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東京地方裁判所 昭和46年(行ウ)207号 判決 1974年12月26日

原告

入江健二

外六名

右原告ら訴訟代理人

弘中惇一郎

外二名

被告

東京都知事

美濃部亮吉

被告

東京都

右代表者

美濃部亮吉

右被告ら指定代理人

関哲夫

外三名

主文

一  原告弓山タカヨ、同蓮見博子の被告東京都知事に対する訴えを却下する。

二  原告入江健二、同大渕辰雄、同小島武、同後藤タケヨの被告東京都知事に対する請求を棄却する。

三  被告東京都は、原告弓山タカヨに対し、金一万円及びこれに対する昭和四九年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告弓山タカヨの被告東京都に対するその余の請求及び原告入江健二、同大渕辰雄、同小島武、同後藤タケヨ、同蓮見博子の被告東京都に対する請求を棄却する。

五  訴訟費用中、原告らと被告東京都知事との間に生じたものは原告らの負担とし、原告弓山タカヨと被告東京都との間に生じたものはこれを三分し、その二を原告弓山タカヨ、その余を被告東京都の負担とし、原告入江健二、同大渕辰雄、同小島武、同後藤タケヨ、同蓮見博子と被告東京都との間に生じたものは右原告五名の負担とする。

六  この判決は、第三項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

〔請求の趣旨〕

一、被告東京都知事が昭和四六年四月一五日にした原告入江健二に対する停職二月の懲戒処分、原告大渕辰雄、同小島武に対する停職二〇日の各懲戒処分、原告後藤タケヨに対する懲戒戒告処分、原告弓山タカヨ、同蓮見博子に対する各口頭注意処分を取り消す。

二、被告東京都は、原告入江健二に対し金三〇万円、原告大渕辰雄、同小島武に対し各金一五万円、原告後藤タケヨに対し金一〇万円、原告弓山タカヨ、同蓮見博子に対し各金五万円及びこれらに対する昭和四九年四月九日から支払ずみまで年五分の割合による金員をそれぞれ支払え。

三、訴訟費用中、原告らと被告東京都知事との間に生じたものは被告東京都知事の負担とし、原告らと被告東京都との間に生じたものは被告東京都の負担とする。

四、第二項につき仮執行の宣書

〔本案前の申立て〕

一、原告弓山タカヨ、同蓮見博子の被告東京都知事に対する訴えを却下する。

二、訴訟費用中、原告弓山タカヨ、同蓮見博子と被告東京都知事との間に生じたものは右原告両名の負担とする。

〔請求の趣旨に対する答弁〕

一、原告らの請求を棄却する。

二、訴訟費用は、原告らの負担とする。

第二  原告らの主張

一、原告らの地位

昭和四五年六月から昭和四六年四月ころ、原告入江、同大渕は、医師として都立大久保病院の主事、原告小島は、医師として都立広尾病院の主事、原告後藤、同弓山、同蓮見は、看護婦として都立大久保病院の主事の職にあつた。

二、本件処分の存在及びその事由

被告東京都知事は、昭和四六年四月一五日、次の事由により、原告入江に対し停職二月の懲戒処分、原告大渕、同小島に対し停職二〇日の各懲戒処分、原告後藤に対し懲戒戒告処分、原告弓山、同蓮見に対し各口頭注意処分をした。

原告入江に対する事由「昭和四五年六月一六日、都立病院就職差別撤廃闘争委員会の就労闘争と称して、部外者たる合田静が都立大久保病院の病棟に入棟した際、主治医の承諾なしに、重症患者の病室に合田とともに入室し、病院業務を妨害し、かつ、患者の安静を害した。また、同日から同月二三日まで(ただし、二一日を除く。)、大久保病院で、病院管理者の制止にもかかわらず開催された前記闘争委員会と称するものの集会に参加し、拡声器を使用して演説を行ない、同病院の静穏を害した。」

原告大渕に対する事由「昭和四五年六月一六日から一九日まで並びに同月二二日及び二三日都立大久保病院で、病院管理者の制止にもかかわらず開催された都立病院就職差別撤廃闘争委員会と称するものの集会に参加し、同月二二日以外は、拡声器を使用して演説を行ない、同病院の静穏を害した。」

