東京地方裁判所 昭和46年(刑わ)7139号 判決 1973年8月28日
被告人 水間哲郎
昭一八・一〇・一九生 医師 外二名
主文
一、被告人水間哲郎を懲役一年に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
ただし、この裁判の確定した日から三年間右刑の執行を猶予する。
二、被告人佐藤恵を懲役一年に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
三、被告人河野和廣を懲役一年および罰金三万円に処する。
未決勾留日数中一〇〇日を右懲役刑に算入する。
右罰金を完納することができないときは、金二、〇〇〇円を一日に換算した期間同被告人を労役場に留置する。
ただし、この裁判の確定した日から二年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人らは、共産主義者同盟戦旗派の学生らとともに、いわゆる一一・一九沖縄返還協定批准阻止闘争の一環として、東京都千代田区神田小川町付近に火炎びんを準備し、同所を通過する同派主催の集団示威行進の学生らと同所付近で合流して同所にいわゆる解放区を作ろうと計画し、
第一、被告人河野和廣は、
一、昭和四六年一一月一九日午後八時五〇分ころから同八時五五分ころまでの間、東京都千代田区神田小川町三丁目一番地付近路上から同町二丁目五番地付近路上に至る間において、数名の者とともに警備に従事する警察官らに対し、共同して危害を加える目的を持つて兇器として一〇数本の火炎びんを手さげ袋に入れ携帯して集合し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し、
二、ほか数名の者と共謀のうえ、前同日午後八時五五分ころ、前同町二丁目五番地先車道上から火炎びん数本を、同所付近の通称靖国通り路上等に投てきして炎上させ、もつて道路上の人および車両等を損傷するおそれのある物件を投げ、
第二、被告人水間哲郎および同佐藤恵は、前同日午後九時ころ、前同町三丁目一番地付近路上において、村上保夫とともに、警備に従事する警察官らに対し、共同して危害を加える目的を持つて、兇器として一〇数本の火炎びんを手さげ袋に入れ携帯して集合し、もつて他人の身体に対し共同して害を加える目的で兇器を準備して集合し
たものである。
(証拠の標目)(略)
以上の掲載証拠中、「集会・集団示威運動許可申請書」謄本、実況見分調書、写真撮影報告書、鑑定書、領置調書および捜索差押調書について、弁護人は証拠能力がない旨主張する。その要旨は次のとおりである。刑事訴訟法(以下法という。)三四一条によつて報告人が退廷させられたまま審理を進めることができるような場合には、法三二六条二項を適用して検察官提出の書証に対する擬制同意を認めることはできないし、仮に解釈上そのような場合に同条項の適用が許されたとしても、本件のように被告人および弁護人が訴訟上の権利を行使して審理にのぞみ、訴訟指揮に抗議して退廷したり、退廷させられたような場合には、被告人らが書証に同意するとは推定できないから本件において同条項を適用したのは違法である。よつて、前記各証拠には証拠能力がない、というのである。そこで右の主張について検討する。
法三二六条二項にいう「被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合」が法三四一条の場合も含むか否かについては解釈の分れるところであるが、当裁判所は、右につき積極に解するのを相当と考える。その理由は、まず第一に、文理上も法三二六条二項の規定を法二八三条ないし二八五条の場合のみに限定して適用する理由がなく、第二に、実質的に考えても法三四一条の趣旨に照らして同条の場合をも包含するものと解さざるを得ないからである。すなわち法三四一条は、被告人の恣意的な行為や不当な行状によつて、審理が阻止されることを防止するために、許可を受けないで勝手に退廷したり、秩序維持のため裁判長から退廷を命ぜられたような場合には被告人の不在のまま審理を進めることができるとしたものであつて、それは、不当な行状のあつた被告人に対して制裁として訴訟上の権利を剥奪しようとするものではないけれども、そのような行状のあつた被告人の訴訟上の権利よりも公判手続の正常な進行を優先させ、当該期日の審理に関する限りにおいて被告人から反対尋問権その他の権利を行使する機会を失わせることになつてもやむをえないとしたのである。従つてその進行し得る審理の範囲は、証人に対する反対尋問等にとどまらず、被告人不在のまま書証の取調を行なうことももとより、何ら差しつかえないのである。そして法三四一条の場合、取調べうる書証の範囲に関しては、単に証拠能力を有する書面に限られず、同条が公判手続の正常かつ円滑な進行を図ろうとしている法意および法三二六条二項の趣旨にかんがみ、被告人不在の場合における書証の取調を広く可能ならしめるため、その前提として、事前にその取調請求がなされていたり、該期日にその請求が予定されているような場合には、被告人が自ら反対尋問権を放棄したものとして書証に対する積極的な同意を擬制し、これに証拠能力を付与しようとする趣旨をも含むものと解すべきである。
