東京地方裁判所 昭和46年(ワ)870号 判決 1973年9月06日
原告
腰川藤三郎
腰川利
原告ら訴訟代理人
西幹忠宏
被告
木下正道
右訴訟代理人
中村光彦
主文
被告は原告腰川藤三郎に対し三〇六万〇五五〇円、原告腰川利に対し二八六万〇五五〇円及びこれらに対する昭和四六年三月九日から支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求を棄却する。
訴訟費用は、その一〇分の一を原告らの、その余を被告の各負担とする。
この判決の主文第一、第三項は仮執行することができる。
事実
第一 当事者の求める裁判
一 原告ら「被告は、原告腰川藤三郎に対し三六六万六、九四五円、原告腰川利に対し三四六万六、九四五円およびこれらに対する昭和四六年三月九日から支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決ならびに仮執行の宣言。
二 被告「原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
第二 当事者の主張
一 原告らの請求原因
(一) 事故の発生
亡腰川益雄は、昭和四三年一〇月二六日午後八時四八分頃、亡山田恵一の運転する普通貨物自動車(習志野一さ一九六号、以下本件自動車という。)の助手席に同乗していたところ、千葉県印旛郡印西町平岡一一九六番地先の国鉄成田線踏切において、本件自動車が訴外鈴木薫の運転する我孫子発成田行の下り気動車と衝突し、右恵一とともに即死した。
(二) 責任原因
被告は、本件自動車を所有し、これを自己のため運行の用に供していたものであり、亡恵一の使用者で、同人が被告の業務として本件自動車を運転し、前記踏切にさしかかつた際、一時停止して左右から進行してくる列車に対する安全を確認する注意義務があるのにこれを怠り、一時停止もせずに右踏切に進入した過失があり、これに因り事故が惹起されたのであるから、自賠法三条または民法七一五条により原告らの被つた損害を賠償する義務がある。
(三) 損害
1 亡益雄の逸失利益ならびに原告らの相続分
亡益雄は、死亡当時一九才の頑健な男子であつて、原告らと共に農業に従事していたところ、本件事故がなければ六三才に達するまで四四年間就労できたはずであり、収入の額はすくなくとも昭和四三年度全産業常用労働者の一九才男子の平均賃金である月額三万六、六〇〇円を下らないものと考えられ、その間の生活費は、収入の五割である。したがつて、右を基礎としてホフマン方式により年五分の中間利息を控除して算出した亡益雄の逸失利益の現価は五〇三万三、八九〇円となる。
原告らはそれぞれ亡益雄の父母として、亡益雄の逸失利益の賠償請求権を法定相続分に応じその二分の一である二五一万六、九四五円ずつを相続した。
2 葬儀費
原告藤三郎は、亡益雄の葬儀費として二〇万円の支出を余儀なくされた。
3 慰藉料
原告らは肩書地で農業を営む者であるが、益雄はその間に生れた唯一の男子であり、高卒後進んで農業に従事していたものであつて、原告らはその農業経営の跡継として将来を楽しみにしていた矢先、益雄を失いその落胆は大きく、その精神的苦痛は測り知れないほどであるが、これを慰藉するには各二〇〇万円が相当である。
4 弁護士費用
原告らは、弁護士である原告ら訴訟代理人に本件訴訟を委任し、報酬として九〇万円を支払うことを約した。
5 損害の填補
原告らは、本件事故による損害につき、自賠責保険から三〇〇万円受領し、これを原告ら前記損害に各一五〇万円宛充当した。
(四) よつて、被告に対し、原告藤三郎において三六六万六、九四五円、原告利において三四六万六、九四五円およびこれらに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和四六年三月九日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二 被告の答弁等
(一) 請求原因(一)のうち、原告ら主張の日時、場所において恵一と益雄の乗車する本件自動車と原告ら主張の気動車が衝突し、右両名が即死したことは認める。本件自動車運転者は、亡益雄であつて恵一はその助手席に同乗していたにすぎない。