原告小島に対する事由「昭和四五年六月一七日及び同月一九日から二三日まで(ただし、二一日を除く。)、都立大久保病院で、病院管理者の制止にもかかわらず開催された都立病院就職差別撤廃闘争委員会と称するものの集会に参加し、同月二〇日以外は、拡声器を使用して演説を行ない、同病院の静穏を害した。」

原告後藤に対する事由「昭和四五年六月一七日から一九日まで並びに同月二二日及び二三日、都立大久保病院で、病院管理者の制止にもかかわらず開催された都立病院就職差別撤廃闘争委員会と称するものの集会に参加し、同月一八日には、拡声器を使用して演説を行ない、同病院の静穏を害した。」

なお、右原告入江ほか三名の行為は、住民の生命と健康を預かる医療職公務員としてあるまじきものであり、地方公務員法第三三条に違反するとして同法第二九条第一項第一号及び第三号により、各懲戒処分をしたものである。

原告弓山、同蓮見に対する事由「原告弓山は昭和四五年六月一七日、原告蓮見は同日及び同月二二日、都立大久保病院で、病院管理者の制止にもかかわらず開催され同病院の静穏が害された都立病院就職差別撤廃闘争委員会と称するものの集会に参加した。このことは、住民の生命と健康を預かる医療職公務員として甚だ遺憾な行為である。」

三  ないし五<省略>

六、昭和四五年六月一六日から同月二三日までの事実の経緯(集会関係)

1  <省略>

2  都立病院就職差別撤廃闘争委員会の集会は、従来から組合活動として容認されてきた範囲内の行為である。

すなわち、原告らも所属している東京都職員労働組合(以下「都職労」という。)病院支部大久保分会の集会は、勤務時間に三〇分ないし二時間食い込み、年に十数回も行なわれ、参加者は一〇〇名前後であり、演説者がアンプ付大型スピーカーを使用することも少なくなく、マイクを特に下向けにするということもなく、また、区会議員を呼んでスピーカーを病棟に向けて演説させたり、シュプレヒコールをしながら構内デモをしたり、病院の建物内でマイクを使用した約一〇〇名の集会を行なつたこともある。しかし、このような集会も、従来、特に大久保病院の静穏を害するとか患者の安静をそこなうものとされたことはなく、病院管理者から黙認ないし容認されていた。他方、原告ら(ただし、原告弓山を除く。)が行なつた前記闘争委員会の集会は、昼休みや勤務時間後に十数分ないし一時間程度行なわれたもので、参加者は数名ないし二〇名から三〇名にすぎず、一名ないし三名の演説者がハンドマイクのみを使用し、病院の静穏にも十分注意して必要最小限のことを述べたものであり、かつ、合田に対する就職差別の撤回を求めるという職員の勤務条件の改善にかかる事項に関し組合活動として行なわれたものである。したがつて、それは、従来から組合活動として容認されてきた範囲内の行為であり、都職労の集会と区別して非難されるような理由は全くない。

3  大久保病院は、都内屈指の繁華街である東京都新宿区歌舞伎町通りのそばにあり、昼夜を問わず、歓楽街の喧躁や乗車拒否を取り締まる警察のスピーカーが鳴り渡つている。それなのに、病院管理者は、このような騒音については何ら意に介さないばかりか、格別の対策も講じないで大騒音、震動を発する院内改修工事をしばしば長期にわたつて行なつている。前記程度の原告ら(ただし、原告弓山を除く。)が行なつた集会により、特に大久保病院の静穏が害されたような事実はない。<後略>

理由

一昭和四五年六月から昭和四六年四月ころ、原告入江、同大渕は医師として都立大久保病院の主事、原告小島は医師として都立広尾病院の主事、原告後藤、同弓山、同蓮見は看護婦として都立大久保病院の主事の職にあつたこと及び被告東京都知事が昭和四六年四月一五日に原告ら主張の事由によつて原告入江に対し停職二月の懲戒処分、原告大渕、同小島に対し停職二〇日の各懲戒処分、原告後藤に対し懲戒戒告処分、原告弓山、同蓮見に対し各口頭注意処分をしたことは、当事者間に争いがない。

