東京地方裁判所 昭和46年(借チ)35号 決定
〔主文〕1 申立人相手方間の別紙目録記載の土地に関する賃貸借契約の借地条件を次のとおり変更する。
(一) 土地の使用目的を堅固建物所有とする。
(二) 賃料を本裁判確定の日の属する月の翌月分から3.3平方米当り一ケ月四五〇円とする。
(三) 存続期間の終期を本裁判確定の日から三〇年後とする。
2 申立人は、相手方に対し、金三四五万円の支払をせよ。
〔理由〕(申立の要旨)
1 申立人は、相手方からその所有にかかる別紙目録記載の土地(以下本件土地という)を非堅固建物所有の目的で賃借中にして、同地上に木造瓦葺二階建店舗床面積一階83.47平方米(二五坪二合五勺)二階75.20平方米(二二坪七合五勺)を所有している。<中略>
(決定理由)
1 ……本件土地附近は、借地契約成立当時は大部分の建物が木造であつたが現在は堅固高層化の様相を呈し、契約時と土地の利用状況が変化しており、現に借地権を設定する場合は堅固建物所有を目的とするのが相当であると認められるので、本件申立は、これを認容すべきである。
2 附随処分
鑑定委員会は、本件申立が認容されることにより本件土地を最有効に使用することが可能となり、最有効使用により申立人の受ける経済的利益は具体的には借地権価格の増分であるので、借地権価格の増分相当額を申立人をして相手方に支払わしめる財産上の給付とするのが相当であるとする。
本件申立が許容されることにより、申立人は、鑑定委員会のいうように、本件土地の最有効使用に相応しい堅固建物を建築し、これを利用することができることになる。右建物は、前記木造の建物より耐用年数が長く、本件土地が第六種容積地区に指定されているので、その価格も著しく増大するので、右建物の建築により、本件借地権は、その存続が強化され、相手方の土地所有権は、借地権附着により受ける制限が従前よりも長期間にわたることになり、相手方にとり不利益となる一方、右建物使用により申立人の得る収益は従前より増加すべく、当事者に種々の利害を及ぼす。右利害のうち借地権存続の強化に因る相手方の不利益は、借地法の改正に起因するものであり、一般に、法律の制定ないし改正により既存の権利の内容が縮少される場合、これによる損失を補償すべきか否かは、法律自らが定めるべく、損失補償に関する法律の規定がない以上権利者は損失を甘受すべきものであるところ、借地権の存続強化により賃貸人の受けるべき損失補償につき、借地法はなんら規定しないのであるから、相手方の右不利益は、当事者間の利益の衡平を図る附随処分の対象とならないものと解する。申立人の利益となる収益増についてみるに、収益は、賃料の源泉であるとともに、土地の効用を左右するものであるので、収益増は、一面において賃料増額の要因となり、他面において借地権価格上昇の要因となる。借地権価格の上昇分は、本件土地の使用目的が非堅固建物所有から堅固建物所有に変更されたこと、すなわち、本件借地権の権利内容の変更の対価と見られるので、借地権価格の上昇分相当額を財産上の給付とし、賃料を収益の変化に応じ改訂することが当事者間の利益の衡平を図るために必要な処分といえるであろう。鑑定委員会が財産上の給付を最有効使用を前提とする借地権価格の増分に求めたのは、右の意味において賛成である。
しかし、鑑定委員会が示した借地権価格増分の求め方は首肯しがたい。鑑定委員会は、借地権価格を、不動産鑑定評価基準(以下評価基準という)のいうところと同じく、宅地の経済価値に即応した適正賃料と実際支払賃料との乖離の持続する期間を基礎にして成り立つ経済的利益の現在価値であるとの見解に立脚し、適正賃料及び実際支払賃料が将来にわたり不変であるとの仮定の下に、(一)適正賃料を更地価格の六%とし、(二)実際支払賃料を、使用目的変更の前後を区別することなく、一律に後記の改訂賃料とし、(三)借地権の存続期間を、堅固建物所有の場合は三〇年、非堅固建物所有の場合は二〇年とし、然る上で、適正賃料と実際支払賃料との差額に、それぞれ、利回り年六%三〇年、利回り年六%二〇年の複利年金現価率を乗じ、よつて求められる額の差が借地権価格の増分であるとする。