これに対して消極に解する見解は、書証に対する同意が、伝聞証拠に証拠能力を付与する重要な訴訟行為であつて、それは積極的に表示される必要があるから、法三二六条二項が適用されるのはその積極的な同意が推定される場合に限られるべきである、という。確かに、書証に対する同意は、単なる反対尋問権の放棄という消極的なものにとどまらず、本来証拠能力のないものに積極的に証拠能力を付与する訴訟行為である。しかしながら、法三四一条は前述のように当該期日の審理に関して不当な行状をした被告人の訴訟上の権利よりも公判手続の正常な進行を重視し、後者を前者に優先させようとするものであるから、法三四一条と三二六条二項を有機的に関連づけて解釈するならば、「同意の推定」がない場合においても、法三二六条二項が、伝聞証拠に対して積極的に証拠能力を付与したものと解するのが相当であり、いわば法の一つの創設的な行為として十分肯認しうるところである。それ故、消極説の右のような論拠は、必ずしも積極説を採り得ないとの結論に導くものではなく、結局当裁判所は、法三二六条二項にいう「被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合」とは、法二八三条ないし二八五条の場合のみでなく、法三四一条の場合も包含するものと解する。
ところで、当裁判所が前記各証拠書類を法三二六条二項に基づいて採用するに至つた経緯は以下のとおりである。本件はいずれも昭和四六年一二月一一日に起訴され、併合のうえ昭和四七年六月二一日に第一回公判、同年八月二五日に第二回公判が開かれ、起訴状に対する釈明まで行われたが、その間第一回公判においては被告人三名全員が、第二回公判においては被告人一名が、訴訟指揮に従わないため退廷させられた。一方弁護人は、同年五月一〇日および同年八月二九日の二回にわたつて、検察庁において検察官が申請する予定の証拠書類(前掲の各証拠書類を含む。)を謄写したものの、右書証についての刑事訴訟規則一七八条の六の二項二号による意見の見込みは検察官に通知していなかつた(八月二九日付謄写申請書の意見欄には「検討の後御連絡します」と記載されていたが、連絡されなかつた)。同年九月二九日午後一時からの第三回公判を開廷する前に、当裁判所は裁判官室において検察官および両弁護人出席のうえで右公判期日の進行予定について打合せをしたが、その際、右期日には被告人および弁護人の被告事件に対する陳述よりはじめて、検察官の冒頭陳述、検察官による証拠書類および証人の右証拠調請求、弁護人の右請求に対する意見の陳述、右請求の採否の決定まで進行し、次回期日には証人尋問からはじめる旨の話し合いがなされ、弁護人もそれを諒承した。右第三回公判期日において、被告人河野および同水間が公訴事実については黙秘したうえ、行為の正当性に関して被告事件に対する陳述を終えたが、その後被告人佐藤の同陳述の際、同人が公訴事実については黙秘したうえで被告事件とは関連性のない陳述を始めようとしたため裁判長が右陳述を制限したところ、被告人佐藤は右訴訟指揮に応じないので裁判長は同人に退廷を命じた。弁護人より右訴訟指揮に対する異議申立がなされ、裁判所によつて右申立が棄却されると、さらに弁護人から被告人佐藤の再入廷を許す旨の訴訟指揮を促がす申出があつたが、裁判長は同人の再入廷を認めなかつた。そして裁判長は弁護人に対し被告事件に対する陳述をするよう促したが、両弁護人および被告人水間、同河野は右棄却決定および右訴訟指揮に対して抗議する旨を述べて勝手に退廷しようとしたため、裁判長は弁護人らに在廷を命じたところ、なおも弁護人らが退廷しようとしたため裁判長は弁護人両名を法廷等の秩序維持に関する法律に基づき法廷外に拘束させた。その後、被告人水間が発言禁止命令に従わないために退廷させられた後、裁判長は弁護人両名を入廷させ、弁護人席に着くよう促したが、両弁護人ともこれに応じないため、裁判長は「弁護人らが審理の立会を放棄して退廷すると、後刻予定されている検察官の書証の取調請求について刑事訴訟法三二六条二項が適用されることもある」旨注意して弁護人両名の拘束を解いたところ、両弁護人はそのまま何ら発言せずに任意退廷した。さらに被告人河野も発言禁止命令に従わず発言を続行したため、同人に対し退廷を命ずるに至つた。そこで検察官の冒頭陳述に次いで検察官から証拠書類取調請求および証人尋問請求がなされた際、裁判所は、刑事訴訟法三二六条二項を適用して証拠書類(その殆んどは、実況見分調書、捜索差押調書、領置調書、写真撮影報告書、鑑定嘱託書、鑑定書ならびに押収経過および実験結果についての捜査報告書等であつた。)につき証拠の採用決定をしこれを取調べた。