二原告弓山、同蓮見の被告東京都知事に対する訴えについて

原告弓山、同蓮見の被告東京都知事に対する訴えは、同被告の右原告両名に対する各口頭注意処分の取消しを求めるものである。

そこで、本件口頭注意処分につき考えるに、<証拠>によれば、これは、原告弓山、同蓮見が衛生局係官から口頭で注意を受けたというだけのもので、後日、右原告両名の請求により、その事由を記載した知事名義の説明書が交付されたが、それによつて昇給の延伸その他格別不利益な取扱いは受けなかつたことが認められる。これによれば、右口頭による注意は、単に、衛生局係官が右原告両名に対し職務上不適当な行為があつたとして注意を喚起し将来を戒め改善を図るために行なつた行政上の指揮監督措置にすぎないものであつて、地方公務員法に基づく戒告などの懲戒処分(同法第二九条第一項)とは異なり、それによつて右原告両名の法律上の地位ないし権利関係に対し直接に何らかの影響を及ぼすような性質のものではないから、その取消しを認める一般的な利益も必要性もないというべきである。以上の認定判断と異なる原告弓山、同蓮見の主張は、採るを得ない。

したがつて、本件口頭注意処分は、行政事件訴訟法第三条第二項にいう「行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為」に該当せず、その取消しを求める右原告両名の被告東京都知事に対する訴えは、不適法として却下さるべきである。

三本件に至るまでの経緯

当事者間に争いのない事実、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

合田静は、昭和四五年三月に都立豊島高等看護学院を卒業する予定の者であつたが、都は、この年度すなわち昭和四四年度の卒業予定者に対し、昭和四五年一月一四日に都立施設就職希望者の募集説明を行ない、同月二六日に面接を実施し、その結果、同年三月九日に都採用者の就職場所の内示をした。合田の希望した就職場所は、第一希望都立大久保病院、第二希望都立豊島病院であつたが、都が内示したのは、合田の希望しない都立府中病院であつた。ところで、昭和四四年度の豊島高等看護学院卒業予定者で都立病院に就職を希望した者は約一七名であつたが、就職場所として第一希望以外の病院を内示された者は、合田を除き第二希望の病院を内示された一、二名にすぎず、第一、第二希望以外の病院を内示された者は、合田のみである。また、海野睦美、峯山泰江は、同年度の都立第一高等看護学院卒業予定者であつたが、都は、右卒業予定者で都立病院に就職を希望した二十数名のうち、同人らに対してのみ、就職場所として第一、第二希望以外の病院を内示した。合田は、都の内示は看護学生教育の内容を不満として自分が臨床補行実習を拒否したことに対する不当な就職差別であると考え、昭和四五年三月二三日、衛生局病院管理部管理課へ行き、希望どおりの病院に就職させるよう要求した。これに対し、都では、豊島高等看護等学院の石山教務係長から、合田が就職場所についての不満から都立病院への就職を断わつた旨の電話連絡を受けており、そのため同年四月一日付の看護婦の採用予定者から合田を除いていたので、鈴木管理係長は、合田に対し、右の事情を説明したうえ、同人が府中病院に就職することを前提として改めて都へ就職することを申し出るよう伝えた。しかし、合田は、これを納得せず、三月二七日、衛生局病院管理部の佐藤管理課長に電話をかけ、あくまでも自分を大久保病院に就職させるよう固執して同課長とやりとりをかわし、その際、佐藤管理課長は、「あんたの頭がおかしい。」などと失言したりした。更に、衛生局総務部の久保総務部長は、同年四月六日、合田の父親に対し、(一)就職場所を都に一任すること、(二)採用後は公務員としての服務を守ること、(三)右二つのことを誓約する書面を都に提出することを条件として、合田を採用すると述べ、合田の主張する同人に対する就職差別及び佐藤管理課長の暴言の責任につき調査することを拒否した。他方、海野、峯山も、電話などで衛生局病院管理部管理課に対し希望どおりの病院に就職させるよう要求していた。そうするうち、合田ら三名に対する都の態度を不当な就職差別であると主張する有志は、同月七日、「一、都は、三人の就職差別をやめよ。二、合田さんに対する暴言を撤回し、その責任を明らかにせよ。三、都は、看護婦人事、看護労働条件、看護学生教育、看護内容の今後の方針を明らかにせよ。」という三項目の要求を掲げて、都立病院就職差別撤廃闘争委員会を結成し、合田とともに、その後数回となく衛生局総務部長室や知事室へ行き、この件につき団体交渉を求めた。しかし、都との話合いは、双方の主張が一致しないまま平行線をたどり、同月一七日には、前記闘争委員会のメンバーである十数名の者が衛生局総務部長室から巡視らによつて排除され、また、同年六月一二日には、知事室の前に坐り込んだため、巡視らによつて排除されるという事態も起こつた。この間、海野、峯山については、四月一三日、都との間に同人らの就職につき話合いがもたれ、本人の承諾を得て、それぞれ府中病院及び大久保病院に就職が内定した。