借地権に価格が発生しているのは事実であるが、借地権価格発生の理論的根拠を適正賃料と実際支払賃料との乖離に求め、借地権価格の具体的内容が右乗離の持続する期間を基礎にして成り立つ経済的利益の現在価値であるとすることには疑問をいだかざるを得ない。評価基準にいう適正賃料とは不動産鑑定評価の解説書(例えば、門脇惇著不動産鑑定評価要説)によれば、更地価格に資本利回りを乗じた純賃料に公租公課等の諸経費を加算したものとされているが(鑑定委員会が右の諸経費を加算しないのは誤りである)。右は地価が賃料の源泉であるとする考え方である。しかし、賃料は、土地を利用することにより得られる収益ないし借地人の収入から支払われるものであり、右収益ないし収入の一部が転化したものであるので、賃料の源泉は、収益ないし収入であり、地価ではない。地価形成の要素が賃料だけであるならば、地価は賃料を資本還元したものとなり、地価と賃料との間には相関関係が認められることになるので、地価を基準に逆に賃料を求めることもできるが、地価形成の要素は、評価基準によれば、(一)その不動産に対してわれわれが認める効用(二)その不動産の相対的稀少性(三)その不動産に対する有効需要の存在の三者にして、この三者の相関結合によつて地価が左右されるとしているのであり、賃料は、右のうち効用に関するものであり、地価形成には効用のほか、相対的稀少性及び有効需要の要素も加わるのであるから、更地価格に資本利回りを乗じた額に公租公課等の諸経費を加算したものが適正賃料であるとするのは理由のないことである。適正賃料決定の基礎は、収益ないし収入に求めるべく、地価に求めるべきではない。仮りに、適正賃料が評価基準のいうが如きものであり、借地権価格の具体的内容が適正賃料と実際支払賃料との乖離の持続する期間を基礎にして成り立つ経済的利益の現在価値であるとしても、右の意味の借地権価格を求めることは不可能であろう。何故ならば、右の意味の借地権価格を求めるには、乖離の持続期間が確定しうるものであること並びに右期間内の適正賃料及び実際支払賃料を把握しうることが前提条件として必要とされるところ、乖離の持続期間は、更新等に関する借地法の規定から確定しがたく、また、将来の更地価格及び公租公課等の諸経費を予測することは不可能であるから、適正賃料を前以つて把握することはできないものというべく、更に、当事者が合意で定める将来の実際支払賃料を前もつて知りうるなどということは考えられないからである。鑑定委員会は借地権価格の増分を求めるのに、更地価格が将来とも不変であることを前提として将来にわたる適正賃料を求め、実際支払賃料も将来にわたり不変であることを前提としているが、この前提が事実を無視していることは説明の要はないであろうし、乖離の持続期間が確定しうるものであるとしていること及び右期間が使用目的の相違により異るとしていることも根拠のないことであり、また、実際支払賃料を使用目的の異同に拘らず同額としていることは、収益性を度外視している点において批判さるべきであり、鑑定委員会の示した借地権価格の増分は首肯しかねるものといわなければならない。
わが国の宅地の地価は、他の物価及び賃金に比較し、異常の高騰を示している。これは、主として、高度経済成長を経済政策の重点としたがためと思われる。右経済政策のために宅地に対する有効需要は飛躍的に増大し、地価上昇の原因となつたが、土地は、その自然的特性である不増性のゆえに、生産可能な商品と異り右需要に対する供給が伴わないため、価格引き下げに作用する力が働かす、更に法制上宅地の売買は契約自由に放任され、国が地価抑制のための法的手段を採らなかつたがためである。右のように、わが国の宅地の地価には賃料を反映しない部分が極めて大きな部分を占めている。土地の需要者は、所有権を取得するか、借地権を取得するかして需要を満すことになるが、借地権を取得する場合、地価のうち賃料を反映しない部分が多いところから、地主は借地権の対価を要求し、借り手は右対価を支払うことになるのは自然の勢いであろう。この対価が借地権価格であると思う。実際支払賃料が適正賃料より低額であるために借地権価格が発生するという評価基準の考え方は疑問である。
評価基準は、借地権価格を、適正賃料と実際支払賃料との乖離の持続する期間を基礎として成り立つ経済的利益の現在価値であるとしながら、借地権価格を求めるには、比率価格並びに土地残余法に基づく収益価格を関連づけて得た価格を標準として評価せよという。評価基準のいう借地権価格の具体的内容と右にいう借地権価格の評価方法との間に必然的関係があるとは思われないが、借地権に価格が発生し、その経済的利益が取引の対象となつている以上、ある土地の借地権価格を求めるに当り、実際の取引に現われた借地権価格に比準する方法を用いるのは十分理由のあることであり、また、借地権は個々の契約によりその内容が一様でないばかりでなく、土地の具体的使用方法、借地上の建物の現状(床面積の広狭、老朽化、陳腐化の程度等)も借地により異り、右のことは土地利用により得られる収益に影響するので、借地権の個性的価格を求めるには、土地残余法に基づく収益価格を比準価格に関連づけることが必要となる。