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東京地方裁判所 昭和46年(ワ)931号 判決 1974年6月28日

主文

被告は、原告甲野花子に対し金三〇〇万円、同丙原春子に対し金三〇万円、同甲野夏子及び同甲野秋子に対し各金五〇万円並びに右各金員に対する昭和四六年二月一四日からそれぞれ完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の、その余を原告らの各負担とする。

この判決は原告らの勝訴部分にかぎり、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告ら

(一)  被告は、原告甲野花子(以下「原告花子」という。)に対し金五〇〇万円、原告丙原春子(以下「原告春子」という。)に対し金二〇〇万円、原告甲野夏子(以下「原告夏子」という。)同甲野秋子(以下「原告秋子」という。)に対し各金一〇〇万円及びこれらに対する昭和四六年二月一四日から完済まで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言。

二  被告

原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。

との判決。

第二  当事者の主張

一  原告ら

(一)  原告花子は、訴外甲野一郎(以下「訴外一郎」という。)と昭和二二年七月七日事実上の結婚をし、翌二三年七月二〇日婚姻届を了し、その間に原告春子(昭和二三年八月一五日生)、同夏子(昭和三三年九月一三日生)、同秋子(昭和三九年四月二日生)の三女をもうけて、平和な家庭生活を営んでいた。

(二)(1)  被告は、昭和三二年ころ、銀座所在のアルバイトサロン「明日では遅すぎる」でホステスをしていたが、このころから訴外一郎に妻子のあることを知りながら同人と情交関係を結び、昭和三九年六月六日同訴外人を唆して家出させ、以来同人と同棲して不倫関係を継続して今日に至つている。

(2)  又、被告は、訴外一郎との性関係においてあえて妊娠し、出産すれば原告らに影響を及ぼすことを承知しながら、同訴外人の反対を押切つて、昭和三五年一一月二一日訴外乙山冬子(以下「訴外冬子」という。)を出産し、その後一郎に認知を要求し、同三九年五月四日に至り同人をして訴外冬子の認知をさせた。

(3)  以上のとおり、被告が、不倫な誘引によつて訴外一郎と同棲し、かつ、同訴外人に対し訴外冬子の認知を求めたことにより、原告花子は夫の貞操を要求する権利を、原告春子、同夏子、同秋子は父の保護を求める権利を、それぞれ奪われた。その他原告らは妻として、子として、夫、父とともに共同して家庭生活を営むことを求める親族権、精神的平和を侵害された。

(三)(1)  原告らは、昭和三九年二―三月ころ、氏名不詳の女性から電話で、訴外一郎と被告との右関係や訴外冬子のことを知らされ、筆舌に尽し難いシヨツクを受けた。殊に、当時、原告秋子の出産を間近に控えていた原告花子は、胎児が逆子となり大変苦しい出産を余儀なくされた。

(2)  原告花子は、訴外一郎の家出後、娘の原告春子、同夏子、同秋子をかかえて思うように働くこともできず、一時は右原告らを各別に知人宅に預け一家離散の悲境に陥つた。原告花子は、昭和四〇年五月ころ訴外一郎の借金の返済と生活のため、それまで居住していた世田谷区奥沢の家屋敷を売却して肩書現住所に移転したが、訴外一郎からの送金も乏しく、生活維持のため、しばしば質屋通いもした。又、原告春子は、感受性の強い年ごろであつたため、父の家出に悩み勉強も手につかず一時は自殺を考えた程であつた。原告春子は、最近結婚したが、それまでは結婚適令期にありながら父がこのような有様であり、また、戸籍上には認知された異母妹の記載があるため、縁談にも差支える状態にあつた。原告夏子、同秋子についても原告春子と大同小異の苦痛を受けている。

