算する方法により昇給を行うという制度がとられており、この制度が、合併後も、新賃金体系についての労働協約が被告と日航労組を含む労働組合との間で締結されるまで維持されていた。

2  原告の所属する日航労組と被告との間で昭和四二年一二月賃金体系(職務給)に関する本件協約が締結された(この事実は、当事者間に争いがない。)が、そこで定められた賃金制度(主として技術職について)は、次のとおりである。

(一)  職群を事務職群、技術職群等五つの職群に区分するが、賃金体系は、同一体系を適用する。

(二)  職級を五職級とし、同一職級内においては号俸制を採用する。

(三)  技術職群は、主として自然科学的分野の素養を基礎として、航空機材の質的水準の維持・管理に関わる整備・修理作業の方式の調査・研究・企画・調整を行う職務及び航空機の安全かつ効率よき運航のために必要な機上及び地上における業務について調査・研究・企画・調整を行う職務である。

(四)  技術職群においては、一職級は初級技術職員、二職級は中級技術職員、三職級は上級技術職員、四職級は技術主任又は班長、五職級は係長又は課長補佐とする。

右職級のうち四職級までの職務の内容は、次のとおりである。

初級及び中級技術職員は、いずれも上級者の概括的指示を受け、又は予め定められた手続若しくは慣行に従い、定型的日常業務を遂行するものであり、前者については職務の遂行にあたり判断を必要とする事態は少ないが、後者については、その遂行すべき業務がやや複雑であるため、職務の遂行にあたりある程度の判断を必要とする。

上級技術職員は、上級者の一般的指導監督のもとに、限られた範囲の判定的日常業務を遂行するとともに、定型的、反覆的日常業務を遂行する下級者を指導しながらその業務の遂行もはかる職務又はその都度指示を受けて技術管理、生産管理、品質管理等に関する企画、調査、研究、折衝等を遂行することもある職務であり、その職務の遂行にあたりやや高度の判断を要する。

技術主任は、上級者の概括的指示を受け、技術管理、生産管理、品質管理等に関する企画、調査、研究、立案、折衝等のやや複雑、困難な専門業務又は複雑、困難な限られた範囲の専門業務を単独若しくは下級者を指導しながら遂行する職務であり、その職務を遂行するにあたり、相当高度の判断を必要とする。

班長は、主として技術管理、生産管理に関する係に所属し、係長の一般的指導監督のもと日常業務の統轄、指導、監督を行うとともに、非定常的で、複雑、困難な異常事項の処理、業務の円滑な運営のための社内外組織との定例的な折衝、調整を行う職務であり、その職務の遂行にあたり相当高度の判断を必要とする。

(五)  定期採用者で標準の場合、大学卒業の男子については、勤続年数一年、標準年令二三才で二職級へ、勤続年数三年、標準年令二五才で三職級へそれぞれ昇格を行う。

四、五職級への昇格は、現職級経験年数(原則として最短三年)、成績考課歴(過去三か年につき)及び昇格適性考課(本人が上位の職級に任命された場合に期待しうる適性度を主眼として人格識見、企画力、折衝力、業務処理能力、生産性意欲、指導統率力又は専門的知識の諸要素について行うもの)に基き、総合評定により一定の基準に達する者を昇格有資格者とする。

(六) 号俸は、各職級につき一号俸から四〇号俸までとし、成績考課に応じて一ないし四号の定期昇給を行う。

(七) 本件協約は、昭和四二年四月一日から実施する。

以上の事実によれば、本件協約により定められた賃金体系においては、従前と異なり職務と賃金とが制度上結び付けられ、社員は、一定の職務が命じられることによりそれに対応する職級に格付けられ、更にその職級内で昇給が行われる仕組となっており、その中でも、一ないし三職級は、いわゆる非役付社員で、勤続年数の経過が中心的な要素となって上位の職級に格付けられるのに対し、四、五職級は、いわゆる役付社員で、被告が社員の勤続年数以外の要素も考慮した上で当該社員を一定の職務に任命することが昇格の要件となっているものということができる。

そして、前記認定事実によれば、昭和四二年四月一日付で行われた格付は、同日現在における各社員(管理職未満)の担当職務の決定の性質を有し、同日までに現実に担当していた職務と決定された職級の職務とが異なる場合は、担当職務の変更が行われたものと解すべきものであるが、証人武田登志男の証言によれば、被告は、各社員の入社以来の年数を基に三職級までの格付を行い、更に当時の担当職務、職務への適性及び能力を考慮して、四、五職級への格付を行うという方法をとったが、結果的には、同日現在各社員が担当していた職務を原則としてそのまま引続いて担当させることとなり、その職務に対応する職級を決定し、更に本件協約所定の方法によりその職級内の号俸を決定したことが認められる。

三  そこで、原告の昭和四二年四月一日付の格付について検討する。

《証拠省略》によれば、原告は、昭和四二年四月一日当時検査部試験課において、計量管理係長松崎俊一の下に中林一喜及び石井寛治と共に係員として配置され、同係長の指導監督を受けて、航空機諸部品の整備及び検査をするための計測機器(主として電気関係)の精度検査の業務に従事していたこと、原告の担当業務は、日整入社以来一貫して右精度検査の業務であり、その業務内容は、入社時から昭和四二年四月一日までの間、質的に変化したところはなかったことが認められ、被告が右同日付で原告を三職級三五号俸に格付したことは、当事者間に争いのない事実である。