ただし、現実の地価が収益性のみならず他の要素をも反映している以上、土地残余法を用いる場合は、その点を考慮し、比準価格との関連において修正する必要があるであろう。借地非訟のように借地契約の内容を変更する場合に、借地権の価格がどのように変動するかを見るためには、土地残余法は有力な手法と思われる。鑑定委員会の示した借地権価格の評価方法は前記の方法のみであり、相手方の提出にかかる不動産鑑定士加瀬一作成にかかる鑑定評価報告書も土地残余法に基づく収益価格を関連づけて本件借地権価格を評価していないので、借地権価格の増分を求めるにつき、本件借地権価格の個別性を反映することができないので、比準価格の方法により標準的増分を求めざるを得ない。加瀬不動産鑑定士は、借地権割合(借地権価格の更地価格に対する割合)は、堅固建物所有目的の方が非堅固建物所有目的より大で、慣行として成熟している両借地権割合の差は一五%であるとしているが、これまで扱つた事件の鑑定委員会の意見書によると、その差が一〇%程度であるとしているのが大部分であるので、財産上の給付は、鑑定委員会の評価する本件土地の更地価格三四四三万二九〇〇円(3.3平方米当り一〇三万円)の約一〇%に当る三四五万円を相当とする。
加瀬不動産鑑定士は、右報告書で、使用目的を堅固建物所有に変更することは、借地期間が延長されることになり、賃貸人が更新料収入の期待を失うことを理由に、将来授受さるべき更新料の現価を基礎とし、それに土地利用効率の増加を加味して財産上の給付を試算している。更新料は、更地価格あるいは借地権価格を基礎に計上されており、従つて、将来の更地価格あるいは借地権価格が判らない以上将来授受さるべき更新料も判らないはずであるが、右の点は別として、財産上の給付の算定に更新料を取り入れることには賛成できない。更新料は、借地期間満了に伴い合意で更新するに当り借地人から賃貸人に支払われる金銭であるが、右金銭の性格は必ずしも明らかではない。例えば、更新拒絶権放棄の対価であるとする見解があるが、更新の有無は正当事由の存否によつて決せられるのであるから、正当事由がない場合は、更新拒絶権なるものは実質を伴わない形式だけの権利に過ぎず、その対価などありうるはずがなく、正当事由がある場合、更新料の額は不当に低額であるばかりでなく、正当事由を備える事例が極めて少いのに、更新料授受の事例が極めて多い事実からすれば、更新料が更新拒絶権放棄の対価であるとする見解では更新料の性格を説明することができないであろう。また、賃料が低いから更新の機会に更新料という名目でこれを補充するのであるという見解もあるが、賃料が低いというからには如何なる賃料と比較して低いのかを決める必要がある。地価の全部又は一部を元本とし、それに資本利回りを乗じた額に公租公課等の諸経費を加算したものに比較して低いとする意見があるが、賃料決定の基礎は、前記のように借地人の収益ないし収入にあるのであるから、右の見解には賛同しがたい。右の二つの見解は賃料を何ものかの対価と考えるのであるが、そのほかに、賃貸人は、期間満了、増改築その他の機会に借地人から金銭を徴収するもので、更新料は期間満了の際に徴収する金銭で、対価という性質のものではないという見解もある。ここらが案外更新料の真の姿かもしれないという。更新料の性格はともかく、その授受が慣行化されていることが更新料を採用する根拠とされているが、更新には合意更新のほか法定更新があり、法定更新は、正当事由の存否のみによつて決せられ、金銭の授受を要件としておらず、しかも、法定更新に関する借地法の規定は強行法規であり、慣行の入り込む余地はない。借地人としては合意更新を選ぶか法定更新を選ぶかの選択権を有しているのであるから、第三者が借地人に対して法定更新を選択してはならないといえる筋合のものでなく、更新料の授受は当事者の意思に任せるべきである。従つて、更新料を財産上の給付の根拠とする見解は採らない。