以上の事実を認めることができ、<証拠判断省略>

四昭和四五年六月一六日の事実の経緯及び集会に関する点を除く原告入江の行為の評価

当事者間に争いのない事実、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

合田は、原告入江も加わつた都立病院就職差別撤廃闘争委員会の決議に基づき、都立大久保病院に採用されていないにもかかわらず、就労闘争と称して同病院において看護婦として勤務することを企て、昭和四五年六月一六日午前七時三〇分ころ、同病院の第六病棟に入つて看護婦姿で病棟内を回り、患者や職員にビラを配付した。また、午前八時ころには、看護婦勤務室に入り、夜勤者から日勤者への事務引継ぎを自分も受けると申し出て、牧野看護科長から退去するよう説得された。しかし、その後も第五病棟などを回つて患者や職員にビラを配付したり、第六病棟の重症患者山内末子(同人は、同年五月上旬から入院していたが、当時、腹水がたまつていてベッドの上で身動きもできない状態〔ただし、特に付添い看護が必要であつたわけではない。〕にあり、肝硬変症の末期的症状を呈していた。本件後間もない同年六月二九日に死亡している。)の病室へ行き、しばらく話をしたりした。ところで、原告入江は、午前一〇時ころ、原告蓮見の依頼によつて患者山内の主治医である間森医師に電話をかけ、大久保病院内科勤務を希望している合田という看護婦が腹水のある肝硬変症の患者山内の症例を勉強したいと希望し、患者山内も看護を希望している旨述べて付添い看護の承諾を求め、間森医師から、本人達の希望であれば仕方がないであろうという返事を得た。しかし、間森医師は、念のため患者山内の病室へ行き、同人が付添い看護を希望しているかどうかを確かめたところ、山内は、「今朝、びらを持つてこられて話をしたが、別に希望をしたわけではない。」と答えたので、前記電話を受けてから十数分後、原告入江のところへ行き、電話の内容と患者山内の言つていることとが相違するので困る。本人も希望していない以上、患者山内に対する付添い看護をさせないよう求めた。それなのに、原告入江は、患者山内の病室へ行き、合田を交えて山内としばらく話をしていたところ、午前一一時二五分ころ、このことを知つた小原事務次長から入室につき、主治医の許可を得たかどうかを問われて退去するよう要求され、個人的に山内と話をしているので一五分くらいで終わる旨答えた。次いで、原告入江は、午前一一時四〇分ころ、小柳事務長、小原事務次長及び連絡を受けてきた間森医師から更に退去するよう要求され、合田とともに患者山内の病室を出て看護科長室へ行き、同室でも、間森医師から患者山内に対する付添い看護をさせないよう言われた。小原事務次長らは、看護科長室でも合田に対し再三退去するよう要求したが、同人がこれに応じないので、警察に頼んで排除してもらうと述べた。そのため、原告入江は、合田とともに、午前一二時ころ、勝手に好きなようにするよう捨て台詞を残して退室し、玄関前で、原告大渕やその他の委員会のメンバーとともにビラ配付を始めた。原告大渕は、ハンドマイクを使用して演説を始め、小原事務次長から制止されてもやめなかつた。小原事務次長は、合田に退去を求めても応じないので、再度警察に頼んで排除してもらうと述べ、午後一二時一七分ころ、合田は、警察によつて逮捕された。原告入江同大渕は、午後一時ころまでハンドマイクを使用して右逮捕に抗議する演説を行なつた。