同(二)のうち、被告が亡恵一の使用者であることは認め、その余の事実は否認する。
同(三)1の事実のうち、原告らが亡益雄の父母であることは認め、その余は争う。
同(三)2ないし4の事実は争う。
同(三)5の事実のうち、原告らが自賠責保険から三〇〇万円を受領していることは認める。
(二) 亡益雄は、事故当時、本件自動車を運転しており、自賠法三条にいう他人に当らないから、被告は同人の死亡に基く損害を賠償する責任はない。
第三 証拠<略>
理由
一原告ら主張の日時・場所において本件自動車が原告ら主張の気動車と衝突し、本件自動車に乗つていた恵一と益雄が即死したことは当事者間に争いがない。
そこで、右事故当時本件自動車を誰が運転していたかを次に検討する。
(一) <証拠>によれば、次の事実を認めることができる。
1 事故現場は、単線鉄道と非舗装道路がほぼ直交する踏切である。本件自動車は、向つて右側(気動車の進行方向から向つて、以下同様)から相当な速度で踏切に進入し、右気動車は数両編成で時速約八五キロメートルで進行し、右踏切にさしかかる直前非常制動をかけたが及ばず、本件自動車の左前部と衝突し、先頭車両が踏切から二五〇メートルを下らない地点で漸く停止した。右衝突により、気動車(列車)は、先頭車両の右前面窓ガラスが割れ、右側面中央部に凹損を生じるなどの損壊をみた。
2 一方、本件自動車は、衝突により線路右側土手下の田圃内に、線路とほぼ平行に、踏切側に先頭部を向け、車体左側を下にして転落した。そして、その内外を通じ、ことにその左前側部が激しく損壊されている。就中運転台は、左側(助手席)扉が殆ど原形をとどめず、車両本体と辛うじてつながつている状態であり、前面のフロントガラスは全面割れて存せず、助手席(左側)は内側に変形し、助手席シートが曲つており、また、運転席および助手席後方に設けられているベッドのフレームも大きく変形していた。
3 本件自動車に乗つていた恵一、益雄の両名は、本件自動車から放り出され、衝突地点から約三〇メートル離れた地点にあり、うち一名は本件自動車の転落していた場所からその助手席側三、四メートルの地点に、他の一名は、同車左後方、後端から六メートル強の地点に飛ばされていた。
4 右二名のうち、恵一は左右側頭部挫創、脳内出血の傷害を受け、顔中血だらけの状態で発見され、額や頭髪中にはガラス破片が多数入つているほか、左頸部に大きな損傷があり、益雄は身体ことに頭部顔面の損傷が外見的に恵一に比しかなり軽微であつたが、左頸動脈部あたりに押しつぶされたような傷があり、左下腿部筋肉がひきちぎられたような傷があつた。
5 益雄の当時着用していたジャンパー、スポーツシャツの左肩から左肩下背部には、無数の穴があいており、着用していたズボンの左膝前面部と左腰背部にも鍵ざき傷が残つていた。
そして、以上の事実からすれば、本件自動車はその左前部助手席附近が前記気動車と激しく衝突し、本件自動車は右廻りに二七〇度ほど回転して前述のように転落し、その際乗つていた二名は左後方(助手席方向)に向う強い力を受けたものと一応推認することができる。
(二)1 前掲甲第四号証、成立に争いのない甲第六、第七号証によれば、本件自動車の助手席後部に取付けられたカーテンレールの取付金の上に血痕及びO型とみられる人の頭髪二十数本が発見され、右毛髪は先端、髄の形状、色素などの点で、益雄(A型)のそれと類似性に欠けることが認められ、また、前掲甲第八号証によれば、本件自動車の助手席左端上部の切れているところにO型とみられる毛髪若干が付着していたことが認められる。これら毛髪は、いずれも、恵一のもので、それが事故時の衝撃で右箇所に付着したものと一応推認でき、その位置からして、恵一が当時助手席にいた可能性が強いといえるが、前述のとおり恵一と益雄の二名(一名は運転席に、他の一名は助手席にいたものと一応考えられる。)とも衝突またはそれに引続く瞬間左方に強い力を受けたとみられ、むしろ、二名が前後して助手席の扉附近にたたきつけられたものとみるべき公算も大きいので、運転席にあつた者の毛髪が同所に附着していたとしても矛盾はなく、右事実だけで、恵一が助手席にいたものと断ずることはできない。