本件申立の許容が賃料増額の要因となることは前に述べたとおりである。鑑定委員会は、本件土地の近隣の実際支払賃料の実情を調査した上近隣の賃料に比準して本件賃料を3.3平方米当り月額四五〇円に改訂するのが相当であるとする。賃料の改訂については鑑定委員会の意見を尊重し、これに従う。加瀬不動産鑑定士は、前記報告書において本件借地契約の改訂賃料に触れている。それによると、同鑑定士は、実際支払賃料中純賃料の底地価格に対する標準利回りは、住宅地においては0.8%から1.5%程度、商業地においては三%から六%程度、商業混在地においては二%から三%程度であるとし、使用目的を堅固建物所有に変更すると底地権が減少するので、この点を考慮し、また、地代家賃統制令による統制地代が純賃料を固定資産税課税標準額の五%としていることを参考に、改訂賃料中の純賃料の底地価格に対する利回りを五%とし、これに公租公課等の諸経費を加えると、3.3平方米当り月額一〇五四円になり、統制地代は八〇〇円であるので、その平均値九二七円をもつて改訂賃料とするのが相当であるとする。加瀬不動産鑑定士の右の見解は、賃料の考え方のみならず、現実の賃料と底地価格との関係に対する認識にも問題がある。従来の多数の鑑定委員会の意見によれば、現実の賃料と底地価格の関係は、純賃料と底地価格の関係ではなく、諸経費を含めた実際支払賃料の底地価格に対する比率を見ているのであり、その比率は、東京都内の場合、住宅地、商業地を含み、0.5%から2%程度であるとしている。また、使用目的を堅固建物所有に変更すると底地権が減少するから、利回りを上げるとする見解は二つの点で問題である。一つは低地価格(加瀬不動産鑑定士のいう底地権は底地価格のことをいつているものと解する)が減少するということ。底地価格は士地価格の一部であり、土地価格は、評価基準がいうように、効用によつて左右されるものであるので、同じ土地でも、賃貸人借地人間という内部関係においては、契約の如何により価格に相違があつて然るべきである。すなわち、借地人がその土地を最有効に使用しうるものであるならば、賃貸人借地人間の内部的土地価格は更地価格と一致するであろうが、借地契約によつて最有効使用が阻害されている場合には右内部的土地価格は更地価格以下でなければならないはずであり、従つて、使用目的変更前の底地価格は更地価格以下の土地価格の一部であり、使用目的変更後の底地価格は、更地価格の一部ということになるので、使用目的の変更により底地価格が低下するとは限らず、逆に底地価格が増大することもありうるからである。その二は、利回りを上げるという考え方。賃料の利回りは、金利の利回りと同じく、資本利回りであるから、適正利回りは、特定の時点ではほぼ一定のものであり、底地価格の変動により左右されるとするのはおかしい。次に、改定賃料を求めるのに、比準賃料を顧慮することなく、底地価格を元本として積算方式を用いたことにも問題がある。賃料は、借地人の収益ないし収入の一部が転化したものであり、現実の地価が賃料を反映しない部分を含んでいる以上、底地価格を元本とするにはそれなりの経済的理由を必要とする。この理由の説明がなされない以上底地価格を元本とする積算方式にはたやすく賛成することができない。
相手方は、改訂賃料が地代家賃統制令に基づく統制地代を下回るのは不当であると主張する。年間統制地代は、固定資産税課税標準額に資本利回りを乗じ、これに固定資産税と都市計画税を加算したものであるが、固定資産税課税標準額が年々増加するのみならず、今回の告示の改正は資本利回りを大幅に引き上げて五%としたため、統制地代が統制外の実際支払賃料を上回るという奇異な現象を呈している。これは、資本利回りを大幅に引き上げたことが大きな原因ではあるが、五%というのは資本利回りとして高率とはいえないのであるから、右の奇異な現象は、固定資産税課税標準額を純賃料の元本としていることに根本的原因がある。固定資産税課税標準額が積算方式による純賃料の元本たるに相応しいとするには、それだけの経済的理由を必要となる。告示は、その理由を示さないのみならず、合理的理由も見出しえないので、改訂賃料が統制地代以下であることを不当とする相手方の主張は理由はない。
使用目的を堅固建物所有に変更した場合借地期間が法律上当然に変更するか否か、変更するとした場合新借地期間の起算日は何時かにつき定説を見ないが使用目的を堅固建物所有に変更することにより借地人の得る利益は多大であるので、それとの権衡上附随処分としての期間変更は、賃貸人の利益になるよう考慮すべく、右の観点から、本件借地契約の期間の終期を本裁判確定の日から三〇年と変更するのを相当とする。 (小山俊彦)
目録
東京都千代田区外神田五丁目一七番一
宅地 499.07平方米(一五〇坪九合七勺)のうち110.51平方米(三三坪四合三勺)