以上の事実を認めることができ<証拠判断省略>

そこで、集会に関する点を除く原告入江の行為につき考えるに、合田は、都に看護婦として採用されなかつたのであるから、大久保病院において就労すべき何らの権利も義務も有しなかつたこともちろんである。したがつて、仮に原告らの主張するように、都が合田を採用しないことが不当な就職差別であると言うのであれば、合田の採用を実現させるためには、話合いその他社会通念上許容される限度での適切な手段方法によつて解決を図る以外に方法はない。それなのに、合田は、原告入江も加わつた前記闘争委員会の決議に基づき、無謀にも就労闘争と称して、一方的に大久保病院において勤務することを企てたのであるから、同病院の秩序を乱すこと甚だしく、このような行為は、いかなる目的を有するにせよ、当初から容認される余地は皆無である。しかも、<証拠>によれば、看護婦の採用は、衛生局総務部庶務課の所管事項であつて、面接 選考などについては同局病院管理部管理課なども実質的に関与しているけれども、就職希望者の受入先である都立病院側には何ら権限のなかつたことが認められる。したがつて、仮に合田の就労闘争が都の不当な就職差別に対する抗議行動としての意義を有するものとしても、それは権限のない相手方に向けられたものであつて、これに対処するすべのない大久保病院にとつては、迷惑千万というのほかない。原告入江が、主治医の承諾なしに(もつとも、仮に主治医の承諾があつたとしても、それによつて原告入江の行為が正当化されるわけでないことは多言を要しない。このような場合には、承諾を与えた主治医も、合田らの意図を認識しているか、認識しなかつたことに過失がある限り、処分の対象とされ得るだけのことである。)、また、付添い看護の必要もなく患者の希望もなかつたにもかかわらず、就労闘争と称して合田が生命に危険のある重症患者の付添い看護をすることを援助したことは、患者の生命健康を預かる病院に勤務する医師としてあるまじき著しく軽率な行為であり、そのため院内を混乱させて病院業務を妨害し、患者の安静を害したというべきである。このような原告入江の行為は、医師としての職の信用を傷つけるものであるから、地方公務員法第三三条に違反し、同法第二九条第一項第一号及び第三号に該当する。

したがつて、原告入江に対する本件処分は、処分の事由(ただし、同原告に対する処分の事由前段の事実について)が存在し、違法とはいえない。

五昭和四五年六月一六日から同月二三日までの事実の経緯(集会関係)及び原告らの行為の評価

当事者間に争いのない事実、<証拠>によれば、次の事実を認めることができる。

原告ら(ただし、原告弓山を除く。以下、この第五項において「原告ら」というときは、いずれも原告弓山を除くその余の原告らを指す。)は、昭和四五年六月一六日から同月二三日までの間、連日(ただし、二一日を除く。)、都立大久保病院玄関前広場で開催された都立病院就職差別撤廃闘争委員会の集会に参加してビラを配付するなどし、原告入江、同大渕、同小島、同後藤は、ハンドマイクを使用して演説を行なつた。