右認定事実と前記二2(四)及び(五)で判示した一ないし三職級と四、五職級との質的な差異とを併せて考えると、原告の昭和四二年四月一日現在の担当職務が四職級(班長又は技術主任)以上の職務であったものとは認められない。

《証拠省略》によれば、原告が当時三名の係員中最年長で学歴も高く、他の二名を指導する立場にあったことが認められるが、このようなことは、三職級の上級技術職員の職務内容に含まれており、原告の担当職務が四職級に評価されるべきものとする根拠とはならない。

また、《証拠省略》によれば、原告は、昭和三八年一〇月一日「電気計測器精度検査基準(案)」を起案したこと、昭和三九年頃計量管理規則の改訂及び計測器管理基準の作成に関与したことが認められるが、右のような職務も四職級以上の職員でなければ行えない職務とはいえず、同様に、原告の担当職務を四職級相当職務とする根拠にはできない。

その他、原告主張の請求原因2(二)の各事実もいずれも前記判断に影響を及ぼしうるものではない。

そうすると、被告が昭和四二年四月一日付で行った原告の格付は、同日現在の原告の担当職務に対応する職級が決定されたものといえるので、労働契約上何ら問題を生ずるものではないし、原告が同日付で担当職務が変更さるべきことを求めているものとしても、本件において、原告が被告に対し担当職務を四職級の職務に変更することを求めうる労働契約上の根拠は認め難いので、原告が同日付で当然に四職級に格付けられたこと又は被告に原告を四職級に格付ける義務があった旨の原告の主張は理由がない。

従って、これを前提とする原告の未払賃金請求、債務不履行による損害賠償請求及び格付を行うことを求める請求は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。

四  次に、原告の昭和四三年四月一日以降の格付について検討する。

原告の右同日以降の格付についての請求は、四職級又は五職級への昇格の請求を前提とするものであるところ、本件協約における上位の職級への昇格についての定めは、前記二2(四)及び(五)で判示したとおりである。

右の定めによれば、本件協約上、二職級及び三職級への昇格は、被告の行う昇格行為が必要ではあるものの、一定の勤続年数と標準年令に達している者については、これを昇格させる義務を被告が負っているものと解する余地があるのに対し、四職級及び五職級への昇格は、被告の行う昇格行為が必要であるだけでなく、一定の昇格基準に達している者でも昇格有資格者となるに過ぎず、被告がこれを当該職級に対応する職務に就けない限りは、昇格を行う余地はない制度となっており、しかも、社員が上位の職務に就けられることを求めうる旨の定めがないから、被告には、四職級及び五職級への昇格を行う義務もないこととなる。

なお、原告主張の請求原因2(二)及び5の各事実も、四職級及び五職級への昇格の性質が前記のとおりである以上、前記判断を妨げる事由とはなりえない。

従って、昭和四三年四月一日以降、原告が当然に原告主張の職級に格付けられたこと又は被告において原告を右職級に格付する義務があることを前提とする原告の未払賃金請求、債務不履行による損害賠償請求及び原告主張のとおり格付を行うことを求める請求(予備的請求を含む。)は、その余の点について判断するまでもなく、すべて理由がない。

五  最後に、被告の不法行為責任について判断する。

原告が昭和四二年四月一日以降別紙1(イ)欄記載のとおり現実に格付されていることは、当事者間に争いがなく、《証拠省略》によれば、原告は、被告から人格識見、生産性意欲又は指導統率力の面で四職級昇格基準に達しないと評価されたため、四職級の職務を与えられないでいることが認められる。

原告は、右のような被告の評価及び格付は、原告が被告の嫌悪する日本航空整備労働組合及びその後身たる日航労組の組合員であり、被告の脱退工作にもかかわらず、原告がこれに応じなかったためになされたものである旨主張する。

《証拠省略》によれば、昭和四〇年初め頃、被告の従業員間には、旧日本航空株式会社従業員の組織する日本航空労働組合と旧日整従業員の組織する日本航空整備労働組合とがあり、その後前者から民労と日本航空客室乗員組合が、後者から新労がそれぞれ分離独立し、前者及び後者のうち残留した者が更にその後日航労組を設立したこと、原告は、終始日本航空整備労働組合及び日航労組に加入していたこと、被告と右両組合との間には紛争が多かったこと、昭和四〇年一二月原告所属課の係長松崎俊一が日本航空整備労働組合から新労に移り、その頃及び昭和四三年二月原告に対しても同組合に移るよう勧誘したが、原告がこれに応じなかったことが認められるが、他方、《証拠省略》によれば、原告は、日航労組に加入しているとはいうものの組合活動には全く無関心な存在であったこと、原告と同期で当時日航労組書記長であった者が昭和四二年四月一日の格付で四職級になっていることが認められ、右事実を考慮すると、原告の昭和四二年四月一日以降の評価及び格付がその組合所属に由来するものと解することは困難である。

他に被告の評価及び格付が違法であると認めるに足りる事由はない。

なお、原告主張の昭和四三年から昭和四六年までの合計六号俸のマイナス調整も、《証拠省略》によれば、昭和四二年四月一日に本件協約の新賃金体系を適用したことに伴う当然の措置であったことが認められ、被告の格付を違法ならしめるものではない。

従って、被告の行った原告に対する評価及び格付に違法の点は認められず、その余の点について判断するまでもなく、原告の不法行為に基く請求も理由がない。

六  以上のとおり、原告の請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 桜井文夫 裁判官 福井厚士 仲宗根一郎)

<以下省略>

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