(3)  被告は昭和三九年七―八月ころ訴外一郎の助力により資本金約三〇〇万円で銀座にバー「雪」を開業し、従業員七名を擁して現在も引続き営業している。

(4)  被告は、前記不法行為により原告らの受けた精神的苦痛を慰藉する義務があるが、その額は、原告花子が金五〇〇万円、原告春子が金二〇〇万円、原告夏子、同秋子が各金一〇〇万円をもつて相当とする。よつて、原告らは被告に対し、右各金員及びこれらに対する不法行為後の本訴状送達の日の翌日たる昭和四六年二月一四日以降支払ずみに至るまで、民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(四)  被告の主張に対する答弁

被告主張(1)のうち、訴外一郎が自動車販売業をしていたこと、原告花子が昭和三一年ころ「メイフラワー」に働きに出たことは認めるが、その余は否認する。原告花子は、訴外一郎から熱烈な求愛をうけて結婚するに至つたもので、結婚後よく夫に尽してきた。訴外一郎の父甲野太郎は紡績、鉱山、不動産などの事業を手がけ、大阪市議会の副議長もつとめた人物であつたが、妾を常に数人蓄えていたため、一郎の異母兄弟は一六人に及ぶという極めて複雑な家庭であつた。このような異常な家庭に育つた一郎は自らもそのことに悩み、何よりも愛情に満ちた堅実な家庭を築くことをモツトーにしていた。一郎は、二女である原告夏子の懐妊を知つた時は、殊の外喜んで原告花子の体を気遣つてくれた、原告花子と一郎との間に風波が生ずるようになつたのは、昭和三九年初めころ原告花子及び同春子が被告及び訴外冬子の存在を知つてからである。それまで一郎は被告の存在を原告花子にひた隠しにしていた。原告花子が「メイフラワー」に働きに出たのは二ヵ月間くらいであつたが、一郎もこれについて反対はしなかつた。同(2)の(イ)(ロ)は否認ないし争う。原告花子が訴外一郎との間で協議により事実上の離婚をしたこともないし、被告の責任を免除したこともない。もつとも、訴外一郎が昭和三九年一一月ころ原告花子に対し「慰藉料金一、〇〇〇万円を支払う」と言つたことはあるが、これは一時的感情のもつれから出たもので同人の真意に基くものではない。又、被告主張の不動産は、名義は原告花子であり、実質上は同原告と訴外一郎との共同所有であつた。そして、同原告は、訴外一郎の家出後、同人の借金の処理のため右不動産を金四八〇万円で売却し、内金三〇〇万円を右債務の返済と原告らが現住所に移転する前の仮寓のアパート費用などに充て、残金一八〇万円は、原告ら現住家屋取得資金の一部に充当したもので、離婚給付金の内入ではない。同(3)、(4)は否認する。同(5)のうち、訴外一郎が養育費と原告春子の結婚費用の一部を負担したことは認めるが、その余は否認する。被告が負担した養育費の額は、昭和四一年から同四二年は月額金四万円から三万円程度で、一時は金一万五、〇〇〇円の時もあり、同四三年は月額金四万五、〇〇〇円であつた。その他の月は被告主張のとおりであるが、最近は金六万円に減額している。

二  被告

(一)  請求原因に対する認否

請求原因(一)のうち、原告花子が原告主張の日訴外一郎と事実上の結婚をし、婚姻届を了し、その間に原告らの三子が出生したことは認めるが、その余の事実は知らない。同(二)の(1)のうち、被告が原告主張のサロンで訴外一郎を知り、その主張のころから同訴外人に妻子のあることを知りながら性関係をもち現在同棲していることは認めるが、その余は否認する。同(2)のうち、原告主張の日訴外一郎によつて訴外冬子を懐胎出産し、訴外一郎が原告主張の日右冬子を認知したことは認めるが、その余は否認する。訴外一郎は、被告が出産することを認め、原告春子が高校入学後に認知手続をすることを約束し、そのとおり実行したのであつて、被告が強引に認知手続を求めたものではない。同(3)は争う。同(三)の(1)は不知、同(2)のうち、訴外一郎から原告らへの送金が乏しいとの点は否認し、その余は不知、同(3)のうち、被告がバー「雪」を経営していることは認めるが、その余は否認する。同(4)は争う。