右集会の行なわれた時間及び集会に参加した原告らの氏名は、次のとおりである。

1  六月一六日 午前一二時ころから午後一時ころまで

参加者兼演説者 原告入江、同大渕

2  同月一七日 午後一二時三〇分ころから午後一二時五〇分ころまで

参加者兼演説者 原告入江、同大渕、同小島

参加者 原告後藤、同蓮見

3  同月一八日 午前一二時ころから午後一二時五九分ころまで

参加者兼演説者 原告入江、同大渕、同後藤

4  同月一九日 午後一二時三二分ころから午後一時ころまで

参加者兼演説者 原告入江、同大渕、同小島

参加者 原告後藤

5  同月二〇日 午後五時三三分ころから午後五時五〇分ころまで

参加者兼演説者 原告入江

参加者 原告小島

6  同月二二日 午後一二時四二分ころから午後一時ころまで

参加者兼演説者 原告入江、同小島

参加者 原告大渕、同後藤、同蓮見

7  同月二三日 午後一二時二〇分ころから午後一時ころまで

参加者兼演説者 原告入江、同大渕、同小島

参加者 原告後藤

ところで、六月一六日の集会は、当初、合田の就労闘争の決起集会として計画されたが、合田が逮捕されたため、右逮捕に対する抗議集会として行なわれた。次いで、翌一七日以降の集会では、都の合田に対する就職差別及び看護婦の不足など都の医療制度の欠陥を激しく攻撃する内容の演説が行なわれ、集会の参加者は多いときでも三〇名くらいであつたが、マイクによる騒音の程度は甚だしく、集会の行なわれた玄関前広場から一番近くにある第八病棟(癌病棟)や院長室に直接スピーカーを向けられることもしばしばあつた。そのため、患者から口頭による苦情が看護婦に持ち込まれたのみならず、第八病棟の入院患者やその家族から、「毎日正午頃になると玄関前の広場で騒々しい拡声器の声になやまされ、安静な気持をかき乱されるような思を致します。」、「安静時間中にローカにスピーカーを流すなど常識のある人間のやる事ではないと思います。」、「毎日正午後拡声器にて何か宣伝して居る様ですが患者としては安眠ができませんので中止して戴きたいと思います。」などという苦情書が病院側に提出され、また、看護婦などからも、再三小原事務次長に対し、集会が騒がしいのでもう少し規制するようにという要望が出された。これに対し、病院側では、まず、玄関前に院内での集会を禁止する旨の掲示をし、同月一八日には、職員の服務と東京都庁内管理規則の規定を記載した病院長名義の文書を職員に配付し、また、これを職員向けの掲示板に貼つて注意を喚起したのみならず、小原事務次長らは、集会の行なわれる都度、マイクの前まで自ら出向き、時には、マイクを取り上げんばかりの勢いを示してもみ合うほど強い態度で演説を制止しようとしたが、終始、原告らから聞き入れられることがなかつた。同月二〇日には、釈放された合田を迎えて集会があつた後、病院の回りを一周するデモが行なわれた。

以上の事実を認めることができ<証拠判断省略>

なお、<証拠>によれば、原告弓山は六月一七日の集会に参加していないことが認められる。

右認定によれば、原告らが行なつた都立病院就職差別撤廃闘争委員会の集会は、中一日を除き八日間にもわたつて連日かなりの時間執拗に行なわれたもので、大久保病院の静穏を害し、患者の安静をそこない、患者及びその家族らに対し不安を与えたことが明らかである。このような集会は、いかなる目的を有するにせよ、著しく不当であつて到底許されない。そして、右集会は、「拡声器の使用等によりけん騒な状態をつくり出すこと」を禁止する東京都庁内管理規則第五条第一項第二号に違反する。また、原告らの行為は、医師又は看護婦としての職の信用を傷つけるものであるから、地方公務員法第三三条に違反し、同法第二九条第一項第一号及び第三号に該当する。

原告らは、前記闘争委員会の集会を都職労病院支部大久保分会の集会と比較することによつて従来から組合活動として容認されてきた範囲内の行為であり、都職労の集会と区別して非難されるような理由はないと主張する。しかし、原告らが違法な集会を行なつたものである以上、仮に都職労の集会が違法であるにもかかわらず病院管理者から黙認ないし容認されていたとしても、それによつて原告らの行為が正当化されるいわれはない。ただ、このような場合には、事情の如何によつて、原告らに対してのみ処分をすることが処分権者の裁量権の逸脱となる場合があり得るだけである。<証拠>によれば、都職労病院支部大久保分会の集会につき原告らが主張するような事実(原告らの主張六2の事実)があつたことが認められる。他方、<証拠>によれば、右集会は、原告らが行なつた集会のように連日行なわれたことはないし、入院患者や看護婦などから集会につき苦情が出たこともなく、病院管理者からマイクの音量や使い方などにつき注意を受けた場合には、然るべくこれに沿つた配慮をしていたことが認められる。これによれば、両者の集会の間には、その態様、患者などに及ぼした影響などの点についてだけでも相当の相違があると認められるから、本件に現われた事実だけでは、原告らに対する本件処分と都職労の集会に対する処分権者の対処の仕方とを比較して裁量権の逸脱の有無を論ずることはできない。