法三二六条二項にいう「被告人が出頭しないでも証拠調を行うことができる場合」に法三四一条の場合をも包含するものと解すべきことについては、さきに述べたとおりであるが、以上の経過、特に被告人らが公訴事実については黙秘したうえで行為の正当性について陳述していたこと、弁護人および被告人が右公判期日においては検察官から証拠書類の取調請求がなされ、その採否の決定まで行われる予定であることを事前に知悉していたこと、弁護人はその請求予定書類すべてについて既に謄写していたこと、右証拠書類は前記のごとく、その殆んどが法三二一条三項ないし四項に該当するような客観的な証拠であり、逮捕警察官および目撃者等の主観的な証拠と考えられるものについては右証拠書類とは別個に証人として申請されていたこと、弁護人が勝手に退廷する前に、裁判長が前記のごとく法三二六条二項の適用がある旨注意を促したにも拘らず、弁護人はその点について何ら発言せずに退廷したこと等に照らし、本件において前記各証拠書類を採用し取調べた当裁判所の措置にはなんら違法もしくは不当とすべき点は存しない。
よつて、弁護人の前記のごとき主張は採用できず、前掲各証拠書類には、いずれも証拠能力が認められる。
(確定裁判)
被告人佐藤恵は、昭和四六年一二月一七日東京地方裁判所で兇器準備集合罪により懲役六月(三年間執行猶予)に処せられ、右裁判は昭和四七年七月六日確定したものであつて、右の事実は、右被告人に対する判決謄本および判決抄本の各記載によつてこれを認める。
(弁護人の主張に対する判断)
弁護人は、「被告人らは、沖縄返還協定が沖縄住民の真の要求を無視した形で日本とアメリカの間で欺瞞的に取引されたものであると判断し、その批准を阻止するための抗議行動として本件行為をなしたものであつて、その目的は正当で、手段・方法も相当であり、法益の均衡の要請も充たすものであるから、被告人らの本件行為は超法規的に違法性が阻却されるべきである。」と主張する。よつて検討するに、本件行為当時における沖縄の現状およびその返還協定の意味するところについて被告人らのように考え、その意思を表明することは、もちろん自由である。また、弁護人が主張するように、動機・目的の正当性、手段の相当性、法益の均衡性、補充性の各要件が充たされる場合に、その行為の違法性が超法規的に阻却されるような場合がありうるとしても、本件において被告人らが判示のごとく火炎びんの使用を意思の表明の手段としたことは、その手段・方法の相当性を欠き、また、被告人らの意思表明の手段として判示のような方法を取る以外になかつたものとは認められないから、右の補充性の要件をも欠くものであつて、結局、被告人らの行為は、弁護人が主張するような考え方をとつたとしても、その違法性が阻却されるべき要件を欠くものと言わなければならない。よつて弁護人の右主張は採用しない。
(法令の適用)
一、(一) 罰条等
1 被告人河野和廣につき
判示第一の一の所為
刑法二〇八条の二の一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のもの)、(懲役刑選択)
判示第一の二の所為
刑法六〇条、道路交通法一二〇条一項九号、七六条四項四号
2 被告人水間哲郎および同佐藤恵につき
判示第二の所為
各刑法二〇八条の二の一項、罰金等臨時措置法三条一項一号(刑法六条、一〇条により昭和四七年法律第六一号による改正前のもの)、(各懲役刑選択)
(二) 併合罪の処理
1 被告人河野につき
判示第一の一、二の各罪について、刑法四五条前段、四八条一項により第一の一の罪の懲役と同二の罪の罰金を併科
2 被告人佐藤につき
前記確定裁判のあつた罪との関係で、刑法四五条後段、五〇条によりいまだ裁判を経ない判示第二の罪について処断
二、未決勾留日数の算入(被告人水間、同佐藤および同河野につき)
各刑法二一条
三、労役場留置(被告人河野につき)
刑法一八条
四、刑の執行猶予(被告人河野の懲役刑および同水間につき)
各刑法二五条一項
五、訴訟費用(被告人水間、同佐藤および同河野につき)
各刑事訴訟法一八一条一項但書(負担させない)