(二)  被告の主張

(1) 原告花子は、訴外一郎と結婚後、一郎の仕事が自動車販売という自由業であつたため、生活が不規則になるのは止むをえないのに、これを理解しないで同人を家庭に縛りつけようとしたり、知人などを自宅に招くことを嫌い、時々ヒステリー状態となつて同訴外人を悩ませた。又、同原告は訴外一郎の仕事先に同人の信用を失墜させるようなことを通知して同人の仕事を妨害したり、同訴外人の肉親との交際を嫌うなど婚姻生活を円満に送るための努力を怠つた。そのため、夫婦間は徐々に亀裂が生じ、昭和三一年ころ原告花子が訴外一郎の止めるのも聞かずに銀座のバー「メイフラワー」に働きに出たことによつて決定的に破綻した。したがつて、被告が訴外一郎と情交関係に入つた昭和三二年当時は、原告花子と訴外一郎との婚姻関係は既に破綻していたから、原告花子には妻として、その余の原告らには子として法律上保護されるべき利益はない。

(2)(イ) 原告花子と一郎とは、昭和三九年六月ころ、同被告がヒステリー状態となつたことにより、婚姻関係が決定的に破綻し同居に耐えない状態となつた。そこで、両名は、離婚について話合い財産的な条件として、訴外一郎は原告花子に対し、離婚に伴う財産分与及び慰藉料として金一、〇〇〇万円を支払うこととし、一郎所有に属する世田谷区奥沢の不動産を花子に処分させ、その代金を右離婚給付金の内入れとし、別に原告春子、同夏子、同秋子に対する養育料として月額金六万五、〇〇〇円を支払うことの協議が整い、この時点で両者は事実上離婚をし、以来完全な別居生活に入つた。その際、原告花子と訴外一郎とは、被告の問題も含めて前記条件で解決したのであるから、被告の原告らに対する不法行為責任は右時点で消滅した。

(ロ) 仮にそうでないとしても、被告の原告らに対する不法行為責任は、原告花子と訴外一郎とが事実上の離婚状態に入つた昭和三九年六月から三年を経過した同四二年六月、時効によつて消滅した。

(3) 訴外一郎は被告との交際において、一生離れないし離さないといつて終始主導的立場で被告に働きかけてきた。被告は自由意思があるとはいえ、弱い立場で受動的にしか行動できなかつたし、一郎に引きずられるままに現在のような関係になつたもので、被告には原告花子の妻たる地位やその余の原告らの子たる地位を侵害しようという意図は毛頭なく過失もなかつたものである。

(4) 訴外一郎は、原告花子との婚姻生活に亀裂が生じて以来、浮気に走るようになり、被告との交際も当初は右程度を出づるものではなかつた。ところが、原告花子は、これを制止するどころか男の浮気は仕方がないものとして訴外一郎にも寛大でかつこれを放任していたため、一郎と被告との関係は深刻なものに発展し、遂に離れられないものとなつてしまつたのである。右両者がこのような関係になつたことについては原告花子に重大な落度があり、被告の法的責任を考慮する際にはこの点を相当程度斟酌すべきである。

(5) 訴外一郎は、昭和三九年六月原告花子と別居以来、原告春子、同夏子、同秋子の養育費として、昭和四一年には月額金四万五、〇〇〇円、同四二年には月額金五万円、同四三年から同四五年三月までは月額金五万五、〇〇〇円、同四五年四月から現在まで月額金七万円を、それぞれ送金し、その他原告春子の結婚費用も負担している。被告は訴外一郎の右金員支払いについて援助し協力しているのであるから被告の責任は軽減さるべきである。

第三  証拠関係(省略)

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