2 <証拠>によれば、本件自動車の助手席前面ダッシュボード上端から約二二センチメートル下方のドア取付金具付近に、その色調、組成等からみて事故当時益雄が着用していたズボンのものとみられる繊維片が付着していたことが認められる。この事実からすれば、事故当時助手席に益雄がいた可能性が強いといえるにしても、これだけで断定するほどの意味をもつものではないことは1に述べたと同様である。
3 前掲甲第五号証(警察庁技官鈴木勇作成の鑑定書)は本件自動車に乗つていた二名中、衝突地点ないしは、本件自動車の転落していた位置(助手席扉を指す)から遠くへ飛ばされていた者が助手席にいた方であると推断する(但し、この判断自体動かす余地のないものとはにわかに断定できない。)。そして、証人児島孝臣、同鈴木薫、同森田行一の証言、原告藤三郎本人尋問の結果によれば、事故直後衝突地点及び本件自動車の助手席の位置からより遠い場所で発見されたのは、益雄であるとみられる(疑う余地がないわけでない。)。この事実から、益雄が事故当時助手席にいたと断ずることはできないにしても、その可能性が強いといえる。しかし、また、恵一の傷害の部位および本件車左ドアの損傷からすると、恵一は助手席ドア部から車外へ転落したのではなく、前面フロントガラス部分から車外へ転落した可能性も全く否定することはできない。
4 前掲甲第五号証は、衝突の部位、態様、転落に至るまでの回転等の状況等に鑑み助手席の者の受けた損傷の方が大きいものと推断する。しかし、この推論も、前に気動車によつて、最初に、かつ、直接的な衝撃を受けたのが本件自動車の助手席附近である点においては首肯できないわけでないが、むしろ、気動車の質量、速度等に鑑み、本件自動車に与えられた衝撃の力は極めて大きいこと等からして、本件自動車内に在つた二名とも強烈な衝撃を受けたことが明らかであり、むしろ損傷の大小は事故時の姿勢等によるところもすくないとみられるので、この推論にはなお疑いの余地があり、これをもつて外傷の大きい者が助手席にあつたものと断定することはできない。しかも、本件の場合、両名のうち、いずれの傷が大きかつたかは、これを認めるに足る証拠はない。たしかに、外見上は前述のように恵一の傷の方が重大に見えるが、これはガラスによる割創出血によるものと推認され、それだけでは決め手にはならず、逆に証人鈴木薫、同森田行一の証言によると、事故直後にあつては恵一の方が体温があり、同人は助かるのではないかとも考えられる状態であつたが、益雄の方は同時点で死亡していることが確認される状態にあつたことが認められ、それによると益雄の方が重大損傷を受けたとも推認されないでもない。
5 以上に述べたほか、事故当時本件自動車の運転者あるいは運転席にいた者がいずれであるかを明らかにし、あるいは推測させるような資料は見当らない。証人山田節の証言によると、事故前恵一および益雄が山田宅から出発する時は益雄が運転していたことが、また同証言および児島孝臣の証言によると、益雄が本件事故前にも本件自動車を運転していたことがあることが、いずれも認められるが、原告藤三郎本人尋問の結果によると、恵一および益雄は山田宅を出発後、本件事故現場近くの新井宅に寄つていたことが認められるので、右山田の供述等のみで、本件事故時の運転者を推認することはできない。
(三) 以上要するに、本件事故当時、本件自動車を運転していた者がいずれであるかにつき決定的な証拠はなく、またいずれかの可能性が大きいとする資料も叙上の程度であつてその累積による断定も到底可能といえない。
結局、事故当時、本件自動車に乗つていた二名の中、いずれがこれを運転していたかにつき、証拠上明らかにすることができない。
二被告が亡恵一の使用者であることは当事者間に争いがなく被告本人尋問の結果によれば、被告は、青果物仲買商であるが、本件自動車を所有し、恵一にこれを運転させて商品の運搬等の業務を行うほか、同車を同人に通勤等にも利用させていることが認められ、この事実によれば、被告は自賠法三条にいう本件自動車の運行供用者であつて、同条本文に定める責任を負うべき地位にある。