また、原告らは、大久保病院の環境が騒がしいのに、病院管理者はその騒音につき意に介さないばかりか、格別の対策も講じないで大騒音、震動を発する院内改修工事を行なつている旨主張する。しかし、<証拠>によれば、病院管理者は、付近の工事やビヤホールの騒音につき区役所公害課に苦情を申し出て善処してもらうとか、騒音を発する院内改修工事を行なうときには、病棟看護婦を通じて入院患者に対し事前にその旨知らせたり、工事の時間を制限するなどして騒音の緩和策をそれなりに講じていることが認められる。しかも、もし大久保病院の環境が特に騒がしいというのであれば、原告らは、患者の生命健康を預かる病院に勤務する医師又は看護婦である以上、病院の静穏を更に害することのないよう特に努めなければならない立場にある。病院の環境が騒がしいということは、原告らの責任を加重する要素にはなり得ても、これを軽滅する要素には到底なり得ない。

以上によれば、原告らに対する本件処分は、いずれも処分の事由が存在し(ただし、原告入江については、同原告に対する処分の事由後段の事実について)、違法とはいえないが、原告弓山に対する本件処分は、同原告が六月一七日の集会に参加したことがないにもかかわらず、これを処分の事由としたもので違法である。

六権利の濫用との主張について

原告ら(ただし、原告弓山を除く。)に対する本件処分には、既に述べたとおり明確かつ合理的な処分の事由が存在し、これによれば、右処分の種類、程度は、処分権者の裁量権の範囲内にあると認められ、不当に重いものとは認められない。そして、右原告らが主張するその余の点を考慮しても、当該処分が不当な目的をもつてなされた政治的処分であるとは到底いえない。したがつて、そのことを前提とする右原告らの主張は、採るを得ない。

七慰謝料の請求について

原告弓山に対する本件処分は、前記のおとり同原告が昭和四五年六月一七日の集会に参加したことがないにもかかわらず、これを処分の事由としたもので違法である。

<証拠>によれば、原告弓山は、事前に事情を聴取されることなく衛生局に呼び出されたうえ、係官から、同原告が「六月一六日」の集会に参加したとして口頭で注意を受けたこと、そこで、原告弓山は、再度衛生局へ行き、集会に参加した事実がないことを述べて処分説明書の交付を求めたところ、その事由を記載した知事名義の説明書が送られてきたこと、右書面には、同原告が「六月一七日」の集会に参加した旨記載されていることが認められる。これによれば、被告東京都の職員である衛生局係官は、十分な調査をしないで事実を誤認したもので、原告弓山に対する本件処分をするにつき過失があつたものと認められる。

ところで、右口頭による注意は、前記のとおり単なる行政上の指揮監督措置にすぎないものであつて、制裁を目的とするものではないが、それによつて原告弓山の名誉が傷つけられることは否定し難く、そのため同原告が相当の精神的苦痛を被つたであろうことは推認するに難くない。その慰謝料は、口頭注意処分の性質、内容及びこれがなされるに至つた経緯その他諸般の事情を考慮し、一万円をもつて相当と認める。

したがつて、被告東京都は、国家賠償法第一条第一項により、原告弓山に対し、右慰謝料一万円及びこれに対する不法行為後の昭和四九年四月九日(訴状送達の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払わなければならない。

原告弓山を除くその余の原告らの被告東京都に対する請求は、右原告らに対する本件処分が違法であることを前提とするものであるが、前記のとおり当該処分はいずれも違法とはいえないから、これを認めることはできない。

八結論

以上の次第で、原告らの本訴請求のうち、被告東京都知事に対する訴えについては、原告弓山、同蓮見につき不適法として訴えを却下し、その余の原告らにつき理由がないので請求を棄却すべく、被告東京都に対する訴えについては、原告弓山につき前項において認定した限度で理由があるので認容し、同原告のその余の請求及びその余の原告らの請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九二条本文、第九三条第一項本文、行政事件訴訟法第七条を、仮執行の宣言につき民事訴訟法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(宮崎啓一 安達敬 飯塚勝)

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