しかるに、亡益雄が同条に定める「運転者」であるか、あるいは運転者以外の「他人」に該当するかいずれとも明らかにすることができないことは一に述べたところである。この場合、自賠法一条に定める法の目的に鑑み、自動車の運行によつて生命・身体を害された者が運行供用者又は運転者に該当することが明らかとならない限り、同法三条の「他人」として保護されるものと解すべきである。
してみると、被告は、自賠法三条により本件自動車の運行供用者として、同車の運転者であると断ずることのできない益雄が本件事故により死亡したことに基き原告らに生じた損害を賠償すべき義務がある。
(亡恵一が事故当時本件自動車を運転していたことが明らかにならないので、同人の使用者である被告は、民法七一五条に基く賠償義務を負ういわれはない。)
三損害
(一) 亡益雄の逸失利益とその相続
<証拠>によれば、亡益雄は事故当時一九才で高等学校卒業後、原告らとともに農業(家業)に従事し、将来これを承継することが予定されていたことが認められる。
してみると、益雄は、事故にあわなければ、爾後六三才までの四四年間就労することができたはずであり、その収入額、生活費を控除した純収額はそれぞれ原告らの主張する月額三万六六〇〇円、同一万八三〇〇円を下らないものとみることができる。
これらを前提として益雄の逸失利益の昭和四六年三月八日の現価を同日以降判決言渡時までは単利、その後は複利により年五分の割合による中間利息を控除して計算すると四四四万一一〇〇円となる。
原告らが益雄の父母であることは当事者間に争いがなく成立に争いのない甲第二号証によれば、原告らのほかに相続人のないことが明らかである。よつて、原告らは、益雄の逸失利益賠償請求権をその二分の一である二二二万〇五五〇円ずつ相続取得したもものである。
(二) 葬儀費
原告藤三郎本人尋問の結果によれば、原告藤三郎は、亡益雄の葬儀を行つたことが認められ、これにより葬儀費として二〇万円を下らない支出を要したものと推認され、右支出は本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。
(三) 慰藉料
既述した益雄の年齢、職業、原告らとの関係その他本件に顕われた諸事情を考慮すると、原告らの被つた精神的損害に対する慰藉料の額は原告ら各二〇〇万円を下らないものと認めるのが相当である。
(四) 弁護士費用
弁論の全趣旨によれば、原告らは本件損害賠償の任意支払を受けることができず、本訴訟の提起追行を弁護士である原告ら訴訟代理人に委任し、その報酬として原告ら主張の金員の支払を約したことを認めることができ、本件事案の内容、審理経過、認容額等に照らし、右金員のうち、原告らが被告に対し事故に基く損害として賠償を求めることができる額は、昭和四六年三月八日の現価において原告らそれぞれ一四万円と認めるのが相当である。
(五) 以上合計、原告藤三郎分四五六万〇五五〇円、同利分四三六万〇五五〇円
(六) 損害の填補
原告らが本件事故による損害につき自賠責保険から三〇〇万円を受領したことは当事者間に争いがなく、右金員は原告らにそれぞれ一五〇万円ずつ充当されたものというべきである。
四結論
よつて、原告らは被告に対し右損害合計額から填補額を差引いた金額(原告藤三郎が三〇六万〇五五〇円、同利が二八六万〇五五〇円)及びこれらに対する本訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和四六年三月九日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求めることができる。そこで本訴請求は、右限度において認容し、その余は理由がないので棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言につき同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(高山晨 田中康久 玉城征四郎)